暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第46話 お前ら全員、そこに座れ

 

 

 《ディロロマンズ大塩湖》攻略から帰還した翌日。

 

 ハイベルグ王城の一室には、妙に重苦しい空気が漂っていた。

 

 中央に置かれた長机。その片側にはハイセ、プレセア、サーシャが座り、少し離れた席には【セイクリッド】の面々が並んでいる。そして最も上座にいるのは、腕を組んだまま無言でこちらを睨んでいるガイストだった。

 

「…………」

 

 誰も喋らない。

 

 正確には。

 

 喋れない。

 

「では」

 

 ガイストがようやく口を開いた。

 

「始めようか」

 

「何を?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

 サーシャが机を叩いた。

 

「説教だ!!」

 

「昨日も聞いたけど」

 

「昨日のは私の分だ!」

 

 ハイセはガイストを見る。

 

「今日は?」

 

「国家公認の分だ」

 

「そんなのあるの?」

 

「今作った」

 

「権力の使い方おかしくない?」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

 

 机の中央には、一つの黒いケースが置かれていた。

 

 赤字。

 

【絶対に使うな】

 

 そして。

 

 正式名称。

 

【単発式ブラックバレル】

 

 ガイストが指先でケースを叩いた。

 

「まずこれだ」

 

「うん」

 

「うん、ではない」

 

 声が低い。

 

「十万メガトン級相当のエネルギーを積んだ携帯兵装を、何故他人に持たせた?」

 

「携帯兵装じゃなくて外付け式の――」

 

「名称の問題ではない!!」

 

「はい」

 

 ハイセが姿勢を正した。

 

 サーシャが横から睨む。

 

「しかもプレセアには【絶対に使うな】と説明したらしいな?」

 

「書いてあったでしょ」

 

「なら持たせるな!!」

 

「本当に困った時用」

 

「絶対に使うなと本当に困った時用を同じ箱に入れるな!」

 

 ピアソラが後ろから小さく頷いた。

 

「これはサーシャが正しいわ」

 

「だろう!?」

 

「珍しく」

 

「余計な一言を足すな!」

 

 

 ガイストはこめかみを押さえた。

 

「次だ。プレセア」

 

「はい?」

 

 プレセアまで呼ばれた。

 

「何故使った?」

 

「必要だったからですわ」

 

「張り紙は見たな?」

 

「ええ」

 

「何と書いてあった?」

 

「【絶対に使うな】」

 

「何故使った?」

 

「必要だったからですわ」

 

「堂々と答えるでない!」

 

 プレセアは少し困ったように笑う。

 

「でも、全出力ではありませんでしたわよ?」

 

「何割だ」

 

「約五・二パーセントですわね」

 

「…………」

 

 ガイストが止まった。

 

 サーシャも止まる。

 

 レイノルドが後ろから恐る恐る口を開く。

 

「逆に聞くけど……あれで五パーセントだったのか?」

 

「うん」

 

 ハイセが普通に答える。

 

「フル出力は環境破壊予測が通らないから、そもそも安全制御で許可されないよ」

 

「安全ならいいみたいに言うな!!」

 

 サーシャがまた机を叩いた。

 

 

「では訊く」

 

 ガイストがハイセを見る。

 

「仮に安全制御が壊れたらどうなる?」

 

「使えないようにしてる」

 

「その機構が壊れたら?」

 

「二重ロック」

 

「それも壊れたら?」

 

「物理遮断」

 

「それも?」

 

「…………」

 

 ハイセが少し考える。

 

「壊れすぎじゃない?」

 

「そこを想定するのが安全設計だ!!」

 

「カミラと同じこと言うね」

 

「そのカミラとやらにワシは会ってみたい」

 

「たぶん仲良くなれるよ」

 

「会わせろ」

 

 即答だった。

 

 通信端末から。

 

『是非お願いしたい』

 

 カミラの声が飛んできた。

 

「いたの!?」

 

『最初から聞いていた』

 

「何で黙ってたの?」

 

『お前が怒られているからだ』

 

「助けてよ」

 

『嫌だ』

 

 サーシャとガイストが同時に頷いた。

 

「「正しい」」

 

 ハイセは完全に孤立した。

 

 

 だが。

 

 説教はブラックバレルだけでは終わらなかった。

 

 ガイストが次の資料を取り出す。

 

「砂漠の禁忌迷宮」

 

「うん」

 

「予定三日」

 

「うん」

 

「実質半日」

 

「早かったね」

 

「何故だ」

 

「壁切ったから」

 

「まずそこだ!!」

 

「でも近道だったよ?」

 

「迷宮の構造物を勝手に切断するな!」

 

「崩れてない」

 

「結果論だ!」

 

 サーシャも身を乗り出す。

 

「それだけじゃない! 八岐大蛇を封印せず討伐した!」

 

「綾斗が酒教えてくれたから」

 

「また天霧綾斗か!!」

 

 ガイストがサーシャを見る。

 

「今はそこではない」

 

「分かってます!」

 

「本当に分かっているか?」

 

「分かってます!!」

 

 ピアソラが小声で呟く。

 

「絶対分かってないわね」

 

 

「さらに」

 

 ガイストは三枚目。

 

「未知の巨大宝玉を発見」

 

「うん」

 

「異世界へ搬送」

 

「契約分だけ」

 

「それは確認している」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「その結果」

 

 資料をひっくり返す。

 

「向こうの都市のエネルギー事情を根本から変える可能性が出ているそうだな」

 

「まだ研究中だよ」

 

「お前は資源調査に行ったのだな?」

 

「うん」

 

「文明革命を起こしに行ったのではないな?」

 

「違うよ」

 

「何故毎回そうなる」

 

「俺に聞かれても」

 

「ワシは誰に聞けばいいんだ!!」

 

 とうとうガイストまで声を荒らげた。

 

 レイノルドが後ろから小さく囁く。

 

「ガイストさんまで壊れてきたな」

 

「ハイセ相手に正常でいる方が難しいだろ」

 

 タイクーンは妙に冷静だった。

 

 

「まだあるぞ」

 

「まだ?」

 

「大塩湖」

 

 ハイセは首を傾げる。

 

「俺行ってないよ?」

 

「お前が行っていないから余計に問題なんだ!」

 

「何で!?」

 

 ガイストはプレセアの横に並べられた三種類の武装を見る。

 

『双機関銃型』。

 

《ルインシャレフMARK-2》。

 

《ヘルスーピオン》。

 

「一人に三つも未知の兵器を持たせ」

 

「強化型煌式武装」

 

「分類名は聞いていない!」

 

「まだ試作だよ?」

 

「それも聞いていない!」

 

 さらに。

 

「四次元型収納ポーチ」

 

「《ジグラット》」

 

「美容品」

 

「エルフ用」

 

「喉薬」

 

「試作中」

 

「音楽機器」

 

「ウォークマン」

 

「…………」

 

 ガイストが一度。

 

 深く。

 

 息を吸った。

 

「禁忌迷宮の攻略に何故美容品と音楽機器が出てくる」

 

「プレセアが持ってったから?」

 

「ワシが聞きたいのはそういうことではない!!」

 

 

 ピアソラがそっと手を上げた。

 

「ちなみに」

 

「何だ」

 

「スキンケア用品は普通に良さそうだったわ」

 

「援護するな」

 

「私、人間用も頼んだから」

 

 サーシャが勢いよく振り返る。

 

「お前!!」

 

「何よ!」

 

「いつの間に注文した!」

 

「昨日!」

 

「何で!」

 

「欲しいから!!」

 

「ハイセ製だぞ!」

 

「美容品に罪はないって何回言わせるのよ!」

 

「だが!」

 

「それに」

 

 ピアソラが。

 

 少しだけ。

 

 頬を逸らす。

 

「ウォークマンも欲しいし」

 

「…………」

 

 サーシャの表情が固まる。

 

「……ハイセの歌が入ってるやつか?」

 

「リューネハイムのも入ってるわよ」

 

「そこじゃない!」

 

「何であんたが怒るのよ!」

 

「また一人増えた!!」

 

「何の人数よ!!」

 

 ガイストが机を叩いた。

 

「説教中に別の喧嘩を始めるな!!」

 

「「すみません!!」」

 

 二人とも座った。

 

 

「最後」

 

 ガイストが言った。

 

「本当に最後?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「お前が余計なことを言わなければな」

 

「じゃあ黙る」

 

「それが出来れば苦労せん」

 

 ガイストは少しだけ表情を変えた。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 怒鳴るためではない。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「お前は強くなった」

 

「…………」

 

「以前より遥かにな。それは誰が見ても分かる」

 

 サーシャも。

 

 黙って聞いていた。

 

「だが」

 

 ガイストは続ける。

 

「力を持つということは、何をしても許されるということではない。むしろ逆だ」

 

「うん」

 

「お前が持ち込む物は、もう単なる便利道具ではない。国も、市場も、人の生き方すら変える」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 視線を下げる。

 

「ブラックバレルもそうだ」

 

「うん」

 

「使えるから持たせる、では駄目だ。誰が使うか。誰が止めるか。事故が起きた時に誰が責任を負うか。そこまで決めろ」

 

「…………」

 

「分かったか」

 

「分かった」

 

 今度の返事は。

 

 軽くなかった。

 

「ならいい」

 

 ガイストは。

 

 そこで。

 

 ようやく。

 

 肩の力を抜いた。

 

 

「じゃあ終わり?」

 

 ハイセが尋ねた。

 

「ワシの分はな」

 

「…………」

 

 ハイセが。

 

 横を見る。

 

 サーシャが。

 

 笑っていた。

 

「何?」

 

「私の分が残ってる」

 

「昨日やったじゃん」

 

「昨日はブラックバレル」

 

「今日は?」

 

「全部」

 

「…………」

 

「まず天霧綾斗から行こうか」

 

「何で!?」

 

 ガイストが立ち上がる。

 

「ワシは帰る」

 

「助けてよ」

 

「嫌だ」

 

「ガイスト!」

 

「健闘を祈る」

 

「置いていかないで!!」

 

 扉が閉まった。

 

 ハイセは。

 

 完全に。

 

 逃げ場を失った。

 

 

「では」

 

 サーシャが指を一本立てる。

 

「天霧綾斗」

 

「友達」

 

「戦闘記録を貰った」

 

「うん」

 

「家宝にした」

 

「うん」

 

「鉄道資料を貰った」

 

「うん」

 

「それも家宝」

 

「うん」

 

「写真集を返した」

 

「うん」

 

 サーシャのこめかみが。

 

 震える。

 

「何故だ」

 

「お礼」

 

「何故電車の本のお礼が自分の写真集なんだ!!」

 

「他に思いつかなかった」

 

「思いつけぇぇぇぇ!!」

 

 サーシャの叫びが。

 

 王城へ響いた。

 

 ピアソラは。

 

 そっと耳を塞いだ。

 

「始まったわね」

 

「いつまで続くと思う?」

 

 レイノルドが尋ねる。

 

「天霧綾斗だけで一時間」

 

「長ぇな」

 

「リューネハイムが二時間」

 

「さらに長ぇ」

 

「オーフェリア」

 

「…………」

 

 二人とも黙った。

 

「今日は帰れないかもな」

 

「かもじゃないわよ」

 

 

 その日の午後。

 

 世界間ゲートの向こう。

 

 アルルカント・アカデミー。

 

 プレセアのローカルクライアントが。

 

 中央【雛形】へ完全接続された。

 

LOCAL LEARNING DATA:70 DAYS

 

COMBAT LOG:VALID

 

WEAPON CHANGE DATA:VALID

 

USER GROWTH MODEL:VALID

 

ENVIRONMENTAL DURABILITY DATA:VALID

 

SYNC COMPLETE

 

「来た!」

 

 エルネスタが画面を見る。

 

 カミラも。

 

 すぐに端末へ近づく。

 

「七十日分か」

 

「可動部分の摩耗データもある」

 

「塩害は?」

 

「当然あるよ。むしろ最高」

 

「最高という言い方をするな」

 

「だって欲しかったでしょ?」

 

「欲しかった」

 

 即答だった。

 

 ヒルダが横から覗く。

 

「《ヘルスーピオン》の制御補正は?」

 

「初期比で……」

 

 数値が出る。

 

「四十二パーセント削減」

 

 カミラが。

 

 黙った。

 

「つまり?」

 

 ハイセが聞く。

 

「量産モデルでも、使い手の成長に合わせて補助を減らせる」

 

「成功?」

 

「大成功だ」

 

 カミラは。

 

 笑っていた。

 

 

「プレセア」

 

 ハイセが通信を繋ぐ。

 

『何かしら?』

 

「ありがとう」

 

『何が?』

 

「データ」

 

『私も強くなれたもの。お互い様でしょう?』

 

「そっか」

 

『それと』

 

「うん?」

 

『ブラックバレル』

 

「…………」

 

『改良してもいいけれど』

 

「うん」

 

『もう【絶対に使うな】とは書かない方がいいわね』

 

「なんで?」

 

『人はそう書かれると、必要な時に使いたくなるものよ』

 

「なるほど」

 

 カミラが。

 

 即座に割り込んだ。

 

『そういう問題じゃない!!』

 

 

 研究成果は。

 

 まだ終わらない。

 

 八岐大蛇由来の宝玉。

 

 エネルギー循環技術。

 

 《ジグラット》。

 

 強化型煌式武装。

 

 音響機器。

 

 喉薬。

 

 種族別スキンケア。

 

 そして。

 

 世界間資源市場。

 

 一つずつ。

 

 独立していたはずの技術が。

 

 互いに。

 

 繋がり始めていた。

 

 その報告は。

 

 当然。

 

 別の学園にも。

 

 届く。

 

 

 聖ガラードワース学園。

 

「…………」

 

 アーネスト・フェアクロフは。

 

 何も言わず。

 

 報告書を閉じた。

 

 レティシアが。

 

 心配そうに見る。

 

「今日は叫ばないんですの?」

 

「もう叫ぶ元気がない」

 

「かなり悪化しておりますわね」

 

「昨日、胃薬飲んだよ」

 

「効きました?」

 

「効いた」

 

「それは良かったですわ」

 

「でも」

 

「はい」

 

「新しい報告書読んだらまた痛くなった」

 

「…………」

 

 そこへ。

 

 ノック。

 

「失礼いたします」

 

 二人の顔が。

 

 同時に。

 

 強張る。

 

「レヴォルフ黒学院より、お届け物です」

 

「…………」

 

「アーネスト?」

 

「今日は開けたくない」

 

「お気持ちは分かりますわ」

 

 

 箱を開ける。

 

 中に入っていたのは。

 

 湯たんぽ。

 

 腹巻き。

 

 胃に優しい茶。

 

 そして。

 

 追加の胃薬。

 

「…………」

 

 添え状。

 

冷やすな。胃に来る。

――ディルク・エーベルヴァイン

 

「…………」

 

 レティシアが。

 

 小さく呟く。

 

「優しいですわね」

 

「何であいつに健康管理されてるんだ僕は」

 

 もう一枚。

 

追伸:強化型煌式武装の市場試験、来月から始める。

 

「…………」

 

 アーネストが。

 

 目を閉じる。

 

「レティシア」

 

「はい」

 

「泣いていいかな」

 

「今日は許しますわ」

 

「ありがとう」

 

 アーネストは。

 

 静かに。

 

 机へ突っ伏した。

 

 

 その頃。

 

 レヴォルフ黒学院。

 

「届いたぞ」

 

 ディルクが。

 

 配送完了通知を閉じた。

 

 ハイセが横から見る。

 

「今度何送ったの?」

 

「腹巻き」

 

「優しい」

 

「もう何も言うな」

 

「でも」

 

「何だ」

 

「次は何送るの?」

 

 ディルクは。

 

 少しだけ。

 

 考えた。

 

「……休暇券」

 

「そんなのあるの?」

 

「作る」

 

「優しいね」

 

「だから黙れ」

 

 ハイセが。

 

 首を傾げる。

 

 ディルクは。

 

 大きく。

 

 ため息を吐いた。

 

 その日。

 

 ハイベルグ王国では。

 

 ハイセが。

 

 サーシャとガイストから。

 

 合計六時間近い説教を受け。

 

 聖ガラードワース学園では。

 

 アーネストが。

 

 ついに。

 

 泣く許可を得た。

 

 一方。

 

 アルルカントの研究室では。

 

 新しい成果を知らせる通知音が。

 

 鳴り止まなかった。

 

 研究側の春。

 

 恋愛側の永久凍土。

 

 そして。

 

 ガラードワースの胃。

 

 どれも。

 

 いよいよ。

 

 後戻り出来ないところまで。

 

 来ていた。

 

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