暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
【破滅のグレイブヤード】攻略当日。
ハイベルグ王都の転移門前には、【セイクリッド】の面々と、レヴォルフ黒学院から派遣されたオーフェリア、イレーネの姿があった。
「改めて確認する」
サーシャは全員を見渡した。
「今回の目的は攻略そのものより資源調査。無理に最奥まで進む必要はない。危険度が想定を超えた場合は撤退する」
「異議なし」
イレーネが肩を回す。
「でもよ、レヴォルフが金出してんだから、ある程度は持って帰らねぇとディルクがうるせぇぞ」
「撤退判断に口を挟むなら依頼を降りる」
『好きにしろ』
通信端末から即座にディルクの声が返ってきた。
『死なれて取り分ゼロになる方が損だ』
「本当に分かりやすいな、お前は」
『褒め言葉として受け取っとく』
サーシャは苦笑した。
少し前までなら、レヴォルフからの依頼というだけで拒絶していたかもしれない。だが今は、相手の目的も条件も確認したうえで、自分達で答えを選んでいる。
「行こう」
サーシャの号令で、一行は転移門へ入った。
◇
その頃。
ハイセはまったく別の場所にいた。
ドレナ村。
街の表側は、いつもと変わらない。旅人が行き交い、商人が店を開き、宿屋から料理の匂いが漂っている。
だが地下では、数時間後に大規模なオークションが始まる予定だった。
その商品。
すべて。
人間、亜人、魔族。
「準備どう?」
ハイセが小声で尋ねる。
隣にいるエルネスタが端末を確認する。
「資金ルート、六割停止。輸送業者は主要三社が離脱。買い手側にも匿名で証拠送付済み」
「逃げた?」
「半分くらい」
「残りは?」
「自分だけは大丈夫だと思ってる人達♪」
「一番面倒なやつ」
「だから面白いんじゃん」
少し離れた場所で、ヒルダが携帯端末を操作していた。
「偽装名義の照合も完了したよ。表向き別会社だった七組織、実質的には同じ資金源だ」
「証拠として使える?」
「問題ない」
「じゃあ全部出す」
ヒルダが嬉しそうに笑う。
「キヒヒ……随分と文明的な破壊活動だね」
「建物壊してないから」
「そういう問題じゃないと思うよ?」
◇
オークション開始一時間前。
一つ目の異変。
主催組織の口座が凍結された。
次。
会場へ商品を運ぶ予定だった輸送業者が、契約解除を通告。
さらに。
裏帳簿。
名簿。
取引記録。
過去の支払い履歴。
その全てが、一斉に複数の組織へ送付された。
国。
ギルド。
商業組合。
さらに、互いに競合する裏組織へまで。
「……競合にも送ったの?」
ハイセが聞く。
「当然♪」
「何で?」
「正義だけで潰すより、利害も使った方が早いでしょ?」
エルネスタは悪びれない。
「『あそこに関わったら自分達まで巻き込まれる』って思わせれば、次から取引相手が消える」
「なるほど」
「納得するな!」
通信越しにカミラが怒鳴った。
『お前ら、必要以上に楽しんでないだろうな!?』
「仕事だよ」
『エルネスタは笑ってるぞ!』
「元から」
『そこじゃない!!』
◇
開始予定時刻。
オークションは。
始まらなかった。
買い手の多くが来ない。
売り手の一部は商品を置き去りにして逃げた。
主催者は資金を動かせず、警備費すら払えない。
そして。
決定打。
会場へ。
ハイベルグ側の治安部隊と冒険者ギルドの合同部隊が突入した。
「全員、武器を捨てろ!」
「何故ここが――!」
「証拠は全部押収する!」
抵抗。
数名。
しかし。
警備側は。
もう。
まともに戦う気がなかった。
報酬が止まっているからだ。
「……ほんとに崩れた」
ハイセが呟く。
「組織って、案外お金で繋がってるからね」
エルネスタは冷静だった。
「止める場所さえ分かれば早いよ」
ヒルダが肩を竦める。
「マディアス・メサの時と同じだ。人間は構造を作り、その構造に依存する。なら壊すべきは人ではなく構造さ」
「お前が言うと悪役なんだよなぁ……」
ハイセが呟いた。
◇
会場地下。
商品として扱われていた者達が、一人ずつ外へ出されていく。
誰もが。
怯えていた。
その中。
隅の檻に。
二人。
寄り添うように座っていた。
「……魔族?」
ハイセが近づく。
姉らしい少女が、弟を庇うように前へ出た。
「来ないで」
声が震えている。
「大丈夫」
「信じない」
「信じなくていいよ」
ハイセは檻の前で止まった。
「とりあえず、ここから出る?」
「…………」
少女は。
ハイセを見る。
見た目は自分達と違う。
人間。
だが。
周囲の兵士達は。
この女へ指示を求めるように視線を送っている。
「……代わりに何をするの?」
「何もしなくていい」
「嘘」
「じゃあ」
ハイセは。
少し考えた。
「外に出た後、自分で決めて」
◇
檻が開く。
二人は。
なかなか動かなかった。
「名前は?」
ハイセが聞く。
少女が。
警戒しながら。
答える。
「……シムーン」
「そっちは?」
「イーサン」
弟が、小さく姉の服を掴む。
「俺、ハイセ」
「知ってる」
「何で?」
「歌ってた」
「…………」
ハイセが。
少しだけ。
目を丸くする。
「見たことある?」
「映像で」
シムーンは。
まだ警戒している。
「じゃあ」
ハイセが笑う。
「自己紹介いらなかったね」
イーサンが。
ほんの少し。
笑った。
◇
その日の夕方。
保護された者達には、それぞれ滞在場所や帰還先が用意された。
だが。
シムーンとイーサンだけは。
行く場所がなかった。
「故郷には?」
「戻れない」
シムーンが答える。
「どうして?」
「……色々あるから」
それ以上。
ハイセは聞かなかった。
「じゃあ」
「何?」
「学校来る?」
「…………は?」
「アルルカント」
シムーンが。
本気で。
理解出来ない顔をした。
「学校って」
「学校」
「私達、魔族よ?」
「知ってる」
「人間じゃない」
「それも知ってる」
「……いいの?」
「俺に聞かれても」
「誰に聞けばいいのよ!」
後ろから。
エルネスタが割り込む。
「入学試験かな♪」
「軽い!」
◇
もちろん。
実際には軽くなかった。
世界間交流枠。
身元保証。
魔族としての能力検査。
生活環境。
法的身分。
アルルカント内部でも、複数の調整が必要だった。
だが。
ヒルダが言った。
「研究対象として――」
「駄目」
ハイセが即座に止める。
「まだ何も言っていないが?」
「言う前から分かる」
「失敬だね」
エルネスタが笑う。
「ジークフリート事件で学習したね」
「した」
ハイセは。
シムーンとイーサンを見る。
「学校へ来るかは二人が決めて。研究に協力する必要もない」
「何もしなくていいの?」
「勉強はする」
「そこはするんだ」
「学校だから」
シムーンは。
隣のイーサンを見る。
「どうする?」
イーサンは。
少しだけ。
迷ってから。
「ハイセと一緒がいい」
「…………」
シムーンも。
小さく息を吐いた。
「私も」
「じゃあ決まり」
ハイセが笑った。
◇
一方。
【破滅のグレイブヤード】。
攻略開始から六時間。
「左!」
サーシャの声。
オーフェリアが。
言われるより早く。
敵を消し飛ばす。
「……私が言う必要あったか?」
「なかった」
オーフェリアは淡々としている。
「なら先に言え!」
「聞かれてない」
イレーネが笑う。
「気にすんなよ。こいつこういう奴だから」
「お前にフォローされると余計不安なんだが」
プレセアは。
専用【ランビリス】を展開。
複数の構造体が。
盾となり。
次の瞬間。
刃となる。
「右側、鉱石層があるわ」
タイクーンが確認する。
「記録しておこう」
サーシャが頷く。
「攻略より、資源情報優先だ」
以前なら。
敵を倒して。
前へ。
それだけだった。
今は。
目的に合わせて。
進み方そのものを。
選んでいる。
◇
さらに数時間後。
休憩中。
サーシャの端末へ。
大量の通知が届いた。
「何だ?」
開く。
一件目。
ドレナ村・違法オークション摘発
二件目。
大規模奴隷取引網、複数組織へ捜査
三件目。
アルルカント、新規異世界留学生二名受け入れ調整へ
「…………」
サーシャが。
止まる。
「どうした?」
ピアソラが覗く。
「……ハイセ」
「何したの?」
「私達がここに来てる間に」
もう一度。
記事を見る。
「奴隷オークション潰して、裏組織の資金網潰して、魔族の双子拾って、アルルカントに編入させようとしてる」
「…………」
全員。
少し。
黙った。
イレーネが。
小声で。
「仕事早くね?」
サーシャが。
天井へ向かって。
叫んだ。
「私達がダンジョン攻略している間にいくつも陰謀を企てるなぁぁぁぁ!!!」
墓地全体へ。
声が。
よく響いた。
「魔物寄ってくるわよ!」
ピアソラが怒鳴る。
「全部ハイセが悪い!!」
「今叫んだのはあんたでしょ!!」
◇
その夜。
王都。
ガイストも。
同じ報告を読んでいた。
「…………」
ハイセ。
エルネスタ。
ヒルダ。
三人が。
何故か。
目の前に正座している。
「誰が」
ガイストが。
静かに。
聞く。
「誰がここまでしろと言った?」
「誰も」
ハイセが答える。
「聞いてない!!」
「でもオークション止まったよ」
「それは良い!」
「なら」
「方法と規模の話をしている!!」
エルネスタが。
小さく手を上げる。
「ちなみに資金網はまだ半分くらい追跡出来るよ?」
「今増やすな!!」
ヒルダも続く。
「輸送系統の残存組織についても――」
「だから増やすな!!!」
ガイストは。
机へ突っ伏した。
「何故お前達は、一つ頼むと十までやる……」
「効率いいから?」
「ハイセ」
「何?」
「黙れ」
「はい」
◇
説教後。
アルルカント。
シムーンとイーサンには。
一時的な生活スペースが用意された。
研究室。
寮。
食堂。
何もかもが。
二人には。
新しかった。
「すごい……」
イーサンが。
窓の外を見る。
「街が光ってる」
「アスタリスクだからね」
ハイセが答える。
シムーンは。
少しだけ。
緊張しながら。
室内を見る。
「ここで……学校生活?」
「うん」
「私達が?」
「うん」
「本当に変な人ね」
「よく言われる」
◇
その時。
イーサンが。
突然。
窓の外を見た。
「……変」
「何が?」
「空間」
ハイセの表情が。
少し変わる。
「分かるの?」
「何となく」
シムーンも。
外を見る。
「魔力の流れが少し歪んでる」
「どのくらい?」
「説明しにくい」
「じゃあ」
ハイセは。
端末を取り出す。
「あとで見せてもらっていい?」
シムーンが。
一瞬。
身構える。
ハイセは。
すぐに続けた。
「嫌ならいい」
「…………」
「研究に協力しなくても、学校にはいられる」
シムーンは。
ハイセを見る。
少しして。
「……手伝う」
「いいの?」
「助けてもらったから、じゃない」
「うん」
「私が興味あるから」
ハイセは。
少し。
笑った。
「分かった」
◇
その会話を。
少し離れた場所で。
ヒルダが聞いていた。
「空間歪曲の感知」
「使えそう?」
ハイセが聞く。
「何に?」
「ダンジョン」
「…………」
ヒルダの目が。
細くなる。
「発生前の?」
「うん」
「中央【雛形】を使う?」
「使わない」
「何故?」
「ログ残るから」
ヒルダが。
楽しそうに。
笑った。
「カミラに知られたくない?」
「まだ」
「キヒヒ……」
ヒルダは。
研究室の奥へ。
歩き出す。
「なら、ちょうどいいものがある」
「何?」
「古いバックアップだよ」
端末。
認証。
深い階層。
誰も。
普段は触れない。
保存領域。
そこに。
一つの名前。
SIREN-Δ SYSTEM
「セイレーン……デルタ?」
「【雛形】が《武器マスター》を取り込む前のバックアップだ」
ハイセは。
画面を見る。
「カミラ知ってる?」
「知らない」
「…………」
「使うかい?」
ヒルダが。
笑う。
ハイセも。
少しだけ。
笑った。
「借りる」
◇
中央研究室。
その頃。
カミラは。
一人。
【王冠】の試作データを見ていた。
PROJECT CROWN
PROTOTYPE STABILITY:98.7%
「あと少し……」
その顔は。
穏やかだった。
まさか。
同じ建物の。
別の研究室で。
自分の知らない旧システムが。
再起動されようとしているなど。
知る由もない。
そして。
ハイセの端末。
SIREN-Δ SYSTEM
LOCAL MODE
NETWORK:OFF
BOOT――
画面が。
静かに。
光る。
オークションは。
終わった。
シムーンとイーサンには。
新しい場所が出来た。
【破滅のグレイブヤード】では。
サーシャ達が。
未知の資源へ。
足を踏み入れている。
そして。
その裏側で。
ハイセは。
また。
一つ。
誰にも見えない。
新しい盤面を。
開こうとしていた。