【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第68話 ゴーストライター

 

 

 

 ハイベルグ王国から正式に催事開催の告知が出されたのは、六学園総合順位の更新から数日後だった。

 

 王都中央部に設けられた特設会場を利用し、音楽、飲食、商業展示、武術競技をまとめて行う大規模な祭典。異世界とアスタリスクの交流が活発になったことで急増した観光客や商人を呼び込む狙いもあり、王家としてはかなり力を入れているらしい。

 

 そして、その開幕を飾る出演依頼がハイセのもとへ届いた。

 

『一緒にオープニングライブをやらない?』

 

 通信画面の向こうで、シルヴィア・リューネハイムが楽しそうに笑っていた。

 

「俺と?」

 

『もちろん。せっかくYami_Q_rayと私が揃っているんだもの。王家側からも、出来れば二人でってお願いされてるわ』

 

「曲は?」

 

『既存曲でもいいし、新しく作ってもいいって』

 

「なら新しいの作る」

 

『即答ね』

 

 シルヴィアは笑ったが、ハイセの視線は既に別の資料へ移っていた。催事全体の概要、その中に記載された競技部門を見つけたからだ。

 

「……これ」

 

『どうしたの?』

 

「武術競技、五対五のチーム戦なんだ」

 

『ええ。勝ち抜き式じゃなくて、チーム全体で点を取り合う形式みたい』

 

 ハイセは数秒黙った。

 

 そして。

 

「リューネハイム」

 

『何?』

 

「ルサールカ、出せない?」

 

 通信の向こうで、シルヴィアも少しだけ固まった。

 

『…………あ』

 

 

 翌日。

 

 シルヴィアを通して話を聞いたルサールカの面々は、予想以上に乗り気だった。

 

 もっとも、最初から戦闘競技へ興味津々だったわけではない。ハイセが用意した交渉材料を聞いた瞬間、空気が変わったのである。

 

「参加してくれたら、天空リゾートのVIPチケット出す」

 

「VIP?」

 

「貸切区画付き」

 

「貸切?」

 

「スパトリートメントも全部込み」

 

 数秒の沈黙。

 

「出る」

 

「出るわ」

 

「参加で」

 

「絶対行く」

 

「いつから練習する?」

 

 シルヴィアが口元を押さえて笑っている。

 

「ハイセ君、説得する必要なかったわね」

 

「思ったより早かった」

 

「リゾート作っておいて良かったわね?」

 

「こういう使い方するとは思ってなかった」

 

 結果として、ルサールカは正式に五人一組の競技部門へエントリーすることになった。

 

 

 問題は、その後だった。

 

 ハイセはただ参加させるだけでは満足しなかった。

 

「優勝しよう」

 

 練習初日。

 

 そう言われた五人は、一瞬だけ互いの顔を見た。

 

「……VIPチケットって、参加賞じゃなかった?」

 

「参加したら渡すよ」

 

「なら別に優勝しなくても」

 

「でも出るなら勝った方がいい」

 

「それはそうだけど……」

 

 ハイセは既に大量の資料を持ち込んでいた。

 

 各参加予定チームの過去の戦闘記録、武器傾向、個人能力、連携パターン。さらに競技ルール上、どの場所で誰を動かせば点を取りやすいかまで分析されている。

 

 シルヴィアが横から覗き込む。

 

「ハイセ君」

 

「何?」

 

「これもうプロデュース業よね?」

 

「違うよ」

 

「選手を集めて、戦術を組んで、練習方針まで決めてるけど?」

 

「研究の一種」

 

「逃げたわね」

 

 

 ハイセが最初に手を付けたのは、五人の戦闘能力を直接上げることではなかった。

 

「ルサールカの強みって、全員が同じ空間で相手を見ながら動くことに慣れてるところだと思う」

 

「ステージ経験?」

 

「それもある。誰が今目立ってるか、誰へ視線が集まってるか、次に誰が前へ出るか。ライブって全員が勝手に動いたら成立しないでしょ?」

 

「なるほど……」

 

「それをそのまま戦闘に持っていく」

 

 戦闘専門の五人組へ変える必要はない。

 

 自分達が普段やっていることを、別の形へ置き換える。

 

 誰か一人が敵の視線を集めれば、その隙に別の誰かが目標を取る。真正面から敵を倒せなくても、相手の意識を一方向へ誘導出来れば、五対五では十分な価値になる。

 

「それに」

 

 ハイセは少し笑った。

 

「相手は多分、『アイドルだから戦闘専門じゃない』って思う」

 

「……それを使う?」

 

「うん。先入観は無料だから」

 

 シルヴィアが少し離れたところで笑った。

 

「最近、本当にディルクさんっぽくなってない?」

 

「嫌なこと言うね」

 

 

 フェスタ開催まで残り数日。

 

 ルサールカの練習と並行して、ハイセは楽曲制作も進めていた。

 

 オープニングライブ用の新曲。

 

 ルサールカへ提供する新曲。

 

 さらに今後の活動用として、数曲分のデモまで作っている。

 

 深夜。

 

 アルルカントの音楽制作室。

 

 ハイセはシンセサイザーの前に座り、同じ箇所を何度も繰り返していた。電子音の輪郭を少し削り、低音を足し、ボーカルが入った時に邪魔にならない位置まで音を後ろへ下げる。

 

「……ここかな」

 

 鍵盤へ指を置き、もう一度確認する。

 

「何をしている?」

 

「曲の最終調整」

 

 反射的に答えた。

 

 その直後。

 

 ハイセの指が止まった。

 

 ゆっくり。

 

 振り返る。

 

「…………」

 

 扉。

 

 そこ。

 

 サーシャ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人とも黙った。

 

 

「お前の曲か?」

 

「違う」

 

「リューネハイム?」

 

「それもある」

 

「それも?」

 

 サーシャの目が細くなる。

 

「これは?」

 

「ルサールカ」

 

「…………何故?」

 

「契約してるから」

 

「何の?」

 

 ハイセは何の警戒もなく答えた。

 

「ゴーストライター契約」

 

 サーシャの顔から。

 

 表情が消えた。

 

「…………いつから?」

 

「少し前」

 

「何曲?」

 

「何曲か」

 

「誰が知ってる?」

 

「リューネハイムとルサールカと、アルルカントの一部と――」

 

「また私だけ知らないのか!!!!」

 

 制作室の防音設備が、その日初めて本来とは違う意味で役に立った。

 

 

「何で怒るの?」

 

「逆に何故怒らないと思った!?」

 

「ただの楽曲提供だよ」

 

「名前すら出してないんだろう!?」

 

「契約だから」

 

「それをゴーストライターと言ってるんだ!」

 

 サーシャは机の上に積まれた資料へ目を落とした。

 

 そこには楽譜だけではない。

 

 フェスタ参加チームの分析。

 

 ルサールカ用戦術メモ。

 

 練習計画。

 

 勝利条件。

 

「……待て」

 

「何?」

 

「何故曲を提供しているアイドルの戦闘データまでここにある?」

 

「フェスタに出るから」

 

 沈黙。

 

「……誰が?」

 

「ルサールカ」

 

「誰が出場を勧めた?」

 

「俺」

 

「戦術を組んでいるのは?」

 

「俺」

 

「優勝させる気か?」

 

「そのつもり」

 

 サーシャの肩が震え始めた。

 

 ここ数週間。

 

 綾斗は天爵候補になり、范星露には弟子にされ、クレアは免許皆伝を受け、天空リゾートには自分だけ呼ばれず、七大冒険者では七位になった。

 

 その裏で。

 

 ハイセは。

 

 アイドルまで育てていた。

 

「ガイスト」

 

「ここにはいないよ」

 

「呼べ!!」

 

 

 一時間後。

 

 セイクリッドの面々は、半ば強制的に集められていた。

 

「……説明してくださる?」

 

 ピアソラが非常に嫌そうな顔をしている。

 

 サーシャは腕を組んだ。

 

「フェスタへ出る」

 

「嫌ですわ」

 

「早い!」

 

「理由が見えていますもの」

 

 プレセアが静かに尋ねる。

 

「ルサールカが参加するから?」

 

「そうだ」

 

「ハイセが関わっているから?」

 

「そうだ!」

 

 ヒジリが笑い始めた。

 

「やっぱそこじゃん」

 

「違う!」

 

「いや絶対そうでしょ」

 

「競技者として興味があるだけだ!」

 

 ロビンが首を傾げる。

 

「さっき『ハイセがルサールカを優勝させる前に止める』って言ってなかった?」

 

「ロビン」

 

「何?」

 

「忘れろ」

 

「無理だよ」

 

 

 ガイストはしばらく黙っていたが、やがて溜息を吐いた。

 

「参加そのものは悪くない」

 

「ガイスト!?」

 

 ピアソラが驚く。

 

「最近は各自別行動が増えている。五人単位の連携を確認する機会としては有用だ」

 

「ほら!」

 

 サーシャが勝ち誇った。

 

「ただし」

 

「何だ?」

 

「ルサールカへの私怨で戦うな」

 

「私怨じゃない!」

 

「ではハイセへの私怨でも戦うな」

 

「…………」

 

「黙るな」

 

 ヒジリが腹を抱えて笑っている。

 

「アタシは出るよ。面白そうだし」

 

「私も構わないわ」

 

 プレセアも頷いた。

 

 ロビンは諦めたように笑い、ピアソラだけは最後まで不満そうだったが、最終的には全員参加が決まった。

 

 サーシャは満足そうに頷く。

 

「よし」

 

 その様子を見ていたハイセが、何気なく言った。

 

「参加枠まだ空いてるかな」

 

「お前は黙れ!!!」

 

 

 その頃。

 

 レヴォルフ黒学院では、別の準備が始まっていた。

 

 ディルクの机には【四十人の大盗賊】について集められた最新情報が並んでいる。

 

 資金。

 

 盗品。

 

 輸送路。

 

 複数の偽名。

 

 仲介人。

 

 表向き無関係に見える商会。

 

 その全てが、少しずつ一つの組織へ繋がり始めていた。

 

「フェスタ開催日に動く可能性が高い」

 

 ディルクが言う。

 

 部屋には三人。

 

 オーフェリア。

 

 イレーネ。

 

 そして。

 

 プリシラ。

 

「観光客が増える。金も動く。王都警備の一部もイベント会場へ集中する。奴らからすれば稼ぎ時だ」

 

 イレーネが資料を捲る。

 

「でもこっちからしたら、動いてくれた方が追いやすいってわけね」

 

「そういうことだ」

 

「オーフェリアは?」

 

「最後まで伏せる」

 

 オーフェリアは何も言わない。

 

 当然のように受け入れている。

 

「私とプリシラで追う?」

 

「最初はな」

 

 ディルクはプリシラを見る。

 

「特にお前は前に出ろ」

 

「私?」

 

「一番警戒されにくい」

 

 プリシラが少し複雑そうな顔をする。

 

「それ、褒めてる?」

 

「戦術評価だ」

 

「絶対褒めてないよね……」

 

 

 プリシラの傍らには、一組の武器が置かれていた。

 

 クレアが使用するものと同型。

 

 プリシラ用に調整された、双剣大斧一体型煌式武装。

 

【双月】。

 

 クレア機が変形と認識誘導を最大限に活かす方向へ調整されているのに対し、こちらは扱いやすさと防御性能、そして瞬間的な近接火力を重視している。

 

「ちゃんと使えるの?」

 

 イレーネが尋ねる。

 

「練習したよ」

 

「斧まで?」

 

「うん」

 

「……何か嫌な予感する」

 

「何で?」

 

「アンタが笑顔で大斧振り回してる絵が怖い」

 

「ひどい!」

 

 ディルクは二人の会話を無視して続けた。

 

「イレーネは追跡。プリシラは内側へ入れ。対象が動いたら、出来る限り泳がせろ」

 

「捕まえない?」

 

「末端一人捕まえて何になる」

 

 ディルクは地図へ指を置いた。

 

「金と荷物を動かさせろ。その先にいる奴まで出す」

 

 

「それでも抵抗されたら?」

 

 プリシラが聞く。

 

「止めろ」

 

「逃げたら?」

 

「イレーネ」

 

「了解」

 

「大規模戦闘になったら?」

 

 ディルクはようやくオーフェリアを見る。

 

「出ろ」

 

「分かった」

 

 イレーネは少し嫌そうに顔を引きつらせた。

 

「……それ、出す段階になったら捕縛っていうか壊滅じゃない?」

 

「抵抗しなきゃいいだけだろ」

 

「盗賊にそれ期待する?」

 

「期待はしてねぇ」

 

 ディルクは淡々と答える。

 

 だから。

 

 オーフェリアを置いている。

 

 

 一方。

 

 フェスタ前日の王都。

 

 巨大な特設ステージでは、Yami_Q_rayとシルヴィアがオープニングライブのリハーサルを行っていた。

 

「もう一回、頭からいい?」

 

「もちろん」

 

 シルヴィアが笑う。

 

 ハイセはシンセサイザー側へ戻り、スタッフへ合図を送った。

 

 音。

 

 照明。

 

 大型スクリーン。

 

 数万人規模の観客を想定した演出が組まれていく。

 

 その少し離れた競技区画では。

 

 ルサールカ。

 

 セイクリッド。

 

 両チーム。

 

 最終調整。

 

 サーシャは何度もルサールカ側を見ている。

 

 プレセアが気づく。

 

「気になる?」

 

「敵の確認だ」

 

「ハイセを見ていたわよ」

 

「…………」

 

「図星ね」

 

「うるさい」

 

 

 ハイセの端末が小さく震えた。

 

 送り主。

 

 ディルク。

 

『準備完了』

 

 ハイセは画面を数秒だけ見る。

 

 返信。

 

『こっちも』

 

 それだけ。

 

 詳しい内容は書かない。

 

 必要もない。

 

 表側。

 

 準備完了。

 

 裏側。

 

 準備完了。

 

 あとは。

 

 動くのを待つだけ。

 

 シルヴィアが隣へ来た。

 

「どうしたの?」

 

「何でもない」

 

「明日の確認?」

 

「うん」

 

「緊張してる?」

 

「少し」

 

 それは。

 

 嘘ではなかった。

 

 ただし。

 

 理由は。

 

 一つではない。

 

 

 夜。

 

 王都の外れ。

 

 粗末な宿。

 

 男が一人。

 

 窓の外を見る。

 

 街は。

 

 祭り。

 

 明日。

 

 大量の人間。

 

 大量の金。

 

 王都警備も。

 

 必ず。

 

 薄くなる。

 

「……動くぞ」

 

 部屋の奥。

 

 数人。

 

 顔を上げる。

 

「予定通りだ」

 

「街道側は?」

 

「準備済み」

 

「売り先は?」

 

「問題ない」

 

「なら行ける」

 

 誰も。

 

 知らない。

 

 既に。

 

 その宿へ。

 

 一人の少女が。

 

 目を付けている。

 

 

 少し離れた屋根の上。

 

 イレーネが。

 

 暗闇へ。

 

 目を凝らしていた。

 

『対象、動く』

 

 通信。

 

『確認した』

 

 プリシラ。

 

 明るい声。

 

『どうする?』

 

「まだ待つ」

 

『うん』

 

『オーフェリアは?』

 

 別回線。

 

『待機中』

 

「……出番ない方が平和なんだけどね」

 

 返事はない。

 

 その代わり。

 

 ディルク。

 

『余計な感想はいい。追え』

 

「分かってるわよ」

 

 イレーネは。

 

 屋根から。

 

 静かに。

 

 姿を消した。

 

 

 そして翌朝。

 

 ハイベルグ王国。

 

 フェスタ。

 

 開幕。

 

 観客席。

 

 満員。

 

 街中。

 

 人。

 

 音楽。

 

 露店。

 

 商人。

 

 冒険者。

 

 学生。

 

 観光客。

 

 誰もが。

 

 今日。

 

 この王都で。

 

 最も大きな出来事は。

 

 目の前で始まる祭りだと。

 

 思っていた。

 

 特設ステージ。

 

 暗転。

 

 歓声。

 

 シルヴィア。

 

 ハイセ。

 

 二人。

 

 立つ。

 

 そして。

 

 開幕の。

 

 最初の一音が。

 

 鳴った。

 

 同じ時刻。

 

 王都の外では。

 

 別の戦いが。

 

 静かに。

 

 始まっていた。

 

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