【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第67話 忍者は知っている

 

 

 

 六学園総合順位の更新から数日後。

 

 レヴォルフ黒学院が一位、星導館学園が二位、アルルカント・アカデミーが三位。順位だけを見ればそれで終わる話だったが、ディルクとハイセの間には一つだけ引っ掛かりが残っていた。

 

 星導館が二位へ上がった理由だ。

 

 天霧綾斗を筆頭に、ユリス、紗夜、綺凛が禁忌迷宮を二つ攻略している。異世界との交流も進み、綾斗自身は七大冒険者第一席にまで選ばれた。それでも、学園全体の総合評価を一気に二位まで押し上げるには、表へ出ている数字だけでは少し足りない。

 

 その足りない部分を埋めているのが誰なのか。

 

 考えるまでもなかった。

 

「クローディアだろうな」

 

 数日前、ディルクはそう言った。

 

 そして今日。

 

 ハイセはレヴォルフの生徒会長室へ入るなり、何でもないことのように口を開いた。

 

「クローディアが何してるのか分かった」

 

 机に向かっていたディルクの手が止まる。

 

「早いな」

 

「実働隊の一人に直接聞いたからな」

 

 ディルクはゆっくり顔を上げた。

 

「度胸あり過ぎだろ。で、誰から聞いた」

 

「夜吹英士郎」

 

「ああ」

 

 納得したような声だった。

 

「銀河が飼い慣らしてる忍者か」

 

 今度はハイセが眉を上げる。

 

「知ってるの?」

 

「知った上で放置してんだよ。銀河の情報屋がアスタリスクを嗅ぎ回ってるなんざ今さらだ。こっちへ直接害がねぇうちは、下手に排除する方が余計な警戒を招く」

 

「合理的だね」

 

「お前に言われると何か腹立つな」

 

 ディルクは椅子へ深く座り直した。

 

「で、取材にでも来た時に聞いたのか?」

 

「うん。最近の異世界活動について聞きたいって来たから」

 

「それで素直に喋った?」

 

「最初は全然」

 

 ハイセはそこで少し考えた。

 

「だから、距離詰めて肩に手置いた」

 

「…………」

 

「そしたら急に喋り始めた」

 

 ディルクは片手で顔を覆った。

 

「そりゃ喋るわ」

 

「何で?」

 

「お前、自分が今どういう立場か分かってんのか?」

 

「七大冒険者二位?」

 

「天爵で、歌姫で、七大冒険者第二席で、シルヴィアと共同活動までしてる有名人だ。そんな奴と二人きりの部屋で妙な写真一枚撮られてみろ。スキャンダルだけじゃ済まねぇぞ」

 

「英士郎に恋人でもいるの?」

 

「そういう話だけじゃねぇよ。お前の場合、誰がどんな理由で後ろから刺しに来るか分からねぇって話だ」

 

 ハイセは首を傾げた。

 

「?」

 

「……まあいい」

 

 ディルクは早々に説明を諦めた。

 

「それで、その忍者は何を吐いた?」

 

 

「ハイベルグ王国の治安を、星導館が影から安定化させてたみたい」

 

 ディルクの目が僅かに細くなった。

 

「具体的には?」

 

「盗賊、密輸、違法な人身売買、小規模な犯罪組織。現地の騎士団や冒険者ギルドだけじゃ把握しづらいところを、銀河側の情報網で先に洗ってる」

 

「なるほどな」

 

「英士郎みたいな人間を使って、組織同士の繋がりや資金の流れを追う。星導館の名前はなるべく前に出さず、現地側へ情報だけ流して摘発させることもあるらしい」

 

 ディルクは机の上へ置かれた六学園順位表を引き寄せた。

 

「通りで」

 

「分かった?」

 

「星導館の評価項目に妙な『地域安定化への貢献』が混じってた。綾斗達の迷宮攻略だけじゃ説明出来なかった部分だ」

 

 ハイセも端末へ視線を落とした。

 

 クローディアは、星導館の学生を派手に前線へ出しているだけではなかった。異世界側で犯罪組織を摘発し、交易路の安全性を高め、商人が動きやすい環境を作っている。その結果、ハイベルグ王国との関係は改善し、星導館を経由した人や物の移動も増えていた。

 

「つまり、治安そのものを実績に変えた?」

 

「そういうことだろうな」

 

「クローディアらしい」

 

「お前が感心すんな」

 

 ディルクは鼻で笑った。

 

「戦って勝つより、戦わなくて済む環境を作った方が数字は長く残る。あの女、最初からそこまで見てたんだろ」

 

 ハイセはしばらく考えたあと、頷いた。

 

「だから星導館が二位まで来たのか」

 

「半分はな」

 

「半分?」

 

「お前、今の話で全部だと思ってんのか?」

 

 ハイセは答えなかった。

 

 思っていない。

 

 だからここへ来た。

 

 

「英士郎も、妙な言い方してた」

 

「何て?」

 

「『最近処理している連中は、全部その前段階みたいなものだ』って」

 

 ディルクの表情から、僅かに笑いが消えた。

 

「続けろ」

 

「小規模な盗賊団を何個潰しても、武器と金の流れが完全には止まらない。捕まえた連中の中には、互いに面識がないのに同じ仲介人を使ってる奴もいた」

 

「資金源は?」

 

「複数に分散。表向きは別々。でも途中で同じところを通ってる」

 

「輸送路」

 

「同じ」

 

「買い手」

 

「一部重複」

 

 ディルクは椅子から立ち上がった。

 

「……盗賊狩りそのものが目的じゃねぇな」

 

「うん」

 

「末端を潰して、上へ繋がる線を洗ってやがる」

 

 ハイセは端末を操作し、一枚の地図を表示した。ハイベルグ王国を中心に、複数の街道、山岳地帯、森林、地方都市へ赤い点が散っている。

 

 それぞれは別の事件だ。

 

 だが、線を引けば。

 

 不自然なほど一ヶ所へ集まっていく。

 

「俺も調べ直してみた」

 

「何が出た?」

 

 ハイセは地図の中央を指した。

 

「本命はおそらく――【四十人の大盗賊】」

 

 部屋の空気が変わった。

 

 

 ディルクは数秒だけ地図を眺めると、すぐに通信端末を取った。

 

「ネコ」

 

 扉の外で待機していた部下が、ほとんど間を置かず入ってくる。

 

「は!」

 

「【四十人の大盗賊】について洗え。構成員、拠点、資金源、協力者、取引先、利用してる街道、武器の仕入れ、盗品の流通先、過去五年分の事件。全部だ」

 

「は!」

 

「現地のギルド記録だけじゃ足りねぇ。商人組合、地下市場、銀行、貴族絡みも見ろ。表に出てない金から追え」

 

「承知しました!」

 

 部下はそれだけを聞き、すぐに部屋を出ていった。

 

 ハイセが感心したように見る。

 

「早い」

 

「名前が出た時点で動かなきゃ意味ねぇだろ」

 

「まだクローディアが何するか分からないよ?」

 

「だから調べんだよ」

 

 ディルクは机へ手をついた。

 

「あいつがもう動いてるなら、こっちは一周遅れてる。情報量だけでも追いつかねぇと、全部持っていかれるぞ」

 

「全部?」

 

「実績も、異世界側の信用も、犯罪組織を潰した後の交易路もな」

 

「やっぱりそこまで考えるんだ」

 

「お前らみてぇに善意だけで市場は回らねぇよ」

 

「俺も最近は市場作ったけど」

 

「それが一番めんどくせぇんだよ」

 

 

 ハイセは再び地図を眺めた。

 

「でも、普通に調べたらクローディアに気付かれる」

 

「もう気付かれてる可能性の方が高ぇぞ」

 

「英士郎から聞いた時点で?」

 

「あの忍者が、自分の判断だけで全部喋ったと思うか?」

 

 ハイセが止まった。

 

「…………」

 

 ディルクが笑う。

 

「やっと気付いたか」

 

「わざと?」

 

「全部じゃねぇだろうがな。少なくとも、あいつが喋ったこと自体がクローディアの想定外だと思わねぇ方がいい」

 

「じゃあ俺がここに来ることも?」

 

「可能性はある」

 

 ハイセは少しだけ嫌そうな顔をした。

 

「怖」

 

「お前が言うな」

 

 最近何度目か分からない言葉だった。

 

 

「なら、陽動が必要かな」

 

 ハイセが言った。

 

「何する気だ?」

 

「調査そのものを隠すんじゃなくて、別の話題を大きくする。こっちが四十人の大盗賊を追ってるって気付かれても、いつ動くか分からなくする」

 

「カバーストーリーか」

 

「うん」

 

 ディルクは少し考えたあと、頷いた。

 

「出来るだけ派手に騒ぎを起こせ」

 

「そんなに?」

 

「中途半端が一番駄目だ。学園も企業も一般人もそっちを見るくらいでいい。その方が本命への人員移動が紛れる」

 

「何しよう」

 

「それを考えるのがお前だろ」

 

「天空リゾート第二号?」

 

「商売に逃げんな」

 

「ライブ?」

 

「普通すぎる」

 

「新兵器発表?」

 

「カミラに殺されるぞ」

 

「……またサーシャに怒られそうだな」

 

 ディルクが真顔でハイセを見る。

 

「今度は何した」

 

「まだ何も」

 

「その段階でそう思ってんなら、もうやめろ」

 

「でもクローディアが先にやってるし」

 

「小学生みてぇな言い訳すんな」

 

 ハイセは不満そうだった。

 

 

 ただ、今回。

 

 二人とも、笑ってばかりはいられなかった。

 

 【四十人の大盗賊】という名が示す通り、相手は単なる寄せ集めの盗賊団ではない。小規模組織を束ね、交易路、地下市場、情報屋を利用し、必要なら構成員を切り捨てても全体が残る。

 

 ドレナ村のオークションを潰した時と同じだった。

 

 建物を壊すだけでは駄目だ。

 

 頭目を倒すだけでも、足りない。

 

「やるなら仕組みからだね」

 

「当たり前だ」

 

 ディルクは地図を指で叩いた。

 

「四十人全員捕まえたところで、金と売買経路が残れば次の四十人が出てくる」

 

「資金源、物流、盗品市場、協力者」

 

「そこまで潰して初めて終わりだ」

 

 ハイセは静かに頷いた。

 

 以前なら。

 

 ただ敵を探して。

 

 強い武器を出して。

 

 倒して終わったかもしれない。

 

 今は違う。

 

 自分一人が強いだけでは、同じ被害は止まらないことを知っている。

 

「クローディアもそこを狙ってるのかな」

 

「間違いなくな」

 

「じゃあ競争?」

 

「違ぇよ」

 

 ディルクは嫌そうな顔をした。

 

「同じ獲物を、別方向から解体しようとしてんだ」

 

「それ競争じゃない?」

 

「だから面倒なんだよ」

 

 

 その日の夜。

 

 星導館学園。

 

 生徒会長室には、クローディア一人だけが残っていた。

 

 机の上には複数の資料が広げられている。ハイベルグ王国で起きた盗賊事件、密輸記録、商人の襲撃報告、地下市場の取引履歴。その中心に置かれているのは、一つの組織名だった。

 

 【四十人の大盗賊】。

 

 クローディアは紅茶を飲みながら、端末へ届いた短い報告へ目を通した。

 

『Yami_Q_rayとの接触完了。予想通り、レヴォルフ方面にも動きが出ています』

 

 送信者。

 

 夜吹英士郎。

 

「まあ」

 

 クローディアは楽しそうに微笑んだ。

 

「やはり、そうなりましたのね」

 

 別の画面には、レヴォルフ周辺で確認された情報収集の動きが表示されていた。

 

 早い。

 

 想像以上に。

 

 それでも。

 

 想定の範囲内。

 

「ディルクさんなら、情報を知れば必ず資金の流れから調べる」

 

 その次。

 

「ハイセさんなら、組織そのものを残さない方法を考える」

 

 そして。

 

 クローディア自身は。

 

 もう一つ。

 

 違う場所を見ていた。

 

 

「犯罪組織を潰すだけでは、足りませんもの」

 

 独り言のように呟く。

 

 四十人の大盗賊が活動出来るのは、彼らが強いからだけではない。

 

 彼らを利用する者がいる。

 

 盗品を買う者がいる。

 

 情報を売る者がいる。

 

 見て見ぬふりをする者がいる。

 

 そして。

 

 犯罪によって利益を得る者がいる。

 

 その全てを。

 

 一度に。

 

 表へ引きずり出す。

 

 だからこそ。

 

 クローディアは。

 

 まだ。

 

 本格的には。

 

 動いていない。

 

 彼らが。

 

 自分達は。

 

 見つかっていないと。

 

 思っているうちに。

 

 出来るだけ多くの。

 

 線を。

 

 繋ぐために。

 

「さて」

 

 クローディアは端末を閉じた。

 

 優雅に。

 

 微笑む。

 

「どなたが最初に、罠へ手を伸ばすのでしょうね」

 

 

 一方。

 

 ハイベルグ王国。

 

 何も知らないサーシャは、その頃ようやく静かな夜を過ごしていた。

 

 范星露の修行も今日は休み。ハイセから妙な知らせもない。新型兵器の試験もなければ、クレアとの決闘もない。

 

 久しぶりの平穏だった。

 

「今日は静かだな」

 

 サーシャが紅茶を飲みながら言うと、プレセアが微笑んだ。

 

「たまにはいいでしょう?」

 

「ああ。このまま何も起こらなければいい」

 

 その言葉に。

 

 ガイストが。

 

 少しだけ。

 

 嫌な顔をした。

 

「そういうことは言わない方がいい」

 

「何故だ?」

 

「最近、その言葉の後は大抵何か起こる」

 

「迷信だろ」

 

 サーシャは笑った。

 

 その頃。

 

 ハイセとディルクは。

 

 既に。

 

 【四十人の大盗賊】を潰すための。

 

 陽動計画を。

 

 考え始めていた。

 

 もちろん。

 

 サーシャには。

 

 まだ。

 

 何も。

 

 伝えていない。

 

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