暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
ディルクがアルルカントへ到着したのは、ハイセから連絡を受けて一時間も経たない頃だった。
普段なら相手を自分のところへ呼びつける男が、自ら研究区画まで足を運んでいる。それだけで、今回の話をどれほど重く見ているのかは十分に分かった。
「で?」
椅子へ腰掛けるなり、ディルクは本題へ入った。
「ダンジョンが生まれる前ってのは、どういう意味だ」
「これ」
ハイセが端末を差し出す。
画面には、過去数百件分の発生記録から導き出された予測モデルが表示されていた。
A-RANK PREDICTION:91.8%
S-RANK PREDICTION:87.6%
ディルクの目が細くなる。
「……冗談じゃねぇんだな」
「冗談なら呼ばないよ」
「どうやった」
「秘密」
「俺と組みたい奴が最初から隠し事か?」
「仕組みまで全部渡したら、交渉材料なくなるでしょ」
数秒。
ディルクが鼻で笑った。
「最近、本当に誰に似たんだろうな」
「ディルク?」
「俺のせいにすんな」
◇
ヒルダは少し離れた場所で、二人の会話を聞いていた。
中央【雛形】から完全に切り離されたローカル端末。その内部では【セイレーンデルタシステム】が、シムーンとイーサンから得た魔力・空間感知データを加えてさらに精度を上げ続けている。
「つまり」
ディルクは腕を組んだ。
「A級かS級が発生しそうな場所を、先回りして押さえられる」
「うん」
「発生する瞬間まで待機させて」
「出たら攻略する」
「偶然居合わせたように見せる」
「そう」
ディルクの顔から、徐々に苛立ちとは別の色が消えていった。
「……市場独占出来るぞ」
「出来るね」
「高ランクダンジョンの資源を、出た瞬間から片っ端から取れる。競合が気付いた時には、もう全部終わってる」
「でも」
ハイセは首を振った。
「別に全部のダンジョンを片っ端から押さえる必要はない」
ディルクが眉を上げる。
「じゃあどうする?」
◇
「AかSが出る条件も割り出せた」
ハイセは新しい地図を表示した。
赤。
黄。
青。
複数の候補地点が、確率とともに表示されている。
「予測の段階で人員を待機させる。出た瞬間に偶然を装って攻略してもらう」
「レヴォルフだけで?」
「最初は」
「最初?」
「何ヶ所かだけ」
ディルクが黙る。
ハイセは続けた。
「全部取ったら露骨だから。何個かは見送る。他の冒険者や学園にも普通に攻略させる」
「……シェアを意図的に抑えるのか」
「うん」
「そうすれば、不自然さも薄くなる」
「それに」
ハイセは少し笑った。
「誰も俺達の市場独占を疑わない」
ディルクが。
そこで初めて。
本気でハイセを見る。
「……お前」
「何?」
「一回サーシャに木刀で殴ってもらった方がいいんじゃねぇか?」
「何で?」
「何でもねぇ」
◇
だが。
ディルクはすぐに違和感へ気づいた。
「待て」
「何?」
「それだけじゃねぇだろ」
ハイセは黙る。
「お前が本当に独占したいなら、こんなこと俺に喋る必要がねぇ。しかもシェアを抑える? らしくねぇ」
「…………」
「何が狙いだ」
ハイセは。
少しだけ。
笑った。
「やっぱり気づくね」
「馬鹿にしてんのか」
「褒めてる」
「なら続けろ」
◇
ハイセは地図を閉じた。
「でも流石に気付くヤツは気付くぞ?」
ディルクが言う。
「気付かせることが目的」
「……どういう意味だ?」
「先ずは『これは威嚇射撃だ』って向こうに気取らせる」
「向こうってのは?」
「クローディアとか。他の学園とか。ハイベルグ側の商人も」
ディルクは黙って聞く。
「たまたま一回なら偶然。二回なら運が良かった。でも三回、四回と、発生直後の高ランクダンジョンに先回りしたら――」
「誰かが気付く」
「うん」
「で?」
「そのタイミングで」
ハイセは。
自分を指差した。
「歌姫としての名前を使って、この仕組みを発表する」
ディルクの目が。
変わった。
◇
「発生予測を公開する?」
「全部じゃない。危険な部分や解析核は伏せる。でも、予測が出来ること自体と、評価済みの候補地点は公開する」
「そうしたら」
「早い者勝ちが始まる」
「……いや」
ディルクが。
途中で。
気づいた。
「不利に……ならねぇな」
ハイセが笑う。
「むしろ最高だ」
「気づいた?」
「ダンジョンを競売式にして、新たなフェアステージを作るって訳だな」
ハイセが頷いた。
「アスタリスクの技術が異世界に認知されたことで、ダンジョンの価値が跳ね上がったからね」
以前なら。
ダンジョンは。
見つけた者が。
攻略するものだった。
だが。
今は違う。
希少鉱石。
高密度魔力資源。
未知素材。
技術研究。
異世界側だけでなく。
六学園。
企業。
国家。
全てが。
価値を見出し始めている。
◇
「単純な最高額落札じゃ駄目だな」
ディルクが言う。
「何で?」
「金持ってる奴だけが全部取る市場になる」
「じゃあ?」
「価格だけじゃなく、安全実績、攻略能力、現地還元、共同参加枠……そこまで点数化する」
「共同攻略?」
「禁忌級やSSS級は一組織だけに渡す方がリスクだ。主導権は一つに与えても、複数枠を残す」
「なるほど」
「現地側にも資源配分を保証する。六学園だけで食ったら、数年後にはゲートごと閉じられるぞ」
ハイセは。
しばらく。
ディルクを見る。
「すごいね」
「商売舐めんな」
「じゃあ調整は?」
ディルクは。
口元を吊り上げた。
「面白ぇ。調整は任せろ」
「助かる」
◇
「ただし」
ディルクが指を立てる。
「フェアって言葉を勘違いすんな」
「?」
「完全に平等な市場なんざ存在しねぇ。資金も戦力も技術も違う」
「じゃあフェアじゃない?」
「違う」
ディルクは。
画面に。
一本の線を引く。
「ルールが見えてることだ」
「ルール?」
「誰が何を条件に選ばれたか。何を払って、何を得たか。他の奴にも次の機会があるか。それが見えるなら競争になる」
ハイセは。
その言葉を。
少し考えた。
「見えないところで俺達だけ先に取るのは?」
「威嚇射撃の間だけだ」
「うん」
「その後はやめる」
「うん」
「なら」
ディルクが笑う。
「十分商売になる」
◇
その頃。
【破滅のグレイブヤード】。
サーシャ達は。
最奥の扉を。
開けていた。
そこにあったのは。
巨大な。
地下墓所。
そして。
中央。
守るように立つ。
複数の。
異形。
「来るわ」
プレセアが。
【ランビリス】を展開する。
「分かってる」
サーシャは。
剣を構える。
だが。
すぐには。
飛び込まない。
「オーフェリア」
「左?」
「ああ」
「イレーネは右」
「了解!」
「プレセアは中央の防御。レイノルドは後ろから来る奴を止めてくれ」
「任せろ!」
サーシャは。
全員を。
見る。
敵を見る。
そして。
最後に。
自分の役割を。
決める。
「私は」
一歩。
前へ。
「一番奥を斬る!」
戦闘。
開始。
◇
オーフェリアの瘴気が。
左翼を。
押し潰す。
イレーネが。
右から。
正面へ。
敵を引き付ける。
【ランビリス】。
複数の盾。
サーシャの前へ。
道を。
作る。
「今!」
「分かってる!」
サーシャ。
駆ける。
以前なら。
自分で。
道を作っていた。
今は。
仲間が作った。
道を。
使う。
中央。
守護者。
その一瞬の。
隙。
「――っ!」
斬撃。
深く。
入る。
崩れる。
◇
戦闘終了。
「……終わった?」
イレーネが聞く。
「多分な」
サーシャは。
剣を。
下ろした。
傷は。
少ない。
時間も。
想定より。
短い。
「前より楽だったわね」
ピアソラが言う。
「敵が弱かった?」
ロビンが聞く。
「違うわ」
プレセアが。
サーシャを見る。
「こちらが無駄なことをしなかったからでしょうね」
「…………」
サーシャは。
少しだけ。
気まずそうに。
顔を逸らした。
「褒められるの、慣れないな」
「なら慣れなさい」
「努力する」
◇
墓所の最奥。
原作であれば。
天空城の航路を示す。
重要な地図が。
残されている場所。
だが。
天空城は。
もう。
攻略済み。
「これが地図?」
タイクーンが広げる。
「かなり精密ね」
プレセアが見る。
「でも」
サーシャが。
少し遠い目をする。
「もう使い道ないな」
「綾斗達が先に攻略したからね」
ピアソラが言う。
「……また天霧」
「今は叫ばないで」
「分かってる!」
代わりに。
彼女達は。
墓所内部へ。
視線を向ける。
未知鉱石。
古代術式。
保存された。
魔力結晶。
ディルクが。
本当に欲しかったもの。
「地図じゃなくて」
サーシャが。
笑う。
「こっちが本命だな」
◇
アルルカント。
話は。
もう一段。
深くなる。
「で」
ディルクが。
ハイセを見る。
「俺にそこまで美味い話を持ってきた理由は?」
「…………」
「ただの善意とか言ったら帰るぞ」
「言わないよ」
「だろうな」
ディルクは。
笑っていない。
「何が望みだ?」
ハイセは。
少し。
黙った。
ヒルダが。
楽しそうに。
見ている。
「セイレーン計画を再開する」
ディルクは。
一瞬。
止まった。
それから。
深く。
椅子へ背を預けた。
「…………」
「驚いた?」
「いや」
ディルクは。
むしろ。
呆れたように。
息を吐いた。
「やっとかよ」
◇
「待ってたの?」
「お前が戻ると思ってた」
「何で?」
「一回完成した身体に満足して終わる顔してねぇからだ」
ハイセは。
自分の手を見る。
Yami_Q_ray。
歌。
星脈世代の身体。
そこへ。
さらに。
何を。
求めるのか。
「前と同じ計画じゃないよ」
「当然だ」
「本人の同意」
「ああ」
「事前シミュレーション」
「必要だ」
「不可逆領域は先に全部出す」
「そうしろ」
「途中でやめる権利も」
「当たり前だ」
ヒルダが。
少し。
肩を竦める。
「ずいぶん私への当たりが強いね」
ディルクとハイセが。
同時に。
ヒルダを見る。
「「前科があるから」」
「失礼では?」
「事実だろ」
◇
「目的は?」
ディルクが聞く。
「俺をまた改造するわけじゃない」
「なら?」
「非星脈世代でも」
ハイセは。
言葉を。
選ぶ。
「安全に、星脈世代側へ移行出来る可能性を調べたい」
ディルクの顔が。
僅かに。
変わる。
「……本気か」
「うん」
「市場規模、分かって言ってる?」
「分からない」
「馬鹿でかいぞ」
「だからディルクに頼む」
「研究じゃなくて?」
「両方」
ディルクは。
しばらく。
黙る。
「ヒルダ」
「何だい?」
「今度勝手な真似したら、研究室ごと止める」
「怖いねぇ」
「脅しじゃねぇ」
「キヒヒ……分かったよ」
少なくとも。
返事だけは。
軽かった。
◇
そして。
もう一人。
知らない。
人物がいる。
「カミラには?」
ディルクが聞く。
ハイセ。
沈黙。
「……言ってねぇのか?」
「まだ」
「何で?」
「止めそう」
「止めるだろ」
「でしょ?」
「…………」
ディルクは。
額を。
押さえた。
「お前ら」
「何?」
「カミラに恨みでもあんのか?」
「ないよ」
「だったら少しは相談しろ」
「ディルクが言う?」
「俺ですらそう思うレベルだって気付け!」
ヒルダが。
楽しそうに。
笑っていた。
◇
一方。
カミラは。
本当に。
何も知らなかった。
中央研究区画。
【王冠】。
最終試験。
PROJECT CROWN
PROTOTYPE STABILITY:99.94%
「……よし」
カミラが。
小さく。
笑う。
長かった。
【雛形】が。
教師として。
自分の役割を。
終える準備。
各武器。
各使用者。
各メーカー。
それぞれが。
中央へ依存せず。
自分で。
学習する。
「もう少しだな」
カミラが。
中央【雛形】へ。
話しかける。
SYSTEM RESPONSE:AFFIRMATIVE
穏やかだった。
本当に。
穏やかだった。
数十メートル先で。
ハイセ。
ディルク。
ヒルダ。
三人が。
セイレーン計画再開を。
決めているとは。
露ほども。
知らなかった。
◇
その夜。
【破滅のグレイブヤード】。
攻略完了。
資源採取。
調査記録。
全て。
終了。
サーシャの端末へ。
帰還通知。
そして。
もう一つ。
謎の。
高ランクダンジョン。
発生速報。
「また?」
ピアソラが見る。
「A級」
タイクーンが答える。
「場所は?」
表示。
その近く。
既に。
レヴォルフ所属。
冒険者。
待機。
「…………」
サーシャが。
眉を寄せる。
「早くないか?」
「偶然?」
プレセアが。
静かに。
画面を見る。
誰も。
まだ。
答えない。
◇
一つ目。
偶然。
二つ目。
幸運。
三つ目。
誰かが。
疑い始める。
それで。
いい。
ハイセは。
アルルカントで。
その報告を。
見ていた。
「始まった」
「威嚇射撃?」
ヒルダが聞く。
「うん」
「誰が最初に気付くだろうね」
「クローディア」
ハイセは。
即答した。
「次が?」
「カミラ」
「……それは別の意味で怖いね」
「言わないで」
ハイセは。
少しだけ。
遠い目をした。
◇
その頃。
星導館。
クローディア。
新規A級ダンジョン。
発生時刻。
レヴォルフ側の。
到着時刻。
比較。
「…………」
一秒。
二秒。
三秒。
微笑む。
「なるほど」
彼女は。
紅茶を。
一口。
「そう来ましたのね」
◇
そして。
ハイベルグ。
サーシャ。
帰還。
ガイスト。
資源報告書。
プレセア。
新しい。
A級発生速報。
「…………」
ガイストが。
嫌な顔をする。
「何かあるな」
「私もそう思う」
サーシャが答える。
「ハイセか?」
「多分」
「何故分かる」
「最近」
サーシャは。
遠い目をした。
「嫌な予感がすると、大体あいつなんだ」
ガイストも。
同じ方向を見る。
「……否定出来ん」
その答え合わせが。
どれほど。
大きな炎上を。
呼ぶことになるのか。
二人は。
まだ。
知らなかった。