暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第79話 九人は一つにならない

 

 

 

 最初の石造兵を撃破してから、《神の箱庭》はしばらく不気味なほど静かだった。

 

 白い石造回廊は森の奥へ続き、その左右には半透明の植物が群生している。頭上には巨大な結晶が浮かび、時折淡い光を放っていたが、それが何のために存在するのかはまだ誰にも分からなかった。

 

「静かすぎますわね」

 

 ピアソラはデミルークスを周囲へ展開したまま、足元の植生を警戒していた。

 

「入口の敵を倒したから休憩時間、なんて親切な迷宮ではなさそうね」

 

 シルヴィアも周囲へ視線を巡らせる。

 

「何か来るなら早く来ればよい!」

 

 范星露だけは元気だった。

 

「君は少し静寂を楽しむということを覚えた方がいいと思うよ」

 

 アーネストはそう返しながらも、セルヴィトラから手を離してはいない。サーシャは二人の会話を聞きながら溜息を吐いた。

 

「何故私は、迷宮の敵より同行者を警戒しているんだ……」

 

「成長したね」

 

 ハイセが言う。

 

「お前のせいでもあるからな?」

 

 

 ハイセは先ほどから、小さく旋律を口ずさみ続けていた。

 

 本格的に歌っているわけではない。戦闘が終わった今は仲間の能力を高める必要もなく、九人の呼吸や歩調がどのように変化しているのかを、自分の声を使って確かめているだけだった。

 

「まだ歌ってるの?」

 

 綾斗が尋ねる。

 

「実験中」

 

「何の?」

 

「歌わない時と、少しだけ歌ってる時で、みんなの音がどう変わるか」

 

 綾斗は少し考えてから笑った。

 

「やっぱり研究者なんだね」

 

「正式な研究者じゃないよ」

 

「そこ、まだ拘っているの?」

 

 以前からカミラにも散々突っ込まれているところだった。

 

 

 シルヴィアは二人の会話を聞きながら、ハイセの歌へ耳を澄ませた。

 

「無理に続けない方がいいわよ。戦闘支援として使うなら、喉だけじゃなくて集中力も消耗するでしょう?」

 

「うん。だから今は弱くしてる」

 

「ならいいけれど」

 

 ピアソラも振り返る。

 

「歌姫が先に倒れては困りますもの。身体が変わったからといって、疲労まで消えるわけではありませんわよ」

 

「分かってる」

 

 ハイセは素直に頷いた。

 

 そこでサーシャが眉を寄せる。

 

「……珍しいな」

 

「何が?」

 

「お前が健康管理について素直に言うことを聞いている」

 

「俺だって成長するよ」

 

「ならもう少し普段から自分を大事にしろ」

 

「サーシャに言われた」

 

「どういう意味だ!!」

 

 いつもの調子で声を荒らげた直後、サーシャは自分の声が森の奥へ響いたことに気付き、慌てて口を閉じた。

 

 

 その時だった。

 

 頭上に浮いていた結晶が、一斉に光った。

 

「止まれ!」

 

 アーネストの声と同時に、九人全員が足を止める。

 

 次の瞬間、一本の光線が森の奥から飛来した。正面ではなく右上に浮かぶ結晶へ当たり、そこから別の結晶へ、さらに三度、四度と角度を変えながら反射し、最終的には九人の真横から襲い掛かってくる。

 

「っ!」

 

 アーネストがセルヴィトラの障壁を展開した。

 

 光線が激突し、障壁の表面へ激しい火花が散った。防ぐことは出来たが、問題はその軌道だった。

 

「今の、敵が撃った方向と全然違いますわね」

 

 ピアソラの表情が険しくなる。

 

「あの結晶が全部、射線を変える装置になってる」

 

 ハイセが空を見上げる。

 

 森の奥で、再び光が生まれる。

 

 今度は一つではない。

 

 

「散れ!」

 

 サーシャの声に合わせて、九人が一斉に動いた。

 

 三本の光線が飛来し、無数の浮遊結晶を経由して軌道を変える。どこから撃たれたものがどこへ来るのか、肉眼だけで追い続けるのは難しい。

 

「面白い仕掛けじゃ!」

 

 范星露は楽しそうに笑いながら、身体を僅かに捻るだけで一本を回避した。

 

「面白がってる場合か!」

 

 サーシャが怒鳴る。

 

 その背後へ別方向から光線が迫った。

 

「サーシャ!」

 

 ピアソラがセルヴィトラを振る。

 

 サーシャの左後方へ小型障壁が出現し、光線を受け止めた。

 

「助かった!」

 

「前を見てくださいませ!」

 

 ピアソラ自身はデミルークスを別方向へ飛ばし、迫っていた小型の異形を迎撃している。剣、障壁、遠隔武装を並行運用しているにもかかわらず、セルヴィトラ側の制御が単純だからこそ負荷は破綻していない。

 

 ハイセがその様子を横目で確認した。

 

「……ちゃんと併用出来てる」

 

「今そこに感動するところですの!?」

 

 

 浮遊結晶の間から、新たな異形が現れ始めた。

 

 羽根のような結晶体を持つ四足獣。数は十を超えている。

 

 オーフェリアが《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》を構えた。

 

「全部壊す?」

 

「待って」

 

 またハイセが止める。

 

 オーフェリアが僅かに不満そうな顔をした。

 

「どうして?」

 

「結晶を全部壊すと、何が起きるか分からない」

 

 綾斗も頷く。

 

「迷宮側が利用しているものなら、攻略に必要な可能性もあるね」

 

「面倒ね」

 

「禁忌迷宮だからね」

 

 ハイセが答えると、オーフェリアは渋々ラクシャ=ナーダの向きを変えた。

 

 結晶ではなく、獣だけを狙う。

 

 

 ハイセは再び息を吸った。

 

 歌が、今度は先ほどより明確に戦場へ広がる。

 

 ただし、一つのテンポへ全員を縛ることはしない。

 

 綾斗、アーネスト、サーシャ、范星露、オーフェリア。それぞれがまるで違う戦い方をしているし、シルヴィアに至ってはハイセと同じ歌姫だ。

 

 九人を無理に一つのリズムへ揃えれば、逆に本来の強さを削いでしまう。

 

 だからハイセは歌う。

 

 合わせるためではない。

 

 聞くために。

 

 

 綾斗が一歩前へ出た。

 

 ハイセはその瞬間だけ旋律を少し落とし、彼が間合いへ入るための空間を作る。

 

 結晶獣の爪が振るわれるが、綾斗はセルヴィトラで直接受けず、相手の脇へ遠隔障壁を出した。攻撃方向そのものを制限し、その狭い隙間へ身体を滑り込ませる。

 

 一閃。

 

 首元の結晶核だけが切断された。

 

「綺麗」

 

 歌いながら、ハイセが小さく呟いた。

 

 綾斗には聞こえていたらしく、少しだけ笑う。

 

「ハイセも来る?」

 

「うん」

 

 

 二人が並んだ。

 

 同じセルヴィトラ。同じロングソード。

 

 それでも、剣は全く違う。

 

 綾斗の剣は洗練されている。相手を見て、必要な動きを選び、最短で斬る。

 

 ハイセの剣には、まだ綾斗ほど完成された一本の流れはない。その代わりに、色々な人間から学んできた痕跡が残っている。

 

 相手の癖を見る。

 

 間合いを変える。

 

 時には正面から入り、時には障壁で道を作る。

 

 その全てを、歌が繋いでいた。

 

 

 一体の結晶獣がハイセへ飛び掛かる。

 

 右へ回避。

 

 しかし着地点へ、別の光線が反射してくる。

 

「ハイセ」

 

 綾斗がセルヴィトラを展開した。

 

 障壁へ光線が激突する。

 

 ハイセは足を止めない。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 そのまま前へ踏み込み、結晶獣の核を切る。

 

 次は綾斗の死角から別個体。

 

 今度はハイセの障壁が出る。

 

「そっち」

 

「分かった」

 

 綾斗が反転し、一閃。

 

 少し離れた位置から二人を見ていたアーネストが呟いた。

 

「……もう言葉みたいに使っているね」

 

 ピアソラが頷く。

 

「セルヴィトラを?」

 

「障壁を、だよ」

 

 

 しかし、迷宮側もそれで終わらなかった。

 

 浮遊結晶が急速に移動を始め、これまで不規則だった配置が巨大な円環を形成する。

 

 中央。

 

 森の奥。

 

 巨大な花の蕾にも似た結晶体が、地面からゆっくりとせり上がった。

 

「嫌な感じがしますわ」

 

 ピアソラが言った直後、蕾が開く。

 

 内部には、先ほどの石造兵とは比較にならないほど膨大な光が満ちていた。

 

「全方向へ来る!」

 

 シルヴィアが叫んだ。

 

 

 結晶体から放たれた光が、円環状に並んだ浮遊結晶へ同時に突き刺さる。

 

 そこから反射を繰り返し、何十本もの光線が森全体へ撒き散らされた。

 

「これは……!」

 

 アーネストがセルヴィトラを展開する。

 

 一枚では足りない。

 

 大きく一枚。

 

 小さく三枚。

 

 それぞれ別方向へ。

 

 ピアソラも同時に複数展開する。

 

「全部を防ごうとするな!」

 

 ハイセの歌が一度止まり、声が飛んだ。

 

「必要なところだけ!」

 

 アーネストが僅かに目を見開く。

 

 そうだ。

 

 全部守る必要はない。

 

 避けられる攻撃は避ける。

 

 斬れるものは斬る。

 

 セルヴィトラは、足りない場所だけ補えばいい。

 

 

「綾斗!」

 

「分かってる!」

 

 綾斗は正面から迫る光線を、自分の障壁一枚だけで止める。

 

 その横では、ハイセは障壁を出さない。身体を沈めて一本をかわし、二本目は位置をずらして通過させる。

 

 三本目。

 

 避けられない。

 

 そこへアーネストの小型障壁が滑り込んだ。

 

「ありがとう!」

 

「前へ!」

 

 四人のセルヴィトラが、それぞれ別々の場所へ盾を出す。

 

 誰も命令していない。

 

 全員が自分で必要な場所を選んでいる。

 

 

 サーシャは光線の間を走った。

 

 以前なら全部自分で突破しようとしたかもしれない。

 

 今は違う。

 

 前を見る。

 

 右にはハイセ。

 

 左にはアーネスト。

 

 後方にはピアソラ。

 

「……ここ!」

 

 自分では避けられない一線だけを指す。

 

 ピアソラが即座に障壁を置き、サーシャはその横を踏み抜くように加速した。

 

「助かる!」

 

「後でスイーツ一つですわ!」

 

「何故有料なんだ!?」

 

「冗談ですわ!」

 

 戦闘中だというのに、ほんの少しだけ笑いが生まれた。

 

 

 范星露は、ほとんど全ての光線を避けていた。

 

 アーネストが一瞬だけ彼女を見る。

 

「……あの人、セルヴィトラ要らないんじゃ?」

 

「考えちゃ駄目」

 

 ハイセが答える。

 

 オーフェリアもまた、《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》を手に、迫る光線の隙間を強引に突破していた。

 

 エクリプスは周囲の動きを読みながら攻撃可能な経路を探し、シルヴィアはハイセへ視線を送る。

 

「ハイセ君!」

 

「うん!」

 

 分かる。

 

 次に必要なのは、防御ではない。

 

 

 二人が歌う。

 

 Yami_Q_ray。

 

 シルヴィア・リューネハイム。

 

 異なる声が重なる。

 

 ただし、全員へ同じ力を与えるためではない。

 

 戦場に散らばる九つの音を探す。

 

 サーシャの踏み込み。

 

 綾斗の呼吸。

 

 アーネストの障壁展開。

 

 ピアソラの遠隔制御。

 

 范星露の自由な動き。

 

 オーフェリアの圧倒的な一撃。

 

 エクリプスの判断。

 

 そして、二人自身の歌。

 

 九つを一つにしない。

 

 九つのまま、噛み合わせる。

 

 

「今!」

 

 誰が言ったのか、分からなかった。

 

 全員が動いた。

 

 アーネストとピアソラがセルヴィトラの二重障壁を重ね、正面の光線群を受け止める。

 

 綾斗とハイセは左右へ分かれ、それぞれの障壁で反射光を遮断した。

 

 その一瞬。

 

 中央に道が開く。

 

 范星露。

 

 サーシャ。

 

 オーフェリア。

 

 エクリプス。

 

 四人が同時に突入した。

 

 

 最初に范星露が結晶円環の一角を叩き壊した。

 

 光路が崩れ、反射が乱れる。

 

 サーシャはその穴へ飛び込み、次の結晶を斬り落とした。

 

 続いてオーフェリアが《赤霞の魔剣(ラクシャ=ナーダ)》を振るい、円環の反対側をまとめて切り崩す。

 

 最後にエクリプスが中央の結晶蕾へ攻撃を叩き込み、大きな亀裂を走らせた。

 

「綾斗!」

 

 ハイセが叫ぶ。

 

 二人が走る。

 

 綾斗が先。

 

 ハイセが半歩後ろ。

 

 セルヴィトラ。

 

 同じ剣。

 

 しかし、振り方は違う。

 

 綾斗の一閃が亀裂を正確に捉え、表層を割る。

 

 その奥へ露出した核へ、ハイセの剣が走った。

 

 一撃。

 

 切断。

 

 巨大な蕾が、音もなく崩れ落ちた。

 

 

 浮遊結晶から光が失われ、森へ本当の静寂が戻った。

 

 九人はしばらく警戒を解かずに周囲を見ていたが、新たな敵が出現する気配はない。

 

 そこでハイセの歌も、ようやく完全に止まった。

 

「……綺麗」

 

 ぽつりと声がした。

 

 ハイセが振り返る。

 

 オーフェリアだった。

 

「何が?」

 

「歌」

 

 あまり感情を表に出さない彼女が、珍しく真っ直ぐハイセを見ている。

 

「もう少し聞いていたかった」

 

「ありがとう。次の戦闘でも歌うと思うよ」

 

「そう」

 

 オーフェリアの表情が、ごく僅かに柔らかくなる。

 

「楽しみ」

 

 少し離れた場所で水を飲んでいたサーシャの動きが止まった。

 

 

「分かるわ♪」

 

 そこへシルヴィアまで加わった。

 

「ハイセ君の戦闘中の歌って、ステージとは全然違う魅力があるのよね。誰かに聞かせるためというより、隣で一緒に戦っている人へ届く感じ」

 

「リューネハイムまで……」

 

 サーシャの眉間へ皺が寄る。

 

「私も好きよ」

 

 今度はエクリプスだった。

 

 サーシャの顔が引きつる。

 

「何で全員ハイセの歌の感想会を始めてるんだ!?」

 

「どうしましたの?」

 

 ピアソラが分かっていながら尋ねる。

 

「何でもない!」

 

「顔に出ていますわよ」

 

「出てない!」

 

「オーフェリアがハイセの歌を褒めただけでしょう?」

 

「分かってる!!」

 

 ピアソラは楽しそうに笑った。

 

「でしたら問題ありませんわね」

 

「……問題ない!」

 

 声だけは妙に力強かった。

 

 

 アーネストはそのやり取りを横目に見ながら、深く追及しないことにした。

 

「サーシャ君」

 

「何だ!」

 

「SNSへは書かないようにね」

 

「書かない!!」

 

「なら良かった」

 

「何故そういう時だけ保護者みたいになるんだ!?」

 

 ハイセが隣で小さく呟く。

 

「リアルタイムお子様見守り機能、必要だったね」

 

「お前は黙れ!!」

 

 戦闘より大きなサーシャの怒声が、また森へ響いた。

 

 

 騒ぎが一段落すると、アーネストは手元のセルヴィトラへ視線を落とした。

 

「……なるほど」

 

「何が?」

 

 ハイセが尋ねる。

 

「僕は、連携を強くする武器が欲しいと言った」

 

「うん」

 

「でも、少し考え方が違ったみたいだ」

 

 アーネストは先ほどの戦闘を思い返す。

 

「連携そのものを強くする必要はないんだね」

 

 ハイセが首を傾げる。

 

「どういうこと?」

 

「互いに助けるための手段だけ共有する。誰がどう助けるかは、その時に自分達で決めればいい」

 

 ピアソラも自分のセルヴィトラを見る。

 

「なるほど。だからわたくしとアーネストでは、同じ武器なのに障壁の使い方が全く違うのですね」

 

「そういうことだろうね」

 

 綾斗も頷く。

 

「僕は自分の間合いを作るために使ってる。ハイセは仲間の死角を埋めることが多い」

 

 ハイセは少し考えた。

 

「……そっか」

 

 セルヴィトラが連携を作るのではない。

 

 連携出来る余白を作る。

 

 

「なら」

 

 ハイセは少し笑った。

 

「アーネストの注文、ちゃんと答えられた?」

 

「十分すぎるくらいだよ」

 

「よかった」

 

 アーネストも微笑んだ。

 

「ただし、まだ量産試験も耐久試験も必要だ。禁忌迷宮の戦闘だけで正式採用を決めるつもりはないよ」

 

「真面目」

 

「普通だよ」

 

「アルルカントなら?」

 

「聞きたくないな」

 

「実戦で動いたから量産準備入るかも」

 

「やっぱり聞かなければよかった」

 

 アーネストは額を押さえた。

 

 

 少しだけ休憩することになった。

 

 ピアソラは回復の必要がある者を確認し、サーシャは水を飲みながらセルヴィトラを眺めている。

 

「……これ、私も持った方がいいのか?」

 

 ハイセが見る。

 

「欲しい?」

 

「いや」

 

 少し間を置く。

 

「……ちょっとだけ」

 

「作れるよ」

 

「待て。今すぐ作るな」

 

「何で?」

 

「お前はそうやってすぐ話を大きくするからだ!」

 

 アーネストが小さく笑う。

 

「僕も、その意見には賛成だね」

 

「アーネストまで?」

 

「サーシャ君の扱いについては、少しずつ分かってきたよ」

 

「何故だ!?」

 

 

 その横で、エクリプスはハイセを見ていた。

 

 歌う。

 

 戦う。

 

 仲間を見る。

 

 自分の剣を振る。

 

 会ったばかりで、まだ知らないことばかりだ。

 

 だからこそ面白い。

 

「ハイセ」

 

「何?」

 

「あなた、本当に色々するのね」

 

「そう?」

 

「歌って、剣を振って、武器を作って、アプリまで作る」

 

「HTMLは嫌い」

 

「そこなの?」

 

「うん」

 

 エクリプスは少しだけ笑った。

 

 

「結婚したい気持ち、変わった?」

 

 ハイセが唐突に聞いた。

 

 近くにカミラはいない。

 

 ディルクもいない。

 

 だがシルヴィアはいる。

 

 そして、オーフェリアもいる。

 

 エクリプスは普通に答えた。

 

「今のところ、強くなっているわ」

 

 シルヴィアの笑顔が僅かに固くなる。

 

「へぇ♪」

 

 ハイセが振り返る。

 

「リューネハイム?」

 

「何でもないわ♪」

 

 そこへ、オーフェリアが静かにハイセを見る。

 

「結婚するの?」

 

「まだ決めてないよ」

 

「そう」

 

 それだけだった。

 

 それだけなのに。

 

 サーシャの手に持たれていた水筒が、僅かに軋んだ。

 

「……また何か始まってないか?」

 

 アーネストが横を見る。

 

「聞かない方がいいと思うよ」

 

 サーシャは深く頷いた。

 

「お前もそう思う?」

 

「ああ」

 

 この一点だけは、二人の意見が完全に一致した。

 

 

 休憩を終え、九人はさらに奥へ進んだ。

 

 やがて森が途切れ、白い回廊の先へ巨大な扉が現れる。

 

 その表面には、九つの窪みが刻まれていた。

 

 エクリプスが手元の鍵を見る。

 

「ここから先が本番みたいね」

 

 ハイセは扉を見上げた。

 

 歌の余韻は、まだ喉に残っている。

 

 剣も手に馴染んでいた。

 

 セルヴィトラ。

 

 普通の剣。

 

 それだけ。

 

 でも、もう十分だった。

 

 一人で全部出来なくてもいい。

 

 九人は一つではない。

 

 だからこそ。

 

 九人で進める。

 

 ハイセは小さく息を吸った。

 

「行こう」

 

 九人が扉の前へ並ぶ。

 

 《神の箱庭》。

 

 第二領域。

 

 開門。

 

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