暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第60話 剣を振る前に

 

 

 【FAIR STAGE】が動き始めて数日後、ようやく大きな騒動も一段落した――少なくとも、サーシャはそう思っていた。

 

 ダンジョン発生予測は公開され、【王冠】も市場投入へ向けて最終調整へ入った。【セイレーン計画】についてもカミラが厳重な管理体制を敷いたことで、少なくともハイセ達が好き勝手に人体実験を始める心配はない。

 

「……やっと静かになったな」

 

 ハイベルグ王都の訓練場で、サーシャは心からそう呟いた。

 

 隣にいたガイストが僅かに眉を動かす。

 

「そういうことは口に出さない方がいい」

 

「何故だ?」

 

「大抵、何か起きる」

 

「縁起でもないことを言うな」

 

 その直後だった。

 

「師匠!」

 

 聞き慣れない少女の声が、訓練場へ響いた。

 

 サーシャはゆっくりと振り返った。

 

 

 ハイセの前へ駆け寄ってきた少女は、まだ若い。

 

 腰には剣を下げているものの、歩き方を見る限り基礎そのものは身についている。ハイセのところへ一直線に向かい、嬉しそうに頭を下げた。

 

「お待たせしました、師匠!」

 

「うん。来たね、クレア」

 

「はい!」

 

 サーシャの眉がぴくりと動いた。

 

「…………師匠?」

 

 ハイセが振り返る。

 

「何?」

 

「今、この子はお前を何と呼んだ?」

 

「師匠」

 

「それは聞こえた!」

 

 サーシャはクレアとハイセを交互に見る。

 

「何故、お前に弟子がいる!?」

 

「取ったから」

 

「それは答えになってない!!」

 

 

 クレアは少し困ったようにサーシャを見る。

 

「あの……もしかして、サーシャさんですか?」

 

「そうだが」

 

「師匠から聞いてます!」

 

「……何を?」

 

「とても強いソードマスターだって」

 

 サーシャの怒気が、一瞬だけ弱まった。

 

「まあ……それなら」

 

「昔からずっと師匠が見ていた方なんですよね?」

 

「…………」

 

 今度は別方向へ感情が揺れた。

 

 ハイセは悪びれもせず頷く。

 

「サーシャが修行してるところは昔から見てたよ」

 

「お前、それをクレアにも教えたのか?」

 

「参考になるから」

 

「……そうか」

 

 理屈は分かる。

 

 何一つ間違っていない。

 

 だからこそ、サーシャは何とも言えない顔になった。

 

「私との昔の記憶が、知らないところで教材化されている……」

 

「嫌だった?」

 

「そう聞かれると嫌とも言いづらいのが腹立つ!」

 

 

 ハイセは、そんなサーシャを放置してクレアへ向き直った。

 

「じゃあ最初の課題」

 

「はい!」

 

 クレアは姿勢を正した。

 

 剣術。

 

 体力訓練。

 

 魔力制御。

 

 どんな厳しい修行が来るのかと身構える。

 

 ハイセは鞄から数冊の本を取り出した。

 

「これ読んで」

 

「…………」

 

 クレアが受け取る。

 

 表紙を見る。

 

 漫画だった。

 

「師匠」

 

「何?」

 

「これ……漫画です」

 

「うん」

 

「知ってて渡しました?」

 

「もちろん」

 

「私、剣術を習いに来たんですけど」

 

「だから読んで」

 

 クレアは完全に困惑した。

 

 

 少し離れたところから見ていたサーシャも、さすがに口を挟んだ。

 

「待て」

 

「何?」

 

「私も今回はクレア側だ。何故、剣の弟子へ漫画を渡す」

 

「発想力」

 

「……発想力?」

 

 ハイセはクレアが持つ漫画を一冊開いた。

 

「剣士って、剣はこう使うって決めやすいでしょ?」

 

「まあな」

 

「強くなる方法も、速く振るとか、技を覚えるとか、魔力を増やすとかになりやすい」

 

 クレアも頷く。

 

「普通はそうじゃないんですか?」

 

「普通だから一回壊す」

 

「怖いこと言いますね!?」

 

 ハイセは気にせず続けた。

 

「漫画なら、現実じゃ考えないような能力の使い方とか、状況のひっくり返し方とか、道具の変な使い方がいっぱい出てくる。正しい答えを覚えるんじゃなくて、『そんなことしてもいいんだ』って考える練習に使う」

 

 クレアは手元の漫画を見る。

 

「……これも修行なんですか?」

 

「うん」

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「最後で急に不安にさせないでください!」

 

 

 一週間。

 

 クレアは本当に漫画を読まされた。

 

 ただ読むだけではない。

 

 ハイセは途中で止めて、その場面を剣士ならどう利用するかを尋ねる。作中人物と同じ方法を答えると、「別の方法は?」と聞き、さらに答えると「もっと変なの」と要求する。

 

「相手が崖の上にいたら?」

 

「登ります」

 

「普通」

 

「遠距離攻撃します」

 

「普通」

 

「……崖そのものを崩します?」

 

「それ」

 

「えぇ……」

 

 別の日。

 

「扉の向こうに敵がいる」

 

「扉を開けずに攻撃します」

 

「どうやって?」

 

「壁を壊す」

 

「良くなってきた」

 

「師匠、これ剣術ですよね?」

 

「広い意味では」

 

「広すぎません!?」

 

 それでも。

 

 クレアは次第に楽しみ始めた。

 

 正解を探すのではなく、出来ることを増やす。

 

 技ではなく。

 

 考え方の型を。

 

 先に壊す。

 

 

 次の講師を紹介された時。

 

 クレアは。

 

 さらに困惑した。

 

「ディルク・エーベルヴァインだ」

 

「…………」

 

「何だその顔」

 

「いえ」

 

 クレアはハイセを見る。

 

「今度こそ剣術の先生じゃないですよね?」

 

「違うよ」

 

「安心しました」

 

「安心するところか?」

 

 ディルクが不機嫌そうに腕を組む。

 

「俺が教えるのは二つだけだ。相手の行動の裏を突く方法と、勝つことに拘らず相手を失敗させる方法」

 

 クレアが瞬きをした。

 

「勝たなくていいんですか?」

 

「そう言ってねぇ」

 

 ディルクは机の上へ駒を二つ置く。

 

「勝つことしか考えねぇ奴ほど、行動が読みやすいって言ってる」

 

 

「例えば」

 

 ディルクは片方の駒を前へ出した。

 

「お前が一歩下がる」

 

「はい」

 

「相手が『逃げた』と思って前へ出る」

 

「はい」

 

「そこで斬る」

 

「それって、最初の一歩は負けてません?」

 

「何でだ」

 

「下がってるから」

 

「相手を一歩前に出させたかったなら成功だろ」

 

 クレアが止まった。

 

「…………」

 

 ディルクは鼻で笑う。

 

「攻撃が当たったら成功。押されたら失敗。倒したら勝ち。そういう単純な採点を頭から捨てろ」

 

「じゃあ……」

 

 クレアは少し考える。

 

「相手が自分から罠へ入ったら、私は何もしてなくても成功?」

 

「そうだ」

 

「相手に攻撃させて、その攻撃が失敗するように仕向ける?」

 

「そうだ」

 

「相手が勝てると思った時ほど」

 

 クレアの表情が変わる。

 

「次の行動が読みやすい?」

 

 ディルクが初めて少しだけ笑った。

 

「やっと話が通じたな」

 

 

 その日から、クレアの訓練は奇妙になった。

 

 剣を当てることを禁止される。

 

 相手を倒すことも禁止。

 

 自分が攻撃する回数さえ制限された。

 

 課題はただ一つ。

 

「相手に指定された行動をさせる」

 

 右へ動かせ。

 

 後ろへ下がらせろ。

 

 先に攻撃させろ。

 

 防御させろ。

 

 最後には。

 

「剣を抜かせろ。ただし、お前は抜くな」

 

「無茶ですよ!」

 

「出来ない理由を考える暇があったら、相手がどういう時に剣を抜くか考えろ」

 

「師匠より先生が厳しい!」

 

「俺を先生と呼ぶな」

 

 それでもクレアは。

 

 少しずつ。

 

 相手の視線を見るようになった。

 

 重心だけではない。

 

 性格。

 

 焦り。

 

 自信。

 

 何を嫌がり。

 

 何を望んでいるか。

 

 剣の外側へ。

 

 目が向き始める。

 

 

 そして。

 

 最後の講師。

 

「ようこそ、クレアちゃん♪」

 

 エルネスタ・キューネが満面の笑みで迎えた。

 

 その横では、カミラ・パレートが資料の束を抱えている。

 

 クレアは数秒。

 

 黙った。

 

「……今日は何を?」

 

「派閥切り崩し♪」

 

「帰っていいですか?」

 

「駄目だ」

 

 カミラが即答する。

 

「剣士に必要なんですか!?」

 

「必要だ」

 

「何故!?」

 

「敵が一人とは限らないからだ」

 

 カミラは当然のように答えた。

 

 

 大型画面には、アルルカント内部の簡略化された勢力図が映された。

 

 研究派閥。

 

 資金提供元。

 

 共同研究。

 

 競争関係。

 

 協力しているように見えて、実際には利害が一致していない組織。

 

「例えば、この派閥を崩したいとする」

 

 カミラが一つの集団を指す。

 

「全員を倒そうとするな」

 

「じゃあ?」

 

「何故、この集団が成立しているのかを見る」

 

 研究成果。

 

 予算。

 

 人材。

 

 設備。

 

 名誉。

 

 それぞれが。

 

 別の理由で集まっている。

 

「同じ目的じゃないんですか?」

 

「表向きはな」

 

 カミラは別の人物を指した。

 

「この研究者は設備が欲しい。この者は名声。この企業は特許。この学生はただ研究環境が欲しい」

 

「……じゃあ」

 

「一人ずつ、別の代替案を出せる」

 

 クレアの目が少し大きくなる。

 

「戦わずに減らせる?」

 

「そういうことだ」

 

 

「でもカミラは真面目すぎるんだよねぇ」

 

 エルネスタが割り込む。

 

「何だと?」

 

「人間は利害だけじゃ動かないよ」

 

「それは分かっている」

 

「面白そうとか、腹が立つとか、あの人が嫌いとか♪」

 

「お前はそこを利用しすぎだ!」

 

 クレアが二人を見る。

 

「……やり方が違うんですね」

 

「そう!」

 

 エルネスタが嬉しそうに頷く。

 

「カミラは構造を見る。私は人を見る」

 

「語弊がある!」

 

「じゃあカミラは?」

 

「私は利害関係を整理しているだけだ!」

 

「そういうところ♪」

 

 クレアは。

 

 何となく。

 

 理解し始めた。

 

 

「戦闘にすると」

 

 クレアは自分で考える。

 

「敵が五人いるとして、全員を倒す必要はない?」

 

「ええ」

 

 エルネスタが微笑む。

 

「一番連携が弱い人を見つける」

 

「その人だけ少し違う行動をさせる」

 

「すると?」

 

「他の四人が合わせられなくなる」

 

 カミラが頷く。

 

「続けろ」

 

「強い人を直接倒さなくても、強い人が働けない状況を作ればいい」

 

「そうだ」

 

「なら」

 

 クレアは。

 

 少し楽しそうに。

 

 笑った。

 

「一番強い相手ほど、最後に残してもいい?」

 

 エルネスタの目が輝いた。

 

「いいねぇ!」

 

 カミラは。

 

 少しだけ。

 

 嫌な予感がした。

 

「……ハイセ」

 

「何?」

 

「この子、思った以上に吸収が早いぞ」

 

「素質あるから」

 

「その言葉で全部済ませるな」

 

 

 講義の最後。

 

 エルネスタは模擬的な派閥図をクレアへ渡した。

 

「じゃあ、この勢力を戦わずに半分にしてみて♪」

 

「はい!」

 

 三十分後。

 

 クレアは。

 

 三人へ別々の情報を流す。

 

 一人には。

 

 別派閥から好条件が出ている。

 

 もう一人には。

 

 現在の中心人物が研究成果を独占する可能性。

 

 最後の一人には。

 

 自分が抜けても研究継続可能な代替案。

 

 結果。

 

 模擬派閥。

 

 半分以下。

 

「出来た!」

 

「…………」

 

 カミラ。

 

 頭を抱える。

 

「何?」

 

 ハイセが聞く。

 

「いや」

 

 カミラは重い声で答える。

 

「私達は今、剣士を育てているんだよな?」

 

「多分」

 

「何故疑問形なんだ!!」

 

 エルネスタだけは。

 

 ものすごく楽しそうだった。

 

 

 さらに数日後。

 

 ハイセは。

 

 新しい連絡を入れた。

 

『もちろんいいわよ♪』

 

 画面。

 

 シルヴィア・リューネハイム。

 

「助かる」

 

『でも、どうして剣士の子にアイドル活動を?』

 

「人に見せる技術も必要だから」

 

『魅せ方?』

 

「うん。強く見せる。弱く見せる。次に何をするか、表情や動作で相手へ印象を与える」

 

 シルヴィアが。

 

 少し。

 

 考える。

 

『なるほど。舞台で観客の視線を誘導するのと似てるかも』

 

「でしょ?」

 

『面白そう! 私に任せて♪』

 

 通信。

 

 終了。

 

 ハイセは。

 

 満足そうに。

 

 頷いた。

 

「これで揃った」

 

 

 翌日。

 

 ハイベルグ。

 

 サーシャ達。

 

 説明会。

 

 今度は。

 

 説教会になる前に。

 

 ハイセが自主的に報告へ来た。

 

「今回は先に話す」

 

 サーシャが目を細める。

 

「成長したな」

 

「カミラに言われたから」

 

「そこは自分で学べ!」

 

 プレセアとピアソラも同席している。

 

 ガイストは。

 

 既に。

 

 何となく嫌な予感がしていた。

 

「それで」

 

 サーシャが聞く。

 

「クレアをどう育てるんだ?」

 

「最初は漫画」

 

「…………」

 

「次にディルク」

 

「待て」

 

「その後エルネスタとカミラ」

 

「待てと言ってる!」

 

「最後にシルヴィア」

 

「増やすな!!」

 

 

 ハイセは。

 

 ホワイトボードへ。

 

 簡単に。

 

 書いた。

 

発想力

 

 

相手の行動を読む

 

 

相手を失敗へ誘導する

 

 

情報と印象を利用する

 

 

剣へ統合

 

「という路線」

 

 サーシャは。

 

 しばらく。

 

 無言だった。

 

「……私は」

 

 額を押さえる。

 

「剣士を育てる話を聞いているはずなんだ」

 

「そうだよ」

 

「漫画」

 

「うん」

 

「ディルク」

 

「うん」

 

「アルルカントの派閥切り崩し」

 

「うん」

 

「それを」

 

 サーシャは。

 

 震える指で。

 

 最後の項目を示す。

 

「最終的に剣へ統合?」

 

「うん」

 

「何を育てる気だお前は!!」

 

 

 ピアソラが。

 

 恐る恐る。

 

 ハイセへ尋ねる。

 

「普通に剣術を教えるという選択肢はありませんの?」

 

「基礎は本人がもう持ってるし」

 

「だからといって派閥抗争を教材にします!?」

 

「役に立つよ」

 

「何に!?」

 

「多人数戦」

 

 ガイストが。

 

 目を閉じる。

 

「理屈が通っているのが一番厄介だな」

 

「そうなんだよ!」

 

 サーシャが机を叩く。

 

「全部聞けば、一応意味がある! だから余計に腹が立つんだ!」

 

 ハイセは。

 

 少し首を傾げる。

 

「という路線で、クレアを指導することになった」

 

 サーシャの。

 

 何かが。

 

 切れた。

 

「なるべくなら速やかに死んでくれ!!!」

 

 

 数秒。

 

 静寂。

 

 ハイセは。

 

 全く怯まなかった。

 

「案ずるな、ちゃんとアイドル活動のノウハウもリューネハイムさんに発注してある」

 

「もう何も喋るな!!!!」

 

 ピアソラが。

 

 机へ。

 

 突っ伏した。

 

 プレセアは。

 

 口元を手で隠している。

 

 笑っていた。

 

「何故アイドルなんだ!!」

 

「相手に偽の印象を与えるには、見せ方も重要だから」

 

「説明するな!!」

 

「シルヴィアも同意してくれた」

 

「リューネハイムまで巻き込むなぁぁぁぁぁ!!!」

 

 サーシャの絶叫が。

 

 今日も。

 

 ハイベルグ王都へ。

 

 よく響いた。

 

 

 一方。

 

 当のクレアは。

 

 そんな騒動を。

 

 何も知らない。

 

 訓練場。

 

 手には。

 

 二本の木剣。

 

 目の前には。

 

 ハイセ。

 

「今日から剣?」

 

「うん」

 

 クレアの顔が。

 

 明るくなる。

 

「やっとですね!」

 

「今まで習ったの全部使うよ」

 

「…………全部?」

 

「漫画も」

 

「はい」

 

「ディルクも」

 

「はい」

 

「派閥切り崩しも」

 

「…………はい」

 

「それを剣にする」

 

 クレアは。

 

 少し。

 

 黙った。

 

 それから。

 

 笑った。

 

「面白そうです」

 

「でしょ?」

 

 ハイセは。

 

 木剣を構える。

 

「じゃあ最初」

 

「はい!」

 

「俺に勝たなくていい」

 

「え?」

 

「俺に」

 

 ハイセは。

 

 少しだけ。

 

 悪い笑みを浮かべた。

 

「間違った答えを選ばせてみて」

 

 クレアの目が。

 

 変わった。

 

 型を。

 

 壊す。

 

 相手を。

 

 見る。

 

 行動を。

 

 誘導する。

 

 そして。

 

 自分が見せたものを。

 

 相手に。

 

 信じさせる。

 

 まだ。

 

 彼女自身も。

 

 知らない。

 

 それら全てが。

 

 やがて。

 

 一つの。

 

 異質な剣へ。

 

 繋がっていくことを。

 

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