【暗律の戦乙女(ヤミキューレ)】は盤上を覆すが故、己が未来を選ぶ   作:カミッシー

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第97話 二つの世界が交換したもの

 

 壁面を覆う大型投影装置には、左右に分けられた二つの一覧が表示されていた。左側にはアスタリスクからハイベルグ王国を中心とする異世界側へ渡った技術や制度、右側には異世界からアスタリスクへ渡った資源や研究材料。その項目は武装、医療、教育、エネルギー、文化にまで広がり、中にはどちらへ分類すべきなのか判断に迷うほど、既に両世界の技術が混ざり合って成立した成果すら並んでいる。

 

 文字だけを眺めれば、巨大な貿易記録に見えなくもない。しかし、一つ一つの項目を辿っていけば、その裏には二つの世界が出会う以前には存在しなかった流れが確かにあった。

 

「改めて見ると、随分交換したわね」

 

 リューネハイムが感心したように画面を見上げると、隣にいたハイセも同じ方向へ視線を向けながら首を傾げた。

 

「交換っていうか、途中から増殖してない? 技術を一個渡したら新しい規格が生まれて、それを使うための制度が必要になって、その制度からまた別の産業が生まれてるんだけど」

 

「お前が言うな」

 

 資料を捲っていたディルクが、顔も上げずに切り捨てる。

 

「また俺?」

 

「お前だ」

 

「半分くらいはエルネスタとかカミラも悪いと思う」

 

「人へ擦り付けるな」

 

 カミラに即座に睨まれ、ハイセが肩を竦める。

 

「いや、でも事実じゃん」

 

「それは否定しない」

 

「しないんだ……」

 

 カミラまで認めてしまったことで、ハイセは少し拍子抜けした顔をした。一方、当のエルネスタはそんなやり取りすら研究成果の一つであるかのように、楽しそうに笑っている。

 

 バルバロスはその様子を横目に見ながらも、すぐに正面へ向き直った。

 

「先ほど、フェアトレードについて話した。だが、これは単純に『我が国が資源を売り、アスタリスクが金を払う』というだけの関係ではない」

 

 その程度の商取引だけならば、ここまで社会そのものを巻き込む変化にはならなかった。

 

 この世界には、元々資源があった。広大な土地の各地に点在する未踏破ダンジョン、魔力を含んだ鉱石、未知の植物、既存の加工法では用途すら判別できない素材。そして禁忌迷宮ともなれば、一つ攻略するだけで一地域の産業構造を塗り替えかねないほどの価値が眠っている。

 

 だが、存在していることと、それを正しく利用できることは同じではない。

 

「こちらには、掘り出す技術はあっても、それが何なのか分からないものが多かった」

 

 ガイストが言う。

 

 冒険者が未知の素材を持ち帰れば、まず鍛冶師や薬師、魔導具職人へ渡される。しかし彼らにも用途が分からなければ、その素材は倉庫へ眠るか、あるいは「希少だから」という理由だけで高値を付けられる。どれほど巨大な可能性を秘めていても、性質を解析できなければ価値の入口にすら立てなかった。

 

「一方で、アスタリスク側には高度な解析技術と加工技術があります」

 

 洲馬が言葉を引き継ぐ。

 

 落星工学、煌式武装、純星煌式武装、人造生命、生体制御、量子演算、人工知能。六学園という限られた都市圏には、世界でも最先端と呼ばれる研究が異常な密度で集積している。

 

 しかし、その技術力ですら万能ではなかった。

 

「技術があっても、材料がなければ作れない」

 

 カミラが淡々と告げる。

 

「特に高位研究になればなるほど、問題になるのは設計より素材だ。理論上は作れる。だが、それに耐える物質が存在しない。存在しても量が足りない。そういう研究はいくらでもある」

 

 若い冒険者の一人が、ようやく全体像を掴んだように問いかけた。

 

「つまり、向こうは技術があるけど資源が足りない。こっちは資源があるけど使い方が分からない?」

 

「大雑把に言えばね」

 

 ハイセは素直に頷いた。

 

「だから噛み合った」

 

 それは驚くほど単純な話だった。しかし、単純だからこそ強かった。こちらに余っているものが向こうでは不足し、向こうで成熟しているものがこちらには足りない。その不足を互いの余剰で埋めれば、どちらか一方が援助されるだけの関係ではなくなる。

 

「最初にそこを明確にしておきたい」

 

 アーネストが静かに言った。

 

「アスタリスクが一方的に技術を与えたわけではない。我々も、この世界から非常に多くのものを受け取っている」

 

 画面右側の一覧が拡大され、禁忌迷宮から採取された高純度素材、未知の魔力鉱石、特殊な生体素材、極端な魔力環境下でしか形成されない結晶などが次々と表示される。

 

 その中でも、研究者たちの視線を最も長く惹きつけているのが、超跋級ウルム=マナダイトだった。

 

「これとかね」

 

 ハイセが指を向ける。

 

「最初に見た時、普通のウルム=マナダイトと同じ感覚で扱ったら駄目だってすぐ分かった」

 

 出力、蓄積量、変換効率、内部で循環するエネルギー特性。そのどれを取っても、既存規格へ押し込めるには性質が違いすぎた。その違いを無理に消すのではなく、逆に特徴として利用した結果、研究は予想もしなかった方向へ進んだ。

 

「結果として」

 

 洲馬が資料を切り替える。

 

「従来のアスタリスク側インフラへ接続可能でありながら、既存の供給方式だけには依存しない、新しいエネルギー循環技術の開発に成功しています」

 

 その言葉に会場が僅かにざわついた。

 

「もう実用化しているのか?」

 

「限定環境では」

 

 問いかけに答えたハイセは、すぐに補足する。

 

「まだ全部置き換えるとかじゃないよ。そんなことする意味もないし。今あるインフラをそのまま活かしながら効率を上げる。設備が足りない場所なら、必要最低限の小規模構成でも動かせる。今はそっちを詰めてる」

 

「相変わらず、お前は最終的に『誰でも使える』ところへ持っていくな」

 

 カミラが呆れたように言うと、ハイセは少しだけ笑った。

 

「カミラに教わったからね」

 

「……そうか」

 

 その返事だけは短かった。しかし、カミラの表情には、ほんの僅かに言葉とは違うものが浮かんでいた。

 

 今はまだ、そこへ踏み込む時ではない。

 

 それは後で、きちんと語るべき話だった。

 

「この技術については、近いうちに我が国でも限定導入を始める予定だ」

 

 バルバロスが資料へ目を落としながら告げる。

 

 対象となるのは都市部だけではない。山間部や地方都市、大規模設備を整えることが難しい地域も含まれている。従来なら、高度な医療や研究設備、加工機構を導入するには、その前提として大規模なインフラ整備そのものから始めなければならなかった。

 

 しかし必要な設備規模を下げられれば、技術へ辿り着ける人間の範囲そのものが変わる。

 

「セイレーン計画も、エネルギーが安定しなければ本当の意味では地方まで届けられないものね」

 

 リューネハイムが言うと、ハイセが頷く。

 

「そう。技術だけあっても動かせなきゃ意味ない」

 

 病院へ施術設備を置く。研究所へ解析機器を置く。学校へ訓練設備を導入する。それらすべてには、電力であれ星辰力であれ魔力であれ、安定した供給が必要になる。

 

 だから武器だけ作れば終わりではなく、施術装置だけ完成させれば終わりでもない。その技術が社会の中で継続して動き続けるためには、何が必要なのか。そこまで考えなければ、研究成果は研究室の中から出ていけない。

 

「……本当に研究者になったな、お前」

 

 ガイストが不意にハイセへ向けて言った。

 

「何それ」

 

「昔なら、新しい武器を手に入れたら振り回して終わっていただろ」

 

「失礼だな」

 

「違うのか?」

 

 問い返され、ハイセは一度言葉に詰まった。

 

「…………まあ、昔ならそうだったかも」

 

 否定しきれない自分がおかしくて、僅かに笑う。

 

 次に画面へ映されたのは、アスタリスクから異世界へ渡った武装技術だった。

 

 【王冠】。

 

 【強化型煌式武装】。

 

 【煌式複装】。

 

 そして、そこから各組織が独自に派生させた規格群。

 

「ここも面白いところだね」

 

 アーネストが言った。

 

「同じ技術を受け取っても、使い方は同じにならなかった」

 

「ガラードワースとか分かりやすいよね」

 

 ハイセも同意する。

 

 強化型煌式武装は、従来型の量産煌式武装を大きく上回る性能を持ち、条件次第では単独でオーガルクスへ対抗し得る。だが、その自由度と出力を支えるために演算容量を大きく要求するため、複数武装との併用には適していない。

 

「個人として強くなるなら、強化型は非常に魅力的だ」

 

 アーネストはその性能を否定しない。

 

「でも、我々が必要としているのは優秀な十二人だけではない」

 

 聖ガラードワースが重視するのは、個人の突出ではなく騎士団としての完成度だ。隊列を組み、互いの役割を補い、誰かが倒れても他の者がその穴を埋められること。それを考えれば、一人へ極端な自由度を与える強化型よりも、複数機能を一基へまとめられる《煌式複装》の方が学園全体の思想に合っていた。

 

「だからガラードワースは《煌式複装》を多く選んだ」

 

「そういうことだね」

 

「剣と防御に、射撃制御まで一つにまとめるとか、最初聞いた時は欲張りだと思ったけど」

 

「誰かさんの研究思想に影響されたんじゃない?」

 

 リューネハイムが楽しそうに笑う。

 

「誰?」

 

「あなたよ♪」

 

「俺?」

 

「本当に自覚ないのね」

 

 そんな二人のやり取りを聞きながら、アーネストが小さく笑った。

 

「特にハウンドとバイパーの考え方は興味深い。アステロイドのような単純な威力も重要だけれど、集団戦では敵を倒すことだけが目的ではない」

 

 追尾させ、避けさせ、進路を限定する。逃げ道が残っているように見せ、その先へ別の騎士を配置する。敵が自分で選択しているように見えて、実際にはその選択肢自体をこちら側が設計している。

 

「敵の選択肢そのものを、こちらが作れる」

 

「ワートリ読者っぽい感想だなぁ」

 

 ハイセが感心したように言う。

 

「良い作品だからね」

 

「誰に借りたの?」

 

「エルネスタからだよ」

 

「やっぱりか!」

 

「何か問題でもー?」

 

 少し離れた席からエルネスタが楽しそうに手を振り、ハイセが頭を抱える。

 

「問題しかない気がする!」

 

 会場の何人かは何の話か理解できず、困惑したように顔を見合わせた。

 

 だが、原典がどこにあるかは本質ではない。誰かが想像した技術を、別の世界の工学が形へ落とし込み、そこへさらに別の人間の思想や戦術が混ざれば、元のどこにも存在しなかった技術になる。

 

 それこそが、二つの世界が交わるということだった。

 

「ただし」

 

 そこでディルクが口を挟んだ。

 

「技術を渡したから終わり、って考え方はやめろ」

 

 会場の視線が彼へ集まる。

 

「武器を輸入し続けるだけじゃ金は外へ流れ続ける。設備を買うだけでも同じだ。素材を掘り出してそのまま売り、完成品だけ外から買ってるようじゃ、いつまで経っても加工側に利益を持っていかれる」

 

「言い方……」

 

 ハイセが小さく呟いた。

 

「黙れ」

 

「はい」

 

「だから、加工技術もこっちへ持ってくる。整備できる人間も育てる。可能なら製造工程の一部も現地へ置く」

 

 異世界を資源供給地として固定しない。

 

 売る側と買う側を固定しない。

 

 素材だけを供給し続ける国ではなく、加工し、研究し、自ら新しいものを生み出せる側へ回る。

 

「そこまでして初めて、対等な取引になる」

 

 その言葉に、バルバロスが大きく頷いた。

 

「儂も同意見だ」

 

 この世界にも職人がいる。鍛冶師がいて、魔導具職人がいて、薬師がいて、研究者がいる。彼らを置き去りにしたまま、アスタリスク製品だけが市場を埋め尽くす未来など望んでいない。

 

「こちらの技術と、向こうの技術を混ぜる」

 

 ハイセが言った。

 

「それでいいと思う」

 

 アスタリスク式の武器を、そのまま異世界へ持ち込む必要はない。現地の魔法体系や素材、職人技に合わせて再設計すればいい。その時点で完成したものは、もう片方だけの世界へ属する技術ではない。

 

「それが、実際に現在もっとも成果が出ている分野でもあります」

 

 洲馬が資料を示す。

 

 共同開発、共同研究、相互ライセンス、現地製造、素材交換、研究者交流。数字を追えば、片道で行われた技術供与より、双方が関わった案件の方が圧倒的に長く続き、次の研究へ繋がっていた。

 

「面白いものね」

 

 リューネハイムが静かに言った。

 

「最初は、世界と世界が繋がっただけだったのに」

 

 その通りだった。

 

 最初から巨大な市場を作ろうとしていたわけでもなければ、二世界共同研究を始めようとしていたわけでもない。ただ、アスタリスク側が未知の世界を知り、冒険者側が未知の都市を知った。

 

 それだけだったはずなのに、人間は繋がれば互いを比べる。欲しいものを見つけ、真似をし、混ぜ合わせ、やがて今まで存在しなかったものを作り始める。

 

「技術だけでもないよ」

 

 リューネハイムが続けた。

 

「文化もそうでしょう?」

 

 フェスタ、音楽、映像、観光。アスタリスクから持ち込まれた興行文化は、今ではハイベルグ王国の小規模フェスタとして定着し、逆に冒険者世界の景観やダンジョン、未知の都市、空中城といったものは、アスタリスク側で映像コンテンツや観光資産として新たな価値を与えられている。

 

「ハイセとシルヴィアの宣伝動画も効果あったしな」

 

 ディルクが何気なく言う。

 

「え、そこで俺たち?」

 

「使える広告塔を使って何が悪い」

 

「言い方!」

 

「結果出ただろ」

 

「出たけど!」

 

 当のリューネハイムはまるで気にしておらず、むしろ楽しそうに笑っていた。

 

「私は結構楽しかったわよ♪」

 

「俺も楽しかったけどさ」

 

「なら問題ねえ」

 

「全部利益で判断しないでよ!」

 

「施設運営でそれ以外何を見ろってんだ」

 

「夢とか!」

 

「利益が出てから言え」

 

「強い」

 

 ハイセはあっさり敗北し、会場には小さな笑いが広がった。

 

 その空気が落ち着いたところで、バルバロスが静かに立ち上がる。左右へ分かれていた一覧を見渡し、しばらく何も言わなかった。

 

「よく分かった」

 

 やがて、王はゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「我々は資源を渡し、技術を得た。アスタリスクは技術を渡し、この世界から新たな研究の可能性を得た」

 

 それだけでも間違いではない。

 

 だが、それだけでは足りなかった。

 

 どちらか一方が与え、どちらか一方が救われたわけではない。互いに相手が持っていないものを差し出し、受け取ったものをそのまま使うのではなく、それぞれの世界に合わせて作り直した。

 

「それこそが、二つの世界が繋がった意味なのだろう」

 

 フェアトレード。

 

 公平な取引。

 

 しかし本当の価値は、交換した物の量ではない。交換したことで、元のどちらにも存在しなかった新しいものが生まれたことにある。

 

 アスタリスクだけでは生まれなかった。

 

 ハイベルグだけでも生まれなかった。

 

 互いに足りないものを持ち寄ったからこそ、初めて形になった。

 

「……化学反応みたいだな」

 

 ハイセがぽつりと呟いた。

 

 隣にいたカミラが横目で見る。

 

「何がだ?」

 

「世界同士」

 

 混ぜる前には存在しなかったものが、混ざることで生まれる。そして一度生まれてしまえば、もう片方ずつへ分け直したところで元と同じには戻らない。

 

「二つとも、もう元には戻らないんだろうね」

 

「戻りたいのか?」

 

「まさか」

 

 ハイセは迷いなく笑った。

 

「今の方が面白いよ」

 

 その答えを口にした瞬間、世界だけではなく自分自身も同じなのだと、ハイセはぼんやりと思った。

 

 別の世界へ行かなければ出会わなかった人間がいる。

 

 知らなかった技術がある。

 

 選ばなかった人生がある。

 

 それらが混ざり合った結果として、今の自分がいる。

 

「さて」

 

 バルバロスの声が、もう一度会場を引き締める。

 

「ここまでで、世界がどう変わったかは十分に確認できた」

 

 冒険者社会も、学園も、市場も、技術も、医療も、エネルギーも、文化も。確かに、二つの世界が出会う前と同じではなくなった。

 

「ならば、次は人間の話をしよう」

 

 王の視線が、中央に並ぶ七大冒険者たちへ向けられる。

 

 その瞬間、会場の空気が僅かに変わった。

 

「世界が変わった。制度も変わった。そして、選べる道も増えた」

 

 そこまで言ってから、バルバロスはゆっくりと問いを投げかける。

 

「では、お前たちは――これから何を選ぶ?」

 

 その問いを受け、ハイセはほんの少しだけ目を細めた。

 

 世界が変わったことなら、もう十分に語った。

 

 次に答えるべきなのは、自分自身のことだ。

 

 そして、その答えなら。

 

 もう、決まっていた。

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