暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
第二領域を抜けてから、九人は白い回廊をしばらく歩いていた。
先ほどまでの複雑な仕掛けとは打って変わって、今度は一本道が続いている。敵の姿もなく、浮遊結晶による攻撃もないため、張り詰めていた空気は少しずつ緩み始めていた。
そんな中、ピアソラは自分の腰へ提げた【セルヴィトラ】を何気なく見下ろした。
「そういえば、以前から気になっていましたの」
「何が?」
隣を歩いていたハイセが振り向く。
「そもそも【強化型煌式武装】というものは、どういう発想から生まれましたの?」
ハイセは少し考え、それから何でもないことのように答えた。
「エルネスタが貸してくれた【ワールドトリガー】に出てきた、アフトの強化トリガーを参考にしたんだよ」
「やっぱり!」
突然、綾斗が食いついた。
今度はハイセが驚く。
「何が?」
「ハイセ君もワートリの読者なんじゃないかって思ってたんだ!」
「読んでるの?」
「うん。戦い方が面白いから」
「……綾斗、やっぱり好き」
「ありがとう?」
少し離れた場所からサーシャが露骨に嫌そうな顔をした。
「また天霧への好感度が上がってないか?」
◇
「奇遇だね」
今度はアーネストまで会話へ入ってきた。
「僕もチーム戦の参考として読んでいるよ」
ハイセが目を輝かせる。
「アーネストも?」
「ああ。個人の強さだけではなく、装備の組み合わせや役割分担で格上を崩す発想は、集団戦を考える上でかなり面白い」
「分かる」
「特に一人ひとりの役割が明確なのに、状況次第ではそれを崩してもいいところが――」
「少々お待ちくださいませ」
二人の会話が加速しかけたところで、ピアソラが遮った。
「つまり、それを参考にして強化型を作ったということですの?」
「うん」
「……丸パクリじゃありませんこと!?」
「違うよ」
ハイセは即座に否定した。
「設計思想を参考にしただけ」
「言い方を変えただけに聞こえますわ!」
サーシャが額を押さえる。
「頭が痛い……」
◇
「でも、最初から今の形だったわけじゃないよ」
ハイセはセルヴィトラの柄へ触れながら続けた。
「そもそもの目的は、オーガルクスを倒すことだったから」
「オーガルクスを?」
ピアソラが聞き返す。
「正確には、オーガルクスを持っていない人でも、持ってる相手へ単独で対抗出来る武器を作ること」
その発想の根底には、ディルクの不満があった。
星武祭をはじめとした六学園の競争では、純星煌式武装が極めて大きな価値を持つ。それ自体が悪いわけではない。強力な武器を得た者が有利になるのは当然だ。
しかし、ディルクが嫌っていたのは、それがいつしか一種の前提になっていることだった。
「『勝ちたければオーガルクスを用意しろ』みたいになるのが、ディルクは嫌だったんだよ」
「彼らしいね」
アーネストが苦笑する。
「金と条件さえ揃えば使える技術の方を好みそうだ」
「うん。才能だけじゃなくて、武器側から選ばれる必要まであるのは市場として効率悪いって」
「最後が物凄くディルクですわね……」
ピアソラが呆れる。
◇
ハイセ自身も、その考えには共感していた。
オーガルクスへ適合出来なかった。
だから勝てない。
希少な武器を持っていない。
だから上へ行けない。
それでは結局、力を持つための入口が別の形で閉じているだけだ。
「だから最初の強化型は、多対一にも耐えられて、オーガルクス相手でも一人で戦線を維持出来るようにした」
「それで【ランビリス】や【ケリードーン】は、あれほど一人で色々出来ますのね」
「うん」
ランビリスは、複数の構造体を自在に操り、攻撃、防御、拘束、移動を一つの武器で切り替える。
ケリードーンは、高速機動と射撃、多角的な攻撃、防御を一人の使用者へ集約している。
「要するに」
ピアソラが整理する。
「最初の強化型は、一人で複数人分の役割を持てるようにするものだったのですね?」
「そんな感じ」
ハイセは頷いた。
「一人の中に、人数を増やす感じ」
◇
「でも、ガラードワース用を考え始めた時も、最初はその発想から抜けられなかった」
ハイセが言う。
アーネストも思い出したように笑った。
「かなり悩んでいたね」
「何案くらい没になりましたの?」
「いっぱい」
「雑ですわね」
最初に考えたのは、ミラの【スピラスキア】から着想した攻撃型だった。
「ワープ能力は要らないから消して、指定した座標にブレードだけ出せるようにしようと思ったんだ」
ハイセは指先で空中を示す。
「敵の背後とか、死角とか、任意のポイントへ直接刃を出せる。退路を塞いだり、遠くの味方を援護したりも出来る」
「強そうですわね」
「強いよ」
「では何故?」
「味方の邪魔になる」
ピアソラが瞬いた。
◇
「ガラードワースって、複数の剣士が近い距離で動くでしょ?」
「そうだね」
アーネストが頷く。
「隊列を作っていても、それぞれの間合いへ互いに出入りすることは多い」
「そこに急に刃が出たら?」
ハイセが聞く。
ピアソラも理解した。
「味方の移動経路を塞ぎますわね」
「うん。それに剣士って、相手だけじゃなくて周りの味方の動きも見て次の踏み込みを決めてる。そこへ予告なしでブレードが出ると、強いけど面倒」
綾斗も頷く。
「僕なら、味方の刃が出る場所まで考えて動くことになるね」
「それが嫌だった」
ハイセは即答した。
「支援武器なのに、味方が武器の都合へ合わせなきゃいけなくなるから」
◇
「もう一つあったよね?」
アーネストが促した。
「うん。デバフ型」
「デバフ?」
ハイセは今度は、コスケロの【ニコキラ】を参考にした案を説明した。
「敵の動きや出力を落として、味方が戦いやすくなるようにする。直接攻撃しなくても、相手を弱くすれば支援になるかなって」
「それなら味方を傷つけませんわよね?」
「でも、相手の動きが変わる」
「……あ」
ピアソラもすぐ気付いた。
相手の剣速が落ちる。
踏み込みが鈍る。
攻撃の軌道が変わる。
一見すれば有利だ。
だが、その相手を既に観察し、元の速度を基準に次の行動を決めていた味方にとっては、突然その前提が崩れることになる。
「敵が二割遅くなったら、普通は嬉しいだろ?」
サーシャが尋ねる。
「相手の攻撃が来るタイミングに合わせて反撃しようとしてた時、急に二割遅くなったら?」
ハイセが返す。
サーシャが黙った。
「……ずれるな」
「でしょ?」
綾斗も小さく笑う。
「強い人ほど、相手のリズムを読んで動いているからね。途中で勝手に変えられると、逆に合わせ直す必要が出る」
◇
「つまり、二案とも強いことは強かった」
アーネストがまとめる。
「でも僕達が求めていたものとは違った」
「うん」
ハイセは頷く。
「そこで一回、考え方を全部捨てた」
「全部?」
「能力を増やすほど違う気がしたから」
攻撃を増やす。
妨害を増やす。
判断支援を増やす。
自動制御を増やす。
増やせば増やすほど便利になるはずなのに、それと引き換えに味方は新しい武器の存在を意識しなければならなくなる。
「だったら」
ハイセは言った。
「味方の戦い方を変えなくても使える支援だけ残せばいいと思った」
「それが防御?」
「うん」
◇
最初に浮かんだのは、アルディの持つ防御障壁だった。
単独でも十分な強度を持ち、相手の攻撃だけを止められる。攻撃側の動きを変える必要もなければ、味方へ特定の戦い方を要求することもない。
「でも大きい盾一枚だけだと、また使い方が限定される」
そこで思い出したのが、三輪達とハイレインの戦闘だった。
「シールドを細かく分けて、必要な場所へ必要な分だけ出してたんだよ」
綾斗が頷く。
「大きな一枚で全部を受けるんじゃなくて、守る面積を絞ることで使い方を変えるんだね」
「そう。セルヴィトラも、大きく一枚でもいいし、小さく分けてもいい」
そして最後の発想が、ウェン・ソーの使用する【セルヴィトラ】だった。
「元のセルヴィトラは、本人の分身みたいなものを増やす発想だった」
ハイセは自分のセルヴィトラを軽く持ち上げる。
「それを見て思った」
「何を?」
「人を増やす必要ないじゃんって」
◇
「……盾を増やす?」
アーネストが言う。
「うん」
ハイセは笑った。
「本人の分身じゃなくて、守る力の分身」
それが、この世界の【セルヴィトラ】だった。
アルディの防御力。
細分化されたシールド運用。
複数の分身を展開するという発想。
三つを組み合わせ、最後にそれ以外を全部削った。
普通のロングソード。
そして【遠隔制御障壁】。
それだけ。
「それで名前までセルヴィトラなんですの?」
ピアソラが半眼になる。
「うん」
「そこは隠しませんのね……」
「リスペクトだから」
「便利な言葉ですわね!」
◇
「でも面白いね」
綾斗が自分のセルヴィトラを見る。
「最初の強化型は、多対一を成立させるための武器だったんでしょう?」
「うん」
「セルヴィトラは逆に、人数が増えるほど本領を発揮する」
「そうなんだよね」
ランビリスやケリードーンは、一人の中へ多くの選択肢を詰め込んだ。
セルヴィトラは、その逆だ。
一人に持たせる特殊能力を極端に減らす。
その代わり、同じ武器を持つ人数が増えるほど、障壁を置ける場所も、重ね方も、守れる相手も増えていく。
「一人の自由度を下げたら、連携の自由度が上がった」
ハイセは言う。
「多対一をひっくり返すための武器を作ってたら、最後は多対多を強くする武器になった」
アーネストが笑う。
「随分遠くまで来たね」
「でも根っこは同じだよ」
「何が?」
ハイセは迷わなかった。
「使う人に、勝つための選択肢を増やすこと」
◇
そこでサーシャが、ふと何かに気付いたような顔をした。
「……待て」
「何?」
「強化型の目的は、多対一でも戦えて、オーガルクス持ちにも普通の武器で対抗出来るようにすることだったんだよな?」
「うん」
「そして、その実戦データを取るために」
サーシャの目が細くなる。
「私を使ったな?」
空気が止まった。
ハイセが目を逸らす。
「…………」
「おい」
「産業革命には礎が必要不可欠」
「何?」
ハイセは真顔で続けた。
「俺が自ら人体実験の被験者を志願したように」
「自虐ネタを美談にするのは笑えませんわよ!?」
ピアソラが即座に叱った。
◇
「ハイセ」
サーシャがゆっくり剣の柄へ手を伸ばす。
「一応聞こう」
「うん」
「反省は?」
「してる」
「本当か?」
「だから前にも謝ったじゃん」
「今の『産業革命には礎が必要』のどこに反省がある!?」
ハイセは一歩下がった。
「サーシャ」
「何だ」
「許せ!」
「許すかぁぁぁぁぁ!!!」
サーシャが追う。
ハイセが逃げる。
白い回廊を、二人が凄まじい勢いで駆けていった。
「待てハイセ! 今日こそ斬る!!」
「セルヴィトラで防ぐ!」
「私にも寄越せと言っただろうが!!」
「作る?」
「今はそういう意味じゃない!!」
◇
アーネストは遠ざかっていく二人を眺めながら、静かに額を押さえた。
「……サーシャ君、本当にガラードワースへ来るのかな」
「その予定らしいですわね」
ピアソラが答える。
「胃薬」
「まだ持っているよ」
「増量しておいた方がよろしいのでは?」
「検討するよ」
綾斗は苦笑しながら二人を見送っていたが、ふとセルヴィトラへ視線を落とした。
「でも、ハイセ君らしいよね」
「何が?」
「強い武器を作り始めた理由が、『強い武器を持っていない人にも勝つ方法を作りたい』だったところ」
アーネストも頷いた。
「そうだね」
◇
ピアソラはまだ少し納得していない顔だった。
「ところで」
「何です?」
アーネストが聞く。
「【ランビリス】も【ケリードーン】も、元になったものがありますのよね?」
遠くからハイセの声が返ってきた。
「インスパイア!」
「聞こえていましたの!?」
「セルヴィトラは!?」
「インスパイア!」
「では【風刃】は!?」
一瞬。
沈黙。
「……リスペクト!」
サーシャの怒声が続いた。
「言葉を変えて逃げてるだけじゃないのかぁぁぁぁぁ!!」
范星露が腹を抱えて笑い始める。
シルヴィアも堪えきれず笑い、エクリプスまで肩を震わせていた。
◇
やがてハイセはサーシャに首根っこを掴まれた状態で戻ってきた。
「捕まった」
「見れば分かりますわ」
ピアソラは呆れながら、改めてハイセのセルヴィトラを見る。
始まりは、オーガルクスを持たない者へ選択肢を与えるためだった。
一人でも多数を相手に出来るように。
希少な武器へ選ばれなくても、強者へ挑めるように。
そこから生まれた強化型は、一人へ多くの能力を与える方向へ進化した。
そして今。
最も新しい強化型は、一人から能力を削っている。
その代わりに、仲間へ手を伸ばす余白を増やした。
「不思議なものですわね」
ピアソラが呟く。
「何が?」
「強くするために機能を増やし続けた結果、最後は減らすことで新しい強さを見つけたのでしょう?」
ハイセは少し考えてから頷いた。
「うん」
サーシャに掴まれたまま、セルヴィトラへ視線を落とす。
「一人で何でも出来る必要、なかったから」
◇
その時、回廊の先に光が灯った。
九人が視線を向ける。
巨大な円形空間。
その中央には、今までとは異なる黒い門が立っていた。
そして門の前には、一つだけ台座がある。
そこへ刻まれた紋様を見て、エクリプスの表情が変わった。
「……次へ進む鍵みたいね」
サーシャがようやくハイセを離す。
「次は真面目にやれ」
「ずっと真面目だよ」
「今の追いかけっこのどこがだ!」
「産業革命――」
「それ以上言ったら本当に斬るぞ」
「黙ります」
即答だった。
アーネストが小さく笑い、セルヴィトラの柄へ手を置く。
強い武器を持つ者だけが勝つ。
そんな前提を覆すために始まった技術。
それはいつの間にか、別の問いへ辿り着いていた。
強さとは、一人で何でも出来ることなのか。
ハイセ達が出した答えは、もう目の前にある。
一人では完成しない剣。
【セルヴィトラ】。
九人は黒い門へ向かって、再び歩き始めた。