暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「断る」
『まだ何も言ってねえぞ』
「お前が電話してきた時点で嫌な予感しかしない」
『酷え言い草だな』
朝。
アルルカント・アカデミー。
研究室。
カミラは。
端末越しの男。
ディルク・エーベルヴァインへ。
露骨な。
嫌悪感を向けていた。
「何?」
ハイセ。
少し離れた机。
昨日届いた。
レヴォルフ側の市場調査資料。
読んでいる。
「ディルク?」
「ああ」
「何だって?」
「聞くな」
『本人いるのか?』
「いるが」
『なら代われ』
「断る」
『だから何でお前が決める』
「…………」
カミラ。
止まる。
「…………」
ハイセ。
顔。
上げる。
『そいつに聞けよ』
「…………」
カミラ。
眉間。
押さえる。
「……それを言われると」
弱い。
「何?」
「ハイセ」
「うん」
「ディルクがお前に話があるそうだ」
「最初からそう言えばいいだろ」
「言いたくなかった」
「何で」
「恐らく」
一拍。
「面倒な人間を連れてくる」
『正解だ』
「帰れ」
『まだ行ってねえ』
「誰?」
ハイセ。
端末。
近づく。
「ディルク」
『よう』
「何の用?」
『一人』
一拍。
『お前に会わせたい奴がいる』
「誰?」
『ヒルダ・ジェーン・ローランズ』
「…………」
「知らない」
『だろうな』
「何してる奴?」
『人間を弄るのが好きな研究者だ』
「ディルク!」
カミラ。
「言い方!」
『間違ってねえだろ』
「余計に会わせたくなくなる!」
「人間を弄る?」
ハイセ。
首。
傾げる。
『人体改造』
「…………」
『能力研究』
「…………」
『生体工学』
「…………」
『その辺だ』
「へぇ」
「ハイセ」
「何?」
「今」
一拍。
「興味を持つな」
「まだ何も言ってない」
「顔で分かる!」
◇
「で?」
結局。
ハイセは。
話だけ。
聞くことにした。
「何で俺に?」
『異世界人』
ディルク。
『未知のエネルギー』
「……」
『妙な能力』
「……」
『向こうの生物素材』
「…………」
『あいつが興味持たねえ理由あるか?』
「ないね!」
背後。
エルネスタ。
「何でお前まで聞いてる」
「面白そうだから!」
「エルネスタ」
カミラ。
「今日は帰れ」
「やだ」
「…………」
「で」
ハイセ。
「ヒルダは」
「?」
「俺に何くれるの?」
「…………」
『…………』
ディルク。
少し。
沈黙。
『お前』
「何?」
『完全に染まってきたな』
「何が」
『いや』
一拍。
『いい』
「?」
『その方が話が早い』
ディルク。
『ヒルダにお前を調べさせる』
「うん」
『代わりに』
一拍。
『向こうの生体工学と能力研究について』
「……」
『お前が知りたい範囲で説明させる』
「それだけ?」
『検査結果も全部渡させる』
「…………」
『お前自身のデータだ』
「それなら」
ハイセ。
「悪くない」
「ハイセ」
カミラ。
「即決するな」
「まだ決めてない」
「ほぼ決めている顔だ!」
◇
三日後。
「初めまして」
女。
白衣。
眼鏡。
笑顔。
「貴方が」
一拍。
「ハイセ・ササキ君ね?」
「そう」
「へぇ……」
頭。
足。
見る。
「なるほど」
「何が?」
「まだ何も」
一拍。
「分かっていないわ」
「じゃあなるほどって何」
「口癖みたいなものよ」
「変な人」
「貴方に言われたくないわね」
「…………」
ヒルダ。
笑う。
「気に入ったわ」
「会って一分だけど」
「時間なんて関係ないわ」
「ヒルダ」
カミラ。
低い声。
「最初に」
「分かっているわよ」
ヒルダ。
両手。
軽く。
上げる。
「本人の同意なしに」
一拍。
「何もしない」
「…………」
「今日はね」
「最後の一言を付けるな!」
エルネスタ。
笑う。
「いいねぇ」
「良くない!」
◇
「条件」
ハイセ。
椅子。
座る。
「言っていい?」
「もちろん」
ヒルダ。
「勝手に薬を入れない」
「ええ」
「勝手に能力へ干渉しない」
「ええ」
「身体を切らない」
「今日はね」
「…………」
「冗談よ」
「その冗談」
カミラ。
「やめろ」
「はいはい」
ハイセ。
「あと」
「何かしら」
「俺のデータ」
一拍。
「勝手に別用途へ使わない」
「…………」
ヒルダ。
少し。
目を細める。
「良いわ」
「本当に?」
「ただし」
「?」
「将来」
一拍。
「別の研究へ利用したくなったら」
「……」
「改めて交渉する」
「…………」
ハイセ。
少し。
笑う。
「ならいい」
「話が早いわね」
「そっちも」
「…………」
ヒルダ。
楽しそう。
「ディルクが気に入るわけだわ」
「別に気に入られてない」
「商売相手としてだろ」
部屋。
隅。
何故か。
ディルクまで。
いる。
「何でアンタいるの?」
「紹介したの俺だからな」
「紹介料?」
「そういうことだ」
「何取るの?」
カミラ。
「何も取らせんぞ」
「お前に聞いてねえ」
「ここはアルルカントだ!」
「結果が」
ヒルダ。
平然。
「商用化出来るものだった場合」
「ヒルダ!」
「販売や流通の相談を」
一拍。
「彼に優先して持ち込む」
「勝手に決めるな!」
「私は構わないけど?」
「私が構う!」
ハイセ。
「俺も」
「ハイセ!」
「結果共有してくれるなら別に」
「何故お前まで!」
ディルク。
鼻。
鳴らす。
「ほらな」
「何がだ!!」
◇
検査。
始まった。
昨日まで。
カミラ達が行った。
非侵襲的な測定。
それより。
遥かに。
細かい。
「……面白い」
ヒルダ。
画面。
見る。
「何?」
「貴方」
一拍。
「本当に《星脈世代》ではないのね」
「カミラも言ってた」
「でも」
ヒルダ。
「普通の人間とも違う」
「それも聞いた」
「なら」
画面。
指。
「これは?」
「…………」
数値。
ハイセ。
見ても。
分からない。
「知らない」
「貴方の【武器マスター】」
「……」
「恐らく」
一拍。
「単純な身体能力強化ではない」
「カミラも似たようなこと言ってた」
「でしょうね」
ヒルダ。
画面。
拡大。
「神経」
「……」
「筋肉」
「……」
「認識」
「……」
「それぞれが」
一拍。
「武器を手にした瞬間」
「…………」
「異常な速度で」
「……」
「最適な状態へ近づこうとしている」
「…………」
ハイセ。
自分の手。
見る。
「それって」
「?」
「身体が」
一拍。
「勝手に合わせてる?」
「そうとも言えるわ」
「…………」
ヒルダ。
口元。
上がる。
「実に」
一拍。
「興味深い」
「その顔」
「?」
「カミラと同じ」
「失礼ね」
「何故私が巻き込まれる!」
◇
「例えば」
ヒルダ。
検査終了後。
「貴方の能力が」
「……」
「武器へ適応するための情報を」
「……」
「身体へ流していると仮定しましょう」
「うん」
「なら」
一拍。
「逆も出来るかもしれない」
「逆?」
「身体の側へ」
「……」
「先に必要な構造を作る」
「…………」
「そうすれば」
一拍。
「本来持っていない能力や技術へ」
「……」
「身体を適応させられる可能性がある」
「…………」
ハイセ。
黙る。
「ヒルダ」
カミラ。
「仮説の段階だ」
「分かっているわ」
「ハイセへ」
一拍。
「実行可能な技術のように話すな」
「でも」
ヒルダ。
「理論としては面白いでしょう?」
「…………」
「…………」
エルネスタ。
「面白い」
「お前には聞いていない!」
ハイセ。
「つまり」
「?」
ヒルダを見る。
「能力に」
一拍。
「身体が追いつかないなら」
「……」
「身体の方を」
一拍。
「作り変える?」
「…………」
静寂。
ヒルダ。
ゆっくり。
笑う。
「理解が」
一拍。
「非常に早いわね」
「ハイセ」
カミラ。
「理解するな」
「何で!?」
「方向が危険すぎる!」
◇
「肉体というのは」
ヒルダ。
自分の腕。
軽く。
叩く。
「完成品ではないわ」
「…………」
「骨格」
「……」
「筋肉」
「……」
「神経」
「……」
「星辰力の流れ」
「…………」
「全て」
一拍。
「条件次第では」
「……」
「改変可能なシステムよ」
「…………」
ハイセ。
黙って。
聞く。
「もちろん」
ヒルダ。
「何でも出来るという話ではない」
「……」
「代償も」
「……」
「危険も」
「……」
「限界もある」
「…………」
「何かを得るなら」
一拍。
「身体そのものが」
「……」
「対価になる場合だってある」
「…………」
ディルク。
少し。
目を細める。
ハイセ。
「身体が」
「?」
「対価」
「ええ」
「…………」
しばらく。
考える。
「なら」
「ハイセ」
カミラ。
「待て」
「まだ何も言ってない」
「分かる!」
「…………」
「顔に」
一拍。
「“条件次第ではアリ”と書いてある!」
「…………」
「…………」
「そんな分かりやすい?」
「非常にな!!」
エルネスタ。
「私もそう見えた!」
「マジか」
「マジ」
◇
「別に」
ハイセ。
少し。
肩。
竦める。
「今すぐ身体弄りたいわけじゃない」
「当然だ」
カミラ。
「でも」
一拍。
「何か」
「……」
「本当に欲しいものがあって」
「…………」
「それに」
一拍。
「今の俺じゃ足りないなら」
「…………」
「必要な対価を」
一拍。
「払うかどうか」
「……」
「その時」
一拍。
「俺が決めればいいだろ」
「…………」
ヒルダ。
目。
細める。
ディルク。
口元。
僅かに。
上がる。
エルネスタ。
楽しそう。
そして。
カミラだけが。
頭を抱えた。
「…………」
「カミラ?」
「ハイセ」
「何?」
「誰だ」
「?」
「誰が」
一拍。
「お前へこんな考え方を教えた」
「…………」
ハイセ。
ディルク。
見る。
ディルク。
「俺を見るな」
「エルネスタ?」
「私は出来るならやろうってだけ!」
「ヒルダ?」
「今日会ったばかりよ?」
「…………」
カミラ。
沈黙。
「……全部か」
「何が?」
「いや」
一拍。
「もういい」
◇
「ただし」
カミラ。
顔。
上げる。
「一つだけ」
「?」
「覚えておけ」
「うん」
「対価を払うことと」
一拍。
「自分を粗末に扱うことは」
「……」
「同じではない」
「…………」
ハイセ。
少し。
目。
見開く。
「何か欲しいから」
「……」
「何でも差し出す」
「……」
「それでは」
一拍。
「選んでいるようで」
「……」
「選んでいないのと同じだ」
「…………」
「何を得て」
「……」
「何を失って」
「……」
「それでも」
一拍。
「自分が納得出来るか」
「…………」
「そこまで考えて」
カミラ。
「初めて」
一拍。
「自分で選んだと言える」
「…………」
ハイセ。
しばらく。
黙る。
そして。
「分かった」
「本当か?」
「ああ」
「…………」
「何?」
「いや」
カミラ。
「今だけは」
一拍。
「信用しておく」
「酷くない?」
◇
「それで?」
ハイセ。
「ヒルダ」
「何かしら」
「俺の検査結果」
「あとで全部送るわ」
「約束?」
「取引でしょう?」
「…………」
ハイセ。
笑う。
「ああ」
「それと」
ヒルダ。
「一つ」
「?」
「貴方の【武器マスター】」
「うん」
「いつか」
一拍。
「もっと詳しく調べさせて」
「条件次第」
「素晴らしい」
「何が」
「即座に拒否しないところ」
「…………」
カミラ。
「喜ぶな」
「でも」
ヒルダ。
ハイセ。
見る。
「貴方」
一拍。
「面白いわ」
「よく言われるようになった」
「でしょうね」
「…………」
「次に会う時」
一拍。
「貴方が」
「……」
「何を欲しがっているのか」
「…………」
「楽しみにしておくわ」
「…………」
ハイセ。
首。
傾げる。
「別に」
一拍。
「今は欲しいものなんて――」
言いかける。
浮かぶ。
剣。
天霧綾斗。
完成された。
美しい。
剣。
そして。
歌。
シルヴィア・リューネハイム。
現実へ。
作用する。
奇妙な。
能力。
「…………」
「?」
「いや」
ハイセ。
首。
振る。
「まだ」
一拍。
「ない」
ヒルダ。
笑う。
「そう」
「…………」
「なら」
一拍。
「見つければいいわ」
◇
帰り。
「…………」
カミラ。
無言。
「カミラ」
「…………」
「怒ってる?」
「違う」
「じゃあ何」
「反省している」
「何を?」
「最初」
一拍。
「エルネスタだけ警戒していれば」
「……」
「大丈夫だと思っていた」
「酷い!」
エルネスタ。
「今は?」
ハイセ。
聞く。
カミラ。
前を見る。
「…………」
一拍。
「全員だ」
「俺も?」
「お前が一番だ!」
「何で!?」
「お前が」
一拍。
「全部吸収するからだ!!」
「…………」
エルネスタ。
爆笑。
「確かに!」
「笑うな!」
◇
一方。
少し離れた場所。
「ディルク」
「何だ」
ヒルダ。
歩きながら。
「良いものを」
一拍。
「見つけたわね」
「俺が見つけたわけじゃねえ」
「でも」
「?」
「商売にはするのでしょう?」
「使えるならな」
「…………」
「研究成果が出て」
一拍。
「売れるなら」
「……」
「売る」
「…………」
ヒルダ。
笑う。
「相変わらずね」
「お互い様だろ」
「それもそうね」
「ただ」
ディルク。
一度。
振り返る。
アルルカント。
「……あいつ」
「ハイセ君?」
「ああ」
「何?」
「…………」
一拍。
「多分」
「?」
「俺達が」
一拍。
「思ってるより」
「……」
「ずっと面倒な奴になるぞ」
「…………」
ヒルダ。
楽しそうに。
笑った。
「それは」
一拍。
「楽しみね」
「お前はそうだろうな」
◇
その日。
ハイセは。
一つ。
新しいことを。
知った。
武器だけではない。
技術だけでもない。
人間の。
身体すら。
変えることが出来る。
当然。
今のハイセには。
必要のない。
知識だった。
ただ。
知らなかったものを。
知っただけ。
それだけだった。
だが。
これまでにも。
そうだった。
戦闘記録。
天霧綾斗。
シルヴィア・リューネハイム。
異世界素材。
ルークス。
取引。
対価。
知識は。
一つずつ。
ハイセの中へ。
積み重なっていく。
やがて。
それら全てが。
一つの。
選択へ。
収束する日が来る。
その時。
今日。
ヒルダが口にした。
たった一つの考え。
――身体そのものを、対価にする。
それが。
誰よりも。
重大な意味を持つことになる。