プレアデスストーリー   作:八束祐

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1部クレティス編 16

グランバードには、ロックとアマランスが使っているセーフハウスがいくつもあるらしい。

 その一つがキーリルの街外れにある古びた家だった。

 

 外壁はくすみ、窓も汚れて軒先には雑草まで伸びている。

 

 一見すれば長いこと放置された空き家にしか見えない。

 けれど、中に入ってみれば事情は違う簡素な寝台に机や椅子。

 

 それに保存食に水と薬がそれなりに置いてあり。

 壁際の棚には武器の手入れに使うらしい道具まで並んでいる。

 

「へえー」

 

 クレティスは物珍しそうに部屋を見回した。

 

「こういう場所って、他にもあるんだー?」

 

「ああ」

 

 ロックは窓から外を確認すると、カーテンを閉めた。

 

「何かあったときに逃げ込めるようにな。 グランバードのあちこちにある」

 

「秘密基地だ」

 

「せめて隠れ家といえ」

 

「秘密基地のほうが格好いいじゃん」

 

 クレティスはぶーと頬っぺたを膨らませて反抗する。

 

「ガキの遊びじゃねえんだぞ」

 

「わかってるよ」

 

 そう言って椅子へ座った。

 

 ロックはもう一度外の気配を確かめてから、ようやく向かいの椅子に腰を下ろす。

 

「……しばらくここで様子を見る」

 

「ティルたちを追わないの?」

 

「追ってどうすんだ。 連れてかれた先がわかってからだ」

 

「王都の方じゃないの?」

 

「だからって、真正面から騎士団に聞きに行く気かよ」

 

「ダメかな?」

 

「ダメに決まってんだろ!」

 

 クレティスは頬を膨らませた。

 

「じゃあ、どうするのさ」

 

「まず情報を集める。 アマランスがどこに連れていかれたのか確認してそしたら助ける」

 

「ティルも!」

 

「……わかってるよ」

 

 不承不承といった顔だった。

 

「よし」

 

 クレティスはロックを指さしながら言う。

 

「何が『よし』だ」

 

 クレティスは少し笑った。

 

 その視線が、ふとロックの手へ落ちる。

 掌には傷が残っている。

 

 アマランスが連れていかれるのを黙って見ていたときの傷。

 

 自分で握り締め、自分で作ったものだ。

 

「ロック」

 

「あ?」

 

「手、見せて」

 

「平気だ」

 

「見せて」

 

「だから――」

 

「化膿したら困るでしょ」

 

「…………」

 

 ロックは嫌そうな顔をしながらも、結局手を差し出した。

 クレティスは棚から見つけた薬と布を持ってくる。

 

「染みるかも」

 

「待て」

 

「えい」

 

 ぴゅーと薬をかける。

 何とも言えない大味なやり方だ。

 

「痛ってえ!」

 

「だから言ったじゃん」

 

「言ってすぐやる奴があるか!」

 

「いるよ! ここにな!」

 

 自分を指さしながらクレティスは答える。

 

「お前な……!」

 

 文句を言うロックを無視して傷を拭っていく。

 その手を見ながらふと思った。

 

 ナイフを扱う手。

 

 何本もの刃を同時に投げて、自分と渡り合った手だ。

 

「……ねえ」

 

「今度はなんだよ」

 

「ロックって、アサシンだって言ってたよね?」

 

「そうだけど」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

「何を今さら確認してんだよ」

 

「いやさ」

 

 クレティスは傷へ布を巻きながら首を傾げた。

 

「ちょっと変だな~と思って」

 

 ロックの目が細くなる。

 

「何がだ」

 

「最初に会ったとき」

 

 首筋に触れた冷たい刃を思い出す。

 

「ボクにナイフ突きつけたでしょ」

 

「ああ」

 

「でも、あれてさ?……本気で殺すつもりじゃなかったよね?」

 

 ロックの表情が消えた。

 

「…………」

 

 ロックは答えないのでそのまま続ける。

 

「二回目も」

 

 公園での戦い。

 

 何本ものナイフが飛んできて激しい戦いだった。

 

 それでも――

 

「ロック、強いんだよ」

 

「急に褒めても何も出ねえぞ」

 

「そうじゃなくて」

 

 クレティスはロックを見る。

 

「強いのに、なんか変だった」

 

「…………」

 

「ボクを倒そうとはしてた。 でも――」

 

 そこで言葉を選ぶ。

 

「殺そうとはしてなかった気がする」

 

 ロックは答えない。

 

 最後まで布を巻いて結び目を作った。

 結構動かしやすく、でもほどけないくらいにはできたはずだ。

 

「はい」

 

 手を離す。

 

「……終わったよ」

 

「ああ」

 

 ロックは包帯の巻かれた掌を見つめていた。

 

 沈黙が続く。

 

 いいたくないなら、別にそれでいい。

 

 そう思い始めたころ。

 

「……殺せねえんだよ」

 

 ロックが言った。

 

「え?」

 

「俺は、人を――」

 

 クレティスは黙る。

 

「……ダメなんだ」

 

 ロックは椅子の背にもたれた。

 

「俺の家、アサシンの一族でさ」

 

「家族みんな?」

 

「ああ」

 

「へえ……」

 

「代々そういう家だった。 変な言い方だが腕はよかったんだぜ」

 

 少しだけ誇らしげだった。

 

 だからこそ――

 

 次の言葉が出てくるまで間があった。

 

「……だった」

 

 クレティスは顔を上げた。

 ロックはもう笑っていない。

 

「ある日、仕事が来たんだ」

 

「仕事?」

 

「とある村で、悪魔祓いをやることになった」

 

 悪魔。

 

 その言葉にクレティスの表情も自然と引き締まる。

 

「俺らだけじゃねえ。 神官も一緒だった。 一族の奴等もみんな総出で向かった」

 

「ロックも?」

 

「ああ」

 

 短い返事。

 

「それで……どうなったの?」

 

 ロックは答えず指先が包帯の端を弄ってばかり。

 

 しばらくして。

 

「そこにいた奴等全滅した」

 

 クレティスの目が見開かれた。

 

「…………え?」

 

「神官や俺の一族も」

 

 淡々とした声だった。

 だからこそ、その言葉の重さが消えない。

 

「生き残ったのは俺だけだ」

 

「…………」

 

 クレティスは何も言えなかった。

 

 一族総出で向かった。

 

 そして帰ってきたのは一人だけ。

 

 目の前にいる少年だけ。

 

「そのときからだ」

 

 ロックが自分の手を見る。

 

「夢でいつもあのときのことを思い出す」

 

 ナイフを握り。

 

 相手へ向ける。

 

 あと少し力を入れれば殺せる。

 

 そういう瞬間になると。

 

「身体が止まるんだ」

 

 ロックは掌を閉じる。

 

「だから、お前に最初に突きつけたナイフも……ハッタリだった」

 

 ロックはほらよといってナイフを渡す。

 持ってみると刃がついてなかった。

 

「やっぱり」

 

「やっぱりって言うなよ。 結構頑張ったんだぞ、あれ」

 

「頑張るところってそこなの?」

 

「うるせえよ」

 

 ほんの少しだけ、いつものロックに戻った。

 だがクレティスには、まだ引っかかることがあった。

 

「じゃあ、アマランスも?」

 

「あ?」

 

「あの人も、その事件と関係あるの?」

 

 ロックが黙った。

 

 一瞬だけ――

 

 ほんの一瞬だけだったが。

 

 クレティスには、その沈黙が妙に長く感じられた。

 

「……いたんだよ」

 

 ロックが答える。

 

「あいつの兄貴も」

 

「アマランスの、お兄さん?」

 

「ああ」

 

「神官だったの?」

 

 ロックは頷いた。

 

「あいつの兄貴も、あの日あの村にいた」

 

 それ以上は語らない。

 

 クレティスも、すぐには次を聞かなかった。

 

 けれどロックは、自分から続けた。

 

「死んだよ」

 

「…………」

 

「俺の家族と一緒にな」

 

 ロックの目が伏せられる。

 

「それで俺とアマランスは、あいつの兄貴を殺した男を探してる」

 

「その人が、みんなを?」

 

「…………」

 

 ロックは答えなかった。

 クレティスを見ることもしない。

 

 その沈黙を前にして。

 クレティスはそれ以上踏み込まなかった。

 

「……そっか」

 

 それだけ言った。

 

 ロックがわずかに顔を上げる。

 

「聞かねえのか?」

 

「何を?」

 

「もっと色々」

 

「話したくなったら話してよ」

 

「…………」

 

「ボク、そういうの無理やり聞く趣味ないから」

 

「お前って、遠慮って言葉知ってたんだな」

 

「失礼だな!」

 

「さっき俺の傷にいきなり薬ぶっかけた奴が何言ってんだ」

 

「それとこれとは別!」

 

「同じだろ」

 

「違う!」

 

 言い合ってから二人とも黙った。

 少しだけ空気が軽くなった。

 

 クレティスは槍を手に取る。

 

「じゃあさ」

 

「ん?」

 

「アマランスを絶対助けなきゃね」

 

「…………」

 

 ロックの顔から、また笑みが消えた。

 

「ああ」

 

「ティルも」

 

「わかってるって」

 

「二人とも助ける」

 

「しつこい」

 

「大事なことだから」

 

「二回言いましたって奴か?」

 

 クレティスは立ち上がった。

 

「それで、そのお兄さんを殺した奴も見つけよう」

 

「……クレ」

 

「なに?」

 

 ロックは何かを言いかけた。

 

 けれど。

 

「…………」

 

 結局、その言葉を飲み込んだ。

 

「いや」

 

 立ち上がる。

 

「まずはアマランスだ」

 

「うん」

 

 クレティスが頷く。

 

 ロックは壁に置いていたナイフを取った。

 

 助けたい人間が自分にはいる。

 

「行くぞ、クレ」

 

「うん!」

 

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