暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第59話 フェアステージ

 

 

 三度目の高ランクダンジョン発生予測が示した場所は、星導館の勢力圏から比較的近い地域だった。

 

 レヴォルフ側は動かなかった。ディルクが送り込んだ人員も撤収し、現地の冒険者ギルドにも何の働きかけもしない。その結果、発生したA級ダンジョンを最初に発見したのは、ごく普通の調査隊だった。

 

「三つ目は取りませんでしたのね」

 

 星導館学園、生徒会室。クローディアは報告書を眺めながら、楽しそうに目を細めた。

 

 一件目はA級。二件目はS級。どちらも、レヴォルフ関係者が異常なほど早い段階で現地にいた。だが三件目だけは、まるで譲るように誰も動いていない。

 

「偶然にしては出来すぎていますわ」

 

 クローディアは一枚目と二枚目の発生時刻を並べ、さらにレヴォルフ側の到着記録を重ねた。そこまで見れば、答えはほとんど出ている。

 

「そして、隠したい方の動きでもありませんわね」

 

 完全に秘匿するつもりなら、最初からもっと慎重にやる。

 

 これは違う。

 

 見つけてほしいのだ。

 

「……威嚇射撃」

 

 クローディアがそう呟いた直後、生徒会室の大型端末に緊急配信の通知が入った。

 

 発信者。

 

Yami_Q_ray

 

 クローディアは、思わず微笑んだ。

 

「やはり」

 

 

 発表は、アスタリスクだけに向けたものではなかった。

 

 ハイベルグ王国。

 

 冒険者ギルド。

 

 異世界側の商業組合。

 

 六学園。

 

 さらに、ゲート技術を通して接続された各研究機関へ向けて、同時配信が始まった。

 

 画面に現れたハイセは、普段の研究者としての姿ではない。

 

 Yami_Q_ray。

 

 【暗律の戦乙女】。

 

 歌姫として既に知られた姿だった。

 

『今回、アルルカント及び協力研究機関では、高ランクダンジョンの発生前兆を統計的に予測する技術を確立しました』

 

 会場がざわめく。

 

 ハイセは、あえてそのざわめきが収まるのを待った。

 

『現時点で、特にA級・S級相当については、複数の前兆条件を組み合わせることで候補地点を事前に絞り込めます。ただし、予測は確定ではありません。外れる可能性もありますし、危険地域へ無制限に人員を待機させる運用も推奨しません』

 

 ヒルダが横から小声で囁く。

 

「随分まともな説明だね」

 

「サーシャに怒られたから」

 

「教育の成果だ」

 

 マイクが拾いかけて、ハイセが慌てて音声を切った。

 

 

 発表資料には、発生条件そのものを完全に再現出来る情報までは載せられていなかった。

 

 地脈。

 

 魔力滞留。

 

 空間圧。

 

 周辺生態。

 

 環境変動。

 

 それらが複合的に閾値へ近づいた時、高ランクダンジョンの発生可能性が急激に上昇する。その概念だけは公開された。

 

『そして』

 

 ハイセは一度画面を切り替えた。

 

 そこに表示されたのは、一件目と二件目のダンジョン。

 

 レヴォルフが先行した二例だった。

 

『既に気づいている人もいると思うけど、この二件については予測技術を使いました』

 

 一斉に空気が変わる。

 

 隠さない。

 

 むしろ、自分から認めた。

 

『先行して攻略出来ることを確認するための実証でもあった。でも、この方法を俺達だけが持ち続ければ、いずれ高ランクダンジョンの資源を一部の組織だけで独占出来る』

 

 ハイセはそこで、ほんの少し笑った。

 

『だから、それはやらない』

 

 

「……ほらな」

 

 別室で配信を見ていたディルクが呟いた。

 

 隣にいたイレーネが首を傾げる。

 

「何が?」

 

「ここからが本題だ」

 

 画面では、新しい名称が表示された。

 

FAIR STAGE

 

『これまでダンジョンは、基本的に先に見つけた人や、先に攻略出来た人が権利を得てきた。でも発生前から候補地点が分かるようになると、その仕組みでは早い者勝ちがさらに加速する』

 

 ハイセは続ける。

 

『だったら、発生予測情報そのものを共有したうえで、攻略権や調査優先権を事前に調整出来る場所を作ればいい』

 

 その瞬間。

 

 ディルクの名前が画面に追加された。

 

「おい」

 

 イレーネが笑う。

 

「出たぞ」

 

「知ってる」

 

「顔出せよ」

 

「嫌だ」

 

『制度設計はレヴォルフ黒学院のディルク・エーベルヴァインが担当しています』

 

「勝手に名前を強調すんな!」

 

 研究室の向こうで、ハイセが小さく笑った。

 

 

 【FAIR STAGE】は、単純な金額競争ではなかった。

 

 発生予測された高ランクダンジョンに対して、各組織が攻略計画を提出する。資金力だけではなく、過去の攻略実績、安全管理、現地への還元率、研究成果の公開範囲、共同参加枠などを評価し、主導権を割り当てる。

 

 禁忌級や極端に危険な迷宮については、単独独占を原則認めない。

 

 現地国家や冒険者ギルドにも一定割合の参加権を残す。

 

 さらに、資源の一部を現地経済へ還元することも条件に含まれる。

 

『完全に平等な市場なんてねぇ』

 

 途中からディルクが不機嫌そうに画面へ現れた。

 

『金も戦力も技術も違う。そこまで同じにするなんざ不可能だ』

 

 記者の一人が尋ねる。

 

『では、何をもって“フェア”と?』

 

「ルールが見えてることだ」

 

 ディルクは即答した。

 

「何を出せば参加出来るのか。何を評価されたのか。誰が何を得て、何を現地へ返すのか。それを最初から全員に見せる」

 

 少し間を置き、鼻で笑った。

 

「見えないところで一部の連中だけが全部取るよりは、よっぽどマシだろ」

 

 ハイセが横から小声で言う。

 

「ちゃんと説明出来るんだね」

 

「お前、後で覚えてろよ」

 

 

 星導館。

 

 クローディアは、そのやり取りを最後まで見届けていた。

 

「先に二つを取って、三つ目を見送る。そして私達に違和感を覚えさせたところで、仕組みそのものを公開する」

 

 彼女はゆっくり紅茶を口に運ぶ。

 

 なるほど。

 

 レヴォルフの先行攻略は、市場独占の準備ではなかった。

 

 独占出来る力を見せたうえで、

 

「だから公開されたルールを作りましょう」

 

と持ち掛けるための実演だったのだ。

 

「随分と挑発的ですわね」

 

 そう言いながら。

 

 クローディアは。

 

 楽しそうだった。

 

「では、こちらも乗らせていただきましょうか」

 

 星導館として最初の【FAIR STAGE】参加申請。

 

 入力。

 

 送信。

 

「クローディア?」

 

 資料を運んできた綾斗が尋ねる。

 

「今度は何を?」

 

「新しい競争へ参加するだけですわ」

 

「僕に依頼?」

 

「今のところはありません」

 

「よかった……」

 

「今のところ、ですけれど」

 

「聞かなかったことにする!」

 

 綾斗は足早に生徒会室を出ていった。

 

 

 【FAIR STAGE】の発表から三時間後。

 

 参加希望。

 

 星導館。

 

 聖ガラードワース。

 

 界龍。

 

 クインヴェール。

 

 アルルカント。

 

 レヴォルフ。

 

 六学園全て。

 

 さらに。

 

 ハイベルグ王国。

 

 複数の冒険者ギルド。

 

 企業。

 

 研究機関。

 

 予想を遥かに超える。

 

 申請。

 

 ディルクの端末が。

 

 鳴り続ける。

 

「…………」

 

「人気だね」

 

 ハイセが言う。

 

「黙れ」

 

「市場作れて良かったね」

 

「黙れ」

 

「楽しそう」

 

「俺のどこを見てそう思った」

 

 通知。

 

 さらに。

 

 三十七件。

 

 ディルクが。

 

 額を押さえる。

 

「誰だよ、この規模で公開しようって言った奴」

 

「俺」

 

「知ってるよ!!」

 

 

 一方。

 

 カミラには。

 

 別の種類の通知が。

 

 届き続けていた。

 

【王冠】共同規格参加希望

 

技術仕様照会

 

メーカー独立実装申請

 

安全規格協議依頼

 

「…………」

 

 朝。

 

 【王冠】完成。

 

 昼。

 

 ダンジョン発生予測公開。

 

 午後。

 

 【FAIR STAGE】始動。

 

 さらに。

 

 別室では。

 

 【セイレーン計画】再開準備。

 

 カミラは。

 

 椅子へ。

 

 深く座った。

 

「私は」

 

 エルネスタが横を見る。

 

「うん?」

 

「究極の汎用性を完成させたかっただけなんだ」

 

「叶ってるじゃん」

 

「叶いすぎなんだよ!!」

 

 エルネスタは。

 

 声を出して笑った。

 

 

 その日の夕方。

 

 【破滅のグレイブヤード】から帰還した【セイクリッド】が、アルルカントへ呼ばれた。

 

 理由。

 

 説明会。

 

 実態。

 

 説教会。

 

 会議室には、サーシャ、ガイスト、プレセア、ピアソラ、レイノルド、タイクーンが座り、反対側にはハイセ、ヒルダ、エルネスタ、カミラ、ディルクが並んでいる。

 

 開始から。

 

 三十分。

 

 誰も。

 

 笑っていなかった。

 

 特に。

 

 サーシャ。

 

「確認するぞ」

 

 彼女は指を一本立てた。

 

「私達が【破滅のグレイブヤード】を攻略している間に、まず奴隷オークションを潰した」

 

「うん」

 

「シムーンとイーサンをアルルカントへ編入させた」

 

「予定だけどね」

 

「【セイレーンデルタシステム】を秘密裏に起動した」

 

「うん」

 

「ダンジョン発生条件を特定した」

 

「うん」

 

「ディルクと秘密協定を結んだ」

 

「うん」

 

「レヴォルフに二つ先行攻略させた」

 

「うん」

 

「わざとクローディア達に気付かせた」

 

「うん」

 

「【FAIR STAGE】を作った」

 

「うん」

 

「セイレーン計画まで再開しようとしてる」

 

「うん」

 

 サーシャの。

 

 こめかみ。

 

 震える。

 

「お前は私の情緒をどうしたいんだ!?」

 

「何もしてないよ?」

 

「してるんだよ!!!」

 

 

 ガイストが。

 

 静かに。

 

 ハイセを見る。

 

「以前も聞いたと思うが」

 

「うん」

 

「誰がここまでしろと言った?」

 

「誰も」

 

「それは知っている!」

 

 ピアソラが呆れたように腕を組む。

 

「普通、一つのダンジョンを攻略している数日の間に、世界経済の仕組みまで増えませんわよ?」

 

「でも」

 

 ハイセは。

 

 少し首を傾げた。

 

「アルルカントの派閥争いもこんな感じだよ?」

 

 沈黙。

 

 ピアソラが。

 

 ゆっくり。

 

 カミラを見る。

 

「さすがに冗談ですわよね?」

 

 カミラ。

 

 完全に。

 

 固まる。

 

「…………」

 

 エルネスタは。

 

 視線を逸らし。

 

 口笛を吹いた。

 

「〜♪」

 

 ヒルダは。

 

 明後日の方向を向いたまま。

 

 笑う。

 

「キヒヒ……」

 

「え?」

 

 ピアソラの顔が。

 

 引きつる。

 

 プレセアまで。

 

 珍しく。

 

 言葉を失う。

 

 そして。

 

 レイノルドが。

 

 勢いよく立ち上がった。

 

「アスタリスク怖ぇよ!!!」

 

 

「待て」

 

 サーシャが。

 

 さらに頭を抱える。

 

「つまり何だ? 今回ハイセがやった『秘密研究して、他組織と裏で組んで、わざと相手を挑発して、最後に市場ルールを作る』みたいなことが」

 

 ハイセが答える。

 

「規模は違うけど、珍しくはないと思う」

 

「珍しくあってくれ!!!」

 

 レイノルドが叫ぶ。

 

「学園だよな!? 学校だよなそこ!?」

 

「学校だよ」

 

「俺の知ってる学校じゃねぇ!」

 

 ディルクが鼻で笑う。

 

「今さらだろ」

 

「お前は代表例みたいな顔するな!!」

 

 

 プレセアが。

 

 カミラへ。

 

 恐る恐る尋ねる。

 

「本当に……普段からこうなの?」

 

「…………」

 

「カミラ?」

 

「私は」

 

 カミラは。

 

 非常に。

 

 重い声で。

 

 答えた。

 

「比較的まともな方だ」

 

 エルネスタが。

 

 また。

 

 口笛。

 

「〜♪」

 

「お前は黙れ!!」

 

「何も言ってないじゃん!」

 

「態度で喋っている!!」

 

 ヒルダが。

 

 楽しそうに。

 

 頷く。

 

「まあ、研究派閥というものは往々にして――」

 

「お前も説明するな!!」

 

 カミラの怒鳴り声が。

 

 会議室いっぱいに。

 

 響いた。

 

 

 しばらくして。

 

 ようやく。

 

 話が。

 

 本題へ戻った。

 

「でも」

 

 サーシャは。

 

 ハイセを見る。

 

「一つだけ確認する」

 

「何?」

 

「今回の発生予測」

 

「うん」

 

「最終的には、本当に全員へ開くんだな?」

 

「開く」

 

「お前とディルクだけが裏で先に知る仕組みは残さない?」

 

「残さない」

 

「セイレーン計画も」

 

「本人が選ぶ」

 

「断る選択も?」

 

「残す」

 

 サーシャは。

 

 しばらく。

 

 ハイセを見た。

 

 そして。

 

 小さく。

 

 息を吐く。

 

「……ならいい」

 

「怒らない?」

 

「怒る」

 

「どっち?」

 

「やったことの方向には怒ってない!」

 

 サーシャは。

 

 再び。

 

 机を叩いた。

 

「何で全部まとめて一気にやるんだって怒ってるんだ!!!」

 

「効率いいから?」

 

「その答え、何回目だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 説教会。

 

 終了。

 

 予定時間。

 

 一時間。

 

 実際。

 

 三時間半。

 

 会議室を出たハイセは。

 

 完全に。

 

 疲れていた。

 

「長かった」

 

 エルネスタが隣を歩く。

 

「自業自得じゃない?」

 

「エルネスタも共犯だよ」

 

「私はオークションだけ♪」

 

「十分だよ」

 

 ヒルダが後ろから続く。

 

「私は研究をしただけだ」

 

「それが一番怖いんだよね」

 

「心外だ」

 

 

 その夜。

 

 【FAIR STAGE】。

 

 最初の正式案件が。

 

 登録された。

 

PREDICTED DUNGEON:S-RANK

 

EMERGENCE PROBABILITY:88.9%

 

 参加希望。

 

 複数。

 

 星導館。

 

 レヴォルフ。

 

 聖ガラードワース。

 

 現地冒険者ギルド。

 

 ハイベルグ王国。

 

 誰か一人が。

 

 先に。

 

 奪うのではない。

 

 最初から。

 

 条件を。

 

 見せる。

 

 役割を。

 

 決める。

 

 選ぶ。

 

 そして。

 

 競う。

 

 ハイセは。

 

 その画面を。

 

 静かに。

 

 見ていた。

 

「……これなら」

 

 誰かに。

 

 人生を。

 

 決められるのではなく。

 

 誰か一人が。

 

 未来を。

 

 握るのでもなく。

 

 選択肢そのものを。

 

 増やせる。

 

 中央【雛形】が。

 

 自分の役割を。

 

 手放したように。

 

 ダンジョンの未来も。

 

 誰か一人の手から。

 

 少しずつ。

 

 離れていく。

 

 ただし。

 

 その裏で。

 

 研究区画。

 

 一つの表示。

 

SIREN PROJECT――RESTART PREPARATION

 

 まだ。

 

 次の火種は。

 

 残っていた。

 

 ハイセは。

 

 それを見て。

 

 少しだけ。

 

 目を逸らした。

 

「…………」

 

 今度こそ。

 

 先に。

 

 相談しよう。

 

 たぶん。

 

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