【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第40話 禁忌を踏み越える者たち

 

 

 禁忌迷宮への出発当日。

 

 ハイベルグ王都の外れに設けられた世界間ゲート前には、既にハイセ、オーフェリア、イレーネ、シルヴィアの四人が揃っていた。王国との資源分配契約も終わり、残る仕事は迷宮へ入り、目的の資源を回収して帰ってくるだけである。

 

 少なくとも、昨日まではそういう予定だった。

 

「……ハイセ?」

 

 聞き覚えのある女性の声に振り返ると、そこにはプレセアが立っていた。

 

「うん」

 

「……本当に?」

 

「最近そればっかり聞かれる」

 

「仕方ないでしょう。私が知っていたあなたは男の子だったもの」

 

 プレセアはしばらく黙ってハイセを眺めていた。顔を見て、長く伸びた暗紫色の髪を見て、以前より細くなった身体へ視線を落とす。声まで確かめるように少し首を傾げると、ハイセの周囲を半歩だけ回って正面へ戻った。

 

「……随分、綺麗になったわね」

 

「そこ?」

 

「だって、一番分かりやすい変化でしょう?」

 

「もっと驚くかと思った」

 

「驚いているわよ。でも……」

 

 プレセアは少しだけ笑った。

 

「話してみれば、ハイセはハイセだもの」

 

「そっか」

 

「身体が変わった理由は、あとで全部聞かせてもらうわ。それより――」

 

 プレセアが腰へ手を添えた。

 

「私も同行するわ」

 

「…………」

 

 ハイセはそこで初めて、彼女が見慣れない武器を装備していることに気づいた。

 

「それ、カミラの?」

 

『正確には、アルルカントの共同開発試作機だ』

 

 通信端末からカミラの声が響く。

 

 プレセアの腰にある武器は、一見するとごく一般的な剣型煌式武装だった。抜剣型の発振器を起動することで光刃を形成する、アスタリスクでは珍しくもない形式である。

 

 しかし、その内部へ組み込まれているものは、まったく別物だった。

 

『オーガルクスではない。特殊な適合資質も必要ない。既存の抜剣型煌式武装へ【雛形】由来の個人適応制御を組み込んだ試作品だ』

 

「普通の人が使う武器?」

 

『そうだ』

 

 カミラの声が少しだけ強くなる。

 

『だからこそ重要なんだ』

 

 オーフェリアが使う《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》も、イレーネが持つ《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》も規格外だった。シルヴィアの《女神の羽衣(フレイア=プロト)》に至っては、ブラックエンシェントドラゴンの龍核から作られた一点物である。

 

 どれだけ優れた結果を出したところで、「武器が特別だった」「使い手が特別だった」と言われれば、それまでだった。

 

 プレセアの武器だけは違う。

 

「将来的な量産も考えているの?」

 

『その通りだ』

 

 カミラが答えた。

 

『武器そのものが使用者を選ぶのではない。使用者を観測し、その人間に合わせて武器側が調整する。出力、重心、プラーナ消費、姿勢、動作補正。その人間が扱える範囲へ武器を合わせる』

 

 プレセアが試作機を抜く。

 

 形成された光刃の横に、【雛形】から送られた数値が浮かんだ。

 

USER:PRESEA

 

RECOMMENDED OUTPUT:48%

 

POSTURE ASSIST:HIGH

 

MOTION CORRECTION:HIGH

 

「今の私は、かなり武器に助けてもらっているみたいね」

 

『そうだ。だが、それでいい』

 

「使えば使うほど、補助が減っていくの?」

 

『お前自身が学習すればな』

 

 プレセアは表示を見つめ、小さく笑った。

 

「なら、迷宮を出る頃には少し減らしてみせるわ」

 

「いいね」

 

 ハイセが言うと、カミラも満足そうに続けた。

 

『強い武器を渡すんじゃない。強くなれる武器を作る。今回の遠征で欲しいデータの一つだ』

 

◇

 

「……また増えた」

 

 低い声がした。

 

 振り返ると、サーシャが立っていた。どうやら禁忌迷宮へ向かうハイセ達を見送りに来たらしい。

 

「見送り?」

 

「ああ」

 

 サーシャは一度、プレセアを含めた五人を見渡してから、ハイセの前まで歩いてくる。

 

「禁忌迷宮だ。冗談抜きで危険だからな。無茶するなよ」

 

「分かってる」

 

「何かあったら戻れ。目的は素材であって、お前達の命じゃない」

 

「うん」

 

 サーシャは小さく息を吐いた。

 

「……ならいい」

 

 綺麗に終わるはずだった。

 

「ハイセ」

 

 オーフェリアが呼ぶ。

 

「何?」

 

「ゲートを越える時、隣にいて」

 

「いいよ」

 

 サーシャの眉が僅かに動く。

 

「ハイセ君」

 

 今度はシルヴィアだった。

 

「私も隣がいいわ」

 

「二人は無理じゃない?」

 

「反対側が空いているでしょう?」

 

「ああ、そっか」

 

 サーシャの眉間に皺が寄った。

 

「私も同行するから、今回は五人ね」

 

 プレセアが何気なく言う。

 

 サーシャはゆっくりハイセを見た。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「何でまた増えている?」

 

「テスター」

 

「そういう意味で聞いてない!!」

 

 結局、見送りは怒鳴り声で終わった。

 

 ゲートへ入る直前、プレセアが一度だけ振り返る。まだ不機嫌そうなサーシャを見てから、ハイセへ小声で尋ねた。

 

「サーシャ、随分あなたのことを気にしているのね」

 

「昔からあんな感じだよ」

 

「そう」

 

 プレセアは少し意味ありげに笑う。

 

「どう思ったのかしらね。今のあなたを見て」

 

「本人に聞けば?」

 

「それが出来れば苦労しないでしょうね」

 

「?」

 

「……何でもないわ」

 

◇

 

 禁忌迷宮へ直行する前に、ハイセ達には一つ寄る場所があった。

 

 迷宮について詳しい情報を持つ人物、【巌窟王】である。

 

「帰れ」

 

 挨拶を終えて数秒。

 

 話は終了しかけた。

 

「早くない?」

 

「禁忌迷宮へ行きたい? 好きにしろ。わざわざ死に方まで教えてやる義理はない」

 

「資源が必要なんだけど」

 

「知らん」

 

「奥に何がある?」

 

「帰れ」

 

「危険な場所は?」

 

「帰れ」

 

 イレーネが呆れた顔をする。

 

「話進まねぇな」

 

「困ったね」

 

 ハイセも腕を組んだ。

 

 その時、オーフェリアが一歩前へ出た。

 

「…………」

 

 剣には触れない。殺気も出していない。

 

 ただ、静かに【巌窟王】を見た。

 

「…………」

 

 【巌窟王】もオーフェリアを見る。

 

 数秒。

 

「……話だけなら聞こう」

 

「話が早くて助かる」

 

 ハイセが笑った。

 

「違ぇよ」

 

 イレーネが即座に突っ込む。

 

「何が?」

 

「今、圧に負けたんだよ!」

 

「そう?」

 

「ハイセ、あなた少し感覚がおかしくなっていないかしら?」

 

 プレセアまで加わった。

 

「なんで?」

 

「周りに規格外ばかりいるからでしょうね」

 

 シルヴィアが楽しそうに笑う。

 

「私は普通よ?」

 

「歌で現象を変える人が普通を名乗るな」

 

 イレーネの声に、【巌窟王】は深いため息を吐いた。

 

◇

 

 【巌窟王】が持っていた情報は有用だった。

 

 禁忌迷宮は単純に深いだけではない。階層ごとに環境が大きく変わり、魔物同士の生態系まで形成されている。通常の迷宮攻略のように、入口から安全地帯を確保しながら進めばいい場所ではないらしい。

 

「最深部には古代都市があると言われている」

 

「言われている?」

 

「帰ってきた奴が少なすぎる」

 

「なるほど」

 

「そこで納得するな」

 

 【巌窟王】は眉間を押さえる。

 

「特に下層では、迷宮そのものが侵入者を排除するような動きを見せる。道が変わる。魔物が群れる。上層では考えられん化け物まで出ることがある」

 

 ハイセが地図を見る。

 

「最短ルートは?」

 

「今の話を聞いていたか?」

 

「聞いた上で」

 

 【巌窟王】はしばらくハイセを見つめた。

 

「真っ直ぐ行くな」

 

「分かった」

 

「絶対に真っ直ぐ行くな」

 

「分かったって」

 

「どうして二度言ったか分かるか?」

 

「この子、たぶん真っ直ぐ行くからでしょう?」

 

 プレセアが答える。

 

「その通りだ」

 

「何で二人とも分かるの?」

 

「付き合いが長いもの」

 

 プレセアは涼しい顔だった。

 

◇

 

 禁忌迷宮へ入った瞬間、【雛形】が動き始めた。

 

UNKNOWN ENVIRONMENT

 

MAGIC DENSITY:HIGH

 

MAP GENERATION:START

 

BIOLOGICAL DATA COLLECTION:ACTIVE

 

「楽しそうだね」

 

『誰が?』

 

「【雛形】」

 

『機械に感情はない』

 

 カミラが即答する。

 

『ただ、データ量が増えすぎてエルネスタが楽しそうなのは事実だ』

 

『いやぁ、これ凄いよ!』

 

 エルネスタの声が割り込んだ。

 

『魔力の流れがアスタリスクと全然違う。それに、迷宮そのものへ人工構造っぽい周期があるんだよね』

 

『解析は帰ってからやれ!』

 

『今やった方が楽しいじゃん』

 

『観光じゃない!』

 

「俺達も行こう」

 

『ハイセ、お前まで先へ行くな!』

 

◇

 

 最初の数階層は、驚くほど順調だった。

 

 魔物が出ればオーフェリアが斬り、密集していればイレーネが重力でまとめる。遠距離攻撃はシルヴィアが軌道をずらし、残った個体へプレセアが試作煌式武装で飛び込んでいった。

 

 そして。

 

「行き止まりね」

 

 プレセアが壁を見る。

 

「地図だと向こうなんだけど」

 

『迂回路を検索している。十分ほど待て』

 

 カミラが答える。

 

「切った方が早いね」

 

『待て』

 

 ハイセが《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を抜いた。

 

『ハイセ』

 

「何?」

 

『切るな』

 

「でも近いよ?」

 

『切るな!』

 

 青い一閃が走り、壁の一部が切断される。

 

「開いた」

 

『…………』

 

 通信が静かになった。

 

「カミラ?」

 

『……もういい』

 

 エルネスタも数秒黙る。

 

『あとは任せた 』

 

『オペレーターが匙を投げるな! 』

 

「やっぱり真っ直ぐ行ったわね」

 

 プレセアが苦笑した。

 

「近道だったよ?」

 

「そういう問題じゃないんだと思うわ」

 

◇

 

 壁の向こうには、正規ルートとは明らかに違う通路が続いていた。

 

 先頭を歩くハイセを、イレーネが慌てて追いかける。

 

「普通こういう隠し通路って罠があるだろ!」

 

「あるかも」

 

「じゃあ警戒しろよ!」

 

「してるよ」

 

「歩く速度が警戒してる奴のそれじゃねぇ!」

 

「イレーネ、もう諦めた方がいいんじゃないかしら」

 

「プレセアまで諦めるな!」

 

 そんなやり取りをしていると、通路の奥から大量の足音が聞こえてきた。

 

 現れたのは、小柄な人型魔物の群れだった。

 

「ゴブリンかしら?」

 

 プレセアが試作機を構える。

 

『通常種ではない』

 

 カミラが答えた。

 

『魔力反応が異常に高い。暫定的にカオスゴブリンとして登録する』

 

 群れの中央には、他の個体より一回り大きく、やたらと派手な装備を身につけた個体がいる。

 

「…………」

 

 ハイセはそれを見る。

 

「ガボンガ」

 

「え?」

 

 プレセアが聞き返した。

 

「あいつ」

 

「名前を知っているの?」

 

「今つけた」

 

「今?」

 

『勝手に未確認生物へ名前を付けるな!』

 

 カミラの怒声が飛ぶ。

 

『個体識別名、ガボンガ登録っと』

 

『エルネスタ!』

 

CHAOS GOBLIN:INDIVIDUAL NAME――GABONGA

 

「登録された」

 

「【雛形】まで受理すんな!」

 

 イレーネが叫んだ。

 

◇

 

 ガボンガは、少なくとも普通の冒険者が相手なら十分に脅威となる個体だった。

 

 奇妙なほど高度な連携で周囲のカオスゴブリンを操りながら、巨大な棍棒を振り回す。魔力を纏わせた突進は、壁へ掠っただけでも岩盤を大きく砕いた。

 

「プレセア」

 

「ええ。私にやらせて」

 

 プレセアが一歩前へ出る。

 

RECOMMENDED OUTPUT:51%

 

POSTURE ASSIST:HIGH

 

 ガボンガが突進する。

 

 プレセアは横へ避けたものの、一歩が僅かに大きかった。

 

MOTION CORRECTION:ACTIVE

 

 試作機が出力を微調整し、身体が流れすぎるのを抑える。

 

「今のは……」

 

『補助した』

 

 カミラが答えた。

 

『だが、次は自分で合わせろ』

 

「分かったわ」

 

 再び棍棒が振り下ろされる。

 

 今度のプレセアは、必要な分だけ身体を引いた。

 

MOTION CORRECTION:REDUCED

 

「……出来た」

 

「いい感じ」

 

 ハイセが声を掛ける。

 

「応援は嬉しいけれど、今は集中させてね?」

 

「ごめん」

 

 数分後。

 

 プレセアの光刃がガボンガの防御を抜き、その身体を打ち倒した。頭を失ったカオスゴブリン達は統率を崩し、残った四人によって短時間で制圧される。

 

 戦闘終了と同時に、プレセアの表示が更新された。

 

RECOMMENDED OUTPUT:55%

 

POSTURE ASSIST:MEDIUM-HIGH

 

MOTION CORRECTION:MEDIUM

 

「補助が減っているわ」

 

『さっきより、自分で出力を合わせられているからな。【雛形】がやる仕事が減った』

 

「武器が弱くなっていくみたいね」

 

『逆だ』

 

 カミラは即座に答える。

 

『使い手が強くなっている』

 

 プレセアは一度だけ試作機を見つめた。

 

「……そういうことね」

 

「カミラ、嬉しそう」

 

 ハイセが言う。

 

『先へ行け』

 

「誤魔化した」

 

『先へ行け!』

 

◇

 

 そこから先は、攻略というより突破に近かった。

 

 複雑な迷路は《青鳴の魔剣》によって短縮され、巨大魔物はオーフェリアが押し切る。群れはイレーネがまとめ、特殊な魔法現象はシルヴィアの歌が解析と干渉を補助した。

 

 プレセアはその全てを間近で見ながら、自分に出来る相手を確実に倒していく。

 

 戦闘を重ねるたび、表示は変わった。

 

POSTURE ASSIST:MEDIUM

 

MOTION CORRECTION:LOW

 

RECOMMENDED OUTPUT:63%

 

「六十三パーセント……最初は四十八だったわね」

 

「かなり上がった」

 

 ハイセが言う。

 

「武器のおかげね」

 

『半分だけ正しい』

 

 カミラが答えた。

 

『武器は学習を助けた。だが、学んだのはお前だ』

 

「…………」

 

 プレセアは試作機を眺め、小さく笑う。

 

「悪くないわね」

 

『そうだろう』

 

 今度はカミラも誤魔化さなかった。

 

◇

 

 迷宮へ入って、五時間ほど。

 

「……ねぇ」

 

 プレセアが立ち止まった。

 

「どうしたの?」

 

「私、禁忌迷宮はもっと慎重に進むものだと思っていたのだけれど」

 

「普通はそうなんじゃねぇか?」

 

 イレーネが答える。

 

「今どこだ?」

 

『現在の推定深度なら、最深部まであと一〜二区画だね』

 

 エルネスタの返答に、イレーネが固まった。

 

「待て」

 

「何?」

 

「三日予定だったよな?」

 

「三日以内」

 

「今、何時間だ」

 

「五時間くらい」

 

 シルヴィアが楽しそうに微笑む。

 

「順調ね♪」

 

「順調で済ませるな!!」

 

 イレーネの声が迷宮へ響いた。

 

◇

 

 次の区画へ入った瞬間、空気が変わった。

 

 オーフェリアが最初に足を止める。

 

「何かいるわ」

 

 直後、【雛形】も警告を発した。

 

WARNING

 

UNKNOWN HIGH-ENERGY LIFEFORM

 

CLASSIFICATION:IMPOSSIBLE

 

「やっと強そうなの出た」

 

「お前、ちょっと嬉しそうじゃねぇか」

 

 イレーネが嫌そうな顔をする。

 

 暗闇の奥で巨大な影が動いた。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!」

 

 轟音が迷宮全体を震わせた。

 

「うるさっ」

 

 ハイセが思わず耳を押さえる。

 

「なあ、コイツの声量どうにかならないのか?」

 

『お前は自分のライフの心配をしろ!!!』

 

 シルヴィアも耳へ手を当てながら眉を寄せる。

 

「確かに、音程もあまり良くないわね」

 

『歌姫二人で批評を始めるな!!』

 

「音圧そのものは興味深いけれど――」

 

『分析もしなくていい!!』

 

 プレセアは巨大な影を見上げ、少し呆れた顔をした。

 

「二人とも、こんな時まで歌の話をするのね」

 

「気になるじゃん」

 

「そういうところは、姿が変わっても本当にハイセのままね」

 

◇

 

 ビースト。

 

 それ以外に呼びようがなかった。

 

 人間とはまるで異なる身体構造に、膨大な魔力。【雛形】ですら初見では生物としての分類を諦めている。

 

 巨大な腕が振り下ろされた瞬間、イレーネが《グラヴィシーズ》を起動した。重力場によって軌道を僅かに逸らされた拳が地面へ激突し、一帯の岩盤を吹き飛ばす。

 

「これ危険手当もっと貰っていいだろ!?」

 

『ディルクと交渉しろ!』

 

「今してくれ!」

 

『戦え!!』

 

 オーフェリアが前へ出る。

 

SAFE OPERATION WINDOW:02:42

 

「また伸びているわね」

 

『環境への適応と直前までの戦闘データを反映した! ただし数字を過信するな!』

 

「十分よ」

 

 《赤霞の魔剣》が赤い軌跡を描き、ビーストの腕へ深い傷を刻む。

 

 しかし傷は瞬時に塞がった。

 

「再生するのね」

 

 プレセアが表情を引き締める。

 

 ハイセも再生箇所を見つめた。

 

 【武器マスター】はもうない。見ただけで弱点が頭へ流れ込んでくることもなければ、最適解が勝手に与えられることもない。

 

 だから。

 

「シルヴィア」

 

「ええ」

 

 歌が響く。

 

 シルヴィアの現象干渉によって、再生の瞬間に魔力が集中する場所が可視化された。

 

「イレーネ」

 

「そこ止めりゃいいんだろ!」

 

 重力場が魔力循環の集中部周辺を固定する。

 

「プレセア」

 

「任せて」

 

 試作煌式武装が光を増した。

 

OUTPUT LIMIT:66%

 

ASSIST:LOW

 

 プレセアは自分の足で踏み込み、光刃を魔力集中部へ突き立てた。

 

「通ったわ!」

 

 最後にハイセが《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を振るう。

 

 斬ったのは肉体ではない。

 

 シルヴィアが見つけ、イレーネが固定し、プレセアが露出させた、再生へ繋がる魔力の流れだった。

 

「AAAAAAAAAAAA――!?」

 

 絶叫が途切れる。

 

 巨大な身体がゆっくりと崩れ、地面へ倒れた。

 

「静かになった」

 

『感想それか!!』

 

 カミラの怒声が通信を揺らした。

 

◇

 

 ビーストが倒れ、迷宮へ久しぶりの静寂が戻った。

 

 イレーネはその場へ座り込む。

 

「もう帰っていい?」

 

「もうちょっと」

 

「お前の『もうちょっと』信用出来ねぇんだよ」

 

「でも、本当に近いみたいよ」

 

 プレセアが【雛形】の地図を覗き込んだ。

 

 目の前の通路。そのさらに奥に、巨大な空間が表示されている。

 

『ハイセ』

 

 エルネスタの声が変わった。

 

『これ……人工物がある』

 

「人工物?」

 

『かなり大きい。都市規模かもしれない』

 

 五人は顔を見合わせ、通路の先へ進んだ。

 

 やがて暗闇が終わる。

 

 そこには都市があった。

 

 巨大な石造建築。崩れた塔。道らしきものも残っている。どれほど昔のものかは分からないが、ここに何らかの文明が存在していたことだけは疑いようがなかった。

 

ANCIENT ARTIFICIAL STRUCTURE DETECTED

 

UNKNOWN CIVILIZATION

 

ENERGY REACTION――MULTIPLE

 

「ここが最深部かしら?」

 

『推定では、そうだ』

 

 カミラが答える。

 

 イレーネが恐る恐る聞いた。

 

「今、何時間?」

 

「六時間ちょっと」

 

「…………」

 

「イレーネ?」

 

「三日」

 

「うん」

 

「三日って聞いた」

 

「うん」

 

「半日じゃねぇか!」

 

「まだ終わってないよ」

 

「何が残ってんだよ!?」

 

 返事をするより早く、【雛形】が新たな反応を拾った。

 

UNKNOWN HUMANOID:1

 

UNKNOWN MASSIVE LIFEFORM:1

 

 古代都市の奥。

 

 人間に近い何かと、巨大な何かがいる。

 

「敵かしら?」

 

 オーフェリアが《赤霞の魔剣》へ手を掛ける。

 

「まだ分からない」

 

 シルヴィアも表情を引き締め、プレセアは試作煌式武装を構えた。

 

「普通の相手ではなさそうね」

 

「うん」

 

 ハイセも《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を抜いた。

 

 予定では三日。

 

 多くの冒険者が帰らず、禁忌と呼ばれ続けてきた迷宮。その最深部へ、五人はたった半日で辿り着いてしまった。

 

 だが、迷宮そのものはまだ最後の切り札を残している。

 

 古代都市の奥で、人ならざる者がゆっくりと顔を上げる。

 

 そのさらに後ろ。

 

 巨大な生命反応が目覚め始める。

 

 ひとつではない。

 

 ひとつの身体から伸びる、八つの気配が同時に動き出していた。

 

 

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