ハッピーエンドと書いていないということはそういうこと

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主人公がパーティから追放されて「戻ってこいって言われてももう遅い」をしてざまぁってする話

 安宿の狭い一室には、斜陽の橙色が痛々しいほど差し込んでいた。

 

 テーブルの向こうに立つリーダー——カイゼルは、伏せられた瞳を頑なにこちらへ向けようとしない。背の低い木製テーブルを隔てたわずかな距離が、まるで底のない断崖のように感じられた。

 

 すでに旅の荷物をすべて鞄に詰め終えている僕——カゲツの姿を、彼は一度だけ薄目で見つめ、絞り出すような低音で告げた。

 

「お前をパーティから追放する」

 

 その言葉は、部屋に漂う埃すら凍りつかせるほど冷たく響いた。けれど僕は落胆も驚きもなく、小さく息を吐き出して受け止める。

 

「……わかった」

 

 あまりにも静かな返答に、カイゼルの肩がぴくりと跳ねた。彼は耐えかねたように顔を上げ、すがりつくような、それでいて己の卑怯さを責めるような目で僕を射抜く。

 

「本当にそれでいいのか?」

「みんなに話したでしょ? 僕が魔族の血を引いている、魔族と人間のハーフだって」

「ああ。魔族は人間と敵対している種族……本来ならばハーフなんてあり得ないことだが、例外があったのだろう」

 

 僕は視線を落として己の手をそっと見つめた。爪が黒く染まっている……あの時から抑えられない、かろうじて押し留めている異形の血が如実に現れていた。

 

「普段は人間とおんなじなんだけどね。本気を出すとどうにも魔族の部分が出ちゃうんだ。魔族の力を使わないのは意外と窮屈だから、誰の目にも入らないソロでのダンジョン攻略は楽しくって……そんな中、ランクが上がって君たちからパーティに誘われた」

「そうだ。話も合うし、連携もすぐうまく行った。楽しかった……楽しかったんだ……」

 

 カイゼルの声がかすかに上擦る。彼は固く握りしめた拳を拳骨ごと叩きつけるようにテーブルに押し当て、歯を食いしばっていた。

 

「そしてこの前、いつものダンジョンに向かって……イレギュラーな敵が現れたんだよね」

「明らかに格上だった。誰か1人が逃げることも敵わずに全滅する……そう思っていた。そんな時、お前は……!」

「僕は隠していた魔族の力を使って、なんとかそいつを倒した。みんな怪我はあったけど、後遺症が残るほどの重症はなかった。そして……僕は今まで隠していた、魔族の血を引いていることをみんなに伝えた」

 

 嘘をついて仲間で居続けることの恐ろしさに、耐えきれなくなったからだ。命を預け合った彼らにだけは、誠実でありたかった。

 

 カイゼルは顔を歪め、己の無力さを打ち砕くように苦しく喘いだ。

 

「……本当なら、こんなこと言いたくない。エリナだって『カゲツが魔族だろうと関係ない、今まで通り一緒にご飯を食べよう』って泣きながら俺に噛みついたんだ。ルークだって『カゲツさんは僕らの命の恩人です、追放なんて間違してます』って、あんなに気気弱な奴が最後まで俺に食ってかかってきた」

 

 脳裏に怒りで瞳を濡らしていた少女の顔や、必死に自分の袖を引っ張っていた少年の姿が浮かぶ。

 

 胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛む。誰も僕を嫌っていない。誰の心にも悪意なんてない。それが、どれほど残酷か。

 

「カゲツ……俺たちはみんな、お前を仲間として受け入れたい……だが、魔族をパーティに迎えたままでは今後俺たちのパーティが、家族が、どうなるかわからないんだ……政治的にも、法律的にも、世間的にも」

「わかってる。強くなったとしても僕らはただの冒険者だ。勝てないものもあるし、逃げられないものもある」

 

 そう。世間の偏見や法律という巨大な仕組みの前では、僕らが積み重ねてきた絆などあまりにも脆い。僕をかばえば、彼らが築いてきた居場所も、街に残した家族の暮らしもすべて破滅する。

 

「このことは絶対に公言しないと誓う。契約魔法は痕がつくため使わないが、絶対に言わないと誓う! これは全員の、パーティの総意だ! ……だから改めて言わせてくれ。お前を、パーティから追放する」

 

 カイゼルの決意を秘めた言葉に僕は頷くしかできなかった。

 

「うん。元気でね……楽しかったよ、毎日ずっと」

「俺たちもだ」

 

 二人の間に、冷たくも温かい時間が重く沈んでいく。僕は泣きそうになるのを押し殺し、作り物の笑顔を浮かべて見せた。

 

「それなら良かった……ねえ、カイゼル」

「なんだよ」

「……泣かないでよ。僕がパーティに入って、いなくなる……ただそれだけなんだから」

 

 その一言が、カイゼルの耐えていた境界線を決壊させた。

 

「そんな……それだけなわけあるか! 何度お前と冒険を共にした! 何度お前と飯を共にした! 何度お前と……お前と…………行かないでくれ! 戻ってきてくれ!!」

 

 カイゼルがテーブルを蹴倒す勢いで身を乗り出し、僕の肩を激しく掴んだ。

 

 大粒の涙が彼の頬を伝い、僕の服の胸元にぽたぽたと染み込んでいく。肩に伝わるその手の震えとぬくもりが、痛いほど僕の心を揺さぶる。

 

 嬉しいと思ってしまった。これほどまでに自分を求めてくれる人がいたことが。

 

 だからこそ――僕はこの手を離さなければならない。

 

 僕は彼の腕にそっと手を添え、人間離れした膂力で、静かに、けれど二度と戻らない意思を込めてその腕を解いた。

 

「……もう遅いんだよ」

 

 背を向け、宿屋を出た。街はすっかり夜の闇に包まれている。

 

 明日からどう生きていけばいいのか、どこへ向かえばいいのか、何一つ決まっていない。恨むこともできず、自分を責めることもできず、胸の奥に渦巻く黒く重い「やりきれなさ」が体を内側から焼き焦がしていくようだった。

 

 気づけば足は、人間たちの領域を外れたダンジョンの入り口へと向かっていた。

 

 地下の暗闇へ足を踏み入れ、僕は人間としての仮面を剥ぎ取った。

 

 全身が硬質化した青い肌に変化して、過剰な魔力が周囲の空気を強く震わせる。

 

「————ッ!!」

 

 声にならない咆哮とともに、襲いかかってくる魔物の群れへ飛び込んだ。

 

 爪で肉を裂き、魔力の濁流で壁ごと敵を吹き飛ばす。

 

 内に溜まったモヤモヤを吐き出すように、がむしゃらに暴れ回る。返り血が顔を濡らし、怪物の叫び声が洞窟に響き渡った。

 

 ——けれど、どれだけ壊しても胸の空洞は埋まらない。

 

 荒い息を吐きながら立ち尽くす僕の頭裏に、眩しいほどの思い出が浮かんできた。

 

『ほらカゲツ、もっと食え! 飯を食わなきゃ力が出ねえぞ!』

 

 笑いながら自分の皿に大盛りの肉を放り込んできたカイゼル。

 

『まったく、カイは豪快すぎるのよ。ほらカゲツ、口拭きなさい』

 

 呆れながらも温かいタオルを差し出してくれたエリナ。

 

『カゲツさんがパーティに来てくれて、僕、本当に心強いんです』

 

 はにかみながらそう言ってくれたルーク。

 

 誰の目にも触れない地下で一人寂しく戦っていた自分に、あたたかな居場所をくれた大切な人たち。

 

 

『——なあ、カゲツ。明日はどこに行く? 俺たちならどこへだっていけるぞ!』

 

 荒い呼吸を整え、血を滴らせながら、僕は静かに目を閉じる。

 

「……できないよ」

 

 あたたかな記憶は夜の闇に溶けて消え、残されたのは冷たい洞窟の静寂だけだった。

 

「ざまぁみろだ、人間の真似をした……罰だ」

 

 ポツリと溢れた答えは誰の耳にも届かない。

 

 僕は再び爪を握り締め、さらなる深淵の闇を目指して、一人歩き出した。




続きは思いつかないので終わりです

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