【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第52話 懇親会という名の戦場

 

 

 ハイベルグ王都にある迎賓館の一室には、いつもとは少し違う顔ぶれが集まっていた。

 

 名目は懇親会。禁忌迷宮攻略、世界間交流、強化型煌式武装の市場投入、そして一連の騒動がどうにか一区切りついたことを受けて、アルルカント側と【セイクリッド】が肩肘張らずに顔を合わせる場を作ろう――という、カミラ発案の比較的まともな企画だった。

 

 比較的、という言葉が必要なのは、参加者の中にエルネスタとヒルダがいるからである。

 

「最初に言っておく」

 

 料理が並んだテーブルの前で、カミラは全員を見回した。

 

「今日は研究発表会じゃない。商談会でもない。ましてや人体改造の成果自慢大会でもない。普通に食事して、普通に話せ」

 

「質問」

 

 エルネスタが即座に手を上げた。

 

「普通って何?」

 

「…………」

 

 カミラは黙った。

 

 サーシャが小さく頷く。

 

「分かる。私も最近、ハイセ周りでその感覚が分からなくなってきた」

 

「私を巻き込むな」

 

 ハイセは普通に料理を取っていた。

 

◇

 

 そして開始から十分。

 

 カミラの願いは綺麗に砕け散った。

 

「キヒヒヒヒ!」

 

 ヒルダが両手を広げ、何故か壇上でもない場所で高らかに笑う。

 

「新たなる時代の扉を開く、大いなる闇の歌姫! 【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】こそ、超人派会長たるこの【大博士(マグナム・オーパス)】の集大成なのだよ!!!」

 

「…………」

 

 サーシャの手が止まった。

 

 ピアソラも止まる。

 

 レイノルドは何かを察して、少しだけ距離を取った。

 

「ヒルダ」

 

 ハイセが呼ぶ。

 

「何だい、我が最高傑作!」

 

「声大きい」

 

「そこなのか!?」

 

 サーシャが立ち上がった。

 

「コイツはマジで一回、酷い目に遭ってくれ!!!」

 

「失敬だね」

 

 ヒルダは心外そうに眉を上げた。

 

「私は彼女の完成度を最大限評価しているだけだよ。性差転換を含む身体再構築、歌唱を媒介とした現象干渉、さらに――」

 

「『完成させた』みたいに言うな!!」

 

「身体を作ったのはヒルダだよ」

 

「ハイセは黙ってろ!!!」

 

 サーシャの怒声が飛ぶ横で、エルネスタは紅茶を飲みながら静かに笑っていた。

 

(その世界線は、とうの昔にお亡くなりになったんだよねぇ)

 

 口には出さない。

 

 さすがのエルネスタにも、それくらいの生存本能はあった。

 

◇

 

「まあまあ、今日は懇親会なんでしょう?」

 

 それを収めたのはシルヴィアだった。

 

 白金を基調とした衣装の裾を軽く揺らしながら、彼女は機嫌良さそうに微笑む。

 

「せっかくだから楽しくしましょうよ」

 

「リューネハイムはまともだな」

 

 サーシャが少し安心した。

 

「それにしても」

 

 シルヴィアは自分の装備を見下ろす。

 

「やっぱりこの新型オーガルクス、もう私のお気に入りかな 」

 

「…………」

 

 サーシャが。

 

 ゆっくり。

 

 ハイセを見る。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「やっぱり一回話し合うべきだ!!!」

 

「俺に言われても困る」

 

「何故だ!」

 

「無くしたと思ったら、知らない間にパクられてたんだよ」

 

「ちょっと」

 

 シルヴィアが頬を膨らませる。

 

「“パクった”は酷くない?」

 

「俺、渡した記憶ないけど」

 

「結果的にはね?」

 

「結果的に?」

 

 ピアソラが顔を引きつらせた。

 

「作った本人が何故匙を投げるのですか!?」

 

「もうシルヴィア専用になってるし」

 

「だから何で諦めてるのよ!」

 

 《女神の羽衣(フレイア=プロト)》。

 

 感応増幅を主軸とする新型オーガルクスで、シルヴィアとの相性は異常なほど良い。もはや返却させるより、そのまま正式運用へ移した方が合理的なのは事実だった。

 

 合理的ではある。

 

 だが。

 

 サーシャの情緒には何の配慮もない。

 

◇

 

「そもそも」

 

 サーシャは装備を睨む。

 

「その材料は何なんだ?」

 

「ブラックエンシェントドラゴンの竜核」

 

 ハイセが答える。

 

「……ドラゴン?」

 

「うん」

 

「どこで手に入れた」

 

「昔、素材採取に行った時」

 

「場所は?」

 

「サーシャに教えてもらったところ」

 

「…………」

 

 サーシャが止まった。

 

 ピアソラ。

 

 レイノルド。

 

 ロビン。

 

 タイクーン。

 

 全員が。

 

 ゆっくり。

 

 サーシャを見る。

 

「待て」

 

 サーシャが両手を上げた。

 

「私は素材がある場所を教えただけだ!」

 

「でもそこにドラゴンいた」

 

「知らなかったんだよ!!」

 

「しかもブラックエンシェント」

 

「知らないって言ってるだろ!!!」

 

 ピアソラが静かに問いかける。

 

「サーシャ」

 

「何だ!」

 

「結果的に、その竜核がリューネハイムの花嫁衣装になったの?」

 

「私のせいじゃない!!!」

 

 会場に響いた叫び声へ、シルヴィアだけが楽しそうに笑った。

 

「私は気に入ってるわよ?」

 

「それが一番複雑なんだ!!!」

 

◇

 

 その騒ぎが少し落ち着いた頃。

 

 今度はエルネスタが、ピアソラの手元を見つけた。

 

「あ、それ使ってるんだ?」

 

「何が?」

 

「スキンケア」

 

「…………」

 

 ピアソラの動きが僅かに止まった。

 

「どうだった?」

 

「まあ」

 

「まあ?」

 

「……悪くないわよ」

 

「毎日?」

 

「普通に使ってる」

 

 サーシャが振り向く。

 

「毎日!?」

 

「何であんたが驚くのよ!」

 

「ハイセが作ったやつだろ!」

 

「美容品に罪はないでしょうが!!」

 

「ウォークマンは!?」

 

「…………」

 

 ピアソラが黙る。

 

「ピアソラ?」

 

 ハイセが首を傾げる。

 

「……使ってるわよ」

 

「どれくらい?」

 

「毎日」

 

「毎日!?」

 

 今度はハイセまで驚いた。

 

「音質確認よ!!」

 

「毎日?」

 

「うるさいわね!!」

 

 ピアソラは顔を赤くしてウォークマンをバッグへ戻した。

 

「別にいいでしょう。耳は疲れにくいし、周囲の音も必要な分だけ残せるし、音量も勝手に調整してくれるし……」

 

「かなり気に入ってるじゃん」

 

「性能評価よ!」

 

「歌は?」

 

「…………」

 

「ハイセ」

 

 ピアソラが目を細める。

 

「何?」

 

「それ以上聞いたら殴るわよ」

 

「はい」

 

 最近のハイセは。

 

 こういう撤退判断だけは早かった。

 

◇

 

「そういえばさぁ」

 

 エルネスタが言った。

 

「何?」

 

「プレゼントといえば」

 

 嫌な笑顔だった。

 

 カミラが遠くから見て、顔をしかめる。

 

「エルネスタ」

 

「何?」

 

「やめろ」

 

「まだ何も言ってないよ?」

 

「その顔で分かる」

 

 しかし。

 

 遅かった。

 

 エルネスタはバッグから、一冊の冊子を取り出した。

 

「これ、みんな見た?」

 

 テーブルに。

 

 置く。

 

 表紙。

 

《Yami_Q_ray Visual Collection》

 

「…………」

 

 サーシャが止まった。

 

 ピアソラも止まった。

 

 レイノルド。

 

 ロビン。

 

 タイクーン。

 

 プレセア。

 

 全員の視線が。

 

 ゆっくり。

 

 表紙へ。

 

 そして。

 

 ハイセへ。

 

「何だこれ」

 

 レイノルドが最初に聞いた。

 

「写真集」

 

「誰の?」

 

「俺」

 

「それは見れば分かる」

 

 表紙には。

 

 《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》を構えたハイセ。

 

 別ページには。

 

 ステージ衣装。

 

 普段着。

 

 研究時。

 

 戦闘装備。

 

 どれも露出を売りにしたものではなく、ファッションと戦闘美を中心にまとめたビジュアル冊子だった。

 

「……普通に出来が良いな」

 

 タイクーンがページをめくる。

 

「撮影誰?」

 

「エルネスタとか」

 

「企画も私♪」

 

「やっぱりお前か」

 

 カミラが呆れた。

 

◇

 

 そして。

 

 サーシャは。

 

 何かに気づく。

 

「待て」

 

「何?」

 

 ハイセを見る。

 

「これ、何のために作ったんだ?」

 

「お礼」

 

「誰への」

 

「綾斗」

 

「…………」

 

 空気が。

 

 変わった。

 

「天霧綾斗?」

 

「うん」

 

「何のお礼だ」

 

「電車の本」

 

「…………」

 

 今度こそ。

 

 【セイクリッド】全員が。

 

 ものすごく。

 

 複雑な顔をした。

 

◇

 

「ちょっと待って」

 

 ピアソラが眉間を押さえる。

 

「整理させて」

 

「うん」

 

「天霧綾斗って、あの剣士よね?」

 

「うん」

 

「前に戦闘記録も貰った?」

 

「貰った」

 

「それを家宝扱いしてる?」

 

「永久保存」

 

「で」

 

 ピアソラは冊子を持ち上げる。

 

「今度は電車の本を貰ったお礼として、自分の写真集を渡した?」

 

「うん」

 

「…………」

 

 ピアソラがレイノルドを見る。

 

「どう思う?」

 

「俺に聞くな」

 

「ロビン」

 

「複雑」

 

「タイクーン」

 

「かなり複雑」

 

「プレセア」

 

「……綾斗という人、相当ハイセに好かれているのね」

 

「違う!!」

 

 サーシャが叫んだ。

 

「何が違うの?」

 

 プレセアが首を傾げる。

 

「知らん! だが何か違う!!」

 

◇

 

 レイノルドが、冊子を一枚めくる。

 

「でもこれ、普通にいい写真だな」

 

「でしょ?」

 

 エルネスタが嬉しそうに言う。

 

「ここのウォーレ=ザイン構えてるやつとか」

 

「構図が綺麗ね」

 

 ロビンも覗く。

 

「……綾斗、これ貰ってどうしたんだ?」

 

「喜んでた」

 

 ハイセが言った。

 

「何て?」

 

「『すごく綺麗に撮れてるね』って」

 

「…………」

 

 サーシャの顔から。

 

 何かが。

 

 消えた。

 

「サーシャ?」

 

 ピアソラが覗き込む。

 

「大丈夫?」

 

「何が」

 

「今、魂が半分抜けたけど」

 

「抜けてない」

 

「完全に抜けてたわよ」

 

「照明だ」

 

「魂の抜け方を照明のせいにするな」

 

◇

 

 ヒジリが横から冊子を覗く。

 

「へぇ。ハイセ、こういうのやってんだ」

 

「アイドル活動」

 

「アタシも一冊欲しい」

 

「いいよ」

 

「軽い!」

 

 サーシャがまた立ち上がる。

 

「何で配るんだ!」

 

「商品じゃなくて宣伝用だから」

 

「なら尚更誰にでも渡すな!」

 

「別にいいじゃん」

 

「よくない!」

 

 ピアソラが小さく呟く。

 

「もうサーシャが何に怒ってるのか、本人も分かってなさそう」

 

「聞こえてるぞ!」

 

「聞かせてるのよ!」

 

◇

 

「ちなみに」

 

 エルネスタが。

 

 さらなる爆弾を落とす。

 

「綾斗くんのところには初版が行ってるよ」

 

「初版?」

 

 サーシャが聞き返す。

 

「そう。保存用ケース付き」

 

「…………」

 

「ハイセが『大事な物だから』って」

 

「それ電車の本じゃないのか!?」

 

「両方」

 

「両方!?」

 

 ハイセは。

 

 不思議そうに首を傾げる。

 

「貰ったもの大事にするの普通じゃない?」

 

「普通だけど!!!」

 

「じゃあ何で怒ってるの?」

 

「それが分からないから余計腹が立つんだ!!」

 

 この時点で。

 

 サーシャ自身も。

 

 だいぶ混乱していた。

 

◇

 

「いい加減にしろ!」

 

 ついにカミラが。

 

 全員へ声を飛ばした。

 

「今日は懇親会だ!」

 

「懇親してるよ?」

 

 エルネスタが答える。

 

「どこがだ!」

 

「かなり距離縮まったと思うけど」

 

 カミラが周囲を見る。

 

 ヒルダはプレセアの【ランビリス】を観察している。

 

 ヒジリは【ケリードーン】の射撃モードについてロビンに説明している。

 

 ピアソラは何だかんだでエルネスタにウォークマンの追加設定を聞いている。

 

 レイノルドとタイクーンは冊子を見ながら「これは綾斗が誤解されても仕方ない」と勝手に議論を始めている。

 

 サーシャだけは。

 

 まだ。

 

 複雑な顔をしていた。

 

「…………」

 

 カミラは。

 

 小さく息を吐いた。

 

「まあ」

 

「何?」

 

 ハイセが見る。

 

「……結果だけ見れば、懇親会ではあるか」

 

「でしょ?」

 

「納得したくない」

 

◇

 

 少しして。

 

 騒ぎも。

 

 ようやく。

 

 落ち着く。

 

 テーブルには食べ終えた皿。

 

 飲み物。

 

 誰かが置いたままの端末。

 

 そして。

 

 半開きのまま。

 

 『Yami_Q_ray Visual Collection』。

 

 サーシャは。

 

 少し離れた場所から。

 

 ハイセを見る。

 

 カミラと。

 

 何か研究の話をしている。

 

 エルネスタが。

 

 途中から割り込む。

 

 ヒルダまで。

 

 何か言い始める。

 

 ハイセは。

 

 面倒そうな顔をしながらも。

 

 楽しそうだった。

 

 少し先では。

 

 シルヴィアが。

 

 その様子を見ながら笑っている。

 

「…………」

 

 サーシャは。

 

 黙っていた。

 

 昔。

 

 自分達といた頃の。

 

 ハイセではない。

 

 知っていること。

 

 やっていること。

 

 好きなもの。

 

 付き合う人間。

 

 全部。

 

 増えていた。

 

◇

 

「何見てるの?」

 

 ピアソラが隣へ来た。

 

「別に」

 

「またそれ」

 

「…………」

 

「もう『取られた』とは思ってないんでしょ?」

 

 サーシャは。

 

 すぐには。

 

 答えなかった。

 

「……分からない」

 

「そう」

 

「でも」

 

 少しだけ。

 

 時間を置く。

 

「あいつが自分で選んだのは分かる」

 

 カミラ。

 

 エルネスタ。

 

 ヒルダ。

 

 シルヴィア。

 

 綾斗。

 

 オーフェリア。

 

 その全部を。

 

 誰かに決められたわけではない。

 

 ハイセが。

 

 自分で。

 

 関わった。

 

「昔みたいに」

 

 サーシャは。

 

 静かに。

 

 呟く。

 

「戻せばいいって話じゃないんだろうな」

 

「多分ね」

 

「…………」

 

「今のハイセと、どう付き合うか」

 

 ピアソラが言う。

 

「考えるなら、そっちじゃない?」

 

 サーシャは。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

「お前、最近ハイセ寄りじゃないか?」

 

「違うわよ」

 

「ウォークマン毎日使ってるくせに」

 

「音質確認だって言ってるでしょうが!!」

 

「スキンケアも?」

 

「美容品に罪はない!!」

 

 また。

 

 声が。

 

 大きくなる。

 

◇

 

「何?」

 

 遠くから。

 

 ハイセが振り返った。

 

「何でもない!」

 

 サーシャが答える。

 

「そう?」

 

「お前は研究してろ!」

 

「言われなくても」

 

「それはそれで腹立つな!!」

 

 ハイセが。

 

 首を傾げる。

 

 サーシャは。

 

 また。

 

 ため息を吐いた。

 

 それでも。

 

 今度は。

 

 怒ってはいなかった。

 

 昔のハイセを取り戻すことは。

 

 もう出来ない。

 

 たぶん。

 

 する必要もない。

 

 なら。

 

 今ここにいるハイセと。

 

 どんな距離で。

 

 どう関わるのか。

 

 それを決めるのは。

 

 過去ではない。

 

 サーシャ自身だった。

 

 懇親会という名の戦場は。

 

 最後まで。

 

 ちっとも静かではなかった。

 

 それでも。

 

 少なくとも。

 

 互いを知るという目的だけは。

 

 どうやら。

 

 達成されたらしい。

 

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