【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
ハイベルグ王城へ呼び出されたハイセは、謁見の間へ向かいながら、自分が何をしたのかを頭の中で確認していた。
違法オークションの壊滅、ダンジョン発生予測、【FAIR STAGE】の立ち上げ、異世界とアスタリスクを跨ぐ技術交流。それだけ並べれば呼び出される理由はいくらでもあるのだが、今回ばかりは少し事情が違うらしい。
「怒られる?」
隣を歩くガイストへ尋ねると、彼は呆れたように横目を向けた。
「何故、王城へ呼ばれて最初にそれを心配する」
「最近よく怒られるから」
「原因を考えろ」
身に覚えしかないので、ハイセは黙った。
◇
謁見の間では、バルバロス王が既に待っていた。傍らには宰相をはじめとした重臣が並び、用意された書類には、ここしばらくのハイセの功績が細かく記載されている。
「来たか、ハイセ」
「お呼びと聞きました」
「ああ。今回は叱責ではないから安心せよ」
「よかった」
「そこで本気で安心するな」
バルバロスは苦笑したあと、手元の書類へ目を落とした。
「本題は禁忌迷宮攻略を含む一連の功績に対する褒章だ。もっとも、其方の場合は最近、自ら迷宮へ潜るよりも迷宮そのものの制度を作り替えているようだがな」
「色々ありまして」
「色々、で国家間市場を一つ増やされては困るのだが」
宰相まで微妙な顔をしている。
ハイセは何も言わなかった。
◇
「以前より検討していた件だ」
バルバロスは姿勢を正した。
「余は其方へ【天爵】を授ける」
その言葉に、ハイセは少しだけ目を細めた。
通常の爵位とは異なる、一代限りの特殊な地位。領地経営を義務として押し付けるためではなく、高位貴族や国家組織がハイセ個人を容易に囲い込むことを防ぐための盾でもある。
「天爵とは、其方を王家へ縛る鎖ではない」
バルバロスは続ける。
「むしろ逆だ。其方ほどの力と影響力を持つ者を、一貴族や一組織の都合で私物化させぬための立場だと思え」
ハイセはしばらくその言葉を聞いていた。
「……誰かに俺の人生を決めさせないため?」
「簡潔に言えば、そうなる」
「なら」
ハイセは静かに頷いた。
「ありがたく受けます」
バルバロスも満足そうに頷いた。
そこで、本来なら話は終わるはずだった。
「ただ」
「……何だ?」
「一つ提案があります」
ガイストが小さく目を閉じた。
最近、この一言から何かが始まることを知っている。
◇
「天爵を与えるべき人物を、もう一人推薦致します」
謁見の間に小さなどよめきが走った。
バルバロスは興味深そうに身を乗り出す。
「聞こう」
「天霧綾斗。彼にも俺と同じ地位を与えることを推奨します」
「……天霧綾斗」
名前を確認したバルバロスの表情が変わった。
「一週間で【狂乱磁空大森林】と《ドレナ・デ・スタールの空中城》を連続攻略した、例の【叢雲】か」
「はい」
「現在、冒険者総合ランキング第一位だったな」
「本人は困ってますけど」
「そこは評価に関係ない」
その通りだった。
◇
「だが、其方がそこまで推薦する理由を聞きたい」
バルバロスの問いに、ハイセは少し考えてから答えた。
「綾斗本人の戦闘能力だけでも十分だと思います。それに、彼の扱う純星煌式武装は非常に古い個体ですが、現在の武装群と比較しても別格の力を持っている」
「其方の《青鳴の魔剣》よりもか?」
「性質が違います」
ハイセは即答した。
「《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》は座標軸そのものを断つことに意味がある。単純な力比べをする武器じゃない。でも、真正面から出力や破壊力を比べるなら――」
一瞬だけ言葉を切る。
「残念ながら、あっちの方が上だと思います」
謁見の間が静かになった。
バルバロスは顎へ手を添えた。
「其方がそこまで言うか」
「綾斗本人も、その武器だけに頼ってる人じゃないですから」
「……なるほど」
評価が、さらに一段上がった。
◇
「それだけではありません」
ハイセは続ける。
「彼と深い交流のある人物の中に、王家として無視しづらい事情を抱えた人が一人います」
「誰だ?」
「リーゼルタニア王国第一王女、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト」
「ああ、例の姫君か」
バルバロスにも心当たりはあった。
禁忌迷宮の攻略報酬を、自分の贅沢ではなく祖国や孤児院へ回そうとした少女。クローディアが巨額の報奨金を見せた瞬間に出発を決めた件については、王宮にも報告が上がっている。
「リーゼルタニアは慢性的に国家財政へ余裕がない。だからユリスは、自分で稼げる機会があればかなり積極的に動くと思います」
「そして天霧綾斗との関係も深い、と」
「はい」
バルバロスはすぐに意図を察した。
「天霧への国家規模の指名依頼を、我が王家の窓口へ一本化するつもりか」
「正確には、王家の承認を必要とする形です」
◇
「囲い込みではないのだな?」
「逆です」
ハイセは首を振った。
「誰か一人に囲わせないための天爵でしょう?」
バルバロスが黙った。
「綾斗本人が受けたい普通の冒険者依頼まで制限する必要はない。でも、国家が直接動かす規模の依頼なら、正式な外交窓口を通す。そうすればリーゼルタニア側から綾斗へ仕事を頼む場合も、ハイベルグとの国交に繋げられる」
「リーゼルタニアには報酬と人的交流が入り、我が国には新しい外交経路が生まれる」
「綾斗は一国家の私兵にならずに済む」
「そして王家は、国家級戦力に対する最低限の保護責任を持てる」
バルバロスの口元が少し上がった。
「考える余地は十分にあるな」
宰相も既に書類へ何かを書き込み始めている。
◇
「そして、もう一つ」
ハイセが言った瞬間。
ガイストが小さく息を吐いた。
「まだあるのか」
「あります」
「聞こう」
「天爵とは別件ですが、王家へ専用のオーガルクスを提供します」
今度は、バルバロスが明確に興味を示した。
「王家専用?」
「はい。国家間交流や【FAIR STAGE】が広がれば、王家にも戦力の象徴があった方がいい」
「どのような武器だ」
ハイセは持参していた細長いケースを前へ運ばせた。
蓋が開く。
内部に収められていたのは、一見すると装飾を抑えた一本の杖だった。
「名は」
ハイセが杖へ触れる。
「《星の杖(オル=ガノン)》」
◇
訓練用の広間へ場所を移し、ハイセは《星の杖》を起動した。
杖を基点として、空間へ細い円形のガイドラインが展開される。一つではない。半径も高さも異なる複数の円環が、使用者の周囲へ幾重にも走った。
「この円は?」
バルバロスが尋ねる。
「刃が走る軌道です」
「刃?」
ハイセが操作する。
次の瞬間。
円周上を。
何かが走った。
ほとんど見えない。
遅れて、離れた位置へ置かれていた複数の試験標的が一斉にずれ、そのまま床へ落ちた。
「…………」
バルバロスが言葉を失う。
「今、何が起きた?」
「円形軌道上をブレードが超高速で走りました」
ハイセは淡々と説明した。
円を追加すれば、攻撃範囲も方向も増える。大きく広げるほど円周が長くなるため、同じ数のブレードなら密度は下がる。その一方で、狭い領域へ刃を集めれば、攻撃だけでなく防御へも転用出来る。
「こんな感じ」
軌道の一部へ複数の刃が集中する。
今度は壁のように。
密度の高い防御領域が形成された。
さらに配置を調整すれば、密集した刃の上を一時的な足場として利用することも出来る。
「……攻防と機動を、一つの原理で成立させているのか」
「はい」
バルバロスの目が、完全に王ではなく一人の戦士のものになっていた。
◇
「そして本体が杖か」
「中にも刃があります」
「近づけば安全、という武器でもない?」
「そうなります」
元となった《星の杖》は、遠くから円軌道の高速斬撃を放つだけの兵器ではない。本体そのものにも刃を持ち、使い手自身の技量まで組み合わさることで、近距離から遠距離まで隙を埋める設計だった。
もっとも。
「強い武器ですが、誰が持っても同じ強さになるわけじゃありません」
「当然であろうな」
「円の位置、数、刃を走らせるタイミング。全部、使う人の判断に左右されるので」
「王権の象徴として飾るだけでは勿体ないというわけか」
「使えるなら使った方がいいです」
「気に入った」
即答だった。
◇
バルバロスはもう一度、《星の杖》を眺めた。
杖。
円環。
そこを巡る無数の刃。
王冠や王笏を思わせる意匠でありながら、実態は極めて攻撃的だ。
「王権の象徴としても悪くないな」
「王家仕様として使用者認証や安全系統も調整します。ただし、オーガルクスなので最終的には適合確認が必要です」
「よかろう」
バルバロスは満足げに笑う。
「天爵制度の拡張。そして天霧綾斗への授爵推薦。リーゼルタニアとの外交経路。加えて、この《星の杖》か」
少しだけハイセを見た。
「其方、最初から全部まとめて持ち込むつもりだったな?」
「偶然です」
「こちらを見て言え」
「…………」
バルバロスが笑った。
「よし、その提案乗った!!」
◇
問題は。
その翌日だった。
「綾斗」
星導館学園の生徒会室へ呼び出された天霧綾斗は、クローディアの笑顔を見た瞬間から警戒していた。
「先に言っておくけど、ダンジョン攻略ならしばらく行かないよ」
「まあ。随分警戒されてしまいましたわね」
「最近クローディアに呼ばれると、大抵何か増えるから」
「今回は攻略依頼ではありません」
「よかった……」
綾斗が明らかに安堵する。
クローディアは微笑んだまま、一通の正式文書を差し出した。
「おめでとうございます」
「何が?」
「ハイベルグ王国より、あなたへ天爵授与の打診が届いておりますわ」
「…………」
綾斗は文書を見る。
もう一度。
クローディアを見る。
「僕に?」
「ええ」
「……何で?」
「禁忌迷宮二ヶ所の連続攻略をはじめとする功績。そして」
クローディアの笑みが。
少しだけ深くなる。
「ハイセさんからの推薦ですわ」
綾斗は、完全に固まった。
◇
「ハイセが?」
「はい」
「僕に何も言ってないけど」
「推薦とは、そういうものでは?」
「いや、爵位だよ!?」
「天爵ですわね」
「言い直しても解決しないよ!」
その場にいたユリスも、驚いたように文書を覗き込んだ。
「待て。ハイベルグの天爵というと、国家級の依頼まで王家が窓口になるという、あの特殊爵位か?」
「そのようですわ」
「何故綾斗に」
「あなたとの関係も、推薦理由の一つだそうです」
「…………私?」
ユリスまで止まった。
クローディアは楽しそうに続ける。
「リーゼルタニアとの正式な外交経路として、綾斗を通じた国家依頼を利用出来るのではないか、と」
「…………」
ユリスは。
黙った。
それから。
もう一度文書を見る。
「ハイセ……」
「怒った?」
綾斗が尋ねる。
「逆だ」
ユリスは複雑そうな顔をした。
「こちらの事情を考えたうえで、私達が一方的に綾斗を利用する形にならないようにしてある」
それが分かるから。
怒れなかった。
◇
「でも僕、学生なんだけど」
綾斗は最近何度目か分からない台詞を口にした。
「冒険者ランキング第一位の学生ですわね」
「その肩書きもまだ納得してない!」
「さらに天爵候補です」
「増やさないで!」
「【叢雲】、ランキング一位、天爵」
「クローディア!」
「響きが良いですわ♪」
「楽しんでるよね!?」
ユリスは口元を押さえていた。
少し笑っている。
「ユリスまで!」
「す、すまん。だが……」
堪え切れず。
「お前、普通にしているだけなのに本当に肩書きが増えるな」
「僕が一番聞きたいよ!」
◇
当然。
情報は。
すぐにハイベルグ側にも広がった。
「天爵が二人になる?」
報告書を読んだサーシャが聞いた。
「正式受諾されればな」
ガイストが答える。
「一人はハイセ」
「ああ」
「もう一人は?」
ガイストは。
一瞬だけ。
答えるのを躊躇した。
「天霧綾斗」
サーシャの顔が。
止まった。
ピアソラが、嫌な予感を覚える。
「サーシャ?」
「…………また」
プレセアも察した。
「あら」
「また」
サーシャの拳が。
震え始める。
「天霧かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
王都に。
今日も。
元気な絶叫が響いた。
◇
「何でだ!!」
サーシャは机を叩いた。
「姉には木刀一本で五連敗!」
「六戦目以降は良くなっていたじゃない」
プレセアが宥める。
「弟は冒険者ランキング一位!」
「それは実績だし」
ピアソラが続ける。
「ハイセから天爵まで推薦される!」
「それも実績ね」
「戦闘記録は家宝!」
「うん」
「電車の本は永久保存!」
「うん……」
「自分の写真集まで贈る!」
「そこは未だに私もよく分からないわ」
「そして今度は爵位までお揃い!!」
サーシャは両手で頭を抱えた。
「天霧家は私に何の恨みがあるんだ!!」
◇
ちょうどそこへ。
ハイセが入ってきた。
「何してるの?」
サーシャが。
ゆっくり顔を上げる。
「お前」
「何?」
「何故綾斗を天爵に推薦した」
「必要だと思ったから」
「何故!」
ハイセは少し考えた。
「強いし」
「知ってる!」
「二つ禁忌迷宮攻略したし」
「知ってる!」
「セル=ベレスタもすごいし」
「知ってる!!」
「ユリスとの関係を使えば、リーゼルタニアとの外交にも――」
「理屈を言うな!! 正しいから反論出来ないだろうが!!!」
サーシャの怒りは。
完全に感情論だった。
◇
「それに」
ガイストが資料を見る。
「王家へ新しいオーガルクスまで提供したそうだな」
「《星の杖(オルガノン)》」
「何だそれ」
「杖から円形の軌道を展開して、その軌道上をブレードが高速で走る武器」
「…………」
「刃を集めれば防御にも使えるし、足場にも出来る」
「…………」
「王家の象徴にちょうどいいかなって」
サーシャは。
数秒。
黙った。
「爵位の話をしに行って」
「うん」
「何故、新しい国家級武装まで増やして帰ってくるんだ?」
「持っていったから」
「そういう意味じゃない!!」
再び。
王都へ。
怒声が響いた。
◇
その夜。
王城。
バルバロスは、正式な天爵候補者名簿を眺めていた。
ハイセ。
天霧綾斗。
二人。
生まれた世界も違う。
戦い方も違う。
欲しいものも。
生き方も。
まるで違う。
だが。
一つだけ。
共通していた。
力が大きすぎる。
だからこそ。
誰か一人の都合で。
所有させてはいけない。
「天爵、か」
バルバロスは呟く。
元々は。
一人の冒険者を。
守るために考えた。
特殊な地位。
それが今。
二人目へ。
広がろうとしている。
そして。
机の傍らには。
一本の杖。
《星の杖(オル=ガノン)》。
まだ正式な使用者は。
決まっていない。
それでも。
円環を巡る刃は。
王家が新しい時代へ。
足を踏み入れたことを。
象徴するには。
十分だった。
一方。
同じ頃。
天霧綾斗は。
正式文書を前に。
頭を抱えていた。
「ランキング一位になったと思ったら、今度は爵位……」
紗夜が隣で答える。
「次は国王」
「ならないよ!?」
綺凛が慌てる。
「さ、さすがにそれはないと思います!」
ユリスが。
少し考えた。
「……多分な」
「ユリスまで不安にさせないで!」
彼は。
本当に。
普通に。
冒険者として。
手伝っただけだった。
何故か。
そのたびに。
株と肩書きだけが。
増えていく。
そして。
そのたびに。
遠く離れた場所で。
サーシャの。
天霧ヘイトカウンターも。
同じだけ。
増えていた。