【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
「断る」
『まだ何も言ってねえぞ』
「お前が連絡してきた時点で、嫌な予感しかしない」
『酷え言い草だな』
朝のアルルカント・アカデミー。
昨日までの実験結果を整理する端末の光がいくつも浮かぶ研究室で、カミラは通信画面の向こうにいるディルク・エーベルヴァインへ、隠す気もない警戒心を向けていた。
その少し離れた机では、ハイセが昨日レヴォルフから届いた市場調査資料に目を通している。
第八話の取引で約束された、実際に流通している武器の種類、価格帯、利用者から寄せられた不満、購入層の傾向。研究室の性能試験とは違う、生の市場から集められた情報は思っていた以上に面白く、先ほどから何度もページを戻して読み返していた。
だが、カミラの露骨すぎる声音が耳に入り、さすがに顔を上げる。
「何?」
「気にするな」
「ディルク?」
「ああ」
「何だって?」
「聞くな」
『本人いるのか?』
「いるが」
『なら代われ』
「断る」
『だから何でお前が決めるんだよ』
「…………」
そこでカミラの言葉が止まった。
数日前なら、そのまま押し切っていたかもしれない。
しかし、ハイセ本人が関わる話を、本人へ聞かせる前に自分が断る。それでは、自分が散々ハイセへ語ってきたことと矛盾する。
横を見ると、案の定ハイセもこちらを見ていた。
『そいつに聞けよ』
「…………」
カミラは眉間を押さえる。
「……それを言われると弱い」
「何が?」
「ハイセ」
「うん」
「ディルクがお前に話があるそうだ」
「最初からそう言えばいいだろ」
「言いたくなかった」
「何で?」
「恐らく、面倒な人間を連れてくる」
『正解だ』
「帰れ」
『まだ行ってねえよ』
既に嫌そうな顔をしているカミラとは対照的に、ハイセの方は純粋に興味を持ったらしい。資料を置いて通信端末へ近付いた。
「誰?」
『ヒルダ・ジェーン・ローランズ』
「…………知らない」
『だろうな』
「何してる奴?」
『人間を弄るのが好きな研究者だ』
「ディルク!」
カミラの声が研究室へ響いた。
「言い方というものがあるだろう!」
『間違ってねえだろ』
「余計に会わせたくなくなる!」
しかし、横で聞いていたハイセは別の部分へ引っ掛かっていた。
「人間を弄る?」
『人体改造、能力研究、生体工学。まあ、その辺だ』
「へぇ……」
「ハイセ」
「何?」
「今、興味を持つな」
「まだ何も言ってない」
「顔を見れば分かる!」
そのやり取りを聞きながら、ディルクは通信の向こうで鼻を鳴らした。
◇
結局、会うかどうかを決める前に、ハイセは話だけは聞くことにした。
「それで、何でそのヒルダって人が俺に会いたいの?」
『異世界人で、こっちにはないエネルギーを持っていて、正体不明の能力まである。そのうえ向こうの生物素材まで持ち込んだ』
ディルクは面倒そうに並べてから、
『あいつが興味を持たねえ理由があるか?』
「ないね!」
なぜか背後から即答が飛んできた。
振り返れば、いつの間にかエルネスタまで通信を聞いている。
「何でお前まで聞いている」
「だって面白そうだから!」
「エルネスタ」
カミラは低い声で名を呼ぶ。
「今日は帰れ」
「やだ」
「…………」
どうせ言っても聞かない。
カミラが諦めたように額へ手を当てる横で、ハイセは少し考え、今度はディルクへ問い返した。
「で、そのヒルダは俺に何をくれるの?」
「…………」
研究室が一瞬だけ静かになる。
通信画面のディルクまで黙った。
『お前』
「何?」
『完全に染まってきたな』
「何が?」
『いや。いい。その方が話が早い』
ディルクとしても、ハイセが無条件の善意で動く人間ではなく、条件と対価を確認するようになったのは好都合らしい。
『ヒルダにお前の身体と能力を調べさせる。その代わり、あいつが持ってる生体工学と能力研究について、お前が知りたい範囲で説明させる』
「それだけ?」
『検査結果も全部お前に渡す』
「…………」
『元々、お前自身の身体から取ったデータだ。自分がどういう状態なのか知れるなら、悪い条件じゃねえだろ』
その説明を聞き、ハイセは素直に頷いた。
「それなら悪くない」
「ハイセ」
即座にカミラが口を挟む。
「即決するな」
「まだ決めてないよ」
「ほぼ決めている顔だ!」
◇
三日後。
「初めまして」
研究室を訪れた女は白衣を纏い、眼鏡越しにハイセを眺めると、挨拶もそこそこに頭から足元まで視線を走らせた。
「貴方がハイセ君ね?」
「そう」
「へぇ……なるほど」
「何が?」
「まだ何も分かっていないわ」
「じゃあ、なるほどって何」
「口癖みたいなものよ」
「変な人」
「貴方に言われたくないわね」
「キヒヒヒ!」
ヒルダ・ジェーン・ローランズは、妙に耳へ残る笑い声を漏らした。
「気に入ったわ」
「会って一分だけど」
「時間なんて関係ないわ」
「ヒルダ」
すかさずカミラの低い声が割り込む。
「最初に確認しておくぞ」
「分かっているわよ」
ヒルダは降参を示すように両手を軽く上げた。
「本人の同意なしに、何もしない」
「…………」
「今日はね」
「最後の一言を付けるな!」
カミラの怒声に、少し離れた場所で様子を眺めていたエルネスタが楽しそうに笑う。
「いいねぇ」
「良くない!」
どうやら。
エルネスタとは違う方向で厄介な研究者らしい。
それだけは、ハイセにもすぐ分かった。
◇
「じゃあ、先に条件を言っていい?」
検査用の椅子へ腰を下ろしたハイセが尋ねると、ヒルダは機器を準備しながら頷いた。
「もちろん。そのために同意を取るのだから」
「勝手に薬を入れない」
「ええ」
「勝手に能力へ干渉しない」
「ええ」
「身体を切らない」
「今日はね」
「…………」
ハイセが無言で見つめると、ヒルダは僅かに口元を歪めた。
「キヒヒ……冗談よ」
「その冗談をやめろ」
カミラが即座に釘を刺す。
「はいはい」
「あと」
ハイセは続けた。
「俺から取ったデータを、勝手に別の研究へ使わない」
そこで初めて、ヒルダの目が僅かに細くなった。
恐らく、研究者としては最も欲しい部分なのだろう。
だが数秒考えたあと、あっさり頷いた。
「良いわ。ただし、将来別の研究へ利用したくなった場合は?」
「その時は?」
「改めて貴方と交渉する」
それなら問題ない。
何に使うのかを聞き、条件を知り、納得したうえで自分が許可する。
数日前、ディルクとの取引で覚えた感覚と同じだった。
「ならいい」
「話が早いわね」
「そっちも」
「キヒヒヒ!」
そんな二人を眺めながら、ヒルダが楽しそうに笑う。
「ディルクが気に入るわけだわ」
「別に気に入られてないよ」
「商売相手としてだろ」
不意に部屋の隅から声が飛び、ハイセが振り返る。
「……何でアンタまでいるの?」
壁際には、当然のような顔でディルクが立っていた。
「紹介したのは俺だからな」
「紹介料?」
「そういうことだ」
「何取るの?」
「何も取らせんぞ」
本人より先にカミラが反応した。
「お前に聞いてねえ」
「ここはアルルカントだ!」
二人が睨み合う横で、ヒルダだけは平然としている。
「今回の結果から商用化出来る技術が生まれた場合、販売や流通の相談を優先的にディルクへ持ち込む。その程度よ」
「ヒルダ!」
「私は構わないけど?」
「私が構う!」
「俺も、それくらいなら別にいいよ」
「ハイセ!」
今度はハイセへ振り返った。
「検査結果をちゃんと共有してくれるなら、俺は損してないし」
ディルクが勝ち誇ったわけでもなく、ただ当然というように鼻を鳴らす。
「ほらな」
「何がだ!!」
どうやら。
カミラだけが、どんどん味方を失っているらしかった。
◇
検査が始まると、空気は一転した。
これまでカミラたちが行ってきた非侵襲的な測定よりも、ヒルダの検査は遥かに細かい。体内を傷付けることこそないものの、神経反応、筋出力、感覚情報の処理速度、未知のエネルギーが身体へ及ぼしている影響まで、複数の項目が同時に記録されていく。
しばらく画面を眺めていたヒルダが、やがて小さく呟いた。
「……面白い」
「何が?」
「貴方、本当に《星脈世代》ではないのね」
「それはカミラにも言われた」
「でも、普通の人間とも違う」
「それも聞いた」
「でしょうね。なら、これは?」
ヒルダが表示を拡大する。
無数の数値と波形が並んでいるが、当然ハイセに分かるはずもない。
「知らない」
「貴方の【武器マスター】よ」
その名が出たことで、ハイセも少し姿勢を正した。
「【武器マスター】が?」
「ええ。恐らくこの能力は、単純に貴方へ武器の扱い方を教えているだけではない」
ヒルダは複数の測定結果を並べていく。
「神経伝達。筋肉の動員。感覚認識。重心の把握。そして武器を自分の身体の延長として認識するまでの処理速度」
一つずつ。
別々に見えていた結果が、一つの方向を示し始める。
「貴方が武器を手にした瞬間、これらが異常な速度で、その武器を扱うために適した状態へ近付いている」
「…………」
ハイセは自分の手を見る。
今まで武器を出した時。
知らないはずの扱い方が分かった。
握り方も。
構え方も。
撃ち方も。
身体が最初から知っているように動いた。
「それって……【武器マスター】がやり方を教えてるだけじゃなくて、俺の身体そのものが武器へ合わせられてるってこと?」
「少なくとも、その可能性は高いわね」
「キヒ……キヒヒヒ……!」
ヒルダの喉から、堪えきれなくなったような笑いが漏れる。
「知識だけを渡しても、身体がその知識通りに動かなければ意味がない。だから能力側が、貴方の認識と身体操作の間にある誤差まで埋めている――そう考えると辻褄が合う」
「…………」
「実に興味深いわ」
「その笑い方」
「何?」
「ちょっと怖い」
「そう?」
「気にするな」
カミラが横から口を挟む。
「あれは研究者として興奮しているだけだ」
「余計怖いんだけど」
「失礼ね」
「何故私が説明役をやっているんだ……」
◇
検査が一通り終わっても、ヒルダの興味は収まらなかった。
むしろ得られた結果から新しい仮説が生まれたらしく、休憩用の机へ移動するとすぐに説明を始める。
「例えば、【武器マスター】が武器へ適応するための情報を身体へ流し、その情報に合わせて認識や身体操作を最適化していると仮定しましょう」
「うん」
「なら、その発想を反転させることも出来るかもしれない」
「反転?」
「武器や能力に身体を合わせるのを、能力任せにするのではなく――身体の側へ、先に必要な条件を作ってしまうのよ」
「…………」
一瞬、意味を測りかねたハイセだったが。
すぐに繋がった。
「つまり、本来なら使えない能力とか技術でも……」
「必要な身体的条件を人工的に満たせるなら、適応出来る可能性がある」
ヒルダが答える。
「神経が足りないなら神経系を。筋力が足りないなら筋肉を。感覚器官が足りないなら認識系を。身体が能力へ追いつけないのなら――」
「身体の方を、作り変える」
静寂。
ヒルダの目が僅かに見開かれた。
そして次の瞬間。
「キヒ……キヒヒヒヒッ!」
堪えきれないというように、特徴的な笑い声が研究室へ響く。
「何!?」
「素晴らしいわ、ハイセ君。理解が非常に早いもの」
「ハイセ」
カミラの声だけが低い。
「理解するな」
「何で!?」
「方向が危険すぎる!」
「まだやるなんて言ってないだろ」
「お前は知ったら試したがる!」
「それエルネスタじゃない?」
「お前も既に似たようなものだ!」
「酷い!」
「そこへお前が反応するな!」
抗議したエルネスタまでまとめて叱られた。
だが。
冗談めいた応酬とは裏腹に。
ハイセの頭には、今聞いた考え方が確かに残っていた。
◇
「肉体というものは」
ヒルダは自分の腕を軽く叩きながら続ける。
「完成した一つの形ではないわ」
骨格。
筋肉。
神経。
感覚器官。
そして、この世界であれば星辰力を扱うための身体構造。
「全て、条件と技術さえ揃えば、ある程度は改変可能なシステムとして見ることが出来る」
「システム……」
「もちろん、好き放題に作り直せるという意味ではないわ」
そこだけは、ヒルダも明確に線を引いた。
「人体には限界がある。相性もある。不可逆的な変化もある。得られるものより失うものの方が大きくなる場合もあるし、最悪の場合は命そのものを失う」
それでも。
可能性は存在する。
「だから、何かを得るために」
ヒルダはハイセを見る。
「身体そのものが、対価になる場合だってある」
「…………」
その言葉に、ディルクも僅かに目を細めた。
ハイセはしばらく黙っていた。
「身体が……対価」
「ええ」
「なら――」
「ハイセ」
言い切るより早く、カミラが制した。
「待て」
「まだ何も言ってない」
「分かる!」
「何が?」
「顔に『条件次第ではアリ』と書いてある!」
「…………」
ハイセは思わず自分の頬へ手を当てた。
「そんなに分かりやすい?」
「非常にな!!」
「私にもそう見えたよ!」
エルネスタまで笑いながら同意する。
「マジか」
「マジ」
◇
「別に、今すぐ身体を弄りたいわけじゃないよ」
「当然だ」
カミラの返答は早かった。
「でもさ」
ハイセは先ほどの話を頭の中で組み立てながら、ゆっくり言葉を続ける。
「いつか本当に欲しいものが出来て、それを手に入れるには今の俺じゃ足りないってなったら」
「…………」
「何を得られて、何を失うのか聞いて。そのうえで必要な対価を払うかどうか、その時の俺が決めればいいだろ?」
ヒルダの目が細くなる。
ディルクの口元にも微かな笑みが浮かび、エルネスタは明らかに楽しそうだった。
そして。
カミラだけが頭を抱えた。
「……カミラ?」
「ハイセ」
「何?」
「誰だ」
「?」
「誰がお前へ、こんな考え方を教えた」
「…………」
思わずディルクを見る。
「俺を見るな」
「じゃあエルネスタ?」
「私は『出来るならやろう』って言ってるだけだよ!」
「それも十分問題だ!」
「ヒルダ?」
「今日会ったばかりよ?」
「…………」
カミラは三人を順番に見たあと。
ゆっくり天井を仰いだ。
「……全部か」
「何が?」
「いや。もういい」
たった数日。
異世界から来た少年へ、自分は選択肢を与えた。
エルネスタは可能性を与えた。
ディルクは対価という考え方を教え。
そして今日、ヒルダが身体すら交換条件になり得ると教えた。
それらを。
ハイセは恐ろしい速度で吸収している。
カミラには。
そのこと自体が、少しだけ怖かった。
◇
「ただし」
カミラが顔を上げた。
その声音が変わったことで、ハイセも自然と彼女を見る。
「一つだけ覚えておけ」
「うん」
「対価を払うことと、自分を粗末に扱うことは同じではない」
「…………」
ハイセの表情から、少しだけ軽さが消えた。
「欲しいものがある。だから、それ以外なら何でも差し出す。それは選択とは言わん」
「でも、自分の身体なら――」
「君の身体だからこそだ」
カミラは遮った。
「自分の物だから何をしてもいい、ではない。何を得るのか。何を失うのか。その喪失は取り返せるのか。得たものを抱えて、その後も自分として生きていけるのか」
そこまで考えて。
「それでも自分はその道を選ぶと納得出来て、初めて『自分で選んだ』と言える」
「…………」
自分で選ぶ。
その言葉を。
ハイセはこの世界へ来てから、何度も聞いてきた。
アルルカントへ入ることも。
研究へ関わることも。
ディルクと取引することも。
誰かが決めたからではない。
自分で決めた。
なら。
身体についても。
本当にその時が来たなら。
同じように考えなければならないのだろう。
「……分かった」
「本当か?」
「ああ」
「…………」
「何?」
「いや」
カミラは息を吐いた。
「今だけは信用しておく」
「酷くない?」
◇
「それで、ヒルダ」
話が一段落すると、ハイセは先ほどまでの検査へ意識を戻した。
「何かしら」
「俺の検査結果」
「後で全部送るわ」
「約束?」
「キヒヒ……取引でしょう?」
特徴的な笑いを小さく漏らしながら、ヒルダが答える。
「…………」
ハイセも小さく笑った。
「ああ」
「それと、一つお願いがあるのだけれど」
「何?」
「貴方の【武器マスター】。いつか、もう少し詳しく調べさせてほしいわ」
「条件次第」
「キヒヒヒ! 素晴らしいわ」
「何が?」
「即座に拒否しないところ」
「喜ぶな」
カミラが横から釘を刺す。
それでもヒルダは気にする様子もなく、興味深そうにハイセを眺めた。
「でも、本当に面白いわね。貴方」
「最近よく言われるようになった」
「でしょうね」
そして。
少しだけ意味ありげに目を細める。
「次に会う時、貴方が何を欲しがっているのか楽しみにしておくわ」
「…………」
「何?」
「いや」
ハイセは首を傾げた。
「別に今は、そこまで欲しいものなんて――」
言いかけて。
止まる。
頭へ浮かんだのは。
天霧綾斗の剣だった。
【武器マスター】が与える「使える」という感覚ではなく。
長い時間を積み重ね。
自分自身のものとして磨き上げた。
あの美しい剣。
そして。
もう一つ。
シルヴィア・リューネハイム。
歌という形を取りながら。
現実そのものへ作用する。
あの奇妙で。
美しい力。
自分にはない。
だが。
知りたいとは思う。
近付きたいとも。
少しだけ思っている。
「…………」
「ハイセ?」
「いや」
小さく首を振る。
「まだ、ない」
その答えを聞いたヒルダは。
何も追及せず。
ただ口元を吊り上げた。
「キヒヒ……そう」
そして。
「なら、見つければいいわ」
◇
ヒルダとの検査を終え、研究区画を歩く帰り道。
しばらくカミラは何も言わなかった。
あまりにも長く黙っているので、さすがにハイセの方から声を掛ける。
「カミラ」
「…………」
「怒ってる?」
「違う」
「じゃあ何?」
「反省している」
「何を?」
カミラは歩みを止めることなく答えた。
「最初は、エルネスタ一人を警戒していれば大丈夫だと思っていた」
「酷い!」
背後から抗議が飛ぶ。
「じゃあ今は?」
ハイセが聞く。
カミラはしばらく答えなかった。
そして。
「……全員だ」
「俺も?」
「お前が一番だ!」
「何で!?」
さすがに納得出来ず振り返るハイセへ、カミラはとうとう声を荒らげた。
「お前が全部吸収するからだ!!」
「…………」
一瞬の沈黙。
その後。
エルネスタが堪えきれずに吹き出した。
「あははっ! 確かに!」
「笑うな!」
◇
一方。
少し離れた通路では、ディルクとヒルダが並んで歩いていた。
「ディルク」
「何だ」
「良いものを見つけたわね」
「俺が見つけたわけじゃねえ」
「でも、研究成果が出れば商売にはするのでしょう?」
「使えるならな」
ディルクに迷いはない。
「研究成果が出て、需要があって、売れるなら売る。それだけだ」
「キヒヒヒ……相変わらずね」
「お互い様だろ」
「それもそうね」
二人の歩みが続く。
やがてディルクは一度だけ振り返り、背後にそびえるアルルカントの研究棟を見た。
「ただ」
「?」
「……あいつ」
「ハイセ君?」
「ああ」
少しだけ。
ディルクの表情から軽さが消える。
「たぶん俺たちが思ってるより、ずっと面倒な奴になるぞ」
「…………」
ヒルダは驚かなかった。
むしろ。
さらに楽しそうに口元を歪めた。
「キヒヒヒヒッ……!」
「それは楽しみね」
「お前はそうだろうな」
◇
その日。
ハイセが得たものは。
新しい力ではなかった。
新しい武器でもない。
ただ一つ。
知らなかった選択肢を。
知っただけだった。
武器へ身体を合わせることが出来る。
なら。
能力へ身体を合わせることも出来るかもしれない。
身体とは。
生まれた時に与えられ。
そのまま使い続けるしかない。
完成された器ではない。
必要なものを得るために。
自分自身の形さえ。
選び直せる可能性がある。
もちろん。
今のハイセには。
そんな選択をする理由などなかった。
剣をもっと知りたい。
歌という力にも興味がある。
異世界素材を調べたい。
新しい武器を作ってみたい。
今はまだ。
それだけだった。
だが。
この世界へ来てから。
知らなかったものは。
一つずつ。
ハイセの中へ積み重なっている。
天霧綾斗の剣。
シルヴィア・リューネハイムの歌。
異世界素材。
煌式武装。
研究。
取引。
対価。
そして今日。
自分自身の身体という器。
今は。
互いに何の関係もない。
別々の可能性にしか見えない。
それら全てが。
いつか一つの目的へ。
たった一つの選択へ。
収束していくことを。
まだ。
ハイセ自身も知らない。
そしてその時。
今日。
ヒルダが何気なく口にした。
――身体そのものが、対価になる場合もある。
その考えが。
ハイセの未来を。
大きく変えることになる。