暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「距離を取れ」
「酷くない!?」
カミラの忠告に、エルネスタ・キューネは頬を膨らませた。
「私、まだ何もしてないんだけど!」
「“まだ”と言ったな」
「言葉の綾だよぉ」
「お前の場合、その一語で十分だ」
「カミラってば相変わらず心配性だなぁ」
「誰のせいだと思っている」
「誰だろ?」
「…………」
カミラが眉間を押さえた。
その様子を。
ハイセは黙って見ていた。
「…………」
変な奴だ。
第一印象は。
それだった。
明るい。
よく喋る。
距離が近い。
そして。
何より。
カミラが。
目に見えて警戒している。
「ねえ」
「?」
エルネスタが。
ハイセの顔を覗き込んだ。
「ハイセくん、だっけ?」
「ああ」
「異世界から来たって本当?」
「……もう広まってんのかよ」
「研究院の全部には広まってないよ?」
「じゃあ何で知ってる」
「私だから!」
「説明になってねぇ」
「エルネスタ」
カミラが低い声を出す。
「どこから情報を取った」
「秘密♪」
「今すぐ言え」
「やだ」
「…………」
「…………」
ハイセ。
「仲悪いのか?」
「良いよ!」
「良くない」
即答が。
真逆だった。
「どっちだよ」
「研究者としての腕は信用している」
カミラが答える。
「人間として信用していない」
「酷い!」
「正確な評価だ」
「私、傷ついたなぁ」
「嘘をつけ」
「バレた?」
「…………」
ハイセは。
少し。
笑った。
面白い。
カミラとは。
まるで違う。
◇
「それでさぁ」
エルネスタが。
勝手に椅子を引っ張ってきた。
「何?」
「見せて」
「何を」
「アイテムボックス!」
「嫌だ」
「即答!?」
「カミラから聞いたろ」
「聞いたよ?」
「だったら俺が壊されたくないって言ったのも聞いてるだろ」
「うん」
「じゃあ嫌だ」
「分解しないよ!」
「信用できねぇ」
「カミラ!」
「私を見るな」
カミラは。
端末から目すら上げない。
「日頃の行いだ」
「えぇー……」
エルネスタ。
しばらく。
ハイセの指輪を見る。
「じゃあ」
「?」
「触らないから」
「うん」
「動いてるところだけ見せて?」
「…………」
「それなら壊れないでしょ?」
ハイセは。
少し考える。
確かに。
「まあ」
右手を上げる。
「それくらいなら」
「やった!」
空間。
開く。
「…………!」
エルネスタの顔が。
変わった。
さっきまでの。
ふざけた笑顔。
ではない。
目が。
完全に。
研究者のそれになっている。
「……へぇ」
ハイセが。
中から一本。
適当な道具を取り出す。
閉じる。
再び。
開く。
「なるほど……」
エルネスタ。
顎へ手を当てる。
「空間そのものを収納領域にしてる……って感じでもなさそうだね」
「分かるのか?」
「分かんない」
「おい」
「だから面白いんじゃん」
「…………」
エルネスタが。
にっと。
笑った。
「分かるものを調べても」
一拍。
「答え合わせにしかならないでしょ?」
「…………」
「分からないものなら」
「……」
「新しい答えが出るかもしれない」
ハイセは。
少し。
目を細めた。
「カミラと似てるな」
「え?」
「言い方は違うけど」
昨日。
カミラが言った。
分からないものを。
分かるようにする。
それが研究。
「同じようなこと言ってた」
「…………」
エルネスタが。
一瞬。
カミラを見る。
「へぇー?」
「何だ」
カミラ。
「カミラ、ハイセくんにそんな格好いいこと言ったんだ?」
「悪いか」
「べつにぃ」
「その顔をやめろ」
「仲良しなんだねぇ」
「昨日会ったばかりだ!」
「へぇー?」
「エルネスタ」
「はいはい」
楽しそうだ。
明らかに。
人をからかうことを。
楽しんでいる。
「…………」
サーシャとは。
違う。
サーシャは。
怒る時。
本気だった。
決める時。
本気だった。
こいつは。
違う。
軽い。
何もかも。
冗談みたいに。
扱う。
なのに。
研究を見る目だけは。
妙に。
真剣だった。
◇
「ねえハイセくん」
「何」
「【武器マスター】も見せてよ」
「もう実験終わったぞ」
「私は見てない」
「知らねぇよ」
「お願い!」
「嫌だ」
「じゃあ」
エルネスタが。
笑う。
「交換条件」
「…………」
ハイセの目が。
少し。
変わった。
「何を出す?」
カミラが。
ちらりと。
ハイセを見る。
エルネスタも。
一瞬だけ。
目を丸くした。
そして。
「へえ」
「?」
「“お願い”には乗らないのに」
笑う。
「取引なら聞くんだ?」
「そりゃそうだろ」
「どうして?」
「タダでやる理由がない」
「…………」
「欲しいなら」
ハイセは。
淡々と。
「そっちも何か出せ」
「…………」
数秒。
エルネスタは。
とても。
嬉しそうに笑った。
「好きかも」
「は?」
「そういうの!」
「変な奴だな」
「ハイセ」
カミラ。
低い声。
「気をつけろ」
「何を?」
「そいつがその顔をした時は大抵ろくでもない」
「また酷い!」
「では否定してみろ」
「…………」
「黙るな」
ハイセ。
少し笑う。
「で?」
エルネスタを見る。
「何くれる?」
「んー」
考える。
「あ」
「?」
「うちの戦闘ログ」
「戦闘ログ?」
「フェスタとか実験とかで集めたやつ」
「…………」
「外部の人には普通見せないものもあるよ?」
カミラ。
「待て」
「?」
「勝手に権限を渡すな」
「全部じゃないってば」
「お前の“全部じゃない”は信用ならん」
「じゃあカミラが許可した範囲だけ!」
「…………」
「ね?」
エルネスタが。
両手を合わせる。
「ハイセくんの能力見せてもらう代わりに、アルルカントが持ってる戦闘記録を閲覧できるようにする」
「…………」
ハイセ。
考える。
この世界。
まだ。
ほとんど知らない。
戦い方も。
武器も。
強い奴が。
どんな戦いをするのかも。
興味はある。
「悪くない」
「でしょ?」
「カミラ」
「…………」
「駄目?」
何故か。
ハイセまで。
カミラを見る。
「…………」
カミラ。
頭を抱えた。
「何故お前まで私に聞く」
「権限持ってんだろ」
「それはそうだが……」
「じゃあ」
「…………」
長い。
ため息。
「公開済みの記録」
「うん」
「及び研究用に共有可能な範囲のみ」
「やった!」
「それ以上は駄目だ」
「分かってるって」
「本当か?」
「多分!」
「駄目だ!!」
◇
再び。
実験場。
ハイセ。
武器を構える。
エルネスタは。
観測室。
「じゃあ」
マイク越し。
「適当に何種類かお願い!」
「適当って言うな」
「だって能力の幅見たいんだもん」
「…………」
ハイセ。
【武器マスター】。
起動。
剣。
斧。
槍。
弓。
武器を。
次々。
切り替える。
「…………」
エルネスタ。
黙る。
「なるほどねぇ」
いつもの軽い声。
でも。
目は。
真剣。
「カミラ」
「何だ」
「これ」
「ああ」
「かなり面白いね」
「昨日散々調べた」
「そうじゃなくて」
「?」
エルネスタが。
画面を指差す。
「ハイセくん本人の技術が変化してるんじゃない」
「…………」
「武器を持った瞬間」
一拍。
「必要な情報だけ引っ張り出してるみたいに見える」
「私もそう推測している」
「じゃあさ」
「?」
エルネスタ。
にっこり。
「実在する誰かの戦闘データを」
「…………」
「ハイセくんに直接学習させたら」
一拍。
「どうなると思う?」
「…………」
カミラ。
止まった。
ハイセも。
聞こえている。
「……何だそれ」
「例えば」
エルネスタ。
「ものすっごく上手い剣士の動作データを」
「……」
「神経系に直接学習させる」
「エルネスタ」
カミラの声が。
低くなる。
「今の段階で人体への直接学習を提案するな」
「例えばって言ったじゃん」
「お前の“例えば”は半年後に実験計画になる」
「それ褒めてる?」
「怒っている」
ハイセ。
「…………」
戦闘データ。
直接。
学習。
「そんなこと出来るのか?」
「ハイセ!」
カミラ。
「まだ食いつくな!」
「聞いただけだろ」
「その好奇心が一番危険なんだ!」
「えー」
エルネスタ。
「いいじゃん。興味持ってくれてるよ?」
「お前は黙れ!」
「はいはい」
だが。
ハイセの頭には。
残った。
誰かの技術を。
学習する。
「…………」
今まで。
【武器マスター】は。
武器を扱うための能力だった。
もし。
そこへ。
使い手の技術まで。
加えられるなら。
「…………」
「ハイセ」
「?」
カミラ。
「考えるな」
「まだ何も言ってねぇ」
「顔で分かる」
「そんな顔してる?」
「している」
「私と同じ顔!」
エルネスタ。
「それが問題なんだ!!」
◇
実験が終わった。
「はい!」
エルネスタが。
端末を差し出す。
「約束」
「何?」
「戦闘ログの閲覧権」
「……本当にくれるんだな」
「取引だからね」
「…………」
ハイセ。
受け取る。
「こういうところはちゃんとしてるんだな」
「どういう意味!?」
「もっと約束破るタイプかと思ってた」
「失礼だなぁ」
「否定できる?」
「…………」
「おい」
「でもさ」
エルネスタ。
にっこり。
「取引って」
「?」
「相手が次もしてくれるようにした方が」
一拍。
「得じゃない?」
「…………」
「一回騙して終わりより」
「……」
「ちゃんと払って」
「……」
「また面白いもの見せてもらった方が」
「……」
「私は嬉しい」
ハイセ。
少し。
目を細める。
「合理的だな」
「でしょ?」
「嫌いじゃない」
「やった!」
「ハイセ」
カミラ。
「…………」
「何?」
「本当に」
一拍。
「気をつけろ」
「何で?」
「相性が良すぎる」
「…………」
「?」
ハイセと。
エルネスタ。
二人。
同時に。
首を傾げた。
「……もう遅いかもしれない」
カミラ。
小さく。
呟いた。
◇
「じゃあね、ハイセくん!」
「ああ」
「また何か面白いのあったら教えて!」
「対価次第」
「いいねぇ!」
エルネスタ。
手を振る。
去っていく。
「…………」
ハイセは。
端末を見る。
戦闘記録。
大量。
「これ」
呟く。
「面白そうだな」
「…………」
カミラ。
隣。
「一つだけ忠告しておく」
「何?」
「エルネスタは」
一拍。
「出来ると判断したらやる」
「……」
「普通なら」
「……」
「やるべきかどうかを考えるところで」
「……」
「出来るかどうかを先に考える」
「…………」
ハイセ。
少し。
笑った。
「別に」
「?」
「それ自体は悪くなくないか?」
「…………」
カミラ。
額を押さえた。
「ほらな」
「何が」
「もう影響されている」
「一日だぞ?」
「だから怖いんだ!!」
ハイセ。
笑う。
「まあ」
「?」
「面白い奴だと思う」
「…………」
「アンタとは違う意味で」
「それは否定しない」
「でも」
端末。
見る。
「こういうの」
「?」
「俺の世界じゃ」
一拍。
「考えたことなかった」
「…………」
「武器を使う」
「……」
「魔物を倒す」
「……」
「依頼を終わらせる」
「……」
「それだけだった」
ハイセ。
画面へ。
表示された。
戦闘記録一覧。
「でも」
「…………」
「ここなら」
ぽつり。
「もっと色々」
「……」
「出来るのかもな」
カミラは。
その横顔を。
見る。
「…………」
昨日まで。
帰る方法すら分からない。
異世界人だった。
それが。
少しずつ。
この世界で。
何かを。
見つけ始めている。
「ハイセ」
「何?」
「エルネスタの真似だけはするな」
「まだそれ言ってんの?」
「絶対だ」
「分かった分かった」
「…………」
その返事が。
全く。
信用できなかった。
◇
数日後。
「カミラ」
「何だ」
「ハイセくん知らない?」
「……何故聞く」
「ちょっと実験したくて」
「何の」
「秘密」
「帰れ」
「えー!」
さらに。
数ヶ月後。
カミラは。
この日の自分へ。
心の底から。
言いたくなることになる。
――もっと強く。
止めておけばよかった、と。