暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
《ディロロマンズ大塩湖》攻略から帰還した翌日。
ハイベルグ王城の一室には、妙に重苦しい空気が漂っていた。
中央に置かれた長机。その片側にはハイセ、プレセア、サーシャが座り、少し離れた席には【セイクリッド】の面々が並んでいる。そして最も上座にいるのは、腕を組んだまま無言でこちらを睨んでいるガイストだった。
「…………」
誰も喋らない。
正確には。
喋れない。
「では」
ガイストがようやく口を開いた。
「始めようか」
「何を?」
ハイセが尋ねる。
サーシャが机を叩いた。
「説教だ!!」
「昨日も聞いたけど」
「昨日のは私の分だ!」
ハイセはガイストを見る。
「今日は?」
「国家公認の分だ」
「そんなのあるの?」
「今作った」
「権力の使い方おかしくない?」
「お前にだけは言われたくない」
◇
机の中央には、一つの黒いケースが置かれていた。
赤字。
【絶対に使うな】
そして。
正式名称。
【単発式ブラックバレル】
ガイストが指先でケースを叩いた。
「まずこれだ」
「うん」
「うん、ではない」
声が低い。
「十万メガトン級相当のエネルギーを積んだ携帯兵装を、何故他人に持たせた?」
「携帯兵装じゃなくて外付け式の――」
「名称の問題ではない!!」
「はい」
ハイセが姿勢を正した。
サーシャが横から睨む。
「しかもプレセアには【絶対に使うな】と説明したらしいな?」
「書いてあったでしょ」
「なら持たせるな!!」
「本当に困った時用」
「絶対に使うなと本当に困った時用を同じ箱に入れるな!」
ピアソラが後ろから小さく頷いた。
「これはサーシャが正しいわ」
「だろう!?」
「珍しく」
「余計な一言を足すな!」
◇
ガイストはこめかみを押さえた。
「次だ。プレセア」
「はい?」
プレセアまで呼ばれた。
「何故使った?」
「必要だったからですわ」
「張り紙は見たな?」
「ええ」
「何と書いてあった?」
「【絶対に使うな】」
「何故使った?」
「必要だったからですわ」
「堂々と答えるでない!」
プレセアは少し困ったように笑う。
「でも、全出力ではありませんでしたわよ?」
「何割だ」
「約五・二パーセントですわね」
「…………」
ガイストが止まった。
サーシャも止まる。
レイノルドが後ろから恐る恐る口を開く。
「逆に聞くけど……あれで五パーセントだったのか?」
「うん」
ハイセが普通に答える。
「フル出力は環境破壊予測が通らないから、そもそも安全制御で許可されないよ」
「安全ならいいみたいに言うな!!」
サーシャがまた机を叩いた。
◇
「では訊く」
ガイストがハイセを見る。
「仮に安全制御が壊れたらどうなる?」
「使えないようにしてる」
「その機構が壊れたら?」
「二重ロック」
「それも壊れたら?」
「物理遮断」
「それも?」
「…………」
ハイセが少し考える。
「壊れすぎじゃない?」
「そこを想定するのが安全設計だ!!」
「カミラと同じこと言うね」
「そのカミラとやらにワシは会ってみたい」
「たぶん仲良くなれるよ」
「会わせろ」
即答だった。
通信端末から。
『是非お願いしたい』
カミラの声が飛んできた。
「いたの!?」
『最初から聞いていた』
「何で黙ってたの?」
『お前が怒られているからだ』
「助けてよ」
『嫌だ』
サーシャとガイストが同時に頷いた。
「「正しい」」
ハイセは完全に孤立した。
◇
だが。
説教はブラックバレルだけでは終わらなかった。
ガイストが次の資料を取り出す。
「砂漠の禁忌迷宮」
「うん」
「予定三日」
「うん」
「実質半日」
「早かったね」
「何故だ」
「壁切ったから」
「まずそこだ!!」
「でも近道だったよ?」
「迷宮の構造物を勝手に切断するな!」
「崩れてない」
「結果論だ!」
サーシャも身を乗り出す。
「それだけじゃない! 八岐大蛇を封印せず討伐した!」
「綾斗が酒教えてくれたから」
「また天霧綾斗か!!」
ガイストがサーシャを見る。
「今はそこではない」
「分かってます!」
「本当に分かっているか?」
「分かってます!!」
ピアソラが小声で呟く。
「絶対分かってないわね」
◇
「さらに」
ガイストは三枚目。
「未知の巨大宝玉を発見」
「うん」
「異世界へ搬送」
「契約分だけ」
「それは確認している」
「じゃあいいじゃん」
「その結果」
資料をひっくり返す。
「向こうの都市のエネルギー事情を根本から変える可能性が出ているそうだな」
「まだ研究中だよ」
「お前は資源調査に行ったのだな?」
「うん」
「文明革命を起こしに行ったのではないな?」
「違うよ」
「何故毎回そうなる」
「俺に聞かれても」
「ワシは誰に聞けばいいんだ!!」
とうとうガイストまで声を荒らげた。
レイノルドが後ろから小さく囁く。
「ガイストさんまで壊れてきたな」
「ハイセ相手に正常でいる方が難しいだろ」
タイクーンは妙に冷静だった。
◇
「まだあるぞ」
「まだ?」
「大塩湖」
ハイセは首を傾げる。
「俺行ってないよ?」
「お前が行っていないから余計に問題なんだ!」
「何で!?」
ガイストはプレセアの横に並べられた三種類の武装を見る。
『双機関銃型』。
《ルインシャレフMARK-2》。
《ヘルスーピオン》。
「一人に三つも未知の兵器を持たせ」
「強化型煌式武装」
「分類名は聞いていない!」
「まだ試作だよ?」
「それも聞いていない!」
さらに。
「四次元型収納ポーチ」
「《ジグラット》」
「美容品」
「エルフ用」
「喉薬」
「試作中」
「音楽機器」
「ウォークマン」
「…………」
ガイストが一度。
深く。
息を吸った。
「禁忌迷宮の攻略に何故美容品と音楽機器が出てくる」
「プレセアが持ってったから?」
「ワシが聞きたいのはそういうことではない!!」
◇
ピアソラがそっと手を上げた。
「ちなみに」
「何だ」
「スキンケア用品は普通に良さそうだったわ」
「援護するな」
「私、人間用も頼んだから」
サーシャが勢いよく振り返る。
「お前!!」
「何よ!」
「いつの間に注文した!」
「昨日!」
「何で!」
「欲しいから!!」
「ハイセ製だぞ!」
「美容品に罪はないって何回言わせるのよ!」
「だが!」
「それに」
ピアソラが。
少しだけ。
頬を逸らす。
「ウォークマンも欲しいし」
「…………」
サーシャの表情が固まる。
「……ハイセの歌が入ってるやつか?」
「リューネハイムのも入ってるわよ」
「そこじゃない!」
「何であんたが怒るのよ!」
「また一人増えた!!」
「何の人数よ!!」
ガイストが机を叩いた。
「説教中に別の喧嘩を始めるな!!」
「「すみません!!」」
二人とも座った。
◇
「最後」
ガイストが言った。
「本当に最後?」
ハイセが尋ねる。
「お前が余計なことを言わなければな」
「じゃあ黙る」
「それが出来れば苦労せん」
ガイストは少しだけ表情を変えた。
先ほどまでとは違う。
怒鳴るためではない。
「ハイセ」
「何?」
「お前は強くなった」
「…………」
「以前より遥かにな。それは誰が見ても分かる」
サーシャも。
黙って聞いていた。
「だが」
ガイストは続ける。
「力を持つということは、何をしても許されるということではない。むしろ逆だ」
「うん」
「お前が持ち込む物は、もう単なる便利道具ではない。国も、市場も、人の生き方すら変える」
ハイセは。
少しだけ。
視線を下げる。
「ブラックバレルもそうだ」
「うん」
「使えるから持たせる、では駄目だ。誰が使うか。誰が止めるか。事故が起きた時に誰が責任を負うか。そこまで決めろ」
「…………」
「分かったか」
「分かった」
今度の返事は。
軽くなかった。
「ならいい」
ガイストは。
そこで。
ようやく。
肩の力を抜いた。
◇
「じゃあ終わり?」
ハイセが尋ねた。
「ワシの分はな」
「…………」
ハイセが。
横を見る。
サーシャが。
笑っていた。
「何?」
「私の分が残ってる」
「昨日やったじゃん」
「昨日はブラックバレル」
「今日は?」
「全部」
「…………」
「まず天霧綾斗から行こうか」
「何で!?」
ガイストが立ち上がる。
「ワシは帰る」
「助けてよ」
「嫌だ」
「ガイスト!」
「健闘を祈る」
「置いていかないで!!」
扉が閉まった。
ハイセは。
完全に。
逃げ場を失った。
◇
「では」
サーシャが指を一本立てる。
「天霧綾斗」
「友達」
「戦闘記録を貰った」
「うん」
「家宝にした」
「うん」
「鉄道資料を貰った」
「うん」
「それも家宝」
「うん」
「写真集を返した」
「うん」
サーシャのこめかみが。
震える。
「何故だ」
「お礼」
「何故電車の本のお礼が自分の写真集なんだ!!」
「他に思いつかなかった」
「思いつけぇぇぇぇ!!」
サーシャの叫びが。
王城へ響いた。
ピアソラは。
そっと耳を塞いだ。
「始まったわね」
「いつまで続くと思う?」
レイノルドが尋ねる。
「天霧綾斗だけで一時間」
「長ぇな」
「リューネハイムが二時間」
「さらに長ぇ」
「オーフェリア」
「…………」
二人とも黙った。
「今日は帰れないかもな」
「かもじゃないわよ」
◇
その日の午後。
世界間ゲートの向こう。
アルルカント・アカデミー。
プレセアのローカルクライアントが。
中央【雛形】へ完全接続された。
LOCAL LEARNING DATA:70 DAYS
COMBAT LOG:VALID
WEAPON CHANGE DATA:VALID
USER GROWTH MODEL:VALID
ENVIRONMENTAL DURABILITY DATA:VALID
SYNC COMPLETE
「来た!」
エルネスタが画面を見る。
カミラも。
すぐに端末へ近づく。
「七十日分か」
「可動部分の摩耗データもある」
「塩害は?」
「当然あるよ。むしろ最高」
「最高という言い方をするな」
「だって欲しかったでしょ?」
「欲しかった」
即答だった。
ヒルダが横から覗く。
「《ヘルスーピオン》の制御補正は?」
「初期比で……」
数値が出る。
「四十二パーセント削減」
カミラが。
黙った。
「つまり?」
ハイセが聞く。
「量産モデルでも、使い手の成長に合わせて補助を減らせる」
「成功?」
「大成功だ」
カミラは。
笑っていた。
◇
「プレセア」
ハイセが通信を繋ぐ。
『何かしら?』
「ありがとう」
『何が?』
「データ」
『私も強くなれたもの。お互い様でしょう?』
「そっか」
『それと』
「うん?」
『ブラックバレル』
「…………」
『改良してもいいけれど』
「うん」
『もう【絶対に使うな】とは書かない方がいいわね』
「なんで?」
『人はそう書かれると、必要な時に使いたくなるものよ』
「なるほど」
カミラが。
即座に割り込んだ。
『そういう問題じゃない!!』
◇
研究成果は。
まだ終わらない。
八岐大蛇由来の宝玉。
エネルギー循環技術。
《ジグラット》。
強化型煌式武装。
音響機器。
喉薬。
種族別スキンケア。
そして。
世界間資源市場。
一つずつ。
独立していたはずの技術が。
互いに。
繋がり始めていた。
その報告は。
当然。
別の学園にも。
届く。
◇
聖ガラードワース学園。
「…………」
アーネスト・フェアクロフは。
何も言わず。
報告書を閉じた。
レティシアが。
心配そうに見る。
「今日は叫ばないんですの?」
「もう叫ぶ元気がない」
「かなり悪化しておりますわね」
「昨日、胃薬飲んだよ」
「効きました?」
「効いた」
「それは良かったですわ」
「でも」
「はい」
「新しい報告書読んだらまた痛くなった」
「…………」
そこへ。
ノック。
「失礼いたします」
二人の顔が。
同時に。
強張る。
「レヴォルフ黒学院より、お届け物です」
「…………」
「アーネスト?」
「今日は開けたくない」
「お気持ちは分かりますわ」
◇
箱を開ける。
中に入っていたのは。
湯たんぽ。
腹巻き。
胃に優しい茶。
そして。
追加の胃薬。
「…………」
添え状。
冷やすな。胃に来る。
――ディルク・エーベルヴァイン
「…………」
レティシアが。
小さく呟く。
「優しいですわね」
「何であいつに健康管理されてるんだ僕は」
もう一枚。
追伸:強化型煌式武装の市場試験、来月から始める。
「…………」
アーネストが。
目を閉じる。
「レティシア」
「はい」
「泣いていいかな」
「今日は許しますわ」
「ありがとう」
アーネストは。
静かに。
机へ突っ伏した。
◇
その頃。
レヴォルフ黒学院。
「届いたぞ」
ディルクが。
配送完了通知を閉じた。
ハイセが横から見る。
「今度何送ったの?」
「腹巻き」
「優しい」
「もう何も言うな」
「でも」
「何だ」
「次は何送るの?」
ディルクは。
少しだけ。
考えた。
「……休暇券」
「そんなのあるの?」
「作る」
「優しいね」
「だから黙れ」
ハイセが。
首を傾げる。
ディルクは。
大きく。
ため息を吐いた。
その日。
ハイベルグ王国では。
ハイセが。
サーシャとガイストから。
合計六時間近い説教を受け。
聖ガラードワース学園では。
アーネストが。
ついに。
泣く許可を得た。
一方。
アルルカントの研究室では。
新しい成果を知らせる通知音が。
鳴り止まなかった。
研究側の春。
恋愛側の永久凍土。
そして。
ガラードワースの胃。
どれも。
いよいよ。
後戻り出来ないところまで。
来ていた。