暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
【FAIR STAGE】が動き始めて数日後、ようやく大きな騒動も一段落した――少なくとも、サーシャはそう思っていた。
ダンジョン発生予測は公開され、【王冠】も市場投入へ向けて最終調整へ入った。【セイレーン計画】についてもカミラが厳重な管理体制を敷いたことで、少なくともハイセ達が好き勝手に人体実験を始める心配はない。
「……やっと静かになったな」
ハイベルグ王都の訓練場で、サーシャは心からそう呟いた。
隣にいたガイストが僅かに眉を動かす。
「そういうことは口に出さない方がいい」
「何故だ?」
「大抵、何か起きる」
「縁起でもないことを言うな」
その直後だった。
「師匠!」
聞き慣れない少女の声が、訓練場へ響いた。
サーシャはゆっくりと振り返った。
◇
ハイセの前へ駆け寄ってきた少女は、まだ若い。
腰には剣を下げているものの、歩き方を見る限り基礎そのものは身についている。ハイセのところへ一直線に向かい、嬉しそうに頭を下げた。
「お待たせしました、師匠!」
「うん。来たね、クレア」
「はい!」
サーシャの眉がぴくりと動いた。
「…………師匠?」
ハイセが振り返る。
「何?」
「今、この子はお前を何と呼んだ?」
「師匠」
「それは聞こえた!」
サーシャはクレアとハイセを交互に見る。
「何故、お前に弟子がいる!?」
「取ったから」
「それは答えになってない!!」
◇
クレアは少し困ったようにサーシャを見る。
「あの……もしかして、サーシャさんですか?」
「そうだが」
「師匠から聞いてます!」
「……何を?」
「とても強いソードマスターだって」
サーシャの怒気が、一瞬だけ弱まった。
「まあ……それなら」
「昔からずっと師匠が見ていた方なんですよね?」
「…………」
今度は別方向へ感情が揺れた。
ハイセは悪びれもせず頷く。
「サーシャが修行してるところは昔から見てたよ」
「お前、それをクレアにも教えたのか?」
「参考になるから」
「……そうか」
理屈は分かる。
何一つ間違っていない。
だからこそ、サーシャは何とも言えない顔になった。
「私との昔の記憶が、知らないところで教材化されている……」
「嫌だった?」
「そう聞かれると嫌とも言いづらいのが腹立つ!」
◇
ハイセは、そんなサーシャを放置してクレアへ向き直った。
「じゃあ最初の課題」
「はい!」
クレアは姿勢を正した。
剣術。
体力訓練。
魔力制御。
どんな厳しい修行が来るのかと身構える。
ハイセは鞄から数冊の本を取り出した。
「これ読んで」
「…………」
クレアが受け取る。
表紙を見る。
漫画だった。
「師匠」
「何?」
「これ……漫画です」
「うん」
「知ってて渡しました?」
「もちろん」
「私、剣術を習いに来たんですけど」
「だから読んで」
クレアは完全に困惑した。
◇
少し離れたところから見ていたサーシャも、さすがに口を挟んだ。
「待て」
「何?」
「私も今回はクレア側だ。何故、剣の弟子へ漫画を渡す」
「発想力」
「……発想力?」
ハイセはクレアが持つ漫画を一冊開いた。
「剣士って、剣はこう使うって決めやすいでしょ?」
「まあな」
「強くなる方法も、速く振るとか、技を覚えるとか、魔力を増やすとかになりやすい」
クレアも頷く。
「普通はそうじゃないんですか?」
「普通だから一回壊す」
「怖いこと言いますね!?」
ハイセは気にせず続けた。
「漫画なら、現実じゃ考えないような能力の使い方とか、状況のひっくり返し方とか、道具の変な使い方がいっぱい出てくる。正しい答えを覚えるんじゃなくて、『そんなことしてもいいんだ』って考える練習に使う」
クレアは手元の漫画を見る。
「……これも修行なんですか?」
「うん」
「本当に?」
「たぶん」
「最後で急に不安にさせないでください!」
◇
一週間。
クレアは本当に漫画を読まされた。
ただ読むだけではない。
ハイセは途中で止めて、その場面を剣士ならどう利用するかを尋ねる。作中人物と同じ方法を答えると、「別の方法は?」と聞き、さらに答えると「もっと変なの」と要求する。
「相手が崖の上にいたら?」
「登ります」
「普通」
「遠距離攻撃します」
「普通」
「……崖そのものを崩します?」
「それ」
「えぇ……」
別の日。
「扉の向こうに敵がいる」
「扉を開けずに攻撃します」
「どうやって?」
「壁を壊す」
「良くなってきた」
「師匠、これ剣術ですよね?」
「広い意味では」
「広すぎません!?」
それでも。
クレアは次第に楽しみ始めた。
正解を探すのではなく、出来ることを増やす。
技ではなく。
考え方の型を。
先に壊す。
◇
次の講師を紹介された時。
クレアは。
さらに困惑した。
「ディルク・エーベルヴァインだ」
「…………」
「何だその顔」
「いえ」
クレアはハイセを見る。
「今度こそ剣術の先生じゃないですよね?」
「違うよ」
「安心しました」
「安心するところか?」
ディルクが不機嫌そうに腕を組む。
「俺が教えるのは二つだけだ。相手の行動の裏を突く方法と、勝つことに拘らず相手を失敗させる方法」
クレアが瞬きをした。
「勝たなくていいんですか?」
「そう言ってねぇ」
ディルクは机の上へ駒を二つ置く。
「勝つことしか考えねぇ奴ほど、行動が読みやすいって言ってる」
◇
「例えば」
ディルクは片方の駒を前へ出した。
「お前が一歩下がる」
「はい」
「相手が『逃げた』と思って前へ出る」
「はい」
「そこで斬る」
「それって、最初の一歩は負けてません?」
「何でだ」
「下がってるから」
「相手を一歩前に出させたかったなら成功だろ」
クレアが止まった。
「…………」
ディルクは鼻で笑う。
「攻撃が当たったら成功。押されたら失敗。倒したら勝ち。そういう単純な採点を頭から捨てろ」
「じゃあ……」
クレアは少し考える。
「相手が自分から罠へ入ったら、私は何もしてなくても成功?」
「そうだ」
「相手に攻撃させて、その攻撃が失敗するように仕向ける?」
「そうだ」
「相手が勝てると思った時ほど」
クレアの表情が変わる。
「次の行動が読みやすい?」
ディルクが初めて少しだけ笑った。
「やっと話が通じたな」
◇
その日から、クレアの訓練は奇妙になった。
剣を当てることを禁止される。
相手を倒すことも禁止。
自分が攻撃する回数さえ制限された。
課題はただ一つ。
「相手に指定された行動をさせる」
右へ動かせ。
後ろへ下がらせろ。
先に攻撃させろ。
防御させろ。
最後には。
「剣を抜かせろ。ただし、お前は抜くな」
「無茶ですよ!」
「出来ない理由を考える暇があったら、相手がどういう時に剣を抜くか考えろ」
「師匠より先生が厳しい!」
「俺を先生と呼ぶな」
それでもクレアは。
少しずつ。
相手の視線を見るようになった。
重心だけではない。
性格。
焦り。
自信。
何を嫌がり。
何を望んでいるか。
剣の外側へ。
目が向き始める。
◇
そして。
最後の講師。
「ようこそ、クレアちゃん♪」
エルネスタ・キューネが満面の笑みで迎えた。
その横では、カミラ・パレートが資料の束を抱えている。
クレアは数秒。
黙った。
「……今日は何を?」
「派閥切り崩し♪」
「帰っていいですか?」
「駄目だ」
カミラが即答する。
「剣士に必要なんですか!?」
「必要だ」
「何故!?」
「敵が一人とは限らないからだ」
カミラは当然のように答えた。
◇
大型画面には、アルルカント内部の簡略化された勢力図が映された。
研究派閥。
資金提供元。
共同研究。
競争関係。
協力しているように見えて、実際には利害が一致していない組織。
「例えば、この派閥を崩したいとする」
カミラが一つの集団を指す。
「全員を倒そうとするな」
「じゃあ?」
「何故、この集団が成立しているのかを見る」
研究成果。
予算。
人材。
設備。
名誉。
それぞれが。
別の理由で集まっている。
「同じ目的じゃないんですか?」
「表向きはな」
カミラは別の人物を指した。
「この研究者は設備が欲しい。この者は名声。この企業は特許。この学生はただ研究環境が欲しい」
「……じゃあ」
「一人ずつ、別の代替案を出せる」
クレアの目が少し大きくなる。
「戦わずに減らせる?」
「そういうことだ」
◇
「でもカミラは真面目すぎるんだよねぇ」
エルネスタが割り込む。
「何だと?」
「人間は利害だけじゃ動かないよ」
「それは分かっている」
「面白そうとか、腹が立つとか、あの人が嫌いとか♪」
「お前はそこを利用しすぎだ!」
クレアが二人を見る。
「……やり方が違うんですね」
「そう!」
エルネスタが嬉しそうに頷く。
「カミラは構造を見る。私は人を見る」
「語弊がある!」
「じゃあカミラは?」
「私は利害関係を整理しているだけだ!」
「そういうところ♪」
クレアは。
何となく。
理解し始めた。
◇
「戦闘にすると」
クレアは自分で考える。
「敵が五人いるとして、全員を倒す必要はない?」
「ええ」
エルネスタが微笑む。
「一番連携が弱い人を見つける」
「その人だけ少し違う行動をさせる」
「すると?」
「他の四人が合わせられなくなる」
カミラが頷く。
「続けろ」
「強い人を直接倒さなくても、強い人が働けない状況を作ればいい」
「そうだ」
「なら」
クレアは。
少し楽しそうに。
笑った。
「一番強い相手ほど、最後に残してもいい?」
エルネスタの目が輝いた。
「いいねぇ!」
カミラは。
少しだけ。
嫌な予感がした。
「……ハイセ」
「何?」
「この子、思った以上に吸収が早いぞ」
「素質あるから」
「その言葉で全部済ませるな」
◇
講義の最後。
エルネスタは模擬的な派閥図をクレアへ渡した。
「じゃあ、この勢力を戦わずに半分にしてみて♪」
「はい!」
三十分後。
クレアは。
三人へ別々の情報を流す。
一人には。
別派閥から好条件が出ている。
もう一人には。
現在の中心人物が研究成果を独占する可能性。
最後の一人には。
自分が抜けても研究継続可能な代替案。
結果。
模擬派閥。
半分以下。
「出来た!」
「…………」
カミラ。
頭を抱える。
「何?」
ハイセが聞く。
「いや」
カミラは重い声で答える。
「私達は今、剣士を育てているんだよな?」
「多分」
「何故疑問形なんだ!!」
エルネスタだけは。
ものすごく楽しそうだった。
◇
さらに数日後。
ハイセは。
新しい連絡を入れた。
『もちろんいいわよ♪』
画面。
シルヴィア・リューネハイム。
「助かる」
『でも、どうして剣士の子にアイドル活動を?』
「人に見せる技術も必要だから」
『魅せ方?』
「うん。強く見せる。弱く見せる。次に何をするか、表情や動作で相手へ印象を与える」
シルヴィアが。
少し。
考える。
『なるほど。舞台で観客の視線を誘導するのと似てるかも』
「でしょ?」
『面白そう! 私に任せて♪』
通信。
終了。
ハイセは。
満足そうに。
頷いた。
「これで揃った」
◇
翌日。
ハイベルグ。
サーシャ達。
説明会。
今度は。
説教会になる前に。
ハイセが自主的に報告へ来た。
「今回は先に話す」
サーシャが目を細める。
「成長したな」
「カミラに言われたから」
「そこは自分で学べ!」
プレセアとピアソラも同席している。
ガイストは。
既に。
何となく嫌な予感がしていた。
「それで」
サーシャが聞く。
「クレアをどう育てるんだ?」
「最初は漫画」
「…………」
「次にディルク」
「待て」
「その後エルネスタとカミラ」
「待てと言ってる!」
「最後にシルヴィア」
「増やすな!!」
◇
ハイセは。
ホワイトボードへ。
簡単に。
書いた。
発想力
↓
相手の行動を読む
↓
相手を失敗へ誘導する
↓
情報と印象を利用する
↓
剣へ統合
「という路線」
サーシャは。
しばらく。
無言だった。
「……私は」
額を押さえる。
「剣士を育てる話を聞いているはずなんだ」
「そうだよ」
「漫画」
「うん」
「ディルク」
「うん」
「アルルカントの派閥切り崩し」
「うん」
「それを」
サーシャは。
震える指で。
最後の項目を示す。
「最終的に剣へ統合?」
「うん」
「何を育てる気だお前は!!」
◇
ピアソラが。
恐る恐る。
ハイセへ尋ねる。
「普通に剣術を教えるという選択肢はありませんの?」
「基礎は本人がもう持ってるし」
「だからといって派閥抗争を教材にします!?」
「役に立つよ」
「何に!?」
「多人数戦」
ガイストが。
目を閉じる。
「理屈が通っているのが一番厄介だな」
「そうなんだよ!」
サーシャが机を叩く。
「全部聞けば、一応意味がある! だから余計に腹が立つんだ!」
ハイセは。
少し首を傾げる。
「という路線で、クレアを指導することになった」
サーシャの。
何かが。
切れた。
「なるべくなら速やかに死んでくれ!!!」
◇
数秒。
静寂。
ハイセは。
全く怯まなかった。
「案ずるな、ちゃんとアイドル活動のノウハウもリューネハイムさんに発注してある」
「もう何も喋るな!!!!」
ピアソラが。
机へ。
突っ伏した。
プレセアは。
口元を手で隠している。
笑っていた。
「何故アイドルなんだ!!」
「相手に偽の印象を与えるには、見せ方も重要だから」
「説明するな!!」
「シルヴィアも同意してくれた」
「リューネハイムまで巻き込むなぁぁぁぁぁ!!!」
サーシャの絶叫が。
今日も。
ハイベルグ王都へ。
よく響いた。
◇
一方。
当のクレアは。
そんな騒動を。
何も知らない。
訓練場。
手には。
二本の木剣。
目の前には。
ハイセ。
「今日から剣?」
「うん」
クレアの顔が。
明るくなる。
「やっとですね!」
「今まで習ったの全部使うよ」
「…………全部?」
「漫画も」
「はい」
「ディルクも」
「はい」
「派閥切り崩しも」
「…………はい」
「それを剣にする」
クレアは。
少し。
黙った。
それから。
笑った。
「面白そうです」
「でしょ?」
ハイセは。
木剣を構える。
「じゃあ最初」
「はい!」
「俺に勝たなくていい」
「え?」
「俺に」
ハイセは。
少しだけ。
悪い笑みを浮かべた。
「間違った答えを選ばせてみて」
クレアの目が。
変わった。
型を。
壊す。
相手を。
見る。
行動を。
誘導する。
そして。
自分が見せたものを。
相手に。
信じさせる。
まだ。
彼女自身も。
知らない。
それら全てが。
やがて。
一つの。
異質な剣へ。
繋がっていくことを。