【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
第71話 祭りの後始末
フェスタが閉幕しても、ハイベルグ王国の夜はまだ熱気に包まれていた。
王都中央ではルサールカ優勝の余韻が残り、酒場では決勝戦の話題が尽きない。街頭映像ではYami_Q_rayとシルヴィアのオープニングライブが繰り返し流され、天空リゾートには《Perfect Showdown!》を見た観客から問い合わせが殺到していた。
しかし、その華やかな祭りの裏側では、別の戦いが終幕を迎えようとしていた。
◇
「証拠品の回収状況は?」
アルルカントの指令室で、カミラは複数の通信画面を見渡した。ハイベルグ王国各地の地図には、【四十人の大盗賊】に関係すると推測される拠点が赤く表示されている。
『帳簿二冊、取引先一覧、資金経路の記録。仲介人一名と、資金提供者と見られる人物一名も確保したわ』
通信越しに答えたのはイレーネだった。プリシラが倉庫内部から確保した帳簿を解析したことで、それまで点在していた小規模盗賊団、地下市場、違法商人、輸送業者が一本の線で繋がり始めている。
「十分だな」
カミラは椅子から立ち上がった。
「ここから先は泳がせる必要がない。主要拠点を同時に叩き、構成員を全員捕縛する」
隣で画面を眺めていたハイセが頷く。
「本格的に行く?」
「ああ。逃走経路も把握出来たし、証拠も押さえた。後は捕まえるだけだ」
カミラが端末へ三つの認証コードを入力すると、画面上に三機の名称が浮かんだ。
【アルディ】
【リムシィ】
【レナティ】
三つの起動表示が同時に緑へ変わる。
「三機とも投入する」
「南無三」
「殺すなと言っている!」
カミラの怒声と同時に、作戦が始まった。
◇
最初に異変へ気付いたのは、東側の拠点から逃げ出した盗賊達だった。
「囲まれてる! 東へ抜けろ!」
複数の男が裏口から街道へ飛び出したものの、その先には既にリムシィが立っていた。一人が慌てて剣へ手を伸ばした瞬間、金属音が一度響き、次に彼が見た時には武器だけが数メートル先へ転がっている。
「抵抗を確認。捕縛行動へ移行します」
「待て、話を――」
最後まで言い終える前に足元を崩され、男は地面へ転がった。残った盗賊達は顔を見合わせると、今度は反対方向へ逃げ始める。
そこにはアルディがいた。
「突破しろ! 一斉に掛かれ!」
五人が同時に襲い掛かったが、アルディは真正面から全てを受け止めた。数秒後には剣も槍も地面へ転がり、攻撃した側だけが綺麗に積み重なっている。
一人だけ残った盗賊が、引きつった顔で後退した。
「……何なんだよ、こいつら」
「捕縛任務だ」
「そういうこと聞いてねぇ!」
◇
南側では、逃走用に準備されていた馬車が街道を猛スピードで走っていた。
「このまま国境まで抜けるぞ!」
御者が叫んだ直後、道の中央にレナティが姿を現す。馬車は速度を緩めるどころか、そのまま突っ込もうとした。
「進路変更を推奨します」
「どけぇぇぇっ!」
レナティはどかなかった。
衝突寸前、馬車の車輪と駆動部だけが正確に破壊される。車体は横転することなく停止し、中にいた盗賊達も無傷のまま投げ出された。
「投降してください」
「……もう嫌だ」
盗賊の一人が、その場で武器を置いた。
◇
離れた場所から状況を確認していたイレーネは、通信越しに乾いた笑いを漏らした。
『これ、もう私達いらなくない?』
「必要だ」
ディルクが即答する。
『三機だけで全部捕まえてるじゃない』
「ここまで逃走経路を洗ったのはお前らだし、帳簿を確保したのはプリシラだ。捕縛だけ見て仕事を判断すんな」
『じゃあオーフェリアは?』
通信へ、一瞬だけ妙な沈黙が落ちる。
オーフェリア本人は最後の拠点近くで待機したまま、静かに戦況を眺めていた。前回もそうだったが、彼女が投入されるほどの抵抗が起きない方が、作戦としては圧倒的に平和なのである。
『……私、要らない?』
「違う違う! アンタは出番がない方がいいの!」
『そう』
「何でちょっと残念そうなのよ!」
『騒いでねぇで仕事しろ』
ディルクの低い声が割り込み、イレーネは不満そうに通信を切った。
◇
最後の主要拠点では、盗賊達も包囲されたことを理解していた。
「全員で散れ! 一人でも逃げれば情報は残せる!」
十人以上が複数方向へ飛び出した。その判断自体は間違っていない。相手が人間ならば、一点を突破される可能性はあった。
だが右手にはリムシィ、左手にはレナティ、中央にはアルディが立っている。
「……ふざけんなよ」
誰かが呟いた。
三機は連携しながら逃走経路を狭め、武器だけを破壊し、必要最低限の打撃で構成員を順番に無力化していった。殺傷するつもりがないからこそ攻撃は正確で、盗賊達には逆転のための隙すら与えられない。
最後の一人が地面へ倒れた時、カミラの端末へ作戦終了を示す表示が現れた。
「主要構成員、ほぼ全員確保。周辺協力者も現地騎士団とギルドが順次拘束に入った」
「資金源は?」
「帳簿からディルク側が追っている。クローディアの方でも別経路の摘発が始まったらしい」
ハイセは画面上から次々と消えていく赤い点を見て、少しだけ笑った。
「同じ盗賊を潰してるのに、結局みんな別々に動いてたね」
「そこが一番恐ろしいと言っているんだ」
カミラは心底疲れた顔で答えた。
こうして【四十人の大盗賊】は、最後に大規模な決戦を行う機会すら与えられないまま、その組織網ごと解体されていった。
◇
翌日、ハイセはレイノルドとタイクーンをアルルカントへ呼び出した。
「これ、今回の報酬」
差し出された書類を見たレイノルドは、金額を二度確認した。
「……多くないか?」
「危険手当込み」
「俺達、ウルを二時間止めただけだぞ」
「ウル・フッドを二時間だよ?」
「そう言われると急に死にかけた仕事みたいに聞こえるな……」
「実際、相手が本気だったら危なかっただろ」
横から書類を確認したタイクーンは迷わず署名した。
「俺は貰う」
「早いな!」
「仕事したんだから当然だろ」
「それはそうだけどさ!」
ハイセは続けて二枚の登録証を机へ置いた。
「あと、今回使った武装も正式登録が通ったよ。レイノルドは【バシリッサ】、タイクーンは【デスピニス】」
レイノルドの動きが止まった。
「……正式登録?」
「うん」
「つまり今後も俺があれを使う?」
「そうなるね」
「背中から四本出るやつを!?」
「便利だったでしょ?」
「性能の話じゃねぇんだよ! 見た目が完全に敵幹部なんだよ!」
タイクーンが吹き出した。
「似合ってたぞ」
「裏切り者!」
◇
もっとも、レイノルドも本気で拒んでいるわけではなかった。
バシリッサの四基の機動アームは、攻撃だけでなく防御、拘束、救助にも使える。ウルを傷つけずに足止め出来たのも、この特性によるところが大きい。
「まあ……使いやすかったのは認める」
「なら良かった」
「お前、そこで即決するから話が早すぎるんだよ」
「嫌なら登録解除も出来るよ」
ハイセがそう言うと、レイノルドは一瞬だけ黙った。
「……いや、いい。使う」
「じゃあ決まり」
「やっぱり話が早い!」
タイクーンは横で笑いながら、自分のデスピニスの登録証を大事そうに仕舞っていた。
仕事を頼んだ。
なら、対価を払う。
危険があったなら、危険手当も付ける。武器を使わせたなら、その後も本人が使うかどうかを本人に選ばせる。
以前なら見落としていたかもしれないことを、ハイセは今では当然の手順として扱うようになっていた。
◇
そして、その日の午後。
今回の事件における最大の危険人物が、アルルカントへ到着した。
「ハイセェェェェェ!!」
廊下を震わせる怒声に、研究室から出てきたハイセが足を止める。
廊下の向こうから歩いてくるのはサーシャ。その手には剣まで握られていた。
「何で剣持ってるの?」
「聞くな!!」
サーシャは距離を詰める。
「私達をフェスタへ巻き込んで、自分は敵チームをプロデュースした!」
「うん」
「決勝用の曲まで用意して、あの馬鹿みたいなレーザーを撃たせた!」
「馬鹿みたいではなかったと思うけど」
「そこじゃない!!」
さらに一歩。
「しかも裏ではオーフェリア達を動かし、レイノルドとタイクーンにウルを足止めさせ、その後はアルルカントの自律兵器まで投入した!」
「全部合ってるね」
「肯定するなぁぁぁぁ!!」
◇
サーシャはとうとう剣を抜いた。
「一発斬らせろ!」
「嫌だよ」
「死なない程度にする!」
「それで安心する人いないと思う」
ハイセが後退すると、サーシャも同じだけ前へ出る。その少し後ろでは、プレセア、ピアソラ、ヒジリ、ロビンが二人の様子を眺めていた。
「止めなくてよろしいんですの?」
ピアソラが尋ねる。
プレセアはサーシャの様子を見て、少しだけ笑った。
「本気で斬る気はないと思うわ」
「かなり殺気出てるけど?」
ヒジリはむしろ楽しそうだった。
ロビンだけが心配そうに言う。
「ハイセ、ちゃんと謝った方がいいんじゃない?」
「分かった」
ハイセはサーシャを見る。
「ごめん」
「軽い!!!」
当然、余計に怒らせた。
◇
壁際まで追い詰められたところで、ハイセはようやく切り札を思い出した。
「サーシャ」
「何だ!!」
「プレミアム・スイーツビュッフェ」
剣先が止まった。
「……何?」
「天空リゾートに新しく増設したやつ。管理者権限で、今から貸切枠に入れる」
サーシャは無言のままハイセを見る。
「セイクリッドのみんなも一緒でいいよ」
今度はピアソラが反応した。
「限定スイーツは?」
「ある」
「季節のフルーツも?」
「あるよ」
ヒジリも身を乗り出す。
「食べ放題?」
「もちろん」
プレセアとロビンまで互いに顔を見合わせた。
数秒後。
サーシャは静かに剣を鞘へ戻した。
「いつ行く?」
「今からでも」
「全員準備しろ!」
「切り替え早いね」
「黙れ!」
◇
天空リゾートのプレミアム・スイーツビュッフェは、新設されたばかりの空中庭園側ラウンジにあった。
大きなガラス窓の向こうには雲海が広がり、中央にはケーキ、タルト、ムース、焼き菓子、チョコレート、季節の果物、アイスクリームが並んでいる。紅茶も複数種類から選べるため、ピアソラなどは入った瞬間から完全に先ほどまでの騒動を忘れていた。
「これは……かなり良いですわね」
「気に入った?」
「今だけは褒めて差し上げます」
ヒジリは早くも皿を二枚持ち、ロビンは限定プリンを見つけて目を輝かせている。プレセアはフルーツタルトと紅茶を選び、サーシャも最初こそ平静を装っていたものの、気付けば目の前には三種類のケーキが並んでいた。
ハイセがその皿を見た。
「結構食べるね」
「悪いか?」
「いや」
ハイセは少しだけ考えた。
「ビッグフットでも甘いもの食べるんだ」
サーシャのフォークが止まった。
プレセアも。
ピアソラも。
ヒジリも。
ロビンも。
全員の動きが止まった。
サーシャは、ゆっくり顔を上げる。
「今すぐ窓から放り投げるぞ」
「ここ空中城だけど」
「だから言ってるんだ」
「ごめんなさい」
今度の謝罪だけは、異様に早かった。
◇
「お前は何故、自分で鎮火した火事へ油を撒くんだ……」
サーシャが額を押さえる。
「思ったこと言っただけ」
「その癖を直せ!」
ヒジリはもう耐えられず、腹を抱えて笑っていた。
「ビッグフットって……まだ言ってたんだ!」
「笑うな!」
ピアソラも口元を押さえる。
「でも、甘い物を食べるビッグフットというのは少し可愛らしいですわね」
「ピアソラァ!!」
「冗談ですわ」
プレセアだけはいつもの穏やかな顔で紅茶を飲んでいた。
「サーシャ、ケーキが温くなるわよ」
「……食べる」
結局、怒りながら食べるらしい。
◇
三十分もすると、さすがのサーシャもかなり落ち着いていた。
「まだ怒ってる?」
向かい側に座ったハイセが尋ねる。
「怒ってる」
「やっぱり?」
「当たり前だ」
サーシャはショコラ系のケーキを一口食べ、少しだけ表情を緩めた。
「ただ、ルサールカが強かったことは認める。途中で私が意固地になったのも事実だ」
プレセアが静かに頷く。
「でも最後には戻れたわ」
「ああ。もっと早く気付ければ良かったがな」
「次に活かせばいいでしょう?」
サーシャは少し考えたあと、口元を上げた。
「次は勝つ」
「アタシもまた出たい!」
ヒジリがすぐ手を挙げる。
「わたくしは次回、観客席で結構ですわ」
ピアソラは即答した。
「何故だ!」
「今回のようなものを、スイーツと紅茶をいただきながら観戦したいので」
「私は……応援側がいいかな」
ロビンまで小さく手を挙げる。
「お前らぁ!!」
サーシャの声がラウンジに響いたが、先ほどまでの怒りとはもう違っていた。
◇
ハイセはそんな五人を眺めながら、今回の一連の出来事を思い返していた。
イレーネとプリシラが線を追い、オーフェリアが最終手段として控えた。レイノルドとタイクーンはウルを止め、アルディ、リムシィ、レナティが捕縛を完了させた。ディルクは金の流れを追い、カミラは全体を整理し、クローディアもまた別の場所から犯罪網を潰していた。
誰か一人が全てを解決したわけではない。
それで良かった。
かつてのハイセなら、自分の力で全部片付けることを強さだと思っていたかもしれない。今は、人へ頼み、その人間が選べる形で役割を渡し、終わった後にはきちんと対価を支払うこともまた、力の使い方なのだと理解している。
「何笑ってる?」
サーシャがこちらを見る。
「いや」
「また変なこと考えてないだろうな?」
「考えてない」
「本当か?」
「今日はもう何もないよ」
「……信用していいんだろうな」
「多分」
「何故最後に不安を足した!?」
◇
夜になり、六人は天空リゾートを後にした。
サーシャの機嫌は完全に直ったわけではない。それでも帰り際には、プレセア達と次に挑戦するならどう戦うかを話せる程度には落ち着いていた。
「美味しかった?」
ハイセが尋ねる。
「ああ」
「じゃあ許してくれる?」
サーシャは少し考えた。
「……今回はこれで許す」
「よかった」
「ただし」
「何?」
「次にビッグフットと言ったら、本当に窓から投げる」
ハイセは空中城を見上げた。
「ここから?」
「もっと高いところを探してやる」
「許してないじゃん」
「当たり前だ!」
プレセア達の笑い声が、夜の空へ響いた。
フェスタも終わり、【四十人の大盗賊】も壊滅した。ようやく一つの騒動が片付いたはずなのに、ハイセの周囲だけは相変わらず賑やかだった。
そしてサーシャのストレスメーターには、また一本。
「ビッグフット」専用の項目が増えた。