暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
天霧綾斗が冒険者総合ランキング一位になった翌日。
レヴォルフ黒学院、生徒会長室。
ディルク・エーベルヴァインは、机の上に表示された報告書を無言で睨んでいた。そこには【狂乱磁空大森林】と《ドレナ・デ・スタールの空中城》を一週間で連続踏破した星導館組の実績と、回収された希少資源の一覧が並んでいる。
「…………」
「さっきからずっとその顔してるけど」
ソファへ座っていたイレーネが、やや呆れたように声を掛ける。
「そんなに綾斗が一位になったの気に食わねぇの?」
「そこじゃねぇ」
「じゃあ何だよ」
「クローディアだ」
ディルクは画面を指先で弾いた。
「強化型が市場に流れ始めた直後に、リーゼルタニアの姫さんへ報酬見せて、天霧達を異世界へ放り込んだ。結果が禁忌迷宮二つの踏破と、大量の資源確保だ」
「偶然じゃね?」
「だったらあの女は、もう少し可愛げがある」
「……ああ」
イレーネは一瞬で納得した。
◇
「つまり挑発?」
オーフェリアが静かに尋ねた。
「露骨にな」
ディルクは椅子へ深く座り直した。
「『星導館は異世界側でもこれだけ動けます』って数字を見せてきた。しかも基礎技術契約まで先に取ってやがる」
「無視すれば?」
イレーネが言う。
「したい」
ディルクは即答した。
「けど出来ねぇ」
「何で?」
「市場は実績で動く。強化型を売るだけならまだいいが、資源供給ルートまで星導館に先行されたら、今度はそっちが交渉材料になる」
ディルクは舌打ちした。
「無視したいけど出来ねぇからめんどくせぇ」
その時。
生徒会長室の端末に、新しい通信が入った。
「誰?」
「……ハイセ」
「また面倒事じゃね?」
「十中八九な」
◇
『ディルク』
「何だ」
画面の向こう。
ハイセは妙に普通の顔をしていた。
『まだダンジョンあるよ』
「…………」
ディルクの目が細くなる。
「名前」
『【破滅のグレイブヤード】』
「詳細」
『SSS級。原本だと天空城への航路を調べるために攻略する場所だったらしいけど、もう天空城攻略されたから地図は要らない』
「つまり」
『中身だけ調べられる』
数秒。
ディルクは黙った。
その後。
「場所は」
『送る』
「危険情報」
『分かってる範囲は全部』
「資源価値」
『未調査』
ディルクの口元が。
僅かに上がった。
「それでいい」
◇
「何か企んでる顔だな」
イレーネが言う。
「お前ら二人」
「お前も行くんだよ」
「は?」
「オーフェリアもだ」
「……私も?」
オーフェリアが瞬きをする。
「星導館が天霧達を出したなら、こっちも出す。だが異世界側の土地勘がねぇ」
「じゃあ誰と組むんだ?」
ディルクは。
別の通信先を開いた。
「【セイクリッド】」
「うわ」
「何だ」
「サーシャ、絶対嫌な顔するだろ」
「だから先に条件を出す」
最近のディルクは。
ハイセ達との付き合いのせいか。
妙なところで学習していた。
◇
数時間後。
ハイベルグ王国。
サーシャ達の前に映し出されたディルクは、普段と変わらず不機嫌そうだった。
『共同攻略を頼みたい』
「断る」
サーシャが即答する。
その横。
プレセアが。
静かにサーシャを見る。
「……サーシャ」
「何だ」
「遥さんに、何を教わったのだったかしら?」
「…………」
サーシャの顔が止まった。
ピアソラが吹き出しそうになるのを堪える。
「相手を見てから答えを決める、だったわね?」
「……分かってる」
サーシャは。
一度。
深く息を吸った。
「条件を聞く」
『成長したな』
「お前に言われると腹が立つ!」
◇
「目的は?」
『【破滅のグレイブヤード】の資源調査』
「攻略後の所有権は?」
『先に割合を決める』
「情報は?」
『持ってる分は全部共有』
「レヴォルフ側の戦力」
『オーフェリア。イレーネ』
サーシャの眉が少し動いた。
「……かなり本気だな」
『クローディアに先越されたからな』
「正直に言うのか」
『誤魔化して何の得がある』
サーシャは。
少しだけ。
考える。
「プレセア」
「私は構わないわ」
「ピアソラ」
「危険情報が全部出るなら」
「レイノルド」
「俺もいい」
「タイクーン?」
「資源調査なら興味ある」
サーシャは。
最後に。
通信画面を見る。
「分かった。受ける」
『話が早くて助かる』
通信が切れる。
◇
「……六学園って」
プレセアが。
少し遠い目をした。
「いつもこうなの?」
「何が?」
「星導館が二つ迷宮を攻略したら、今度はレヴォルフが別の迷宮へ行くのでしょう?」
「たぶん」
「そのうち他の学園も来るのよね?」
「たぶん」
プレセアは。
本気で。
少し引いた。
「恐ろしすぎませんこと?!」
ピアソラが頷く。
「私も最近そう思う」
サーシャは頭を抱えた。
「ハイセは何を異世界に持ち込んだんだ……」
その本人は。
別の場所で。
さらに厄介なものを動かしていた。
◇
アルルカント。
研究室。
「オークションを潰したい」
ハイセが言った。
「建物を?」
エルネスタが聞く。
「違う」
「主催者を?」
「それも違う」
ヒルダが。
面白そうに目を細める。
「なるほど」
「何が?」
エルネスタが見る。
ヒルダは笑った。
「仕組みそのものだろう?」
「うん」
ハイセは。
画面に。
【ドレナ村のオークション】と表示する。
「会場一個壊しても、別の場所でまた始めると思う」
「それなら」
エルネスタが椅子を回す。
「売れなくすればいい」
「そう」
「キヒヒヒ……」
ヒルダまで笑う。
その声を聞いて。
少し離れた場所にいたカミラが。
嫌そうに振り返った。
「最近、お前らの『潰す』は規模がおかしいぞ」
◇
ハイセは。
オークションの構造を。
単純化して並べた。
商品を集める者。
輸送する者。
会場を用意する者。
金を払う者。
裏で利益を受け取る者。
「どれか一個だけ切っても、多分また繋がる」
「なら全部同時に?」
エルネスタが聞く。
「出来る?」
「出来るかどうかじゃない」
ヒルダが楽しそうに言う。
「出来る形を作るんだよ」
カミラが。
頭を押さえた。
「マディアス・メサを落とした時に味をしめたな……」
「便利だったから」
「便利で政界工作を覚えるな!」
◇
「でも」
ハイセは。
少しだけ。
表情を変えた。
「商品が人なんだよね」
その一言で。
エルネスタの笑みも。
僅かに薄くなる。
「うん」
「なら」
ハイセは画面を見る。
「買う側も、売る側も、逃げ道なくしたい」
カミラが。
今度は。
止めなかった。
「方法は選べ」
「分かってる」
「証拠を作るな。証拠を集めろ」
「うん」
「無関係な奴を巻き込むな」
「うん」
「それと」
カミラは。
ヒルダとエルネスタを見る。
「楽しむな」
「無理じゃない?」
「努力しろ!!」
◇
ハイセ達は。
まず。
金の流れを見ることにした。
誰が買う。
誰に払う。
誰がその金を洗う。
そして。
どこへ戻る。
エルネスタが情報系統を整理し。
ヒルダが輸送経路や偽装記録を照合する。
ハイセは。
マディアス・メサの時と同じように。
盤面全体を。
一枚の図として見る。
「……ここ」
「何?」
エルネスタが覗く。
「同じ名前が三回出てる」
「ほんとだ」
「表向きは別会社だけど」
ヒルダが別資料を開く。
「所有者が同じだね」
ハイセは。
静かに。
笑った。
「じゃあここから崩せる」
「悪い顔」
エルネスタが嬉しそうに言う。
「エルネスタに言われたくない」
◇
その頃。
別の研究室。
カミラは。
巨大宝珠の解析画面を。
一人で見ていた。
八岐大蛇から回収した。
巨大な。
異常なエネルギー密度を持つ宝珠。
今まで。
何度も。
解析してきた。
エネルギー源として使うだけなら。
簡単だった。
問題は。
何故。
これほどの量を。
壊れず。
暴走せず。
循環させられるのか。
そこだった。
ANALYSIS PROGRESS:99.72%
「あと少し……」
カミラが呟く。
その横。
中央【雛形】。
静かに。
処理を続けている。
◇
ハイセが研究室へ戻ったのは。
深夜だった。
「まだやってたの?」
「お前こそ」
「オークション」
「知ってる」
カミラは。
巨大宝珠のモデルを表示する。
「見ろ」
「何?」
「エネルギーを貯めているんじゃない」
「え?」
「正確には、流し続けている」
巨大な。
循環構造。
外部から取り込み。
内部で。
安定化。
分散。
再結合。
必要な時だけ。
出力する。
「巨大だから出来る?」
「そう思っていた」
「違う?」
「違う」
カミラの目が。
輝く。
「構造だ」
◇
「だったら」
ハイセは。
すぐに。
気づく。
「小さく出来る?」
「理論上は」
「いっぱい作れる?」
「素材さえ変えれば」
「分散出来る?」
「出来る」
ハイセの。
表情が。
変わった。
「じゃあ」
「何だ」
「雛形を」
一拍。
「市場に出せる」
カミラは。
ゆっくり。
首を振った。
「違う」
「?」
「雛形を出すんじゃない」
「じゃあ?」
「雛形が作ったものを出す」
◇
中央【雛形】は。
強すぎる。
武器の原理を理解し。
学習し。
安全域を計算し。
使い手に合わせて。
最適化する。
だが。
その能力を。
そのまま市場へ流せば。
全てが。
雛形へ依存する。
「49話で言っただろ」
カミラが言う。
「私達が入口になってはいけない」
「うん」
「なら」
新しい画面。
新しい。
設計名。
そこに。
一つの単語が。
表示された。
PROJECT:CROWN
「王冠?」
ハイセが読む。
「雛形の市場版?」
「少し違う」
カミラは。
静かに笑う。
「雛形から卒業するための規格だ」
◇
各端末。
各武器。
各使用者。
それぞれが。
自分のローカル環境で。
学習する。
安全制御。
個人適応。
収束制御。
必要な機能だけ。
独立して持つ。
中央【雛形】がいなくても。
動く。
「教師がいなくても?」
「動く」
「俺達がいなくても?」
「動く」
「アルルカントがなくなっても?」
「規格が残ればな」
ハイセは。
画面を見る。
「それなら」
「何だ」
「やっと選択肢になる」
カミラは。
頷いた。
◇
中央【雛形】へ。
確認要求。
カミラが入力する。
PROJECT CROWN
CENTRAL DEPENDENCY REDUCTION
LOCAL AUTONOMY:MAXIMUM
MARKET RELEASE PROTOCOL:PREPARING
数秒。
処理。
そして。
一行。
SYSTEM RESPONSE:APPROVED
「……自分が要らなくなるのに」
ハイセが言う。
「承認したね」
「それでいいんだろ」
カミラが答える。
「雛形は王様じゃない」
「先生?」
「それに近い」
「じゃあ王冠は?」
カミラは。
少し考えた。
「自分の頭に、自分で載せるものだ」
◇
同じ夜。
レヴォルフ。
ディルクの端末へ。
【破滅のグレイブヤード】攻略契約。
正式受諾。
表示。
PARTY:SACRED
SUPPORT:OPHELIA / IRENE
「よし」
ディルクは。
画面を閉じる。
その直後。
別の通知。
星導館。
資源流通量。
増加。
「…………」
「またクローディア?」
イレーネが聞く。
「ああ」
「機嫌悪ぃな」
「悪くねぇ」
「顔が悪い」
「元からだ」
「それはそう」
「ぶっ飛ばすぞ」
◇
ハイベルグ。
サーシャ達も。
出発準備をしていた。
プレセアは。
専用武装となった【ランビリス】を。
静かに。
確認する。
「ディルク」
『何だ』
「一つだけ」
『言え』
「星導館より先に資源を取れたら」
『利益になる』
「取れなかったら?」
『次を探す』
「…………」
プレセアは。
少し。
笑った。
「やっぱり恐ろしい世界ね」
『今さらかよ』
◇
そして。
ドレナ村。
夜。
表向きには。
何も変わらない。
だが。
一つ。
また一つ。
オークションに関わる。
裏の口座が。
凍結されていく。
輸送業者が。
契約を切る。
買い手の一人が。
突然。
姿を消す。
売り手の一人が。
取引記録を。
持って。
別の場所へ向かう。
まだ。
誰も。
気づかない。
ただ。
盤面の下から。
支えが。
少しずつ。
抜かれていた。
◇
「始まったね」
エルネスタが言う。
「うん」
ハイセは。
ドレナ村の地図を見る。
「建物壊さないの?」
「最後まで要らなかったらね」
ヒルダが。
楽しそうに笑う。
「実に文明的だ」
カミラが。
遠くから。
聞いていた。
「お前が言うと不穏なんだよ!!」
ハイセは。
小さく笑った。
クローディアは。
禁忌迷宮へ。
駒を置いた。
ディルクは。
別の禁忌迷宮へ。
先回りした。
ハイセは。
人を商品として扱う盤面そのものを。
下から壊そうとしている。
そして。
中央【雛形】は。
自分が握っていた。
武器の未来を。
市場へ。
手放そうとしていた。
それぞれ。
違う目的。
違う方法。
それでも。
今。
同じ世界で。
同時に。
盤面が。
動き始めている。
巨大宝珠。
解析率。
99.98%
そして。
次の通知。
PROJECT CROWN
PROTOTYPE BUILD――READY
【雛形】が。
【王冠】になる日は。
もう。
すぐそこまで。
来ていた。