空が白み始める夜と朝の境目。
まだ街の大半は眠っているが、東の空だけが薄く色づき始めている。
クレティスは大臣邸の入口を遠くから眺めていた。
あれから交代で見張りをしながら休んだので体力はある程度回復している。
「…………」
隣では先ほど起きたロックが腕を組んでいる。
そのさらに隣には朝までぐっすりだったフォルテ。
三人とも、黙っていた。
やがてクレティスが口を開く。
「昨日、メイド長さんに今が入りやすいって聞いたよね?」
「聞いたな」
「だから待機したんだよね?」
「ああ」
「それで?」
「…………」
大臣邸の入口には兵士が。
昨日よりかは少ない。
確かに少ない。
警備の入れ替わりがあるという彼女の情報は正しかったと言える。
「いるね」
「いるな」
「いる」
三人が順番に言った。
少ないからといっていないわけではない。
クレティスが首を傾げる。
「もう普通に入る?」
「止められる」
「裏からは?」
「そっちにも見張りはいる」
「じゃあ壁は?」
「朝から壁に上るのはさすがに目立つ」
「じゃあどうするのさ?」
「だから考えてんだよ!」
ロックが頭を掻く。
昨夜なら自分一人でどうとでもなった。
だが今日は状況が違うのだ。
特にフォルテ。
ロックはちらりと横を見る。
2m近くある大男が不愛想に立っている。
「……お前、隠れる気ある?」
「あるぞ」
「本当に?」
「ああ」
「その身体で?」
「身体は小さくならん」
「そうだよな!」
フォルテが大臣邸を見る。
「ここから壁を壊して入るというのは」
フォルテは真面目な声色でとんでもないことを言い放つ。
「やめろ!」
「それは無茶だよ!!」
クレティスとロックが同時に止めた。
「邪魔なら倒せばいいのでは?」
「それやったら侵入じゃなくて襲撃になるだろ!」
「中に入れるぞ?」
「目的が変わってんだよ!」
「ではどうする?」
「どうするって言われてもな……」
二人のやり取りを無視してクレティスが再び入口を見る。
メイド長から聞いた情報では今が一番いい。
でも、ここを逃せばまた警備が増えるかもしれない。
三人とも中にいる。
「ボクが囮になる?」
「却下だ」
ロックはフォルテとのやり取りをしながらもクレティスの言葉を聞き逃していなかった。
「まだ説明してない!」
「お前の囮は絶対騒ぎになる」
「失礼だな!」
「昨日までのお前を思い出せ!」
「…………」
「なんで黙った」
「別の方法にしよう」
「自覚あるじゃねえか!」
そしてフォルテが言った。
「なら俺が――」
「お前も囮は禁止!」
「まだ何も言ってない」
「騎士を何人殴ったか覚えてない奴に囮やらせられるか!」
三人揃って、大臣邸を見つめる。
「…………」
そのときだった。
――ドォンッ!
「!?」
朝の静けさを地面まで震える轟音が引き裂いた。
クレティスが反射的に槍へ手を伸ばした。
「なに!?」
ロックも音の方向を見る。
「爆発!?」
「近いな」
フォルテだけが落ち着いている。
大臣邸では、一気に騒ぎが広がった。
「なんだなんだ!?」
「今の音は!」
入口にいた兵士たちも周囲を見回している。
爆発は大臣邸ではない。
どうやら少し離れた場所の近くにある別の館かららしい。
煙が少し離れているこちらにも上がり始めている。
「火事か!?」
「確認しろ!」
兵士たちが騒ぎ始める。
すると、通りの向こうから人が駆けてきた。
「すまない! 手を貸してくれ!」
大声が飛ぶ。
「あっちで爆発だ! 人手がいる!」
入口の兵士たちが顔を見合わせた。
「何があった!?」
「わからん! とにかく来てくれ!」
「おい、行くぞ!」
「ここの警備は?」
「何人か残ればいい! 急げ!」
数人の兵士が持ち場を離れた。
爆発した館へ向かって走っていく。
残った者たちも、そちらへ気を取られている。
「…………」
クレティスが見る。
「…………」
ロックも見る。
「…………」
フォルテも見る。
さっきまで三人で頭を抱えていた入口。
そこから警備がごっそり減っていた。
「……減ったね」
「減ったな」
ロックが目を細める。
「何だ、あれ」
「知らない」
クレティスは即答した。
なぜ爆発したのか。
あの館で何が起きているのか。
このタイミングが偶然ではないのだろう。
ただ一つだけわかることがある。
ロックが口元を歪めた。
「チャンスが来たということだ!」
クレティスも笑った。
「うん!」
フォルテはすでに歩き出していた。
「待て、お前は普通に歩くな!」
「今なら入れるんだろ」
「だからって堂々と行くな!」
「メイド長さんはそれで入ったんでしょ?」
「お前たちはメイド長じゃねえだろ!」
三人は警備の視線が爆発へ向いている隙に、大臣邸へ近づく。
残っている兵士の位置をロックが確認をして――
『止まれ』
右手で合図を送り二人が止まる。
兵士が一人こちらへ背を向ける。
『今』
走れとハンドサインを送る。
クレティスとフォルテもその後ろを抜けた。
壁沿って物陰へ。
そこで一度息を潜める。
誰も追ってこないのを確認。
「…………」
ロックが外を確認した。
「入った」
クレティスが小さく笑う。
「入れた!」
「声!」
慌てて自分の口を押さえる。
「むぐ」
「先が思いやられる……」
ロックはため息をついた。
フォルテはもう屋敷の奥を見ている。
「最初はどこだ」
その言葉でクレティスの顔から笑みが消えた。
メイド長から聞いている。
誰がどこにいるのか。
そしてここから近い順番も。
ロックは昨日のうちに書き込んだメモを見る。
「アマランス」
まず一人目を助けその次にティル。
そしてループという順だ。
「行こう」
三人は大臣邸の奥へ向かった。
背後では今も、正体のわからない爆発を巡って兵士たちが走り回っている。
それが別の場所で進む、別の戦いの一端であることを。
クレティスたちはまだ知らなかった。