暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第61話 嘘をつく剣

 

 

 

 クレアの本格的な剣術訓練が始まってから、三日が経った。

 

 もっとも、「本格的な剣術訓練」という呼び方が正しいのかは、本人にもよく分からなくなっている。漫画を読み、ディルクから心理戦を学び、エルネスタとカミラから派閥の切り崩し方まで叩き込まれた末に、ようやく剣を持たされたと思えば、ハイセから出された最初の課題は「自分に勝て」ではなかった。

 

「もう一回」

 

「はい!」

 

 訓練場の中央で、クレアが二本の木剣を構える。

 

 向かいに立つハイセは一本だけだった。

 

「俺を倒さなくていい。攻撃も当てなくていい」

 

「昨日から聞いてます!」

 

「じゃあ目的は?」

 

 クレアは少し考え、答えた。

 

「師匠に、私がさせたい行動を選ばせること」

 

「そう」

 

 ハイセが木剣を構えた。

 

「始めようか」

 

 

 クレアが右へ動いた。

 

 ハイセは追わない。

 

 次に左。

 

 それでも動かない。

 

「……やっぱり待ってますね」

 

「クレアが何かしようとしてるの分かってるからね」

 

「ですよね」

 

 クレアは一度、正面から距離を詰めた。

 

 二本。

 

 左右から連続攻撃。

 

 ハイセが一本目を受け、二本目を避ける。クレアは追撃せず、すぐ後ろへ下がった。

 

「何で追わなかったの?」

 

「追ったら師匠の間合いだったからです」

 

「正解」

 

「でも」

 

 クレアは自分の剣を見る。

 

「これじゃ、普通ですよね」

 

「うん」

 

「……ですよね」

 

 ハイセはあっさり認めた。

 

 

「クレア」

 

「はい?」

 

「漫画を読んで何を覚えた?」

 

「発想力です」

 

「ディルクからは?」

 

「相手を失敗させること」

 

「カミラとエルネスタからは?」

 

「相手の集団とか考え方を、一枚岩だと思わないこと」

 

「じゃあ」

 

 ハイセは自分の木剣を軽く振った。

 

「何で自分の攻撃だけ、本物だと思ってるの?」

 

 クレアが止まった。

 

「……え?」

 

「斬るための動きに見せて、斬らなくてもいい」

 

「…………」

 

「下がるために下がらなくてもいいし、右へ行きたいから右を見なくてもいい」

 

 そこで。

 

 クレアの表情が。

 

 ゆっくり変わった。

 

「……嘘をつく?」

 

「そう」

 

 

 次の一戦。

 

 クレアは先ほどと同じように右へ動いた。

 

 ハイセは待つ。

 

 左。

 

 同じ。

 

 正面から踏み込む。

 

 右の木剣を大きく振りかぶった。

 

「それは――」

 

 ハイセが迎撃へ移る。

 

 だが。

 

 クレアは振らなかった。

 

「!」

 

 右を振ると見せて。

 

 身体だけを半歩沈める。

 

 左の木剣も使わない。

 

 そのまま。

 

 ハイセの横を。

 

 通り抜けた。

 

「……何もしない?」

 

「はい!」

 

「目的は?」

 

「師匠を右へ動かすことでした!」

 

 ハイセを見る。

 

 確かに。

 

 迎撃しようとしたハイセは。

 

 右足へ重心を移していた。

 

「成功?」

 

「成功」

 

 クレアの顔が、一気に明るくなった。

 

 

 そこから。

 

 変化は早かった。

 

 最初は「斬るふりをして斬らない」程度だった。次は「下がるふりをして前へ出る」、その次は「右へ誘導すると見せて、相手がそれを警戒した瞬間に中央を取る」。

 

 だが、ハイセが一度見た嘘は二度目には通じない。

 

 クレアも。

 

 そこに気づいた。

 

「同じ嘘じゃ駄目なんですね」

 

「もちろん」

 

「じゃあ」

 

 クレアは少し考える。

 

「最初に、本当のことを何回か見せたら?」

 

「……続けて」

 

「右の剣を振りかぶったら、最初の三回は本当に右から斬る」

 

「うん」

 

「相手が『右の振りかぶり=右から来る』って思い始めたら、四回目だけ違うことをする」

 

 ハイセの口元が。

 

 少し。

 

 上がった。

 

「それ」

 

 

 偽の情報だけでは弱い。

 

 嘘は。

 

 信じてもらえなければ。

 

 ただの奇行になる。

 

 だから。

 

 まず本当の情報を与える。

 

 同じ動き。

 

 同じ攻撃。

 

 同じ結果。

 

 相手の中へ。

 

 「こうなる」という答えを作る。

 

 その答えが強くなったところで。

 

 裏切る。

 

「……これ」

 

 クレアが呟く。

 

「派閥の話と同じ?」

 

「どういう意味?」

 

「最初から嘘の条件を出したら警戒される。でも本当に欲しいものを何回か渡して、信用させてから別の条件を混ぜる」

 

「カミラが聞いたら嫌そうな顔しそう」

 

「教えたのカミラさんですよ!?」

 

「本人は多分、そこまで剣に応用すると思ってない」

 

「じゃあ黙っておきます?」

 

「それもディルクっぽくなってきたね」

 

「嫌な成長の褒め方しないでください!」

 

 

 さらに数日後。

 

 クレアの動きは。

 

 明らかに変わっていた。

 

 型そのものを捨てたわけではない。基礎となる剣術も、足運びも、重心移動も残っている。

 

 ただ。

 

 そこから先の選択だけが。

 

 異様に自由だった。

 

 攻撃途中でやめる。

 

 防御へ入った瞬間に攻撃へ切り替える。

 

 あえて不利な角度へ入り、相手がそこへ食いついた瞬間だけ別の間合いへ移る。

 

 何より。

 

 本人が。

 

 楽しそうだった。

 

「今、何で左から来たの?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「右だと当たらなそうだったので!」

 

「その前に右を二回見せた理由は?」

 

「何となく、次は右を警戒しそうだったからです!」

 

「理屈は?」

 

「今考えます?」

 

「……いいや」

 

 ハイセは少し遠い目をした。

 

 理屈を教えた。

 

 構造を教えた。

 

 誘導を教えた。

 

 その結果。

 

 最後の最後だけ。

 

 クレアは感覚で全部繋ぎ始めていた。

 

「すごいね」

 

「本当ですか!?」

 

「多分、俺より説明出来ないタイプになる」

 

「それ褒めてます!?」

 

 

 そして。

 

 訓練場へ。

 

 一つのケースが運び込まれた。

 

「クレア」

 

「はい?」

 

「これ使ってみて」

 

 ハイセがケースを開く。

 

 内部。

 

 二振りの煌式武装。

 

 柄と刀身は左右で対になっているが、中央部には通常の双剣には存在しない接続機構が設けられている。

 

「……双剣?」

 

「普段はね」

 

「普段は?」

 

 ハイセが一本を手に取り、もう一振りと接続する。

 

 機構。

 

 固定。

 

 刀身構造。

 

 変化。

 

 二振りだった武器が。

 

 一つの巨大な刃へ。

 

 姿を変える。

 

 クレアが。

 

 目を見開いた。

 

「大斧……?」

 

「双剣大斧一体型煌式武装」

 

 ハイセはそれを渡した。

 

「【双月】」

 

 

「これを……私に?」

 

「うん」

 

 クレアは双月を受け取る。

 

 まず双剣。

 

 軽い。

 

 左右。

 

 振れる。

 

 次に。

 

 接続。

 

 大斧。

 

 明らかに重心が変わる。

 

「重い……!」

 

「最初はね」

 

「でも」

 

 クレアは。

 

 一度。

 

 ゆっくり振る。

 

「面白い」

 

「でしょ?」

 

「これ、相手からしたら」

 

 二振りへ戻す。

 

「私が双剣で戦う人に見える」

 

「うん」

 

「じゃあ双剣を何回も見せたら、その速さに合わせて防御するようになりますよね?」

 

「多分」

 

「そこで大斧」

 

「そう」

 

 クレアが。

 

 にやり。

 

 笑った。

 

「逆も出来る」

 

「うん」

 

「大斧を何回か見せて、重い攻撃が来ると思わせて」

 

 連結を解除。

 

 双剣。

 

「途中で分ける」

 

「正解」

 

「……この武器」

 

 クレアは。

 

 ものすごく。

 

 嬉しそうに。

 

 言った。

 

「嘘つきですね」

 

「クレアに合うと思った」

 

 

 三日後。

 

 ハイベルグ王都。

 

 模擬戦場。

 

「どうして」

 

 サーシャは。

 

 双月を持つクレアを見て。

 

 非常に。

 

 嫌そうな顔をした。

 

「また武器が増えてるんだ?」

 

「師匠にもらいました!」

 

「…………」

 

 サーシャが。

 

 ゆっくり。

 

 ハイセを見る。

 

「お前か」

 

「うん」

 

「何故」

 

「クレアに合うから」

 

「説明が短い!!」

 

 ピアソラが後ろから覗き込む。

 

「また変なものじゃないでしょうね?」

 

「双剣と大斧になるだけ」

 

「“だけ”の基準がおかしいのよ」

 

 プレセアは双月を興味深そうに見ていた。

 

「随分、面白い武器ね」

 

「プレセアまで喜ぶな!」

 

 

「で」

 

 サーシャがクレアを見る。

 

「その武器を見せるために呼んだのか?」

 

「それもあります」

 

「他には?」

 

 クレアは。

 

 少しだけ。

 

 緊張した。

 

「サーシャさん」

 

「何だ?」

 

「一度、相手してもらえませんか?」

 

 空気が。

 

 変わる。

 

「私と?」

 

「はい」

 

 サーシャの目が。

 

 少し。

 

 細くなった。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「お前の差し金か?」

 

「違うよ」

 

「本当に?」

 

「クレアが自分で言った」

 

 サーシャは。

 

 少しだけ。

 

 考えた。

 

 そして。

 

 笑った。

 

「いいぞ」

 

 

 開始位置。

 

 サーシャ。

 

 剣。

 

 クレア。

 

 【双月】。

 

 双剣形態。

 

 ガイストが中央に立った。

 

「模擬戦だ。致命傷へ繋がる攻撃は禁止。一本取った時点で一度止める」

 

「分かった」

 

「はい!」

 

 サーシャは。

 

 クレアを見る。

 

 以前とは違う。

 

 姿勢。

 

 視線。

 

 構え。

 

 それでも。

 

 まだ。

 

 力そのものなら。

 

 サーシャが上。

 

「始め!」

 

 クレア。

 

 踏み込む。

 

 

 速い。

 

 だが。

 

 サーシャには。

 

 見える。

 

「右!」

 

 一撃。

 

 受ける。

 

 左。

 

 かわす。

 

 右。

 

 また。

 

 受ける。

 

「……素直だな」

 

 サーシャが呟いた。

 

 双剣。

 

 左右。

 

 高速。

 

 連撃。

 

 クレアは。

 

 同じ流れを。

 

 繰り返す。

 

「速くはなった」

 

 一撃。

 

「でも」

 

 二撃。

 

「これなら」

 

 受ける。

 

「読める!」

 

 サーシャが。

 

 前へ。

 

 出る。

 

 

 クレアが。

 

 下がった。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

「距離を取り直す?」

 

 サーシャは。

 

 追う。

 

 双剣使い。

 

 近距離。

 

 手数。

 

 一度距離を外し。

 

 再び。

 

 踏み込む。

 

 そう。

 

 判断した。

 

 クレアが。

 

 二本の剣を。

 

 中央へ。

 

 寄せる。

 

「!」

 

 接続。

 

 【双月】。

 

 大斧形態。

 

 サーシャの目が。

 

 変わった。

 

「変形――!」

 

 

 振り下ろし。

 

 重い。

 

 速さではなく。

 

 一撃の質。

 

 サーシャは。

 

 即座に。

 

 防御を変更する。

 

 双剣用。

 

 ではない。

 

 重量攻撃を。

 

 受ける。

 

 構え。

 

「来い!」

 

 クレアの。

 

 大斧。

 

 振り下ろされる。

 

 その瞬間。

 

 接続音。

 

 解除。

 

「――なっ」

 

 大斧が。

 

 消えた。

 

 再び。

 

 二本。

 

 サーシャが。

 

 大斧を受けるために。

 

 両腕へ。

 

 力を集めた。

 

 その外側。

 

 クレア。

 

 左。

 

 一本。

 

 回り込む。

 

「っ!」

 

 剣先。

 

 サーシャの。

 

 肩。

 

 触れる。

 

 軽い。

 

 音。

 

カンッ。

 

 静寂。

 

 

 クレアは。

 

 自分の剣を見る。

 

「…………」

 

 サーシャも。

 

 自分の肩を見る。

 

 ガイストが。

 

 確認する。

 

「一本」

 

「……入りました?」

 

 クレアが。

 

 恐る恐る聞く。

 

「入った」

 

 ハイセが答える。

 

 ピアソラ。

 

 目を丸くしている。

 

「入ったわね」

 

 プレセアも。

 

 静かに頷く。

 

「ええ。綺麗に」

 

 クレアの顔が。

 

 一気に。

 

 明るくなる。

 

「やった!」

 

 サーシャだけが。

 

 動かなかった。

 

 

「…………」

 

 数秒。

 

 サーシャは。

 

 クレアを見る。

 

 次に。

 

 双月。

 

 そして。

 

 ハイセ。

 

「なんで」

 

「何?」

 

「なんでこんなに強くなった?!」

 

 ハイセは。

 

 少し考えた。

 

「素質?」

 

「黙れ!!!」

 

 王都。

 

 今日も。

 

 よく響いた。

 

「何が素質だ!!」

 

 サーシャはハイセを指差す。

 

「漫画読ませて!」

 

「うん」

 

「ディルクに性格の悪い戦い方教えさせて!」

 

「言い方」

 

「エルネスタとカミラに派閥抗争教えさせて!」

 

「構造分析」

 

「シルヴィアに見せ方まで教えさせて!」

 

「大事だよ」

 

「最後に変形武器まで渡して!!」

 

「うん」

 

「それを全部やっておいて最後が『素質?』で済むかぁぁぁぁ!!!」

 

 

 クレアは。

 

 少し。

 

 申し訳なさそうに。

 

 手を上げた。

 

「あの、サーシャさん」

 

「何だ」

 

「今の」

 

 双月を見る。

 

「最初から大斧を当てるつもりじゃなかったんです」

 

 サーシャが。

 

 止まる。

 

「……何?」

 

「双剣を何回か見せたのも、大斧を見せたのも」

 

「…………」

 

「サーシャさんに、その時その時で一番正しい防御を選んでもらうためで」

 

 サーシャの表情が。

 

 変わった。

 

「私に」

 

 ゆっくり。

 

 言う。

 

「間違った答えを選ばせたんじゃない?」

 

「はい」

 

「正しい答えを」

 

「え?」

 

「その瞬間には正しい答えを選ばせて、その次だけ前提を変えた」

 

 クレアが。

 

 目を丸くする。

 

「……はい!」

 

 サーシャは。

 

 しばらく。

 

 黙った。

 

 そして。

 

 笑った。

 

「なるほど」

 

 

 怒りが。

 

 消えたわけではない。

 

 だが。

 

 剣士として。

 

 理解した。

 

 クレアは。

 

 自分より。

 

 速かったわけではない。

 

 強かったわけでもない。

 

 技量で。

 

 上回ったわけでもない。

 

 ただ。

 

 サーシャ自身に。

 

 答えを選ばせ。

 

 その答えが。

 

 次の瞬間。

 

 間違いになるよう。

 

 戦況を変えた。

 

「ディルクに」

 

 クレアが言う。

 

「勝つことに拘るなって教わったんです」

 

「……あいつ」

 

「相手が失敗したら、それも自分の成功だって」

 

「余計なことを教えやがって」

 

「あとエルネスタさんが、相手が信じたい情報ほど利用しやすいって」

 

「もういい」

 

「カミラさんからは――」

 

「もういいと言っている!!」

 

 

 それでも。

 

 サーシャは。

 

 剣を。

 

 もう一度。

 

 構えた。

 

「クレア」

 

「はい?」

 

「もう一回だ」

 

「え?」

 

「今の手はもう知った」

 

 クレアの顔が。

 

 少し。

 

 緊張する。

 

「同じ嘘は通じないぞ」

 

 ハイセが。

 

 横から。

 

 言った。

 

「今度はさっきの手、通用しないね」

 

「はい」

 

 クレアは。

 

 双月を。

 

 双剣形態へ戻した。

 

 そして。

 

 笑った。

 

「なら」

 

 一歩。

 

 構える。

 

「別の嘘をつきます!」

 

「…………」

 

 サーシャが。

 

 再び。

 

 ハイセを見る。

 

「本当に」

 

 深く。

 

 息を吸う。

 

「何を育てたんだお前は!!!」

 

「ソードマスター?」

 

「疑問形で答えるな!!!」

 

 

 二戦目。

 

 当然。

 

 同じ手は。

 

 通らなかった。

 

 大斧への変形を見せても、サーシャは安易に重量防御へ移らない。分離を警戒し、クレア自身の足元まで見る。

 

 だが。

 

 クレアも。

 

 同じことはしなかった。

 

 今度は。

 

 大斧へ。

 

 本当に変形した。

 

「っ!」

 

 サーシャは。

 

 分離を待つ。

 

 待った。

 

 だから。

 

 クレアは。

 

 分離しない。

 

「今度はそのままか!」

 

「はい!」

 

 大斧。

 

 真正面。

 

 振り抜く。

 

 サーシャ。

 

 受ける。

 

 重い。

 

「くっ……!」

 

 次。

 

 クレアは。

 

 分離。

 

 すると。

 

 サーシャも。

 

 反応する。

 

 だが。

 

 クレアは。

 

 攻撃しない。

 

 そのまま。

 

 距離を取る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人。

 

 見合う。

 

 サーシャが。

 

 笑った。

 

「面白い」

 

 

 そこから。

 

 模擬戦は。

 

 長くなった。

 

 クレア。

 

 嘘。

 

 サーシャ。

 

 看破。

 

 クレア。

 

 本当。

 

 サーシャ。

 

 疑う。

 

 その疑いを。

 

 次の嘘へ。

 

 利用する。

 

 一度嘘をつけば。

 

 次の本当すら。

 

 疑わせられる。

 

 だから。

 

 クレアの剣は。

 

 攻撃する前から。

 

 相手の中へ。

 

 入り込む。

 

 右か。

 

 左か。

 

 双剣か。

 

 大斧か。

 

 攻撃か。

 

 誘導か。

 

 そもそも。

 

 本当に。

 

 斬るつもりなのか。

 

 サーシャは。

 

 次第に。

 

 笑っていた。

 

「……いいな」

 

「え?」

 

「その剣」

 

 クレアが。

 

 少し。

 

 目を見開く。

 

「まだ粗い」

 

「はい」

 

「力も足りない」

 

「はい」

 

「経験も少ない」

 

「はい……」

 

「でも」

 

 サーシャは。

 

 剣を。

 

 構え直す。

 

「私にはない」

 

 クレアの表情が。

 

 変わる。

 

「続けるぞ」

 

「はい!」

 

 

 少し離れた場所。

 

 プレセアが。

 

 静かに。

 

 二人を見る。

 

「認めたわね」

 

「サーシャが?」

 

 ピアソラが聞く。

 

「ええ」

 

「さっきまであんなに怒ってたのに」

 

「それとこれは別なのでしょう」

 

 ハイセが。

 

 少しだけ。

 

 笑う。

 

「サーシャ、剣のことになると素直だから」

 

「本人に言ったら怒るわよ」

 

「分かってる」

 

 ピアソラは。

 

 ハイセを見る。

 

「それにしても」

 

「何?」

 

「本当に、どうしてこんな育て方を思いつくの?」

 

「普通に剣だけ教えたら」

 

 ハイセは。

 

 クレアを見る。

 

「サーシャみたいにはなれても、サーシャを超える方法にはならないと思ったから」

 

「…………」

 

 プレセアが。

 

 少しだけ。

 

 微笑んだ。

 

「だから、違う剣を作ったのね」

 

「うん」

 

 

 夕方。

 

 模擬戦終了。

 

 結果。

 

 最初の一本。

 

 クレア。

 

 その後。

 

 サーシャ。

 

 圧勝。

 

 まだ。

 

 総合力では。

 

 比べるべくもない。

 

 それでも。

 

 最初の一本だけは。

 

 消えない。

 

 クレアは。

 

 地面へ座り込んでいた。

 

「疲れました……」

 

「当然だ」

 

 サーシャも。

 

 汗を拭う。

 

「でも」

 

 少し。

 

 笑う。

 

「次までに、もっと嘘を考えてこい」

 

「いいんですか?」

 

「次は全部見抜く」

 

「じゃあ、見抜かれたと思わせます!」

 

「…………」

 

 サーシャが。

 

 また。

 

 ハイセを見る。

 

「どうしてもう一段あるんだ」

 

「素質?」

 

「その言葉を禁止する!!!」

 

 

 その日の夜。

 

 クレアは。

 

 寮で。

 

 【双月】を。

 

 机の上へ。

 

 置いていた。

 

 二本の剣。

 

 そして。

 

 一振りの大斧。

 

 どちらが。

 

 本当の姿なのか。

 

 答えは。

 

 どちらでもある。

 

 どちらでもない。

 

 相手が。

 

 何だと思うかで。

 

 意味が変わる。

 

 クレアは。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

「嘘つき」

 

 双月へ。

 

 そう呼びかける。

 

 そして。

 

 思い出す。

 

 漫画。

 

 ディルク。

 

 エルネスタ。

 

 カミラ。

 

 シルヴィア。

 

 最初は。

 

 何一つ。

 

 剣術に見えなかった。

 

 けれど。

 

 今なら。

 

 分かる。

 

 剣は。

 

 斬るだけではない。

 

 構える。

 

 見せる。

 

 待つ。

 

 退く。

 

 誘う。

 

 信じさせる。

 

 そして。

 

 相手が。

 

 自分で。

 

 間違った未来を。

 

 選ぶように。

 

 導く。

 

 それも。

 

 一つの。

 

 剣だった。

 

 型を持ちながら。

 

 型には。

 

 縛られない。

 

 理屈を学び。

 

 最後には。

 

 感覚で。

 

 全てを繋ぐ。

 

 新しい。

 

 ソードマスターへの。

 

 道。

 

 その最初の一歩を。

 

 クレアは。

 

 確かに。

 

 踏み出していた。

 

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