暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
ハイベルグ王都にある迎賓館の一室には、いつもとは少し違う顔ぶれが集まっていた。
名目は懇親会。禁忌迷宮攻略、世界間交流、強化型煌式武装の市場投入、そして一連の騒動がどうにか一区切りついたことを受けて、アルルカント側と【セイクリッド】が肩肘張らずに顔を合わせる場を作ろう――という、カミラ発案の比較的まともな企画だった。
比較的、という言葉が必要なのは、参加者の中にエルネスタとヒルダがいるからである。
「最初に言っておく」
料理が並んだテーブルの前で、カミラは全員を見回した。
「今日は研究発表会じゃない。商談会でもない。ましてや人体改造の成果自慢大会でもない。普通に食事して、普通に話せ」
「質問」
エルネスタが即座に手を上げた。
「普通って何?」
「…………」
カミラは黙った。
サーシャが小さく頷く。
「分かる。私も最近、ハイセ周りでその感覚が分からなくなってきた」
「私を巻き込むな」
ハイセは普通に料理を取っていた。
◇
そして開始から十分。
カミラの願いは綺麗に砕け散った。
「キヒヒヒヒ!」
ヒルダが両手を広げ、何故か壇上でもない場所で高らかに笑う。
「新たなる時代の扉を開く、大いなる闇の歌姫! 【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】こそ、超人派会長たるこの【大博士(マグナム・オーパス)】の集大成なのだよ!!!」
「…………」
サーシャの手が止まった。
ピアソラも止まる。
レイノルドは何かを察して、少しだけ距離を取った。
「ヒルダ」
ハイセが呼ぶ。
「何だい、我が最高傑作!」
「声大きい」
「そこなのか!?」
サーシャが立ち上がった。
「コイツはマジで一回、酷い目に遭ってくれ!!!」
「失敬だね」
ヒルダは心外そうに眉を上げた。
「私は彼女の完成度を最大限評価しているだけだよ。性差転換を含む身体再構築、歌唱を媒介とした現象干渉、さらに――」
「『完成させた』みたいに言うな!!」
「身体を作ったのはヒルダだよ」
「ハイセは黙ってろ!!!」
サーシャの怒声が飛ぶ横で、エルネスタは紅茶を飲みながら静かに笑っていた。
(その世界線は、とうの昔にお亡くなりになったんだよねぇ)
口には出さない。
さすがのエルネスタにも、それくらいの生存本能はあった。
◇
「まあまあ、今日は懇親会なんでしょう?」
それを収めたのはシルヴィアだった。
白金を基調とした衣装の裾を軽く揺らしながら、彼女は機嫌良さそうに微笑む。
「せっかくだから楽しくしましょうよ」
「リューネハイムはまともだな」
サーシャが少し安心した。
「それにしても」
シルヴィアは自分の装備を見下ろす。
「やっぱりこの新型オーガルクス、もう私のお気に入りかな 」
「…………」
サーシャが。
ゆっくり。
ハイセを見る。
「ハイセ」
「何?」
「やっぱり一回話し合うべきだ!!!」
「俺に言われても困る」
「何故だ!」
「無くしたと思ったら、知らない間にパクられてたんだよ」
「ちょっと」
シルヴィアが頬を膨らませる。
「“パクった”は酷くない?」
「俺、渡した記憶ないけど」
「結果的にはね?」
「結果的に?」
ピアソラが顔を引きつらせた。
「作った本人が何故匙を投げるのですか!?」
「もうシルヴィア専用になってるし」
「だから何で諦めてるのよ!」
《女神の羽衣(フレイア=プロト)》。
感応増幅を主軸とする新型オーガルクスで、シルヴィアとの相性は異常なほど良い。もはや返却させるより、そのまま正式運用へ移した方が合理的なのは事実だった。
合理的ではある。
だが。
サーシャの情緒には何の配慮もない。
◇
「そもそも」
サーシャは装備を睨む。
「その材料は何なんだ?」
「ブラックエンシェントドラゴンの竜核」
ハイセが答える。
「……ドラゴン?」
「うん」
「どこで手に入れた」
「昔、素材採取に行った時」
「場所は?」
「サーシャに教えてもらったところ」
「…………」
サーシャが止まった。
ピアソラ。
レイノルド。
ロビン。
タイクーン。
全員が。
ゆっくり。
サーシャを見る。
「待て」
サーシャが両手を上げた。
「私は素材がある場所を教えただけだ!」
「でもそこにドラゴンいた」
「知らなかったんだよ!!」
「しかもブラックエンシェント」
「知らないって言ってるだろ!!!」
ピアソラが静かに問いかける。
「サーシャ」
「何だ!」
「結果的に、その竜核がリューネハイムの花嫁衣装になったの?」
「私のせいじゃない!!!」
会場に響いた叫び声へ、シルヴィアだけが楽しそうに笑った。
「私は気に入ってるわよ?」
「それが一番複雑なんだ!!!」
◇
その騒ぎが少し落ち着いた頃。
今度はエルネスタが、ピアソラの手元を見つけた。
「あ、それ使ってるんだ?」
「何が?」
「スキンケア」
「…………」
ピアソラの動きが僅かに止まった。
「どうだった?」
「まあ」
「まあ?」
「……悪くないわよ」
「毎日?」
「普通に使ってる」
サーシャが振り向く。
「毎日!?」
「何であんたが驚くのよ!」
「ハイセが作ったやつだろ!」
「美容品に罪はないでしょうが!!」
「ウォークマンは!?」
「…………」
ピアソラが黙る。
「ピアソラ?」
ハイセが首を傾げる。
「……使ってるわよ」
「どれくらい?」
「毎日」
「毎日!?」
今度はハイセまで驚いた。
「音質確認よ!!」
「毎日?」
「うるさいわね!!」
ピアソラは顔を赤くしてウォークマンをバッグへ戻した。
「別にいいでしょう。耳は疲れにくいし、周囲の音も必要な分だけ残せるし、音量も勝手に調整してくれるし……」
「かなり気に入ってるじゃん」
「性能評価よ!」
「歌は?」
「…………」
「ハイセ」
ピアソラが目を細める。
「何?」
「それ以上聞いたら殴るわよ」
「はい」
最近のハイセは。
こういう撤退判断だけは早かった。
◇
「そういえばさぁ」
エルネスタが言った。
「何?」
「プレゼントといえば」
嫌な笑顔だった。
カミラが遠くから見て、顔をしかめる。
「エルネスタ」
「何?」
「やめろ」
「まだ何も言ってないよ?」
「その顔で分かる」
しかし。
遅かった。
エルネスタはバッグから、一冊の冊子を取り出した。
「これ、みんな見た?」
テーブルに。
置く。
表紙。
《Yami_Q_ray Visual Collection》
「…………」
サーシャが止まった。
ピアソラも止まった。
レイノルド。
ロビン。
タイクーン。
プレセア。
全員の視線が。
ゆっくり。
表紙へ。
そして。
ハイセへ。
「何だこれ」
レイノルドが最初に聞いた。
「写真集」
「誰の?」
「俺」
「それは見れば分かる」
表紙には。
《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を構えたハイセ。
別ページには。
ステージ衣装。
普段着。
研究時。
戦闘装備。
どれも露出を売りにしたものではなく、ファッションと戦闘美を中心にまとめたビジュアル冊子だった。
「……普通に出来が良いな」
タイクーンがページをめくる。
「撮影誰?」
「エルネスタとか」
「企画も私♪」
「やっぱりお前か」
カミラが呆れた。
◇
そして。
サーシャは。
何かに気づく。
「待て」
「何?」
ハイセを見る。
「これ、何のために作ったんだ?」
「お礼」
「誰への」
「綾斗」
「…………」
空気が。
変わった。
「天霧綾斗?」
「うん」
「何のお礼だ」
「電車の本」
「…………」
今度こそ。
【セイクリッド】全員が。
ものすごく。
複雑な顔をした。
◇
「ちょっと待って」
ピアソラが眉間を押さえる。
「整理させて」
「うん」
「天霧綾斗って、あの剣士よね?」
「うん」
「前に戦闘記録も貰った?」
「貰った」
「それを家宝扱いしてる?」
「永久保存」
「で」
ピアソラは冊子を持ち上げる。
「今度は電車の本を貰ったお礼として、自分の写真集を渡した?」
「うん」
「…………」
ピアソラがレイノルドを見る。
「どう思う?」
「俺に聞くな」
「ロビン」
「複雑」
「タイクーン」
「かなり複雑」
「プレセア」
「……綾斗という人、相当ハイセに好かれているのね」
「違う!!」
サーシャが叫んだ。
「何が違うの?」
プレセアが首を傾げる。
「知らん! だが何か違う!!」
◇
レイノルドが、冊子を一枚めくる。
「でもこれ、普通にいい写真だな」
「でしょ?」
エルネスタが嬉しそうに言う。
「ここのウォーレ=ザイン構えてるやつとか」
「構図が綺麗ね」
ロビンも覗く。
「……綾斗、これ貰ってどうしたんだ?」
「喜んでた」
ハイセが言った。
「何て?」
「『すごく綺麗に撮れてるね』って」
「…………」
サーシャの顔から。
何かが。
消えた。
「サーシャ?」
ピアソラが覗き込む。
「大丈夫?」
「何が」
「今、魂が半分抜けたけど」
「抜けてない」
「完全に抜けてたわよ」
「照明だ」
「魂の抜け方を照明のせいにするな」
◇
ヒジリが横から冊子を覗く。
「へぇ。ハイセ、こういうのやってんだ」
「アイドル活動」
「アタシも一冊欲しい」
「いいよ」
「軽い!」
サーシャがまた立ち上がる。
「何で配るんだ!」
「商品じゃなくて宣伝用だから」
「なら尚更誰にでも渡すな!」
「別にいいじゃん」
「よくない!」
ピアソラが小さく呟く。
「もうサーシャが何に怒ってるのか、本人も分かってなさそう」
「聞こえてるぞ!」
「聞かせてるのよ!」
◇
「ちなみに」
エルネスタが。
さらなる爆弾を落とす。
「綾斗くんのところには初版が行ってるよ」
「初版?」
サーシャが聞き返す。
「そう。保存用ケース付き」
「…………」
「ハイセが『大事な物だから』って」
「それ電車の本じゃないのか!?」
「両方」
「両方!?」
ハイセは。
不思議そうに首を傾げる。
「貰ったもの大事にするの普通じゃない?」
「普通だけど!!!」
「じゃあ何で怒ってるの?」
「それが分からないから余計腹が立つんだ!!」
この時点で。
サーシャ自身も。
だいぶ混乱していた。
◇
「いい加減にしろ!」
ついにカミラが。
全員へ声を飛ばした。
「今日は懇親会だ!」
「懇親してるよ?」
エルネスタが答える。
「どこがだ!」
「かなり距離縮まったと思うけど」
カミラが周囲を見る。
ヒルダはプレセアの【ランビリス】を観察している。
ヒジリは【ケリードーン】の射撃モードについてロビンに説明している。
ピアソラは何だかんだでエルネスタにウォークマンの追加設定を聞いている。
レイノルドとタイクーンは冊子を見ながら「これは綾斗が誤解されても仕方ない」と勝手に議論を始めている。
サーシャだけは。
まだ。
複雑な顔をしていた。
「…………」
カミラは。
小さく息を吐いた。
「まあ」
「何?」
ハイセが見る。
「……結果だけ見れば、懇親会ではあるか」
「でしょ?」
「納得したくない」
◇
少しして。
騒ぎも。
ようやく。
落ち着く。
テーブルには食べ終えた皿。
飲み物。
誰かが置いたままの端末。
そして。
半開きのまま。
『Yami_Q_ray Visual Collection』。
サーシャは。
少し離れた場所から。
ハイセを見る。
カミラと。
何か研究の話をしている。
エルネスタが。
途中から割り込む。
ヒルダまで。
何か言い始める。
ハイセは。
面倒そうな顔をしながらも。
楽しそうだった。
少し先では。
シルヴィアが。
その様子を見ながら笑っている。
「…………」
サーシャは。
黙っていた。
昔。
自分達といた頃の。
ハイセではない。
知っていること。
やっていること。
好きなもの。
付き合う人間。
全部。
増えていた。
◇
「何見てるの?」
ピアソラが隣へ来た。
「別に」
「またそれ」
「…………」
「もう『取られた』とは思ってないんでしょ?」
サーシャは。
すぐには。
答えなかった。
「……分からない」
「そう」
「でも」
少しだけ。
時間を置く。
「あいつが自分で選んだのは分かる」
カミラ。
エルネスタ。
ヒルダ。
シルヴィア。
綾斗。
オーフェリア。
その全部を。
誰かに決められたわけではない。
ハイセが。
自分で。
関わった。
「昔みたいに」
サーシャは。
静かに。
呟く。
「戻せばいいって話じゃないんだろうな」
「多分ね」
「…………」
「今のハイセと、どう付き合うか」
ピアソラが言う。
「考えるなら、そっちじゃない?」
サーシャは。
少しだけ。
笑った。
「お前、最近ハイセ寄りじゃないか?」
「違うわよ」
「ウォークマン毎日使ってるくせに」
「音質確認だって言ってるでしょうが!!」
「スキンケアも?」
「美容品に罪はない!!」
また。
声が。
大きくなる。
◇
「何?」
遠くから。
ハイセが振り返った。
「何でもない!」
サーシャが答える。
「そう?」
「お前は研究してろ!」
「言われなくても」
「それはそれで腹立つな!!」
ハイセが。
首を傾げる。
サーシャは。
また。
ため息を吐いた。
それでも。
今度は。
怒ってはいなかった。
昔のハイセを取り戻すことは。
もう出来ない。
たぶん。
する必要もない。
なら。
今ここにいるハイセと。
どんな距離で。
どう関わるのか。
それを決めるのは。
過去ではない。
サーシャ自身だった。
懇親会という名の戦場は。
最後まで。
ちっとも静かではなかった。
それでも。
少なくとも。
互いを知るという目的だけは。
どうやら。
達成されたらしい。