暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
祝賀会から三日後。
【ジークフリート事件】は、完全には消えていなかった。
エルネスタが企画したサプライズライブと、六学園・ハイベルグ王国間の新型武装流通協議によって一時的に話題の中心から外れたものの、「本人へ知らせず実戦試験に利用した」という事実は十分に刺激的だった。報道各社は少しずつ情報を掘り始め、タイクーンの会話再現魔法によって発覚したという経緯まで広まりつつある。
アルルカントの研究室に集まった五人の前にも、その記事が並んでいた。
「まあ、こうなるわな」
ディルクは特に驚いた様子もなく端末を眺めていた。
「ライブで一回沈んだのに」
エルネスタは少し残念そうだった。
「永遠に沈むわけがないだろう!」
カミラが睨む。
「そもそも、沈めようとするな!」
「でも、盛り上がったよ?」
「論点を変えるな!」
ヒルダは記事ではなく、世論分析の方を眺めていた。
「興味深いね。ハイセへの評価は完全な批判一色ではない。ジークフリートそのものが高性能だったことと、サーシャ本人への謝罪が既に行われていることが効いている」
「だからって放っとけばいいわけじゃねぇ」
ディルクが画面を閉じた。
「このまま小出しに掘られるのが一番面倒だ」
ハイセが顔を上げる。
「じゃあ全部出す?」
「…………何をだ」
「昔のこと」
その場の空気が変わった。
◇
「追放の件か?」
カミラが確認する。
「うん」
「本気?」
「本気」
ハイセは平然としていた。
「俺とサーシャの関係を調べられるなら、どうせそのうち出るでしょ。だったら人に勝手な形で出されるより、自分で出した方がいい」
エルネスタが椅子の背もたれへ身体を預ける。
「それ、かなり強いカードだよ?」
「知ってる」
「使うんだ?」
「使う」
迷いのない返事だった。
カミラの眉が僅かに寄る。
「ハイセ。念のため聞くが、今回の件を正当化するために使うつもりじゃないだろうな」
「違うよ」
ハイセは首を振った。
「昔サーシャが俺にしたことと、今回俺がサーシャにしたことは別だから」
ディルクが小さく笑った。
「なら話は早ぇ。事実だけ出せ」
「煽らない?」
「俺を何だと思ってんだ」
「煽る人」
「間違ってねぇのが腹立つな」
◇
公開する内容は、かなり慎重に整理された。
【セイクリッド】からの追放。
当時のハイセが弱いと判断され、「安全のため」という理由で本人の意思とは関係なく仲間達から切り離されたこと。その後、一人で生き延びる道を選ばざるを得なかったこと。
そして。
その後の冒険の中で、ドラゴンとの戦闘によって片目を失ったこと。
「ここ」
カミラが資料を指した。
「書き方には気を付けろ」
「何で?」
「追放されたからドラゴンに襲われて片目を失った、と直接因果を繋げるな。そこまで言えば扇動になる」
「分かった」
「事実は、追放された。その後一人で冒険を続け、その過程でドラゴンとの戦闘によって片目を失った。それだけだ」
ハイセが頷く。
「サーシャがドラゴン連れてきたわけじゃないしね」
「そういうことだ」
エルネスタが苦笑した。
「ちゃんとそこ区別するんだ」
「区別しないと嘘になるでしょ」
ディルクは、その返事に一瞬だけハイセを見る。
「……お前、変なところで真面目だな」
「変?」
「かなり」
◇
クローディアにも連絡が入った。
『全面公開ですか』
「うん」
ハイセは通信画面越しに頷く。
『ジークフリート事件より遥かに大きな話題になりますわよ』
「そのためでもある」
クローディアの笑みが僅かに深くなる。
『そこは認めるんですのね』
「話題をずらしたいのは本当だから」
『ですが、サーシャさんを世論の標的にする危険があります』
「それは止める」
『止まりますか?』
「止められるところまでは」
クローディアは少し考えたあと、頷いた。
『なら、会見を開きましょう。資料だけ出せば、解釈だけが一人歩きします』
「俺が喋る?」
『ご自身の過去ですもの』
「分かった」
『それと』
「何?」
『エルネスタさんには、広報企画へ触らせないことをおすすめしますわ』
背後から声が飛んだ。
「聞こえてるよー!」
『それは何よりですわ』
エルネスタが頬を膨らませた。
◇
翌日。
異世界交流開始以来、最大規模とも言える記者会見が開かれた。
会場にはアスタリスク側だけではなく、ハイベルグから来た関係者や報道担当者もいる。壇上中央へ座ったのはハイセ一人だった。
白を基調とした服。
長い暗紫色の髪。
紫の瞳。
今では【暗律の戦乙女】Yami_Q_rayとして知られる姿である。
だが。
最初に大型画面へ映し出されたのは。
昔のハイセだった。
「今日、話すことにしたのは」
ハイセがマイクへ向かう。
「今出ている【ジークフリート】の話だけだと、俺とサーシャの関係を説明出来ないと思ったからです」
ざわめきが止まる。
「だから、昔のことも全部話します」
◇
追放の経緯が公開された。
本人が望んでいなかったこと。
仲間達が「ハイセを守るため」という理由で決断したこと。
それでも結果として、ハイセ自身から選択権を奪ったこと。
さらに資料が進む。
追放後。
単独で冒険者として生き延びていた時代。
ドラゴン戦。
片目の喪失。
会場の空気が明確に変化した。
「片目を……?」
誰かが呟く。
ハイセは自分の顔へ軽く触れた。
「今の身体では再構築されてるから、両方見えてるけど」
そこで言葉を切る。
「昔は失ってた」
記者の一人が手を挙げた。
「それは、【セイクリッド】を追放された結果だとお考えですか?」
「違う」
即答だった。
「ドラゴンと戦ったのは俺だから」
「ですが、追放されていなければ――」
「それは分からない」
ハイセの声は静かだった。
「そうだったかもしれないし、違ったかもしれない。サーシャがドラゴンを俺にけしかけたわけじゃない」
カミラは会場後方で、小さく息を吐いた。
そこを。
きちんと切った。
◇
しかし。
世論にとって十分な材料なのは間違いなかった。
追放。
孤立。
片目の喪失。
そして現在。
ジークフリート事件では、そのハイセが今度はサーシャ本人へ説明せず実戦試験に利用した。
記者が尋ねる。
「では、ご自身が過去に意思を無視された経験がありながら、今回サーシャさんに同じようなことをしたと?」
「うん」
「矛盾しているとは思いませんか?」
「思う」
あまりにあっさり認めたため。
質問した記者の方が、一瞬詰まった。
「だから謝った」
「それで済むと?」
「済まないと思ってる」
会場が静かになる。
「だから」
ハイセは続けた。
「ちゃんと対価を払う」
◇
その言葉に。
後方でディルクが顔をしかめた。
「来たな」
カミラが横を見る。
「まだ止められるぞ」
「止めても聞かねぇだろ」
「まあ……そうだが」
壇上。
ハイセは既に決めていた。
「今回の強化型煌式武装で、俺はかなり大きい配当を貰った」
記者達が一斉に反応する。
「具体的には?」
「金額は言わない」
「では、どの程度を?」
「半分」
一瞬。
意味を理解するまで。
時間がかかった。
「……配当金の?」
「半分」
会場が爆発した。
◇
「半分!?」
「今回の配当全体の五十パーセントという意味ですか!?」
「そう」
「それをサーシャさんへ?」
「慰謝料として提示する」
「金額を公表出来ないほどの規模なのに、その半額を?」
「うん」
「そこまで必要だと?」
ハイセは少し考えた。
「俺が必要だと思ったから」
さらに質問が飛ぶ。
「口外禁止などの条件は?」
「付けない」
「秘密保持契約も?」
「今回の件については付けない」
今度こそ。
会場の空気が変わった。
金を払う。
だが。
相手の口は塞がない。
「つまり、口止め料ではない?」
「違う」
ハイセは正面を見る。
「サーシャが今回の件を誰かに話したいなら、話せばいい。俺が勝手に使ったのは本当だから」
◇
別の記者が手を挙げた。
「ですが、ご自身は過去に追放され、さらに片目を失うほど過酷な時期を経験している。その相手へ、なお巨額の慰謝料を支払うのですか?」
「うん」
「納得出来るんですか?」
「何が?」
「不公平だとは?」
ハイセは。
少しだけ。
眉を寄せた。
質問そのものが。
よく分からないように。
「昔サーシャが俺にしたことと」
一拍。
「今回俺がサーシャにしたことは、別だろ」
会場が静まった。
「昔のことで今回を帳消しにしたら、俺まで同じことになる」
その声には。
怒りも。
悲壮感も。
なかった。
「俺はサーシャに、俺の人生を勝手に決められたことをずっと怒ってた。なのに自分が勝手に使って、『昔お前もやったからいいだろ』って言ったら」
ハイセは小さく肩を竦めた。
「格好悪いじゃん」
◇
その会見を。
ハイベルグ。
王城の一室で。
サーシャ達も見ていた。
「…………」
サーシャは。
最初から一度も喋っていない。
ピアソラが横目で見る。
追放。
片目。
当時の話が。
世間へ出ている。
サーシャにとって。
見たい内容ではない。
まして。
ハイセ本人の口から。
語られている。
「サーシャ」
「……分かってる」
「何が?」
「何も言うな」
ピアソラは黙った。
◇
会見では。
当然。
別方向の質問も出た。
「今回の公開によって、サーシャさんへの批判が急増する可能性があります」
「…………」
ハイセの表情が。
僅かに変わる。
「それはやめて」
記者が聞き返す。
「と、言いますと?」
「サーシャを叩くために昔の話を出したんじゃない」
「しかし――」
「追放されたのは俺だから」
ハイセは。
まっすぐ。
カメラを見る。
「怒るかどうか決めるのも俺だよ」
サーシャの目が。
僅かに揺れる。
「外から来た人が、今さら俺の代わりにサーシャを殴る必要ない」
ハイセは続けた。
「俺はもう本人に散々怒ったから」
会場の一部で。
少しだけ。
笑いが起きた。
「今回サーシャが俺に怒る権利もある。それと同じ」
◇
会見終了後。
世論は。
想像以上の速度で動いた。
ジークフリート事件だけを見れば、ハイセが明確に悪い。
だが。
追放事件だけを見れば、立場は逆になる。
さらに。
ハイセ自身が。
その二つを。
意図的に分けた。
過去を盾にせず。
今回の非を認め。
配当の半分という異常な額を慰謝料として自ら提示し。
それでも。
秘密保持を要求しなかった。
世間の評価は。
徐々に。
一つの方向へ落ち着き始める。
――少なくとも、逃げてはいない。
それが。
最も多かった。
◇
「思った以上だな」
ディルクが世論推移を見る。
「何が?」
会見を終えたハイセが戻ってくる。
「お前への好感度」
「上がった?」
「かなり」
「よかった」
「サーシャへの批判も上がってる」
「…………」
ハイセの顔が曇る。
「止められる?」
「全部は無理だ」
「そっか」
「だから言っただろ。強いカードだって」
ハイセは。
少しだけ。
黙る。
「でも」
ディルクが続ける。
「お前が会見で止めたおかげで、思ったよりは抑えられてる」
「ならいい」
「本当にそれでいいのか?」
「何が?」
「半分だぞ」
ディルクが。
今度は。
本気で呆れた顔をする。
「お前、それがいくらか分かってんのか?」
「一生遊べるくらい?」
「数回人生やり直しても遊べる」
「じゃあ残り半分でも大丈夫だね」
「そういう問題じゃねぇ!!」
久しぶりに。
ディルクの怒声が。
廊下へ響いた。
◇
「私は止めないぞ」
カミラが言う。
ディルクが振り返る。
「お前まで何言ってんだ」
「ハイセの金だ」
「だからってな」
「理由も聞いた」
カミラはハイセを見る。
「自分で決めたんだろ?」
「うん」
「なら払えばいい」
ハイセが少し笑う。
「昔だったら止めた?」
「…………」
カミラは。
しばらく。
考えた。
「止めたかもしれない」
「そっか」
「でも」
今度は。
カミラが笑う。
「それでは私も、お前の代わりにお前の人生を決めることになる」
ハイセは。
静かに。
頷いた。
◇
一方。
ハイベルグ。
サーシャは。
未だに。
会見映像を止められずにいた。
画面には。
最後の発言が。
残っている。
『追放されたのは俺だから。怒るかどうか決めるのも俺だよ』
「…………」
サーシャは。
ゆっくり。
目を閉じる。
「半分……」
ピアソラが呟いた。
「馬鹿じゃないの、あいつ」
「…………」
「サーシャ?」
「分かってる」
「何が?」
「金で済ませようとしてるんじゃない」
サーシャの声は。
弱かった。
「私に黙れとも言ってない」
「ええ」
「昔のことを出して」
拳を。
握る。
「それでも私を叩くなって言った」
ピアソラは。
何も言わない。
「……何なんだ、あいつは」
怒ればいいのか。
謝ればいいのか。
拒絶すればいいのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
はっきりしていた。
昔のハイセなら。
あの追放の記憶を。
決して。
自分から手放さなかった。
「本当に」
サーシャが。
小さく呟く。
「昔のことを終わらせるつもりなのか」
◇
その日の夜。
世界間ゲート。
ハイセは。
一冊の書類を。
抱えていた。
「行くの?」
エルネスタが聞く。
「うん」
「サーシャのところ?」
「うん」
「怖くない?」
「ちょっと」
「珍しい」
「怒ったサーシャ怖いよ」
「今さら!?」
ハイセは。
少し笑った。
手元。
書類。
慰謝料支払提案書
金額。
強化型煌式武装。
初回配当。
その。
五十パーセント。
そして。
最後。
一つだけ。
金では。
解決出来ないことが。
残っている。
「じゃあ行ってくる」
「頑張って♪」
「他人事」
「他人事だもん」
ハイセが。
ゲートへ。
足を踏み入れる。
過去を。
消すためではない。
忘れるためでもない。
ただ。
これ以上。
互いの古傷を。
相手を殴るための武器にしないために。
ハイセは。
サーシャの元へ。
向かった。