プレアデスストーリー   作:八束祐

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1部クレティス編 15

 その頃、ループは山道を勢いよく駆けていた。

 

「誰かー! 誰かいないですかー!」

 

 フォルテには待っていろと言われたが、待ってなどいられなかった。

 洞窟はあれだけ激しく崩れたのだ。

 

 自分はフォルテが助けてくれたとはいえ、クレティスたちはまだ中にいる。

 助ける人間は一人でも多いほうがいいのだ。

 

「クレちゃん、待ってるですよ……!」

 

 息を切らして走っていると、山道の先に人影が見えた。

 それも一人ではない。

 

 揃いの装備…それはグランバードの騎士団だ!

 

「騎士団ちゃんたち!」

 

 ループの顔がぱっと明るくなった。

 向こうも彼女に気づき、足を止める。

 

 ループは転びそうになりながら駆け寄った。

 

「大変なのですよ! 洞窟が崩落したのです! 中にまだ人がいるから助けて欲しいです!」

 

 先頭の騎士がループを見る。

 

「あなたは……」

 

 兵士の一人が別の兵士に耳打ちする。

 

「はいです! ループちゃんですよ! それより洞窟が――」

 

「そうか」

 

 騎士が一歩、前へ出た。

 

「私たちもちょうど、あなたに用事があったんです」

 

「へ?」

 

 ループが目を瞬いた。

 

「用事ですか?」

 

「えぇ」

 

「でも今はクレちゃんたちが――」

 

 言い終える前に衝撃が走る。

 

「――っ」

 

 ループの身体から力が抜け倒れそうになった彼女を、別の騎士が咄嗟に受け止めた。

 

「確保しました」

 

「よし」

 

 命じた騎士の声は、喜びも悪意もなかった。

 ただ命令を一つ遂行した。

 

 そんな声だった。

 

「この者を連れて行け」

 

「はっ」

 

「数名、護送につけ。 残りは洞窟へ向かう」

 

「救助ですか?」

 

「いや、我々は別の命令を受けている」

 

「了解しました」

 

 誰も疑問を口にしない。

 

 命令されたから遂行する。

 ただそれだけだった。

 

 数人の騎士が、気を失ったループを連れて山道を下っていく。

 残った者たちは洞窟へ向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……風があるな」

 

 ティルが足を止めた。

 

 洞窟の奥。

 先ほどまで淀んでいた空気が、わずかに動いている。

 

「出口が近いのでしょうか」

 

「たぶんな」

 

 ティルは必要がなくなったと判断してライトを消した。

 前方から、自然の光が差し込んでいる。

 

「ようやく出口か」

 

「ロックたちが無事ならいいのですが」

 

「クレティスもな」

 

 二人は岩の隙間を抜け、そして洞窟の外へ出た。

 

「…………」

 

 外には騎士たちがいる。

 何人もの騎士が、洞窟の周囲に展開して――

 

「ずいぶん用意がいいんだな」

 

 ティルが呟いた。

 

 騎士の一人が前へ出る。

 

「アマランス殿」

 

「はい?」

 

 

 男は淡々と喋る。

 

「上からの命令により、あなたを拘束します」

 

 アマランスの目がわずかに見開かれる。

 

「……理由を聞いても?」

 

「王宮に対する反逆、およびクーデターへの関与の疑いです」

 

「私が、クーデターを起こしてると?」

 

「我々が受けている命令は以上です。 詳細については王都で取り調べが行われます」

 

 アマランスは黙った。

 

 洞窟の中で交わした会話が蘇る。

 

 自分たちへ下された命令。

 その出所にいる、大臣に近い派閥。

 

 そして今度は、自分がクーデターの関係者として拘束される。

 

「…………」

 

 アマランスの顔から、困惑が消えていった。

 代わりに浮かんだのは、苦い理解だった。

 

「――そういうことですか」

 

「アマランス?」

 

「……いえ」

 

 アマランスはティルへ小さく首を振り、騎士たちに向き直る。

 

「わかりました。 私はついていきます」

 

 抵抗する様子はない。

 騎士が頷いた。

 

「ご協力、感謝します」

 

「ですが」

 

 アマランスはティルを示した。

 

「彼は許してもらえませんか」

 

「…………」

 

「彼は私と行動を共にしていたわけではありません。 洞窟内で崩落に遭い、偶然一緒になっただけです」

 

 騎士は少し考えるが、やがて首を横に振った。

 

「申し訳ありません」

 

「なぜです?」

 

「その男についても拘束します」

 

 アマランスの表情が変わる。

 

「彼も?」

 

「はい」

 

「ですが――」

 

「我々には判断できません」

 

 別の騎士はそう答えた。

 

「我々の任務は、命令に記された者を拘束し、王都へ連行することです」

 

「…………」

 

 アマランスはそれ以上、言えなかった。

 

 彼らは聞く耳を持たないのではない。

 そもそも、ここで善悪を判断する立場ではないのだ。

 

 命令を受け、それを遂行している。

 ならば、この場でいくら説明したところで覆らない。

 

 ティルは騎士たちを眺めていた。

 少なくとも、目の前の連中が事情をすべて承知しているようには見えない。

 

 だが――命令は確実に届いている。

 

 アマランスをクーデターの犯人として拘束する命令が。

 

「なるほどな」

 

 ティルが小さく呟いた。

 

「ティル?」

 

「いや、何でもない」

 

 騎士がティルへ向き直る。

 

「あなたにも同行していただく」

 

「ああ」

 

「抵抗しないでいただけると助かる」

 

「しないしない」

 

 ティルは妙にあっさり答えた。

 

 アマランスが怪訝な顔をする。

 

「……いいのですか?」

 

「何が?」

 

「何が、ではありません」

 

 ティルは周囲を見た。

 

 人数は多い。

 

 ここで暴れて逃げることは、不可能ではないかもしれない。

 だが逃げれば、それこそ向こうの思う壺だ。

 

 反逆者が騎士に抵抗した。

 これほど都合のいい話はないのだから。

 

 それに、ここまで露骨に動いてくれたのだ。

 中へ入ったほうが見えるものもある。

 

 ティルは大きく息を吸った。

 

「じゃあ、ちょっくら捕まりますわー!」

 

 声が山に響いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 いきなりの事に騎士たちやアマランスが固まった。

 

「……あなたは」

 

「ん?」

 

「もう少し真面目に捕まれないのですか」

 

「真面目に捕まるって何だよ」

 

「少なくとも今のような捕まり方ではありません」

 

「抵抗してないんだから優良囚人だろ」

 

「まだ囚人ではありません!」

 

「細かいな」

 

「細かくありません!」

 

 騎士の一人が困ったように咳払いした。

 

「……では、拘束させていただきます」

 

「どうぞどうぞ」

 

 ティルが両手を差し出しアマランスは深く息を吐いた。

 

 そして、その一部始終を見ている者たちがいた。

 

 洞窟の出口から少し離れた岩陰。

 

「ティル……!」

 

 クレティスとロックだ。

 別の経路から外へ出た二人は、騎士たちの姿に気づいて身を隠していた。

 

 そして今、二人が拘束されようとしている。

 

「何やってるんだよ……!」

 

 クレティスが槍を握り一歩、踏み出したときだった。

 

「待て」

 

 その腕をロックが掴む。

 

「離して」

 

「ダメだ」

 

「アマランスも捕まってるんだろ!?」

 

「見りゃわかる!」

 

「だったら――!」

 

 クレティスが腕を振る。

 だがロックは離そうとしない。

 

「今はまだ待つんだ」

 

「なんで!」

 

「今出てどうすんだよ!」

 

 押し殺した声だった。

 クレティスはロックを見る。

 

「騎士の数を見ろ。あの二人はもう囲まれてる。 ここで俺たちまで飛び出したらどうなる?」

 

「でも!」

 

「四人まとめて捕まって終わりだ!」

 

「やってみなきゃ――」

 

「わかるだろ!」

 

 ロックの声が、一瞬だけ強くなるがすぐに声を落とした。

 

「……クレ」

 

「…………」

 

「あいつら、今すぐ殺されるわけじゃねえ。 連れていかれるだけだ」

 

 ロックの視線はアマランスから離れない。

 

「なら、まだ助けられる」

 

「ロック……」

 

「だから今は待て」

 

 冷静な言葉だった。

 

 けれど――

 

 クレティスは気づいた。

 ロックが自分を掴んでいる手。

 

 震えている。

 強く握りすぎて、爪が掌に食い込んでいた。

 

 その隙間から赤い血が滲んでいる。

 

「…………」

 

 クレティスはそれを見て何も言えなくなった。

 

 ロックだって飛び出したい。

 今すぐ駆けていって、アマランスを連れ戻したい。

 

 それを我慢しているのだ。

 たとえ自分の手を傷つけてでも。

 

「……わかった」

 

 クレティスが槍を下げた。

 ロックはそれからしばらく動かなかった。

 

 やがてクレティスの腕から手を離す。

 

 握り込んでいた掌が開いた。

 

 一滴の血が落ちる。

 

 その向こうで、騎士たちが移動を始めた。

 ティルとアマランスも連れていかれる。

 

 クレティスは黙って見送った。

 

 悔しい! 今すぐ追いかけたい。

 

 それでもここで飛び出さないこともまた、戦うことなのだ。

 

「……ロック」

 

「あ?」

 

「助けるよ」

 

 ロックがクレティスを見る。

 

「二人とも」

 

「…………」

 

 しばらくして。

 

「当たり前だ」

 

 ロックはそう答えた。

 

 二人は、騎士たちの姿が見えなくなるまで岩陰から動かなかった。

 

 

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