暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第78話 九人の箱庭

 

 《神の箱庭》攻略にあたって、最初に問題となったのは戦力ではなかった。禁忌六迷宮の攻略によって得られる資源、技術、情報を、どの勢力がどこまで持ち帰るのか――そこを曖昧にしたまま進めれば、攻略成功後に六学園の利害が衝突することは目に見えている。

 

 以前、星導館は天霧綾斗、ユリス、紗夜、綺凛を中心とした攻略隊によって、《狂乱磁空大森林》と《ドレナ・デ・スタールの空中城》を立て続けに攻略した。別に不正があったわけではないが、結果だけ見れば星導館が二つの禁忌迷宮へ先んじて関与したことになる。

 

「ですので今回は、六学園から一名ずつ代表者を出す形がよろしいかと」

 

 クローディアがそう提案した瞬間、ディルクは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「前回二つ持ってった奴が『公平に分けましょう』って言っても、いまいち説得力ねぇな」

 

「だからこそ、今回は公平にいたしましょうということですわ♪」

 

「その笑顔が一番信用出来ねぇ」

 

 カミラもクローディアへ疑いの目を向けてはいたものの、提案そのものには反対しなかった。攻略開始時点で六校全てを当事者にしてしまえば、後から「自分達にも権利がある」と揉める余地はかなり減る。

 

 こうして六つの代表枠が決まった。

 

 星導館――天霧綾斗。

 

 レヴォルフ――オーフェリア。

 

 アルルカント――ハイセ、すなわちYami_Q_ray。

 

 クインヴェール――シルヴィア・リューネハイム。

 

 界龍第七学院――范星露。

 

 聖ガラードワース――アーネスト・フェアクロフ。

 

 さらに、《神の箱庭》の鍵を所有するエクリプス、異世界冒険者側からサーシャ、支援要員としてピアソラを加える。攻略条件に必要な九人は、これでちょうど揃った。

 

「……改めて見ると、随分すごい顔触れだね」

 

 アーネストは名簿を眺めながら苦笑した。

 

「そう?」

 

「七大冒険者第一席と第二席がいて、オーフェリア、范星露、シルヴィア、エクリプス、サーシャまでいる。この面子を見て『そう?』で済ませる君の感覚の方が心配だよ」

 

「面白ければよいではないか!」

 

 横から范星露が楽しそうに割り込む。

 

「これほど強者が揃う機会など滅多にない。迷宮がどれほど我らを楽しませてくれるか、実に興味深い!」

 

「僕は今、攻略対象より味方の方を警戒したくなってきたよ」

 

 早くもアーネストの苦労は始まっていた。

 

 

 出発前日。

 

 ハイセは《青鳴の魔剣(ウォーレ=ザイン)》をケースごとカミラへ差し出した。

 

「預かってて」

 

 カミラはすぐには受け取らず、ハイセの腰へ視線を向けた。そこにあるのは、新しく完成した強化型煌式武装【セルヴィトラ】だけである。

 

「本気か?」

 

「うん」

 

「禁忌六迷宮だぞ。《青鳴の魔剣》を持っていけば、空間そのものを斬れる場面もあるだろう」

 

「分かってる。でも今回は、これ一本で行きたい」

 

 セルヴィトラは普通のロングソード型煌式武装だ。特殊機能は【遠隔制御障壁】だけで、ハイセはデミルークスすら併用しない。

 

「今の俺が、自分の剣だけでどこまでやれるのか知りたいんだ。それに最近、戦闘中に歌ってないから」

 

「ライブでは散々歌っているだろう」

 

「そういう歌じゃなくて」

 

 ハイセが笑うと、カミラもようやく意味を察した。

 

「……味方を支援する歌か」

 

「うん。異世界へ行って、身体も歌も随分変わった。今の歌なら、どこまで味方の戦いに入り込めるのか試してみたい」

 

 カミラはしばらく考えたあと、《青鳴の魔剣》を受け取った。

 

「なら預かる。ただし、必ず取りに戻れ」

 

「もちろん」

 

 

 同じ頃、綾斗もまた《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を遥へ預けていた。

 

「本当に持っていかないの?」

 

「うん。今回はセルヴィトラ一本で行くよ」

 

「相手は禁忌迷宮よ?」

 

「分かってる。でも、だからこそかな」

 

 綾斗は手元のロングソードを見る。

 

「しばらくセル=ベレスタに頼る戦いも多かったから、今の自分が普通の剣でどこまで出来るのか確かめてみたいんだ」

 

 遥は弟の表情を見て、それ以上止めなかった。

 

「原点に立ち返る、ってところかしら」

 

「そんな感じ」

 

「じゃあ預かっておく。ちゃんと取りに帰ってきなさい」

 

「もちろん」

 

 それはハイセとカミラの間で交わされたものと、不思議なほどよく似た約束だった。

 

 

 攻略当日。

 

 入口周辺では九人が装備の最終確認を行っていた。ハイセ、綾斗、アーネスト、ピアソラの四人がセルヴィトラを使用し、ピアソラだけは追加で【簡易煌式複装(デミルークス)】を携行する。

 

「そうだ、アーネスト」

 

 ハイセはセルヴィトラの接続確認を済ませたところで、思い出したように端末を取り出した。

 

「これ、ソフトウェアオンリーは苦手だったんだけど頑張って作った」

 

「僕に?」

 

「うん」

 

 送信されたデータを受け取ると、アーネストの端末へ見慣れないアイコンが現れた。随分と長い名前だった。

 

「このアプリは?」

 

「【リアルタイムお子様見守り機能アプリ】。未開人にSNS文化は刺激が強すぎるから、ネットリテラシーの為に」

 

 少し離れた場所で剣を確認していたサーシャの動きが、ぴたりと止まった。

 

 アーネストは数秒間アプリ名を見つめたあと、申し訳なさそうに頷く。

 

「気を使わせてすまない」

 

「いいよ。HTMLはマジでハゲそうになる」

 

「おい」

 

 低い声が飛んできた。

 

 サーシャがゆっくりこちらへ振り返る。

 

「そのアプリは当てつけか?!」

 

「サーシャ君」

 

 アーネストもゆっくり彼女を見る。

 

「何だ?」

 

「前に言ったばかりだと思うんだが?」

 

 サーシャの勢いが、一瞬で止まった。

 

「……何のことだ」

 

「他校についてSNSへ投稿する前には、一度内容を確認するように、と」

 

「…………はい」

 

 ハイセが感心したように端末を見る。

 

「早速ちゃんと機能してる」

 

「お前は黙れ!!」

 

 周囲から笑いが漏れた。

 

 

「ちなみに、何をするアプリなんだい?」

 

 アーネストが改めて尋ねる。

 

「投稿前チェック。学園名とか人物名とか、炎上しそうな言葉を拾ったら一回止める。必要ならアーネストに確認を送れるようにもしてある」

 

「投稿そのものを禁止するわけではないんだね」

 

「それは本人が決めることだから」

 

「なるほど。それならありがたく使わせてもらうよ」

 

 その会話を聞いたサーシャが再び不満そうな顔をする。

 

「名前だけ何とかならないのか?」

 

「じゃあ【サーシャSNS事故防止システム】」

 

「悪化してるだろ!!」

 

「サーシャ君」

 

「……はい」

 

 アーネストの一言で、また大人しくなった。

 

 ピアソラが呆れたように微笑む。

 

「編入前から随分と教育が行き届いていますわね」

 

「誰のせいだと思っているんだ……」

 

 アーネストが小さく呟いたが、サーシャには聞こえなかったらしい。

 

 

 やがて九人が《神の箱庭》の入口へ集まった。

 

 ハイセと綾斗は、ほとんど同時に互いの腰へ視線を落とした。

 

「綾斗も?」

 

「ハイセも?」

 

 どちらもセルヴィトラ一本だけ。

 

「セル=ベレスタは?」

 

「姉さんに預けたよ。ハイセは?」

 

「《青鳴の魔剣》はカミラに」

 

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

「お前達、本当に禁忌迷宮を舐めてないだろうな?」

 

 サーシャが疑いの眼差しを向ける。

 

「舐めてないよ」

 

「僕もそのつもりはないよ」

 

「ならどうして二人揃って一番強い武器を置いてくるんだ!?」

 

「よいではないか!」

 

 范星露が楽しげに笑う。

 

「特殊な武器を捨てた剣士二人がどこまで通じるか。妾もぜひ見てみたいぞ!」

 

「煽るな!!」

 

 サーシャの声が入口前へ響いた。

 

 

 エクリプスが古びた鍵を石門へ差し込むと、刻まれていた紋様へ光が走った。

 

 重厚な音と共に空間が歪み、門の向こうへ巨大な森が現れる。白い石造回廊が木々の間を縫い、空には巨大な透明結晶が幾つも浮遊している。さらに遠方には、建築物なのか植物なのか判別出来ない巨大な影が空へ伸びていた。

 

「これが《神の箱庭》……」

 

 シルヴィアが呟く。

 

「入口から嫌な気配しかしませんわね」

 

 ピアソラが顔をしかめる。

 

「最高ではないか!」

 

「范星露だけ置いて帰らないか?」

 

 サーシャが真顔で提案した。

 

「駄目だよ」

 

「何故お前が止める!」

 

 九人はそんな会話を交わしながら、境界を越えた。

 

 

 箱庭へ入って最初の数分は、何も起こらなかった。

 

 それでも四本のセルヴィトラは互いを認識し、最低限の共有系統を起動している。共有されるのは各自が展開した障壁の位置、大きさ、残存強度だけで、誰を守るべきかという判断まではシステムが介入しない。

 

「接続確認」

 

 ハイセが四人を見る。

 

「誰を守るかは自分で決めて。障壁の場所だけ分かるようになってる」

 

「了解した」

 

 アーネストは頷く。

 

 ピアソラはデミルークスも起動し、複数の小型端末を自分の周囲へ展開した。

 

「わたくしは回復と防御支援を中心にしますわ。セルヴィトラも必要な場所へ回します」

 

「頼む」

 

 サーシャが返事をした、その直後だった。

 

 地面が低く震え始める。

 

 森の奥から巨大な石造兵が二体姿を現し、その周囲を囲むように小型の異形達が次々と湧き出した。

 

「全部倒せばよいのか?」

 

 オーフェリアが《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》を構える。

 

「ちょっと待って」

 

 ハイセが止める。

 

「何?」

 

「最初だけ、俺に合わせてほしい」

 

 サーシャが嫌そうな顔をした。

 

「……何する気だ?」

 

 答える代わりに、ハイセは息を吸った。

 

 

 歌声が森へ広がった。

 

 シルヴィアが僅かに目を見開く。

 

 久しぶりだった。

 

 ライブステージで観客へ届ける歌ではない。人々を楽しませるためでも、アイドルとして魅せるためでもない。

 

 戦場の中で。

 

 仲間のために。

 

 Yami_Q_rayが歌っていた。

 

 声は魔力とプラーナの流れへ溶け、九人の周囲へ静かな振動として広がっていく。

 

「……身体が軽い?」

 

 最初にサーシャが異変へ気付いた。

 

「少し違うわ」

 

 シルヴィアが耳を澄ませる。

 

「身体そのものを強くしているというより、私達の呼吸へ合わせてる」

 

 踏み込むタイミング。

 

 剣を振る瞬間。

 

 プラーナを立ち上げる呼吸。

 

 視線を切り替える間。

 

 それぞれ違う九人の“音”へ、ハイセの歌が一つずつ形を変えながら重なっていた。

 

 

 かつてのハイセの歌は、もっと自分自身を中心にしていた。

 

 強烈な歌で現象へ干渉し、世界の方を自分の旋律へ引き込んでいく。

 

 今の歌は違う。

 

 オーフェリアの膨大なプラーナを邪魔しないように旋律を低く保ち、范星露の予測不能な動きには拍を固定せず追従する。綾斗とアーネストの剣には呼吸を妨げない一定のリズムを置き、ピアソラの治癒術式には長く安定した音を添える。

 

 サーシャに対しては、もっと僅かなものだった。

 

 考えるより早く身体が答えを選ぶための、一瞬の間。

 

「……こいつ」

 

 サーシャが剣を構えながら笑った。

 

「また妙な成長しやがったな」

 

 

 石造兵の巨大な腕が振り下ろされた。

 

 綾斗が前へ踏み込むが、その腕を剣で受けようとはしない。軌道上へセルヴィトラの【遠隔制御障壁】を展開し、巨腕が止まった一瞬を使って敵の懐へ滑り込む。

 

 関節部へ一閃。

 

 同時に別方向から、小型の異形がハイセへ襲い掛かる。

 

 しかしハイセは振り返らなかった。

 

 自分の背後へ障壁が出現する。

 

 アーネストだ。

 

「そのまま行って」

 

「ありがとう」

 

 ハイセは足を止めず、正面の敵へ剣を振るった。

 

 アーネストはその姿を見て、僅かに驚いた。

 

 自分が障壁を出すと決めた瞬間には、ハイセの身体から既に「背後を任せる」という迷いが消えていた。

 

 歌が、互いの呼吸を同じ戦場へ置いている。

 

「……なるほど」

 

 アーネストは小さく呟いた。

 

 

 巨大な石造兵の胸部が開き、内部で膨大な光が収束する。

 

「来ますわ!」

 

 ピアソラの警告。

 

 逃げるには少し遅い。

 

 アーネストが最初にセルヴィトラを掲げ、正面へ最大障壁を展開した。

 

 ピアソラが同じ座標へ二枚目。

 

 綾斗が三枚目。

 

 そして歌い続けるハイセが四枚目を重ねる。

 

 砲撃が直撃した。

 

 森全体が震えるほどの轟音が響いたが、四重の障壁は壊れない。それでも圧力は凄まじく、少しずつ四人の障壁を押し込んでくる。

 

「まだ押される!」

 

 アーネストが声を上げる。

 

 その瞬間、ハイセの歌が変わった。

 

 出力を直接増幅したわけではない。

 

 四人がそれぞれ障壁へ力を流し込むタイミングを、歌が一つの呼吸へ整えていく。

 

 僅かにずれていた四枚の盾が、まるで一枚の巨大な壁になった。

 

「今だ!」

 

 サーシャが飛び出す。

 

 ほぼ同時に范星露、オーフェリア、エクリプスも動いた。シルヴィアも歌を重ね、戦場全体へ流れるプラーナを整える。

 

 守る四人。

 

 攻める五人。

 

 誰かが命令したわけではない。

 

 それでも全員が、同じ瞬間を選んでいた。

 

 

 最初に石造兵の片脚が崩れた。

 

 続いて腕。

 

 オーフェリアの一撃が外装を破り、范星露がその亀裂を広げる。サーシャとエクリプスが左右から内部へ攻撃を叩き込み、最後に綾斗が崩れた正面から踏み込んだ。

 

 一閃。

 

 中枢が断たれる。

 

 石造兵の巨体がゆっくり傾き、地響きを立てて崩れ落ちた。

 

 残った異形達も短時間で掃討され、森には再び静けさが戻った。

 

 ハイセの歌も、そこでようやく止まる。

 

 

「面白い!」

 

 最初に叫んだのは范星露だった。

 

「もう一度やれ!」

 

「歌?」

 

「戦闘じゃ!」

 

「そっち?」

 

「頼むからこいつまでハイセ側へ寄せないでくれ……」

 

 サーシャが額を押さえる。

 

 シルヴィアはそんな二人を横目に、ハイセへ近付いた。

 

「久しぶりだったわね。戦いながら歌うの」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

 ハイセは少し考え、自分の喉へ手を当てた。

 

「前より、みんなの音がよく聞こえる」

 

「なら、ちゃんと成長してるわ」

 

 シルヴィアは嬉しそうに笑った。

 

 

 アーネストは手元のセルヴィトラを見る。

 

「君は、この武器を『一人では完成しない』と言っていたね」

 

「うん」

 

「少し違うかもしれない」

 

「何が?」

 

「武器だけでは完成しないんだ」

 

 アーネストは、先ほど四人で障壁を重ねた場所へ視線を向ける。

 

「使う者同士が互いを見ることで、初めて完成する」

 

 ハイセは少し黙ったあと、嬉しそうに笑った。

 

「それ、いいね」

 

「だろう?」

 

 綾斗もセルヴィトラを軽く振る。

 

「僕もこの剣、かなり好きだよ」

 

「本当?」

 

「うん。余計なことをしないから、自分の剣をそのまま使える」

 

「それ褒めてる?」

 

「すごくね」

 

 その言葉だけで、ハイセの表情が明るくなった。

 

 

 だが、サーシャだけは別のことを気にしていた。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「一応確認しておくぞ。今の敵は、《神の箱庭》全体でどれくらいの強さなんだ?」

 

 ハイセは周囲を見回した。

 

「入口だから」

 

「だから?」

 

「多分、弱い方じゃない?」

 

 サーシャが黙った。

 

 ピアソラも少しだけ表情を引きつらせる。

 

 アーネストは静かに遠くを見る。

 

 范星露だけが満面の笑みになった。

 

「最高ではないか!」

 

「最高じゃない!!」

 

 サーシャの怒声が、《神の箱庭》へ盛大に響き渡った。

 

 

 九人は再び歩き出した。

 

 ハイセと綾斗が手にしているのは、普通のロングソードに一つの防御機能を加えただけの【セルヴィトラ】。

 

 二人とも、自分を象徴する強力なオーガルクスを置いてきた。

 

 それでも何も失ってはいない。

 

 綾斗には、長年積み重ねてきた天霧辰明流の剣がある。

 

 ハイセにも、借り物ではない自分自身の剣がある。

 

 そして今のハイセには、もう一つ。

 

 戦場にいる仲間の音を聴き、それぞれを無理に一つへ揃えることなく、同じ瞬間へ導く歌があった。

 

 一人で全てを持つ必要はない。

 

 誰か一人が正解を決める必要もない。

 

 九人が、それぞれ自分の答えを選びながら進めばいい。

 

 《神の箱庭》の攻略は、ようやく始まったばかりだった。

 

 

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