【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第46話 お前ら全員、そこに座れ

 

 

 《ディロロマンズ大塩湖》攻略から帰還した翌日。

 

 ハイベルグ王城の一室には、妙に重苦しい空気が漂っていた。

 

 中央に置かれた長机。その片側にはハイセ、プレセア、サーシャが座り、少し離れた席には【セイクリッド】の面々が並んでいる。そして最も上座にいるのは、腕を組んだまま無言でこちらを睨んでいるガイストだった。

 

「…………」

 

 誰も喋らない。

 

 正確には。

 

 喋れない。

 

「では」

 

 ガイストがようやく口を開いた。

 

「始めようか」

 

「何を?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

 サーシャが机を叩いた。

 

「説教だ!!」

 

「昨日も聞いたけど」

 

「昨日のは私の分だ!」

 

 ハイセはガイストを見る。

 

「今日は?」

 

「国家公認の分だ」

 

「そんなのあるの?」

 

「今作った」

 

「権力の使い方おかしくない?」

 

「お前にだけは言われたくない」

 

◇

 

 机の中央には、一つの黒いケースが置かれていた。

 

 赤字。

 

【絶対に使うな】

 

 そして。

 

 正式名称。

 

【単発式ブラックバレル】

 

 ガイストが指先でケースを叩いた。

 

「まずこれだ」

 

「うん」

 

「うん、ではない」

 

 声が低い。

 

「十万メガトン級相当のエネルギーを積んだ携帯兵装を、何故他人に持たせた?」

 

「携帯兵装じゃなくて外付け式の――」

 

「名称の問題ではない!!」

 

「はい」

 

 ハイセが姿勢を正した。

 

 サーシャが横から睨む。

 

「しかもプレセアには【絶対に使うな】と説明したらしいな?」

 

「書いてあったでしょ」

 

「なら持たせるな!!」

 

「本当に困った時用」

 

「絶対に使うなと本当に困った時用を同じ箱に入れるな!」

 

 ピアソラが後ろから小さく頷いた。

 

「これはサーシャが正しいわ」

 

「だろう!?」

 

「珍しく」

 

「余計な一言を足すな!」

 

◇

 

 ガイストはこめかみを押さえた。

 

「次だ。プレセア」

 

「はい?」

 

 プレセアまで呼ばれた。

 

「何故使った?」

 

「必要だったからですわ」

 

「張り紙は見たな?」

 

「ええ」

 

「何と書いてあった?」

 

「【絶対に使うな】」

 

「何故使った?」

 

「必要だったからですわ」

 

「堂々と答えるでない!」

 

 プレセアは少し困ったように笑う。

 

「でも、全出力ではありませんでしたわよ?」

 

「何割だ」

 

「約五・二パーセントですわね」

 

「…………」

 

 ガイストが止まった。

 

 サーシャも止まる。

 

 レイノルドが後ろから恐る恐る口を開く。

 

「逆に聞くけど……あれで五パーセントだったのか?」

 

「うん」

 

 ハイセが普通に答える。

 

「フル出力は環境破壊予測が通らないから、そもそも安全制御で許可されないよ」

 

「安全ならいいみたいに言うな!!」

 

 サーシャがまた机を叩いた。

 

◇

 

「では訊く」

 

 ガイストがハイセを見る。

 

「仮に安全制御が壊れたらどうなる?」

 

「使えないようにしてる」

 

「その機構が壊れたら?」

 

「二重ロック」

 

「それも壊れたら?」

 

「物理遮断」

 

「それも?」

 

「…………」

 

 ハイセが少し考える。

 

「壊れすぎじゃない?」

 

「そこを想定するのが安全設計だ!!」

 

「カミラと同じこと言うね」

 

「そのカミラとやらにワシは会ってみたい」

 

「たぶん仲良くなれるよ」

 

「会わせろ」

 

 即答だった。

 

 通信端末から。

 

『是非お願いしたい』

 

 カミラの声が飛んできた。

 

「いたの!?」

 

『最初から聞いていた』

 

「何で黙ってたの?」

 

『お前が怒られているからだ』

 

「助けてよ」

 

『嫌だ』

 

 サーシャとガイストが同時に頷いた。

 

「「正しい」」

 

 ハイセは完全に孤立した。

 

◇

 

 だが。

 

 説教はブラックバレルだけでは終わらなかった。

 

 ガイストが次の資料を取り出す。

 

「砂漠の禁忌迷宮」

 

「うん」

 

「予定三日」

 

「うん」

 

「実質半日」

 

「早かったね」

 

「何故だ」

 

「壁切ったから」

 

「まずそこだ!!」

 

「でも近道だったよ?」

 

「迷宮の構造物を勝手に切断するな!」

 

「崩れてない」

 

「結果論だ!」

 

 サーシャも身を乗り出す。

 

「それだけじゃない! 八岐大蛇を封印せず討伐した!」

 

「綾斗が酒教えてくれたから」

 

「また天霧綾斗か!!」

 

 ガイストがサーシャを見る。

 

「今はそこではない」

 

「分かってます!」

 

「本当に分かっているか?」

 

「分かってます!!」

 

 ピアソラが小声で呟く。

 

「絶対分かってないわね」

 

◇

 

「さらに」

 

 ガイストは三枚目。

 

「未知の巨大宝玉を発見」

 

「うん」

 

「異世界へ搬送」

 

「契約分だけ」

 

「それは確認している」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「その結果」

 

 資料をひっくり返す。

 

「向こうの都市のエネルギー事情を根本から変える可能性が出ているそうだな」

 

「まだ研究中だよ」

 

「お前は資源調査に行ったのだな?」

 

「うん」

 

「文明革命を起こしに行ったのではないな?」

 

「違うよ」

 

「何故毎回そうなる」

 

「俺に聞かれても」

 

「ワシは誰に聞けばいいんだ!!」

 

 とうとうガイストまで声を荒らげた。

 

 レイノルドが後ろから小さく囁く。

 

「ガイストさんまで壊れてきたな」

 

「ハイセ相手に正常でいる方が難しいだろ」

 

 タイクーンは妙に冷静だった。

 

◇

 

「まだあるぞ」

 

「まだ?」

 

「大塩湖」

 

 ハイセは首を傾げる。

 

「俺行ってないよ?」

 

「お前が行っていないから余計に問題なんだ!」

 

「何で!?」

 

 ガイストはプレセアの横に並べられた三種類の武装を見る。

 

『双機関銃型』。

 

《ルインシャレフMARK-2》。

 

《ヘルスーピオン》。

 

「一人に三つも未知の兵器を持たせ」

 

「強化型煌式武装」

 

「分類名は聞いていない!」

 

「まだ試作だよ?」

 

「それも聞いていない!」

 

 さらに。

 

「四次元型収納ポーチ」

 

「《ジグラット》」

 

「美容品」

 

「エルフ用」

 

「喉薬」

 

「試作中」

 

「音楽機器」

 

「ウォークマン」

 

「…………」

 

 ガイストが一度。

 

 深く。

 

 息を吸った。

 

「禁忌迷宮の攻略に何故美容品と音楽機器が出てくる」

 

「プレセアが持ってったから?」

 

「ワシが聞きたいのはそういうことではない!!」

 

◇

 

 ピアソラがそっと手を上げた。

 

「ちなみに」

 

「何だ」

 

「スキンケア用品は普通に良さそうだったわ」

 

「援護するな」

 

「私、人間用も頼んだから」

 

 サーシャが勢いよく振り返る。

 

「お前!!」

 

「何よ!」

 

「いつの間に注文した!」

 

「昨日!」

 

「何で!」

 

「欲しいから!!」

 

「ハイセ製だぞ!」

 

「美容品に罪はないって何回言わせるのよ!」

 

「だが!」

 

「それに」

 

 ピアソラが。

 

 少しだけ。

 

 頬を逸らす。

 

「ウォークマンも欲しいし」

 

「…………」

 

 サーシャの表情が固まる。

 

「……ハイセの歌が入ってるやつか?」

 

「リューネハイムのも入ってるわよ」

 

「そこじゃない!」

 

「何であんたが怒るのよ!」

 

「また一人増えた!!」

 

「何の人数よ!!」

 

 ガイストが机を叩いた。

 

「説教中に別の喧嘩を始めるな!!」

 

「「すみません!!」」

 

 二人とも座った。

 

◇

 

「最後」

 

 ガイストが言った。

 

「本当に最後?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「お前が余計なことを言わなければな」

 

「じゃあ黙る」

 

「それが出来れば苦労せん」

 

 ガイストは少しだけ表情を変えた。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 怒鳴るためではない。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「お前は強くなった」

 

「…………」

 

「以前より遥かにな。それは誰が見ても分かる」

 

 サーシャも。

 

 黙って聞いていた。

 

「だが」

 

 ガイストは続ける。

 

「力を持つということは、何をしても許されるということではない。むしろ逆だ」

 

「うん」

 

「お前が持ち込む物は、もう単なる便利道具ではない。国も、市場も、人の生き方すら変える」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 視線を下げる。

 

「ブラックバレルもそうだ」

 

「うん」

 

「使えるから持たせる、では駄目だ。誰が使うか。誰が止めるか。事故が起きた時に誰が責任を負うか。そこまで決めろ」

 

「…………」

 

「分かったか」

 

「分かった」

 

 今度の返事は。

 

 軽くなかった。

 

「ならいい」

 

 ガイストは。

 

 そこで。

 

 ようやく。

 

 肩の力を抜いた。

 

◇

 

「じゃあ終わり?」

 

 ハイセが尋ねた。

 

「ワシの分はな」

 

「…………」

 

 ハイセが。

 

 横を見る。

 

 サーシャが。

 

 笑っていた。

 

「何?」

 

「私の分が残ってる」

 

「昨日やったじゃん」

 

「昨日はブラックバレル」

 

「今日は?」

 

「全部」

 

「…………」

 

「まず天霧綾斗から行こうか」

 

「何で!?」

 

 ガイストが立ち上がる。

 

「ワシは帰る」

 

「助けてよ」

 

「嫌だ」

 

「ガイスト!」

 

「健闘を祈る」

 

「置いていかないで!!」

 

 扉が閉まった。

 

 ハイセは。

 

 完全に。

 

 逃げ場を失った。

 

◇

 

「では」

 

 サーシャが指を一本立てる。

 

「天霧綾斗」

 

「友達」

 

「戦闘記録を貰った」

 

「うん」

 

「家宝にした」

 

「うん」

 

「鉄道資料を貰った」

 

「うん」

 

「それも家宝」

 

「うん」

 

「写真集を返した」

 

「うん」

 

 サーシャのこめかみが。

 

 震える。

 

「何故だ」

 

「お礼」

 

「何故電車の本のお礼が自分の写真集なんだ!!」

 

「他に思いつかなかった」

 

「思いつけぇぇぇぇ!!」

 

 サーシャの叫びが。

 

 王城へ響いた。

 

 ピアソラは。

 

 そっと耳を塞いだ。

 

「始まったわね」

 

「いつまで続くと思う?」

 

 レイノルドが尋ねる。

 

「天霧綾斗だけで一時間」

 

「長ぇな」

 

「リューネハイムが二時間」

 

「さらに長ぇ」

 

「オーフェリア」

 

「…………」

 

 二人とも黙った。

 

「今日は帰れないかもな」

 

「かもじゃないわよ」

 

◇

 

 その日の午後。

 

 世界間ゲートの向こう。

 

 アルルカント・アカデミー。

 

 プレセアのローカルクライアントが。

 

 中央【雛形】へ完全接続された。

 

LOCAL LEARNING DATA:70 DAYS

 

COMBAT LOG:VALID

 

WEAPON CHANGE DATA:VALID

 

USER GROWTH MODEL:VALID

 

ENVIRONMENTAL DURABILITY DATA:VALID

 

SYNC COMPLETE

 

「来た!」

 

 エルネスタが画面を見る。

 

 カミラも。

 

 すぐに端末へ近づく。

 

「七十日分か」

 

「可動部分の摩耗データもある」

 

「塩害は?」

 

「当然あるよ。むしろ最高」

 

「最高という言い方をするな」

 

「だって欲しかったでしょ?」

 

「欲しかった」

 

 即答だった。

 

 ヒルダが横から覗く。

 

「《ヘルスーピオン》の制御補正は?」

 

「初期比で……」

 

 数値が出る。

 

「四十二パーセント削減」

 

 カミラが。

 

 黙った。

 

「つまり?」

 

 ハイセが聞く。

 

「量産モデルでも、使い手の成長に合わせて補助を減らせる」

 

「成功?」

 

「大成功だ」

 

 カミラは。

 

 笑っていた。

 

◇

 

「プレセア」

 

 ハイセが通信を繋ぐ。

 

『何かしら?』

 

「ありがとう」

 

『何が?』

 

「データ」

 

『私も強くなれたもの。お互い様でしょう?』

 

「そっか」

 

『それと』

 

「うん?」

 

『ブラックバレル』

 

「…………」

 

『改良してもいいけれど』

 

「うん」

 

『もう【絶対に使うな】とは書かない方がいいわね』

 

「なんで?」

 

『人はそう書かれると、必要な時に使いたくなるものよ』

 

「なるほど」

 

 カミラが。

 

 即座に割り込んだ。

 

『そういう問題じゃない!!』

 

◇

 

 研究成果は。

 

 まだ終わらない。

 

 八岐大蛇由来の宝玉。

 

 エネルギー循環技術。

 

 《ジグラット》。

 

 強化型煌式武装。

 

 音響機器。

 

 喉薬。

 

 種族別スキンケア。

 

 そして。

 

 世界間資源市場。

 

 一つずつ。

 

 独立していたはずの技術が。

 

 互いに。

 

 繋がり始めていた。

 

 その報告は。

 

 当然。

 

 別の学園にも。

 

 届く。

 

◇

 

 聖ガラードワース学園。

 

「…………」

 

 アーネスト・フェアクロフは。

 

 何も言わず。

 

 報告書を閉じた。

 

 レティシアが。

 

 心配そうに見る。

 

「今日は叫ばないんですの?」

 

「もう叫ぶ元気がない」

 

「かなり悪化しておりますわね」

 

「昨日、胃薬飲んだよ」

 

「効きました?」

 

「効いた」

 

「それは良かったですわ」

 

「でも」

 

「はい」

 

「新しい報告書読んだらまた痛くなった」

 

「…………」

 

 そこへ。

 

 ノック。

 

「失礼いたします」

 

 二人の顔が。

 

 同時に。

 

 強張る。

 

「レヴォルフ黒学院より、お届け物です」

 

「…………」

 

「アーネスト?」

 

「今日は開けたくない」

 

「お気持ちは分かりますわ」

 

◇

 

 箱を開ける。

 

 中に入っていたのは。

 

 湯たんぽ。

 

 腹巻き。

 

 胃に優しい茶。

 

 そして。

 

 追加の胃薬。

 

「…………」

 

 添え状。

 

冷やすな。胃に来る。

――ディルク・エーベルヴァイン

 

「…………」

 

 レティシアが。

 

 小さく呟く。

 

「優しいですわね」

 

「何であいつに健康管理されてるんだ僕は」

 

 もう一枚。

 

追伸:強化型煌式武装の市場試験、来月から始める。

 

「…………」

 

 アーネストが。

 

 目を閉じる。

 

「レティシア」

 

「はい」

 

「泣いていいかな」

 

「今日は許しますわ」

 

「ありがとう」

 

 アーネストは。

 

 静かに。

 

 机へ突っ伏した。

 

◇

 

 その頃。

 

 レヴォルフ黒学院。

 

「届いたぞ」

 

 ディルクが。

 

 配送完了通知を閉じた。

 

 ハイセが横から見る。

 

「今度何送ったの?」

 

「腹巻き」

 

「優しい」

 

「もう何も言うな」

 

「でも」

 

「何だ」

 

「次は何送るの?」

 

 ディルクは。

 

 少しだけ。

 

 考えた。

 

「……休暇券」

 

「そんなのあるの?」

 

「作る」

 

「優しいね」

 

「だから黙れ」

 

 ハイセが。

 

 首を傾げる。

 

 ディルクは。

 

 大きく。

 

 ため息を吐いた。

 

 その日。

 

 ハイベルグ王国では。

 

 ハイセが。

 

 サーシャとガイストから。

 

 合計六時間近い説教を受け。

 

 聖ガラードワース学園では。

 

 アーネストが。

 

 ついに。

 

 泣く許可を得た。

 

 一方。

 

 アルルカントの研究室では。

 

 新しい成果を知らせる通知音が。

 

 鳴り止まなかった。

 

 研究側の春。

 

 恋愛側の永久凍土。

 

 そして。

 

 ガラードワースの胃。

 

 どれも。

 

 いよいよ。

 

 後戻り出来ないところまで。

 

 来ていた。

 

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