【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第72話 宣戦布告ではありません

 

 

 【四十人の大盗賊】壊滅から数日後、アルルカント・アカデミーの会議室には、世界規模の犯罪組織を潰した時よりも重苦しい空気が漂っていた。

 

 机を囲んでいるのはハイセ、カミラ、エルネスタ、ヒルダ、ディルク、そしてシルヴィア・リューネハイム。ここ数ヶ月で彼らは異世界接続、武装市場、ダンジョン予測、犯罪組織の摘発まで経験してきたが、今日議題に上がっている問題は、それらとは比較にならないほど地味だった。

 

 しかし、学校にとっては死活問題だった。

 

「去年比、レヴォルフの新規入学希望者は大幅減。編入希望者も同じだ」

 

 ディルクが机へ資料を放る。

 

「アルルカントも似たようなものだ。特に異世界側からの編入希望が、事前問い合わせの数字に対して実際の出願まで繋がっていない」

 

 カミラの前にも、ほぼ同じ内容の報告書が置かれている。

 

 シルヴィアが困ったように頬へ手を当てた。

 

「クインヴェールも減っているのよ。うちは二校ほど酷くないけれど、今年ならもっと増えて当然だったはずなの」

 

 異世界との交流は拡大している。

 

 アスタリスクそのものへの関心も、むしろ以前より高い。

 

 にもかかわらず、特定の三校だけ人が来ない。

 

 ハイセは資料を一枚ずつ眺めた。

 

「でも、星導館は増えてる」

 

「界龍もな」

 

 ディルクが答える。

 

「ガラードワースも増加。異世界人そのものがアスタリスクを避けてるわけじゃねぇ」

 

「じゃあ、三校だけ避けられてる?」

 

「そういうことだ」

 

 あまりにも簡潔な答えだった。

 

 

 ヒルダが端末を操作すると、異世界側で確認された進学相談記録や、冒険者同士の口コミ、掲示板上の話題が一覧化された。

 

「キヒヒ……原因候補を機械的に分類してみたよ」

 

「笑い事か?」

 

「笑わないとやっていられない程度には面白い」

 

 カミラが睨む中、画面にはいくつもの文章が表示される。

 

 ――レヴォルフは危険人物が多い。

 

 ――アルルカントへ行くと人体実験に参加させられる。

 

 ――クインヴェールへ行くと歌姫同士の騒動に巻き込まれる。

 

 ――三校ともハイセ周辺の事件発生率が異常。

 

 会議室が静まり返った。

 

「…………」

 

 ハイセが口を開く。

 

「全部嘘?」

 

「そこが最悪なんだ」

 

 カミラが額を押さえた。

 

「完全な虚偽なら否定出来る。だがアルルカントに過去の人体実験問題があったのは事実だし、レヴォルフに危険な学生が多いという評価も、統合企業財体の資料を引かれると否定しにくい」

 

「クインヴェールだけ巻き添えじゃない?」

 

 シルヴィアが不満そうに言う。

 

 ディルクは横目でハイセを見た。

 

「歌姫二人で騒ぎ起こしてる奴がいるからだろ」

 

「俺?」

 

「他に誰がいんだよ」

 

「私も少しは原因かもしれないわね」

 

 シルヴィアが苦笑した。

 

 

「問題は、誰がこの話を広げているかだ」

 

 エルネスタが楽しそうに画面をスクロールする。

 

「発信経路を辿ったら、妙に同じ場所へ集まるんだよねぇ」

 

「どこ?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「聖ガラードワース」

 

 今度こそ、全員の視線が止まった。

 

 さらに細かく追えば、発端の一部にはサーシャの発言まで含まれていた。

 

 アルルカントは何をするか分からない。レヴォルフは信用するな。ハイセ周辺は気を抜くと妙な事件へ巻き込まれる。

 

 サーシャ本人としては、これまで散々巻き込まれてきた経験を語っただけなのだろう。

 

 だが、その言葉をガラードワース関係者が広め、さらに伝聞が伝聞を呼んだ結果。

 

「……風評被害になった?」

 

 ハイセが呟く。

 

「なってる」

 

 カミラが即答する。

 

「かなり深刻にな」

 

「サーシャ、そんなつもりないと思う」

 

「悪意があるかどうかと被害が出ているかどうかは別問題だ!」

 

 カミラの声には、珍しく学校運営側としての切実さが滲んでいた。

 

 

 ディルクも機嫌が悪い。

 

「ただでさえレヴォルフは入学希望者の母数で不利なんだ。そこに異世界から『危険な学校』って評判まで付けられちゃ、人材確保どころじゃねぇ」

 

「アルルカントも同じだ」

 

 カミラが続ける。

 

「王冠や強化型煌式武装の開発実績だけ見れば、研究希望者が増えて当然のはずなのに、説明会で『人体実験は任意ですか』と最初に聞かれた」

 

 エルネスタが吹き出す。

 

「それはちょっと面白い」

 

「笑うな!!」

 

 ヒルダは悪びれもせず頷いた。

 

「完全に我々の日頃の行いだね」

 

「お前は反省しろ!」

 

 シルヴィアも深く溜息を吐く。

 

「うちは『Yami_Q_ray関係で事件が起きそう』って理由で親御さんが心配しているみたいなのよ」

 

 ハイセが考え込む。

 

「俺、転校した方がいい?」

 

「その結論が一番困るからやめろ」

 

 カミラ、ディルク、シルヴィアの声が綺麗に揃った。

 

 

 世界を跨ぐ技術を作った。

 

 巨大な市場を作った。

 

 禁忌迷宮をリゾートにした。

 

 盗賊団まで潰した。

 

 それなのに。

 

「新入生が来ない……」

 

 ハイセが改めて呟く。

 

「風評被害って怖いね」

 

 ディルクは椅子へ背を預ける。

 

「武力で潰せねぇ問題が一番めんどくせぇんだよ」

 

「王冠でも解決出来ないね」

 

「出来たら怖いわ」

 

 シルヴィアの返しに、しばらく誰も笑えなかった。

 

 そして。

 

 そんな六人が頭を抱えている最悪のタイミングで。

 

 会議室の扉が開いた。

 

「失礼します。ハイセ様宛に、至急扱いの書簡が届いています」

 

「誰から?」

 

「《銀の明星》です」

 

 空気が、変わった。

 

 

 少し前、【四十人の大盗賊】の捕縛者リストから、《銀の明星》の関係者であるセイナの名が確認されていた。

 

 エクリプス・ゾロアスターが率いる有力クラン。その内部に盗賊団関係者がいたというだけでも、今後揉める可能性は十分にある。

 

 だが、今日《銀の明星》から発表された内容は、それとは別だった。

 

「同性婚推奨制度?」

 

 ハイセが端末を読む。

 

「正式には、同性パートナー及び婚姻関係にある構成員への生活・住居・活動支援制度だな」

 

 カミラが資料を確認する。

 

 共同住居の斡旋。

 

 家族単位での福利厚生。

 

 所属後の活動継続保証。

 

 移住支援。

 

 パートナーを理由とした不利益を認めない明文化された方針。

 

 制度そのものは、悪くない。

 

 むしろ。

 

「かなり手厚いわね」

 

 シルヴィアが感心する。

 

「異世界側でこういう関係を公にしづらかった人には魅力的だと思う」

 

「そうだな」

 

 カミラもそこは否定しない。

 

 問題は。

 

 今。

 

 三校が。

 

 人材不足へ。

 

 悩んでいることだった。

 

 

「……待って」

 

 ハイセが制度資料を見る。

 

「これ、人集まりそう」

 

 ディルクが顔をしかめる。

 

「だから嫌なんだよ」

 

「同性婚を支援することが?」

 

「制度そのものじゃねぇ。タイミングだ」

 

 レヴォルフ、アルルカント、クインヴェールが異世界人材の獲得に苦戦している。

 

 その時期に、《銀の明星》が明確な生活支援制度を打ち出した。

 

 学校ではない。

 

 それでも。

 

 若い冒険者や技術者にとって、どこへ所属し、どこを生活基盤にするかという選択肢は競合する。

 

「ただでさえ入口が細くなってんのに、向こうが新しい入口を増やしやがった」

 

 ディルクの声が低い。

 

 エルネスタは楽しそうだった。

 

「でも、エクリプス本人はそんなことまで考えてるかなぁ?」

 

「考えてねぇ可能性が高いから余計腹立つ」

 

 珍しくディルクが本気で苛立っていた。

 

 

「それで手紙は?」

 

 ヒルダが尋ねる。

 

「ああ」

 

 ハイセは封を切った。

 

 上質な紙。

 

 簡潔な文章。

 

 何度か読み直す。

 

「…………」

 

 カミラが嫌な予感を覚えた。

 

「何と書いてある?」

 

「直訳でいい?」

 

「読め」

 

 ハイセは素直に読んだ。

 

「『私と結婚して』」

 

 静寂。

 

 誰も。

 

 すぐには反応出来なかった。

 

「…………もう一回」

 

 シルヴィアが言う。

 

「私と結婚して」

 

「その前後は?」

 

「色々書いてあるけど、要約するとそれ」

 

 エルネスタの口元が上がる。

 

「わぁ♪」

 

 ヒルダも肩を震わせる。

 

「キヒヒ……!」

 

 カミラが机を叩いた。

 

「笑っている場合か!!」

 

 

 ディルクがハイセから手紙を奪い取った。

 

「……本気か、こいつ」

 

「多分」

 

「同性婚推奨制度を発表した直後に、お前へ求婚状?」

 

「そうなるね」

 

「最悪のタイミング選びやがって」

 

「何で?」

 

 ハイセは純粋に疑問そうだった。

 

 ディルクは顔を上げる。

 

「お前は今、アルルカント所属の技術研究者で、七大冒険者第二席で、ハイベルグ天爵で、Yami_Q_rayとして異世界でも有名だ。そのうえ【王冠】にも【FAIR STAGE】にも噛んでる」

 

「うん」

 

「そんな奴に《銀の明星》のトップが求婚してみろ」

 

「結婚するだけでは?」

 

「結婚するだけで済む立場じゃねぇんだよ!」

 

 ディルクの怒声が響く。

 

 

「ちょっと待って」

 

 シルヴィアが手紙を受け取った。

 

「ハイセ君が結婚したら、Yami_Q_rayとしての活動は?」

 

「続けるつもりだけど」

 

「《銀の明星》側へ活動拠点を移す可能性は?」

 

「分からない」

 

「共同活動は?」

 

「相談?」

 

 シルヴィアの笑顔が。

 

 少しだけ。

 

 怖くなった。

 

「……なるほど」

 

 クインヴェール側にも、十分な問題だった。

 

 Yami_Q_rayとシルヴィアは歌姫として共同活動することが多く、七大冒険者第二席まで共有している。その一方が、別勢力のトップと婚姻関係を結べば、周辺の思惑が動かないはずがない。

 

「私のデュオ相手に、随分大胆なことをするのね」

 

「リューネハイム?」

 

「何でもないわ♪」

 

 笑顔の圧が増した。

 

 

 カミラはもっと分かりやすかった。

 

 アルルカントが人材不足に悩んでいる最中。

 

 学園最大級の話題性と技術的影響力を持つハイセへ、《銀の明星》のトップから求婚。

 

 さらに相手側は、新しい人材支援制度まで整えている。

 

「…………」

 

「カミラ?」

 

「これはもう……」

 

 カミラは静かに手紙を机へ置いた。

 

 エルネスタが楽しそうに覗き込む。

 

「なぁに?」

 

 カミラの目が完全に研究者ではなく、組織運営側のものへ変わっていた。

 

「手加減する必要性がないな」

 

 ハイセが目を丸くした。

 

「ガチじゃん」

 

「当たり前だ!!」

 

 

「待って、何する気?」

 

「まず学生募集の抜本的改善だ」

 

 カミラは一気に資料を広げる。

 

「アルルカントの安全基準、研究参加の選択権、王冠の実績、強化型武装開発環境を全部前へ出す。『人体実験学園』などというふざけた印象を今年中に潰す」

 

「潰せる?」

 

「潰す!」

 

 ディルクもすぐに端末を操作し始める。

 

「レヴォルフもやるぞ。危険な連中がいるのは否定しねぇ。ただ、それ以上に実戦環境、異世界資源、迷宮攻略、企業連携で得られる利益を前に出す」

 

 シルヴィアも腕を組んだ。

 

「クインヴェールも本気で広報を組み直すわ。芸能だけじゃなくて、異世界文化交流、生活支援、女子学生向けの環境まで全部見せる」

 

 六人。

 

 空気。

 

 完全に変わっていた。

 

 つい先ほどまで。

 

 困っていた。

 

 今は。

 

 怒っている。

 

 ハイセだけが、まだ少し分かっていない。

 

「エクリプス、結婚したいだけじゃない?」

 

「それが一番タチ悪いんだよ!!」

 

 ディルクの声がまた響いた。

 

 

 エルネスタが楽しそうに指を立てる。

 

「じゃあ三校合同で新入生争奪キャンペーン?」

 

「合同ではない」

 

 ディルクが即答する。

 

「表向きはな」

 

「裏で情報共有?」

 

「必要なところだけ」

 

 シルヴィアが笑う。

 

「でも、同性婚支援制度そのものを叩くのは無しよ。それは普通に良い制度だもの」

 

「ああ」

 

 カミラも頷いた。

 

「対抗すべきは制度の存在ではない。こちらにも選ぶ価値があると示すことだ」

 

 ハイセが少し笑った。

 

「選択肢?」

 

 カミラが一瞬だけ黙った。

 

「……そうだ」

 

「なら俺も手伝う」

 

「当然だ。お前が一番の当事者なんだからな」

 

「求婚の?」

 

「そっちもだ!!」

 

 

 そこへ。

 

 さらに新しい通知が届いた。

 

 セイナ。

 

 《銀の明星》関係者。

 

 【四十人の大盗賊】構成員としての事情聴取が正式に始まったという報告だった。

 

 ディルクが画面を見る。

 

「これもあるんだったな」

 

 シルヴィアの顔から笑みが少し消える。

 

「エクリプスさん、こっちの件にはどう出るかしら」

 

「さあ」

 

 ハイセも真面目な顔になる。

 

 自分へ届いた求婚状。

 

 新しい支援制度。

 

 そして。

 

 クラン内部の犯罪問題。

 

 全てが。

 

 ほぼ同時に。

 

 重なった。

 

 意図的なら。

 

 かなり大胆。

 

 意図していないなら。

 

 もっと怖い。

 

「……会わないと分からないね」

 

 ハイセが言った。

 

 カミラも頷く。

 

「ああ。だが」

 

「何?」

 

「少なくとも、こちらが黙って譲る理由は一つもない」

 

 また本気だった。

 

 

 同じ頃。

 

 《銀の明星》。

 

 エクリプス・ゾロアスターは、自分が送った手紙の返事を待っていた。

 

「届いた頃でしょうか」

 

 近くにいたクランメンバーが尋ねる。

 

「恐らく」

 

「ハイセ様、どう返事されるでしょうね」

 

「分からない」

 

 エクリプスは落ち着いていた。

 

 特に。

 

 三学園へ喧嘩を売ったつもりもない。

 

 学生募集を妨害する気もない。

 

 Yami_Q_rayを政治的に奪うつもりもない。

 

 ただ。

 

 結婚したいと思った。

 

 だから。

 

 手紙を送った。

 

「良い返事だといいですね」

 

「ええ」

 

 その頃。

 

 レヴォルフ。

 

 アルルカント。

 

 クインヴェール。

 

 三校。

 

 緊急対策会議。

 

 始動。

 

 エクリプスは。

 

 もちろん。

 

 知らない。

 

 

 夜。

 

 ハイセは一人で求婚状をもう一度読んでいた。

 

「結婚かぁ」

 

 まだ。

 

 あまり。

 

 実感はない。

 

 そこへカミラが戻ってくる。

 

「何をぼんやりしている」

 

「返事どうしようかなって」

 

「即答するなよ」

 

「何で?」

 

「今返事したら三校の広報担当が倒れる」

 

「そんなに?」

 

「そんなにだ!」

 

 ハイセは手紙を畳む。

 

「じゃあ、とりあえず保留?」

 

「それが無難だ」

 

「分かった」

 

 少し間。

 

「カミラ」

 

「何だ」

 

「本当に手加減しないの?」

 

 カミラはハイセを見る。

 

「学生募集競争で?」

 

「うん」

 

「しない」

 

「ガチじゃん」

 

「二度言わせるな!」

 

 その夜。

 

 世界を跨ぐ戦争は。

 

 起こらなかった。

 

 代わりに。

 

 もっと地味で。

 

 もっと現実的な。

 

 学生獲得競争が。

 

 静かに。

 

 始まった。

 

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