【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
アーネストから相談を受けて以来、ハイセは珍しく研究室で唸り続けていた。
机の上には何十枚もの設計案が散らばっている。複数人の知覚を共有するもの、味方の動きを予測するもの、攻撃経路を自動で最適化するもの。思いつくたびに形へ起こしてみたが、どれも最後には削除された。
「違う」
ハイセはまた一枚、設計データを閉じた。
近くで資料整理をしていたカミラが顔を上げる。
「今度は何が気に入らない?」
「武器が頭良すぎる」
「……お前がそれを言うのか?」
「今回は駄目」
ハイセは椅子の背へ身体を預け、天井を見上げた。
「味方の位置を判断して、攻撃を予測して、一番良い動きを表示する。そこまでやったら、結局システムが連携を決めてる」
カミラは手を止めた。
それは、これまでハイセ自身が嫌ってきた構造だった。
◇
【ランビリス】は一つの武器に多くの可能性を持たせた。
【ケリードーン】もまた、高速機動、射撃、防御を一人の使用者の判断へ集約した。どちらも武器の形そのものを従来の常識から大きく外し、使用者の思考と制御系を強く結びつけることで自由度を獲得している。
だが今回、アーネストが求めたものは違う。
一人で何でも出来る武器ではない。
仲間と並んだ時に、互いの剣を邪魔せず、それでも自然に助け合える武器。
「自由度を上げすぎると、共有出来ないんだ」
ハイセが呟く。
「共有?」
「五人全員が全然違うこと出来たら、仲間の武器を全部覚えないと連携出来ない」
「……なるほど」
「なら、逆にする」
ハイセは身体を起こした。
カミラが眉を上げる。
「逆?」
「一人の選択肢を減らす」
◇
「待て」
カミラは思わず聞き返した。
「強化型煌式武装を作っているんだよな?」
「うん」
「なのに出来ることを減らす?」
「そう」
ハイセは新しい設計画面を開いた。
そこへ描かれたのは、奇抜な変形機構も浮遊端末も持たない、ごく正統派のロングソードだった。
「……普通だな」
「普通にした」
「随分思い切ったな」
「ガラードワースの剣術を邪魔したくないから」
アーネスト達は既に剣士として技術を持っている。ならば新しい武器を持たせるために、その蓄積を捨てさせる必要はない。
「剣は剣のまま」
ハイセが言う。
「メテオアーツもそのまま使える。追加機能は一個だけ」
画面の横へ、一つの項目が表示された。
【遠隔制御障壁】
◇
「アルディの?」
「参考にする」
カミラが画面へ近づく。
「単独強度は?」
「アルディ並」
「……最低限という言葉の意味を辞書で調べ直してこい」
「必要だから」
ハイセは本気だった。
一人で展開しても、十分に実戦的な防御性能を持つ。だが、この武装の本質は一枚の障壁が硬いことではない。
「同じ武器を持ってる人同士なら、障壁を重ねられるようにする」
「多重展開か」
「うん。二人なら二枚。五人なら五枚。同じ座標に出せば、その分だけ防御を厚く出来る」
「逆に分散も?」
「出来る」
巨大な一枚を作る。
複数人で一点へ重ねる。
あるいは小型障壁へ細分化し、複数方向からの攻撃や搦手へ対応する。
出来ることは、それだけだった。
◇
そこへエルネスタが研究室へ顔を出した。
「何作ってるの?」
「新しい強化型」
「見せて見せて♪」
設計画面を覗いたエルネスタは、数秒後に首を傾げた。
「普通の剣?」
「うん」
「変形は?」
「しない」
「飛ばない?」
「飛ばない」
「分裂は?」
「しない」
「人格コピーは?」
「何で付けるの?」
エルネスタはハイセを見た。
「……体調悪い?」
「元気」
カミラが小さく笑った。
◇
「能力は?」
エルネスタが改めて聞く。
「遠隔で盾を出すだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
今度はヒルダまで入ってきた。
「随分と禁欲的な設計だね」
「人数が増えた時に完成する武器にしたいから」
その一言で、二人の表情が変わった。
ハイセは画面上へ五人分の使用者を表示する。一人ずつは剣と一枚の障壁しか持たない。しかし五人が揃えば、防御力を一点へ集めることも、戦場全体へ分配することも出来る。
「一人が何でもするんじゃない」
ハイセは言った。
「誰かが足りないところへ、別の誰かが自分の盾を置く」
ヒルダが興味深そうに笑った。
「なるほど。個人内の自由度を削って、集団間の自由度へ移したわけか」
「そう」
カミラもようやく全体像を理解した。
「……これまでの強化型とは、真逆だな」
「うん」
◇
その後、ハイセはさらに仕様を削った。
味方への行動指示は無し。
自動防御も無し。
誰かが危険だからといって、システム側が勝手に障壁を展開する機能も入れない。
共有するのは、既に展開された障壁の位置、大きさ、残存強度程度。それを見て助けるか、そのまま攻撃を続けるかは、使用者自身が決める。
「【王冠】側で最低限の座標共有だけ行えばいい」
カミラが確認する。
「中央演算は?」
「要らない」
「全員の情報を一つへ集めるサーバーも?」
「要らない」
「一人が壊れたら?」
「その人の障壁が消えるだけ。他の人は普通に戦える」
カミラはゆっくり頷いた。
「それなら、中央依存もない」
「うん」
王冠を作った時と同じだった。
誰か一人を中心にしない。
その考え方が、今度は武器そのものへ落とし込まれていく。
◇
問題は名前だった。
「もう決めてる」
ハイセはそう言って、設計書の最上部へ文字を入力した。
強化型煌式武装【セルヴィトラ】
エルネスタが読む。
「セルヴィトラ?」
「分身から取った」
「何が分身するの?」
「盾」
一瞬。
「盾?」
「本人の分身じゃない。守る力の分身」
ヒルダが面白そうに目を細める。
「使用者から離れた場所へ、防御力そのものをもう一つ作るということか」
「そう」
カミラは設計画面に浮かぶ複数の障壁を見る。
「なるほど。名前の割に、随分真っ当だ」
「アルルカントでその評価は褒め言葉?」
「今のお前に対しては最高級だ」
◇
さらに大きな利点が一つあった。
セルヴィトラは、従来型の強化型ほど演算容量を必要としない。
ランビリスのように多数の構造体を自在に制御するわけではなく、ケリードーンのような高機動制御と射撃系統を同時並行で走らせるわけでもない。剣としての基本機構に、障壁制御だけを追加している。
「余ってる」
ハイセが内部容量を確認する。
「何が?」
カミラが覗く。
「処理容量」
「それはいいことだろう」
「デミルークス入る」
「……何?」
ハイセは【簡易煌式複装(デミルークス)】の接続規格を表示した。
「併用出来る」
カミラは数秒黙った。
「お前、さっき機能を増やさないと言っていなかったか?」
「セルヴィトラには増やしてないよ」
「屁理屈だ!」
「使うかどうかは本人が選べる」
「……それを言われると反論しづらいのが腹立たしい」
結局、デミルークスとの互換性も正式仕様へ入った。
◇
数日後。
試作一号機が完成した。
ハイセはセルヴィトラを手に取り、何度か軽く振る。重心は極めて普通で、特殊武装特有の妙な癖もない。
「普通」
自分で言った。
カミラが横から見る。
「それが目的だったんだろう」
「うん」
剣を構えたまま、ハイセは離れた位置へ意識を向けた。
淡い光。
一枚の障壁が、数メートル先へ出現する。
試験用砲撃。
直撃。
轟音が研究室へ響く。
障壁は。
残った。
「強度確認」
ヒルダが数値を見る。
「アルディ標準防御障壁とほぼ同等だね」
「よし」
ハイセは小さく拳を握った。
◇
次に障壁を四枚へ分割した。
一枚あたりは小さい。
上下左右。
それぞれ別方向へ配置する。
同時攻撃。
一枚目。
防ぐ。
二枚目。
防ぐ。
三枚目。
僅かに揺れる。
四枚目。
耐える。
「思ったより使える」
ハイセが呟く。
「単一障壁ほどの強度はないが、小規模攻撃なら十分だな」
カミラも評価する。
「搦手へ強い」
「それと」
ハイセは一枚を足元へ水平展開した。
軽く踏む。
障壁は動かない。
「足場にも出来る」
「それは想定していたのか?」
「今思いついた」
「余計な機能を増やすな!」
「機能じゃなくて使い方!」
エルネスタが大笑いした。
◇
その日の午後。
セルヴィトラ試作一号機は、聖ガラードワース学園へ持ち込まれた。
訓練場で待っていたアーネストは、ケースから取り出された武器を見て、僅かに目を丸くする。
「……随分普通の剣だね」
予想通りの反応だった。
「うん」
「変形は?」
「しない」
「特殊な攻撃機構は?」
「ない」
「では、何が強化型なんだい?」
ハイセは答える代わりに、剣をアーネストへ渡した。
「起動してみて」
◇
アーネストがセルヴィトラを構える。
構造はロングソードそのもの。
これまで培ってきた剣術を崩す理由がない。
試しに数度振る。
「……いいね」
「違和感ある?」
「ほとんどない」
「メテオアーツも邪魔しないと思う」
「それはありがたい」
「じゃあ次」
ハイセが離れた位置を指差す。
「そこに盾出してみて」
「盾?」
「イメージした場所へ」
アーネストが意識を集中する。
直後。
一枚の障壁が出現した。
「これは……」
「【遠隔制御障壁】」
ハイセは説明する。
「単体強度はアルディの障壁と同程度」
「十分すぎないかい?」
「最低限」
アーネストは少しだけ黙った。
「君達アルルカントの最低限は、やはり信用しない方がよさそうだ」
◇
ハイセはもう一本の試験機を起動した。
自身の前にも障壁を展開する。
「同じ場所へ出して」
アーネストが従う。
二枚。
重なる。
試験砲撃。
先ほどより大きな出力。
直撃。
だが。
障壁は耐えた。
アーネストの目が変わる。
「重ねられるのか」
「うん」
「逆に分けられる?」
「出来る」
アーネストはすぐに小型障壁を複数展開した。
ハイセが笑う。
「早い」
「使い方は単純だからね」
それこそが狙いだった。
◇
「これまでの強化型みたいに、一人で何でも出来る必要はないと思った」
ハイセは言った。
「一人なら、剣と盾」
「二人なら?」
「盾が二人分」
「五人なら?」
「五人分」
「それだけ?」
「それだけ」
アーネストはしばらくセルヴィトラを見つめる。
そして。
少し笑った。
「良い答えだと思う」
「本当?」
「ああ」
アーネストは遠隔障壁を一度消した。
「僕が欲しかったのは、全員を一つの動きへ揃える武器ではない。誰かが困った時に、別の誰かが自分の判断で手を伸ばせる武器だ」
ハイセも頷いた。
「だから自動防御は入れてない」
「そこも良い」
◇
「名前は?」
アーネストが尋ねる。
「【セルヴィトラ】」
「意味は?」
「分身」
「分身?」
アーネストが少し不思議そうにする。
「本人じゃなくて」
ハイセは少し離れた場所へ障壁を展開した。
「守る力を増やす」
アーネストはその光を見た。
「……守る力の分身、か」
「うん」
「ガラードワースらしいね」
その一言で。
ハイセはようやく。
少し安心した。
◇
アーネストは再び剣を構えた。
正面。
踏み込む。
一閃。
障壁を横へ配置。
自身は反対方向へ移動。
仮想敵からの攻撃を、剣ではなく遠隔障壁へ受けさせながら、そのまま懐へ入る。
「おお」
ハイセの目が輝く。
「そう使うんだ」
「君が作ったんだろう?」
「俺が思ってたより上手い」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
次。
小型障壁。
足元。
一瞬だけ踏む。
軌道変更。
剣。
振る。
ハイセが嬉しそうに見る。
「面白い」
アーネストも笑った。
「ああ。かなりね」
◇
「それと」
ハイセがもう一つの端末を差し出した。
「何だい?」
「デミルークスも使える」
「……これと併用出来るのか?」
「容量余ってるから」
アーネストはセルヴィトラを見下ろす。
「そうか。機能を減らしたからこそ、別の選択肢を後から足せるんだね」
「うん」
「必要な時だけ?」
「もちろん」
アーネストは僅かに頷いた。
「ますます気に入ったよ」
それは、これまでの強化型とは違う。
武器そのものが何でもしてくれるのではない。
必要なものだけ持ち。
足りなければ。
別の選択肢を足す。
それもまた。
自由だった。
◇
訓練が一段落した頃。
ハイセの端末が震えた。
「誰?」
「エクリプス」
アーネストが僅かに眉を上げる。
「噂の求婚者かい?」
「噂になってる?」
「サーシャが喋った」
「やっぱりSNS禁止した方がいいんじゃない?」
「僕も少しそう思い始めている」
メッセージを開く。
内容は短い。
《神の箱庭》攻略について。
正式な招待。
そして。
攻略人数。
九名。
「……来た」
ハイセが呟いた。
◇
アーネストが覗き込む。
「禁忌六迷宮?」
「うん」
「行くのかい?」
「多分」
少し考える。
そして。
ハイセは手元のセルヴィトラを見る。
「アーネスト」
「何だい?」
「実戦データ欲しい?」
一拍。
アーネストが嫌な予感を覚えた。
「……何処で?」
ハイセは端末を見せた。
《神の箱庭》。
「禁忌迷宮」
「いきなり?」
「データいっぱい取れるよ」
「君達アルルカントには、段階という概念がないのかい?」
「あるよ」
「では何故、試作一号機の次が禁忌六迷宮なんだ」
「ちょうど招待来たから」
アーネストは。
黙った。
◇
「断ってもいいよ」
ハイセが言った。
「これは武器の試験とは別だから」
その一言だけは、真面目だった。
アーネストも理解している。
無理に行かせるつもりはない。
選ぶのは。
自分。
「……そうだね」
アーネストはセルヴィトラを見る。
武器に選ばれるのではない。
武器を選ぶ。
そして。
その武器を。
何処で振るうかも。
「行こう」
ハイセが目を丸くする。
「いいの?」
「ああ」
アーネストは笑った。
「新しい剣の試運転としては、少々豪華すぎるけれどね」
「じゃあ決まり」
「それと」
「何?」
「もし無茶な実験を始めたら、カミラへ連絡するよ」
「何で?」
「保険だよ」
ハイセは納得していない顔をした。
◇
ガラードワースを出る頃。
試作一号機【セルヴィトラ】は、正式にアーネストの試験運用武装として登録された。
一人で使えば。
普通の剣と。
一枚の強固な盾。
それだけ。
だが。
二人。
三人。
五人。
同じ武器が並べば。
守る力は。
戦場そのものへ。
広がっていく。
ハイセはその可能性を想像する。
「一人で完成しない武器」
小さく。
笑う。
これまでとは。
真逆。
だからこそ。
新しい。
そして。
その最初の実戦は。
よりにもよって。
禁忌六迷宮。
《神の箱庭》。
どう考えても。
試験場所として。
間違っている。
しかし。
ハイセは。
楽しそうだった。