プレアデスストーリー   作:八束祐

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クレティス編 23

「――どうなってるザンス!」

 

 大臣の怒声が廊下に響いた。

 

 物陰に身を潜めたティルは、動かずに様子を窺う。

 大臣の前には兵士が一人緊張した面持ちで立っていた。

 

「申し上げます!! 拘束していたアマランスが逃走しました」

 

「なっ……!」

 

 大臣の顔が引きつる。

 

「どういうことザンス!?」

 

「塔を警備していた者たちが何者かに襲撃され、気を失っているところを発見しました。 侵入者の姿は確認できておりません」

 

「何をやってるザンスか!」

 

 大臣が地団駄を踏む。

 

 だが、その報告を聞いて。

 

(……よし)

 

 胸の内で、ほんの少しだけ息を吐くティル。

 

 アマランスが自力で逃げ出したとは考えにくい。

 

 上手くやったなクレティス。

 少なくとも、あちらは予想どおり動けているようだ。

 

 自分もさっさと合流をする前に、もう少しだけここで情報を拾っておきたいが……

 

「それだけではありません」

 

「まだあるザンスか!?」

 

「先ほど爆発のあった館ですが――襲撃を受けたものと思われます」

 

「それは見ればわかるザンス!」

 

「ですが、あそこは……」

 

 兵士が言葉を濁した。

 

 大臣の顔色が変わる。

 

「わかってるザンス!」

 

 声を潜めることすら忘れ、大臣が怒鳴った。

 

「あそこまでやられたら、ミーの計画が――」

 

「大臣」

 

「……!」

 

 兵士の前で口を滑らせかけたことに気づいたらしい。

 

「もういいザンス! お前は下がるザンス!」

 

「はっ」

 

 兵士が頭を下げ、足早に去っていく。

 

(やっぱり、あの館と繋がっていたか)

 

 あの場所が襲われることで、自分の計画に支障が出る立場にいる。

 間違いない。

 

 それを見ていた女が――笑った。

 

「ふふっ」

 

「何がおかしいザンス!」

 

「いえ」

 

 女は口元に手を添えた。

 

「ずいぶん大変そうだと思いまして」

 

「他人事みたいに言うんじゃないザンス!」

 

「だって他人事ですから」

 

「ミスト!」

 

 女は大臣の激高した姿を見てもひるむことなく笑みを崩さない。

 物陰で聞いていたティルが目を細める。

 

(ミスト……)

 

 どうやら、それが女の名前らしい。

 

「あっちは襲われる! 兵まで減らされる! これじゃ計画が滅茶苦茶ザンス!」

 

「そうですね」

 

「そうですね、じゃないザンス!」

 

 大臣が詰め寄るが、対するミストは一歩も動かない。

 

「お前なら何とかできるんじゃないザンスか!? 今までだって色々教えてくれたザンス! 何とかするザンス!」

 

 ヒステリックに捲し立てる大臣。

 

「何とかですか?」

 

「そうザンス!」

 

「この状況を?」

 

「そうザンス!」

 

「打開したいと?」

 

「当たり前ザンス!」

 

 大臣が叫ぶ。

 

「このまま全部失敗なんて御免ザンス! ミーはここまで来たザンスよ!」

 

 髪を引っ張るように頭を抱える大臣。

 

「何でもいいから、この状況をひっくり返す力が欲しいザンス!」

 

「…………」

 

 ミストの笑みがわずかに深くなった。

 

「そうですか」

 

 ティルはなにか違和感を感じて眉をひそめる。

 

(大臣は気づいていないようだが)

 

 ミストの声音が――妙に楽しそうだった。

 

「では」

 

 ミストが手を差し出した。

 

「例の宝石を――」

 

「宝石ザンス?」

 

 大臣が一瞬きょとんとするが懐へ手を入れた。

 

 取り出したものを見て、ティルの目が鋭くなる。

 

(……あれは)

 

 宝石。

 

 先ほどループの部屋で見たものと同じものだった。

 

「これをどうするザンス?」

 

「少々、お借りしますね」

 

「数は少ない宝石なんだから大切に扱うザンスよ」

 

 ミストが受け取り、指先でつまみ上げる。

 そしてそれを魅せるように光を透かす。

 

 その仕草はあまりにも自然だった。

 

 だからこそ――

 次の動きに大臣は反応できなかった。

 

「――え?」

 

 ミストが宝石を、大臣の額へ押し込んだ。

 

「な――」

 

 皮膚をするっと通り肉など感じさせない。

 まるで最初から、そこが宝石の収まる場所だったかのように沈んでいく。

 

「な、何を――」

 

 大臣が額を押さえた。

 

「何をするザンスか!?」

 

「何も」

 

 ミストは微笑んでいる。

 

「私は、きっかけを差し上げただけですよ」

 

「う……」

 

 大臣の身体が震えた。

 

「ぐっ……ううっ……!」

 

 異変はすぐに始まった。

 

 腕が膨らむ。

 

 腹が膨らむ。

 

 いや――膨らんでいるのではない。

 

 輪郭が崩れている。

 

「な……」

 

 ティルが思わず目を見開いた。

 大臣の身体が溶けるように形を失っていく。

 

 衣服ごと呑み込みながら、肉体が粘ついた塊へ変わっていく。

 

「ぐ、ぐぐ……!」

 

 床へ広がる。

 

 だが、潰れたわけではない。

 

 広がりながら――大きくなっている。

 

 ぶくり。

 ぶくり。

 ぶくりと――粘液めいた塊が重なり合う。

 

 そこから一本。

 

 細長い触手が伸びた。

 

 続いて二本三本目と。

 次々と生えてくる。

 

「なんだよこれは……」

 

 ティルの口から、思わず声が漏れた。

 

 その瞬間――

 

「小ネズミさん」

 

「!」

 

 ティルがミストを見る。

 彼女はこちらを見ていた。

 

 どうやら気が付いていたようだ。

 

「早くここから脱出しないと、大変なことになりますよ?」

 

「…………」

 

 いつからだ。

 

 そう聞きそうになって……やめた。

 

 驚きを顔から消し、ティルは物陰から出た。

 

「そりゃどうも」

 

 できるだけ普段どおりの声を出す。

 目の前では、大臣だったものがまだ膨張を続けている。

 

「でさ」

 

 ティルはそれを見ながら尋ねた。

 

「これは一体何だ?」

 

「これ、ですか?」

 

 ミストが怪物を見る。

 

「彼はずっと考えていたでしょう?」

 

「何を」

 

「打開策が欲しい、と」

 

 ティルがミストを見る。

 

「この状況をどうにかしたい。 自分の計画を成功させたい。 そのための力が欲しい」

 

 ミストは楽しそうに語る。

 

「ですから――宝石が願いを叶えてくださったんですよ」

 

「…………は?」

 

 ティルの表情が初めて固まった。

 

 願いを叶える?

 宝石が?

 

「そんな宝石が――」

 

 その先を言うことはできなかった。

 

 ――ぐしゃ。

 

「!」

 

 壁際にあった棚が消えた。

 

 倒れたのではない。

 

 怪物から伸びた触手に絡め取られ、そのまま粘つく身体の中へ引きずり込まれた。

 

 棚が沈み形を失う。

 そしてそのまま呑み込まれていく。

 

「おいおい……」

 

 床まで軋み始めた。

 怪物の身体が触れた場所から、次々と物が取り込まれていく。

 

 椅子や絨毯。

 壁に柱など。

 

 何も選んでいない。

 ただ、触れたものを呑み込んでいる。

 

 そして呑み込めば呑み込むほどにその身体がさらに膨れ上がる。

 

 膨大な粘液の中央。

 赤く透けた核のような部分が脈打っていた。

 

 その内側に。

 

「……大臣?」

 

 いる。

 大臣が。

 

 そして、その額ような部分には宝石が埋まっている。

 

「…………」

 

 ティルは一歩下がった。

 

 聞きたいことはいくらでもある。

 

 宝石とは何なのか。

 なぜ願いを叶えた結果がこれなのか。

 ミストは何者なのか。

 

 だが。

 

 ――バキッ!

 

 大臣のいたところの壁が砕けた。

 

「こりゃ駄目だ」

 

 判断は早かった。

 踵を返すティル。

 

 走る。

 

 背後で触手が壁を叩き壊す。

 館そのものが揺れ始める。

 

「クレティスたちもまだ中か……?」

 

 足を速める。

 

 さっきまで人目を避けていたのが馬鹿らしくなるほど、全力で廊下を駆け抜けた。

 

 その背後に崩れ始めた部屋の中で。

 ミストだけが逃げようともせず怪物を眺めていた。

 

「ふふっ」

 

 楽しそうに笑う。

 そして、もう遠くへ走り去ったティルへ向けて。

 

「人間がどこまでやれるのか、見せてくださいね」

 

 その声はティルの耳には届かなかった。

 

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