【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第69話 祭りの裏側

 

 

 フェスタの開幕を告げる一音が、ハイベルグ王都の空へ響いた。

 

 巨大な特設ステージを埋め尽くす歓声の中、Yami_Q_rayとシルヴィア・リューネハイムが並んで立つ。二人の背後では幾重もの光が空へ伸び、王都中央に設置された大型投影装置にも、その姿が同時に映し出されていた。

 

 ハイセ自身が調整した新曲は、いつもの戦闘用楽曲より明るく、フェスタの幕開けを意識した構成になっている。シルヴィアの伸びやかな声と、Yami_Q_rayの深く透明な歌声が重なった瞬間、観客席から一際大きな歓声が上がった。

 

 その光景だけを見れば、今日のハイセは完全に歌姫だった。

 

 少なくとも、表向きは。

 

 

 同じ時刻。

 

 王都から離れた街道では、イレーネが一台の荷馬車を遠くから追っていた。

 

 見た目は普通の商人用車両で、積み荷にも不自然なところはない。だが、その御者が昨日まで監視していた盗賊団の仲介人と接触していたことを、ディルクの情報班は確認済みだった。

 

『対象、第三街道を北上中』

 

 小型通信機へ声を落とす。

 

『確認した』

 

 返ってきたのはプリシラの声だった。

 

『私は次の町に入ってるよ』

 

「まだ接触しないで。荷物の受け渡し先を見たい」

 

『うん』

 

 少し間を置き、プリシラが尋ねる。

 

『オーフェリアは?』

 

『待機してる』

 

 ディルクが通信へ割り込む。

 

『出す必要がないなら、それが一番だ。今欲しいのは死体でも捕虜でもねぇ。線だ』

 

「分かってるわよ」

 

『なら追え』

 

 イレーネは小さく舌打ちしながら速度を上げた。

 

 盗賊を一人捕まえるだけなら、いつでも出来る。だが今必要なのは、その一人が誰と繋がり、金がどこへ流れ、盗品がどこで換金されるのかを知ることだった。

 

 今回に限っては、倒すことより泳がせることの方が難しい。

 

 

 フェスタ会場では、オープニングライブが終盤を迎えていた。

 

 シルヴィアがステージ中央で観客へ手を振り、その隣でハイセも軽く頭を下げる。最後の音が消えると同時に、会場全体が揺れるほどの拍手が巻き起こった。

 

 舞台袖へ戻った瞬間、シルヴィアが満足そうに笑う。

 

「大成功ね♪」

 

「うん」

 

「もう少し嬉しそうにしてもいいんじゃない?」

 

「嬉しいよ」

 

「その割には端末ばっかり見てるけど?」

 

 ハイセの手元には、二件の短い通知が届いていた。

 

【対象移動開始】

 

 送り主はディルク。

 

 そしてもう一件。

 

【ウル・フッド、予定経路へ接近】

 

 ハイセの目が僅かに細くなった。

 

「……やっぱり来た」

 

「何が?」

 

「ちょっと別件」

 

 シルヴィアは聞き返そうとしたが、その前にスタッフから次の進行確認を求められた。ハイセは端末を閉じ、何事もなかったように競技会場へ視線を向ける。

 

 表舞台も、もうすぐ始まる。

 

 

 数日前。

 

 ハイセはアルルカントの格納庫へ、レイノルドとタイクーンを呼び出していた。

 

「仕事?」

 

 レイノルドが尋ねる。

 

「うん」

 

「嫌な予感しかしないんだが」

 

「今回は人体実験じゃないよ」

 

「その確認が必要な時点で嫌なんだよ!」

 

 隣にいたタイクーンが苦笑する。

 

「で、何をすればいい?」

 

「一人、止めてほしい」

 

「倒す?」

 

「違う」

 

 ハイセは即座に首を振った。

 

「時間を稼ぐだけ」

 

 二人の前へ、二つのケースが運び込まれた。

 

 

 最初のケースが開く。

 

「レイノルド用」

 

 内部に収められていた煌式武装を見て、レイノルドが眉を寄せる。

 

「……名前は?」

 

「【バシリッサ】」

 

「名前からもう物騒なんだけど」

 

「起動してみて」

 

 恐る恐る手に取って起動すると、レイノルドの背後へ四基の大型機動アームが展開された。それぞれが独立して動き、防御、拘束、進路封鎖、火力支援を同時に行える設計になっている。

 

 レイノルドは背後を振り返ろうとして、当然見えない。

 

「……俺、今どうなってる?」

 

「四本生えてる」

 

「雑に言うな!」

 

 タイクーンが横から見て笑った。

 

「ラスボスっぽい」

 

「やめろ!」

 

 

 もう一つ。

 

「タイクーンは【デスピニス】」

 

「こっちも名前が怖いな」

 

 起動すると、複数の円盤状端末が周囲へ展開された。使用者の操作に応じて自在に飛行し、攻撃だけでなく敵の進路を塞いだり、複数方向から圧力を掛けたり出来る。

 

 タイクーンは一枚をゆっくり飛ばした。

 

「遠隔操作?」

 

「うん。今回の仕事にはそっちの方が便利」

 

「相手を囲うためか」

 

「そう」

 

 ハイセは二人を見た。

 

「相手はウル・フッド」

 

 今度こそ。

 

 二人とも黙った。

 

「……あのウル?」

 

「七大冒険者に入ってた方?」

 

「今は席から外れてるけど、実力は変わってない」

 

 レイノルドが額を押さえる。

 

「先に言えよ!」

 

 

「何でウルを止める?」

 

 タイクーンが真面目な声で尋ねた。

 

「敵なのか?」

 

「違う」

 

 ハイセは端末へ地図を表示する。

 

「英士郎からクローディア側の情報網を調べた。どうも王国側の犯罪情報を流してる人間が、他にもいる」

 

「それがウル?」

 

「可能性が高い」

 

 ロビンの兄。

 

 高位冒険者として独自の情報網と行動力を持ち、犯罪組織へ単独で食い込めるだけの実力もある。

 

 だからこそ。

 

「ウルが今、【四十人の大盗賊】を追ってる可能性がある」

 

「それなら味方じゃないか」

 

「味方だよ」

 

 ハイセは頷いた。

 

「でも今だけは困る」

 

 

 ディルク側は、盗賊団をすぐに捕まえるつもりがない。

 

 末端を泳がせ、その先にいる仲介人、資金源、取引相手までまとめて引きずり出すための作戦だ。そこへ事情を知らないウルが入り込み、一人でも盗賊を捕まえれば、残りが警戒して潜伏する可能性が高い。

 

「だから二時間」

 

 ハイセは言った。

 

「フェスタ開始から二時間だけ、ウルを本命へ近付けないでほしい」

 

「戦う必要は?」

 

「出来ればない」

 

「向こうが突破しようとしたら?」

 

「止める。でも怪我させる必要はない」

 

 タイクーンは少し考えた。

 

「事情を説明しちゃ駄目なのか?」

 

「全部は駄目」

 

「何で?」

 

「ウル自身がクローディアへ情報を流してるなら、そこから星導館側へ作戦が伝わる可能性がある」

 

「同じ盗賊を潰そうとしてるのに?」

 

「だからこそ」

 

 ハイセは静かに答えた。

 

「今は、それぞれの動きを混ぜない方がいい」

 

 

 現在。

 

 王都西側の街道。

 

 ウル・フッドは、目の前に立つ二人を見ていた。

 

「……何のつもりだ?」

 

 レイノルドは非常に気まずそうな顔をしている。

 

 背後には【バシリッサ】の四基のアーム。

 

 タイクーンの周囲には【デスピニス】が静かに浮いていた。

 

「悪い」

 

「何が?」

 

「ここ、通せない」

 

「理由は」

 

「詳しくは言えない」

 

 ウルの目が細くなる。

 

「誰の指示だ?」

 

 二人とも黙る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ウルが小さく息を吐いた。

 

「ハイセか」

 

 レイノルドの眉が僅かに動いた。

 

「何で分かる!?」

 

「お前、答え言ってるぞ」

 

「しまった!」

 

 タイクーンが頭を抱えた。

 

 

「どけ」

 

 ウルが一歩進む。

 

 レイノルドは動かない。

 

「悪い。本当に二時間だけなんだ」

 

「二時間?」

 

「そこまで言うなって!」

 

 タイクーンが横から突っ込む。

 

「もう言っちまった!」

 

「お前ら、こういう仕事向いてないだろ」

 

「俺達もそう思ってる!」

 

 ウルは数秒間、二人を観察した。

 

 冗談ではないらしい。

 

 そして。

 

 敵意も薄い。

 

「俺を捕らえるつもりは?」

 

「ない」

 

「倒すつもりも?」

 

「ない」

 

「通すつもりは?」

 

「それはない」

 

「そこだけ即答か」

 

 レイノルドは申し訳なさそうに頷いた。

 

 

 ウルが動いた。

 

 速い。

 

 レイノルドの横を一気に抜けようとする。

 

 だが。

 

 【バシリッサ】。

 

 四基のアームが同時に展開し、地面と街道脇の壁面を利用して巨大な檻のように進路を塞いだ。

 

「っ!」

 

 ウルは即座に方向を変える。

 

 右。

 

 その先へ。

 

 【デスピニス】。

 

 三枚の円盤が滑り込む。

 

 攻撃ではない。

 

 完全に。

 

 進路だけを潰してくる。

 

「……なるほど」

 

 ウルの口元が僅かに上がる。

 

「本気で足止めだけか」

 

「分かってくれたなら、大人しく待ってくれない?」

 

 レイノルドが頼む。

 

「断る」

 

「ですよね!」

 

 

 ウルは次々に進路を変えた。

 

 正面。

 

 横。

 

 上。

 

 街道脇。

 

 その全てを、バシリッサとデスピニスが追う。

 

 レイノルドは無理に攻撃せず、四本の機動アームを壁として使い続ける。タイクーンも円盤を斬撃へ回すのではなく、ウルが次に選びそうな地点へ先回りさせていた。

 

 倒すための武器を。

 

 倒さないために使う。

 

「面倒な使い方をする」

 

 ウルが呟く。

 

「ハイセに言ってくれ!」

 

 レイノルドが返す。

 

「俺達も今日初めて実戦で使ってんだ!」

 

「初めて!?」

 

「言うなよ!」

 

 タイクーンの怒声が飛んだ。

 

 

 その頃。

 

 フェスタ競技場では、最初の試合が始まっていた。

 

 ルサールカ。

 

 五人。

 

 対するのは、ハイベルグ側の冒険者混成チーム。

 

 開始直後。

 

 観客の多くは、当然ながら相手側が有利だと思っていた。

 

 歌や踊りを本業とするアイドルと、実戦経験を積んだ冒険者。

 

 だが。

 

 ハイセは。

 

 その先入観まで。

 

 計算へ入れていた。

 

「正面から勝とうとしなくていい」

 

 試合前。

 

 五人へ。

 

 そう伝えていた。

 

「相手に、自分達なら押し切れるって思わせて」

 

 

 開始。

 

 ルサールカ側が。

 

 一度。

 

 下がる。

 

 冒険者側。

 

 前へ。

 

 観客。

 

 ざわめく。

 

 さらに。

 

 下がる。

 

 相手。

 

 勢いづく。

 

 五人。

 

 散る。

 

 その瞬間。

 

 中央。

 

 空く。

 

 一人。

 

 誘導。

 

 二人。

 

 回り込む。

 

 残り。

 

 目標確保。

 

 冒険者側が異変に気づいた時には。

 

 既に。

 

 得点。

 

「……やった」

 

 舞台裏で見ていたシルヴィアが目を丸くする。

 

「やったね」

 

 ハイセは平然としていた。

 

「あなた、本当に優勝させる気なのね」

 

「最初から言ってるよ」

 

 

 一方。

 

 セイクリッド側。

 

 サーシャがその試合を見ていた。

 

「…………」

 

 プレセアが横から声を掛ける。

 

「どう?」

 

「思ったより強い」

 

「でしょうね」

 

「あれ、ハイセの戦術だな」

 

「多分」

 

 サーシャの眉間へ。

 

 皺。

 

「腹立つ」

 

「何故?」

 

「上手くいってるから」

 

「それは完全に私怨よ」

 

「違う!」

 

 ピアソラが離れたところから呆れる。

 

「もう認めなさいな」

 

 

 試合終了。

 

 ルサールカ。

 

 勝利。

 

 観客席から大きな歓声。

 

 ルサールカの五人は。

 

 互いに。

 

 ハイタッチ。

 

「VIP!」

 

「まだ一勝だよ」

 

「でもVIPは参加した時点でもらえるんでしょ?」

 

「うん」

 

「じゃあ優勝したら?」

 

 ハイセが少し考える。

 

「何か追加する?」

 

 五人の目が。

 

 輝いた。

 

 シルヴィアが横から呟く。

 

「燃料投下したわね」

 

 

 再び。

 

 裏側。

 

 イレーネが追っていた荷馬車は、予定されていた町を通り過ぎ、その先の廃倉庫へ入った。

 

『動いた』

 

 通信。

 

『プリシラ』

 

『いるよ』

 

「裏口へ」

 

『分かった』

 

 イレーネは屋根へ上がり、窓から内部を覗く。

 

 男達。

 

 複数。

 

 荷物。

 

 金。

 

 そして。

 

 一人。

 

 見覚えのない。

 

 上等な服。

 

「……当たり」

 

『何が見えた』

 

 ディルク。

 

「商人じゃない。金を出してる側っぽいのが来た」

 

『顔、記録しろ』

 

「もうしてる」

 

『まだ入るな』

 

「分かってる」

 

 イレーネは。

 

 笑った。

 

「ようやく尻尾出したわね」

 

 

 同じ頃。

 

 ウルは。

 

 まだ。

 

 街道を抜けられていなかった。

 

「しつこいな」

 

 レイノルドが息を切らす。

 

「それ、こっちの台詞だ」

 

 ウルは平然としている。

 

「もう三十分だぞ」

 

「あと一時間半」

 

「お前、時間言うなって!」

 

「もうバレてるし!」

 

 タイクーンの円盤が、再びウルの進路を塞ぐ。

 

 ウルは止まった。

 

 少し。

 

 考える。

 

「……お前達」

 

「何?」

 

「俺を止めてる間に、別働隊が動いてるな?」

 

 レイノルド。

 

 タイクーン。

 

 無言。

 

「…………」

 

 ウルが。

 

 溜息。

 

「本当に向いてないぞ、お前達」

 

「俺達も知ってる!!」

 

 

「一つだけ聞く」

 

 ウルが言った。

 

「何?」

 

「俺がこの先へ行けば、邪魔になるんだな?」

 

 レイノルドは。

 

 少しだけ。

 

 迷った。

 

 そして。

 

 頷く。

 

「多分」

 

「犯罪者の味方をすることになる?」

 

「逆」

 

「被害が増える?」

 

「それも逆だと思う」

 

 ウルはしばらく二人を見る。

 

 それから。

 

 道端の岩へ。

 

 腰を下ろした。

 

「……二時間だな?」

 

 レイノルドが目を丸くする。

 

「いいの?」

 

「お前らが嘘を吐くのに向いてないのは分かった」

 

「それ褒めてる?」

 

「全く」

 

 タイクーンが吹き出した。

 

 

 フェスタ会場。

 

 ルサールカの勝利が発表された直後。

 

 ハイセの端末。

 

 震える。

 

 一件。

 

【第一経路特定】

 

 ディルク。

 

 もう一件。

 

【ウル足止め成功。たぶん】

 

 レイノルド。

 

「たぶん?」

 

 ハイセが小さく呟く。

 

「どうしたの?」

 

 シルヴィアが覗こうとする。

 

「何でもない」

 

 端末。

 

 閉じる。

 

 正面。

 

 競技場。

 

 次の試合。

 

 セイクリッド。

 

 入場。

 

 観客席。

 

 歓声。

 

 サーシャ。

 

 こちらを見る。

 

 目。

 

 合う。

 

 ハイセ。

 

 軽く。

 

 手を振る。

 

 サーシャ。

 

 すぐに。

 

 顔をしかめる。

 

 

「……何か腹立つ」

 

 サーシャが呟く。

 

「まだ何もされてないわよ」

 

 プレセアが返す。

 

「こういう時のハイセは、何かやってる」

 

「最近、勘が良くなったわね」

 

「范星露の修行の成果をこんなところで出したくない!!」

 

 ガイストが。

 

 試合開始位置へ。

 

 向かう。

 

「集中しろ」

 

「ああ」

 

 サーシャは。

 

 剣を抜く。

 

 目の前。

 

 対戦相手。

 

 そして。

 

 少し離れた場所では。

 

 ハイセが。

 

 静かに。

 

 試合を見ている。

 

 その裏で。

 

 オーフェリア。

 

 イレーネ。

 

 プリシラ。

 

 レイノルド。

 

 タイクーン。

 

 五人が。

 

 それぞれ。

 

 別の場所で。

 

 動いていることなど。

 

 サーシャは。

 

 まだ。

 

 知らない。

 

 知らない方が。

 

 今は。

 

 幸せだった。

 

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