キーリル王国の首都から少し離れた山中に、とある洞窟があった。
名もない洞窟――
伝説の魔物が封じられているわけでもなければ、地下深くに莫大な財宝が眠っているという噂があるわけでもない。
街の人間に尋ねたところで「ああ、そんなのあったな」と返ってくればいいほうだろう。
だが、クレティスにとっては違う。
「ここかぁ……」
洞窟の入口を前に、小柄な冒険者が腰へ手を当てた。
短く切り揃えられた緑色の髪。
細身の身体に、旅装束というその姿だけなら、まだ少年と見間違えられてもおかしくない。
けれどクレティスは、れっきとした女性である。
額には使い込まれたゴーグル。
手には一本の槍。
どちらも、かつて冒険者だった叔父が残したものだった。
緑色のショートボブが風に揺れる。
小柄な身体と少年めいた顔立ちのせいで、初対面の相手から男の子と間違われることもあるが、これでも女性なのである。
無理やり結婚させられそうになったところをクレティスは家を飛び出した。
憧れていた叔父と同じ冒険者になる。
そう決めて、叔父の遺品だった槍とゴーグルを持ち出した。
あれからずいぶん経って。
今ではすっかり、冒険者として各地を渡り歩く生活が当たり前になっている。
「さて……と」
今回の依頼は探し物。
かつて勇者ヤマトタケルが持っていたという剣。
それが、この洞窟にあるかもしれない……らしい。
伝説の勇者が使った刀を探しだすために、まだ見ぬ洞窟を探索する。
「うん、冒険って感じがするね!」
クレティスは上機嫌に槍を担いだ。
こういう仕事を待っていた。
洞窟の入口へ一歩。
そこで――鼻の奥がむずむずした。
「ん……」
足が止まり鼻を擦る。
「へ……へっ……」
嫌な予感がした。
だが、くしゃみというものは、出るときには出る。
「へっくしょん!」
山の中に、盛大なくしゃみが響き渡った。
ぱらっ。
「……ん?」
頭のすぐ横に小石が落ちてきた。
クレティスはそれを見下ろした。
次に洞窟を見る。
ぱらぱらぱら。
「…………」
落ちてくる石が増えた。
洞窟の奥から、何やら低い音まで聞こえてくる。
「えっ」
みしっ。
「えっ、ちょっと」
ごごごごごごごご――
「待って!待って!待って!」
返事の代わりに轟音が返ってきた。
「うわあああああっ!」
クレティスは慌てて後ろへ飛び退く。
次の瞬間…岩が落ち土砂が流れ、猛烈な砂埃が周囲へ舞い上がった。
しばらくして。
「…………」
クレティスは頭を抱えた格好のまま、そっと顔を上げた。
洞窟を見る。
いや。
正確には洞窟があった場所を見る。
入口は完全に塞がっていた。
「…………」
近づいてみる。
岩を押してみる。
びくともしない。
「……ボク、まだ一歩も入ってないんだけど」
返事はない。
当然だ。
クレティスはしばらく岩の山を見上げていた。
「これ……どうしよう」
こうしてクレティスの冒険は、探索を始める前に終わったのだった。