その頃、ループは山道を勢いよく駆けていた。
「誰かー! 誰かいないですかー!」
フォルテには待っていろと言われたが、待ってなどいられなかった。
洞窟はあれだけ激しく崩れたのだ。
自分はフォルテが助けてくれたとはいえ、クレティスたちはまだ中にいる。
助ける人間は一人でも多いほうがいいのだ。
「クレちゃん、待ってるですよ……!」
息を切らして走っていると、山道の先に人影が見えた。
それも一人ではない。
揃いの装備…それはグランバードの騎士団だ!
「騎士団ちゃんたち!」
ループの顔がぱっと明るくなった。
向こうも彼女に気づき、足を止める。
ループは転びそうになりながら駆け寄った。
「大変なのですよ! 洞窟が崩落したのです! 中にまだ人がいるから助けて欲しいです!」
先頭の騎士がループを見る。
「あなたは……」
兵士の一人が別の兵士に耳打ちする。
「はいです! ループちゃんですよ! それより洞窟が――」
「そうか」
騎士が一歩、前へ出た。
「私たちもちょうど、あなたに用事があったんです」
「へ?」
ループが目を瞬いた。
「用事ですか?」
「えぇ」
「でも今はクレちゃんたちが――」
言い終える前に衝撃が走る。
「――っ」
ループの身体から力が抜け倒れそうになった彼女を、別の騎士が咄嗟に受け止めた。
「確保しました」
「よし」
命じた騎士の声は、喜びも悪意もなかった。
ただ命令を一つ遂行した。
そんな声だった。
「この者を連れて行け」
「はっ」
「数名、護送につけ。 残りは洞窟へ向かう」
「救助ですか?」
「いや、我々は別の命令を受けている」
「了解しました」
誰も疑問を口にしない。
命令されたから遂行する。
ただそれだけだった。
数人の騎士が、気を失ったループを連れて山道を下っていく。
残った者たちは洞窟へ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……風があるな」
ティルが足を止めた。
洞窟の奥。
先ほどまで淀んでいた空気が、わずかに動いている。
「出口が近いのでしょうか」
「たぶんな」
ティルは必要がなくなったと判断してライトを消した。
前方から、自然の光が差し込んでいる。
「ようやく出口か」
「ロックたちが無事ならいいのですが」
「クレティスもな」
二人は岩の隙間を抜け、そして洞窟の外へ出た。
「…………」
外には騎士たちがいる。
何人もの騎士が、洞窟の周囲に展開して――
「ずいぶん用意がいいんだな」
ティルが呟いた。
騎士の一人が前へ出る。
「アマランス殿」
「はい?」
男は淡々と喋る。
「上からの命令により、あなたを拘束します」
アマランスの目がわずかに見開かれる。
「……理由を聞いても?」
「王宮に対する反逆、およびクーデターへの関与の疑いです」
「私が、クーデターを起こしてると?」
「我々が受けている命令は以上です。 詳細については王都で取り調べが行われます」
アマランスは黙った。
洞窟の中で交わした会話が蘇る。
自分たちへ下された命令。
その出所にいる、大臣に近い派閥。
そして今度は、自分がクーデターの関係者として拘束される。
「…………」
アマランスの顔から、困惑が消えていった。
代わりに浮かんだのは、苦い理解だった。
「――そういうことですか」
「アマランス?」
「……いえ」
アマランスはティルへ小さく首を振り、騎士たちに向き直る。
「わかりました。 私はついていきます」
抵抗する様子はない。
騎士が頷いた。
「ご協力、感謝します」
「ですが」
アマランスはティルを示した。
「彼は許してもらえませんか」
「…………」
「彼は私と行動を共にしていたわけではありません。 洞窟内で崩落に遭い、偶然一緒になっただけです」
騎士は少し考えるが、やがて首を横に振った。
「申し訳ありません」
「なぜです?」
「その男についても拘束します」
アマランスの表情が変わる。
「彼も?」
「はい」
「ですが――」
「我々には判断できません」
別の騎士はそう答えた。
「我々の任務は、命令に記された者を拘束し、王都へ連行することです」
「…………」
アマランスはそれ以上、言えなかった。
彼らは聞く耳を持たないのではない。
そもそも、ここで善悪を判断する立場ではないのだ。
命令を受け、それを遂行している。
ならば、この場でいくら説明したところで覆らない。
ティルは騎士たちを眺めていた。
少なくとも、目の前の連中が事情をすべて承知しているようには見えない。
だが――命令は確実に届いている。
アマランスをクーデターの犯人として拘束する命令が。
「なるほどな」
ティルが小さく呟いた。
「ティル?」
「いや、何でもない」
騎士がティルへ向き直る。
「あなたにも同行していただく」
「ああ」
「抵抗しないでいただけると助かる」
「しないしない」
ティルは妙にあっさり答えた。
アマランスが怪訝な顔をする。
「……いいのですか?」
「何が?」
「何が、ではありません」
ティルは周囲を見た。
人数は多い。
ここで暴れて逃げることは、不可能ではないかもしれない。
だが逃げれば、それこそ向こうの思う壺だ。
反逆者が騎士に抵抗した。
これほど都合のいい話はないのだから。
それに、ここまで露骨に動いてくれたのだ。
中へ入ったほうが見えるものもある。
ティルは大きく息を吸った。
「じゃあ、ちょっくら捕まりますわー!」
声が山に響いた。
「…………」
「…………」
いきなりの事に騎士たちやアマランスが固まった。
「……あなたは」
「ん?」
「もう少し真面目に捕まれないのですか」
「真面目に捕まるって何だよ」
「少なくとも今のような捕まり方ではありません」
「抵抗してないんだから優良囚人だろ」
「まだ囚人ではありません!」
「細かいな」
「細かくありません!」
騎士の一人が困ったように咳払いした。
「……では、拘束させていただきます」
「どうぞどうぞ」
ティルが両手を差し出しアマランスは深く息を吐いた。
そして、その一部始終を見ている者たちがいた。
洞窟の出口から少し離れた岩陰。
「ティル……!」
クレティスとロックだ。
別の経路から外へ出た二人は、騎士たちの姿に気づいて身を隠していた。
そして今、二人が拘束されようとしている。
「何やってるんだよ……!」
クレティスが槍を握り一歩、踏み出したときだった。
「待て」
その腕をロックが掴む。
「離して」
「ダメだ」
「アマランスも捕まってるんだろ!?」
「見りゃわかる!」
「だったら――!」
クレティスが腕を振る。
だがロックは離そうとしない。
「今はまだ待つんだ」
「なんで!」
「今出てどうすんだよ!」
押し殺した声だった。
クレティスはロックを見る。
「騎士の数を見ろ。あの二人はもう囲まれてる。 ここで俺たちまで飛び出したらどうなる?」
「でも!」
「四人まとめて捕まって終わりだ!」
「やってみなきゃ――」
「わかるだろ!」
ロックの声が、一瞬だけ強くなるがすぐに声を落とした。
「……クレ」
「…………」
「あいつら、今すぐ殺されるわけじゃねえ。 連れていかれるだけだ」
ロックの視線はアマランスから離れない。
「なら、まだ助けられる」
「ロック……」
「だから今は待て」
冷静な言葉だった。
けれど――
クレティスは気づいた。
ロックが自分を掴んでいる手。
震えている。
強く握りすぎて、爪が掌に食い込んでいた。
その隙間から赤い血が滲んでいる。
「…………」
クレティスはそれを見て何も言えなくなった。
ロックだって飛び出したい。
今すぐ駆けていって、アマランスを連れ戻したい。
それを我慢しているのだ。
たとえ自分の手を傷つけてでも。
「……わかった」
クレティスが槍を下げた。
ロックはそれからしばらく動かなかった。
やがてクレティスの腕から手を離す。
握り込んでいた掌が開いた。
一滴の血が落ちる。
その向こうで、騎士たちが移動を始めた。
ティルとアマランスも連れていかれる。
クレティスは黙って見送った。
悔しい! 今すぐ追いかけたい。
それでもここで飛び出さないこともまた、戦うことなのだ。
「……ロック」
「あ?」
「助けるよ」
ロックがクレティスを見る。
「二人とも」
「…………」
しばらくして。
「当たり前だ」
ロックはそう答えた。
二人は、騎士たちの姿が見えなくなるまで岩陰から動かなかった。