暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
《ディロロマンズ大塩湖》へ入ってから、六十九日目。
最深部へ続く最後の通路を抜けた【セイクリッド】の前に広がっていたのは、迷宮とは思えないほど巨大な都市だった。石造りの遺跡ばかりだった砂漠側とは違い、こちらには金属と石を複雑に組み合わせた建築物が立ち並び、朽ち果てながらも明らかに高度な文明の痕跡を残している。
「……街?」
ロビンが呟く。
「それも相当大きいな」
レイノルドが周囲を見渡した。
かつて道だったと思われる場所には、二本の金属製の線が平行に伸びている。その先には長い箱のような物体が並び、いくつかは半ば崩れながらも形を保っていた。
プレセアが足を止めた。
「あら」
「どうした?」
サーシャが尋ねる。
「これ、列車じゃないかしら」
「列車?」
タイクーンの目が即座に輝いた。
◇
プレセアが知っていたのには、理由があった。
少し前。
アスタリスク。
「ハイセ」
「うん?」
天霧綾斗が、一冊の古びた冊子を差し出した。
「《草薙の剣》のお礼なんですけど……こういうの、興味ありますか?」
「……近鉄・JRの電車特集?」
「天霧家の蔵から出てきたんです。かなり古い物で、廃車や改修される前の車両も載っているみたいで」
「…………」
ハイセは冊子を受け取った。
「あ……ありがと」
「よかった。気に入ってもらえて」
「…………」
「ハイセ?」
「〜〜っ……!」
何故か顔を赤くして、そのまま冊子を胸元へ抱え込む。
綾斗には理由が分からなかった。
その日のうちに冊子は電子化され、三重に保存された。
TENMUGIRI AYATO GIFT DATA
PERMANENT PRESERVATION
という、研究データより厳重な扱いで。
◇
「その資料を私も見せてもらったのよ」
プレセアは古代都市に残された車両へ近づいた。
「形が少し違うけれど……これは山手線のE235系にかなり似ているわね」
「詳しく」
タイクーンが一歩出る。
「こっちは?」
「近鉄のアーバンライナー系統に近いかしら」
「詳しく」
「それから――あら」
プレセアが別の車両を見る。
「珍しいわ。ひのとりみたいな形まであるじゃない」
「是非詳しく!!!」
「やめろ!!」
レイノルドがタイクーンの肩を掴んだ。
「俺達は七十日近くかけて観光に来たんじゃねぇ!」
「しかし未知文明の交通体系だぞ!」
「攻略終わってからにしろ!」
「プレセア、後で頼む」
「ええ。覚えている範囲なら」
「約束だぞ!」
レイノルドが頭を抱えた。
「また面倒なの増えた……」
その横でサーシャは別のところに引っ掛かっていた。
「……天霧綾斗から貰った資料?」
「ええ」
「ハイセ、そんなものまで大切に保存しているのか」
「家宝だそうよ」
「…………」
ピアソラが顔を見る。
「また始まった」
「何も言ってない!」
「顔が『天霧綾斗ォ……』って言ってるわよ」
「言ってない!!」
◇
しかし、古代都市を探索出来た時間は長くなかった。
街の中央へ近づいたところで、プレセアのローカルクライアントが警告を発した。
UNKNOWN HUMANOID REACTION
HOSTILITY:HIGH
現れたのは、人とは違う濃密な魔力を纏った男だった。
ノーチェス。
魔族。
そしてその背後に、古代都市の闇そのものが凝縮したような巨大な異形が蠢いていた。
黒い。
液体にも見える。
生物にも見える。
輪郭さえ一定しない巨体が、周囲の建物を取り込みながら膨張していく。
「……あれが最後?」
ロビンが呟く。
「多分な」
サーシャが剣を抜く。
「だったら終わらせる」
誰も反対しなかった。
六十九日。
ここまで来た。
今さら。
退く理由などなかった。
◇
戦闘は、それまでの魔物とは別物だった。
《ショゴス・ノワールウーズ》へ攻撃を加えても、黒い身体が崩れるだけで致命傷にならない。斬れば分かれ、撃てば穴が開くが、その全てが短時間で埋まっていく。
「再生速すぎるだろ!」
レイノルドが叫ぶ。
「正面から削っても駄目!」
ピアソラが全体を見る。
「核か何かあるはずよ!」
「だったら露出させる!」
サーシャが前へ出た。
「プレセア!」
「ええ!」
プレセアは既に『双機関銃型』を抜いていた。
多数へ散らすのではなく、一点。
サーシャが切り開いた場所へ弾幕を集中させる。
黒い肉塊が弾けた。
「まだ!」
《ルインシャレフMARK-2》へ交換。
高出力の一撃が同じ場所へ突き刺さる。
だが。
潰れない。
「硬いわね……!」
プレセアが下がる。
端末には一つの判定だけが出ていた。
CONVENTIONAL OUTPUT:INSUFFICIENT
◇
サーシャ達は諦めなかった。
レイノルドが敵の攻撃を受け止め、タイクーンが魔法で動きを制限する。ロビンが内部へ見え隠れする反応を狙い、ピアソラが全員を支え続けた。
そしてプレセアは三種類の武装を使い分ける。
もう推奨など必要ない。
敵が広がれば『双機関銃型』。
一点を抜くなら《ルインシャレフMARK-2》。
間合いを読ませず切り込む時は《ヘルスーピオン》。
USER AUTONOMY:FULL
システムが表示出来るのは。
それだけだった。
「サーシャ!」
「分かってる!」
《ヘルスーピオン》の軌道が途中で曲がる。
敵が防御を変える。
その死角。
サーシャの斬撃が入った。
初めて。
内部の奥へ。
虹色の光が見えた。
「核!」
ピアソラが叫ぶ。
だが。
黒い肉が。
すぐに閉じ始める。
「くそっ!」
「もう一回よ!」
プレセアが《ルインシャレフMARK-2》へ交換する。
そして。
そこで。
思い出した。
「…………」
《ジグラット》の奥に。
最初から。
一度も触れていない。
ケースがある。
◇
出発前。
ハイセは。
三種類の武装とは別に。
もう一つ。
妙に重いケースを渡していた。
「これも」
「何かしら?」
「緊急用」
プレセアが蓋を見る。
大きく。
赤字。
【絶対に使うな】
「…………」
プレセアはハイセを見る。
「絶対に使ってはいけないの?」
「うん」
「じゃあ何故持たせるの?」
「本当にどうしようもない時だけ」
「それを使うと言うんじゃないの?」
「…………」
ハイセは少し考えた。
「多分」
『使うなと言っているだろう!!』
通信越しにカミラが怒鳴った。
「カミラも知ってるの?」
『私が止めた!!』
「何?」
ケースの名称。
《ルインシャレフMARK-2》専用外付けエネルギーユニット
正式名称。
【単発式ブラックバレル】
内部には。
ハイセが歌い。
【雛形】が現象エネルギーへ変換し。
長期間かけて蓄積した。
一回分だけの。
異常なエネルギーが詰め込まれている。
「出力は?」
プレセアが聞いた。
『聞くな』
「どれくらい?」
『聞くな!』
ハイセが答えた。
「換算値だと十万メガトン級」
「…………」
プレセアはケースを閉めた。
「使わないわ」
『それが正しい!!』
◇
そして今。
そのケースが。
《ジグラット》から。
出された。
「プレセア」
ピアソラが。
張り紙を見る。
「それ」
「ええ」
「絶対に使うなって書いてあるわよね?」
「書いてあるわね」
「なら戻しなさいよ!」
「通常出力では足りないわ」
「だからって!」
サーシャまで振り返る。
「何だそれは!」
「ハイセから」
「その時点で嫌な予感しかしない!!」
「《ルインシャレフMARK-2》用の外付けバッテリーよ」
「バッテリー?」
「【単発式ブラックバレル】」
「名前からして危ない!!」
ピアソラがケースへ近づく。
「それ、どれくらいなの?」
「十万メガトン級」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も。
すぐには。
喋らなかった。
「ハイセぇぇぇぇぇぇ!!!」
サーシャの叫びが。
古代都市を震わせた。
◇
「待って」
プレセアが止める。
「全部撃つつもりはないわ」
「全部とか一部とかいう問題なのか!?」
「ローカル安全制御がある」
端末へ。
既に警告が出ていた。
BLACK BARREL CONNECTABLE
FULL OUTPUT:PROHIBITED
TARGET-LIMITED DISCHARGE ONLY
ENVIRONMENTAL DAMAGE PREDICTION:UNACCEPTABLE
「ほら」
「ほらじゃない!!」
「必要な分だけなら使えるかもしれない」
ピアソラが顔を引きつらせる。
「本当に大丈夫なの?」
「分からない」
「そこは大丈夫って言いなさいよ!」
プレセアはサーシャを見る。
「どうする?」
「私に聞くのか?」
「【セイクリッド】のリーダーでしょう?」
「…………」
サーシャは。
敵を見る。
仲間を見る。
ここまで。
六十九日。
自分達で来た。
なら。
最後も。
自分達で決める。
「使う」
全員がサーシャを見る。
「ただし」
サーシャはプレセアへ指を向けた。
「ハイセの馬鹿みたいな出力を、そのまま使うな」
「ええ」
「私達が核を完全に露出させる。逃げ道も、再生経路も潰す。その上で」
敵を見る。
「必要な分だけ撃て」
プレセアが。
微笑んだ。
「了解よ」
◇
最後の攻防が始まった。
レイノルドが真正面へ出る。
「来いよ、化け物!」
黒い巨体の攻撃が集中する。
それを。
真正面から。
引き受ける。
「タイクーン!」
「分かっている!」
逃げる黒い肉塊を。
魔法で固定。
「ロビン!」
「もう狙ってる!」
内部で。
虹色に輝く核。
その周囲だけを。
射抜く。
「ピアソラ!」
「全員まだ動ける! 行きなさい!!」
補助。
回復。
維持。
そして。
サーシャ。
「プレセア!」
「ええ!」
《ヘルスーピオン》。
曲がる斬撃。
通常なら届かない。
内部。
一刀。
二刀。
黒い肉が。
剥がれる。
「今!」
サーシャが。
全力で。
最後の壁を斬った。
核。
完全露出。
◇
プレセアが。
《ルインシャレフMARK-2》へ。
【単発式ブラックバレル】を接続した。
EXTERNAL UNIT CONNECTED
ENERGY SOURCE:Yami_Q_ray
SINGLE SHOT
FULL DISCHARGE:DENIED
TARGET LOCK:CORE ONLY
武器が。
低く。
唸る。
光ではない。
音でもない。
圧力だけが。
周囲の空気を変えた。
「……プレセア」
サーシャが言う。
「絶対外すな」
「無茶を言うわね」
「出来るだろ?」
「ええ」
プレセアが。
照準を合わせる。
「六十九日も使ったもの」
もう。
武器が。
プレセアに。
答えを教える必要はない。
プレセアが。
決める。
「撃つわ」
引き金。
◇
閃光は。
大きくなかった。
爆発も。
起きなかった。
【単発式ブラックバレル】に蓄積された膨大な力は、周囲へ撒き散らされるのではなく、【セイクリッド】が剥き出しにした一点へだけ叩き込まれた。
一瞬。
虹色の核が。
白くなる。
そして。
消えた。
「――――」
《ショゴス・ノワールウーズ》の巨体が。
止まった。
再生しない。
膨張しない。
そのまま。
黒い身体が。
ゆっくりと。
崩れていく。
TARGET RESPONSE:ZERO
BLACK BARREL ENERGY REMAINING:94.8%
「…………」
プレセアが表示を見る。
「五パーセント少ししか使っていないわ」
ピアソラの顔が。
完全に引きつった。
「ハイセ、何作ったのよ」
サーシャは。
何も言わない。
数秒後。
「帰ったら」
「え?」
「絶対に説教する」
「そうね」
プレセアも。
素直に同意した。
◇
敵が崩れたあと。
残されたのは。
一つの虹色の宝玉だった。
サーシャが拾い上げる。
「これが」
「踏破の証かしら」
プレセアが見る。
七十日。
長かった。
砂漠側のように。
半日ではない。
一日。
また一日。
何度も戦い。
何度も休み。
仲間の癖を知り。
自分の癖を知り。
ようやく。
ここまで来た。
「終わったな」
レイノルドが笑った。
「ああ」
サーシャも。
笑った。
「私達で」
その瞬間。
古代都市全体が。
大きく揺れた。
「…………」
「まさか」
ロビンが嫌そうな顔をする。
「崩れる?」
答えは。
天井から落ちてきた。
「走れぇぇぇ!!」
◇
大塩湖から脱出した時。
七十日目の空は。
眩しいほど。
青かった。
背後では。
巨大な迷宮が。
静かに崩れていく。
サーシャ達は。
誰も。
すぐには喋らなかった。
ただ。
生きている。
全員。
帰ってきた。
「……終わった」
ピアソラが呟く。
「ええ」
プレセアも笑った。
端末。
長い間。
中央と切り離されていたローカルクライアントへ。
久しぶりに。
通信表示が出た。
CENTRAL NETWORK DETECTED
LOCAL LEARNING DATA:70 DAYS
SYNC READY
「帰りましょう」
プレセアが言う。
「ええ」
サーシャが頷いた。
「ハイベルグへ」
◇
一方。
その少し前。
アスタリスク。
「綾斗」
「はい?」
ハイセが。
一冊の薄い本を。
両手で持っていた。
「こ、この前の」
「この前?」
「電車の本」
「ああ」
「お礼」
「別に気にしなくていいんですよ?」
「でも」
「…………」
ハイセが。
差し出す。
「これ」
綾斗が表紙を見る。
《Yami_Q_ray Visual Collection》
「……ハイセの写真集?」
「うん」
「僕に?」
「うん」
綾斗がページを開く。
戦闘装備。
普段着。
ステージ衣装。
《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を構えた姿。
歌っている姿。
どれも。
本人が思っている以上に。
きちんと撮られている。
「すごい」
「…………」
「綺麗ですね」
「〜〜〜っ!!」
ハイセが。
真っ赤になった。
「ハイセ?」
横から。
沙々宮紗夜が。
無言で一冊を覗き込む。
「深い紫の瞳。白い装備との色差が良い」
「紗夜!?」
「このページも良い」
「なんで見てるの!?」
「そこに本があるから」
「理由になってない!」
さらに。
「何を騒いでいるのだ?」
ユリスが。
やって来た。
そして。
開かれた写真集を見る。
「…………」
「ユリス?」
「公共の場所で本人の写真集を広げるなぁぁぁ!!」
また。
叫び声が。
増えた。
◇
その日の夕方。
【セイクリッド】帰還の知らせが届いた。
「七十日」
ハイセが。
通信を見る。
「長かったね」
カミラが横から覗き込む。
「プレセアのローカルデータも帰ってくる」
エルネスタが。
すでに笑っている。
「七十日分」
「笑うな」
「無理」
ゲートの向こう。
サーシャ達が。
姿を見せる。
疲れていた。
汚れていた。
それでも。
全員。
以前より。
明らかに。
強くなっていた。
「おかえり」
ハイセが言う。
サーシャが。
一瞬。
言葉を失う。
そして。
「……ただいま」
「強くなったね」
「…………」
少しだけ。
嬉しそうな顔をした。
ほんの。
一瞬だけ。
「ハイセ」
プレセアが前へ出る。
「三つとも、かなり良かったわ」
「本当?」
「ええ。《ヘルスーピオン》は特にね。あとで七十日分のデータを渡すわ」
「楽しみ」
「それから」
「何?」
プレセアが。
【単発式ブラックバレル】を。
ハイセへ返した。
「使ったわ」
「どうだった?」
「二度と持たせないで」
「使えた?」
「そこを聞いているんじゃないわ」
サーシャが。
ハイセの肩を掴んだ。
「話がある」
「何?」
「十万メガトン級って何だ」
「…………」
「ハイセ」
「必要な分しか出ないようにしてたよ」
「そういう問題じゃない!!」
「でも倒せたでしょ?」
「だからそういう問題じゃない!!!」
その後ろで。
ピアソラが。
静かに。
ハイセを見る。
「……あんた」
「何?」
「人間用のスキンケア」
「うん」
「作れる?」
「作れると思う」
「保湿重視」
「分かった」
「香りは弱め」
「うん」
「あと、あのウォークマン」
「欲しい?」
「…………」
一拍。
「欲しい」
サーシャが。
ゆっくり。
ピアソラを見る。
「お前まで……」
ピアソラが。
睨み返した。
「美容と音楽に罪はないでしょうが!!」
サーシャの。
七十日間の成長。
プレセアの。
七十日間の学習。
そして。
ピアソラの。
七十日間の認識変化。
全てが。
ハイベルグへ。
戻ってきた。
一方。
アスタリスクでは。
プレセアの端末が。
中央【雛形】へ接続される。
LOCAL LEARNING DATA:70 DAYS
UPLOADING――
カミラ。
エルネスタ。
ヒルダ。
三人が。
同時に。
画面を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
ハイセが尋ねる。
「どう?」
カミラが。
ゆっくり。
笑った。
「最高だ」
研究側の春は。
まだ。
終わる気配がなかった。