【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
冒険者ギルド連盟から届いた通知を見た時、ハイセは最初、何かの冗談だと思った。
端末には、新制度として正式制定された【七大冒険者】の説明が記載されている。高ランク迷宮の攻略数、戦闘実績、社会的影響、技術的貢献、異世界との交流実績、そして一般社会への認知度まで加味し、現在の冒険者社会を代表する七つの「席」を選定する制度らしい。
「七人じゃなくて、七席なんだ」
ハイセが呟くと、隣にいたカミラが通知を覗き込んだ。
「共同活動の比重が増えたからだろう。個人単位だけでは評価出来ない例が増えすぎた」
「誰のせい?」
「お前達だよ」
否定出来なかった。
◇
発表はその日の正午、冒険者ギルド連盟本部から世界中へ一斉配信された。
アスタリスクの大型モニターにも同じ映像が流れ、各学園では授業そっちのけで端末を開く学生まで現れた。異世界側のギルドでも冒険者達が酒場や受付へ集まり、誰が最初の七席に選ばれるのかを待っている。
そして、最初の名が表示された。
【第一席――天霧綾斗】
星導館の生徒会室で画面を見ていた綾斗は、数秒ほど何も言えなかった。
「…………」
クローディアは、にこやかに紅茶を口へ運ぶ。
「おめでとうございます、綾斗」
「待って」
「何でしょう?」
「冒険者総合ランキング一位になったと思ったら、今度は七大冒険者の第一席?」
「順当ですわね」
「僕、学生なんだけど」
「天爵候補でもありますわ♪」
「増やさないで!」
ユリスが口元を押さえ、紗夜は淡々と端末へ保存していた。綺凛だけが純粋に「すごいです、天霧先輩!」と喜んでおり、その善意が綾斗には一番逃げ場がなかった。
◇
【第二席――Yami_Q_ray/シルヴィア・リューネハイム】
アルルカント。
ハイセは画面を見る。
「…………」
カミラも見る。
「…………」
「何で共同?」
「読め」
評価理由には、二人の戦闘力だけでなく、異世界における圧倒的な知名度、歌姫としての社会的影響、技術・文化交流への貢献、そして【FAIR STAGE】以降の市場形成まで細かく記載されていた。
さらに最後に、妙に大きな文字で。
【話題性・公共影響力を総合的に評価】
ハイセの目が細くなる。
「話題性って書いてある」
「実際あるだろう」
「戦闘ランキングじゃないの?」
「最初から総合評価だ」
そこへシルヴィアから通信が入った。
『ハイセ君! 私達、二位ですって!』
「らしいね」
『共同席って何だかデュオみたいで素敵じゃない?』
「そこ喜ぶんだ」
『だって話題性評価よ? なら話題にならないと損でしょう?』
さすがトップスターだった。
◇
【第三席――オーフェリア・ランドルーフェン】
レヴォルフ黒学院では、ディルクが結果を見ても眉一つ動かさなかった。
「まあ、そうなるだろうな」
オーフェリアはというと、特に感慨もなさそうに窓の外を眺めている。
「最近、高ランク迷宮の攻略記録が異様に増えていましたものね」
イレーネが端末を眺めながら言うと、ディルクは鼻で笑った。
「発生した迷宮を放置する理由がねぇ。FAIR STAGEで権利取れた案件なら、潰して資源回収する。それだけだ」
「その結果が第三席ですか」
「結果が付いてくるなら貰っとけ」
オーフェリアは静かにディルクを見る。
「次は?」
「待機。A以上が出たら動け」
「分かった」
もはや完全に、高ランク迷宮専門の災害処理班だった。
◇
【第四席――プレセア/ヒジリ】
「…………え?」
今度は、本人達が一番驚いた。
ハイベルグの宿で結果を見ていたヒジリは、端末とプレセアの顔を何度も見比べる。
「アタシ達?」
「そう書いてあるわね」
「何で!?」
「高ランク迷宮を何ヶ所か攻略したからではないかしら」
「何ヶ所かってレベルだったっけ?」
実際には【ランビリス】と【ケリードーン】の実戦運用を兼ね、二人はここしばらくAランク以上の迷宮を複数攻略している。プレセアが変幻自在の制圧と防御を担当し、ヒジリが高速機動と射撃で突破口を開く組み合わせは、想像以上に攻略適性が高かった。
プレセアは穏やかに紅茶を飲む。
「実績として記録されていたのね」
「いや、記録されてんのは分かるけどさ……」
ヒジリは頭を掻いた。
「いつの間に七大冒険者になるほど走ってたんだ、アタシ達」
「楽しかったからでは?」
「否定出来ない!」
◇
【第五席――エクリプス・ゾロアスター】
この名が表示された瞬間だけは、異世界側の冒険者達から大きなどよめきが起こった。
長く最上位として知られてきた【聖典魔卿】。その実績も力量も疑う者はいない。
だからこそ。
「エクリプスが……五位?」
酒場の一角。
誰かが呟いた。
弱くなったわけではない。
彼女より上に、今まで存在しなかった種類の評価対象が一気に入り込んできたのだ。
異世界人。
純星煌式武装。
強化型煌式武装。
ダンジョン市場。
技術交流。
世界そのものが変わった結果、ランキングの意味まで変わり始めていた。
◇
【第六席――范星露】
発表を見たサーシャは、一度だけ目を閉じた。
「…………」
隣のガイストが何も言わない。
「なあ」
「何だ」
「何で師匠がいる?」
「実績欄を読め」
サーシャは嫌々そこを見る。
高ランク迷宮複数踏破。
SSレート魔物二体同時討伐。
迷宮内の敵性存在を多数単独撃破。
「……これ全部」
「本人曰く遊びだそうだ」
ちょうどその時。
「ほっほっほ!」
本人が現れた。
范星露は自分の順位を見て、心底どうでもよさそうに笑っている。
「六位じゃと。随分持ち上げられたものじゃな」
「何で六位になるほど暴れてるんだ!!」
「面白そうな穴があったから入っただけじゃ」
「ダンジョンを穴って言うな!!」
「中に強そうなのがおったから殴った」
「SSレート二体を遊びで瞬殺するな!!!」
范星露はますます楽しそうに笑った。
「そなたも七席入りしておるぞ?」
サーシャが固まる。
◇
【第七席――サーシャ】
理由は明快だった。
禁忌迷宮攻略。
過去から積み上げてきたS級冒険者としての実績。
そして近年の戦闘能力向上。
「…………七位」
サーシャは画面を見た。
「七大冒険者なんだから、七位でも十分すごいわよ」
プレセアが穏やかに言う。
「分かってる」
「なら何故そんな顔をしているの?」
サーシャは無言のまま、順位表を上から見直した。
一位。
天霧綾斗。
二位。
ハイセとリューネハイム。
三位。
オーフェリア。
四位。
プレセアとヒジリ。
五位。
エクリプス。
六位。
自分の師匠。
七位。
自分。
「…………」
サーシャの眉間に、深い皺が寄る。
「また天霧が一番上にいる」
「そこ!?」
◇
「しかもプレセアとヒジリまで上!」
「実績ですもの」
「師匠も上!」
「わしは遊んでおっただけじゃぞ?」
「それが一番腹立つ!!」
ヒジリが笑いながらサーシャの肩を叩く。
「いいじゃん。七大冒険者には入れたんだから」
「お前が四位側から言うな!」
「共同だけどな!」
「それでも上だろうが!」
ピアソラは少し離れた場所から眺め、呆れたように溜息を吐いた。
「最近のサーシャ、本当に順位表を見るたび叫んでますわね」
「私のせいか!?」
「半分くらい環境のせいでしょうね」
残り半分については誰も言わなかった。
◇
七大冒険者の発表だけでも、十分に世界を騒がせた。
だが。
その日の夕方。
アスタリスクでは、もう一つの順位が更新された。
六学園総合評価。
これまでは《星武祭》の戦績を中心に語られることが多かったが、異世界との接続以降、企業統合財体は評価基準を大きく拡張していた。迷宮攻略、異世界資源の獲得、技術革新、市場形成、外交的影響、公共貢献。それらを含めた新しい総合順位である。
第一位。
【レヴォルフ黒学院】
ディルクは結果を見ても、やはり驚かなかった。
「当然だな」
オーフェリアによる高ランク迷宮攻略。
FAIR STAGEへの積極参加。
異世界資源の確保。
市場への早期介入。
レヴォルフは、混乱を最も早く利益へ変えた学園だった。
◇
第二位。
【星導館学園】
ディルクの眉が。
初めて。
少しだけ動いた。
「……星導館?」
ハイセもアルルカントの端末で同じ順位を見ていた。
「綾斗が一位だから?」
カミラが首を横に振る。
「それだけでここまでは上がらない」
「ユリス達も空中城と大森林攻略したよ」
「それを加味しても、妙に高い」
ハイセはしばらく考えた。
「クローディア?」
「恐らく」
二人とも、それ以上は言わなかった。
何をしているのか分からない。
だからこそ。
嫌な感じがする。
◇
同じ頃。
星導館。
クローディアは順位表を眺めながら、優雅に紅茶を口へ運んでいた。
「まあ」
微笑む。
「二位ですのね」
綾斗が隣から画面を見る。
「クローディア」
「はい?」
「何かした?」
「何をでしょう?」
「その返し、絶対何かした時のやつだよね」
「心外ですわ」
笑顔。
完璧。
隙なし。
綾斗は。
それ以上。
聞くのをやめた。
経験上。
今は。
その方がいい。
◇
第三位。
【アルルカント・アカデミー】
「三位」
ハイセが呟く。
「戦闘成績だけで考えると異常だな」
カミラは数字を確認する。
だが。
強化型煌式武装。
【簡易煌式複装(デミルークス)】。
【王冠】。
異世界技術。
セイレーン計画。
ダンジョン予測。
さらに。
ハイセ。
クレア。
技術と制度への影響を含めれば。
むしろ。
ここまで上がらない方が。
不自然。
「……私達」
カミラが。
嫌な顔をする。
「思った以上にアスタリスクの基盤へ食い込んでいるな」
「選択肢増やしてただけなんだけど」
「結果として標準を作ってるんだよ!」
そこは。
以前から。
ずっと。
カミラが心配していた部分だった。
◇
第四位。
【クインヴェール女学園】
「…………え?」
シルヴィア本人が。
最初に驚いた。
ステージ。
芸能。
広報。
異世界文化交流。
Yami_Q_rayとの共同活動。
さらに。
天空リゾート。
クインヴェールは、戦闘とは違う場所で圧倒的な影響を生み始めていた。
「四位なの?」
シルヴィアが端末を見る。
近くにいた学生達は。
既に。
大歓声。
「すごい!」
「リューネハイムさん二位席だし!」
「リゾート予約取れないんだけど!」
「そこは順位と関係ある!?」
シルヴィアは笑った。
だが。
その目は。
少しだけ。
考えていた。
アスタリスクの価値基準が。
確実に。
変わっている。
◇
第五位。
【界龍第七学院】
「五位か」
范星露。
興味なし。
「もう少し上を目指されてはいかがでしょうか」
周囲が尋ねても。
「別に構わんじゃろ」
「しかし生徒会長として」
「面白い奴がおればそれでよい」
終わり。
個人としては七大冒険者六位。
SSレート二体を瞬殺。
それでも。
学園順位。
全く。
興味なし。
サーシャがこの場にいれば。
確実に。
怒鳴っていた。
◇
そして。
第六位。
【聖ガラードワース学園】
順位を見た者達の間に。
静かな。
ざわめき。
戦闘力が落ちたわけではない。
規律も。
育成も。
騎士としての完成度も。
高い。
だが。
世界が。
変わった。
迷宮。
資源。
技術。
市場。
外交。
文化。
発信。
以前なら。
学園評価とは。
関係が薄かったもの。
それらが。
今は。
結果へ。
直結している。
聖ガラードワースは。
弱くなったのではない。
競争の。
ルールそのものが。
変わっていた。
◇
夜。
ハイセの端末に。
ディルクから。
通信。
『見たか?』
「見た」
『どう思う』
「何か始まりそう」
『同感だ』
ディルクの声から。
いつもの。
軽い苛立ちが。
消えている。
『星導館が二位に上がった理由が見えねぇ』
「クローディア?」
『多分な』
「何してると思う?」
『分かってたら苦労しねぇよ』
ハイセは。
順位表を。
もう一度。
見る。
レヴォルフ。
星導館。
アルルカント。
クインヴェール。
界龍。
聖ガラードワース。
もう。
単純な。
強さの順位ではない。
◇
「これ」
ハイセが。
呟く。
「学校ランキングっていうより、勢力図だね」
『やっと気付いたか』
「レヴォルフが一位」
『文句あんのか』
「ない」
二位。
星導館。
三位。
アルルカント。
四位。
クインヴェール。
「上位四校」
『ああ』
「全員、盤面弄ってない?」
通信の向こうで。
数秒。
沈黙。
『……否定出来ねぇ』
「レヴォルフはディルク」
『お前が言うな』
「星導館はクローディア」
『一番何してるか分からねぇ』
「アルルカントは……」
『お前らだ』
「クインヴェールはリューネハイム」
『広報と文化で市場ごと取ってやがる』
二人。
沈黙。
「……怖」
『お前が言うなって言ってんだろ』
◇
翌朝。
サーシャは。
二つの順位表を。
同時に。
見ていた。
七大冒険者。
一位。
天霧綾斗。
二位。
ハイセとリューネハイム。
六位。
范星露。
七位。
自分。
そして。
学園順位。
一位。
レヴォルフ。
二位。
星導館。
三位。
アルルカント。
「…………」
ガイストが。
静かに。
紅茶を飲む。
プレセアも。
サーシャを見る。
ピアソラは。
既に。
耳を塞いだ。
ヒジリも。
察した。
サーシャ。
深呼吸。
一度。
二度。
三度。
「……天霧一位」
誰も。
返事をしない。
「ハイセ二位」
沈黙。
「師匠六位」
范星露。
笑顔。
「私七位」
肩。
震える。
「レヴォルフ一位」
握り拳。
「星導館二位」
ついに。
「私を取り巻く環境だけインフレしすぎだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
王都。
今日も。
平和。
では。
なかった。
◇
同じ頃。
星導館。
クローディアは。
窓の外。
アスタリスクを。
眺めていた。
机には。
一枚。
まだ。
公開されていない。
資料。
六学園。
異世界。
企業。
資源。
ダンジョン。
線。
無数。
繋がる。
「さて」
紅茶。
一口。
「次は、どう動きましょうか」
その笑顔は。
いつも通り。
穏やかだった。
だからこそ。
誰が見ても。
不穏だった。