暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
【破滅のグレイブヤード】攻略から帰還した翌朝、アルルカント・アカデミーの中央研究区画では、ここ数ヶ月で最も静かな最終試験が行われていた。
実験台に置かれているのは、ごく一般的な煌式武装だった。強化型でも、純星煌式武装でもない。特別な能力を持たない量産品へ、小型化された新しい制御装置だけが接続されている。
カミラは端末を操作しながら、普段以上に慎重な目で数値を追っていた。
「中央【雛形】との通信を切る」
研究員が確認する。
「本当に完全切断で?」
「ああ。切れ」
通信表示が消える。
CENTRAL CONNECTION:OFFLINE
それでも、武器は停止しなかった。
使用者の手の震え、出力の変化、過去数分間の動作傾向を、装置自身が読み取っていく。出力を上げすぎれば抑制し、余裕があれば安全域の中で許容範囲を広げる。
中央からの指示はない。
それでも。
学習している。
「次。使用者を交代」
別の研究員が武器を受け取った。
癖が変わる。
動作も違う。
制御装置は一度、既存の個人適応値を切り離した。そのうえで、新しい使用者の動きに合わせて、もう一度学び始める。
カミラは一言も喋らなかった。
数分。
十分。
そして最後の安全試験。
LOCAL ADAPTATION:STABLE
SAFETY ENVELOPE:FUNCTIONAL
CENTRAL DEPENDENCY:0.00%
画面の中央へ、最終判定が表示された。
PROJECT CROWN
PROTOTYPE STABILITY:100.00%
ALL PRIMARY TESTS:PASSED
誰かが息を呑んだ。
カミラは、しばらく画面を見つめ続けた。
「……出来た」
その声は、驚くほど小さかった。
◇
究極の汎用性。
それは、カミラ・パレートがずっと追い続けてきたものだった。
天才だけが扱える武器ではない。生まれつき強い者だけに許された力でもない。
誰もが手に取れる。
誰もが自分に合った形で使える。
誰もが、今の自分より少し先へ進める。
その理想へ近づくほど、一つの問題が大きくなっていた。
【雛形】。
あまりにも優秀だった。
武器を知り、能力を解析し、使用者を理解し、安全性を確保する。だが、全てが【雛形】を経由しなければ成立しないなら、それは汎用ではない。
ただ一つの巨大な入口を、アルルカントが握っているだけだ。
「……もう」
カミラは中央【雛形】を見る。
「お前がいなくても動くぞ」
わずかな処理時間。
SYSTEM RESPONSE:AFFIRMATIVE
カミラが笑った。
「自分が不要になるのに、随分あっさりしているな」
PRIMARY OBJECTIVE:USER AUTONOMY
CENTRAL PRESENCE:NOT REQUIRED
「……そうだったな」
教師が永遠に生徒を抱え込んではいけない。
技術も。
同じだ。
◇
正式名称。
汎用個人適応制御規格【王冠】。
各メーカーが独立して実装出来る共通規格であり、中央【雛形】の複製ではない。安全制御、個人適応、学習補助、出力管理といった基本構造だけを共有し、それぞれの企業や開発者が独自の技術を載せられる余地を残す。
カミラが最も拘ったのは、そこだった。
王冠を作った者が、王になるのではない。
使う者自身が、自分の頭に載せる。
「これで」
カミラは完成データを見る。
「私達が消えても残る」
心から。
嬉しかった。
この瞬間だけは。
◇
「そうだ。ハイセにも見せるか」
カミラは端末を手に、研究区画を出た。
あれほどこの計画へ深く関わった本人が、最終試験に顔を出していない。昨夜から別区画に籠もっているらしいが、何をしているのかまでは聞いていなかった。
「また曲でも作っているのか?」
その程度に思っていた。
だから。
ノックもせず。
扉を開けた。
「ハイセ、完成し――」
止まった。
室内。
ハイセ。
ヒルダ。
ディルク。
シムーン。
イーサン。
大型画面。
そして。
SIREN-Δ SYSTEM
HIGH-RANK DUNGEON PRE-EMERGENCE PREDICTION
A-RANK:94.1%
S-RANK:90.3%
カミラは。
何も言わなかった。
ハイセも。
何も言わなかった。
ヒルダだけが。
「あ」
と言った。
◇
十秒。
誰も動かなかった。
ディルクが、ゆっくりとハイセを見る。
「……知らねぇって言ってなかったか?」
「言った」
「来たぞ」
「見れば分かる」
「何か言え」
「考えてる」
カミラが静かに扉を閉めた。
鍵まで掛けた。
ハイセの顔が少し引きつる。
「カミラ?」
「まず」
非常に穏やかな声だった。
「この画面は何だ?」
「ダンジョン発生予測」
「見れば分かる」
「じゃあ何聞いてるの?」
「どうして出来ているのかを聞いている!!」
一瞬で研究室全体へ怒声が響いた。
◇
「説明する!」
「しろ!」
「ヒルダが昔保存してたバックアップを借りた」
カミラがヒルダを見る。
「バックアップ?」
「【セイレーンデルタシステム】だね」
「私は知らないぞ」
「知らせてないからね」
「ヒルダ!!」
「落ち着きたまえ」
「お前が言うな!!」
シムーンとイーサンが、揃って椅子の背へ身を縮めた。
それに気づいたハイセが、すぐ二人の前へ少しだけ身体を移す。
「二人は悪くないよ。俺が手伝ってもらった」
カミラの視線が向く。
「本人達には説明したのか?」
「した。断ってもいいって言ったし、途中でやめてもいい。身体を弄るようなこともしてない」
「……そこは学習したんだな」
「かなり怒られたから」
「当然だ」
怒鳴ってはいる。
だが。
カミラの声が、そこでほんの少しだけ落ち着いた。
◇
「それで?」
カミラが腕を組む。
「ダンジョン発生予測を作って、何をするつもりだ」
ハイセとディルクが。
一瞬。
目を合わせた。
カミラはそれを見逃さなかった。
「何だ、その目配せは」
「いや」
「何を決めた?」
「まだ途中」
「途中でも言え」
ディルクが面倒そうに息を吐いた。
「レヴォルフ側で何件か先行確保する」
「何?」
「A級とS級だ」
「お前ら正気か!?」
「全部じゃねぇ」
「そういう問題じゃない!」
ハイセが手を上げた。
「最終的には公開する」
「……何?」
◇
そこで。
ハイセは。
全部話した。
最初は数件だけ発生前から人員を待機させ、偶然を装って攻略する。
他学園にもダンジョンは残す。
独占はしない。
ただし。
気付く者には。
気付かせる。
「威嚇射撃?」
カミラが眉を寄せる。
「うん」
「何のために」
「俺達が発生前から読めるって分からせるため」
「それで?」
「そのタイミングでYami_Q_rayとして発表する」
「…………」
「発生予測の存在を公開する。候補地も、一定範囲までは皆に出す」
カミラの表情が。
少しずつ。
怒りだけではなくなった。
「その後は」
「ディルク」
「俺かよ」
「制度はディルクが考えた方が上手い」
「お前が投げたんだろうが」
それでもディルクは説明した。
「攻略権を競売式で調整する。単純な最高値じゃねぇ。攻略実績、安全性、現地還元、共同参加枠まで込みだ」
「……つまり」
カミラが呟く。
「早い者勝ちだったダンジョンを、公開された市場へ変える?」
「そう」
ハイセが頷いた。
◇
カミラは黙った。
怒る理由は、いくらでもある。
相談がない。
旧システムの存在すら知らされていない。
秘密裏にレヴォルフと組んでいる。
市場へわざと不自然な動きを見せようとしている。
どれ一つ取っても。
頭が痛い。
しかし。
「……独占はしないんだな」
「しない」
「予測技術を、お前達だけの武器として残さない?」
「残さない」
「発表後は、レヴォルフだけが候補地を先に知ることもない?」
ディルクが答える。
「それを続けたら市場にならねぇ」
「…………」
カミラは。
額を押さえた。
「何だ」
「いや」
深く。
息を吐く。
「方向性そのものは、私の理想と一致しているのが腹立たしい」
「じゃあ怒ってない?」
「怒っている!!」
「どっち?」
「両方だ!!」
◇
その時。
別の通知が鳴った。
ディルクの端末。
新規S級ダンジョン。
発生。
候補地点は。
予測済み。
そして。
既に近隣へ。
レヴォルフ側の人員が。
「偶然」。
滞在していた。
「二発目」
ハイセが言う。
カミラの顔が。
完全に固まった。
「もう始めていたのか?」
「一発目は昨日」
「昨日!?」
「今が二発目」
「私に説明している間にも陰謀を進行させるな!!」
ディルクが肩を竦める。
「自動で動くよう組んである」
「もっと悪いわ!!」
◇
星導館。
同じ速報を。
クローディアも見ていた。
一度目。
A級。
発生直後。
レヴォルフ。
二度目。
S級。
また。
発生直後。
近すぎる。
「……偶然」
クローディアは。
笑った。
「ということに、してほしいのでしょうか」
その横。
資料を運んできた綾斗が。
少し首を傾げる。
「何かあった?」
「いえ」
「また僕に依頼?」
「今回は違いますわ」
「よかった……」
綾斗は。
本気で。
安心した。
クローディアは。
そんな彼を見て。
少し考える。
「ちなみに」
「うん?」
「もし新しいS級ダンジョンの依頼が――」
「授業があるから!」
「まだ最後まで言っておりませんわ」
「最近その導入でいいことなかったから!」
クローディアは楽しそうに笑った。
◇
ハイベルグ。
【セイクリッド】にも。
第二報が届く。
サーシャは。
発生地点。
レヴォルフ所属冒険者の滞在記録。
時刻。
順番に見る。
「…………」
ガイストが隣から覗く。
「二度目か」
「ああ」
「偶然と思うか?」
「思わない」
「誰だと思う?」
サーシャは。
迷わなかった。
「ハイセ」
「即答だな」
「嫌な予感がすると大体あいつなんだよ!」
プレセアが苦笑する。
「さすがに、それだけで決めつけるのは可哀想ではなくて?」
サーシャの端末。
通知。
送信者:ハイセ
件名:あとで説明する
「…………」
サーシャは。
プレセアへ。
画面を向けた。
「撤回するわ」
「だろ!?」
◇
アルルカント。
カミラの怒りは。
まだ。
終わっていなかった。
「他にもあるな?」
ハイセ。
視線を逸らす。
「ハイセ」
「…………」
「今言え」
「何も」
ヒルダが。
楽しそうに口を開いた。
「セイレーン計画を再開する」
ハイセ。
固まる。
ディルク。
目を閉じる。
カミラ。
動かない。
三秒。
「…………何を?」
「セイレーン計画を――」
「聞こえている!!」
今度の怒声は。
さっきより。
大きかった。
「ヒルダ!!」
「何故私だけ!?」
「お前が元凶だからだ!!」
「再開を要求したのはハイセだよ?」
カミラの首が。
ゆっくり。
ハイセへ向く。
「…………」
「説明するよ」
「最初から全部説明しろ!!!」
◇
今度の計画は。
以前と違う。
人体を勝手に弄らない。
本人同意。
撤回権。
事前シミュレーション。
不可逆領域の明示。
安全域の設定。
そして。
【王冠】の技術も。
利用する。
「待て」
カミラが止める。
「【王冠】?」
「うん」
「今日完成したばかりだぞ?」
ハイセの目が。
少し。
輝いた。
「完成したの?」
「そこに食いつくな!!」
「おめでとう」
「ありがとう! だが今はそれどころではない!!」
喜びと怒りが。
本当に。
同時だった。
◇
それでも。
カミラは。
研究者だった。
「目的は?」
「非星脈世代にも、選択肢を作る」
ハイセが答える。
「星脈世代として生まれなかった。それだけで、同じ舞台に立てない人がいる」
「……だから?」
「望む人だけ」
一度。
区切る。
「自分で選べるようにしたい」
カミラは。
何も言わない。
「ならない選択も残す。今のまま強くなる道も残す。デミルークスも、強化型も、普通の煌式武装も残す」
「セイレーンだけを正解にはしない?」
「しない」
「……そうか」
カミラは。
椅子へ。
深く座った。
「本当に」
額を押さえる。
「腹立たしい」
「何で?」
「また理想に近づいているからだ!!」
◇
「私は」
カミラが言う。
「誰もが手に取れる武器を作りたかった」
視線。
完成した【王冠】。
「今日、それが一つ形になった」
次に。
ダンジョン発生予測。
「その直後に、お前達が情報格差を利用した市場支配を始めたと聞いた」
「最終的には公開する」
「分かっている! そこまで聞いたから余計に腹が立つ!」
そして。
セイレーン計画。
「今度は、生まれ方による格差まで選択可能にしようとしている」
「うん」
「私の思想を」
カミラが。
ハイセを見る。
「私が想定していない速度で拡大するな」
「駄目?」
「駄目とは言っていない!」
「じゃあ」
「相談しろと言っている!!」
研究室の隅。
シムーンが。
イーサンへ小声で尋ねる。
「この人達、いつもこうなの?」
イーサンが。
少し考える。
「多分」
「アルルカント怖い」
「分かる」
◇
最終的に。
カミラは。
条件付きで。
認めた。
ダンジョン予測。
公開前提。
独占期間は最小限。
制度設計は外部監査可能にする。
セイレーン計画。
倫理審査。
本人同意。
途中撤回。
不可逆操作の二重承認。
【王冠】安全系統の独立監視。
そして。
「ヒルダ」
「何だい?」
「お前一人の判断で人体操作する権限はない」
「信用がないねぇ」
「あると思うのか?」
「ないね」
「自覚があるなら直せ!!」
ハイセが。
横から。
「じゃあ再開していい?」
「条件を全部満たしてからだ!」
「分かった」
「即日始めるなよ?」
「…………」
「ハイセ?」
「努力する」
「今すぐ『しない』と言え!!」
◇
夕方。
カミラは。
ようやく。
中央研究区画へ戻った。
机。
完成報告書。
【王冠】。
PROJECT CROWN:COMPLETE
横には。
今日一日の。
追加案件。
高ランクダンジョン発生予測技術
新規攻略権市場構想
SIREN PROJECT:RESTART PROPOSAL
「…………」
朝。
一つだった。
夕方。
三つ増えている。
「どうしてだ」
中央【雛形】。
沈黙。
「私は今日」
カミラは。
机へ突っ伏した。
「理想が叶ったはずなんだぞ……」
SYSTEM RESPONSE:AFFIRMATIVE
「なのに何故こんなに疲れている?」
少し。
処理。
CAUSE ANALYSIS――
「分析するな」
PROCESS ABORTED
「そこだけ素直だな……」
◇
同じ頃。
クローディアは。
レヴォルフ側の二件目の先行攻略を。
もう一度。
確認していた。
そして。
ハイセ。
いや。
Yami_Q_rayの。
最近の活動記録。
アルルカント。
異世界交流。
強化型。
六学園会談。
全て。
並べる。
「威嚇……」
小さく。
呟く。
「でしょうか」
もし。
そうなら。
次がある。
隠し続けるつもりなら。
こんな目立つ動きはしない。
「何を見せてくださるのかしら」
クローディアは。
楽しそうに。
微笑んだ。
◇
そして。
ハイセの研究室。
ディルクから。
短い通信。
『三発目の候補出た』
「ランクは?」
『A』
「取る?」
『いや』
ハイセが。
少し笑う。
「見送る?」
『星導館側が近い』
「ちょうどいいね」
『ああ』
全部は。
取らない。
それが。
重要だった。
情報を。
持っている。
しかし。
独占しない。
気付かせる。
疑わせる。
そして。
次に。
開く。
「そろそろかな」
ハイセが言う。
『クローディアならもう気付いてる』
「多分ね」
『発表準備しろ』
「うん」
『市場側は俺がやる』
「助かる」
通信が切れる。
◇
ハイセは。
一人。
画面を見る。
Yami_Q_ray。
歌姫。
世界間交流。
冒険者。
研究。
技術。
今なら。
声が届く。
以前は。
自分の人生を。
誰かに決められた。
今は。
自分が。
世界の選択肢を。
増やそうとしている。
そのために。
一度。
情報を握った。
なら。
次は。
手放す番だった。
ハイセは。
新しい資料を開く。
表題。
高ランクダンジョン発生予測技術・公開発表案
その下。
新規攻略権調整制度――暫定名称:FAIR STAGE
「……これでいい」
次の一手は。
もう。
威嚇射撃ではない。
世界へ。
ルールそのものを。
渡すための。
一発だった。