【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

63 / 104
第63話 万有天羅は弟子を拾う

 

 

 その日の朝、ハイセはハイベルグ王都へ向かう予定だった。

 

 サーシャへ【FAIR STAGE】の近況を伝え、クレアの【双月】についても追加データを渡す。ついでにガイストから頼まれていた資料まで持っていく、ただそれだけの、ごく普通の予定だった。

 

 少なくとも、一本の通信が入るまでは。

 

『界龍第七学院、生徒会長が本日ハイベルグ王国へ向かう予定です』

 

 ハイセは通信画面を見たまま、完全に止まった。

 

「…………」

 

 カミラが横から資料を覗き込む。

 

「どうした?」

 

「予定変更」

 

「何があった?」

 

「今日はハイベルグ行かない」

 

「だから何故だ」

 

 ハイセは荷物を抱え直した。

 

「范星露が来る」

 

 カミラも一瞬だけ黙った。

 

「……ああ」

 

「分かった?」

 

「気持ちは分かった」

 

「じゃあ今日は研究室にいる」

 

「待て。お前、元々ここにいるだろう」

 

「もっと奥にいる」

 

「避難場所として研究室を使うな!」

 

 

 もちろん、ハイセはサーシャ達へ何も言わなかった。

 

 理由は単純だった。伝えれば「何故お前は来ない」と聞かれるし、范星露について詳しく説明すれば、何故そこまで警戒しているのかまで話さなくてはならない。

 

 ならば黙って避難する。

 

 実に合理的な判断だと、本人だけは思っていた。

 

「何か忘れてない?」

 

 エルネスタが笑いながら尋ねる。

 

「何を?」

 

「ハイベルグ側への警告」

 

「知らない方が自然に対応出来る」

 

「それ、言い訳だよね?」

 

「違う」

 

「目を逸らしながら言っても説得力ないよ♪」

 

 ヒルダは隣で楽しそうに端末を操作していた。

 

「キヒヒ……范星露か。確かに君が逃げたくなる気持ちは分からなくもない」

 

「ヒルダまでそう言うの?」

 

「面白そうなものを見つけた時の研究者と、面白そうな才能を見つけた時の武人は、よく似ているからね」

 

 カミラが二人を見比べる。

 

「お前が言うと妙な説得力があるな」

 

 

 同じ頃、ハイベルグ王国。

 

 サーシャは訓練場で、一人木剣を振っていた。

 

 最近は通常の鍛錬にも、天霧遥との稽古で得た考え方を意識して取り入れている。以前のように「こう斬る」と先に答えを決めるのではなく、相手の位置や呼吸、重心を見たうえで次の動作を選ぶ。

 

 今日はプレセアが練習相手だった。

 

「右から行くわよ」

 

「わざわざ言うのか?」

 

「言った通りに来るとは限らないでしょう?」

 

「……クレアみたいなことするな」

 

「あなた、あの子との模擬戦で随分警戒心が強くなったもの」

 

 プレセアが【ランビリス】を軽く展開する。

 

 右。

 

 サーシャは動かない。

 

 構造体が一つ前へ出る。

 

 まだ待つ。

 

 次に左側の一片が僅かに角度を変えた瞬間、サーシャが踏み込んだ。

 

「そこ!」

 

 プレセアが目を細めた。

 

 以前なら、最初に見えた動きへ反応していただろう。

 

 今は違う。

 

 見て。

 

 待って。

 

 選ぶ。

 

「良くなったわね」

 

「遥に六回も転がされたからな」

 

「五回ではなく?」

 

「六回目も一本は取れてない!」

 

 そこへ。

 

「ほう」

 

 聞き慣れない声が割り込んだ。

 

 

「面白いのう」

 

 サーシャとプレセアが同時に振り返る。

 

 訓練場の入口に、小柄な少女が立っていた。見た目だけなら、王都を観光している学生にしか見えない。

 

 だが。

 

 サーシャの身体が。

 

 勝手に警戒した。

 

「…………」

 

 剣を構えるつもりはなかった。

 

 それなのに、手が柄へ近づく。

 

 プレセアも気づいたらしい。

 

「あなた……誰?」

 

「わしか?」

 

 少女は笑った。

 

「界龍第七学院生徒会長、范星露じゃ」

 

 サーシャの表情が変わる。

 

「……アスタリスクの?」

 

「そうじゃ」

 

「何故ここにいる?」

 

「遊びに来た」

 

「観光か?」

 

「ついでに面白い弟子でも落ちておらんかと思うてな」

 

 サーシャは嫌な予感がした。

 

 最近、その直感だけは妙に当たる。

 

 

 范星露は訓練場へ入り、サーシャの周囲を一周した。

 

「な、何だ?」

 

「見ておる」

 

「何を?」

 

「色々じゃ」

 

 サーシャの眉が寄る。

 

「そういう曖昧な言い方をする奴は、最近ろくなことをしないんだ」

 

「ほう。苦労しておるのう」

 

「主にハイセのせいだ」

 

「ハイセ?」

 

「知らないのか?」

 

「名は聞いておる。最近やたら騒ぎを起こしておる歌姫じゃろう?」

 

「騒ぎの規模まで把握してるなら十分だ」

 

 范星露は楽しそうに笑い、もう一度サーシャを見る。

 

「しかし、なるほど。そなた、面白い癖を身につけておるな」

 

「癖?」

 

「相手を見てから動こうとしておる」

 

 サーシャの目が鋭くなる。

 

「分かるのか?」

 

「丸見えじゃ」

 

 

「悪いのか?」

 

「悪くはない」

 

 星露はサーシャの正面へ立った。

 

「以前のそなたがどうであったかは知らぬが、今は相手を見てから答えを選ぼうとしておる。誰か良い師に会ったようじゃの」

 

「……天霧遥」

 

「ほう」

 

 星露の顔が少し楽しそうになった。

 

「天霧か。なるほど、それでか」

 

「何だその納得の仕方は」

 

「じゃが」

 

 星露は一歩近づいた。

 

「まだ遅い」

 

 次の瞬間。

 

 サーシャの頬へ。

 

 指が触れていた。

 

「――っ!?」

 

 サーシャが飛び退く。

 

 見えなかったわけではない。

 

 星露が動いたことも分かっていた。

 

 それなのに。

 

 避けると決めた時には。

 

 もう触れられていた。

 

 

「今、何をした?」

 

「歩いただけじゃ」

 

「嘘をつけ!」

 

「本当じゃよ」

 

 星露は笑っている。

 

「そなたはわしを見た。腕が動くのも見えた。そこまでは良い」

 

「なら何故」

 

「その後で考えた」

 

 サーシャが止まる。

 

「避けるべきか。受けるべきか。後ろか、横か。ほんの僅かじゃが、そなたは頭で答えを作った」

 

「それが駄目なのか?」

 

「戦いにおいては、僅かな思考も時間になる」

 

 星露は自分の胸元を指差した。

 

「見ることと、考えることと、動くこと。そなたの中では、まだ三つに分かれておる」

 

「…………」

 

「一つにせよ」

 

 

 サーシャは黙った。

 

 天霧遥から教わったのは、相手を見ることだった。

 

 自分の答えを先に押し付けない。相手を観察し、その動きを確かめてから、自分の次を選ぶ。

 

 それは確かに、今のサーシャを以前より強くした。

 

 だが。

 

 星露は。

 

 さらに先を言っている。

 

「見る」

 

「うむ」

 

「考える」

 

「うむ」

 

「動く」

 

「それを順番にするな」

 

 星露が笑う。

 

「見えた時には、身体も答えておるようにせよ」

 

「そんなことが出来るのか?」

 

「出来るから言っておる」

 

「簡単に言うな!」

 

「簡単ではないぞ?」

 

 サーシャは頭を抱えた。

 

 このタイプ。

 

 知っている。

 

 出来る側が当然のように無茶を言うタイプだ。

 

 

「決めた」

 

 星露が突然言った。

 

「何を?」

 

「そなた、今日からわしの弟子になれ」

 

「…………は?」

 

「才能はある。考え方も悪くない。何より、その程度で完成したと思っておらん顔が良い」

 

「待て」

 

「何じゃ?」

 

「私は一言も弟子になりたいと言ってない!」

 

「うむ」

 

「なら何故決まった!?」

 

「わしが決めたからじゃ」

 

 サーシャの額に青筋が浮かぶ。

 

「アスタリスクの人間は全員こうなのか!?」

 

 プレセアが、そっと視線を逸らした。

 

「私に聞かないでちょうだい」

 

 

「断る」

 

 サーシャは即答した。

 

「よいぞ」

 

「…………え?」

 

 予想外にあっさりした返事だった。

 

 星露は楽しそうに両手を後ろへ回す。

 

「弟子入りを強制してもつまらぬ。一度わしと戦って、それでも嫌なら断ればよい」

 

「……手合わせ?」

 

「そうじゃ」

 

 サーシャの目が変わる。

 

「本当に、それで終わりか?」

 

「わしが嘘をつく理由があるか?」

 

「最近、嘘をつく剣士まで身近に出来たから疑う癖がついた」

 

「そなた、随分楽しそうな環境におるのう」

 

「私は全然楽しくない!」

 

 だが。

 

 手合わせそのものには。

 

 興味があった。

 

 

 ガイストが呼ばれ、事情を聞くなり額を押さえた。

 

「何故私が少し目を離した間に、界龍の生徒会長とサーシャが戦うことになっている」

 

「私に聞くな」

 

「わしが誘った」

 

「あなたは即答しないでいただきたい」

 

 ピアソラとレイノルドまで訓練場へ集まり、少し離れた場所で見守ることになった。

 

「大丈夫なの?」

 

 ピアソラが尋ねる。

 

 ガイストは范星露を見る。

 

「大丈夫かどうかで言えば、相手が悪すぎる」

 

「そんなに?」

 

 レイノルドが小声で聞く。

 

「界龍第七学院の頂点だ」

 

「……サーシャ、何で受けたんだよ」

 

「本人に聞け」

 

 その本人は。

 

 既に剣を構えていた。

 

 

「本気でいいのか?」

 

 サーシャが確認する。

 

「好きにせよ」

 

「後悔するなよ」

 

「ほっほ。威勢が良いのう」

 

 開始の合図。

 

 サーシャは。

 

 動かなかった。

 

 まず見る。

 

 星露の肩。

 

 足。

 

 腰。

 

 呼吸。

 

 重心。

 

 天霧遥との稽古で身につけたものを、全て使う。

 

 星露も動かない。

 

 数秒。

 

「…………」

 

「…………」

 

 サーシャが眉を寄せる。

 

「何故動かない」

 

「そなたが待っておるからじゃ」

 

「なら私から――」

 

 その瞬間。

 

 星露が消えた。

 

 

「っ!」

 

 右。

 

 そう判断した時には。

 

 背後。

 

 サーシャは身体を回す。

 

 星露の掌。

 

 受ける。

 

 いや。

 

 受けようとした。

 

 次の瞬間には。

 

 足を払われていた。

 

「なっ――!」

 

 視界。

 

 反転。

 

 サーシャは地面へ手をつき、強引に身体を回して立ち直る。

 

「まだ!」

 

 踏み込む。

 

 剣。

 

 横薙ぎ。

 

 星露は。

 

 避けない。

 

 剣が届く直前。

 

 ほんの僅か。

 

 身体をずらす。

 

 空振り。

 

「くっ!」

 

 返す。

 

 突き。

 

 その手首へ。

 

 指先。

 

「――!」

 

 力が。

 

 僅かに逸れる。

 

 次の瞬間。

 

 星露の掌が。

 

 胸元で止まっていた。

 

「一本じゃな」

 

 

「…………」

 

 サーシャは固まった。

 

 時間にすれば。

 

 数十秒。

 

 いや。

 

 もっと短い。

 

「もう一度」

 

「よかろう」

 

 二戦目。

 

 今度はサーシャから攻めた。

 

 速さ。

 

 力。

 

 技術。

 

 今持っているものを、全て使う。

 

 だが。

 

 当たらない。

 

 星露は、遥のように攻撃の起点を一つずつ潰すわけではなかった。

 

 サーシャが動く。

 

 その流れの中へ。

 

 自然に。

 

 星露がいる。

 

 剣を振れば、その先にはいない。

 

 踏み込めば、自分の重心だけが前へ流れる。

 

 守れば。

 

 守ろうとした方向とは別の場所へ。

 

 既に。

 

 攻撃がある。

 

 

 三戦目。

 

 サーシャは。

 

 何も考えないようにした。

 

 それが。

 

 逆に。

 

 駄目だった。

 

「頭を空にすることと、身体に任せることは違うぞ」

 

 星露の足が、サーシャの足首へ軽く触れる。

 

 体勢が崩れる。

 

「くそっ!」

 

「考えるなとは言っておらぬ」

 

「さっき言っただろ!」

 

「考えることを遅くせよとは言った」

 

「同じじゃないのか!?」

 

「全く違う」

 

 サーシャは。

 

 本気で。

 

 腹が立ってきた。

 

 だが。

 

 それ以上に。

 

 面白かった。

 

 

 四戦目。

 

 サーシャは。

 

 一つだけ。

 

 変えた。

 

 星露を見る。

 

 だが。

 

 「どうする」と考えない。

 

 右足。

 

 僅かな変化。

 

 身体が。

 

 先に動く。

 

 星露の指先が。

 

 頬の横を。

 

 通り抜けた。

 

「…………!」

 

 初めて。

 

 避けた。

 

 サーシャ自身が。

 

 一番驚いた。

 

「今の」

 

「うむ」

 

 星露の目が。

 

 楽しそうに細くなる。

 

「それじゃ」

 

「私、今何した?」

 

「知らぬ」

 

「教えろ!」

 

「自分の身体に聞け」

 

「無茶言うな!!」

 

 

 そのまま。

 

 星露の拳が。

 

 次の一撃へ繋がる。

 

 今度は。

 

 避けられない。

 

 サーシャ。

 

 地面。

 

 転がる。

 

「……結局負けるのか」

 

「当然じゃ」

 

 星露は悪びれない。

 

「一度出来たくらいでわしに勝てたら、わしが困る」

 

「天霧遥も似たようなこと言ってたぞ……」

 

「良い師ではないか」

 

「それは認めてる」

 

 サーシャは。

 

 地面へ座ったまま。

 

 星露を見る。

 

「……もう一度」

 

 星露の笑みが。

 

 深くなった。

 

「よかろう」

 

 

 六戦目。

 

 七戦目。

 

 八戦目。

 

 勝てない。

 

 一度も。

 

 だが。

 

 少しずつ。

 

 変わる。

 

 最初は。

 

 見てから。

 

 考えていた。

 

 次に。

 

 見た瞬間。

 

 動くようになった。

 

 そして。

 

 時折。

 

 自分でも。

 

 何故そう動いたのか。

 

 説明出来ない瞬間が。

 

 生まれ始める。

 

 星露が。

 

 それを。

 

 見逃すはずもなかった。

 

「面白い」

 

 九戦目の途中。

 

 彼女は。

 

 本当に。

 

 楽しそうに笑った。

 

「何が?」

 

「そなた、理屈を捨てぬまま感覚へ入ろうとしておる」

 

「悪いのか?」

 

「逆じゃ」

 

 星露が。

 

 サーシャの剣を。

 

 指一本で。

 

 僅かに逸らす。

 

「大好物じゃ」

 

「言い方!!」

 

 

 結局。

 

 サーシャは。

 

 一本も取れなかった。

 

 夕方。

 

 訓練場。

 

 完全に。

 

 疲労。

 

 地面へ。

 

 仰向け。

 

「……死ぬ」

 

「元気そうじゃな」

 

「誰のせいだ」

 

「わしじゃな」

 

「自覚あるなら少しは申し訳なさそうにしろ」

 

 范星露は笑っている。

 

「で?」

 

「何が」

 

「弟子になるか?」

 

 サーシャは。

 

 空を見る。

 

 数秒。

 

 そして。

 

「……なる」

 

「ほう」

 

「このまま帰られたら腹立つ」

 

「それが理由か?」

 

「あと」

 

 サーシャは。

 

 少しだけ。

 

 笑った。

 

「もっと知りたい」

 

 星露は。

 

 満足そうに。

 

 頷いた。

 

「よし。今日からわしの弟子じゃ」

 

 

 翌日。

 

 何も知らないふりをして。

 

 ハイセが。

 

 ハイベルグへ戻ってきた。

 

 扉を開ける。

 

「おはよう」

 

 そこには。

 

 サーシャ。

 

 ガイスト。

 

 プレセア。

 

 ピアソラ。

 

 レイノルド。

 

 范星露。

 

 全員。

 

 いた。

 

 ハイセは。

 

 扉を。

 

 ゆっくり。

 

 閉めようとした。

 

「待て」

 

 サーシャの声。

 

 止まる。

 

「…………」

 

「入れ」

 

「研究が」

 

「入れ」

 

「カミラが呼んでる気が」

 

「今ここで殺されたくなければ入れ!!!」

 

「はい」

 

 

 ハイセは。

 

 大人しく。

 

 座った。

 

 サーシャは。

 

 非常に。

 

 静かな顔をしている。

 

 こういう時ほど。

 

 怖い。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「お前」

 

 一拍。

 

「知ってたな?」

 

「何を?」

 

「范星露が来ることを」

 

「…………」

 

「知ってたな?」

 

 ハイセは。

 

 観念した。

 

「だから避難した」

 

 サーシャの額に。

 

 青筋。

 

「私を置いて!?」

 

「サーシャなら大丈夫だと思って」

 

「大丈夫じゃなかったから弟子にされたんだよ!!!」

 

 

 レイノルドが。

 

 耐え切れず。

 

 笑う。

 

「ぶはっ!」

 

「笑うな!!」

 

 ピアソラも肩を震わせている。

 

「ご、ごめんなさい。でも……」

 

「何だ!」

 

「最近のサーシャ、先生増えすぎじゃない?」

 

「増やしたくて増やしてるんじゃない!!」

 

 プレセアが。

 

 指折り。

 

 数える。

 

「天霧遥さん」

 

「うん」

 

「そして范星露さん」

 

「二人だけだ!」

 

「ハイセも昔から色々影響してるでしょう?」

 

「そいつは先生じゃない!」

 

 ハイセが。

 

 少し。

 

 傷ついた顔をする。

 

「酷い」

 

「黙れ!!」

 

 

 その時。

 

 范星露が。

 

 ハイセを。

 

 じっと見た。

 

「ほう」

 

 ハイセが。

 

 固まる。

 

「…………」

 

「そなたがハイセか」

 

「違います」

 

「お前今、名前呼ばれて返事しただろ!」

 

 サーシャが突っ込む。

 

 星露は楽しそうにハイセの周囲を歩く。

 

「歌姫。研究者。冒険者。天爵。妙な武器まで扱う」

 

「カミラ」

 

 ハイセが立ち上がる。

 

「帰る」

 

「ここにカミラはいないぞ」

 

「じゃあ一人で帰る」

 

「逃げるな!!!」

 

 范星露の目が。

 

 ますます。

 

 輝く。

 

「ふむ。そなたも面白そうじゃのう」

 

「全然面白くないです」

 

「少し手合わせを――」

 

「帰ります」

 

「待て待て」

 

「嫌です」

 

「即答か」

 

「嫌な予感には従うことにしてるので」

 

 サーシャが。

 

 ハイセの服を。

 

 掴んだ。

 

「逃がすと思うか?」

 

「サーシャ」

 

「何だ」

 

「昨日の俺と同じ判断をしてる」

 

「お前だけ逃げ切ったのが腹立つんだよ!!!」

 

 

 結局。

 

 その日の午後。

 

 ハイセが范星露と戦ったかどうかは。

 

 別の話として。

 

 サーシャには。

 

 新しい師が。

 

 出来た。

 

 天霧遥から学んだ。

 

 相手を見ること。

 

 先に。

 

 答えを決めないこと。

 

 そして。

 

 范星露から。

 

 新しく。

 

 教わり始めた。

 

 見ること。

 

 考えること。

 

 動くこと。

 

 それらを。

 

 別々の手順にしないこと。

 

 頭で作った。

 

 正解へ。

 

 身体を。

 

 追いつかせるのではなく。

 

 身体も。

 

 感覚も。

 

 意識も。

 

 同じ瞬間に。

 

 答えへ。

 

 辿り着かせる。

 

 それは。

 

 サーシャにとって。

 

 これまでとは。

 

 全く違う。

 

 強さへの。

 

 入口だった。

 

 

 夕方。

 

 サーシャは。

 

 再び。

 

 木剣を持つ。

 

 范星露。

 

 正面。

 

「今日は何をする?」

 

「まず百回ほど転がってみるかの」

 

「もう少し段階というものを考えろ!!」

 

「大丈夫じゃ。才能はある」

 

 サーシャは。

 

 一瞬。

 

 止まる。

 

 最近。

 

 似た言葉を。

 

 聞いた。

 

 クレア。

 

 ハイセ。

 

「……まさか」

 

「何じゃ?」

 

「私も今後、何か聞かれるたびに」

 

 嫌な顔。

 

「『素質?』で済まされるんじゃないだろうな」

 

 星露が。

 

 楽しそうに。

 

 笑う。

 

「それも悪くないのう」

 

「悪いわ!!!」

 

 ハイベルグ王都に。

 

 また。

 

 サーシャの。

 

 元気な怒声が。

 

 響いた。

 

 そして。

 

 遠く離れた。

 

 アルルカント。

 

 ハイセは。

 

 何故か。

 

 くしゃみをした。

 

「……嫌な予感する」

 

 カミラが。

 

 横を見る。

 

「お前は最近、その勘だけ妙に当たるな」

 

「帰らない方がいい?」

 

「今度は何をした」

 

「何も」

 

「その返事をもう信用出来ないんだよ!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。