【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「……多くない?」
翌日、アルルカントの研究室へ顔を出したハイセは、机の上に浮かび上がった戦闘記録の一覧をしばらく眺めた末、素直な感想を口にした。
昨日、エルネスタとの取引によって閲覧権を得た戦闘ログ。てっきり数十件、多くても百件程度の映像資料を渡されるものだと思っていたのだが、実際に表示された一覧はその予想を遥かに超えていた。
試合名、出場者、所属学園、使用武装、記録日時、映像の有無、動作解析の有無。
指先で画面を送っても送っても、終わりが見えない。
「多いよ?」
隣では、エルネスタが何でもないことのように答えている。
「《星武祭》の公式記録だけでも相当な数があるし、うちの子たちが関わった試合なら映像だけじゃなくて、出力推移とか動作解析とか、観測データもかなり残ってるからね」
「……全部見ろって?」
「別に?」
「じゃあ、何から見ればいい」
「好きなの」
「一番困る答えだな」
「えー?」
ハイセが顔をしかめても、エルネスタは楽しそうに笑うだけだった。
「興味を持ったものから見た方が楽しいじゃん」
「研究資料だろ、これ」
「研究って楽しいものだよ?」
「…………」
あまりにも当然のように言われ、ハイセは一瞬だけ返事に詰まった。
似たようなことを、つい最近にも聞いた気がする。
「カミラも、似たようなこと言ってたな」
「でしょ?」
「お前ほど軽くなかったけど」
「酷い!」
少し離れた机では、当のカミラが自分の端末を操作している。会話を聞いていないように見えたが、しばらくすると視線すら上げずに口を挟んできた。
「エルネスタ」
「なぁに?」
「昨日言ったな。ハイセに閲覧させていいのは、公開済みのものと研究利用を許可された記録だけだ」
「分かってるってば」
「勝手に権限を書き換えるな」
「まだやってないよ」
「“まだ”を付けるな」
まるで昨日と同じ会話を、そのまま繰り返しているようだった。
ハイセは二人を見比べ、僅かに眉を寄せる。
「昨日も同じ会話してなかった?」
「気にするな」
「進歩ないな」
「誰のせいだと思っている」
「エルネスタ?」
「正解だ」
「二人とも酷くない!?」
エルネスタの抗議を聞き流しながら、ハイセは再び一覧へ向き直った。
選択肢が多すぎるなら、逆に深く考えても仕方がない。
目についたものから見ればいい。
それくらいの気持ちで、最初の記録を選んだ。
◇
「これ」
「ん?」
「昨日言ってた奴?」
画面に映し出されたのは、二つの人影だった。
いや、外見だけを見れば、どう見ても人間にしか見えない。
「アルディとリムシィ?」
「そう」
エルネスタは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「私の最高傑作の一つ!」
「人間じゃないんだよな?」
「自律型擬形体」
「…………」
聞き慣れない言葉にハイセが黙り込むと、エルネスタはすぐに説明を噛み砕いた。
「ものすごーく大雑把に言えば、人間みたいに考えて、自分で判断して、自分で戦う機械」
「……機械?」
「うん」
「これが?」
映像が始まる。
アルディと呼ばれた巨体は、その大きさそのものを武器へ変えるような動きを見せていた。人間の肉体では到底生み出せないほどの出力を、一切の躊躇なく叩き込んでいく。
一方のリムシィは、同じ自律型擬形体でありながら、より無駄がなく、状況を読んでアルディを補佐するように動いていた。
「…………」
ハイセは黙って映像を見続ける。
「どう?」
「強いな」
「それだけ?」
「んー……」
求められているのが単なる感想ではないと察し、ハイセは映像を少し巻き戻した。
「こいつ」
「アルディ?」
「ああ」
巨体が踏み込む直前で映像を止める。
「動き自体は分かりやすい」
「へぇ」
「出力が高い分、力で押してる場面が多い」
「まあね」
「でも」
再生。
アルディが距離を一気に詰め、その勢いを殺さず一撃を叩き込む。
「その分、迷いがない」
エルネスタの目が僅かに細くなる。
「人間だったら、相手の反撃とか、自分が食らう可能性とか、一瞬くらい考えそうな場面でもそのまま行ってる。これも機械だからか?」
「いいところ見るね」
「そう?」
「うん」
ハイセは映像をさらに進めながら、今度は戦場全体を見る。
「俺なら、相手がこれだったら最初から真正面には立ちたくない」
「逃げる?」
「違う」
指先で位置関係を示す。
「崩す」
アルディが最も力を発揮できる場所。
逆に、踏み込みを制限される場所。
逃げ道。
射線。
足場。
そういったものを順番に示しながら、ハイセは説明していく。
「こういう力の強い相手は、正面から止めようとすると面倒だ。だったら最初から、こっちが動いてほしい方向を決めてやればいい」
言葉にしてみれば単純だ。
だが、ハイセにとってそれは特別な理論ではなかった。
魔物と戦う時、正面から殴り合って勝てる保証などどこにもない。むしろ、格上を相手にするなら環境や位置取りを使って相手の強みを削るのは当然のことだった。
そんなハイセの説明を聞きながら、エルネスタは次第に楽しそうな笑みを浮かべていく。
「やっぱり面白いなぁ」
「何が」
「研究員がこの映像を見るとね、最初に見るのは出力とか反応速度とか駆動効率なんだよ」
「普通そうじゃない?」
「でもハイセくんは違う」
エルネスタは画面を軽く叩いた。
「最初から、“どうやって倒すか”で見てる」
「冒険者だからな」
敵を観察する。
何が強いのか。
何が弱いのか。
何をさせれば危険なのか。
何をさせなければ勝てるのか。
それは研究ではなく、生き残るために身につけてきた習慣だった。
「怖ぁい」
「笑いながら言うな」
◇
その後も、ハイセは幾つもの記録を見ていった。
アルディとリムシィ。
他学園の学生。
《星脈世代》。
《魔女》や《魔術師》。
煌式武装。
純星煌式武装。
見れば見るほど、自分の世界とは戦いの前提そのものが違う。
剣や槍を持つ者がいる一方で、光そのものを刃にする武器もある。意思を持つかのような特殊な武装もあり、能力によって戦場の条件そのものを変えてしまう者までいる。
「…………」
「どう?」
「変な世界だな」
「今更!?」
「武器に意思があるとか、普通考えないだろ」
「そこ?」
「俺の世界にも変な武器はあるけど」
「あるんだ」
「呪われてたり」
「詳しく」
「あとで」
「約束ね!」
「してねぇ」
軽口を交わしながら、ハイセは次の記録へ指を伸ばした。
その途中で。
「……ん?」
指が止まった。
一覧の中に表示されていた、一人の少年。
剣を持っている。
それだけなら珍しくはない。
ハイセの世界にも剣士はいくらでもいるし、自分自身も【武器マスター】を通じて剣を扱える可能性はある。
それなのに。
何故か目が止まった。
「どうしたの?」
「こいつ」
エルネスタが画面を覗き込む。
「ああ。天霧綾斗?」
「あまぎり?」
「天霧綾斗。星導館学園の学生だよ」
「強いの?」
「すっごく」
「へぇ」
その程度の興味で、ハイセは再生を始めた。
◇
最初は、本当にそれだけだった。
強い奴がいるなら。
どんな戦い方をするのか見てみよう。
その程度の気持ち。
だが、数分後。
「…………」
ハイセは、映像から全く目を離さなくなっていた。
「ハイセくん?」
「静かに」
「はい」
いつもなら何か返してきそうなエルネスタまで、妙に素直に黙った。
画面の向こうで、天霧綾斗が剣を振るう。
踏み込み。
受け。
回避。
切り返し。
反撃。
もちろん速い。
もちろん強い。
だが、ハイセの目を引いているのは、単純な速度でも力でもなかった。
「……無駄がない」
言葉が自然と漏れる。
「うん?」
「こいつの剣」
「綾斗くん?」
「ああ」
少し巻き戻し、同じ攻防をもう一度見る。
敵の攻撃が来る。
綾斗は大きく避けない。
必要な分だけ軸をずらし、その動き自体を次の斬撃へ繋げている。
防御と回避と攻撃が、それぞれ別の動きになっていない。
一つの流れとして繋がっている。
「必要な時に、必要なだけ動いてる」
ハイセは無意識のうちに前へ身を乗り出していた。
「力を使う場所も、速さを使う場所も、全部決まってる」
【武器マスター】なら、剣を持つことはできる。
おそらく、構え方も振り方も分かる。
能力が必要な情報を補ってくれる。
だが。
これは違う。
持った瞬間に扱えるというものではない。
何度も。
何度も。
同じ動きを繰り返し。
身体へ刻み込み。
余計なものを削り。
必要なものだけを残した。
そんな剣に見えた。
「……綺麗だな」
「え?」
エルネスタが聞き返す。
「剣」
ハイセは画面から視線を外さない。
「この剣、完成されてる」
強い剣士なら、これまでにも見てきた。
サーシャも強い。
その剣腕そのものを否定するつもりはない。
ただ。
今は彼女のことを思い浮かべただけで、数日前の記憶が混ざる。
追放。
ブラックエンシェントドラゴン。
死にかけたこと。
騙されたのではないかという疑念。
純粋に技術だけを見ることができない。
その点、画面の向こうの少年には何の因縁もなかった。
だからこそ。
ハイセは、ただ剣だけを見ることができた。
「俺」
「?」
僅かに口元が緩む。
「こういう剣、好きだな」
「…………」
その瞬間。
エルネスタの顔に、見る見るうちに悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「へぇ~?」
「何だよ」
「いやぁ」
楽しそうにハイセの横顔を見る。
「ハイセくんにも、そういう顔あるんだなぁって」
「どんな顔だよ」
「好きなもの見つけた顔」
「…………」
そこで初めて、自分がかなり夢中になっていたことに気付いた。
「うるせぇ」
「照れた?」
「消すぞ」
「何を!?」
そんなやり取りの途中。
「……綾斗だ」
「?」
背後から聞き慣れない声がした。
高くも低くもない。
抑揚の少ない、静かな少女の声。
ハイセが振り返る。
そこには、小柄な少女が立っていた。
長い青灰色の髪。
ほとんど表情の変わらない顔。
そして、その体格には不釣り合いなほど大きな金属製ケース。
「誰?」
「沙々宮紗夜」
少女は簡潔に名乗った。
「ささみや……さや?」
「そう」
それだけ答えると、紗夜はハイセではなく画面へ視線を向けた。
「綾斗の記録を見ていた?」
「ああ」
「そう」
そこで会話が終わる。
「…………」
「…………」
ハイセは少し待った。
紗夜も黙ったままだ。
「……それだけ?」
「何が?」
「いや」
どうやら本当に、それだけだったらしい。
横ではエルネスタが肩を震わせ、笑いを堪えている。
「紗夜」
少し離れたところからカミラが声を掛けた。
「ちょうどいい。沙々宮博士からデータは届いたか?」
「届いている」
紗夜は手にしていたケースを軽く持ち上げる。
「試作機も。父さんが、カミラに直接見せろと」
「そうか。後で確認する」
そのやり取りを聞いていたハイセが首を傾げる。
「知り合いなのか?」
「父さんが落星工学者」
紗夜が答える。
「今、カミラと共同開発している装備がある。私は試射担当」
「お前も研究者?」
「違う」
即答だった。
「使う側」
短い言葉だったが、それだけでハイセには意味が分かった。
昨日、自分がカミラから求められた立場と近い。
作る側ではなく。
実際に使い。
違和感を伝え。
必要なら改善点を示す側。
「しばらく何度かここへ来る」
「へぇ」
それなら、今後も顔を合わせることになるのだろう。
そこまで考えたところで、ハイセは先ほどの紗夜の言葉を思い出した。
「そういや」
「?」
「綾斗って呼んでたな」
「うん」
「知り合い?」
「幼馴染」
「……マジで?」
「マジ」
表情一つ変えずに返される。
ハイセは反射的に画面と紗夜を見比べた。
「あいつ、昔からあんな強いのか?」
「昔から剣をやっていた」
「剣?」
「天霧辰明流」
「流派か?」
「うん。家の剣術。綾斗は小さい頃からずっと習っている」
「ずっと……」
ハイセは改めて画面へ視線を戻した。
幼い頃から。
つまり。
今、画面の向こうで振るわれている剣は、能力に目覚めたことで突然手へ入ったものではない。
一日や二日で完成したものでもない。
何年も。
積み上げられた技術。
「才能ある奴だから出来るんじゃねぇの?」
何気なく出た問いに、紗夜は少しだけ考えた。
「綾斗には才能もあると思う」
「やっぱり?」
「でも」
ほんの僅かに。
声に温度が乗る。
「ずっと振っていた」
「…………」
「昔から。何度も。同じ動きを」
紗夜は画面の中の綾斗を見る。
「強いから続けていたんじゃない」
一拍。
「続けたから、今の綾斗がある」
「…………」
その言葉が、妙に胸へ残った。
自分は数日前。
大きな力を手に入れた。
【武器マスター】。
それまで知らなかった武器でも、扱い方を理解させてくれる能力。
その力があったから。
ブラックエンシェントドラゴンを倒せた。
だから。
強くなるということは。
大きな能力を得ることなのだと。
どこかで思い始めていたのかもしれない。
だが。
綾斗の剣は違う。
誰かから与えられた完成品ではない。
何度も失敗し。
何度も振り。
身体へ積み上げ。
そうして形になったもの。
「……そうか」
ハイセは小さく呟いた。
「こういう強さもあるのか」
「?」
「いや」
画面を見つめる。
いつの間にか。
ただ「好き」というだけではなくなっていた。
近付きたい。
同じ技を使いたいという意味ではない。
あれだけ自分自身で積み上げたものを。
自分も何か一つ、持ってみたい。
能力が勝手に与えてくれるものではなく。
自分が覚え。
自分で磨き。
自分のものだと言える何かを。
「会ってみてぇな」
思わず零れた言葉に、紗夜がハイセを見る。
「綾斗に?」
「ああ」
「そのうち会えると思う」
「簡単に言うな」
「同じ街にいる」
「……それもそうか」
ハイセは小さく笑った。
画面の向こうにしかいなかった剣士が、実際には同じ都市のどこかにいる。
その事実が、不思議なほど現実味を持って感じられた。
この時。
ハイセの中に。
天霧綾斗という剣士へ向けた、まだ自分自身では名前を付けていない感情が、確かに芽を出していた。
それは単なる興味ではなく。
強さへの羨望とも少し違う。
後に振り返れば。
この時初めて抱いた。
純粋な憧れだった。
◇
「ところで」
しばらくして、紗夜が不意に口を開いた。
「?」
「ハイセも銃を使うと聞いた」
「誰から」
「カミラ」
「また情報漏れてんじゃねぇか」
「研究協力者として必要な範囲だ!」
離れた机から即座にカミラの声が飛んできた。
「地獄耳だな」
「聞こえる距離で言うな!」
ハイセは苦笑しながら、紗夜へ向き直った。
「使うって言っても、最近使えるようになっただけだけどな」
「見せて」
「お前もか」
「駄目?」
「……何でこの学園、そういう奴ばっかなんだよ」
そう言いながらも、ハイセは【武器マスター】を起動した。
手元へ現れたのは、昨日の実験でも使った銃器の一つ。
能力が補う知識に従い、構える。
少なくとも。
間違ってはいないはずだった。
だが。
「肩」
「?」
「もう少し落とした方がいい」
紗夜が淡々と指摘する。
「能力が間違ってんの?」
「間違ってはいない」
「じゃあ何が違う」
「撃てる構えと、連続して当てやすい構えは少し違う」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
ハイセの目つきが変わった。
「もう一回教えて」
「いいよ」
今度はハイセの方から僅かに身を乗り出す。
紗夜は銃器の扱いについて、必要なことだけを簡潔に説明していった。
反動を逃がすための肩の位置。
次弾へ繋げるための重心。
一発撃つたびに姿勢を戻すのではなく、最初から連続射撃を前提として身体を置く方法。
狙う瞬間だけではなく、その後まで含めて構えを作ること。
説明を受けながら、ハイセは何度か姿勢を変えた。
「……こう?」
「さっきよりいい」
「なるほど」
【武器マスター】は確かに武器を扱えるようにしてくれる。
だが。
その武器を「使える」ということと。
より効率良く。
より正確に。
より長く使い続けられることは。
同じではない。
能力が与えてくれるのは、完成した全てではないのかもしれない。
少なくとも。
自分で伸ばせる余地は残っている。
「……面白ぇ」
「そう?」
「ああ」
ハイセは構えを解き、銃器を見下ろした。
能力に頼れば、最低限は扱える。
だが。
人から教われば。
そこからさらに先へ行ける。
天霧綾斗の剣を見た時に感じたものが、ほんの少しだけ現実的な形になったような気がした。
「…………」
「…………」
話が途切れ、二人の間へ静寂が落ちる。
ハイセは紗夜を見る。
紗夜も何も言わない。
「……何か喋れよ」
「ハイセも喋ってない」
「……そうだな」
少し離れた場所で見ていたエルネスタが、堪え切れずに吹き出した。
「二人、意外と相性いいね!」
「そう?」
「そうか?」
二人がほぼ同時に首を傾げたことで、エルネスタの笑いはさらに大きくなった。
ハイセと紗夜。
どちらも必要以上に喋るタイプではない。
だからこそ。
沈黙がそれほど苦にならない。
その時のハイセはまだ気付いていなかったが。
この日を境に。
沙々宮紗夜は、アルルカントで顔を合わせれば自然と話す相手の一人になっていくことになる。
◇
「まだ見ていたのか?」
しばらくして、カミラが声を掛けてきた。
時計を見る。
昼をかなり過ぎている。
「……マジ?」
「集中しすぎだ」
「腹減ったとは思ってた」
「先に気付け」
カミラはハイセが開いたままにしていた画面へ目を向ける。
「天霧綾斗か」
「ああ」
「気に入ったのか?」
「剣がな」
「ほう」
「何だよ」
「いや」
カミラは画面とハイセを交互に見た。
「君は、武器なら何でも同じように見るのかと思っていた」
「何でも使えるのと」
ハイセは少し間を置く。
「何でも好きなのは別だろ」
「…………」
カミラが僅かに目を見開く。
「それもそうだな」
「俺だって好き嫌いくらいある」
「なら」
「?」
「何故、この剣が好きなんだ?」
訊かれ。
ハイセは改めて画面を見る。
先ほど紗夜から聞いた話。
幼少期から。
何度も。
何年も。
剣を振り続けてきた。
その積み重ね。
「強いからじゃない」
「…………」
「多分」
少し言葉を探す。
「こいつ自身が作った剣だから」
「?」
「武器って意味じゃなくて」
ハイセは自分の右手を見る。
「俺は、能力が使い方を教えてくれる」
「……」
「でも、こいつは違う」
画面の綾斗を見る。
「自分で覚えたんだろ」
その違いが。
今は、とても大きなものに見えた。
「それで」
ハイセは僅かに目を細める。
「何年もかけて余計な動きを削って、今の剣になった」
「…………」
「だから」
一拍。
「綺麗に見えるんだと思う」
カミラはしばらく何も言わなかった。
やがて。
ほんの少し口元を緩める。
「良いと思うぞ」
「何が」
「強さ以外を理由に、武器を見ることができるのは」
「それ褒めてる?」
「ああ」
「変な褒め方」
「君に言われたくない」
◇
昼食を挟んだあと。
紗夜は共同試験のため、別の研究区画へ移動することになった。
「また来るの?」
ハイセが訊く。
「しばらくは」
「そっか」
「次は射撃場で試す」
「俺も見ていい?」
「カミラが許せば」
「私を勝手に許可役にするな」
カミラが呆れたように口を挟む。
「駄目?」
「……研究協力者としてなら構わん」
「だって」
「分かった」
紗夜は短く頷いた。
「また」
「ああ。またな」
大した会話ではない。
ただ。
ハイセにとっては。
この世界へ来てから初めて。
研究目的だけではなく。
次に会うことを自然に約束した相手だった。
その事実が。
本人が思っている以上に。
少しだけ、この世界との距離を縮めていた。
◇
「次どうする?」
紗夜を見送ったあと、エルネスタが再びハイセの横へ座った。
「綾斗くん特集?」
「そんなのあるの?」
「作れるよ!」
「作るな」
即座にカミラが止める。
「えー」
「本人の戦闘記録を勝手に個人鑑賞用へ再編集するな」
「研究用なら?」
「目的を言え」
「ハイセくんを喜ばせる」
「却下だ」
「厳しい!」
「普通に検索できる記録でいい」
「はーい」
エルネスタは不満そうに一覧を動かし、別の記録を開いた。
「じゃあ、この辺とか?」
画面へ映ったのは、一人の少女。
美しい容姿。
整った立ち姿。
だが。
当然ながらハイセには何の心当たりもない。
「誰?」
「シルヴィア・リューネハイム」
「知らない」
「嘘でしょ!?」
「異世界から来たって忘れた?」
「あ」
「お前な」
「だって、こっちじゃ有名人だからつい」
「歌手?」
「それだけじゃないよ」
「?」
エルネスタは楽しそうに再生を始めた。
◇
最初。
ハイセは普通のライブ映像だと思った。
大勢の観客。
ステージ。
その中央で歌う、シルヴィア・リューネハイム。
「……戦闘記録じゃないの?」
「まあ見てて」
「歌ってるだけじゃん」
「だから見ててって」
だが。
しばらくすると映像が切り替わる。
今度は戦闘。
そして。
そこでも同じように。
シルヴィアは歌っていた。
「…………」
歌声。
星辰力。
そして。
現象そのものの変化。
「……は?」
ハイセの目が細くなる。
「何、今の」
「能力」
「歌で?」
「うん」
「…………」
無言で映像を巻き戻す。
もう一度。
見間違いではない。
歌を媒介に。
目の前の現象へ干渉している。
「何でもあり?」
「何でも、とは少し違うけどね」
「でも、歌って」
一度映像を止める。
「それで現象起こしてんだろ?」
「そうだよ」
「…………」
ハイセはしばらく画面を見つめた。
綾斗の剣を見た時とは、全く違う感覚だった。
理解しやすい動きではない。
むしろ。
何が起きているのか分からない。
だから。
強さより先に。
奇妙さが目につく。
「変な能力」
「感想それ!?」
エルネスタが盛大に突っ込む。
「だって変だろ」
「【戦律の魔女】だよ!?」
「知らねぇもん」
「もっとこう、すごいとか!」
「強いとは思う」
「それだけ!?」
ハイセはもう一度映像を見る。
強い。
間違いなく。
だが。
今の自分には。
綾斗の剣のように。
そこへ「近付きたい」と思わせる何かは、まだ感じられない。
単純に。
未知すぎる。
「ハイセ」
横からカミラが声を掛ける。
「何?」
「歌には興味がないのか?」
「歌?」
「ああ」
少し考える。
「聞くことはある」
「自分では?」
「歌うってこと?」
「ああ」
「…………」
ハイセは僅かに首を傾げた。
「別に」
「そうか」
「何で?」
「いや」
カミラは画面へ目を向ける。
「妙に映像を見ていたからな」
「能力が変だったから」
「また言った!」
エルネスタが頭を抱える。
「シルヴィアが聞いたら怒るよ!?」
「本人に言わなきゃいいだろ」
「…………」
今度はエルネスタが急に黙った。
「何?」
「その発想」
一拍。
「好き」
「お前に好かれると不安になる」
「酷い!」
この時。
ハイセにとって、シルヴィア・リューネハイムという少女は。
世界的な歌姫で。
強力な能力を持ち。
歌によって現象へ干渉する。
妙に変わった戦い方をする人物。
それ以上ではなかった。
少なくとも。
この時は。
その歌声が。
後に。
自分の身体へ。
自分の生き方へ。
自分の未来へ。
深く入り込んでいくことなど。
考えもしなかった。
◇
夕方。
「……疲れた」
ハイセは椅子の背もたれへ深く身体を預けた。
「昨日も同じこと言ってたよ?」
「研究って疲れる」
「慣れる慣れる」
「慣れたくない」
「またまたぁ」
エルネスタは今日一日の閲覧履歴を確認しながら笑う。
「結構見たね」
「ああ」
「何が一番面白かった?」
考える必要はなかった。
「天霧綾斗」
「即答!」
「剣な」
「はいはい。剣ね」
「何だよ」
「じゃあさ」
エルネスタが悪戯っぽく笑う。
「あの剣」
一拍。
「自分で使ってみたい?」
「…………」
ハイセの表情が止まる。
「どういう意味?」
「そのまんま」
「…………」
「昨日話したでしょ?」
「戦闘データを直接学習させるってやつ?」
「そうそう」
「エルネスタ」
即座にカミラの声が飛ぶ。
「余計なことを吹き込むな」
「聞いてるだけだよ?」
「今はな」
「カミラってば疑り深い」
「お前相手なら当然だ」
ハイセは再び画面へ視線を戻した。
天霧綾斗。
綺麗だと思った剣。
あの動き。
あの技術。
もし。
その戦闘データを直接身体へ入れることができるなら。
一瞬だけ。
想像する。
自分の身体が。
あの動きをするところを。
だが。
「いや」
「え?」
エルネスタが意外そうな顔をした。
「今はいい」
「そうなの?」
「ああ」
「何で?」
昨日の自分なら。
即座に興味を示していたかもしれない。
誰かの技術を直接学べる。
強くなれる。
そう聞けば。
試してみたいと思ったはずだ。
だが。
今日は。
紗夜から話を聞いた。
あの剣が。
どうやって出来たのか。
「こいつの剣は」
ハイセは画面を見つめる。
「こいつが積み上げたもんだろ」
「…………」
「それを、そのまま俺に入れても」
自分の右手を見る。
「俺の剣にはならねぇ気がする」
エルネスタの表情から、少しだけ悪戯っぽさが消える。
「へぇ」
「何だよ」
「いや」
今度は純粋に興味深そうな目でハイセを見る。
「何でも欲しがるタイプじゃないんだなぁって」
「当たり前だろ」
「じゃあ、技術学習の研究は嫌?」
「それとこれとは別」
「…………」
「他の奴の戦い方を知ったり、参考にしたりするのは面白そうだと思う」
「うん」
「でも」
画面の綾斗へ視線を戻す。
「あれは」
僅かに笑う。
「自分で近づいてみたい」
「…………」
エルネスタの目が輝いた。
「なるほど」
「?」
「それはそれで、すっごく面白い」
「お前は何でも面白いな」
「だって面白いんだもん」
「……まあ」
ハイセは椅子から立ち上がる。
「本当に技術を直接学習できるって証明されたら、その時は色々考える」
「了解♪」
その瞬間。
エルネスタが端末へ手を伸ばした。
「エルネスタ」
「何?」
「今の会話を研究計画書に書くな」
「まだ書いてないって」
「端末を置け」
「何でバレたの!?」
「お前だからだ!!」
◇
宿泊施設へ戻る道すがら。
ハイセは。
今日一日で見たものを。
一つずつ思い返していた。
アルディとリムシィ。
機械でありながら。
自分で考え。
自分で判断し。
戦う存在。
煌式武装。
純星煌式武装。
星辰力。
異能。
そして。
天霧綾斗。
幼い頃から剣を振り続け。
何年も積み上げたものを。
一つの完成された技術へ変えた剣士。
さらに。
シルヴィア・リューネハイム。
歌を媒介に。
現象そのものへ干渉する。
【戦律の魔女】。
「…………」
昨日まで。
ハイセにとって。
強さというものは、もっと単純だった。
強い武器。
強い能力。
強い魔法。
それを持つ人間が強い。
少なくとも。
自分は。
そう思っていた。
弱かった自分が。
【武器マスター】を手に入れたことで。
ブラックエンシェントドラゴンを倒せた。
だから。
力を得ることが。
強くなることなのだと。
どこかで思い始めていた。
だが。
今日。
それだけでは説明できない強さを見た。
天霧綾斗の剣。
突然与えられた能力ではない。
誰かから渡された完成品でもない。
長い時間を掛けて。
自分自身で積み上げたもの。
ハイセは歩きながら、自分の右手を見る。
【武器マスター】。
武器を扱えるようにしてくれる力。
知らない武器でも。
必要な情報を与えてくれる。
武器へ。
自分を近づけてくれる。
便利だ。
強い。
間違いなく。
自分を救った能力だ。
それを否定するつもりはない。
だが。
能力が教えてくれるから使える。
それだけで。
自分自身が強くなったと言えるのだろうか。
紗夜に銃の構えを直された時。
初めて。
同じ「使える」の中にも。
先があることを知った。
能力が与える正解。
その先に。
自分で積み上げる余地がある。
「…………」
それなら。
剣も。
銃も。
他の武器も。
もっと。
上手くなれるのかもしれない。
誰かに与えられた力を。
使うだけではなく。
自分で磨いて。
自分のものへ変えていくことが。
「……俺も」
誰もいない道で。
小さく呟く。
「あんなふうに出来るのかな」
綾斗になりたいわけではない。
同じ剣を使いたいわけでもない。
ただ。
あれほどまでに。
自分自身で作り上げたものを。
自分も持ってみたい。
その感情が。
憧れなのだと。
今のハイセは。
まだ。
気付いていなかった。
◇
一方。
アルルカントの研究室では。
「エルネスタ」
「なぁに?」
「何をしている」
「今日のログ整理」
「見せろ」
「え」
「見せろ」
「…………」
エルネスタが露骨に視線を逸らしたため、カミラは無言で手を差し出した。
観念したように渡された端末へ目を落とす。
表示されていたのは。
『異世界由来能力【武器マスター】と外部戦闘データを利用した技能学習について』
という題名の資料だった。
「…………」
「…………」
数秒。
カミラはゆっくりと顔を上げた。
「エルネスタ」
「はい」
「昨日、私は何と言った?」
「えっと」
「言ってみろ」
「…………」
エルネスタは少しだけ考え。
「ハイセくんに変なことを教えるな?」
「分かっているじゃないか」
「でも」
「?」
エルネスタは、悪びれるどころか楽しそうに笑った。
「これ、出来たら面白いと思わない?」
「…………」
カミラは再び端末へ視線を落とした。
ハイセの動作データ。
【武器マスター】発動時の神経反応。
戦闘ログ。
人間の身体運用を数値化したデータ。
もし。
武器を扱うための情報が。
能力を介して。
ハイセの身体へ反映されているのだとすれば。
外部から別の技能情報を与えた場合。
何が起きるのか。
もちろん。
現段階で。
人体へ試すなど論外だった。
危険性が分からない。
能力そのものの構造すら。
まだ何も分かっていない。
被験者本人ですら。
覚醒して数日しか経っていない。
普通なら。
そこで終わるべきだった。
だが。
「…………」
一秒。
二秒。
三秒。
研究者として。
どうしても。
確かめたい。
という好奇心が。
僅かに。
顔を出した。
「……理論検証だけだ」
「!」
「人体実験はしない」
「やった!」
「喜ぶな!」
「カミラも興味あるんじゃん!」
「研究者だからな!!」
エルネスタは楽しそうに笑い。
カミラは深く溜息を吐いた。
それでも。
端末を返すことはしなかった。
この時。
二人が始めたのは。
あくまで。
机上の理論検証に過ぎない。
人間へ使う予定もない。
実用化するつもりもない。
ただ。
可能かどうかを。
確かめる。
それだけの。
小さな研究だった。
だが。
後から振り返れば。
その一枚の資料こそが。
ハイセが。
ただ武器を扱えるだけの冒険者から。
他人の技術を知り。
理解し。
分解し。
自分なりに取り込み。
戦いそのものを学ぶ存在へ変わっていく。
最初の一歩だった。
剣。
銃。
戦術。
知識。
そして。
やがては。
歌。
身体。
生き方。
自分という人間そのものさえ。
少しずつ。
変えていく。
その始まりが。
この日。
何気なく作られた。
たった一つの。
研究資料だったことを。
この時の。
ハイセも。
カミラも。
エルネスタも。
まだ。
知る由もなかった。