暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第35話 世界に錨を打つ

 

 

 世界と世界を繋ぐ。

 

 言葉にすれば、それだけだった。

 

 しかし研究を始めた翌日には、カミラは早くも「昨日の自分を殴りたい」と呟いていた。

 

「何で?」

 

 ハイセが尋ねると、カミラは正面の巨大な演算画面を指差した。そこには複雑な数式と空間座標、ハイセがアスタリスクへ転移した際に残された微細な異常記録が、幾重にも重なって表示されている。

 

「『最初から往復出来るように考える』などと簡単に言った昨日の私だ。片道だけならまだしも、往復を成立させようとすると必要な条件が桁違いに増える」

 

「でも言ったよね」

 

「言ったからやっているんだ!」

 

 少し離れた場所では、エルネスタが楽しそうに椅子を回していた。

 

「いいじゃん、カミラ。どうせなら世界初を狙おうよ」

 

「何の世界初だ。対象が異世界なら比較対象すら存在しないだろう」

 

「だったら自動的に世界初だね!」

 

「そういう意味ではない!」

 

 その隣でヒルダだけは、昨日からほとんど眠っていないにもかかわらず妙に元気だった。

 

「しかし、実に興味深い。空間転移そのものより、むしろハイセ君がこの世界へ到達した時の記録の方が面白いぞ」

 

「何か分かった?」

 

 ハイセが近づく。

 

 ヒルダは画面の一部を拡大した。

 

「君の転移痕跡には、通常の空間座標だけでは説明出来ない揺らぎが含まれている。そこで【雛形】に時間成分まで含めて再解析させたところ、どうやら君は単純に遠い場所から飛ばされたのではないらしい」

 

「異世界だから当然じゃない?」

 

「それだけではない」

 

 今度はカミラが説明を引き継いだ。

 

「位置だけではなく、時間の流れそのものが異なっている可能性が高い。しかも興味深いことに、お前がこちらで過ごした時間ほど、元の世界との相対時間が進んでいるようには見えない」

 

 ハイセが眉を上げる。

 

「どれくらい?」

 

「まだ正確な値は出せない。だが少なくとも、こちらで過ごした期間と同じだけ向こうが経過している可能性はかなり低い」

 

「……じゃあ」

 

 ハイセは一瞬だけ考え込んだ。

 

「元の時間に近いところへ帰れる?」

 

「可能性はある」

 

 その答えに、ハイセは静かに画面を見つめた。

 

 もし本当にそうなら、自分がいなくなった後の世界へ何ヶ月、何年も遅れて帰るわけではない。自分が消えた、その直後に近い時間へ戻れるかもしれない。

 

「便利だね」

 

「感想が軽い!」

 

「だって、何年も経ってたら面倒そうだし」

 

「時間移動に片足突っ込んだ現象へ『便利』で済ませるな!」

 

「ハイセ君だからねぇ」

 

「エルネスタ、お前まで納得するな!」

 

     ◇

 

 問題は、帰還先を特定出来たとしても、それだけでは往復出来ないことだった。

 

 一度だけ境界を切り開き、ハイセを向こう側へ送り返す。それならウォーレ=ザインとハイセの歌、さらに【武器マスター】を組み合わせることで、実現の可能性は見え始めている。

 

 しかし、一度閉じた境界を再び同じ場所へ繋ぐには、両世界の位置関係を保持し続ける必要があった。

 

「住所だけ分かってても駄目ってこと?」

 

「近いが雑だな」

 

 カミラは二つの光点を画面へ表示した。

 

「こちらをアスタリスク。こちらをお前の世界とする。仮に一度この二点を繋げたとしても、世界そのものが完全に静止している保証はない」

 

 二つの光点が僅かにずれていく。

 

「空間的位置、時間位相、魔力やプラーナの法則差。その他、我々がまだ認識出来ていない要素まで含めれば、接続条件は常に変動すると考えた方がいい」

 

「じゃあ毎回探し直す?」

 

「それでは実用にならない」

 

 そこでエルネスタが、二つの光点へ一本ずつ線を突き刺した。

 

「だから、錨を打つ」

 

「錨?」

 

「アンカーポイント」

 

 エルネスタは楽しそうに笑う。

 

「『この世界のここ』と『あの世界のここ』を、一度繋いだら記録しておくの。次からは世界そのものを探すんじゃなくて、その二つの錨を目印にすればいい」

 

 ハイセは画面を見る。

 

「誰が打つの?」

 

「君」

 

「俺?」

 

「正確には」

 

 ヒルダが割り込む。

 

「【武器マスター】だ」

 

     ◇

 

「……武器じゃないけど?」

 

「今更だろう」

 

 カミラが即答した。

 

「お前は既に歌を武器として認識しているし、ウォーレ=ザインを使って現象間の関係まで座標として定義した。現在の【武器マスター】が、どこまでを“武器として扱える対象”と判定しているのか、私にも分からん」

 

「便利になったね」

 

「だから軽く言うな」

 

 試験用の仮想空間上で、ハイセは【武器マスター】を起動した。

 

 目の前に表示されているのは、二つの独立した閉鎖空間を模したモデルである。その間には直接的な接続経路が存在せず、【雛形】が世界間境界を簡略化して再現していた。

 

「歌ってみて」

 

 エルネスタに促され、ハイセは小さく息を吸った。

 

 歌詞はない。

 

 単なる一音。

 

 それでも空間へ放たれた声にプラーナが重なると、目の前の仮想モデルに微細な変化が生じた。

 

「境界認識開始」

 

 エルネスタが数値を追う。

 

「【雛形】、共有して」

 

 表示が増える。

 

 これまでなら、一枚の壁としてしか認識出来なかった空間境界が、無数の情報へ分解されていく。

 

 厚さ。

 

 揺らぎ。

 

 位相。

 

 接続可能な点。

 

 そして、その向こう側にあるもう一つの空間。

 

「見える」

 

 ハイセが呟いた。

 

「何が?」

 

「切る場所」

 

 ウォーレ=ザインを握る。

 

 青い刀身が光った。

 

 しかしハイセは振らなかった。

 

「待って」

 

 カミラが聞く。

 

「何だ?」

 

「今なら、多分ここに印を付けられる」

 

「印?」

 

「うまく説明出来ないけど……」

 

 ハイセは【武器マスター】の感覚を追った。

 

 これまで武器を手にした時に感じていたものと似ている。構造を読み、性質を理解し、どこへ力を流せば機能するのかを把握する感覚。

 

 だが今回は、対象が剣でも銃でもない。

 

 目の前にある空間そのものだった。

 

「ここが入口」

 

 ハイセが一方へ触れる。

 

「こっちが出口」

 

 もう一方を指す。

 

「二つを一つの武器みたいに扱えば……」

 

 瞬間。

 

 【武器マスター】が反応した。

 

 仮想空間上の二点へ、同一の識別情報が刻み込まれる。

 

「反応出た!」

 

 エルネスタが身を乗り出した。

 

 カミラも即座に数値を確認する。

 

「同一系列として認識されている……?」

 

「なるほど!」

 

 ヒルダが目を輝かせる。

 

「ゲートそのものを一つの装置として認識したのか!」

 

 入口と出口。

 

 本来なら別々の世界に存在する二点。

 

 それを【武器マスター】は、一つの機能を持つ“道具”として解釈した。

 

「面白い」

 

 ハイセ自身が感心した。

 

「お前の能力だろう!」

 

「俺も初めて知ったし」

 

     ◇

 

 そこから実験速度は一気に上がった。

 

 模擬空間上でアンカーを二点設置し、ウォーレ=ザインで境界を切り開く。【雛形】が二つのアンカー間の差異を補正し、接続が安定した瞬間に小型物体を通過させる。

 

 一回目。

 

 失敗。

 

 二回目。

 

 半分だけ転送。

 

「半分!?」

 

「ちゃんと回収するから大丈夫だよ!」

 

「何が大丈夫なんだ!」

 

 三回目。

 

 成功。

 

 片方の実験室から消えた小型金属片が、隣の隔離室へ落ちる。

 

「おお」

 

 ハイセが拍手する。

 

「成功した」

 

「お前が一番落ち着いているの腹立つな」

 

「カミラも拍手する?」

 

「しない!」

 

 四回目。

 

 成功。

 

 五回目。

 

 成功。

 

 六回目は、【武器マスター】によるアンカー再指定を行わず、一度閉じた接続を【雛形】だけで再現させた。

 

「起動」

 

 エルネスタが操作する。

 

 二点のアンカーが発光した。

 

 位相補正。

 

 座標照合。

 

 接続開始。

 

 空間が僅かに歪み、再び通路が形成される。

 

「……出来た」

 

 ハイセが目を細める。

 

 カミラは喜ぶより先に画面へ顔を近づけた。

 

「待て。まだ一回だ。再現性を確認する」

 

 七回目。

 

 成功。

 

 八回目。

 

 成功。

 

 九回目。

 

 成功。

 

 十回目。

 

 成功。

 

「カミラ」

 

「まだだ」

 

「何回やるの?」

 

「百回」

 

「多くない?」

 

「人間を世界の間へ放り込むんだぞ! 百回でも少ない!」

 

「じゃあやろう」

 

「そこで素直なのも調子が狂うな……」

 

     ◇

 

 百回の試験を終えた頃には、アンカーポイントという仕組み自体はかなり安定していた。

 

 問題は、その維持方法だった。

 

「【雛形】を止めるよ」

 

 エルネスタが演算を停止させる。

 

 アンカー表示が消える。

 

 再起動。

 

 しかし。

 

「……戻らない」

 

 ハイセが言った。

 

「記録そのものは残っている」

 

 カミラがログを確認する。

 

「だが、世界間座標として再構成出来ていない」

 

「つまり?」

 

「今の【雛形】は、お前が【武器マスター】で打ったアンカーを“覚える”ことは出来る。しかし、お前と同じようにその意味を完全には理解出来ていない」

 

 ハイセが黙る。

 

 ヒルダが椅子の背へ身体を預けた。

 

「模倣と所有の違いだな」

 

「所有?」

 

「【雛形】は長期間、君の【武器マスター】を観察してきた。武器の構造解析、特性認識、運用方法、さらには歌という新しい武器概念まで大量に学習している」

 

 そこでヒルダは笑った。

 

「だが、それでも【雛形】自身が【武器マスター】になったわけではない」

 

「…………」

 

 ハイセは意味を理解した。

 

「本物が必要?」

 

「最終的にはな」

 

 カミラがヒルダを見る。

 

「待て」

 

「何だね?」

 

「その話はまだ早い」

 

「しかし避けては通れないだろう」

 

 研究室の空気が僅かに変わった。

 

「ハイセ君の【武器マスター】そのものを【雛形】へ取り込ませれば、アンカーの意味を理解し、再定義し、変動する世界座標へ追従出来る可能性がある」

 

「その場合」

 

 カミラの声が低くなる。

 

「ハイセから【武器マスター】が失われる可能性は?」

 

「非常に高い」

 

「戻せる保証は?」

 

「ない」

 

 静かになった。

 

     ◇

 

「分かった」

 

 ハイセは、それだけ言った。

 

 カミラが眉を寄せる。

 

「何が分かった」

 

「必要になったら渡す」

 

「簡単に決めるな!」

 

 思わず声を荒らげたカミラに、ハイセは少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「まだ渡さないよ」

 

「そういう問題ではない」

 

「でも」

 

 ハイセは自分の手を見る。

 

 以前なら、【武器マスター】を失うという発想自体、もっと恐ろしかったのかもしれない。

 

 何もなかった自分。

 

 弱かった自分。

 

 捨てられた自分。

 

 そんな自分がようやく掴んだ、唯一無二の力だった。

 

「今すぐ必要なら困るけど」

 

 ハイセは顔を上げた。

 

「帰り道を作って、それからならいい」

 

「……本当にそう思っているのか?」

 

「うん」

 

「二度と戻らないかもしれないぞ」

 

「分かってる」

 

 カミラは何か言おうとして、やめた。

 

 ハイセは少し考えてから続ける。

 

「それに」

 

「何だ?」

 

「俺一人にしかアンカーを打てないなら、俺がいなくなったら誰も世界を渡れないだろ?」

 

「…………」

 

「それ、往復出来るって言わないと思う」

 

 カミラの表情が変わる。

 

「誰か一人がいないと使えない技術なら、使える人を増やせばいい」

 

「……私の思想を私に返すな」

 

「カミラが教えたんだけど」

 

「そうだったな」

 

 今度はカミラが困ったように笑った。

 

     ◇

 

「ただし」

 

 カミラはすぐに研究者の顔へ戻った。

 

「【雛形】へ移せば完成、という考え方も私は認めない」

 

「何で?」

 

「依存先が、お前から【雛形】へ変わるだけだからだ」

 

 ハイセが少し考える。

 

「【雛形】が壊れたら?」

 

「ゲートを維持出来なくなる」

 

「誰かが【雛形】を止めたら?」

 

「同じだ」

 

「……嫌だな、それ」

 

「ああ」

 

 カミラは二つのアンカーポイントを表示する。

 

「最初は【雛形】を使う。これは必要だろう。だが最終的には、【武器マスター】も【雛形】も必要としない形にしなければならない」

 

「出来る?」

 

「今は分からない」

 

 カミラは即答した。

 

「アンカーの構造を解析し、専用装置へ落とし込み、座標補正を独立させる。接続規格も、一つのシステムだけが独占しない形へ変える必要があるだろう」

 

「難しそう」

 

「難しい」

 

「じゃあ研究する?」

 

「そのために私がいる」

 

 ハイセが少し笑う。

 

「頼もしいね」

 

「お前もやるんだぞ」

 

「……俺も?」

 

「何で他人事なんだ!」

 

     ◇

 

 それからさらに数日。

 

 模擬実験で十分な結果が得られたことで、いよいよハイセがこの世界へ到達した際の転移痕跡を使った解析が始まった。

 

 今度は実験室同士ではない。

 

 本物の。

 

 世界と世界の間だった。

 

「怖い?」

 

 エルネスタが聞く。

 

「ちょっと」

 

 ハイセは素直に答えた。

 

「珍しいね」

 

「失敗したらどこ繋がるか分からないし」

 

「大丈夫。失敗したらすぐ閉じるよ」

 

「その説明で安心出来ると思う?」

 

「私は出来る」

 

「エルネスタだからじゃない?」

 

「それはあるね!」

 

「認めるな!」

 

 カミラの怒声が飛んだ。

 

 今回、ゲートを完全に開くつもりはない。転移痕跡から再構成した原世界の座標へ、ごく小さな観測孔を数秒だけ接続する。

 

 人間は通れない。

 

 手も入らない。

 

 ただ向こう側が存在するか、それを確認するだけ。

 

「準備完了」

 

 エルネスタが告げる。

 

「【雛形】、起動」

 

 演算が始まった。

 

 ハイセは目を閉じる。

 

 歌う。

 

 静かな一音が研究室へ広がり、プラーナが共鳴する。

 

 何もない空間の中。

 

 微かな違和感。

 

 見えない。

 

 触れない。

 

 それでも。

 

「ある」

 

 ハイセは目を開いた。

 

「見つけた?」

 

「多分」

 

 ウォーレ=ザインが青く輝く。

 

 【武器マスター】が、その境界を読み始める。

 

「向こうに何かある」

 

「座標固定!」

 

 エルネスタが叫ぶ。

 

「アンカーA、設置!」

 

 ハイセは現在地を認識する。

 

 アスタリスク。

 

 アルルカント。

 

 この研究室。

 

 自分が帰ってきたい場所。

 

 その座標へ。

 

 【武器マスター】が印を刻んだ。

 

「アンカーA固定確認!」

 

 次。

 

 問題は向こう側だった。

 

 まだ足を踏み入れたことのない接続先に、完全なアンカーを打つことは出来ない。

 

 それでも転移痕跡を辿り、暫定的な接続点だけは定義出来る。

 

「原点追跡開始!」

 

 【雛形】が演算する。

 

 膨大な座標候補が流れ。

 

 消える。

 

 さらに絞られる。

 

「時間位相補正!」

 

「ズレは?」

 

「異常に小さい!」

 

 エルネスタの声が変わった。

 

「やっぱり向こう、ほとんど時間進んでないよ!」

 

「具体値は後だ!」

 

 カミラが叫ぶ。

 

「接続を優先しろ!」

 

「了解!」

 

 ハイセはウォーレ=ザインを構える。

 

 目の前の一点。

 

 そこだけが。

 

 他とは違って見えた。

 

「ここだ」

 

 剣を振る。

 

 大きくではない。

 

 必要なだけ。

 

 青い軌跡が空間を撫でる。

 

     ◇

 

 音はしなかった。

 

 代わりに。

 

 世界が細く裂けた。

 

「……!」

 

 誰も声を出さない。

 

 指一本分ほどの。

 

 小さな隙間。

 

 その向こう側。

 

 光。

 

 空。

 

 土。

 

 風に揺れる草。

 

「映像取得!」

 

 エルネスタが観測装置を走らせる。

 

「大気組成正常! 魔力反応あり! 転移時に記録された環境データと高一致!」

 

「時間は?」

 

「計測中!」

 

 ハイセだけは。

 

 画面を見ていなかった。

 

 隙間の向こう。

 

 見覚えのある空。

 

 見覚えのある土地。

 

 ずっと昔のようにも感じる。

 

 けれど。

 

 自分にとっては。

 

 確かに故郷だった。

 

「ハイセ」

 

 カミラが呼ぶ。

 

「向こう側に心当たりは?」

 

「ある」

 

 ハイセは静かに答えた。

 

「俺の世界だ」

 

     ◇

 

「閉じるぞ」

 

 カミラの言葉と同時に、接続が解除された。

 

 僅か四秒。

 

 それでも。

 

 十分だった。

 

「成功……?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「観測だけならな」

 

 カミラは興奮を抑えながらログを確認している。

 

「まだ人間を通せる段階ではない。向こう側の完全なアンカーも存在しない。安定性、時間補正、生体への影響、帰還手段、全部これからだ」

 

「でも繋がった」

 

「ああ」

 

 カミラは一度だけ手を止めた。

 

「繋がった」

 

 その横では、エルネスタが既に次の実験計画を開いている。

 

「じゃあ次は穴を大きくして、観測機通して、その次が――」

 

「段階を飛ばすな!」

 

「分かってるって!」

 

「お前の場合、本当に分かっているのか信用出来ない!」

 

 ヒルダは一人、先ほど記録されたアンカー情報を眺めていた。

 

「ふむ」

 

 その声に、ハイセが振り向く。

 

「何?」

 

「やはり面白い」

 

「何が?」

 

 ヒルダは【雛形】の演算領域を表示した。

 

 先ほどハイセが打ち込んだアンカー。

 

 その構造を。

 

 【雛形】が必死に学習している。

 

「今はまだ、君の作った道を覚えているだけだ」

 

 ヒルダは笑った。

 

「だが、もし【武器マスター】そのものを手に入れれば――次からはこいつ自身が、世界へ錨を打てるかもしれない」

 

「…………」

 

 ハイセは画面を見る。

 

 自分だけの能力。

 

 かつて。

 

 ようやく手に入れたもの。

 

 それが今。

 

 一人の人間を強くするためではなく。

 

 二つの世界を繋ぐための技術へ。

 

 変わろうとしている。

 

「いいね」

 

 ハイセは言った。

 

「何がだ?」

 

 カミラが尋ねる。

 

「俺がいなくても」

 

 もう一度。

 

 向こう側が見えていた場所を見る。

 

「道が残るなら、その方がいい」

 

 カミラはすぐには答えなかった。

 

 ただ。

 

 その言葉を。

 

 忘れないようにするかのように。

 

 ハイセを見ていた。

 

     ◇

 

 研究室の大型画面へ、新しい項目が追加される。

 

INTERWORLD CONNECTION:CONFIRMED

 

ANCHOR-A:ESTABLISHED

 

ANCHOR-B:TEMPORARY

 

TEMPORAL OFFSET:ANALYZING

 

 そして。

 

 最後の一行。

 

RETURN ROUTE PROJECT:PHASE II

 

 帰る場所は。

 

 見つかった。

 

 まだ。

 

 帰れない。

 

 しかし。

 

 昨日までは。

 

 存在するかどうかすら。

 

 分からなかった道だった。

 

 今日。

 

 その向こう側を。

 

 ハイセは。

 

 確かに見た。

 

 なら。

 

 次にすることは。

 

 決まっている。

 

「カミラ」

 

「何だ?」

 

「次は?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

 カミラは画面を見る。

 

 そして。

 

 僅かに笑った。

 

「向こう側へ」

 

 研究計画を開く。

 

「錨を打ちに行くぞ」

 

 今度は。

 

 偶然ではない。

 

 誰かに飛ばされるのでもない。

 

 自分で。

 

 道を開き。

 

 自分で。

 

 渡り。

 

 自分で。

 

 帰ってくる。

 

 そのための。

 

 世界間往復実験が。

 

 始まった。

 

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