【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
六学園総合順位の更新から数日後。
レヴォルフ黒学院が一位、星導館学園が二位、アルルカント・アカデミーが三位。順位だけを見ればそれで終わる話だったが、ディルクとハイセの間には一つだけ引っ掛かりが残っていた。
星導館が二位へ上がった理由だ。
天霧綾斗を筆頭に、ユリス、紗夜、綺凛が禁忌迷宮を二つ攻略している。異世界との交流も進み、綾斗自身は七大冒険者第一席にまで選ばれた。それでも、学園全体の総合評価を一気に二位まで押し上げるには、表へ出ている数字だけでは少し足りない。
その足りない部分を埋めているのが誰なのか。
考えるまでもなかった。
「クローディアだろうな」
数日前、ディルクはそう言った。
そして今日。
ハイセはレヴォルフの生徒会長室へ入るなり、何でもないことのように口を開いた。
「クローディアが何してるのか分かった」
机に向かっていたディルクの手が止まる。
「早いな」
「実働隊の一人に直接聞いたからな」
ディルクはゆっくり顔を上げた。
「度胸あり過ぎだろ。で、誰から聞いた」
「夜吹英士郎」
「ああ」
納得したような声だった。
「銀河が飼い慣らしてる忍者か」
今度はハイセが眉を上げる。
「知ってるの?」
「知った上で放置してんだよ。銀河の情報屋がアスタリスクを嗅ぎ回ってるなんざ今さらだ。こっちへ直接害がねぇうちは、下手に排除する方が余計な警戒を招く」
「合理的だね」
「お前に言われると何か腹立つな」
ディルクは椅子へ深く座り直した。
「で、取材にでも来た時に聞いたのか?」
「うん。最近の異世界活動について聞きたいって来たから」
「それで素直に喋った?」
「最初は全然」
ハイセはそこで少し考えた。
「だから、距離詰めて肩に手置いた」
「…………」
「そしたら急に喋り始めた」
ディルクは片手で顔を覆った。
「そりゃ喋るわ」
「何で?」
「お前、自分が今どういう立場か分かってんのか?」
「七大冒険者二位?」
「天爵で、歌姫で、七大冒険者第二席で、シルヴィアと共同活動までしてる有名人だ。そんな奴と二人きりの部屋で妙な写真一枚撮られてみろ。スキャンダルだけじゃ済まねぇぞ」
「英士郎に恋人でもいるの?」
「そういう話だけじゃねぇよ。お前の場合、誰がどんな理由で後ろから刺しに来るか分からねぇって話だ」
ハイセは首を傾げた。
「?」
「……まあいい」
ディルクは早々に説明を諦めた。
「それで、その忍者は何を吐いた?」
◇
「ハイベルグ王国の治安を、星導館が影から安定化させてたみたい」
ディルクの目が僅かに細くなった。
「具体的には?」
「盗賊、密輸、違法な人身売買、小規模な犯罪組織。現地の騎士団や冒険者ギルドだけじゃ把握しづらいところを、銀河側の情報網で先に洗ってる」
「なるほどな」
「英士郎みたいな人間を使って、組織同士の繋がりや資金の流れを追う。星導館の名前はなるべく前に出さず、現地側へ情報だけ流して摘発させることもあるらしい」
ディルクは机の上へ置かれた六学園順位表を引き寄せた。
「通りで」
「分かった?」
「星導館の評価項目に妙な『地域安定化への貢献』が混じってた。綾斗達の迷宮攻略だけじゃ説明出来なかった部分だ」
ハイセも端末へ視線を落とした。
クローディアは、星導館の学生を派手に前線へ出しているだけではなかった。異世界側で犯罪組織を摘発し、交易路の安全性を高め、商人が動きやすい環境を作っている。その結果、ハイベルグ王国との関係は改善し、星導館を経由した人や物の移動も増えていた。
「つまり、治安そのものを実績に変えた?」
「そういうことだろうな」
「クローディアらしい」
「お前が感心すんな」
ディルクは鼻で笑った。
「戦って勝つより、戦わなくて済む環境を作った方が数字は長く残る。あの女、最初からそこまで見てたんだろ」
ハイセはしばらく考えたあと、頷いた。
「だから星導館が二位まで来たのか」
「半分はな」
「半分?」
「お前、今の話で全部だと思ってんのか?」
ハイセは答えなかった。
思っていない。
だからここへ来た。
◇
「英士郎も、妙な言い方してた」
「何て?」
「『最近処理している連中は、全部その前段階みたいなものだ』って」
ディルクの表情から、僅かに笑いが消えた。
「続けろ」
「小規模な盗賊団を何個潰しても、武器と金の流れが完全には止まらない。捕まえた連中の中には、互いに面識がないのに同じ仲介人を使ってる奴もいた」
「資金源は?」
「複数に分散。表向きは別々。でも途中で同じところを通ってる」
「輸送路」
「同じ」
「買い手」
「一部重複」
ディルクは椅子から立ち上がった。
「……盗賊狩りそのものが目的じゃねぇな」
「うん」
「末端を潰して、上へ繋がる線を洗ってやがる」
ハイセは端末を操作し、一枚の地図を表示した。ハイベルグ王国を中心に、複数の街道、山岳地帯、森林、地方都市へ赤い点が散っている。
それぞれは別の事件だ。
だが、線を引けば。
不自然なほど一ヶ所へ集まっていく。
「俺も調べ直してみた」
「何が出た?」
ハイセは地図の中央を指した。
「本命はおそらく――【四十人の大盗賊】」
部屋の空気が変わった。
◇
ディルクは数秒だけ地図を眺めると、すぐに通信端末を取った。
「ネコ」
扉の外で待機していた部下が、ほとんど間を置かず入ってくる。
「は!」
「【四十人の大盗賊】について洗え。構成員、拠点、資金源、協力者、取引先、利用してる街道、武器の仕入れ、盗品の流通先、過去五年分の事件。全部だ」
「は!」
「現地のギルド記録だけじゃ足りねぇ。商人組合、地下市場、銀行、貴族絡みも見ろ。表に出てない金から追え」
「承知しました!」
部下はそれだけを聞き、すぐに部屋を出ていった。
ハイセが感心したように見る。
「早い」
「名前が出た時点で動かなきゃ意味ねぇだろ」
「まだクローディアが何するか分からないよ?」
「だから調べんだよ」
ディルクは机へ手をついた。
「あいつがもう動いてるなら、こっちは一周遅れてる。情報量だけでも追いつかねぇと、全部持っていかれるぞ」
「全部?」
「実績も、異世界側の信用も、犯罪組織を潰した後の交易路もな」
「やっぱりそこまで考えるんだ」
「お前らみてぇに善意だけで市場は回らねぇよ」
「俺も最近は市場作ったけど」
「それが一番めんどくせぇんだよ」
◇
ハイセは再び地図を眺めた。
「でも、普通に調べたらクローディアに気付かれる」
「もう気付かれてる可能性の方が高ぇぞ」
「英士郎から聞いた時点で?」
「あの忍者が、自分の判断だけで全部喋ったと思うか?」
ハイセが止まった。
「…………」
ディルクが笑う。
「やっと気付いたか」
「わざと?」
「全部じゃねぇだろうがな。少なくとも、あいつが喋ったこと自体がクローディアの想定外だと思わねぇ方がいい」
「じゃあ俺がここに来ることも?」
「可能性はある」
ハイセは少しだけ嫌そうな顔をした。
「怖」
「お前が言うな」
最近何度目か分からない言葉だった。
◇
「なら、陽動が必要かな」
ハイセが言った。
「何する気だ?」
「調査そのものを隠すんじゃなくて、別の話題を大きくする。こっちが四十人の大盗賊を追ってるって気付かれても、いつ動くか分からなくする」
「カバーストーリーか」
「うん」
ディルクは少し考えたあと、頷いた。
「出来るだけ派手に騒ぎを起こせ」
「そんなに?」
「中途半端が一番駄目だ。学園も企業も一般人もそっちを見るくらいでいい。その方が本命への人員移動が紛れる」
「何しよう」
「それを考えるのがお前だろ」
「天空リゾート第二号?」
「商売に逃げんな」
「ライブ?」
「普通すぎる」
「新兵器発表?」
「カミラに殺されるぞ」
「……またサーシャに怒られそうだな」
ディルクが真顔でハイセを見る。
「今度は何した」
「まだ何も」
「その段階でそう思ってんなら、もうやめろ」
「でもクローディアが先にやってるし」
「小学生みてぇな言い訳すんな」
ハイセは不満そうだった。
◇
ただ、今回。
二人とも、笑ってばかりはいられなかった。
【四十人の大盗賊】という名が示す通り、相手は単なる寄せ集めの盗賊団ではない。小規模組織を束ね、交易路、地下市場、情報屋を利用し、必要なら構成員を切り捨てても全体が残る。
ドレナ村のオークションを潰した時と同じだった。
建物を壊すだけでは駄目だ。
頭目を倒すだけでも、足りない。
「やるなら仕組みからだね」
「当たり前だ」
ディルクは地図を指で叩いた。
「四十人全員捕まえたところで、金と売買経路が残れば次の四十人が出てくる」
「資金源、物流、盗品市場、協力者」
「そこまで潰して初めて終わりだ」
ハイセは静かに頷いた。
以前なら。
ただ敵を探して。
強い武器を出して。
倒して終わったかもしれない。
今は違う。
自分一人が強いだけでは、同じ被害は止まらないことを知っている。
「クローディアもそこを狙ってるのかな」
「間違いなくな」
「じゃあ競争?」
「違ぇよ」
ディルクは嫌そうな顔をした。
「同じ獲物を、別方向から解体しようとしてんだ」
「それ競争じゃない?」
「だから面倒なんだよ」
◇
その日の夜。
星導館学園。
生徒会長室には、クローディア一人だけが残っていた。
机の上には複数の資料が広げられている。ハイベルグ王国で起きた盗賊事件、密輸記録、商人の襲撃報告、地下市場の取引履歴。その中心に置かれているのは、一つの組織名だった。
【四十人の大盗賊】。
クローディアは紅茶を飲みながら、端末へ届いた短い報告へ目を通した。
『Yami_Q_rayとの接触完了。予想通り、レヴォルフ方面にも動きが出ています』
送信者。
夜吹英士郎。
「まあ」
クローディアは楽しそうに微笑んだ。
「やはり、そうなりましたのね」
別の画面には、レヴォルフ周辺で確認された情報収集の動きが表示されていた。
早い。
想像以上に。
それでも。
想定の範囲内。
「ディルクさんなら、情報を知れば必ず資金の流れから調べる」
その次。
「ハイセさんなら、組織そのものを残さない方法を考える」
そして。
クローディア自身は。
もう一つ。
違う場所を見ていた。
◇
「犯罪組織を潰すだけでは、足りませんもの」
独り言のように呟く。
四十人の大盗賊が活動出来るのは、彼らが強いからだけではない。
彼らを利用する者がいる。
盗品を買う者がいる。
情報を売る者がいる。
見て見ぬふりをする者がいる。
そして。
犯罪によって利益を得る者がいる。
その全てを。
一度に。
表へ引きずり出す。
だからこそ。
クローディアは。
まだ。
本格的には。
動いていない。
彼らが。
自分達は。
見つかっていないと。
思っているうちに。
出来るだけ多くの。
線を。
繋ぐために。
「さて」
クローディアは端末を閉じた。
優雅に。
微笑む。
「どなたが最初に、罠へ手を伸ばすのでしょうね」
◇
一方。
ハイベルグ王国。
何も知らないサーシャは、その頃ようやく静かな夜を過ごしていた。
范星露の修行も今日は休み。ハイセから妙な知らせもない。新型兵器の試験もなければ、クレアとの決闘もない。
久しぶりの平穏だった。
「今日は静かだな」
サーシャが紅茶を飲みながら言うと、プレセアが微笑んだ。
「たまにはいいでしょう?」
「ああ。このまま何も起こらなければいい」
その言葉に。
ガイストが。
少しだけ。
嫌な顔をした。
「そういうことは言わない方がいい」
「何故だ?」
「最近、その言葉の後は大抵何か起こる」
「迷信だろ」
サーシャは笑った。
その頃。
ハイセとディルクは。
既に。
【四十人の大盗賊】を潰すための。
陽動計画を。
考え始めていた。
もちろん。
サーシャには。
まだ。
何も。
伝えていない。