暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
古代都市の奥から現れた男を見た瞬間、ハイセは人間ではないと判断した。
外見だけなら人と大きく変わらない。だが、全身を循環する魔力の密度も、その質も、この世界でこれまで出会った人間とは明らかに異なっている。【雛形】も同じ結論へ至ったらしく、ハイセ達の視界へ警告を表示した。
UNKNOWN HUMANOID
BIOLOGICAL CLASSIFICATION:NON-HUMAN
MAGIC DENSITY:EXTREME
「魔族?」
ハイセが尋ねると、男は僅かに目を細めた。
「……それを知っているのか」
「見たことはないけど」
「ならば知らぬまま帰れ。この先は人間が踏み込んでよい領域ではない」
ハイセは後ろを見る。
オーフェリア、イレーネ、シルヴィア、プレセア。誰一人として帰ろうとする様子はない。
「無理だね」
「何故だ」
「資源取りに来たから」
魔族の男が黙った。
「…………」
「何?」
「命より素材が大事なのか?」
「死ぬつもりはないよ」
「そういう問題ではない!」
通信の向こうで、カミラが小さく呟いた。
『珍しく敵と意見が合ったな』
「カミラまで?」
『私は最初からそう言っている!』
◇
魔族の男は、説得を諦めたらしい。
凄まじい魔力が噴き上がると同時に、古代都市の地面が割れた。その奥から響いてきたものは、先ほどのビーストとは比較にならないほど巨大な生命反応だった。
地面が揺れる。
一つ、二つではない。
巨大な首が次々と姿を現し、最終的に八つの頭部が古代都市の上空へ伸びた。
「……八本」
プレセアが見上げる。
「首だけであれだけあるのね」
「尾も八本ある」
ハイセの視界には、【雛形】が解析した簡易構造が映し出されていた。
UNKNOWN MASSIVE LIFEFORM
HEADS:8
TAILS:8
MULTIPLE MAGIC CORES DETECTED
シルヴィアが少し首を傾げる。
「それって……」
「ヤマタノオロチ?」
ハイセが言った。
『私も同じものを連想したよ』
エルネスタが答える。
『日本神話の八岐大蛇。まさか異世界で見るとは思わなかったけど』
「何でもいい!」
イレーネが《グラヴィシーズ》を構えた。
「倒せんのか、これ!?」
魔族の男が笑う。
「倒す?」
その言葉には明確な嘲りがあった。
「不可能だ。傷を負わせようと、首を落とそうと、魔力が続く限り再生する。この怪物を止める方法は封印しかない」
「封印?」
「そうだ。消滅させることなど出来ん」
ハイセは八岐大蛇を見る。
「じゃあ、まず試してみる」
「話を聞いていたのか!?」
「聞いたよ」
『そしてハイセに「不可能」と言うと試したがるからやめろ!』
カミラの悲鳴に近い声が通信へ響いた。
◇
戦闘が始まった。
最初に八岐大蛇の頭部を押さえたのはイレーネだった。《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》が生み出した重力場が三つの首を地面へ引きずり落とし、その隙をオーフェリアが駆け抜ける。
《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》が一閃された。
一つの首が落ちる。
だが。
「再生しているわ」
オーフェリアの声には焦りがない。
切断面から膨大な魔力が吹き出し、新しい頭部が形成され始めていた。
REGENERATION:EXTREME
MULTI-CORE NETWORK DETECTED
『一個体なのに八つの中枢が相互補完している!』
カミラが解析結果を読み上げる。
『どれか一つを潰しても、残りから魔力が流れ込む。単純な首の切断では駄目だ!』
「全部一緒なら?」
『出来るならな!』
「じゃあやってみる」
『その返事が怖いんだ!』
八岐大蛇の口から魔力が放たれた。
シルヴィアが歌う。
空間を満たした声が魔力の軌道へ干渉し、直撃するはずだった攻撃を上空へ逸らす。膨大な閃光が天井を焼き、崩れた石片が雨のように降り注いだ。
「やっぱり相当強いわね」
「楽しそうに言わないでくれる!?」
イレーネが叫ぶ。
◇
プレセアも動いた。
試作煌式武装を起動し、イレーネが押さえた一つの頭部へ飛び込む。何度も戦闘を重ねたことで、当初ほど武器側の補助を必要としなくなっていた。
RECOMMENDED OUTPUT:69%
POSTURE ASSIST:LOW
MOTION CORRECTION:MINIMUM
「七十まで、あと少しね」
『数字を上げることを目的にするなよ』
カミラが念を押す。
「分かっているわ」
プレセアは八岐大蛇の牙を潜り抜け、光刃を鱗の隙間へ突き立てた。
「でも、使える範囲が増えていくのは嬉しいものね」
『それならいい』
一瞬だけ。
研究者の声が柔らかくなった。
しかし、直後には八岐大蛇の尾がプレセアへ振り抜かれる。
「プレセア!」
ハイセが《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を振った。
指定した座標軸。
尾が通過する空間。
そこだけが青い線によって断ち切られ、軌道が僅かに逸れる。
「助かったわ」
「怪我ない?」
「大丈夫よ」
プレセアは立ち上がりながら笑う。
「女の子になっても、そういうところは変わらないのね」
「何が?」
「……何でもないわ」
◇
問題は明確だった。
倒せない。
少なくとも、今の攻撃方法では。
首を斬っても戻る。身体を削っても再生する。八つの中枢が相互に魔力を循環させているため、一部を破壊した程度では決定打にならない。
『原作――じゃなかった。この世界で伝えられている対処方法に従うなら、封印を選ぶべきだ』
カミラが言った。
『古代都市にも、それらしい術式が八ヶ所ある。【雛形】でも構造を確認出来ている』
「じゃあ封印する?」
ハイセが聞いた。
『現状では、それが一番安全だ』
その時だった。
『……ちょっと待ってください』
聞き覚えのある男性の声が通信へ割り込んだ。
「綾斗?」
『はい』
天霧綾斗だった。
『戦闘映像、カミラさんに見せてもらっています』
『私が呼んだわけじゃないぞ。剣術面のデータ確認を頼んでいたら、そのまま居座った』
「居座ったって……」
『すみません』
申し訳なさそうな声だった。
「それで?」
『その魔物、本当に八つの頭と八つの尾があるんですよね?』
「あるよ」
綾斗は少し黙る。
『それなら――酒を試してみたらどうでしょう』
「酒?」
イレーネまで振り返った。
『日本神話の八岐大蛇なら、強い酒を飲まされて酔ったところを討たれています。酒そのものが弱点とは限りませんけど、試す価値はあると思います』
通信が静かになった。
数秒後。
エルネスタが声を上げる。
『待って!』
「何?」
『古代都市の封印設備。八ヶ所に大型の貯蔵槽がある!』
『中身は!?』
カミラが尋ねる。
『今まで儀式用の液体だと思ってたんだけど……エタノール反応がかなり高い』
「酒じゃん」
『酒だね』
『何で先に調べなかった!!』
『封印儀式用の触媒だと思ったんだもん!』
綾斗が戸惑ったように続ける。
『八つの容器まであるんですか?』
「あるみたい」
『……かなり、そのままですね』
◇
作戦が変わった。
八ヶ所に配置されていた貯蔵槽から液体を引き出し、古代都市を巡る水路へ流す。【雛形】が調べた結果、それは非常に度数の高い酒に近い成分を持っていた。
後は。
飲ませる。
「簡単に言うなよ!」
イレーネが叫んだ。
「八つも頭あんだぞ!」
「八つあるから全部飲ませるんじゃない?」
「宴会じゃねぇんだぞ!」
シルヴィアが楽しそうに笑った。
「香りを広げれば、少し誘導出来るかもしれないわ」
「出来るの?」
「やってみる」
『歌姫の能力を巨大蛇の酒盛りに使う日が来るとは思わなかった』
カミラが遠い声を出した。
◇
シルヴィアの歌が、酒の香りを古代都市全体へ運ぶ。
最初は警戒していた八岐大蛇だったが、やがて一つの頭が水路へ顔を近づけた。舌を出し、匂いを確かめ、その液体を飲み始める。
二つ目。
三つ目。
「飲んでる」
ハイセが呟く。
「本当に効くのかしら?」
プレセアが見守る。
五分。
十分。
やがて変化が現れた。
八つの頭部の動きが明らかに鈍くなり、魔力循環にも乱れが生じる。
NEURAL RESPONSE:DOWN
MAGIC TRANSMISSION:UNSTABLE
REGENERATION EFFICIENCY:DECLINING
「当たり」
ハイセが言った。
『綾斗!』
エルネスタが叫ぶ。
『大当たりだよ!』
『本当に効いたんですか?』
「綾斗、すごい」
『いや、僕は神話を思い出しただけで……』
その通信を。
別の場所で聞いていたサーシャが。
『…………また天霧綾斗か』
「サーシャ?」
『何でもない!!』
「何で怒ってるの?」
『お前は戦え!!』
カミラまで。
『それは私の台詞だ!』
◇
八岐大蛇の魔力循環が崩れ始めた。
今なら封印出来る。
古代都市の術式も起動可能だった。
だが。
「カミラ」
『何だ』
「これ」
ハイセが八岐大蛇を見る。
「今なら倒せるんじゃない?」
通信の向こうで沈黙が生まれた。
『……可能性はある』
カミラは慎重に答える。
『再生効率が四割以下まで落ちている。八つの中枢を繋ぐ循環経路も、さっきより遥かに見えやすい』
「封印したら?」
『いずれ解ける可能性は残る』
「じゃあ」
ハイセは《青鳴の魔剣》を構えた。
「倒そう」
魔族の男の顔色が変わった。
「馬鹿な! それは封じるものだ! 討つものでは――」
「綾斗が教えてくれたから」
「誰だそれは!?」
「剣の先生」
「何故剣の先生が蛇の酒の飲ませ方まで知っている!?」
『僕もこんな使われ方をするとは思ってません!』
◇
最後の戦いが始まった。
「イレーネ!」
「分かってる!」
《グラヴィシーズ》が全力ではない、安全領域ぎりぎりの重力を叩き込む。
SAFE OUTPUT:72%
八つの頭部が同時に地面へ引き寄せられた。
「オーフェリア!」
「ええ」
《赤霞の魔剣》が連続して走り、魔力循環の補助経路を断つ。
SAFE OPERATION WINDOW:02:51
時間は短い。
だからこそ。
無駄がない。
「シルヴィア!」
「見えているわ」
歌が響く。
酩酊によって乱れた魔力循環が、光の線として浮かび上がった。
「プレセア!」
「任せて」
試作煌式武装が最大推奨出力へ到達する。
RECOMMENDED OUTPUT:72%
POSTURE ASSIST:MINIMUM
MOTION CORRECTION:MINIMUM
プレセア自身の動きで。
一本。
また一本。
八岐大蛇の防御を切り崩していく。
最後に。
ハイセが前へ出た。
◇
昔なら。
【武器マスター】が答えを教えた。
どの武器を使うべきか。
どこを狙うべきか。
どうすれば勝てるのか。
今は違う。
シルヴィアが見つけた。
イレーネが止めた。
オーフェリアが切り開いた。
プレセアが崩した。
そして。
綾斗が。
遠い世界から。
勝つための一手をくれた。
「……これなら」
ハイセ自身が。
最後の場所を選ぶ。
八つの魔力中枢。
それぞれを繋ぎ。
一個体として。
八岐大蛇を成立させている。
一つの巨大な循環軸。
《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》が。
青く輝いた。
「切れる」
一閃。
音は。
ほとんどなかった。
ただ。
八岐大蛇の内部を巡っていた魔力が。
同時に。
止まった。
八つの頭が空を仰ぐ。
再生は。
始まらない。
「今!」
五人の攻撃が。
一斉に。
落ちた。
◇
八岐大蛇が倒れた時。
古代都市全体が揺れた。
巨大な身体はしばらく痙攣していたが、やがて完全に動かなくなる。【雛形】が慎重に生命反応を確認し、数秒後に結果を表示した。
TARGET:YAMATA-NO-OROCHI
BIOLOGICAL RESPONSE:ZERO
REGENERATION:STOPPED
STATUS:DEFEATED
「……倒した」
プレセアが呟いた。
「倒したね」
ハイセが剣を下ろす。
イレーネは地面へ座り込んだ。
「封印する話じゃなかったのかよ……」
「途中で変わった」
「神話の知識一個で最終目的変えるな!」
『でも勝ったじゃん』
エルネスタが笑う。
「お前は気楽でいいよな!」
『こっちはデータでホクホクだよ』
『言い方!』
カミラが叱った。
◇
だが。
本当に研究班を黙らせたのは。
その後だった。
『待て』
カミラの声が急に変わる。
「何?」
『八岐大蛇の腹部。異常なエネルギー反応がある』
ハイセ達が巨大な身体の内部を調べる。
鱗を剥がし。
硬い組織を除去する。
その奥から。
光が漏れた。
「…………」
最初に黙ったのは。
シルヴィアだった。
次に。
プレセア。
イレーネ。
オーフェリア。
ハイセまで。
言葉を失った。
そこにあったのは。
一つの宝玉だった。
ウルム=マナダイトより。
遥かに大きい。
人間が両腕で抱えることすら難しいほどの巨大な結晶体。
その内部を。
膨大なエネルギーが。
循環していた。
UNKNOWN CRYSTALLINE CORE
ENERGY DENSITY:MEASUREMENT LIMIT EXCEEDED
COMPARISON:URM-MANADITE STANDARD――
ERROR
「エラー?」
ハイセが聞く。
『比較基準から外れすぎてる』
エルネスタの声から。
笑いが消えていた。
『これ……とんでもないよ』
ヒルダまで通信へ割り込む。
『実に美しい! まず切断して内部構造を――』
『切るな!!』
カミラ。
『絶対に切るな!!』
『だが中身を見なければ――』
『非破壊検査から始めろ!』
さらに。
ディルク。
『おい』
「何?」
『それだけは絶対に置いてくんな』
「高い?」
『値段付けられるかどうか調べるために持って帰れ』
「了解」
カミラはしばらく宝玉のデータを眺めていた。
『……これを、そのまま発電所代わりに使うのは駄目だ』
『は?』
ディルクが聞き返す。
『一個しかないものへインフラを依存させれば、それを握った奴が世界を握る』
少し間を置き。
『調べる。構造を理解する。縮小して、複製して、分散出来る形へ落とす』
「究極の汎用性?」
ハイセが聞く。
『その一歩だ』
カミラが答えた。
この時。
彼らはまだ知らなかった。
八岐大蛇の体内から発見された超抜級の宝玉が。
後に。
アスタリスクのエネルギー技術を。
根本から。
塗り替えることになることを。
そして。
その宝玉自体を神として祀るのではなく。
そこから学び取った原理が。
無数の都市へ。
広がっていくことを。
◇
「じゃあ解体続けるよ」
「まだやるの!?」
イレーネが叫んだ。
「素材取りに来たんだから」
「ラスボス倒した後くらい休ませろ!」
「休んでいいよ」
「そう言いながら自分は作業始めるんだろ!」
「うん」
「そういうところだぞ!」
プレセアは苦笑しながら、八岐大蛇の尾へ向かった。
「私は尾の素材を見てみるわ。鱗もかなり硬そうだもの」
『八本ともサンプルを取ってくれ』
カミラが答える。
「分かったわ」
一本目。
二本目。
異常な強度の鱗が次々と切り取られていく。
そして。
八本目。
「…………?」
プレセアの試作煌式武装が。
何かへ当たった。
金属音。
「どうした?」
ハイセが近づく。
「分からないわ。鱗じゃないみたい」
プレセアが周囲の組織を慎重に剥がす。
肉。
鱗。
硬化した魔力組織。
その奥。
細長い。
何かが。
埋まっている。
「剣?」
ハイセが言った。
「そうみたいね」
プレセアが柄らしき部分へ手を掛ける。
ゆっくりと。
引き抜く。
古代都市の光を受け。
一振りの剣が。
姿を現した。
UNKNOWN WEAPON DETECTED
MATERIAL:UNKNOWN
ENERGY RESPONSE:UNKNOWN
DATABASE MATCH:NONE
「また変なの出た」
『ハイセ、それ宝玉より雑に扱うな!』
カミラが叫ぶ。
だが。
一人だけ。
通信の向こうで。
何も言わなくなった人物がいた。
「綾斗?」
『…………』
「どうしたの?」
『その剣』
綾斗の声が。
僅かに震えていた。
『八本目の尾から出てきたんですよね?』
「うん」
『八つの頭。八つの尾。酒で酔わせて討伐。そして、尾の中から剣……』
誰も。
すぐには。
続きを言わなかった。
綾斗が。
ゆっくりと言う。
『それ……もしかして』
プレセアの手の中で。
古い剣が。
微かに。
光った。
『《草薙の剣》じゃないですか?』
「…………」
ハイセは。
八岐大蛇を見る。
剣を見る。
通信画面の綾斗を見る。
「綾斗」
『はい』
「今日、すごいね」
『僕も困惑してます』
「あとでこれ要る?」
『何でそうなるんですか!?』
通信の向こうで。
エルネスタが。
吹き出した。
プレセアも。
口元を押さえる。
「ふふっ……本当にあなた達、変わっているわね」
「そう?」
「ええ」
彼女は改めて。
手にした剣を見る。
後に。
《草薙の剣》と呼ばれ。
天霧家へ渡り。
新たな家宝となる一振り。
その発見者は。
伝説の剣を求めていたわけでも。
神話を再現しようとしていたわけでもない。
ただ。
八岐大蛇の尾から。
使えそうな素材を剥ぎ取ろうとしていただけだった。
禁忌迷宮攻略開始から。
まだ。
一日すら。
経っていない。