【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「距離を取れ」
「酷くない!?」
カミラの忠告を聞いた瞬間、エルネスタ・キューネは大袈裟なくらい頬を膨らませた。だが、その表情には本気で傷ついた様子など微塵もなく、むしろカミラがどう返すのかを楽しんでいるようにさえ見える。
「私、まだ何もしてないんだけど!」
「今、“まだ”と言ったな」
「言葉の綾だよぉ」
「お前の場合、その一語だけで十分に警戒材料になる」
「カミラってば相変わらず心配性なんだから」
「誰のせいだと思っている」
「誰だろ?」
「…………」
カミラは何も言い返さず、ただ深く眉間を押さえた。
そのやり取りを少し離れたところから眺めていたハイセは、目の前の少女についてどう判断するべきか決めかねていた。
変な奴だ。
第一印象を言葉にするなら、まずそれだった。
明るい。
よく喋る。
初対面の相手との距離の詰め方が妙に早い。
それでいて、その馴れ馴れしさが単純な無神経さとは少し違う。相手がどう反応するのかまで含めて楽しんでいる節があり、冗談と本気の境界を意図的に曖昧にしているようにも見えた。
そして何より印象的だったのは、昨日からほとんど動じることのなかったカミラが、彼女を相手にした途端、露骨なまでに警戒していることだった。
「ねえ」
「?」
考えている間にも、エルネスタは既にハイセのすぐ近くまで来ていた。顔を覗き込むように身を屈め、その瞳を楽しそうに輝かせている。
「ハイセくん、だっけ?」
「ああ」
「異世界から来たって本当?」
「……もう広まってんのかよ」
昨日から自分に向けられる視線の多さを思い返し、ハイセは僅かに顔をしかめた。
「研究院全部には広まってないよ?」
「じゃあ何で知ってる」
「私だから!」
「説明になってねぇ」
「エルネスタ」
すぐ横から、カミラの声が一段低くなる。
「どこから情報を取った」
「秘密♪」
「今すぐ言え」
「やだ」
「…………」
睨むカミラと、まるで意に介さないエルネスタ。
その温度差を交互に見比べたハイセは、ふと率直な疑問を口にした。
「仲悪いのか?」
「良いよ!」
「良くない」
ほぼ同時に返ってきた答えは、見事なまでに正反対だった。
「どっちだよ」
「研究者としての腕は信用している」
カミラはエルネスタから視線を外さないまま淡々と答える。
「人間としては信用していない」
「酷い!」
「極めて正確な評価だ」
「私、傷ついたなぁ」
「嘘をつけ」
「バレた?」
エルネスタが悪びれもせず笑う。
そのやり取りにつられ、ハイセの口元にも僅かな笑みが浮かんだ。
同じ研究者でも、カミラとはまるで違う。
カミラは未知のものを前にしても、まず条件を整え、危険性を測り、手順を踏んで近付こうとする。
一方のエルネスタは、未知を見つけた瞬間に、その正体を知りたいという欲求そのものを前へ投げ出してくる。
慎重さと衝動。
方向性は正反対に見えるのに、研究へ向ける熱量だけはよく似ていた。
◇
「それでさぁ」
エルネスタは誰に断るでもなく近くの椅子を引き寄せると、そのままハイセの向かいへ腰を下ろした。あまりにも自然な動作だったため、一瞬だけここが自分の研究室なのではないかと錯覚するほどだった。
「何?」
「例のドラゴンの核、見せて」
「嫌だ」
「即答!?」
「当たり前だろ」
ハイセは迷うことなく断った。
昨日、灰色の宝玉についてはカミラと明確な取り決めを交わしている。勝手に削らない。加工しない。他人へ回さない。非破壊の範囲で調べる。
それを今日会ったばかりの人間へ、興味本位で触らせる理由などない。
「見るだけだよ?」
「昨日、カミラと勝手に加工しないって決めた」
「私は加工するなんて言ってないじゃん」
「顔が信用できない」
「顔!?」
エルネスタは驚いたように自分の頬へ手を当てたあと、助けを求めるようにカミラへ視線を送った。
「カミラ!」
「私を見るな」
カミラは端末から顔すら上げなかった。
「日頃の行いだ」
「えぇー……」
「そもそも、あれは現在非破壊解析中だ。お前には触らせない」
その言葉に、エルネスタは一瞬だけ考えるように首を傾げた。
だが諦める気配はない。
「じゃあさ」
「何だ」
「測定データだけ見せて?」
「…………」
今度はカミラの手が止まった。
「何故だ」
「見たいから」
「理由になっていない」
「だって、ウルム=マナダイトに似てるんでしょ?」
「…………」
カミラがゆっくり顔を上げる。
先ほどまで呆れていた赤い瞳が、今度ははっきりと警戒の色を帯びた。
「……どこまで知っている」
「秘密♪」
「エルネスタ」
「怖い怖い」
口ではそう言いながらも、エルネスタはまるで怯えていない。
ハイセはそのやり取りを見て、カミラの「距離を取れ」という忠告が、少しだけ現実味を帯びてきた気がした。
結局、カミラが許可したのは測定結果のごく一部だけだった。
灰色の宝玉そのものへ触れさせることはせず、昨日までに得られた数値とエネルギー波形だけを端末へ表示する。
「へぇ……」
それを目にした瞬間、エルネスタの表情が変わった。
ふざけた笑顔が完全に消えたわけではない。
けれど、その奥にある目だけが、一気に鋭くなる。
先ほどまで人をからかうことを楽しんでいた少女とは思えないほど、視線が画面へ吸い付いていた。
「本当に似てる」
「分かるのか?」
ハイセが訊くと、エルネスタは波形から目を離さないまま答える。
「似てるってことだけならね。物質構造そのものは全然違う。でも、エネルギーの出方を見るとウルム=マナダイト側へかなり寄ってる」
「俺には全部同じ線に見える」
「普通はそうだよ」
「普通って言われた」
「褒めてないよ?」
「分かってる」
エルネスタは笑いながらも、指先で波形を拡大していく。
「これ、生き物の中にあったんだよね?」
「ああ。ブラックエンシェントドラゴンの胸の奥」
「へぇ……」
その返事を聞いた瞬間、彼女の関心はさらに強まったようだった。
「面白いなぁ」
「何が?」
「こっちのマナダイトやウルム=マナダイトは、万応素との関係で説明されるでしょ?」
「その辺はまだよく分かってねぇ」
「だよね。じゃあ簡単に言うとさ」
エルネスタは画面を指先で叩く。
「こっちの理屈で生まれてるものと、ハイセくんの世界の理屈で生まれたものが、結果だけ見れば似てるんだよ」
「…………」
「つまり」
そこまで言ってから、エルネスタは楽しそうに笑った。
「同じところへ辿り着くのに、違う道があるかもしれないってことでしょ?」
ハイセには、その一言がどれほど重要な意味を持つのか、まだよく分からなかった。
だがカミラが僅かに目を細めたことで、単なる思いつきではないことだけは察せられる。
「現段階では推測だ」
カミラがすぐに釘を刺す。
「サンプルは一つしかない」
「分かってるよ」
「なら勝手な実験を考えるな」
「まだ考えてないよ?」
「“まだ”と言ったな」
「またそこ拾うの!?」
ハイセは思わず笑った。
この時の彼にとって、灰色の宝玉はまだ、ブラックエンシェントドラゴンを倒した際に何となく回収した珍しい戦利品に過ぎない。
それが後に、別世界の資源体系を揺さぶるほどの研究対象になり、さらに一つの試作武装へと姿を変えていくことになるなど。
もちろん、この場にいる誰一人として知る由もなかった。
◇
「ねえ、ハイセくん」
「何」
龍核の話が一区切りついたかと思えば、エルネスタはすぐに次の興味へ移った。
「【武器マスター】も見せてよ」
「もう今日の実験終わったぞ」
「私は見てない」
「知らねぇよ」
「お願い!」
「嫌だ」
再び即答。
するとエルネスタは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そして。
「じゃあ」
口元へ笑みを浮かべる。
「交換条件」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、ハイセの反応が変わった。
「何を出す?」
今度はエルネスタの方が目を丸くする。
カミラも端末越しにちらりと視線を向けてきた。
「へえ」
「何だよ」
「“お願い”には乗らないのに、取引なら聞くんだ?」
「そりゃそうだろ」
「どうして?」
「タダでやる理由がない」
ハイセは当たり前のことを言うように答えた。
「欲しいなら、そっちも何か出せ」
「…………」
数秒。
エルネスタは、先ほどまでよりもずっと嬉しそうに笑った。
「好きかも」
「は?」
「そういうの!」
「変な奴だな」
「ハイセ」
すぐ横からカミラの低い声が飛ぶ。
「気を付けろ」
「何を?」
「そいつがその顔をした時は、大抵ろくでもないことを考えている」
「また酷い!」
「では否定してみろ」
「…………」
「黙るな」
エルネスタが視線を逸らしたことで、ハイセは小さく笑った。
「で?」
改めて彼女を見る。
「何くれる?」
「んー……」
エルネスタは少しだけ考え、それから何かを思いついたように指を鳴らした。
「あ」
「?」
「うちの戦闘ログ」
「戦闘ログ?」
「フェスタとか模擬戦とか、研究で集めたやつ。映像だけじゃなくて、動作データまで残ってるものもあるよ」
「…………」
ハイセの表情が僅かに変わった。
この世界へ来てから、まだ分からないことばかりだ。
星脈世代。
煌式武装。
星辰力。
フェスタ。
そして、この世界で強者と呼ばれる者たちが、どんな武器を使い、どんな判断で戦っているのか。
その記録を見られるなら。
価値はある。
「外部の人には普通見せないものもあるよ?」
「待て」
即座にカミラが割って入った。
「勝手に権限を渡すな」
「全部じゃないってば」
「お前の“全部じゃない”は信用ならん」
「じゃあカミラが許可した範囲だけ!」
「…………」
「ね?」
エルネスタが両手を合わせて首を傾げる。
「ハイセくんの能力を見せてもらう代わりに、アルルカントが持ってる戦闘記録を閲覧できるようにする」
ハイセは少しだけ考えた。
こちらに損はない。
むしろ自分の能力を見せる代わりに、この世界の戦いを知る機会が得られるなら、取引としては悪くない。
「悪くない」
「でしょ?」
「カミラ」
「…………」
「駄目?」
何故かハイセまで一緒になってカミラを見る。
その瞬間。
カミラは、既に嫌な未来が見えているような顔で額を押さえた。
「何故、お前まで私に聞く」
「権限持ってんだろ」
「それはそうだが……」
「じゃあ」
「…………」
長い溜息。
「公開済みの記録」
「うん」
「及び、研究目的で共有可能な範囲のみだ」
「やった!」
「それ以上は駄目だ」
「分かってるって」
「本当か?」
「多分!」
「駄目だ!!」
◇
再び実験場へ戻ったハイセは、中央へ立つと右手を軽く開いた。
周囲には既に観測装置が起動しており、観測室の向こうではエルネスタが先ほどまで以上に楽しそうな顔で端末を操作している。
「じゃあ、何種類かお願い!」
「何種類って言われても」
「出せる範囲でいいよ」
「まだそんなに多くねぇぞ」
「そうなの?」
「能力に目覚めたの、数日前だからな」
そう言いながら、ハイセは一度目を閉じた。
頭へ浮かべるのは、ノブナガの手記。
まだ読める部分は多くない。
ただ、理解できるようになった記述の中には、ハイセの世界では見たことも聞いたこともない武器が幾つか存在している。
「【武器マスター】」
能力を起動する。
最初に現れたのは、ブラックエンシェントドラゴンとの戦いでも使用した《グレネードランチャー》だった。
大きく重い筒状の銃器。
だが、手へ収まった瞬間、どう構えればいいのかが分かる。
どこへ手を置き。
どう狙い。
どの姿勢なら反動を受け流せるのか。
知識として考えるより先に、身体が自然と位置を選んでいく。
次に。
構造も用途も全く異なる銃器。
さらに、発射機構そのものが違う別種の兵器。
ハイセは一つずつ出現させ、そのたびに構えを変え、短い動作を見せていく。
「…………」
観測室のエルネスタから、少しずついつもの笑みが消えていった。
代わりに、その目だけが鋭く細められていく。
「なるほどねぇ」
声は軽い。
だが、その視線は完全に研究者のものだった。
「カミラ」
「何だ」
「これ、やっぱり面白いね」
「昨日散々調べた」
「そうじゃなくて」
「?」
エルネスタは記録された動作データを拡大する。
「ハイセくん本人の技術が、武器を変えるたびに上達してるようには見えないんだよね」
「……私もそう推測している」
「むしろ」
そこで映像を一時停止する。
「武器を出した瞬間だけ、その武器に必要な動作が最初から完成してる」
「…………」
「構えてから慣れるまでの時間がない。普通なら、初めて持つ武器なら一回くらい重さを確かめたり、重心を探ったりするでしょ?」
ハイセが観測室を見上げる。
「俺、してない?」
「してない」
「……確かに」
「でしょ?」
エルネスタの笑みが戻る。
「これさ」
「?」
「ハイセくん自身が、その場その場で武器の扱いを覚えてるんじゃないと思う」
指先で画面を切り替える。
「必要になった瞬間に、完成した操作情報をどこかから引き出してるみたい」
「どこからって、どこだよ」
「それが分かれば、今すぐ論文にするよ」
「分かんねぇのかよ」
「だから面白いんじゃん」
そう言ってから、エルネスタは少しだけ首を傾げた。
その仕草を見た瞬間。
カミラの目つきが変わった。
「……何を考えた」
「え?」
「その顔をした時は、ろくでもないことを思いついている」
「失礼だなぁ」
「否定しろ」
「…………」
「黙るな」
「じゃあさ」
結局、エルネスタは止まらなかった。
「もしこの能力が、“情報を参照して動作へ変換する”タイプなら」
「……」
「外から別の情報を入れたら、どうなると思う?」
カミラの表情が一気に険しくなる。
「エルネスタ」
「例えば、だよ?」
その警告を聞き流すように、エルネスタは続ける。
「ものすっごく上手い剣士の戦闘データを、ハイセくんの神経系へ直接学習させる」
「…………」
「そうしたら」
一拍。
「武器を扱う知識だけじゃなくて、使い手側の技術そのものまで補えるかもしれない」
「今の段階で人体への直接学習を提案するな」
カミラの声が明らかに低くなる。
「“例えば”って言ったじゃん」
「お前の“例えば”は半年後に試作品になる」
「それ褒めてる?」
「怒っている」
実験場に立っていたハイセは、その会話を聞きながら僅かに眉を寄せた。
「……そんなこと出来るのか?」
「ハイセ!」
カミラが思わず声を荒らげる。
「まだ食いつくな!」
「聞いただけだろ」
「その好奇心が危険なんだ!」
「えー」
観測室の向こうで、エルネスタが楽しそうに笑った。
「いいじゃん。興味持ってくれてるよ?」
「お前は煽るな!」
「はいはい」
だが。
既に遅かった。
ハイセの頭の中には、その発想が残っていた。
今の【武器マスター】は、自分の知らない武器を扱うための知識や感覚を補っているらしい。
なら。
そこへ武器そのものではなく、人間側の技術。
剣の振り方。
銃の狙い方。
身体の使い方。
戦闘時の判断。
そういったものまで加えることができたなら。
「…………」
「ハイセ」
「?」
「考えるな」
「まだ何も言ってねぇ」
「顔で分かる」
「そんな顔してる?」
「している」
「私と同じ顔!」
エルネスタが嬉しそうに言う。
「それが問題なんだ!!」
◇
実験が終わると、エルネスタは約束通り一枚の端末をハイセへ差し出した。
「はい!」
「何?」
「約束」
「戦闘ログ?」
「閲覧権付き」
「……本当にくれるんだな」
「取引だからね」
ハイセは端末を受け取り、画面へ表示された記録一覧へ目を落とした。
「こういうところはちゃんとしてるんだな」
「どういう意味!?」
「もっと平気で約束破るタイプかと思ってた」
「失礼だなぁ」
「否定できる?」
「…………」
「おい」
答えに詰まったエルネスタを見て、ハイセは半ば呆れたように息を吐く。
「でもさ」
その直後。
エルネスタは、さっきまでとは少し違う笑みを浮かべた。
「取引って、相手が次もしてくれるようにした方が得じゃない?」
「…………」
「一回騙して終わりより」
端末を指先で軽く叩く。
「ちゃんと払って」
「……」
「また面白いもの見せてもらった方が」
「……」
「私は嬉しい」
ハイセは少しだけ目を細めた。
軽薄に見えて。
全部が衝動だけで動いているわけではない。
相手が次も取引に応じるよう、自分の信用まで含めて計算している。
「合理的だな」
「でしょ?」
「嫌いじゃない」
「やった!」
「ハイセ」
またしても、カミラの声が飛んでくる。
「……何?」
「本当に気を付けろ」
「何で?」
「相性が良すぎる」
「…………」
「?」
ハイセとエルネスタ。
二人がほぼ同時に首を傾げた。
その動きまで綺麗に揃ったことに、カミラはさらに深く息を吐いた。
「……もう遅いかもしれない」
◇
エルネスタは、話す時も、笑う時も軽かった。
どこまで本気なのか分からない。
冗談なのか、試しているのか。
その曖昧さが妙に印象へ残る。
だからこそ。
ふと。
別の顔がハイセの脳裏へ浮かんだ。
「…………」
サーシャ。
その名前が意識へ現れた瞬間、胸の奥がざらついた。
つい数日前。
あの場所を教えたのは彼女だった。
ブラックエンシェントドラゴン。
死ぬ寸前まで追い詰められた。
偶然だったのか。
本当に危険だと知らなかったのか。
それとも。
自分を消すつもりだったのか。
「…………」
そこまで考えたところで、ハイセは意識的に思考を切った。
今、考えることではない。
目の前のエルネスタと、サーシャを比べる意味もない。
ただ。
ふざけたように振る舞いながら、研究を見る瞬間だけは誰よりも真剣になる。
そんなエルネスタの姿だけが、妙に記憶へ残った。
◇
「じゃあね、ハイセくん!」
「ああ」
「また何か面白いのあったら教えて!」
「対価次第」
「いいねぇ!」
エルネスタは楽しそうに手を振り、そのまま研究室を出ていった。
扉が閉まったあと。
それまで彼女の声で満たされていた室内が、急に静かになったように感じる。
ハイセは手元の端末へ視線を落とした。
そこには、アルルカントが保有する大量の戦闘記録が並んでいる。
映像。
動作データ。
未知の武器。
未知の能力。
そして。
自分の世界では出会ったことのない戦い方。
「これ」
思わず呟く。
「面白そうだな」
「…………」
隣に立つカミラは、何故か既に疲れたような顔をしていた。
「一つだけ忠告しておく」
「何?」
「エルネスタは」
カミラは少し間を置き、言葉を選ぶように続ける。
「出来ると判断したら、やる」
「……」
「普通なら、“やるべきかどうか”を考える場面で」
「……」
「まず“出来るかどうか”を考える」
「…………」
ハイセはその言葉を少しだけ考えたあと、僅かに笑った。
「別に」
「?」
「それ自体は悪くなくないか?」
「…………」
カミラが額を押さえる。
「ほらな」
「何が」
「もう影響されている」
「一日だぞ?」
「だから怖いんだ!!」
ハイセは思わず笑った。
「まあ」
「何だ」
「面白い奴だと思う」
「…………」
「アンタとは違う意味で」
「それは否定しない」
ハイセは再び端末へ視線を落とした。
並んでいるのは、自分の知らない戦い。
知らない技術。
知らない考え方。
「俺の世界じゃ」
「?」
「こんなこと考えたことなかった」
「何をだ?」
「武器を使う」
「……」
「魔物を倒す」
「……」
「依頼を終わらせる」
それだけだった。
冒険者とは、そういうものだと思っていた。
強くなり。
魔物を倒し。
依頼を達成し。
生き残る。
それ以外のことを考える余裕など、ほとんどなかった。
だが、この街では違う。
武器は使うだけではなく、作られる。
改良される。
何故そう動くのかを調べられ。
他の技術と組み合わされ。
そこからさらに、新しい可能性が生まれていく。
そして自分の【武器マスター】もまた、単なる戦闘能力としてではなく、研究対象として別の意味を持ち始めている。
「でも」
ハイセは小さく呟いた。
「ここなら」
端末へ並ぶ戦闘記録を眺めながら。
「もっと色々、出来るのかもな」
その言葉には、本人もまだ気付いていない変化があった。
昨日まで。
ハイセにとってこの世界は、ただ帰る方法を探すために滞在する場所だった。
だが今は。
この世界にいるからこそ知れること。
この世界にいるからこそ出来ること。
その可能性へ、少しずつ目を向け始めている。
カミラは何も言わず、しばらくその横顔を見ていた。
「ハイセ」
「何?」
「エルネスタの真似だけはするな」
「まだそれ言ってんの?」
「絶対だ」
「分かった分かった」
「…………」
その返事は軽い。
あまりにも軽い。
先ほどエルネスタの発想へ真っ先に食いついていたことまで考えれば、信用できる要素などほとんどなかった。
カミラはこの時もっと強く言うべきか、一瞬だけ迷った。
だが結局その場では、それ以上言わなかった。
◇
数日後。
「カミラ」
「何だ」
「ハイセくん知らない?」
「……何故聞く」
「ちょっと実験したくて」
「何の」
「秘密」
「帰れ」
「えー!」
さらに数か月後、カミラ・パレートはこの日の自分へ心の底から、ただ一つだけ言いたくなることになる。
あの時面白がって笑っている場合ではなかった。
もっと強く、もっと本気で、場合によっては物理的に引き離してでも、あの二人を止めておけばよかった、と。