無職転生 異世界行ったら妄想を本気で再現する! 作:ぐちロイド
魔力切れによる気絶から目覚めた次の日から、俺の「日課」は劇的な進化を遂げた。
(増える……! 間違いなく、俺の魔力総量が増えていっている……!)
あの日、限界まで魔力を使い切って倒れて以降、体内を巡る魔力の「器」そのものが確実に広がっている手応えがあった。前世の記憶とオタク知識がある俺は、即座により効率的な限界突破のトレーニング方法を思い出す。
要するに、筋肉痛と超回復の原理と同じだ。魔力という筋肉を極限まで疲弊させ、回復させるプロセスを極限まで回せばいい。
赤ん坊の朝は早い。
まず、朝一番に目覚めると同時に、ベッドの中で誰にも気づかれないよう限界まで魔術を行使する。手元で小さな水の玉や火の玉を練り上げ、風を細かく循環させて魔力を意図的に枯渇させるのだ。
すると、即座に強烈な魔力切れの浮遊感と強烈な眠気が襲ってくる。そのまま倒れるように二度寝。
そして昼過ぎ、目が覚めたら再び魔力を練り上げ、極限まで使い切って二度目の魔力切れ睡眠。
夜、家族が寝静まる時間には、もはや「眠気」で寝るのではない。意図的な「魔力切れ」によって意識を沈めるのだ。
一日に三度、自らの魔力容量を「ゼロ」まで絞り出す限界突破トレーニング。
効果はてきめんだった。日を追うごとに、体内の魔力の器がドバドバと広がっていく感覚がある。
(よし……このハイハイ期のうちは、この『一日三回魔力切れ覚醒サイクル』を日課にしよう。自力で部屋の外に出て身体を本格的に動かせるようになったら、昼間の気絶は生活に支障が出るからやめるとして、今はひたすら効率重視だ!)
◇
それから、瞬く間に三年という年月が流れた。
俺と双子の兄であるルーデウスは、無事に二足歩行を極め、すくすくと成長して3歳になった。
隣を歩くルーデウスはというと、いつからか四六時中、本を片時も離さず持ち歩くようになっていた。相変わらずどこか遠くを見るような落ち着き払った顔をして、分厚い本を抱えて家の中を歩き回っている。あいつもおそらく、俺と同じように日々魔術の勉強に励んでいるのだろう。
一方の俺——アレン・グレイラットは、日々の日課(朝晩の魔力限界使用)を愚直に続けながら、前世からの悲願であるあの術式の再現に向けて試行錯誤を繰り返していた。
我が真なる術式『星焔の創世宮(せいえんのそうせいきゅう)』。
その第一段階として、土魔術によって物質の形を変え、武器の形状へと錬成する『星屑の錬成(スターダスト・フォージ)』の基礎実験を行っている。
(……くそっ、やっぱりまだ甘いな)
庭の隅、木陰に座り込んだ俺は、掌の上にある拳大の石ころを見つめて歯噛みした。
魔力を流し込み、土魔術の応用で形を変形させ、ナイフや短い剣の形を作ろうとするのだが、どうにも輪郭が鈍い。刃先が丸くなってしまったり、強度が足りずにボロリと崩れてしまう。
(魔力の操作自体には慣れてきたが、いかんせん武器の内部構造や密度のイメージがまだ不完全だ。余計な魔力を無駄に消費してしまっている。前世でアクションの練習をして各種武器の扱いや手触りは知っているが、自分で『一から作る』となると、構造の理解が足りねぇ……。もっと精密に、無駄なく魔力を伝達させる改善が必要だ)
なお、この日々の魔術実験や魔力トレーニングのことは、両親(パウロとゼニス)や兄(ルーデウス)には一切話していない。完全に隠し通している。
理由はシンプルだ。まだ話す必要性を感じていないからだ。
わざわざ「俺、前世の妄想術式を魔力で再現しようとしてるんだよね」なんて言えるはずもないし、中途半端な錬成技術を見せて親に無駄な心配や変な期待をかけられるのも面倒くさい。見せるなら、完璧に形になってからで十分だ。
そんなことを考えながら、庭から屋敷の中へと足を向けていた、まさにその時だった。
——ドカァアン!!!
頭上——2階の部屋から、地響きのような物凄い破砕音が響き渡った。
家全体がグラリと揺れ、屋根からホコリがパラパラと落ちてくる。
「な、なんだぁ!?」
庭で素振りをしていたパウロが目を見開き、凄まじい反応速度で屋敷へと飛び込んでいった。ルーデウスの部屋の方角だと瞬時に察したのだろう。
「ルディ!? アレン!?」
厨房からゼニスが青ざめた顔で飛び出してきた。俺はゼニスの手を取り、「俺はここだよ、母さん! 2階だ!」と促しながら、後を追うように階段を駆け上がった。
2階のルーデウスの部屋の前に辿り着くと、そこは悲惨な光景が広がっていた。
扉は吹き飛び、部屋の外壁にはぽっかりと人が通れるほどの巨大な穴が開いている。木材の破片が飛び散り、床一面がまるで激しい夕立にでも遭ったかのようにビショビショに濡れ果てていた。
先に飛び込んだパウロが、水浸しの床の中で呆然と立ち尽くすルーデウスの肩を掴み、必死に無事を確認している。
「ルディ! お前、大丈夫か!? 怪我はないか!?」
遅れて部屋に到着したゼニスと俺。
壁に寄りかかり、腕を組みながらその惨状を見渡す俺の横で、ゼニスは驚くほど冷静だった。
ゼニスは荒れ果てた室内、大きく穿たれた壁の穴、そして足元を濡らす大量の水たまりを順番にじっと見つめていく。
「あら……?」
ゼニスの目ざとい視線が、水に濡れた床の上、パタリと開いたまま転がっていた『魔術教本』のページに止まった。
ゼニスはルーデウスと、その魔術教本を交互に見比べると、ゆっくりとルーデウスの目の前でしゃがみ込んだ。
そして、恐ろしいまでに優しげな、だが一切の光を宿していない笑顔を浮かべ、ルーデウスと目線を合わせる。
(うわ……怖っ。ゼニス母さん、目の奥がまったく笑ってねぇ……)
壁際で見ている俺すら寒気を覚えるほどの、圧倒的な圧迫感。
目の前にいるルーデウスはというと、今にも泳ぎだしそうな視線を必死にゼニスへと向け、固まっていた。
ゼニスは柔らかな、しかし逃げ場を許さないトーンで問いかける。
「ルディ、もしかして、この本に書いてあるのを声に出して読んじゃった?」
「ごめんなさい……」
ルーデウスは助かる術がないと悟ったのか、コクリと小さく頷き、消え入りそうな声で謝罪した。
それを見たパウロが、頭を抱えながら混乱の声を上げる。
「い、いや……だっておまえ、これは中級の……!? 3歳の赤ん坊が中級魔術を無詠唱……いや、詠唱して放ったってのか!?」
パウロが脳の処理能力を超えてパニックに陥る横で、次の瞬間、ゼニスの表情が一変した。冷酷なまでの圧迫感が吹き飛び、爆発的な喜びへと反転する。
「きゃーっ! あなた聞いた!? やっぱりウチの子は天才だったんだわ! 3歳で中級魔術を使えるなんて、歴史に名を残すレベルよ!!」
「ええっ!? いや、しかしだなゼニス、壁が……家の壁が吹き飛んでるんだぞ!?」
「そんなのどうでもいいわよ! ルディ! すごいわルディ!」
ゼニスは大はしゃぎでルーデウスを抱きしめ、パウロは頭を掻きむしりながら壁の穴と息子を交互に見つめて混乱している。
(ハハ……やっぱり兄貴も相当なバケモノだな。中級魔術であの規模の破壊力か。完全に無詠唱で魔力をぶっ放したな)
俺は壁に持たれかかったまま、腕を組んでそのドタバタ劇を冷ややかに、しかし感心しながら眺めていた。
前世で妄想した術式を泥臭く練習している俺とは違い、ルーデウスは純粋な魔力出力と理論でゴリ押しするタイプの天才らしい。いい刺激になる。
興奮冷めやらぬゼニスは、混乱するパウロの胸ぐらを掴まんばかりの勢いに迫った。
「あなた! 今すぐ家庭教師を雇いましょう! この子は将来、絶対凄い魔術師になるわ! こんな田舎で才能を腐らせちゃダメよ!」
その言葉に反応して、階下から上がってきたメイドのリーリャが、無言で淡々と動き始めた。散らばった壊れた家の木材の破片を拾い集め、濡れ鼠になった床を雑巾で手際よく拭き掃除していく。流石はプロのメイド、この大騒動の中でも一切動じない。
すると、ルーデウスを褒めちぎり、家庭教師の話で盛り上がっていたゼニスが、ふと壁際で腕を組んでいた俺の方を振り返った。
ウキウキとした、実に嬉しそうな顔で俺に聞いてくる。
「アレンもやる? お兄ちゃんと一緒に、魔法のお勉強してみる?」
ゼニスとしては、双子の弟である俺にも「もしかしたら」という期待と、仲間外れにしないための親心だったのだろう。
俺は組んでいた腕を解き、即座に答えた。
「うん、やる」
断る理由がなかった。
独学で『星焔の創世宮』の基礎を錬成するのにも限界を感じていたところだ。プロの魔術師から体系的な魔術理論や効率的な魔力運用を学べるなら、願ったり叶ったりである。
「まあ! アレンもやる気なのね! 素晴らしいわ!」
ゼニスはさらにテンションを上げ、パウロに向き直った。
「決まりね! ロアの町で魔術の家庭教師を募集しましょ!」
だが、ここで黙っていなかったのが父親であるパウロだった。
パウロは腕を組み、眉間に深いシワを寄せて明確に反対の意を示した。
「待て待て待て! ゼニス、反対だ! 男の子なら剣士にする約束だろ!? グレイラットの男がひょろひょろの魔術師になってどうするんだ! 体を動かして、剣を振るってこそ男だろうが!」
「何を言ってるのよ! ルディにはこれだけの魔術の才能があるのよ!? 剣なんて振らせて怪我でもしたらどうするの!」
「怪我して強くなるんだろうが! 俺は絶対に剣を教えるぞ! ルディも、アレンもだ!」
男親としての意地か、剣士としての誇りか、パウロも譲らない。
凄まじい勢いで始まった夫婦喧嘩。お互いに譲らず、怒号が部屋中に響き渡る。
それを見ていた俺は、心の中で鼻で笑った。
(親父、そんなに青筋立てるなよ。剣術だって? ふん、まあその内やるから待っとけ親父。前世で俺がどれだけ武器の素振りと体術の練習をしたと思ってるんだ。お前の上級剣術、速攻で盗んで俺の『星屑の錬成』と組み合わせてやるよ)
俺にとって、魔術も剣術も両方必要不可欠なパーツなのだ。
前世のアクション知識+剣術+炎と土の武装錬成魔術。それらが組み合わさって初めて、俺の目指すスタイリッシュで最強の近接オールラウンダーが完成する。だから両親のどちらの意見も、俺にとっては願ったり叶ったりだった。
ゼニスとパウロの口論は激化し、ついに取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな勢いになった。ルーデウスはオロオロと二人の顔を見比べ、俺は冷ややかに静観している。
そして、その横では相変わらずリーリャが平然とした顔で、濡れた木くずをバケツに放り込んで掃除を続けていた。
やがて、部屋の掃除を綺麗に終えたリーリャが、すっと立ち上がった。
エプロンで手を拭き、荒れ狂う夫婦の間に淡々とした声で割り込む。
「旦那様、奥様。落ち着いてください」
「リーリャ! あんたも言ってやってよ!」「リーリャ、お前は俺の味方だよな!?」
詰め寄る二人に対し、リーリャは全く眉をひそめることなく、至極あっさりと解決案を口にした。
「午前が魔術、午後は剣術ではどうですか?」
「「……あ」」
ピタリと、二人の口論が止まった。
ゼニスとパウロは顔を見合わせ、ハッと息を呑む。
午前中に魔術を学び、午後に剣術を学ぶ。双方の主張を完璧に折半した、あまりにも合理的で文句のつけようがない折衷案。
「……ふん、まあ、午前中に勉強するってんなら、午後はしっかり剣の稽古をしても文句はないな?」
「ええ、午後にちゃんと体を動かすなら、午前中に家庭教師を呼んでも文句はないわね!」
先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように、二人はあっさりと納得して頷き合った。流石はリーリャ、この家で一番冷静で優秀なのは間違いなく彼女だ。
こうして、我がグレイラット家の方針は決定した。
しかも、子供が二人——それも双子で同時に学ぶとなれば、手厚い指導が必要になるというゼニスの強い希望により、我が家には『2人』の魔術の家庭教師(アレン用とルーデウス用)を募集して招くことになったのだった。
(家庭教師、か……)
俺は自分の小さな拳を握り締め、心の中で不敵に笑った。
(どんな奴が来るかは知らんが、利用できるものは全部利用させてもらうぞ。プロの技術を根こそぎ吸収して、俺の『星焔の創世宮』を完璧な完成形へと引き上げてやる……!)
壊れた壁から吹き込んできた爽やかな風が、俺の金髪をふわりと揺らしていった。
次回ロキシーとオリキャラ登場