暗律の戦乙女は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ 作:カミッシー
第三領域を抜けた九人を待っていたのは、それまでの《神の箱庭》とはあまりにも趣の異なる光景だった。
頭上を覆う天井も、進路を限定する壁も、視界を遮る巨大な柱もない。どこまでも広がる草原の向こうには一本の地平線が走り、そのさらに先まで澄み渡った蒼穹が続いている。穏やかな風が草を撫でて波を作り、陽光は長い迷宮攻略で張り詰めていた身体を労うかのように柔らかかった。
あまりにも平和だった。
だからこそ、誰一人として気を抜かなかった。
「……最後くらい、景色を楽しませてくれるという可能性はないかな」
綾斗が辺りを見渡しながら苦笑すると、星露は間髪入れずに首を横へ振った。
「ないじゃろうな。むしろ、これだけ何もないということは、身を隠す必要がないほど大きな何かを出すつもりなのではないか?」
「縁起でもないことを仰らないでくださいませ」
ピアソラが呆れたように返した、その直後だった。
靴底を通して、ごく微かな振動が伝わってきた。
最初は地面の奥深くで何かが動いた程度のものだった。それが一度、二度と繰り返されるたびに大きさを増し、やがて足元の小石が跳ね、草原全体が一定の周期で脈打つように揺れ始める。
サーシャがセルヴィトラへ手を掛けた。
「来るぞ」
全員の視線が地平線の一点へ集まる。
そこに、黒い影があった。
最初は山かと思った。しかし、山は一歩ごとに大地を震わせながらこちらへ近づいてきたりはしない。
距離が縮まるにつれて、その輪郭が次第に明瞭になっていく。
牛を思わせる巨大な頭部。全身を覆う黒褐色の剛毛。その下で隆起する筋肉は一つ一つが岩塊のように盛り上がり、片手には人間なら何人束になっても持ち上げられそうにない巨大な棍棒が握られている。
七大災厄――【コルナディオ・ミノタウルス】。
ただし、ハイセが知る情報と比較すれば明らかな違いがあった。
「……原種そのままじゃないね」
ハイセが目を細める。
巨体の内部を巡る魔力が異常なほど濃い。皮膚の下では淡い光が脈動し、まだ一撃も受けていない段階から、再生能力と思しき魔力循環まで確認できる。
「《神の箱庭》が俺たちの戦力を見て、補正を掛けたんだと思う」
「つまり、そのまま出しても試練にならないと判断されたわけか」
サーシャの問いに、ハイセは頷いた。
「多分ね」
「賢明じゃのう」
星露が、むしろ嬉しそうに口角を上げる。
アーネストは静かに剣を抜きながら、その巨体を見上げた。
「それでも七大災厄の名を冠している以上、油断する理由にはならないよ」
その言葉を証明するように、コルナディオ・ミノタウルスが咆哮した。
音ではない。
圧力だった。
空気そのものが押し寄せ、草原の草が一斉に伏せる。九人の衣服と髪が激しく後方へなびき、続けて巨大な脚が地面を踏み抜いた瞬間には、一直線に走った亀裂が彼らの足元まで到達した。
「散開!」
綾斗の声と同時に、九人が四方へ飛ぶ。
次の瞬間、巨大な棍棒が振り下ろされた。
大地が爆発した。
衝撃波が土砂と草を数十メートル上空まで巻き上げ、直撃どころか余波だけでも人間を容易く吹き飛ばせる威力が周囲を薙ぎ払う。
サーシャはセルヴィトラを地面へ突き立て、低く腰を落とすことで辛うじて姿勢を維持した。その横を、星露が逆方向へ駆け抜けていく。
「まずはどの程度か、確かめさせてもらおう!」
「星露さん!?」
綾斗が呼び止めるより早く、星露は真正面から巨体へ肉薄した。
ミノタウルスの右脚が地面へ沈み込む瞬間、その重心移動を完璧に読み切って拳を叩き込む。
鈍く、重い衝撃音が草原へ響いた。
巨大な身体が僅かに揺れる。
だが、それだけだった。
「ほう……!」
星露の表情に、驚きより先に歓喜が浮かぶ。
「硬いのう!」
通常なら骨ごと粉砕しかねない一撃を、剛毛と異常な密度を持つ筋肉が受け止めていた。
そこへ綾斗とアーネストが左右から入り、ほぼ同時にセルヴィトラを振るう。二本の剣が脚部へ深く食い込んだものの、二人は斬った感触を得た瞬間に異常を察した。
「浅い!」
綾斗が叫びながら距離を取る。
確かに傷はできた。だが、切断面から伸びた魔力が肉を繋ぎ合わせ、目に見える速度で損傷を塞いでいく。
上空ではオーフェリアが既に膨大な魔力を集束させていた。
「なら、もっと強くすればいい」
「オーフェリア、待っ――」
制止より、発射の方が早かった。
凝縮された魔力の奔流が真上から叩き込まれ、コルナディオ・ミノタウルスの上半身を光の中へ呑み込む。轟音とともに濃密な土煙が巻き上がり、一時的に巨体そのものが見えなくなった。
シルヴィアが目を凝らす。
「……やった?」
「そういう台詞は言わない方が――」
ハイセが最後まで言うより早く、煙の奥から巨大な棍棒が飛んできた。
「ほら!」
「本当に出てきたわね!?」
二人は左右へ飛び退き、棍棒はその間を通過して遠方の地面へ突き刺さった。
土煙の向こうから現れたミノタウルスは、肩から胸にかけて大きく抉れていた。それでも倒れない。傷口では既に肉が蠢き、組織が再形成され始めている。
「再生能力まで底上げされているか」
アーネストが表情を険しくする一方、ピアソラは即座にデミルークスを展開した。
「ハウンド!」
無数の光弾が空中へ広がり、正面だけでなく左右と上空から巨体へ圧力を掛ける。その軌道の外側を回り込むように、さらにバイパーを展開した。
倒すためではない。
動かすためだ。
ミノタウルスが左へ進路を変えれば、ハウンドがそこを塞ぐ。右へ逃れれば、あらかじめ回り込んでいたバイパーが退路を消す。
最後に残った進路。
正面。
「こちらですわ」
ピアソラの声に誘導され、巨体が一直線に踏み込む。
その先には、サーシャが待っていた。
「任せろ!」
振り下ろされた棍棒を、セルヴィトラで真正面から受ける。
「ぐっ――!」
身体の芯まで突き抜ける衝撃に、骨が悲鳴を上げた。両足が地面へ沈み、腕は一瞬で痺れたが、それでもセルヴィトラは砕けない。
サーシャも退かなかった。
「サーシャ!」
「まだだ!」
押し潰そうとする棍棒に対して力で拮抗するのではなく、刀身を僅かに傾けることで軌道を横へ流す。
「今だ!」
その一声を待っていた綾斗、アーネスト、星露が三方向から同時に踏み込んだ。
関節。
脇腹。
脚部。
三つの攻撃がほぼ同時に叩き込まれ、巨体が初めて大きく傾く。
「よし!」
しかし、倒れない。
むしろ激昂した。
コルナディオ・ミノタウルスが全身から魔力を爆発させると、衝撃だけで九人がまとめて吹き飛ばされた。
ハイセは地面を何度か転がり、セルヴィトラを突き立ててようやく勢いを殺す。
一度深く息を吐き、顔を上げた。
強い。
間違いなく、七大災厄。
だからこそ。
ハイセの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。
視線を横へ向ける。
少し離れた場所で立ち上がったシルヴィア・リューネハイムと目が合った。
奇妙なほど自然だった。
相談もしていない。
事前の打ち合わせもない。
それなのに、お互いが今何を考えているのか分かる。
「……歌う?」
ハイセが訊ねると、リューネハイムの顔に一瞬で楽しげな笑みが広がった。
「奇遇ね♪ 私もちょうど、同じことを考えていたところ」
「じゃあ」
「ええ」
二人が並ぶ。
その光景を見たサーシャの眉が、ぴくりと動いた。
「待て」
誰も反応しない。
「待てと言っている!」
聞こえていないのではない。
既に二人の意識が、歌へ切り替わっていた。
ハイセとリューネハイムは互いを見る。
相手がどこで息を吸い、どこで声を伸ばし、どの瞬間に笑うのか。
今さら確認する必要さえなかった。
二人が同時に息を吸う。
そして。
「「輝け Take me higher!!」」
歌が始まった。
その一声が響いた瞬間、戦場を満たしていた空気の質そのものが変わった。
ハイセとリューネハイム、それぞれ異なる声質を持つ二人の歌が重なり、互いを打ち消すことなく螺旋を描くように高まっていく。歌声は魔力へ変換されて九人へ降り注ぎ、身体能力、反応速度、魔力出力、演算能力を一気に押し上げた。
「――っ!」
綾斗が、自分の身体の軽さに思わず目を見開く。
剣を握る指先の感覚まで鮮明になり、セルヴィトラとの境界が消えていくようだった。
星露はさらに分かりやすかった。
「良い歌じゃ!」
嬉々として草原を蹴り、先ほどと同じ右脚へ踏み込む。
今度の一撃は、巨体を揺らすだけでは終わらなかった。
大地へ深く食い込んでいた脚が浮く。
星露が、そのまま押す。
圧倒的な体格差など無視するように、巨大なミノタウルスの身体が横へ傾き始めた。
リューネハイムは歌声を保ったまま、その光景に笑みを浮かべる。
それがまた、サーシャの神経を逆撫でした。
「リューネハイムと楽しそうに歌うな!」
ハイセが歌の合間に思わず振り返る。
「今そこ!?」
「距離が近い!」
「デュエットなんだから近くなるでしょ!」
「目を合わせすぎだ!」
「合わせない方がおかしいだろ!」
「サーシャ、戦闘中ですわよ!」
ピアソラが額を押さえる。
その間にも曲は勢いを増していく。
歌から伝わってくるのは、苦境に何度叩き伏せられても立ち上がり、仲間と共にさらに高い場所へ進もうとする意志だった。
その感情に背中を押されるように、綾斗とアーネストが同時に走る。
狙う場所は同じ。
綾斗が先に傷口を開き、その直後へアーネストの剣が重なる。
二撃目が一撃目をさらに深く押し込み、ついには骨まで届いた。
コルナディオ・ミノタウルスが初めて膝をつく。
「サーシャ!」
「分かっている!」
アーネストの声を受け、サーシャが正面から走り込む。
セルヴィトラを両手で握り、全身の重さを乗せて胸部へ一閃。
剛毛が切れ、肉が裂ける。
先ほどとは比べ物にならない深さ。
「まだだ!」
サーシャが即座に離脱すれば、その空間を埋めるようにピアソラの光弾が展開された。
「ハウンド!」
歌による演算能力の強化を受け、展開数も速度も先ほどまでとは別物になっている。さらにバイパーが複雑な軌道を描き、遮蔽物すらない平原そのものへ人工的な逃走経路を作り上げていく。
ミノタウルスがどちらへ動いても、その先には光弾がある。
正面にはサーシャ。
後方には星露。
左右には綾斗とアーネスト。
上空にはオーフェリア。
「……なるほど」
ピアソラは戦場全体を見渡して、小さく笑った。
「今度は九人全員で、というわけですのね」
歌声がさらに高まる。
ひとりでは届かない場所でも、仲間がいるから進める――そんな感情が旋律に乗って戦場へ広がっていく。
綾斗がアーネストを見る。
アーネストがサーシャを見る。
サーシャが星露を見る。
言葉など必要ない。
九人は違う。
武器も、技術も、思想も、戦い方も違う。
だからこそ。
互いに足りない場所を埋められる。
「行くよ!」
綾斗が走った。
アーネストが反対側から入る。
星露が脚部へ回り、サーシャは真正面からセルヴィトラを構える。
コルナディオ・ミノタウルスが棍棒を振る。
だが。
遅かった。
先ほどまで九人を吹き飛ばしていた攻撃が、もう誰にも追いつけない。
四人が同時に踏み込み、腕、脚、胸部へ攻撃を集中させる。
巨体の姿勢が完全に崩れた。
「今よ!」
歌の中からリューネハイムの声が飛ぶ。
上空。
オーフェリアが待っていた。
「分かった」
膨大な魔力が収束していくのを見て、ハイセは歌いながら嫌な予感を覚えた。
「オーフェリア」
「なに?」
「加減してね」
「大丈夫」
「本当に?」
「多分」
「多分!?」
直後。
光が落ちた。
コルナディオ・ミノタウルスを中心に大地が沈み、草原を走った衝撃波が九人を襲う。だが、今は歌による強化がある。全員がそれぞれの方法で耐え切り、誰一人として戦線から離脱しない。
土煙が立ち込める。
「……やった?」
歌いながらリューネハイムが楽しそうに言う。
「だから、それ言うと――」
ハイセの嫌な予感は的中した。
煙の中に、まだ影がある。
「ほら!」
コルナディオ・ミノタウルスは、それでも立っていた。
右脚は半壊し、左腕は失われ、胸には大穴が空いている。それでも体内を巡る魔力が肉を再生しようと蠢いていた。
「しぶといな!」
サーシャが歯噛みする。
「七大災厄ですもの。むしろここまで耐えていることを褒めるべきでしょうね」
ピアソラがそう言ったところで、エクリプスが静かに前へ出た。
「では、強化を重ねます」
支援術式が展開され、既に歌によって引き上げられていた九人の能力値がさらに跳ね上がる。
綾斗が目を瞬かせた。
「……まだ上がるの?」
「上がります」
「大丈夫なの?」
「多分」
「今日は『多分』が多いな!」
ハイセの叫びに、リューネハイムが声を立てて笑った。
「いいじゃない♪」
そのままハイセを見る。
「もっと上げましょう?」
「え?」
「もっと♪」
一瞬。
ハイセが彼女を見つめる。
それから。
楽しそうに笑った。
「いいね」
その顔を見たサーシャのジェラシーメーターが、見事に限界値を突破した。
しかし、ピアソラは別のものを見ていた。
歌う二人。
リューネハイムが先へ出れば、ハイセが自然にその横へ並ぶ。ハイセが旋律を強めれば、今度はリューネハイムが声を重ねる。
追うのでも、追わせるのでもない。
対等だった。
王竜星武祭――リンドヴルムを経て、今は同じ高さに立っている。
そしてハイセ自身も、それに気づかないまま楽しんでいる。
88話の個別試練で、一人で胸の歌を信じた時とは違う。
今は、その言葉を教えてくれた人が隣にいる。
どうしてこんなに歌いやすいのか。
どうして声を重ねることが、こんなにも自然なのか。
どうして、もう少しこの時間が続けばいいと思っているのか。
ハイセにはまだ分からない。
けれど、今だけは理解する必要もなかった。
リューネハイムが教えた通り。
胸にある歌を。
信じればいい。
「リューネハイム!」
「なあに?」
「最後!」
「ええ♪」
二人が同時に息を吸う。
曲が最高潮へ駆け上がる。
そこへ呼応するように、九人全員が動いた。
ピアソラのハウンドが上空を覆い、バイパーがあらゆる逃走経路を潰す。
エクリプスが支援を最大まで重ねる。
星露の拳が左脚を完全に破壊し、サーシャのセルヴィトラが残った右脚を深く切り裂く。
綾斗の剣が腹部へ通り、その軌道をなぞるようにアーネストの剣が胸を断つ。
上空では。
オーフェリアが。
また。
魔力を集めていた。
「今度こそ」
ハイセが見上げる。
「オーフェリア」
「大丈夫」
「だから――」
「多分」
「もういい!」
オーフェリアが放つ。
同時に星露が拳を叩き込み、サーシャ、綾斗、アーネストの剣が走る。ピアソラのハウンドとバイパーが殺到し、エクリプスの支援が全てをさらに底上げする。
最後に、ハイセとリューネハイムの歌が戦場を貫いた。
光。
爆音。
大地そのものが沈む。
衝撃波によって草原が剥ぎ取られ、視界一面が白く染まった。
それでも二人は歌を止めなかった。
最後の音まで。
最後の一息まで。
きちんと歌い切る。
やがて。
静寂が戻った。
土煙が風に流されていく。
そこに。
コルナディオ・ミノタウルスの姿はなかった。
肉片も。
骨も。
何も。
残っていない。
代わりに。
巨大なクレーターだけが草原の中央に残されていた。
「…………」
九人がしばらく無言でそれを見る。
最初に口を開いたのは綾斗だった。
「……やりすぎでは?」
「うん」
ハイセが即答する。
「これは討伐というより……」
アーネストが言葉を探す。
「消去じゃの」
星露が代わりに答えた。
「七大災厄が少々可哀想になってきましたわ」
ピアソラすら同情した。
一方。
リューネハイムは上機嫌だった。
「でも、倒したわ♪」
「結果良ければ全部良し!」
ハイセも同意する。
「お前は少し反省しろ!」
サーシャの怒声が飛んだ。
ハイセが振り返る。
「なんで俺!?」
「何故リューネハイムとあんな楽しそうに歌う!」
「デュエットなんだから楽しく歌うでしょ!」
「距離が近い!」
「歌ってる最中だから!」
「目を合わせすぎだ!」
「デュエットだから!」
「笑い合うな!」
「無茶苦茶言ってる!」
サーシャは額を押さえた。
ここまで積み上げてきた成長も、冒険者としての冷静さも、この件に関してだけは綺麗に消し飛ぶ。
そして。
低い声で呟いた。
「……やっぱりハイセを男に戻したい……」
周囲が静まり返った。
ハイセは真顔で返す。
「嫌だけど」
「即答するな!」
その横で、ピアソラが深い溜息を吐いた。
「私は今のハイセの方がマシですわ」
「ピアソラ!?」
サーシャが信じられないものを見るような顔をする。
「何故だ!」
「何故も何もありませんわ。本人が今の自分を気に入っているのでしょう?」
「だからといってだな!」
ピアソラは改めてハイセを見る。
歌い終えたばかりの頬にはまだ熱が残り、その表情は隠しようもなく楽しげだった。
隣にはリューネハイム。
そしてリューネハイムもまた、そんなハイセを非常に嬉しそうに見ている。
「…………」
ピアソラは再び、深く溜息を吐いた。
ハイセ本人だけが分かっていない。
自分が、どれほど自然にリューネハイムを受け入れているのか。
「やはり」
「何だ?」
サーシャが問い返す。
「喜ぶべきなのか、困惑していますわ」
「何の話だ!?」
「こちらの話です」
ハイセが首を傾げた。
「ピアソラ、今日ずっと変じゃない?」
「あなたが原因ですわ」
「また?」
「またです」
リューネハイムが、二人のやり取りを見ながら小さく笑う。
「ふふっ♪」
ハイセがそちらを見る。
「何?」
「なんでもないわ♪」
「?」
その無自覚なやり取りまで目撃したサーシャのジェラシーメーターが、さらに上昇した。
「……ハイセ」
「何?」
「やはり一度、きちんと話し合おう」
「嫌な予感しかしない」
「安心しろ。殴らん」
「もっと嫌な予感するんだけど」
「まず性転換についてだな――」
「お断り!」
「まだ何も言ってないだろうが!」
ハイセが逃げる。
サーシャが追う。
七大災厄を文字通り消し飛ばした直後だというのに、結局やっていることはいつも通りだった。
その背中を見送ったアーネストが、何とも言えない表情を浮かべる。
「……あれが世界を救える戦力なのかい?」
「戦力だけなら問題ありませんわ」
ピアソラが即答する。
「それ以外は?」
「要保護観察です」
「誰が?」
ピアソラは一瞬だけ考えた。
「全員ですわ」
アーネストも考え。
やがて苦笑した。
「……否定できないね」
その時。
巨大なクレーターの中央に、淡い光が生まれた。
コルナディオ・ミノタウルスは消滅した。
最後の試練は終わった。
長く続いた《神の箱庭》の攻略も。
いよいよ。
終わりへ向かう。
――もっとも。
「待てハイセェェェェェッ!」
「だから嫌だって!」
「まだ男に戻すとは言ってない!」
「今『まだ』って言った!」
その騒がしさだけは。
最後まで。
終わりそうになかった。