「だからさ、お兄ちゃん。この
その言葉を最後に、僕の弟を自称する誰かは暗闇に飲まれた。
平凡で、凡庸で、そして少しだけ傷の直りが速いだけの一高校生の僕に、世界の全てを押し付けて。責任も、責務も、義理さえ無いこの世界を押し付けて。
だから言おう。言葉にしよう。無責任に、無意味に、無情な言葉を紡ごう。
「僕は
最初に言っておこう。この物語にハッピーエンドは訪れない。たった二人が不幸になり、たった一人が消える。
だからこそ語ろう。ありもしない夢の物語を。いもしない誰かの物語を。それが僕に出来る唯一の償いなのだから。
「最初はどこだっけ、修了式後の校舎前?それとも遅刻寸前の螺旋階段かな。大穴で六百年前にどこぞの国が滅びた時なんてのもありだ」
同じ声、同じ顔で知らない誰かが語りだす。物語の導入としては三流だけど言いたいことは伝わる、大方これまでの物語の振り返りをしたいのだろう。
「他人に導入をやらせておいてずいぶんな言い草じゃないか。本来なら語り部であるお兄ちゃんがやるべき事じゃないのかな」
「お前にお兄ちゃんなんて呼ばれる筋合いはない。そう呼んでいいのは火憐ちゃんと月火ちゃん、あと千石に八九寺、忍と羽川にも呼ばれてみたい!」
「後半はただの願望じゃないか・・・。羽川も大変だね、お母さんにされたり妹にされたり。そろそろ嫌われてもしらないよ?」
「その時は死ぬだけだ」
「出たよ悪い癖。それ、ガールフレンドに聞かれたらどうすんのさ」
「ガハラさんなら分かってくれる。というか僕が羽川に嫌われるときはガハラさんも道連れだ」
「羽川は前世で何をやらかしたらこんな奴らに目を付けられるんだよ、国境でも無くそうとしたのかな」
失礼な奴だ、羽川の前世なんて羽川に決まってる。完璧で、完全で、聖母に等しい委員長だ。三つ編みだったかは議論の余地があるけれど。
「ふぅん、あまりにも気持ち悪いね。そういうところが、彼女が猫に障られた原因なんじゃないかと、僕は愚考するけどね」
「そもそも何で僕が語り部なんだよ、お前がやったら良いじゃないか」
「おいおい、それでも主人公かい?語り部をやっていいのは人間だけだろう、最近は忘れられた設定かもしれないけども」
「それは自分を怪異って言ってるようなもんじゃないか、結局お前は何なんだ」
「せめて誰なんだ、って言ってほしいね。それに同じ顔、同じ声で君をお兄ちゃんと呼ぶ存在なんて一つしかないだろう?」
「・・・扇ちゃんと同じタイプの怪異か」
「違う、弟だ。全く、一話目から核心に迫るのはやめてくれ。何年主人公やってるんだい?」
直江津高校の階段を並んで上る。どうやらこいつの中で、考えで、気持ち的に、物語の始まりはこの螺旋階段に決まったらしい。アセロラ姫が国を滅ぼした時でも、地獄の春休みの始まりでもなく、僕と一人の少女が、蟹に、甲殻綱十脚目の節足動物に重さを奪われた、あの少女と出会ったここが始まりだと、そう信じているらしい。
「おや、お兄ちゃんはガハラさんとの出会いよりその二つを大事にしているんだ。主人でありロリ奴隷である吸血鬼や、命の恩人で第二の母親である三つ編み委員長との出会いの方が、恋人との出会いより大事だと、比べるべくもないと、そう思っているわけだ」
「悪意のある切り取り方をするな。僕がそんなことを思ってるわけ・・・ないだろ!」
「あら、じゃあその間は何なのかしら、阿良々木君。早く答えなさい、すぐ答えなさい、今答えなさい。でないと、ほぉら。私のホチキスが火を噴くわよ」
文房具が火を噴いてたまるか!何て言えるわけも、答えることも、反論することも、できない。なぜなら、僕の口にはホチキスが突っ込まれているから。当たり前のように、当然のように、そこが定位置かのように。だからこの先の展開も手に取るようにわかる。バチンッ!ほらね?
「ほれで?なんれ、ガハラはんがここにいるんら?」
「その嫌味ったらしい喋り方をやめなさい、阿良々木君。もう二つ穴を増やされたいの?」
「そうだよお兄ちゃん。その言い方じゃあ、まるでガハラさんがいるのが不都合みたいじゃないか、恋人の存在が鬱陶しいみたいじゃないか」
理不尽だ。謂れのない汚名を着せられ、一方的に暴力を振るわれ、悪者として責められる。一体僕が何をしたっていうんだ!
「胸に手を当てて考えてみるといい、罪の重さに耐えられず自害したくなるかもしれないけどね」
「胸に手を置く・・・、羽川の?」
「そういうところだよ。カス」
「・・・・・」
「どうしたんだい?ガハラさん、君がツッコミを諦めてしまったらお兄ちゃんの数少ない生存理由がなくなっちゃうよ」
「あなたにガハラさん。なんて呼ばれる筋合いはないわ」
「ひどいなあ、僕のどこが気に食わないっていうんだい?」
「声も、顔も、小さい身長も、身長が霞むほど小さい器も全てが気に入らないわ」
「あー、ガハラさん。一応聞くけど、それは僕のことを言ってるわけではないよな。何故かわからないけどとても心が痛いんだけれど」
「・・・・・」
「何か言ってくれ!」
「それで、誰の許可を得てそんな気持ち悪いのを連れているのかしら、阿良々木君。少なくとも私は許可を出した覚えはないわ」
どうやら僕は、誰かを連れ歩くのにガハラさんの許可が必要らしい。
「許可はもらってるさ、羽川にね。それじゃあ足りないかい?」
「ああ!羽川さん!性悪で、陰険で、無能な私なんかと友達になってくれたあの?それとも私の唯一の友達のほう?あるいは私の最愛の親友である羽川さんかしら。ああ、全部同じ羽川さんだったわ。どこにいるのかしら早く会いたいわ」
「・・・いやホントに、彼女はどれだけの業を背負ってるんだか」
「・・・待ちなさい。あなた今、私の唯一の友達である羽川さんを呼び捨てにしなかったかしら、死にたいの殺すわ」
「自己完結が速いよ、弁明くらいさせてくれ。あとさっきから、唯一のって強調してるけど神原はどうしたのさ。ガハラさんの後輩で、直江津高校バスケ部エースにして、お兄ちゃんのエロ奴隷の彼女は」
誤解がないように言っておこう、僕にはロリ奴隷もエロ奴隷もいない。決していない。
「神原・・・?・・・・・・・・・・・・・・ああいたわね、そんなの」
階段を上る。一歩一歩、一段一段、一つずつ。終わりのない階段を上り続ける。
「いやいや、終わりはあるとも。ただし、終わりとお終いは、同意義ではないけれど」
「謎めくな。お前は扇ちゃんじゃない」
気づけばガハラさんはいなくなっていた。まるで最初から居なかったかのように、まるで夢だったかのように。
「それで?僕はいつになったら帰れるんだ」
「ふぅん。まるで家に帰りたいかのような発言だね」
「お前とこんなところにいるくらいなら家の方がましだ」
「それなら何で彼女が見えるんだろうか」
気づけば景色が変わっていた、直江津高校から
なら当然いるのだろう、迷子の少女が。また会えるのだろう、人を迷わす優しい少女に。触れられるのだ、だってそこにいるんだから、迷子の迷い牛が。
「八九寺ぃぃぃい!!!」
「いやあぁぁぁぁぁあああ!!!!!?!!?!」
「途中まではかっこいい風だったんだけどね、どうにもお兄ちゃんは幼子を見ると本能的に抱き着いてしまうみたいだ」
「おや、お兄ちゃんとは。ついに阿良々木ハーレムにも待望の男性キャラが実装ですか。いやあ、神原さんが喜びそうですねー。薄い本が厚くなりますよ」
「やめてくれ。僕にそっちの趣味はない。あと阿良々木ハーレムも存在しない」
「往生際が悪いですねー、あららららららららららrrrrrrrrr」
「違う、僕の名八九寺がバグった!!?!?!」
「ああ、ごめんごめん。僕の阿良々木ハーレム加入がショックすぎて」
「うーん、何やら私の一番の見せ場が無為に消費されたような気がするのですが・・・」
「気のせいだよ。物語で一番の見せ場を無為に消費何てするわけないじゃないか。」
消費してただろう。無駄に、無為に、意味もなく。
「細かいことは気にしなくて良いじゃないか。この
「む、意味深な発言大会ですか、それなら負けませんよ!語り部と読み手が存在する限り物語に終わりはないのさ。そう、存在する限りはね」
「ポイだけのことを言うな。そんな大会は開かれてない」
「何ですかー、阿良々木さん。やる前から敗北宣言ですか、情けないですねぇ、みっともないですねぇ、阿良々木さんともあろうお方が敵前逃亡とは、がっかりです」
「そこまで言うならしょうがない!僕の「あはははははは!面白いです!お腹が捩れます!」一番やる気がなくなる進行だ!?」
八九寺はそんなことはしない。
「お兄ちゃんは案外細かいことを気にするよね」
「それが阿良々木さんの良いところでもあるんですけどね」
「身長だけじゃなくて器まで小さいってもっぱらの噂だよ」
「可愛らしくて良いじゃないですか、それだけ友人に恵まれているということです」
「八九寺はお兄ちゃんが嫌いなんじゃないの?」
「?嫌いですよ?女の敵ですし」
「・・・君も中々業が深いね」
「まあ、数々の男性を虜にしてきてますからね、美しさは罪。というやつです」
「お兄ちゃんの周囲には我が強いのしかいないの?」
「じゃなきゃ物語何て成立しない」
当然のように景色が変わる。当たり前のように八九寺はいない。結局彼女はただの一度も名前を噛む事無く出番を終えたらしい。
「さあ次は何処にしようか、火曜日の廊下か、金曜日の帰り道か、はたまた学習塾跡でもいい。どんな場所でも彼女は、猿に願った少女は、軽快な足音と共に登場してくれる筈さ」
弟を名乗り、自称し、騙る何かは、それでもまだ、満足しないらしい。遠くから聞こえる『たッ、たッ、たッ、』という軽快な足音に耳を傾向けながら何かに問う。
「この
「さあ?お兄ちゃん次第かもしれないし僕次第かもしれない。もしかしたら未来永劫続くのかも」
そして、少なくとも、確実に、絶対に、まだ終わらない。とそんな言葉が聞こえた気がした。