【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第60話 剣を振る前に

 

 

 【FAIR STAGE】が動き始めて数日後、ようやく大きな騒動も一段落した――少なくとも、サーシャはそう思っていた。

 

 ダンジョン発生予測は公開され、【王冠】も市場投入へ向けて最終調整へ入った。【セイレーン計画】についてもカミラが厳重な管理体制を敷いたことで、少なくともハイセ達が好き勝手に人体実験を始める心配はない。

 

「……やっと静かになったな」

 

 ハイベルグ王都の訓練場で、サーシャは心からそう呟いた。

 

 隣にいたガイストが僅かに眉を動かす。

 

「そういうことは口に出さない方がいい」

 

「何故だ?」

 

「大抵、何か起きる」

 

「縁起でもないことを言うな」

 

 その直後だった。

 

「師匠!」

 

 聞き慣れない少女の声が、訓練場へ響いた。

 

 サーシャはゆっくりと振り返った。

 

◇

 

 ハイセの前へ駆け寄ってきた少女は、まだ若い。

 

 腰には剣を下げているものの、歩き方を見る限り基礎そのものは身についている。ハイセのところへ一直線に向かい、嬉しそうに頭を下げた。

 

「お待たせしました、師匠!」

 

「うん。来たね、クレア」

 

「はい!」

 

 サーシャの眉がぴくりと動いた。

 

「…………師匠?」

 

 ハイセが振り返る。

 

「何?」

 

「今、この子はお前を何と呼んだ?」

 

「師匠」

 

「それは聞こえた!」

 

 サーシャはクレアとハイセを交互に見る。

 

「何故、お前に弟子がいる!?」

 

「取ったから」

 

「それは答えになってない!!」

 

◇

 

 クレアは少し困ったようにサーシャを見る。

 

「あの……もしかして、サーシャさんですか?」

 

「そうだが」

 

「師匠から聞いてます!」

 

「……何を?」

 

「とても強いソードマスターだって」

 

 サーシャの怒気が、一瞬だけ弱まった。

 

「まあ……それなら」

 

「昔からずっと師匠が見ていた方なんですよね?」

 

「…………」

 

 今度は別方向へ感情が揺れた。

 

 ハイセは悪びれもせず頷く。

 

「サーシャが修行してるところは昔から見てたよ」

 

「お前、それをクレアにも教えたのか?」

 

「参考になるから」

 

「……そうか」

 

 理屈は分かる。

 

 何一つ間違っていない。

 

 だからこそ、サーシャは何とも言えない顔になった。

 

「私との昔の記憶が、知らないところで教材化されている……」

 

「嫌だった?」

 

「そう聞かれると嫌とも言いづらいのが腹立つ!」

 

◇

 

 ハイセは、そんなサーシャを放置してクレアへ向き直った。

 

「じゃあ最初の課題」

 

「はい!」

 

 クレアは姿勢を正した。

 

 剣術。

 

 体力訓練。

 

 魔力制御。

 

 どんな厳しい修行が来るのかと身構える。

 

 ハイセは鞄から数冊の本を取り出した。

 

「これ読んで」

 

「…………」

 

 クレアが受け取る。

 

 表紙を見る。

 

 漫画だった。

 

「師匠」

 

「何?」

 

「これ……漫画です」

 

「うん」

 

「知ってて渡しました?」

 

「もちろん」

 

「私、剣術を習いに来たんですけど」

 

「だから読んで」

 

 クレアは完全に困惑した。

 

◇

 

 少し離れたところから見ていたサーシャも、さすがに口を挟んだ。

 

「待て」

 

「何?」

 

「私も今回はクレア側だ。何故、剣の弟子へ漫画を渡す」

 

「発想力」

 

「……発想力?」

 

 ハイセはクレアが持つ漫画を一冊開いた。

 

「剣士って、剣はこう使うって決めやすいでしょ?」

 

「まあな」

 

「強くなる方法も、速く振るとか、技を覚えるとか、魔力を増やすとかになりやすい」

 

 クレアも頷く。

 

「普通はそうじゃないんですか?」

 

「普通だから一回壊す」

 

「怖いこと言いますね!?」

 

 ハイセは気にせず続けた。

 

「漫画なら、現実じゃ考えないような能力の使い方とか、状況のひっくり返し方とか、道具の変な使い方がいっぱい出てくる。正しい答えを覚えるんじゃなくて、『そんなことしてもいいんだ』って考える練習に使う」

 

 クレアは手元の漫画を見る。

 

「……これも修行なんですか?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「最後で急に不安にさせないでください!」

 

◇

 

 一週間。

 

 クレアは本当に漫画を読まされた。

 

 ただ読むだけではない。

 

 ハイセは途中で止めて、その場面を剣士ならどう利用するかを尋ねる。作中人物と同じ方法を答えると、「別の方法は?」と聞き、さらに答えると「もっと変なの」と要求する。

 

「相手が崖の上にいたら?」

 

「登ります」

 

「普通」

 

「遠距離攻撃します」

 

「普通」

 

「……崖そのものを崩します?」

 

「それ」

 

「えぇ……」

 

 別の日。

 

「扉の向こうに敵がいる」

 

「扉を開けずに攻撃します」

 

「どうやって?」

 

「壁を壊す」

 

「良くなってきた」

 

「師匠、これ剣術ですよね?」

 

「広い意味では」

 

「広すぎません!?」

 

 それでも。

 

 クレアは次第に楽しみ始めた。

 

 正解を探すのではなく、出来ることを増やす。

 

 技ではなく。

 

 考え方の型を。

 

 先に壊す。

 

◇

 

 次の講師を紹介された時。

 

 クレアは。

 

 さらに困惑した。

 

「ディルク・エーベルヴァインだ」

 

「…………」

 

「何だその顔」

 

「いえ」

 

 クレアはハイセを見る。

 

「今度こそ剣術の先生じゃないですよね?」

 

「違うよ」

 

「安心しました」

 

「安心するところか?」

 

 ディルクが不機嫌そうに腕を組む。

 

「俺が教えるのは二つだけだ。相手の行動の裏を突く方法と、勝つことに拘らず相手を失敗させる方法」

 

 クレアが瞬きをした。

 

「勝たなくていいんですか?」

 

「そう言ってねぇ」

 

 ディルクは机の上へ駒を二つ置く。

 

「勝つことしか考えねぇ奴ほど、行動が読みやすいって言ってる」

 

◇

 

「例えば」

 

 ディルクは片方の駒を前へ出した。

 

「お前が一歩下がる」

 

「はい」

 

「相手が『逃げた』と思って前へ出る」

 

「はい」

 

「そこで斬る」

 

「それって、最初の一歩は負けてません?」

 

「何でだ」

 

「下がってるから」

 

「相手を一歩前に出させたかったなら成功だろ」

 

 クレアが止まった。

 

「…………」

 

 ディルクは鼻で笑う。

 

「攻撃が当たったら成功。押されたら失敗。倒したら勝ち。そういう単純な採点を頭から捨てろ」

 

「じゃあ……」

 

 クレアは少し考える。

 

「相手が自分から罠へ入ったら、私は何もしてなくても成功?」

 

「そうだ」

 

「相手に攻撃させて、その攻撃が失敗するように仕向ける?」

 

「そうだ」

 

「相手が勝てると思った時ほど」

 

 クレアの表情が変わる。

 

「次の行動が読みやすい?」

 

 ディルクが初めて少しだけ笑った。

 

「やっと話が通じたな」

 

◇

 

 その日から、クレアの訓練は奇妙になった。

 

 剣を当てることを禁止される。

 

 相手を倒すことも禁止。

 

 自分が攻撃する回数さえ制限された。

 

 課題はただ一つ。

 

「相手に指定された行動をさせる」

 

 右へ動かせ。

 

 後ろへ下がらせろ。

 

 先に攻撃させろ。

 

 防御させろ。

 

 最後には。

 

「剣を抜かせろ。ただし、お前は抜くな」

 

「無茶ですよ!」

 

「出来ない理由を考える暇があったら、相手がどういう時に剣を抜くか考えろ」

 

「師匠より先生が厳しい!」

 

「俺を先生と呼ぶな」

 

 それでもクレアは。

 

 少しずつ。

 

 相手の視線を見るようになった。

 

 重心だけではない。

 

 性格。

 

 焦り。

 

 自信。

 

 何を嫌がり。

 

 何を望んでいるか。

 

 剣の外側へ。

 

 目が向き始める。

 

◇

 

 そして。

 

 最後の講師。

 

「ようこそ、クレアちゃん♪」

 

 エルネスタ・キューネが満面の笑みで迎えた。

 

 その横では、カミラ・パレートが資料の束を抱えている。

 

 クレアは数秒。

 

 黙った。

 

「……今日は何を?」

 

「派閥切り崩し♪」

 

「帰っていいですか?」

 

「駄目だ」

 

 カミラが即答する。

 

「剣士に必要なんですか!?」

 

「必要だ」

 

「何故!?」

 

「敵が一人とは限らないからだ」

 

 カミラは当然のように答えた。

 

◇

 

 大型画面には、アルルカント内部の簡略化された勢力図が映された。

 

 研究派閥。

 

 資金提供元。

 

 共同研究。

 

 競争関係。

 

 協力しているように見えて、実際には利害が一致していない組織。

 

「例えば、この派閥を崩したいとする」

 

 カミラが一つの集団を指す。

 

「全員を倒そうとするな」

 

「じゃあ?」

 

「何故、この集団が成立しているのかを見る」

 

 研究成果。

 

 予算。

 

 人材。

 

 設備。

 

 名誉。

 

 それぞれが。

 

 別の理由で集まっている。

 

「同じ目的じゃないんですか?」

 

「表向きはな」

 

 カミラは別の人物を指した。

 

「この研究者は設備が欲しい。この者は名声。この企業は特許。この学生はただ研究環境が欲しい」

 

「……じゃあ」

 

「一人ずつ、別の代替案を出せる」

 

 クレアの目が少し大きくなる。

 

「戦わずに減らせる?」

 

「そういうことだ」

 

◇

 

「でもカミラは真面目すぎるんだよねぇ」

 

 エルネスタが割り込む。

 

「何だと?」

 

「人間は利害だけじゃ動かないよ」

 

「それは分かっている」

 

「面白そうとか、腹が立つとか、あの人が嫌いとか♪」

 

「お前はそこを利用しすぎだ!」

 

 クレアが二人を見る。

 

「……やり方が違うんですね」

 

「そう!」

 

 エルネスタが嬉しそうに頷く。

 

「カミラは構造を見る。私は人を見る」

 

「語弊がある!」

 

「じゃあカミラは?」

 

「私は利害関係を整理しているだけだ!」

 

「そういうところ♪」

 

 クレアは。

 

 何となく。

 

 理解し始めた。

 

◇

 

「戦闘にすると」

 

 クレアは自分で考える。

 

「敵が五人いるとして、全員を倒す必要はない?」

 

「ええ」

 

 エルネスタが微笑む。

 

「一番連携が弱い人を見つける」

 

「その人だけ少し違う行動をさせる」

 

「すると?」

 

「他の四人が合わせられなくなる」

 

 カミラが頷く。

 

「続けろ」

 

「強い人を直接倒さなくても、強い人が働けない状況を作ればいい」

 

「そうだ」

 

「なら」

 

 クレアは。

 

 少し楽しそうに。

 

 笑った。

 

「一番強い相手ほど、最後に残してもいい?」

 

 エルネスタの目が輝いた。

 

「いいねぇ!」

 

 カミラは。

 

 少しだけ。

 

 嫌な予感がした。

 

「……ハイセ」

 

「何?」

 

「この子、思った以上に吸収が早いぞ」

 

「素質あるから」

 

「その言葉で全部済ませるな」

 

◇

 

 講義の最後。

 

 エルネスタは模擬的な派閥図をクレアへ渡した。

 

「じゃあ、この勢力を戦わずに半分にしてみて♪」

 

「はい!」

 

 三十分後。

 

 クレアは。

 

 三人へ別々の情報を流す。

 

 一人には。

 

 別派閥から好条件が出ている。

 

 もう一人には。

 

 現在の中心人物が研究成果を独占する可能性。

 

 最後の一人には。

 

 自分が抜けても研究継続可能な代替案。

 

 結果。

 

 模擬派閥。

 

 半分以下。

 

「出来た!」

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 頭を抱える。

 

「何?」

 

 ハイセが聞く。

 

「いや」

 

 カミラは重い声で答える。

 

「私達は今、剣士を育てているんだよな?」

 

「多分」

 

「何故疑問形なんだ!!」

 

 エルネスタだけは。

 

 ものすごく楽しそうだった。

 

◇

 

 さらに数日後。

 

 ハイセは。

 

 新しい連絡を入れた。

 

『もちろんいいわよ♪』

 

 画面。

 

 シルヴィア・リューネハイム。

 

「助かる」

 

『でも、どうして剣士の子にアイドル活動を?』

 

「人に見せる技術も必要だから」

 

『魅せ方?』

 

「うん。強く見せる。弱く見せる。次に何をするか、表情や動作で相手へ印象を与える」

 

 シルヴィアが。

 

 少し。

 

 考える。

 

『なるほど。舞台で観客の視線を誘導するのと似てるかも』

 

「でしょ?」

 

『面白そう! 私に任せて♪』

 

 通信。

 

 終了。

 

 ハイセは。

 

 満足そうに。

 

 頷いた。

 

「これで揃った」

 

◇

 

 翌日。

 

 ハイベルグ。

 

 サーシャ達。

 

 説明会。

 

 今度は。

 

 説教会になる前に。

 

 ハイセが自主的に報告へ来た。

 

「今回は先に話す」

 

 サーシャが目を細める。

 

「成長したな」

 

「カミラに言われたから」

 

「そこは自分で学べ!」

 

 プレセアとピアソラも同席している。

 

 ガイストは。

 

 既に。

 

 何となく嫌な予感がしていた。

 

「それで」

 

 サーシャが聞く。

 

「クレアをどう育てるんだ?」

 

「最初は漫画」

 

「…………」

 

「次にディルク」

 

「待て」

 

「その後エルネスタとカミラ」

 

「待てと言ってる!」

 

「最後にシルヴィア」

 

「増やすな!!」

 

◇

 

 ハイセは。

 

 ホワイトボードへ。

 

 簡単に。

 

 書いた。

 

発想力

 

↓

 

相手の行動を読む

 

↓

 

相手を失敗へ誘導する

 

↓

 

情報と印象を利用する

 

↓

 

剣へ統合

 

「という路線」

 

 サーシャは。

 

 しばらく。

 

 無言だった。

 

「……私は」

 

 額を押さえる。

 

「剣士を育てる話を聞いているはずなんだ」

 

「そうだよ」

 

「漫画」

 

「うん」

 

「ディルク」

 

「うん」

 

「アルルカントの派閥切り崩し」

 

「うん」

 

「それを」

 

 サーシャは。

 

 震える指で。

 

 最後の項目を示す。

 

「最終的に剣へ統合?」

 

「うん」

 

「何を育てる気だお前は!!」

 

◇

 

 ピアソラが。

 

 恐る恐る。

 

 ハイセへ尋ねる。

 

「普通に剣術を教えるという選択肢はありませんの?」

 

「基礎は本人がもう持ってるし」

 

「だからといって派閥抗争を教材にします!?」

 

「役に立つよ」

 

「何に!?」

 

「多人数戦」

 

 ガイストが。

 

 目を閉じる。

 

「理屈が通っているのが一番厄介だな」

 

「そうなんだよ!」

 

 サーシャが机を叩く。

 

「全部聞けば、一応意味がある! だから余計に腹が立つんだ!」

 

 ハイセは。

 

 少し首を傾げる。

 

「という路線で、クレアを指導することになった」

 

 サーシャの。

 

 何かが。

 

 切れた。

 

「なるべくなら速やかに死んでくれ!!!」

 

◇

 

 数秒。

 

 静寂。

 

 ハイセは。

 

 全く怯まなかった。

 

「案ずるな、ちゃんとアイドル活動のノウハウもリューネハイムさんに発注してある」

 

「もう何も喋るな!!!!」

 

 ピアソラが。

 

 机へ。

 

 突っ伏した。

 

 プレセアは。

 

 口元を手で隠している。

 

 笑っていた。

 

「何故アイドルなんだ!!」

 

「相手に偽の印象を与えるには、見せ方も重要だから」

 

「説明するな!!」

 

「シルヴィアも同意してくれた」

 

「リューネハイムまで巻き込むなぁぁぁぁぁ!!!」

 

 サーシャの絶叫が。

 

 今日も。

 

 ハイベルグ王都へ。

 

 よく響いた。

 

◇

 

 一方。

 

 当のクレアは。

 

 そんな騒動を。

 

 何も知らない。

 

 訓練場。

 

 手には。

 

 二本の木剣。

 

 目の前には。

 

 ハイセ。

 

「今日から剣?」

 

「うん」

 

 クレアの顔が。

 

 明るくなる。

 

「やっとですね!」

 

「今まで習ったの全部使うよ」

 

「…………全部?」

 

「漫画も」

 

「はい」

 

「ディルクも」

 

「はい」

 

「派閥切り崩しも」

 

「…………はい」

 

「それを剣にする」

 

 クレアは。

 

 少し。

 

 黙った。

 

 それから。

 

 笑った。

 

「面白そうです」

 

「でしょ?」

 

 ハイセは。

 

 木剣を構える。

 

「じゃあ最初」

 

「はい!」

 

「俺に勝たなくていい」

 

「え?」

 

「俺に」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 悪い笑みを浮かべた。

 

「間違った答えを選ばせてみて」

 

 クレアの目が。

 

 変わった。

 

 型を。

 

 壊す。

 

 相手を。

 

 見る。

 

 行動を。

 

 誘導する。

 

 そして。

 

 自分が見せたものを。

 

 相手に。

 

 信じさせる。

 

 まだ。

 

 彼女自身も。

 

 知らない。

 

 それら全てが。

 

 やがて。

 

 一つの。

 

 異質な剣へ。

 

 繋がっていくことを。

 

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