暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
――翌日。
金属を削る乾いた音が、一定の間隔で辺りに響いていた。
ギィ――。
止まる。
角度を変える。
また削る。
ギィ――。
耳障りと言えば耳障りな音だ。
少なくとも、朝から聞いて心地いい類のものではない。
「…………」
サーシャは数秒ほど黙っていた。
最初は無視しようと思った。
昨日は色々ありすぎた。
自分でも認めたくないほど感情を吐き出し、これまで知らなかったハイセの一面を知り、それでもなお彼の隣へ行きたいと思った。
だから今日くらいは静かに過ごしたかった。
過ごしたかったのだが。
ギィ――。
「…………」
カン。
ギィ――。
「…………ハイセ」
「なに?」
「さっきから何をしている?」
視線を向ければ、少し離れた場所にハイセが座り込んでいた。
地面には布が一枚広げられ、その上には大小様々な金属部品が並べられている。
薄い金属板。
用途の分からない小型端末。
どこかから取り外したらしい導線。
歯車。
ネジ。
留め具。
果ては、本来なら別用途に使うだろう機械部品まで転がっている。
統一感などまるでない。
どう見ても、一つの物を作るために用意された材料ではなかった。
そんな物の中央で、ハイセは一本の長い金属片を手にしている。
「武器」
「それは見れば分かる」
サーシャは即答した。
「私は、何故こんな場所で武器を作っているのかと聞いている」
「必要だから」
「そういう意味でもない!」
ハイセは一度手を止めた。
それから、少しだけ考える。
「……暇だったから?」
「余計に意味が分からん!」
「必要で暇なら作るでしょ」
「普通は作らん!」
朝から怒鳴らされるとは思っていなかったのだろう。
ハイセは露骨に面倒そうな顔をした。
そこへ。
「あら?」
今まで少し離れた場所にいたピアソラが近づいてきた。
「何を騒いでいますの?」
「こいつがまた妙なことを始めた」
「妙なこと?」
サーシャが指差す。
ピアソラはその先へ視線を向け――。
「…………」
数秒。
何も言わなくなった。
そしてハイセの足元へしゃがみ込む。
「ハイセ」
「なに?」
「こちらの部品は?」
「廃棄されてたやつ」
「こちらは?」
「壊れた設備から取った」
「では、この金属材は?」
「向こうの倉庫に余ってた」
「…………」
ピアソラがゆっくり顔を上げた。
「つまり」
「うん」
「まさかとは思いますけれど、現地で調達できる物だけで武器を作っていらっしゃいますの?」
「そうだよ」
「…………」
「どうしたの?」
「どうしたの、ではありませんわ」
ピアソラが目元を押さえた。
「あなた、何故それをそんなに当然のように仰いますの?」
「別に珍しくないでしょ」
「珍しいですわ!」
即答だった。
だが、ハイセは本気で理解していないらしい。
不思議そうな顔をしている。
サーシャが腕を組む。
「……それで何を作っている?」
「だから武器」
「種類を聞いている」
「ああ」
ハイセは納得したように頷いた。
「セルヴィトラ」
一瞬。
サーシャの表情が止まった。
「……セルヴィトラ?」
「うん」
聞き間違いではない。
ハイセが今作っているのは、セルヴィトラ。
オーガルクスでもない。
特殊能力を備えた煌式武装でもない。
単純な剣。
ハイセにとっても、そしてサーシャにとっても、ある意味では最も原始的な形に近い武器だ。
「お前、それを……この材料だけで?」
「そう」
ハイセは再び作業へ戻った。
金属部品を合わせる。
微調整する。
僅かな歪みを確認する。
次に、手製らしい器具へ部品を差し込む。
低い駆動音。
細かな火花。
加工。
組み込み。
確認。
その一連の流れに迷いがない。
設計図を見ることもなければ、何かを調べることもない。
全て頭の中に入っているかのようだった。
「……設計図は?」
ピアソラが訊ねる。
「ないよ」
「では、どのように寸法を?」
「頭の中」
「加工設備は?」
「さっき作った」
「…………さっき?」
「そこ」
ハイセが顎で示した。
そこには小型の加工装置らしき物が置かれている。
当然。
そんな物が最初からあったわけではない。
「まさか、それも現地調達で?」
「そうだけど」
「…………」
ピアソラの表情が、いよいよ引き攣り始める。
「少しお待ちになって」
「なに?」
「つまりあなたは、ここにある設備と廃材から加工機そのものを組み立て、その加工機を使ってセルヴィトラを製造している――という理解でよろしくて?」
「だいたい合ってる」
「だいたい?」
「足りない部品は別の物で代用してるから」
「そこではありませんわ!」
珍しくピアソラが大きな声を出した。
「何故そのようなことが出来ますの!?」
「え?」
「『え?』ではありません!」
ピアソラは完全に呆れている。
「武装を一から設計するだけでも専門技術が必要ですわ。それを既製品ではない部材で、しかも加工設備から現地で組み上げて――」
「ハードウェアなら得意だよ」
「……得意?」
「うん」
あまりにも軽い言い方だった。
ピアソラはしばらくハイセを見る。
「その一言で済ませていい技術ではないと思いますけれど」
「カミラと散々やったから」
その名前が出た瞬間、サーシャの目が僅かに動いた。
ハイセは気づかないまま続ける。
「試作機作って」
一つ部品を嵌める。
「動かして」
ネジを締める。
「壊して」
角度を確認する。
「原因調べて」
別の部品に交換する。
「また作って」
そして。
「また壊す」
「…………」
ピアソラが遠い目をした。
「最後だけ聞けば、あまり成長していないように聞こえますわね」
「いや、壊れる場所が変わるから進歩してるよ」
「そういう問題ですの?」
「そういう問題」
ハイセは真顔だった。
「最初なんて起動した瞬間に煙吹いたし」
「完全な失敗作ではありませんの」
「カミラは『安全装置が作動したから成功』って」
「評価基準がおかしくありません?」
「次は爆発した」
「悪化していますわよ!?」
「でも爆発する条件が分かった」
「…………」
ピアソラが額を押さえる。
「あなた方、普段どのような研究をしていますの……?」
「面白いよ?」
「でしょうね。あなた方にとっては」
会話を横で聞きながら、サーシャは黙っていた。
まただ。
昨日から何度目だろう。
知らないハイセを見るのは。
研究者としてのハイセ。
機械を作り。
失敗し。
壊し。
原因を探し。
再び組み上げる。
そんな時間をカミラと積み重ねてきた。
自分の知らない時間。
昔なら。
きっと胸の奥がざわついた。
何故私は知らない。
何故私がいない。
何故。
何故。
そう考えていたかもしれない。
だが。
今日は違った。
知らないなら。
知ればいい。
昨日、自分で決めたことだ。
昔のハイセを取り戻すのではない。
今のハイセを知る。
自分がいなかった時間さえも含めて。
「…………」
サーシャは小さく息を吐く。
その時。
カチリ。
小さな音がした。
「できた」
「……は?」
「完成」
ハイセが立ち上がる。
手には一本のロングソード。
華美な装飾はない。
発光機構もない。
奇抜な可変機構もない。
形だけを見れば、驚くほど簡素だ。
けれど。
ハイセが軽く振った瞬間。
ヒュン――。
鋭い音が空気を切った。
即席武器特有の不安定さがない。
刃筋も。
重心も。
まるで最初から完成品として設計されていたかのようだった。
ピアソラが無言でセルヴィトラを見る。
ハイセを見る。
またセルヴィトラを見る。
「…………」
「何?」
「あなた、本当に何者ですの?」
「ハイセ」
「そういう意味ではありませんわ!」
サーシャが思わず吹き出しそうになる。
だが、寸前で堪えた。
ハイセは完成したセルヴィトラを軽く確認した後。
何故かサーシャへ視線を向けた。
「サーシャ」
「なんだ?」
「使う?」
「…………何?」
「これ」
セルヴィトラを差し出す。
「使う?」
サーシャはすぐに手を伸ばさなかった。
昨日までなら。
もしかすると、意味を考える前に受け取っていたかもしれない。
ハイセが作った。
自分へ差し出した。
それだけで勝手に意味を付けたかもしれない。
だからこそ。
今は訊ねる。
「……何故だ?」
「何が?」
「何故、私にこれを使わせようと思った?」
ハイセが瞬きをする。
少しだけ考えるように黙った。
サーシャを見る。
昨日とは違うサーシャ。
昔とも違う。
そして。
「今のサーシャなら」
静かに言った。
「サーシャなりの原点に立ち返る、いい機会かもしれないって思ったから」
「……原点?」
「うん」
サーシャの視線がセルヴィトラへ落ちる。
原点。
その言葉には、色々な意味がある。
まだ何も持っていなかった頃。
純粋に強さだけを求めていた頃。
剣を握り。
前へ進み。
勝つことだけを考えていた頃。
「……昔に戻れということか?」
「違う」
答えは早かった。
「昔に戻る必要なんてないよ」
「…………」
「今持ってるものを捨てる必要もない」
ハイセは続ける。
「経験も、技術も、考え方も、人との関係も。手に入れたもの全部そのままでいい」
「なら、何故原点など――」
「一回、余計なものを外してみる」
「余計なもの?」
「武器一本」
ハイセがセルヴィトラを持ち上げる。
「能力も、武装性能も、肩書きも、全部一回横に置く」
「…………」
「その状態で、自分が何を見るのか。どう動くのか。何を選ぶのか」
サーシャは黙って聞いていた。
「昔と同じ自分になるんじゃなくて」
ハイセは言う。
「今の自分が、昔の自分と同じ場所に立ったら何をするのかを見る」
「…………」
その言葉は、不思議なほど素直に胸へ入ってきた。
昨日。
自分も似たようなことを考えた。
昔に戻りたいわけではない。
昔のハイセを取り戻したいわけでもない。
今のハイセを見たい。
今の自分として、その隣へ行きたい。
だったら。
原点に立ち返るという言葉も。
きっと、昔へ戻ることではない。
今まで歩いてきた全てを背負ったまま。
もう一度。
始まりの場所へ立ってみること。
「俺もそうするし」
ハイセが何でもないように付け足した。
「お前も?」
「うん」
サーシャが僅かに目を見開いた。
「本当にセルヴィトラ一本で行くつもりなのか?」
「そのつもり」
「……正気か?」
「失礼だな」
「お前に言われたくはない」
「俺、まだ何も言ってないけど」
「顔が言っていた」
「顔の台詞まで読まないでよ」
サーシャは鼻を鳴らす。
そしてようやく。
セルヴィトラへ手を伸ばした。
柄を握る。
「…………」
その瞬間。
眉が動いた。
軽い。
いや。
単純に重量が軽いわけではない。
手に馴染む。
重心位置が、自分の剣筋に妙に合っている。
握りの太さ。
柄の長さ。
振り抜いた時の慣性。
踏み込んだ際に体勢を崩さない重量配分。
まるで。
自分が使うことを前提に作られている。
「……ハイセ」
「なに?」
「これ」
サーシャが一度構える。
次の瞬間。
鋭く横薙ぎに振る。
ヒュンッ!
空気が裂ける。
返す。
もう一度。
踏み込み。
斬り上げ。
違和感がない。
否。
違和感がなさすぎる。
「私に合わせて作ったな?」
「うん」
当然のように返ってきた。
「…………」
「何?」
「いや」
「使わせるなら合わせるでしょ」
「…………そうか」
「そうだよ」
ハイセ本人に特別な意味はない。
それは分かっている。
分かっているが。
自分の癖を把握し。
体格を見て。
剣筋を考慮し。
わざわざ調整した。
ハイセ自身が作ったセルヴィトラを。
自分へ。
「…………」
サーシャの口元が少し緩んだ。
本当に。
ほんの少しだけ。
「……ふ」
ハイセの眉が動いた。
「何その顔」
「別に」
「いや、なんか変なこと考えてるでしょ」
「考えていない」
「絶対考えてる」
「考えていないと言っている!」
「じゃあ何でちょっと嬉しそうなの?」
「…………」
「ほら」
「うるさい!」
サーシャがそっぽを向く。
ハイセはしばらくその横顔を見る。
そして。
露骨に嫌そうな表情をした。
「あー……」
「なんだ?」
「やっぱり嫌だったんだよな」
「何が?」
「サーシャに自分の作った物渡すの」
「…………は?」
サーシャが振り向く。
「どういう意味だ?」
「そのまま」
「理由を聞いている」
「だって」
ハイセはセルヴィトラを指差した。
「変な期待持ちそうでめんどくさいから」
「…………」
静寂。
風が吹いた。
ピアソラが何も言わず、一歩だけ後ろへ下がった。
サーシャのこめかみが僅かに動く。
「……ハイセ」
「なに?」
「一つ確認してもいいか?」
「いいけど」
サーシャは真顔だった。
「私への恋愛感情は?」
「ゼロだよ」
「…………」
再び沈黙。
ピアソラが今度は二歩下がった。
「……本気で言ってる?」
「お断り!」
「貴様ァァァァァァァァッ!!」
轟音のような怒声が響いた。
「だからそうなるから嫌だったんだよ!」
「何が『だから』だ! 私専用に調整した剣まで作っておいて、その言い草はなんだ!」
「専用じゃない! 調整しただけ!」
「同じだろうが!」
「違う!」
「何が違う!」
「運用思想!」
「知るかァァァァァッ!」
セルヴィトラを持ったままサーシャが追いかける。
「ちょっ、待って! 武器持って追いかけてくるな!」
「その武器を作ったのは誰だ!」
「俺だけど!」
「なら責任を取れ!」
「何の責任!?」
「全部だァァァァァッ!!」
「範囲広すぎるだろ!」
二人の姿が遠ざかっていく。
怒号だけが残った。
「…………」
ピアソラはしばらく無言だった。
やがて。
深く。
深く溜息を吐く。
「昨日……ほんの少しは進展したと思いましたのに」
遠くから声が聞こえてくる。
『待てハイセェェェェェ!』
『待ったら殴るでしょ!』
『殴らん!』
『絶対嘘!』
『斬るだけだ!』
『もっと駄目じゃん!』
ピアソラは額へ手を当てた。
「……本当に」
呆れ。
そして少しだけ。
笑う。
昨日まで。
サーシャは昔のハイセを追っていた。
失ってしまった過去。
自分が知っていた少年。
自分だけを見ていた相手。
その背中を、ずっと追い続けていた。
けれど。
今は違う。
今走っているサーシャが追っているのは。
昔のハイセではない。
研究者になり。
歌を覚え。
多くの人間と出会い。
数え切れないほどの失敗をして。
それでも何かを積み上げ。
昔とは違う人間になった。
今のハイセだ。
そして。
そんなハイセが作った剣を握っているサーシャもまた。
昔のサーシャではない。
数え切れない経験を重ね。
失い。
迷い。
それでも進もうとしている。
今のサーシャだ。
原点へ立ち返る。
それは。
過去へ戻ることではない。
今まで歩いてきた全てを連れて。
もう一度。
始まりの場所へ立つこと。
「…………」
ピアソラは小さく微笑んだ。
「頑張ってくださいませ、サーシャ」
もっとも。
恋愛に関してだけは。
『ハイセェェェェェェッ!!』
『しつこい!』
『せめて1パーセントくらい残しておけ!』
『嫌だよ!』
『何故だァァァァァッ!!』
原点どころか。
スタートラインに立つまでにも。
まだまだ時間が掛かりそうだった。