【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「ハイセ」
「ん?」
「今日は、これを使ってもらう」
翌朝、いつものようにアルルカントの研究区画へ顔を出したハイセを待っていたのは、カミラと、その前に置かれた一振りの武器だった。
外見だけなら、昨日まで資料の中で何度も見たものと大きな違いはない。短い柄を中心に、起動前の状態では肝心の刃が存在しておらず、剣というよりは奇妙な棒に近かった。
「……剣?」
「正確には、汎用煌式武装の試作機だ」
「ルークス、だっけ?」
「ああ」
昨日までに大量の戦闘記録と資料を見せられたおかげで、ハイセもこの世界の武器体系について最低限の知識だけは身につき始めている。
万応素を利用して形成される《煌式武装》。
スイッチ一つで刃や機構を展開できること自体、元の世界の武器を基準に考えれば十分異常なのだが、二日も研究区画に入り浸っていると、その異常さにも少しずつ慣れてしまうのだから恐ろしい。
ハイセは試作機を手に取り、軽く重さを確かめた。
「普通だな」
「まだ起動していないからな。そこのスイッチを押せ」
「これ?」
「そうだ」
指先でスイッチへ触れた瞬間、柄の先から光が走った。淡い光が一直線に伸び、その輪郭が固定されることで剣の刃を形成していく。
「おお……」
何度見ても、この瞬間だけは少し面白い。
ハイセは自然と口元を緩めながら試作機を構え、まずは軽く振った。横薙ぎから切り返し、踏み込みながら斬り下ろし、そのまま一度止めて手首を返し、逆方向へ刃を走らせる。
武器そのものに大きな違和感はない。むしろ驚くほど素直に動く。重量も軽く、刃の軌道がぶれにくい。柄も癖のない形状で、初めて握った人間でも扱いやすいよう配慮されていることが、ハイセにも何となく分かった。
「どうだ?」
カミラに訊かれても、ハイセはすぐには答えなかった。もう一度だけ振り、今度は先ほどより少し力を込めて感触を確かめる。
やはり扱いやすい。
だからこそ、逆に引っ掛かった。
「……使いやすい」
「そうか」
「でも」
続いた一言に、カミラの目つきが変わる。
「でも?」
ハイセは試作機を見つめ、どう言葉へすればいいのか少しだけ迷った。
「……面白くない」
「…………」
研究室が静かになった。周囲で観測していた研究員まで、一斉にハイセへ目を向ける。
「……ハイセ」
「何?」
「もう少し具体的に頼む」
「俺だって、どう言えばいいのか考えてんだよ」
頭を掻きながら、ハイセは再び武器を構えた。
「本当に使いやすいんだ。軽いし、変な癖もない。振った時に引っ掛かる感じもほとんどない」
「そこは設計通りだ」
「多分、剣なんてほとんど使ったことない奴でも、それなりには振れると思う」
「ならば、汎用武装としては成功ではないのか?」
「でも、それだけなんだよ」
ハイセは小さく眉を寄せた。
昨日見た天霧綾斗の剣が、自然と思い出される。
あれは万人向けではなかった。綾斗自身の身体、歩法、呼吸、そして長年積み重ねてきた天霧辰明流。その全てが噛み合って初めて完成する、一人の人間へ極端に馴染んだ剣だった。
そして紗夜から銃器の構えを教わった時にも知った。
単に撃てることと、より正確に、より効率良く、自分に合った形で撃てることは違う。
その二つを思い返しながら、ハイセはようやく違和感の正体を掴んだ。
「これ、使う奴のことを考えてない感じがする」
「…………」
「どういう意味だ?」
カミラが問い返す。
「誰でも使えるように、全部を真ん中に寄せてる」
ハイセは試作機を軽く持ち上げた。
「重さも、握りも、癖も、多分出力も。重すぎると嫌う奴がいるから軽くして、癖があると扱えない奴がいるから全部なくしてる」
それ自体は間違っていない。むしろ、誰でも扱える武器を作ろうとすれば当然の発想なのだろう。
だが、その結果として残ったのは、誰にとっても大きな欠点がない代わりに、誰か一人へ深く馴染むこともない武器だった。
「誰にも嫌われないようにした結果」
ハイセは試作機を見つめたまま、一度だけ言葉を切った。
「誰にも一番好きにはなられない武器になってる」
「…………」
カミラの赤い瞳が、僅かに見開かれた。
少し離れた場所で別の端末を弄っていたエルネスタも、いつの間にか作業の手を止めている。
「へぇ……」
そして、楽しそうに笑った。
「それ、面白いね」
◇
「では」
カミラは腕を組み、改めて試作機とハイセを交互に見た。
「どうすればいいと思う?」
「俺に聞く?」
「ああ」
「作ってんのアンタだろ」
「だから聞いている。研究者が設計上の正解だけで全てを決められるなら、昨日お前を研究協力者にした意味がない」
「…………」
「実際に武器を使ってきた人間としての意見が欲しい」
そこまで言われてしまえば、ハイセも適当に返すわけにはいかなかった。
試作機をもう一度見下ろし、先ほど感じた違和感を頭の中で組み直す。誰でも使えるようにすること自体が悪いわけではない。問題は、そのために使い手ごとの差を最初から消してしまっていることだった。
「……例えば、重さ」
「重さ?」
「ああ。軽い方がいい奴もいるだろうけど、重い方が振りやすい奴もいる」
「それはそうだな」
「紗夜だって昨日、俺の銃の構え直しただろ」
能力が与えた構えは間違ってはいなかった。
けれど、紗夜にとっての最適解とは違った。人間によって身体の使い方が違うなら、武器側にも一つしか正解がない方がおかしいのではないか。
「なら、変えられないの?」
「何を?」
「重さ」
カミラが僅かに眉を寄せる。
「使用者ごとに、という意味か?」
「最初に合わせてもいいし」
話しているうちに、ハイセの中でも少しずつ考えが膨らんでいく。
「使っていくうちに、その人用になっていくとか」
「…………」
「同じ剣でも、握り方も違えば、欲しい重さも違う。腕の長さだって、戦い方だって違うだろ」
ハイセは手元の試作機を机へ戻した。
「だったら、全員が武器に合わせるんじゃなくて」
そこで、第3話でカミラと話したことを思い出す。
【武器マスター】は、使い手を武器へ近づける。
カミラの研究は、その逆だ。
「武器の方が、使う奴に合わせればいい」
研究室へ、今度は先ほどより長い沈黙が落ちた。
「……変?」
「いや」
カミラはゆっくり首を振った。
「続けろ」
「別に、今思いついたことしかないぞ」
「それでいい」
「俺みたいに【武器マスター】があるなら、武器に合わせる方を能力が勝手にやってくれる」
「……ああ」
「でも普通の奴は、そうじゃないんだろ?」
その言葉に、カミラの表情が少し変わった。
「だったら俺に起きてることを、逆に武器側へやらせられないのか?」
ハイセ自身は、ただ思ったことを口にしているだけだった。
だが、それを聞いたカミラとエルネスタには、言葉の意味が別の形で見えているらしい。
「……ハイセ」
「何?」
「君、本当に研究経験はないんだな?」
「何回聞くんだよ!」
「確認したくなるんだ!」
「冒険者だって言ってるだろ!」
「それで何故、来るたびに研究テーマを増やすんだ……」
「知らねぇよ!」
カミラが額へ手を当てる横で、エルネスタの目は明らかに輝いていた。
「いいじゃん!」
「お前は黙っていろ」
「だってさぁ」
エルネスタは既に端末へ何かを書き込み始めている。
「ユーザーごとに最適化するルークスでしょ?」
「まだ何も決まっていない」
「使用履歴を取って、構え方とか振り方とか、身体能力とか戦闘傾向を学習させて、それに合わせて重量配分、出力、長さ、反応速度まで自動調整する」
指先は止まらない。
「出来たら面白くない?」
カミラは黙った。
否定しない。
というより、否定できないらしい。
「……理論上、不可能ではない」
「やった!」
「喜ぶな!!」
◇
そこへ、聞き覚えのある静かな声が割り込んだ。
「カミラ」
振り返ると、昨日と同じように大きなケースを持った紗夜が研究室の入口に立っていた。
「ちょうどいいところに来たな」
「?」
「紗夜。この試作機を少し使ってみてくれないか」
「分かった」
理由すら聞かず、紗夜はケースを置いて試作機を受け取った。
起動すると、数度だけ刃を振る。踏み込み、止め、構え直し、その感触を確かめるように短く動いたあと、紗夜はすぐに刃を消した。
「どうだ?」
「使える」
カミラが待つ。
ハイセも待つ。
だが、紗夜は何も続けない。
「それだけ?」
ハイセが訊くと、紗夜は首を傾げた。
「聞かれていない」
「じゃあ、使いたい?」
「使わない」
即答だった。
「何で?」
「私には軽すぎる」
紗夜は柄を軽く握り直しながら、自分の感覚を確かめるように続ける。
「握りも少し細い。剣ならもう少し重さがあった方が、私は力を伝えやすい」
「…………」
ハイセはカミラを見る。
「ほら」
「……ああ」
「俺はもうちょい先に重さ欲しいし、紗夜は全体的に重い方がいい」
「うん」
紗夜もあっさり頷く。
「同じ“使える”でも、欲しいもの違うだろ」
その言葉に、カミラは試作機を見つめたまま、しばらく黙っていた。
誰でも使える。
その目標自体は間違っていない。
だが、誰でも使えることと、誰もが同じ武器を好むことは違う。
カミラが求めている汎用性とは、本当に「全員へ同じ平均値を渡すこと」なのか。
その問いが、目の前で具体的な形を持ち始めていた。
◇
そこで今度は、ハイセの方に一つ疑問が浮かんだ。
「でも、一個分かんない」
「何だ?」
「アンタが言ってる【究極の汎用性】って、誰でも使える武器なんだよな?」
「ああ」
「じゃあ、一人一人に合わせたら」
ハイセは試作機を指す。
「汎用じゃなくならない?」
「…………」
その問いに、カミラは少しだけ笑った。
「良い質問だ」
「何だよ、急に先生みたいに」
「ここは学園だ」
「そうだった」
研究施設としての印象が強すぎて、本気で忘れかけていた。
カミラは試作機を手に取り、その柄を見つめながらゆっくり話し始めた。
「ハイセ。私は全員へ全く同じ武器を持たせたいわけではない。同じ性能、同じ戦い方、同じ強さ。人間の個性を削ってまで、全員を同じ場所へ押し込めたいわけではないんだ」
「じゃあ」
「私が求めているのは、入口だ」
「入口?」
「ああ」
カミラの声から、先ほどまでの研究者同士の軽い議論とは違う温度が滲んだ。
「才能のある者だけが、最初から優れた武器を扱える。適性のある者だけが、自分に合った力を手に入れられる。それでは、そうでない人間には」
赤い瞳が、真っ直ぐハイセを見る。
「選ぶ権利すら与えられない」
「…………」
その瞬間、ハイセの胸の奥に数日前の記憶が蘇った。
弱いから。
足を引っ張るから。
危ないから。
お前自身のためだから。
色々な言葉を並べられて、自分がどうしたいかを聞かれるより先に、自分の未来を決められた。
「私は、それが嫌いだ」
カミラは淡々と言う。
けれど、その言葉には確かな怒りがあった。
「弱いから。才能がないから。適性がないから。だから最初から諦めろ。そんなものを、私は認めたくない」
「…………」
「私の言う汎用性は、誰もが同じ場所へ到達するためのものではない。誰もが、自分の可能性を試すところから始められるようにするためのものだ」
そこまで聞いて、ハイセは昨日の綾斗を思い出した。
幼い頃から剣を振り続けてきた。
努力した。
積み重ねた。
だから今がある。
だが、もし最初から剣を持つことすら許されなかったなら。才能がない、適性がない、向いていないと誰かに決められていたなら、努力を始める機会すら存在しない。
「もちろん、試してみた結果、向いていないと分かることもある。負けることもある。努力しても届かない人間だっているだろう」
「…………」
「だが、それを決めるのは武器でも、才能でも、他人でもない」
カミラは真っ直ぐハイセを見る。
「本人だ」
「…………」
本人。
その一言だけが、妙に重く胸へ落ちた。
「やってみて、それでも駄目だったなら、本人が次を選べばいい。最初から、選択肢そのものを他人が奪う必要はない」
ハイセの右手が、無意識に拳を作っていた。
数日前の自分へ誰かがその言葉を言ってくれていたなら、何かが変わっただろうか。
それは分からない。
だが少なくとも、今目の前の研究者が作ろうとしているものの意味だけは、前より少し理解できた気がした。
「……そういうことか」
「何が?」
「アンタの【究極の汎用性】」
「ああ」
ハイセは小さく笑った。
第1話で初めて聞いた時は、ただ悪くないと思った。
今は、それより一歩先へ進んでいる。
「前より好きになった」
「…………」
カミラの視線が、ほんの少しだけ横へ逸れた。
「そうか」
「照れてる?」
「黙れ」
「図星?」
「実験へ戻るぞ!」
◇
午後。
昼食を挟んで研究室へ戻ると、朝まで原型を保っていた試作機が、既に別物へ変わり始めていた。
「じゃあ次!」
「……何で、もう次があるんだよ」
「仮実装だよ」
「三時間しか経ってないぞ」
「三時間もあった!」
「研究者怖ぇ……」
「エルネスタが特殊だ。一緒にするな」
カミラが即答する。
「酷い!」
「で、何変えたの?」
文句を言いつつ、ハイセは試作機を受け取った。
「重心調整機構」
「もう作ったの?」
「既存部品を組み合わせただけだよ」
エルネスタはそう言って端末を差し出す。
「ここ。好きに変えてみて」
「これ?」
「うん」
ハイセは指示通り数値を変更した。
最初は手元寄り。次に中央。さらに刃先寄り。
そのたびに武器を振り、動きの変化を確認していく。数値上では僅かな違いでも、実際に振れば手応えははっきり変わった。
「……あ」
「どう?」
「さっきよりいい」
「どの辺?」
「俺は、ちょっと先に重さがあった方が好きかも」
踏み込みながら斬ると、重量が刃先へ寄ったことで、振り下ろした際に勢いを乗せやすい。
「理由は?」
カミラが記録を取りながら訊く。
「斬る時、重さを乗せやすい」
「なるほど」
「でも、このままだと細かい切り返しが少し遅れる」
ならば、という考えがそのまま次へ繋がった。
ハイセは端末へ目を落とす。
「これさ」
「何?」
「戦ってる途中に変えられたら?」
カミラとエルネスタが、揃って動きを止めた。
「何?」
ハイセだけが、何故二人が黙ったのか分かっていない。
「ハイセくん」
次の瞬間、エルネスタが満面の笑みを浮かべた。
「もっと言って」
「え?」
「思いついたこと全部!」
「エルネスタ」
カミラの顔に、明らかな嫌な予感が浮かんだ。
「待て」
「だって面白い!」
「待てと言っている!」
「例えばさぁ、攻撃時は刃先へ重心を寄せる。防御とか連撃なら手元へ戻す。使用者の動きや筋出力を感知して、自動で――」
「待て!!」
カミラの声が研究室へ響いた。
「一度整理しろ! 思いついた機能を全部その場で突っ込むな!」
「でも出来そうじゃない?」
「出来るかどうかだけで判断するな!」
「でも」
ハイセが横から口を挟む。
「出来るなら、一回やってみてもいいんじゃない?」
「…………」
カミラがゆっくりハイセを見る。
「何?」
「……お前」
深く、本当に深い溜息を吐く。
「本当にエルネスタと距離を取る気はないんだな」
「何で今その話?」
「分かった。もう諦める」
「何を!?」
◇
一通りの試験を終えた夕方、ハイセは椅子へ深く身体を沈めた。
「……疲れた」
「今日も言った」
エルネスタが楽しそうに笑う。
「毎日疲れてるから」
「でも楽しかったでしょ?」
「……まあ」
「ほらぁ」
否定できないのが悔しい。
ハイセは机の上に置かれた試作煌式武装を眺めた。
朝に触った時とは、既に少し違っている。
自分が「重さを変えられないか」と言い、エルネスタが仮の機構を作り、カミラがデータを取り、それをまた自分が試した。
ほんの数時間前には存在しなかった仕組みが、今は武器の中に組み込まれている。
それが妙に不思議だった。
「なあ」
「何だ?」
カミラが振り返る。
「これ、完成したら弱い奴でも使える?」
カミラは即答しなかった。
少しだけ考え、それから静かに答える。
「それが目標だ」
「…………」
「ただし、勘違いするな」
「何を?」
「武器一つで全てが解決するわけではない」
カミラは試作機を手に取った。
「本人が努力しなければ、成長しようとしなければ、どれほど優れた武器を渡しても意味はない」
その言葉を聞きながら、ハイセは昨日、紗夜から教えられたことを思い出していた。
綾斗は強いから剣を続けたのではない。
続けてきたから、今の剣がある。
「私が作りたいのは、努力しなくても強くなれる道具ではない」
カミラの言葉が続く。
「努力する機会を、最初から奪わせないための武器だ」
「…………」
ハイセはしばらく何も言わなかった。
その意味を、自分の中へ落とし込むように考える。
強くなれる保証を与えるのではない。
努力すれば必ず報われると言うのでもない。
ただ、弱いからという理由だけで、挑戦する前から門を閉ざされないようにする。
それは、数日前までの自分が欲しかったものだったのかもしれない。
やがてハイセは、小さく笑った。
「……いいな、それ」
「そうか」
「ああ」
「なら」
カミラが一枚の端末を差し出してきた。
「今日の意見をまとめておいてくれ」
「…………」
ハイセの笑顔が止まった。
「何?」
「まとめる?」
「ああ」
「俺が?」
「ああ」
「何で?」
「研究協力者だからだ」
「聞いてないぞ!」
「今言った」
「そういう問題じゃねぇ!」
「今日、何を感じたか。どの条件で使いやすかったか。どこに問題があったか。改善案も含めて文章へしろ」
「無理!」
「出来る」
「何で断言する!」
「昨日から散々、武器の問題点を具体的に指摘しているだろう」
「喋るのと書くのは違う!」
「冒険者は報告書を書かないのか?」
「…………」
ハイセの動きが止まる。
「……書く」
「なら出来る」
「…………」
逃げ道を綺麗に塞がれた。
「研究者って性格悪くない?」
「研究者ではなく私だ」
「そこ認めるのかよ」
◇
その夜。
宿泊施設へ戻ったハイセは、机へ向かって一人で端末を睨んでいた。
「……面倒くせぇ」
口ではそう言いながらも、指は少しずつ動いている。
試作機の重量。
重心位置を変えた際の感覚。
斬撃へ重さを乗せやすかった設定。
逆に、細かな切り返しが遅くなった条件。
紗夜との比較。
想定される使用者ごとの差。
戦闘中に重心を変更する案。
書き始めるまでは、自分に研究報告など無理だと思っていた。
だが、一度始めてみれば、意外にも言葉はすんなり出てきた。
考えてみれば、全く未知の作業ではない。
冒険者としてダンジョンへ潜った時も、魔物の種類、地形、危険箇所、依頼の結果、何が起きたか、何をすれば次は被害を減らせるか。そうしたことを何度も報告してきた。
違うのは、対象がダンジョンではなく武器になっただけだ。
「……これ」
入力しているうちに、自分でも少し驚く。
「今までの報告書と、そんな変わんねぇな」
問題を見る。
原因を考える。
改善方法を書く。
研究という言葉に身構えていただけで、やっていること自体は、これまでの冒険者生活の延長にも存在していた。
気付けば、最初に想像していたより遥かに長い文章が出来上がっていた。
「……こんなもんか」
最後に一度だけ読み返し、そのまま送信する。
◇
翌朝。
研究室へ入って早々、カミラが昨夜送った資料を表示してきた。
「ハイセ」
「何?」
「これ、本当に君が書いたのか?」
「ああ」
「一人で?」
「そうだけど」
「…………」
「何だよ」
あまりにも真剣な顔で見られ、逆に不安になる。
だが、カミラが口にしたのは予想外の言葉だった。
「非常に分かりやすい」
「…………」
「……そう?」
「ああ」
「へぇ」
「何故君自身が一番驚いている」
「だって適当に書いたし」
「適当に書くな!!」
「必要なことは入れたぞ」
「それを適当とは言わない!」
カミラは資料へ視線を戻した。
「実際の操作感。危険が生じやすい条件。使用者による差。改善案。それに、何故そう感じたのかまで書いてある」
「普通じゃないの?」
「研究員の報告より実戦的だ」
「そりゃ」
ハイセは肩を竦める。
「実戦で使う前提で見てるから」
「…………」
「武器って、失敗したら死ぬだろ」
だから、重心が少し違うとか、動きが僅かに遅れるとか、そんな小さな違和感でも見逃したくない。
それは研究者として身につけた能力ではない。
冒険者として、生き残るために身につけたものだった。
カミラはしばらく資料とハイセを交互に見つめ、やがて小さく笑った。
「やはり」
「?」
「君を研究へ入れたのは正解だった」
「…………」
また、その言葉だった。
第3話でも。
昨日も。
自分の意見に価値があると言われた。
それでも毎回、少しだけ胸の奥が温かくなる。
今までなら、自分に出来ることを誰かに認められても、それは武器を扱えるとか、戦えるとか、そういう分かりやすい能力の話だった。
だが今、カミラが評価しているのは、ハイセ自身の見方や考え方だった。
「そうかよ」
「ああ」
ハイセは僅かに視線を逸らした。
「……なら、また手伝う」
「そうか」
「暇だし」
「素直ではないな」
「うるせぇ」
◇
研究室を出て廊下を歩いていると、背後から聞き覚えがありすぎるほど元気な声が響いた。
「ハイセくーん!」
「…………」
振り返れば、案の定エルネスタがこちらへ走ってくる。
「何?」
「昨日の重心調整!」
「うん」
「もう次の試作できたよ!」
「早くない?」
「それとね!」
「?」
エルネスタは満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、何故か少し離れたところを歩いていたカミラの足が止まる。
「例の、ブラックエンシェントドラゴンの龍核」
「…………」
ハイセの目が僅かに変わった。
「実物には触ってないよ?」
「当然だ!」
カミラが即座に叫ぶ。
「でも」
エルネスタは気にせず続ける。
「あのエネルギー波形のデータから、ちょっと面白い応用方法、思いついた♪」
その瞬間、ハイセの目が輝いた。
「何?」
「ハイセ!」
後方からカミラの怒声が飛ぶ。
「食いつくな!」
「まだ何も聞いてないだろ!」
「だからだ!」
「えー?」
エルネスタが楽しそうに笑う。
「実物は使わないよ? 今は理論だけ」
「ほら。“今は”と言った!!」
「とりあえず聞くだけ聞こうぜ」
「そうそう」
「ハイセ!!」
「聞くだけ!」
「お前達の“聞くだけ”を、私はもう信用しない!!」
アルルカントの研究棟に、今日もまたカミラの声が響き渡る。
そんな騒がしいやり取りの中で、ハイセはまだ、自分自身に起き始めた変化をはっきりとは自覚していなかった。
数日前まで、自分はただ見知らぬ世界へ投げ出された異世界人だった。帰る方法を探し、その間、生きていければいい。最初はそれだけだった。
だが今は違う。
自分が感じた違和感を口にし、それをカミラが聞き、エルネスタが形にし、自分でも試し、また考える。その繰り返しによって、昨日まで存在しなかった仕組みが、ほんの少しずつ現実の武器へ組み込まれている。
自分の言葉が、現実にある物を変えた。
そして、もしこの武器が完成したなら。
いつか、弱いという理由だけで最初から選ぶことを許されなかった誰かが、それを手に取るかもしれない。
試して。
失敗して。
それでも、自分で次の道を選べるかもしれない。
そう考えると、何故か嬉しかった。
それは、自分だけが強くなることとは少し違う喜びだった。
だから、次も考える。
次も試す。
その先で何をするのかを、自分で選ぶ。
やがて、その小さな積み重ねが武器だけではなく、研究を、学園を、二つの世界を結ぶ仕組みを、さらには誰が未来を選ぶ権利を持つのかという、もっと大きなものまで変えていくことになる。
けれど、この時のハイセは。
まだ、その未来を知る由もなかった。