暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第52話 懇親会という名の戦場

 

 

 ハイベルグ王都にある迎賓館の一室には、いつもとは少し違う顔ぶれが集まっていた。

 

 名目は懇親会。禁忌迷宮攻略、世界間交流、強化型煌式武装の市場投入、そして一連の騒動がどうにか一区切りついたことを受けて、アルルカント側と【セイクリッド】が肩肘張らずに顔を合わせる場を作ろう――という、カミラ発案の比較的まともな企画だった。

 

 比較的、という言葉が必要なのは、参加者の中にエルネスタとヒルダがいるからである。

 

「最初に言っておく」

 

 料理が並んだテーブルの前で、カミラは全員を見回した。

 

「今日は研究発表会じゃない。商談会でもない。ましてや人体改造の成果自慢大会でもない。普通に食事して、普通に話せ」

 

「質問」

 

 エルネスタが即座に手を上げた。

 

「普通って何?」

 

「…………」

 

 カミラは黙った。

 

 サーシャが小さく頷く。

 

「分かる。私も最近、ハイセ周りでその感覚が分からなくなってきた」

 

「私を巻き込むな」

 

 ハイセは普通に料理を取っていた。

 

 

 そして開始から十分。

 

 カミラの願いは綺麗に砕け散った。

 

「キヒヒヒヒ!」

 

 ヒルダが両手を広げ、何故か壇上でもない場所で高らかに笑う。

 

「新たなる時代の扉を開く、大いなる闇の歌姫! 【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】こそ、超人派会長たるこの【大博士(マグナム・オーパス)】の集大成なのだよ!!!」

 

「…………」

 

 サーシャの手が止まった。

 

 ピアソラも止まる。

 

 レイノルドは何かを察して、少しだけ距離を取った。

 

「ヒルダ」

 

 ハイセが呼ぶ。

 

「何だい、我が最高傑作!」

 

「声大きい」

 

「そこなのか!?」

 

 サーシャが立ち上がった。

 

「コイツはマジで一回、酷い目に遭ってくれ!!!」

 

「失敬だね」

 

 ヒルダは心外そうに眉を上げた。

 

「私は彼女の完成度を最大限評価しているだけだよ。性差転換を含む身体再構築、歌唱を媒介とした現象干渉、さらに――」

 

「『完成させた』みたいに言うな!!」

 

「身体を作ったのはヒルダだよ」

 

「ハイセは黙ってろ!!!」

 

 サーシャの怒声が飛ぶ横で、エルネスタは紅茶を飲みながら静かに笑っていた。

 

(その世界線は、とうの昔にお亡くなりになったんだよねぇ)

 

 口には出さない。

 

 さすがのエルネスタにも、それくらいの生存本能はあった。

 

 

「まあまあ、今日は懇親会なんでしょう?」

 

 それを収めたのはシルヴィアだった。

 

 白金を基調とした衣装の裾を軽く揺らしながら、彼女は機嫌良さそうに微笑む。

 

「せっかくだから楽しくしましょうよ」

 

「リューネハイムはまともだな」

 

 サーシャが少し安心した。

 

「それにしても」

 

 シルヴィアは自分の装備を見下ろす。

 

「やっぱりこの新型オーガルクス、もう私のお気に入りかな 」

 

「…………」

 

 サーシャが。

 

 ゆっくり。

 

 ハイセを見る。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「やっぱり一回話し合うべきだ!!!」

 

「俺に言われても困る」

 

「何故だ!」

 

「無くしたと思ったら、知らない間にパクられてたんだよ」

 

「ちょっと」

 

 シルヴィアが頬を膨らませる。

 

「“パクった”は酷くない?」

 

「俺、渡した記憶ないけど」

 

「結果的にはね?」

 

「結果的に?」

 

 ピアソラが顔を引きつらせた。

 

「作った本人が何故匙を投げるのですか!?」

 

「もうシルヴィア専用になってるし」

 

「だから何で諦めてるのよ!」

 

 《女神の羽衣(フレイア=プロト)》。

 

 感応増幅を主軸とする新型オーガルクスで、シルヴィアとの相性は異常なほど良い。もはや返却させるより、そのまま正式運用へ移した方が合理的なのは事実だった。

 

 合理的ではある。

 

 だが。

 

 サーシャの情緒には何の配慮もない。

 

 

「そもそも」

 

 サーシャは装備を睨む。

 

「その材料は何なんだ?」

 

「ブラックエンシェントドラゴンの竜核」

 

 ハイセが答える。

 

「……ドラゴン?」

 

「うん」

 

「どこで手に入れた」

 

「昔、素材採取に行った時」

 

「場所は?」

 

「サーシャに教えてもらったところ」

 

「…………」

 

 サーシャが止まった。

 

 ピアソラ。

 

 レイノルド。

 

 ロビン。

 

 タイクーン。

 

 全員が。

 

 ゆっくり。

 

 サーシャを見る。

 

「待て」

 

 サーシャが両手を上げた。

 

「私は素材がある場所を教えただけだ!」

 

「でもそこにドラゴンいた」

 

「知らなかったんだよ!!」

 

「しかもブラックエンシェント」

 

「知らないって言ってるだろ!!!」

 

 ピアソラが静かに問いかける。

 

「サーシャ」

 

「何だ!」

 

「結果的に、その竜核がリューネハイムの花嫁衣装になったの?」

 

「私のせいじゃない!!!」

 

 会場に響いた叫び声へ、シルヴィアだけが楽しそうに笑った。

 

「私は気に入ってるわよ?」

 

「それが一番複雑なんだ!!!」

 

 

 その騒ぎが少し落ち着いた頃。

 

 今度はエルネスタが、ピアソラの手元を見つけた。

 

「あ、それ使ってるんだ?」

 

「何が?」

 

「スキンケア」

 

「…………」

 

 ピアソラの動きが僅かに止まった。

 

「どうだった?」

 

「まあ」

 

「まあ?」

 

「……悪くないわよ」

 

「毎日?」

 

「普通に使ってる」

 

 サーシャが振り向く。

 

「毎日!?」

 

「何であんたが驚くのよ!」

 

「ハイセが作ったやつだろ!」

 

「美容品に罪はないでしょうが!!」

 

「ウォークマンは!?」

 

「…………」

 

 ピアソラが黙る。

 

「ピアソラ?」

 

 ハイセが首を傾げる。

 

「……使ってるわよ」

 

「どれくらい?」

 

「毎日」

 

「毎日!?」

 

 今度はハイセまで驚いた。

 

「音質確認よ!!」

 

「毎日?」

 

「うるさいわね!!」

 

 ピアソラは顔を赤くしてウォークマンをバッグへ戻した。

 

「別にいいでしょう。耳は疲れにくいし、周囲の音も必要な分だけ残せるし、音量も勝手に調整してくれるし……」

 

「かなり気に入ってるじゃん」

 

「性能評価よ!」

 

「歌は?」

 

「…………」

 

「ハイセ」

 

 ピアソラが目を細める。

 

「何?」

 

「それ以上聞いたら殴るわよ」

 

「はい」

 

 最近のハイセは。

 

 こういう撤退判断だけは早かった。

 

 

「そういえばさぁ」

 

 エルネスタが言った。

 

「何?」

 

「プレゼントといえば」

 

 嫌な笑顔だった。

 

 カミラが遠くから見て、顔をしかめる。

 

「エルネスタ」

 

「何?」

 

「やめろ」

 

「まだ何も言ってないよ?」

 

「その顔で分かる」

 

 しかし。

 

 遅かった。

 

 エルネスタはバッグから、一冊の冊子を取り出した。

 

「これ、みんな見た?」

 

 テーブルに。

 

 置く。

 

 表紙。

 

《Yami_Q_ray Visual Collection》

 

「…………」

 

 サーシャが止まった。

 

 ピアソラも止まった。

 

 レイノルド。

 

 ロビン。

 

 タイクーン。

 

 プレセア。

 

 全員の視線が。

 

 ゆっくり。

 

 表紙へ。

 

 そして。

 

 ハイセへ。

 

「何だこれ」

 

 レイノルドが最初に聞いた。

 

「写真集」

 

「誰の?」

 

「俺」

 

「それは見れば分かる」

 

 表紙には。

 

 《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を構えたハイセ。

 

 別ページには。

 

 ステージ衣装。

 

 普段着。

 

 研究時。

 

 戦闘装備。

 

 どれも露出を売りにしたものではなく、ファッションと戦闘美を中心にまとめたビジュアル冊子だった。

 

「……普通に出来が良いな」

 

 タイクーンがページをめくる。

 

「撮影誰?」

 

「エルネスタとか」

 

「企画も私♪」

 

「やっぱりお前か」

 

 カミラが呆れた。

 

 

 そして。

 

 サーシャは。

 

 何かに気づく。

 

「待て」

 

「何?」

 

 ハイセを見る。

 

「これ、何のために作ったんだ?」

 

「お礼」

 

「誰への」

 

「綾斗」

 

「…………」

 

 空気が。

 

 変わった。

 

「天霧綾斗?」

 

「うん」

 

「何のお礼だ」

 

「電車の本」

 

「…………」

 

 今度こそ。

 

 【セイクリッド】全員が。

 

 ものすごく。

 

 複雑な顔をした。

 

 

「ちょっと待って」

 

 ピアソラが眉間を押さえる。

 

「整理させて」

 

「うん」

 

「天霧綾斗って、あの剣士よね?」

 

「うん」

 

「前に戦闘記録も貰った?」

 

「貰った」

 

「それを家宝扱いしてる?」

 

「永久保存」

 

「で」

 

 ピアソラは冊子を持ち上げる。

 

「今度は電車の本を貰ったお礼として、自分の写真集を渡した?」

 

「うん」

 

「…………」

 

 ピアソラがレイノルドを見る。

 

「どう思う?」

 

「俺に聞くな」

 

「ロビン」

 

「複雑」

 

「タイクーン」

 

「かなり複雑」

 

「プレセア」

 

「……綾斗という人、相当ハイセに好かれているのね」

 

「違う!!」

 

 サーシャが叫んだ。

 

「何が違うの?」

 

 プレセアが首を傾げる。

 

「知らん! だが何か違う!!」

 

 

 レイノルドが、冊子を一枚めくる。

 

「でもこれ、普通にいい写真だな」

 

「でしょ?」

 

 エルネスタが嬉しそうに言う。

 

「ここのウォーレ=ザイン構えてるやつとか」

 

「構図が綺麗ね」

 

 ロビンも覗く。

 

「……綾斗、これ貰ってどうしたんだ?」

 

「喜んでた」

 

 ハイセが言った。

 

「何て?」

 

「『すごく綺麗に撮れてるね』って」

 

「…………」

 

 サーシャの顔から。

 

 何かが。

 

 消えた。

 

「サーシャ?」

 

 ピアソラが覗き込む。

 

「大丈夫?」

 

「何が」

 

「今、魂が半分抜けたけど」

 

「抜けてない」

 

「完全に抜けてたわよ」

 

「照明だ」

 

「魂の抜け方を照明のせいにするな」

 

 

 ヒジリが横から冊子を覗く。

 

「へぇ。ハイセ、こういうのやってんだ」

 

「アイドル活動」

 

「アタシも一冊欲しい」

 

「いいよ」

 

「軽い!」

 

 サーシャがまた立ち上がる。

 

「何で配るんだ!」

 

「商品じゃなくて宣伝用だから」

 

「なら尚更誰にでも渡すな!」

 

「別にいいじゃん」

 

「よくない!」

 

 ピアソラが小さく呟く。

 

「もうサーシャが何に怒ってるのか、本人も分かってなさそう」

 

「聞こえてるぞ!」

 

「聞かせてるのよ!」

 

 

「ちなみに」

 

 エルネスタが。

 

 さらなる爆弾を落とす。

 

「綾斗くんのところには初版が行ってるよ」

 

「初版?」

 

 サーシャが聞き返す。

 

「そう。保存用ケース付き」

 

「…………」

 

「ハイセが『大事な物だから』って」

 

「それ電車の本じゃないのか!?」

 

「両方」

 

「両方!?」

 

 ハイセは。

 

 不思議そうに首を傾げる。

 

「貰ったもの大事にするの普通じゃない?」

 

「普通だけど!!!」

 

「じゃあ何で怒ってるの?」

 

「それが分からないから余計腹が立つんだ!!」

 

 この時点で。

 

 サーシャ自身も。

 

 だいぶ混乱していた。

 

 

「いい加減にしろ!」

 

 ついにカミラが。

 

 全員へ声を飛ばした。

 

「今日は懇親会だ!」

 

「懇親してるよ?」

 

 エルネスタが答える。

 

「どこがだ!」

 

「かなり距離縮まったと思うけど」

 

 カミラが周囲を見る。

 

 ヒルダはプレセアの【ランビリス】を観察している。

 

 ヒジリは【ケリードーン】の射撃モードについてロビンに説明している。

 

 ピアソラは何だかんだでエルネスタにウォークマンの追加設定を聞いている。

 

 レイノルドとタイクーンは冊子を見ながら「これは綾斗が誤解されても仕方ない」と勝手に議論を始めている。

 

 サーシャだけは。

 

 まだ。

 

 複雑な顔をしていた。

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 小さく息を吐いた。

 

「まあ」

 

「何?」

 

 ハイセが見る。

 

「……結果だけ見れば、懇親会ではあるか」

 

「でしょ?」

 

「納得したくない」

 

 

 少しして。

 

 騒ぎも。

 

 ようやく。

 

 落ち着く。

 

 テーブルには食べ終えた皿。

 

 飲み物。

 

 誰かが置いたままの端末。

 

 そして。

 

 半開きのまま。

 

 『Yami_Q_ray Visual Collection』。

 

 サーシャは。

 

 少し離れた場所から。

 

 ハイセを見る。

 

 カミラと。

 

 何か研究の話をしている。

 

 エルネスタが。

 

 途中から割り込む。

 

 ヒルダまで。

 

 何か言い始める。

 

 ハイセは。

 

 面倒そうな顔をしながらも。

 

 楽しそうだった。

 

 少し先では。

 

 シルヴィアが。

 

 その様子を見ながら笑っている。

 

「…………」

 

 サーシャは。

 

 黙っていた。

 

 昔。

 

 自分達といた頃の。

 

 ハイセではない。

 

 知っていること。

 

 やっていること。

 

 好きなもの。

 

 付き合う人間。

 

 全部。

 

 増えていた。

 

 

「何見てるの?」

 

 ピアソラが隣へ来た。

 

「別に」

 

「またそれ」

 

「…………」

 

「もう『取られた』とは思ってないんでしょ?」

 

 サーシャは。

 

 すぐには。

 

 答えなかった。

 

「……分からない」

 

「そう」

 

「でも」

 

 少しだけ。

 

 時間を置く。

 

「あいつが自分で選んだのは分かる」

 

 カミラ。

 

 エルネスタ。

 

 ヒルダ。

 

 シルヴィア。

 

 綾斗。

 

 オーフェリア。

 

 その全部を。

 

 誰かに決められたわけではない。

 

 ハイセが。

 

 自分で。

 

 関わった。

 

「昔みたいに」

 

 サーシャは。

 

 静かに。

 

 呟く。

 

「戻せばいいって話じゃないんだろうな」

 

「多分ね」

 

「…………」

 

「今のハイセと、どう付き合うか」

 

 ピアソラが言う。

 

「考えるなら、そっちじゃない?」

 

 サーシャは。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

「お前、最近ハイセ寄りじゃないか?」

 

「違うわよ」

 

「ウォークマン毎日使ってるくせに」

 

「音質確認だって言ってるでしょうが!!」

 

「スキンケアも?」

 

「美容品に罪はない!!」

 

 また。

 

 声が。

 

 大きくなる。

 

 

「何?」

 

 遠くから。

 

 ハイセが振り返った。

 

「何でもない!」

 

 サーシャが答える。

 

「そう?」

 

「お前は研究してろ!」

 

「言われなくても」

 

「それはそれで腹立つな!!」

 

 ハイセが。

 

 首を傾げる。

 

 サーシャは。

 

 また。

 

 ため息を吐いた。

 

 それでも。

 

 今度は。

 

 怒ってはいなかった。

 

 昔のハイセを取り戻すことは。

 

 もう出来ない。

 

 たぶん。

 

 する必要もない。

 

 なら。

 

 今ここにいるハイセと。

 

 どんな距離で。

 

 どう関わるのか。

 

 それを決めるのは。

 

 過去ではない。

 

 サーシャ自身だった。

 

 懇親会という名の戦場は。

 

 最後まで。

 

 ちっとも静かではなかった。

 

 それでも。

 

 少なくとも。

 

 互いを知るという目的だけは。

 

 どうやら。

 

 達成されたらしい。

 

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