【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
【銀の明星解体計画】が始動してから数日。
《銀の明星》では、目に見える事件こそ何も起きていなかった。しかし会議の時間は以前の倍近くに延び、これまでエクリプスの決定へ異論を挟まなかった構成員達まで、自分達の活動方針や予算配分について意見を述べるようになっていた。
誰かが反乱を起こしたわけではない。エクリプスを追放しようとする派閥が出来たわけでもない。ただ、それまで一つに見えていた組織の中から、少しずつ別々の声が聞こえるようになっていた。
「……また増えているわね」
《銀の明星》本部。
エクリプスは次回会議の議題一覧を眺めながら、僅かに首を傾げた。
内部監査制度の見直し。幹部選出方法。新人冒険者への装備補助。同性パートナー支援制度の財源。遠征部門の権限。
そして。
セイナについて。
「前回の会議で終わらなかったものが多いので」
側近が答える。
「これまで、こんなに議題が多かったかしら」
「いいえ」
「では、皆が組織について考えるようになったということ?」
「……そうとも言えます」
側近の歯切れが悪い。
エクリプスは視線を上げた。
「何か言いたいことがあるなら言って」
「誰かが意図的に、我々の内部へ議論を増やしている可能性があります」
エクリプスは少し黙った。
「誰が?」
「それが分かりません」
だからこそ、不気味なのだ。
◇
同じ頃。
アルルカントでは、その“不気味な誰か”達が堂々と昼食を取っていた。
「議題数、前回比で二・六倍」
ヒルダが食後の飲み物を片手に端末を眺めている。
「内部監査について発言した構成員も七人まで増えた。いい傾向だね」
エルネスタは嬉しそうに笑った。
「私が見つけた子達も、ちゃんと自分の意見を言ってくれてるみたい♪」
カミラは二人ほど楽しそうではないが、それでも資料へ目を通す表情には満足が滲んでいた。
「重要なのは、エクリプス本人への個人攻撃へ発展していないことだ。こちらが狙っているのは彼女を失脚させることではない」
少し離れた席でパンを食べていたハイセが顔を上げる。
「計画名は解体だけど?」
「何度言わせる。解体するのは一強体制だ」
「名前変えればいいのに」
「格好悪くなるだろう」
「そこ気にしてたんだ」
カミラが露骨に目を逸らした。
◇
そこへ、ディルクが会議室へ入ってきた。
「遊んでる場合じゃねぇぞ」
「誰が遊んでいる」
「そこの二人」
エルネスタとヒルダは同時に笑った。
ディルクは呆れながら一枚の書類を机へ置く。
「セイナの事情聴取が一段落した」
空気が変わった。
ハイセも食事の手を止める。
「何て?」
「本人が【四十人の大盗賊】に関わってたことは認めた」
カミラが資料を取る。
「《銀の明星》の指示は?」
「否定してる」
「エクリプスは?」
「知らなかったそうだ」
室内が静かになる。
◇
供述内容は、少なくとも現時点では一貫していた。
セイナが盗賊団へ関与していたこと自体は事実。しかし、それは《銀の明星》というクランの活動とは別であり、エクリプスから命じられたものでもなかった。
彼女は自分の立場を利用して《銀の明星》へ利益を流していたわけでもなく、盗賊団のためにクランの情報を提供したとも供述していない。
「つまり」
ハイセが資料を読む。
「エクリプスが盗賊だったわけじゃない」
「当たり前だ」
ディルクが返す。
「問題は幹部クラスの人間が裏で犯罪組織と繋がってたのに、組織が気付けなかったことだ」
「監督責任ね」
カミラが頷いた。
「だが、それと犯罪への共犯は全く別だ。ここを混同するべきではない」
ヒルダも珍しく真面目な顔をしている。
「これは重要だね。エクリプス個人へ疑いを向け続ける材料にはならない」
「じゃあ解体計画中止?」
ハイセが尋ねる。
三人が揃って彼を見る。
「何で?」
「何でって」
「セイナ事件でエクリプス本人が黒ではなかったことと、《銀の明星》の意思決定構造は別問題だ」
カミラは当然のように答えた。
「そうなんだ」
「ただし」
少しだけ声の調子が変わる。
「攻め方は変える」
◇
カミラは現在の《銀の明星》内部の論点を一つずつ画面へ表示した。
「セイナ事件については、『何故犯罪へ関与した人間を幹部に置いていたのか』という監査問題だけを扱う。エクリプスが共犯であるかのような印象誘導は、ここから完全に排除する」
「賛成」
シルヴィアの声がした。
いつの間にか会議室へ入ってきており、資料を覗いている。
「エクリプスさん本人が関係ないなら、そこを曖昧にして攻撃するのは違うもの」
ディルクも異論はない。
「事実だけで十分だ。余計な嘘を足す必要はねぇ」
ハイセは六人を見渡した。
「意外とちゃんとしてるね」
「お前は我々を何だと思ってるんだ」
「銀の明星を解体しようとしてる人達」
「それは否定出来ないねぇ♪」
エルネスタの一言で、カミラが頭を抱えた。
◇
「それで」
シルヴィアがハイセを見る。
「求婚のお返事は?」
「まだしてない」
「良かった♪」
「何でリューネハイムが安心するの?」
「何でもないわ♪」
笑顔。
しかし、誰も追及しなかった。
ディルクは話を戻す。
「問題は、向こうもセイナの身柄について話したがってることだ」
「身柄?」
「《銀の明星》所属の幹部だからな。事情聴取が終わった後、どう扱うかは向こうにとっても重要だ」
「犯罪やったなら罰は受けるんじゃない?」
「ああ。その前提で、だ」
エクリプスがセイナを庇って全てを握り潰そうとするのか。本人へ責任を取らせた上で、組織として対応するのか。
そこはまだ分からない。
「なら、会って話すしかない」
ハイセが言った。
カミラも異論はなかった。
◇
その日の夕方。
まるでこちらの判断を読んでいたかのようなタイミングで、一通の正式書簡が届いた。
差出人。
エクリプス・ゾロアスター。
ハイセは封を開き、内容へ目を通す。
「……今度は結婚してじゃない」
カミラが反射的に顔を上げた。
「当たり前だ!」
「ちょっと安心してない?」
「していない!」
ハイセは続きを読む。
内容は正式な会談要請だった。
セイナの件。《銀の明星》内部で起きている変化。そして、ハイセへ送った求婚状について。
それらを含め、直接話したい。
場所は。
「プルメリア王国」
ハイセが呟いた。
◇
ディルクの表情が少し変わる。
「向こうから本拠地へ呼ぶか」
「罠の可能性は?」
シルヴィアが尋ねる。
「低いと思う」
ハイセが答えた。
「俺を殺したいなら、わざわざ結婚してって送らないでしょ」
「理屈が雑だが、まあそうだろうな」
ディルクも同意する。
エクリプスは敵ではない。
少なくとも今は。
そして何より、ハイセとエクリプスはまだ直接会ったことすらない。
カミラが書簡を受け取り、細部を確認する。
「随行者を認める、とある」
「誰連れてく?」
ハイセが尋ねる。
カミラ。
ディルク。
シルヴィア。
三人の視線が合った。
ハイセは嫌な予感がした。
◇
「私は行く」
最初にカミラが言った。
「セイナ問題はアルルカント側でも情報を扱っているし、お前の身柄――」
「身柄?」
「……お前自身の今後についても、無関係ではない」
言い直した。
ディルクも椅子へ深く座る。
「俺も行く。《銀の明星》の内部犯罪に関しては、今回レヴォルフ側が一番深く動いてる」
最後。
シルヴィア。
「私も♪」
「何で?」
「Yami_Q_rayの活動について、エクリプスさんが何を考えているのか知りたいもの」
「結婚した後も普通に活動するよ?」
「だから、それを本人の口から確認したいの♪」
笑顔。
「……はい」
ハイセは逆らわなかった。
◇
エルネスタがニヤニヤしている。
「つまりぃ」
「何?」
「求婚相手との初めての本格的な話し合いに」
指。
一人目。
「アルルカント」
二人目。
「レヴォルフ」
三人目。
「クインヴェール」
最後。
「三校代表が同伴するんだ?」
ハイセは少し黙った。
「……外交会議?」
「お見合い♪」
「違う」
「半分くらいはそうじゃない?」
「違うよ」
ヒルダが面白そうに笑う。
「しかも本人同士は、そこで初対面というわけだ」
「その言い方すると余計おかしいね」
「求婚状が先に届いたからねぇ♪」
エルネスタが追撃する。
カミラが額を押さえた。
「……確認するが、本当に会ったことすらないんだな?」
「ないよ」
「それで求婚したのか、あの女は……」
「ガチじゃん」
「お前は黙ってろ!」
◇
その夜。
《銀の明星》。
エクリプスはハイセから届いた返信を読んでいた。
会談を受ける。
プルメリア王国へ向かう。
ただし、複数名を同行させたい。
「……良かった」
エクリプスは静かに笑った。
側近は少し不安そうだった。
「誰が来るのでしょう」
「誰でも構わないわ」
「三校関係者が揃って来る可能性もありますが」
「何故?」
「……求婚の件で」
エクリプスは首を傾げる。
「これは私とハイセの話でしょう?」
「本人達は、そう思っていない可能性があります」
「どうして?」
側近は答えに困った。
どう説明していいのか、分からない。
◇
「私は」
エクリプスが窓の外を見る。
「別に、Yami_Q_rayという肩書や価値が欲しいわけではないの」
側近が振り返る。
「私が好きなのは、ハイセ」
エクリプスがハイセを初めて知ったのは、彼が既に【暗律の戦乙女】として世界へ姿を現した後だった。
かつて男性だったことも、《ダークストーカー》と呼ばれる冒険者だったことも、調べれば記録として知ることは出来る。だが、それらはエクリプス自身が知っていたハイセではないし、共有した思い出でもない。
彼女が目を奪われたのは、今のハイセだった。
歌い、戦い、研究へ関わり、数え切れないほどの人間へ新しい選択肢を作っていく【暗律の戦乙女】。知れば知るほど、その奇妙な在り方そのものへ興味が向いた。
「まだ直接話したこともないけれど」
エクリプスは僅かに笑った。
「だからこそ、会ってみたいの」
「……求婚する前に、という選択肢はなかったのですか?」
「?」
エクリプスは本気で分からないという顔をした。
側近は何も言わず、そっと視線を逸らした。
◇
一方。
アルルカント。
出発準備を進めるハイセの元へ、エルネスタが近づいてきた。
「楽しみだねぇ♪」
「何が?」
「エクリプスと会うの」
「話し合いだよ」
「告白の返事もするかもしれないでしょ?」
「まだ決めない」
「即答しないんだ?」
「うん」
ハイセは荷物を確認しながら答えた。
「手紙では今の俺を好きだって言われてるけど、本人が俺の何を見てそう思ったのか、直接聞かないと分からないし」
エルネスタの笑顔が少しだけ変わった。
「へぇ」
「それに、俺もエクリプス本人のことをほとんど知らない」
「だから会う?」
「そう」
短い。
しかし、迷いのない答えだった。
求婚されたから受けるのでも、周囲に反対されたから拒絶するのでもない。
相手を知った上で、自分で決める。
それだけだった。
◇
翌朝。
プルメリア王国へ向かう準備が整った。
ハイセ。
カミラ。
ディルク。
シルヴィア。
出発直前。
ヒルダが手を振る。
「楽しんできたまえ、新婦候補」
「まだ言ってる」
エルネスタも笑顔で続ける。
「初対面で結婚式の日取りまで決まったら教えてね♪」
「決まらないよ」
「分からないじゃない?」
「……行ってきます」
追及を諦めた。
カミラが深く溜息を吐く。
「遊びに行くわけではないぞ」
「分かってる」
「セイナ問題と《銀の明星》の組織体制について、正式に話をする」
「うん」
「そして」
カミラの声が僅かに低くなる。
「何故、会ったこともない相手へいきなり求婚状を送ったのかも聞く」
「やっぱりそこ気にしてるじゃん」
「気にするに決まっているだろう!」
◇
異世界を跨ぐ移動経路が開く。
その向こう。
プルメリア王国。
原作なら、別の経緯を経たハイセとエクリプスが向き合う場所。
だが、この世界線では違う。
エクリプスは、《ダークストーカー》だったハイセを知らない。
ハイセもまた、エクリプス本人と直接言葉を交わしたことはない。
そこへ向かうのは、《武器マスター》でも、《闇の化身》でもない。
Yami_Q_ray。
【暗律の戦乙女】。
そして、自分自身で自分の人生を選ぶと決めた、現在のハイセだった。
「行こう」
最初の一歩を踏み出す。
その先にいるのは、自分を過去から知る女ではない。
今の自分を見つけ、今の自分へ恋をして、会うより先に求婚状を送りつけてきた女だった。
その本人が何を考えているのか。
いよいよ、直接確かめる時が来た。