【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
プルメリア王国から戻ったハイセを待っていたのは、休暇ではなかった。
エクリプスとの会談結果についてアルルカント、レヴォルフ、クインヴェールへ報告を済ませ、ようやく研究室へ戻れると思った翌朝。端末へ届いていたのは、聖ガラードワース学園からの正式な面会依頼だった。
「アーネスト・フェアクロフから?」
カミラが画面を覗き込む。
「うん。俺と話したいって」
「内容は?」
「強化型煌式武装について相談したいらしい」
カミラの表情が少しだけ変わった。
「……なるほど」
「何?」
「ガラードワースも動いたか」
これまで【ランビリス】や【ケリードーン】によって、強化型煌式武装という選択肢が実戦で通用することは証明されている。さらに【王冠】の成立によって、使用者側へ適応と安全性を戻すための基盤も整った。
だが、ガラードワースはまだその流れへ本格的に参加していない。
「行ってくる」
「ああ。ただし」
カミラは少し考える。
「ガラードワース相手に、レヴォルフやアルルカントと同じ答えを持っていくなよ」
「分かってる」
ハイセもそこだけは理解していた。
だからこそ。
少し。
楽しみだった。
◇
聖ガラードワース学園を訪れたハイセを最初に迎えたのは、レティシアだった。
「ようこそお越しくださいました、ハイセ」
「こんにちは」
「こちらです。アーネストがお待ちです」
歩きながら校内を眺める。
アルルカントとは、まるで空気が違う。
研究設備や機械音が当たり前のように存在するアルルカントに対し、ガラードワースには整然とした静けさがあった。学生達の動きにも規律があり、訓練場から聞こえる剣戟の音さえ、どこか統制されているように感じられる。
「サーシャは?」
「本日はセイクリッドの用事です」
「そっか」
レティシアが僅かに微笑む。
「本人は来たがっていましたが」
「何で?」
「あなたが何を仕出かすか心配だそうです」
「俺、武器の相談に来ただけなんだけど」
「彼女も最初はSNSで注意喚起をしていただけだったそうですよ」
「なるほど」
「納得しないでください」
レティシアの返答は速かった。
◇
生徒会室へ入ると、一人の青年が立ち上がった。
ハイセも映像や資料では何度も見たことがある。
アーネスト・フェアクロフ。
聖ガラードワース学園序列一位にして、生徒会長。
「初めまして、ハイセ」
「初めまして、アーネスト」
二人は握手を交わす。
少しの間、互いに相手を観察した。
「君の話は色々聞いているよ」
「サーシャから?」
「……それもあるね」
「悪口?」
「半分くらいは」
「やっぱり」
アーネストが少し笑った。
思っていたより話しやすそうな人だった。
◇
「まず謝っておこう」
席へ着くなり、アーネストはそう切り出した。
「何を?」
「三校に対する風評被害の件だよ。サーシャはまだ本校の学生ではないけれど、レティシアと共に本校の名前へ少なからず影響を与えた」
「別にいいよ」
「良くはないよ」
即答だった。
「悪意がなかったとしても、結果として相手へ損害を与えたなら、その後始末は必要だ。二人には既に訂正と広報協力を頼んでいる」
「サーシャ、嫌がってた?」
「かなり」
「アルルカントの宣伝するんだもんね」
「『何故私が』と十回くらい聞かれたよ」
ハイセは少しだけ想像した。
「カワイソス」
「君にも原因があると言っていたけれどね」
「何で?」
アーネストは答えず、静かに紅茶へ口をつけた。
◇
「それで、本題なんだけれど」
アーネストが机の上へ一枚の資料を置く。
そこには【ランビリス】と【ケリードーン】の運用データがまとめられていた。
「実戦記録は見せてもらった。面白い武器だと思う」
「どっちが?」
「どちらも。ただ、ガラードワースへそのまま導入したいとは思わない」
その答えに、ハイセの目が少しだけ輝いた。
「何で?」
「本校には本校の戦い方があるからだ」
アーネストは資料を指で軽く叩く。
「強化型煌式武装の魅力は、従来の煌式武装を単純に強くしたことではないんだろう?」
「うん」
「なら、ガラードワースへ必要なのは火力でも機動力でもない」
「じゃあ?」
アーネストは少しだけ考えた。
「連携だよ」
◇
ハイセは黙った。
予想していなかったわけではない。
ガラードワースは騎士としての集団戦、規律、役割分担を重視する。他校と比べれば、一人の怪物が好き勝手に戦場を壊すより、複数人が互いを守りながら戦う思想との親和性が高い。
だが。
「……難しい」
ハイセが素直に言った。
アーネストは僅かに意外そうな顔をする。
「君でも?」
「うん」
「少し安心したよ」
「何で?」
「何でもすぐ作れると言われたら、逆に怖いからね」
それはカミラにもよく言われる。
◇
「これまで俺が考えてきた強化型は、基本的に一人の使用者へ合わせるものだったんだ」
ハイセは端末へ簡単な構造図を表示する。
「【収束】もそう。【王冠】もそう。武器側が答えを決めるんじゃなくて、使う本人が自分で選べるようにする」
「それは理解している」
「でも連携を強くしようとすると、今度は逆になる可能性がある」
「……仲間へ合わせることを、武器が強制する?」
「そう」
ハイセは頷いた。
例えば五人の動きを一つの中央制御へ接続し、AIが最適解を配るだけなら簡単だ。
誰が攻撃する。
誰が守る。
誰が下がる。
全てを機械側が決めれば、統率された集団を作れる。
しかし。
「それじゃ駄目なんだよ」
ハイセは言った。
「何故?」
「強いけど、自分で戦ってない」
アーネストの目が僅かに細くなった。
◇
「誰か一人が間違えたら?」
「システムが修正する」
「中央制御が壊れたら?」
「全員崩れる」
「通信を遮断されたら?」
「もっと酷い」
アーネストは少し考える。
「では、連携そのものを自動化するのではなく」
「うん」
「連携しやすくする?」
ハイセが顔を上げた。
「……それかも」
アーネストは続ける。
「仲間へ合わせるかどうかを決めるのは人間だ。ただ、相手の位置や状況を理解するための負担だけを武器が減らす」
「位置」
「攻撃線」
「防御範囲」
「移動経路」
言葉が。
少しずつ。
繋がる。
◇
ハイセは立ち上がり、表示した戦場図へ複数の光点を置いた。
「例えば、味方が今どこを狙ってるか分かる」
「視線ではなく?」
「武器同士で共有する。でも『そこを攻撃しろ』とは言わない」
「なるほど」
「誰かが防御へ入ったら、その人がどこまで守れるかも分かる」
「だから別の者が同じ場所を重複して守らずに済む」
「うん」
さらに。
「移動する時も、味方の邪魔にならない経路を表示する。でも選ぶのは本人」
「それなら、技量の高い者ほど自由に使えるね」
ハイセの表情が少しずつ変わっていった。
難しい。
だから。
面白い。
◇
「一つ問題がある」
ハイセは言った。
「何だい?」
「情報が多すぎる」
五人分。
十人分。
味方の位置、攻撃、移動、残存出力、防御範囲。
全部を見せればいいわけではない。
「戦闘中にそんなの全部見たら、邪魔」
「当然だろうね」
「なら必要な情報だけ出す」
「誰が決める?」
「……使用者?」
アーネストが微笑んだ。
「君の好きな答えだね」
ハイセも少し笑った。
「うん」
◇
「しかし、僕からも条件がある」
「何?」
「僕専用の武器にはしないでほしい」
ハイセが少し驚く。
「アーネスト用じゃないの?」
「最初の試験運用は僕がやる。それは構わない」
アーネストは静かに答える。
「でも、連携を目的にした武器が一人しか使えないのは矛盾しているだろう?」
「……確かに」
「最終的には、ガラードワースの複数の騎士が、それぞれ自分の剣技を失わずに使えるものにしたい」
それは。
かなり難しい。
個人適応。
複数人同期。
中央依存なし。
しかも使用者それぞれの戦い方を邪魔しない。
「難題だね」
「ああ」
「断る?」
アーネストは尋ねた。
ハイセは首を横へ振った。
「面白いからやる」
「そう言うと思ったよ」
◇
打ち合わせが一段落すると、アーネストは別の映像記録を表示した。
「ところで」
「何?」
「天霧君の剣が好きだそうだね」
ハイセの目が変わった。
「うん!」
アーネストは一瞬だけ笑った。
「急に元気になったね」
「綾斗から綺凛との試合映像もらったんだよ」
「知っているよ」
「え?」
「サーシャから聞いた」
「何て?」
「永久保存している、と」
「三重バックアップ」
「そこまで?」
「消えたら困る」
アーネストは吹き出した。
◇
「天霧君の剣の、どこが好きなんだい?」
そう聞かれた瞬間。
ハイセは少し考えた。
「綺麗だから」
「綺麗?」
「無駄が少ないし、一つの武器だけに拘らないのに、何を持ってもちゃんと同じ人の剣に見える」
アーネストは黙って聞く。
「相手を見て変わる。でも、相手に振り回されてるわけじゃない」
「……なるほど」
「俺もああいう剣を振りたい」
アーネストの表情が少し柔らかくなった。
「君は本当に剣が好きなんだね」
「うん」
そこだけは。
迷わない。
◇
「一つだけ言ってもいいかな」
「何?」
「天霧君の剣へ憧れるのは構わない。でも、彼の剣になる必要はないよ」
ハイセが瞬きをする。
「技術は学べばいい。考え方も吸収すればいい。でも、最後に振る剣まで彼と同じにする必要はない」
「……自分の剣にしろってこと?」
「そういうことだ」
ハイセは少し黙った。
昔。
《武器マスター》があった頃なら。
誰かの武器。
誰かの技術。
それらを使えること自体が。
強さだった。
今は違う。
借りられない。
だから。
学ぶしかない。
「俺、アーネストの剣も見たい」
アーネストが少し目を見開いた。
「僕の?」
「うん。教えて」
少しだけ。
嬉しそうに。
笑った。
「もちろん」
◇
生徒会室の扉が開く。
レティシアが戻ってきた。
「打ち合わせは終わりましたか?」
「大体ね」
「新型武装の方向性は?」
アーネストが答える。
「連携を強制する武器ではなく、連携するための情報と余白を与える武器になりそうだ」
「……随分難しそうですね」
「難しい」
ハイセが即答した。
「珍しいですね。あなたがそこまで即答するとは」
「今まで作ったのと方向が違うから」
レティシアは少しだけ考える。
「つまり、ガラードワースらしい武器を一から作る?」
「うん」
「それなら期待しています」
ハイセも頷いた。
◇
「そういえば」
ハイセは机の端に置かれた小さな箱を見る。
「それ何?」
アーネスト。
停止。
レティシア。
停止。
「薬?」
「…………」
「いっぱいある」
箱の中。
頭痛薬。
胃薬。
栄養剤。
ハイセはアーネストを見る。
「体調悪い?」
「いや」
「じゃあ何で?」
レティシアが静かに答えた。
「最近、使用頻度が増えています」
「レティシア」
「事実です」
ハイセは少し心配そうに見る。
「大丈夫?」
アーネストは笑顔を作った。
「君とサーシャがこれ以上問題を増やさなければ、多分ね」
「俺も?」
「君もだよ」
「何したっけ?」
「その質問が一番怖いんだ」
◇
その日の夕方。
ハイセがガラードワースを離れる頃には、新型強化型煌式武装についてのメモが端末いっぱいに増えていた。
まだ形はない。
名前もない。
剣なのか。
盾なのか。
あるいは、それまでの煌式武装という枠すら少し外れるのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
方向は見えた。
一人を強くする武器ではない。
誰かに従わせる武器でもない。
それぞれが。
それぞれのまま。
互いを見るための。
武器。
「……難しいな」
ハイセは独り言のように呟いた。
そして。
少し笑った。
「でも、面白い」
◇
同じ頃。
《銀の明星》。
エクリプスの元へ、一つの古い鍵が運ばれていた。
特別な保管庫から取り出されたそれを、彼女は静かに手に取る。
「これが」
側近が頷いた。
「はい」
禁忌六迷宮。
その一つ。
《神の箱庭》。
扉を開くための鍵。
「ハイセへ連絡を」
「もうですか?」
「ええ」
エクリプスは鍵を見つめる。
「結婚の返事を急かすつもりはないわ」
「では?」
「私を知ってほしいと言ったでしょう?」
僅かに。
笑う。
「なら、一緒に冒険するのが一番早いわ」
側近は少しだけ考えた。
そして。
何も言わず。
通信端末へ手を伸ばした。
一方その頃。
ハイセは。
新しい武器の構想だけで。
頭がいっぱいだった。
次の禁忌迷宮に。
その難題を持ち込むことになるとは。
まだ。
知らなかった。