「ごめんね!」
ごんっと槍の柄が兵士の頭を叩いた。
「ぐっ……」
最後の一人がその場に崩れ落ちる。
クレティスは倒れた兵士の前にしゃがみ込み顔を覗き込む。
「……大丈夫だよね?」
「気絶してるだけだ」
ロックが答える。
「ならヨシ!」
「よくはありません」
背後から冷たい声が飛んできた。
振り返れば、アマランスが呆れたようにこちらを見ている。
つい先ほどまで捕まっていた彼女の手に、もう手枷はない。
「警備の兵を倒し拘束されていた私を連れ出したのですよ? 我々の立場がさらに悪化していることは理解していますか?」
「でも助けないわけにいかないでしょ?」
「それは……そうですが」
「ならいいじゃん」
「よくはありません」
「どっち?」
「助けてもらったことには感謝しています。 ですが! やり方について文句は言っています」
「難しいなあ」
クレティスは目をそらしながらそう言う。
「難しくありません」
「クレに言っても無駄だぞ」
あまりひどい状況だったので止めに入るロック。
「ロックは黙っていなさい」
「そうだそうだ! ロックは黙ってろ」
「なんで俺まで怒られんだよ」
フォルテはそんな三人を無視して、廊下の先を見ていた。
「次は――」
短い言葉で話を戻そうとするアマランス。
そのときだった。
――ズズン。
「……?」
足元が揺れた。
クレティスが壁へ手をつく。
「なに?」
「爆発じゃねえな」
ロックが天井を見る。
先ほど外で起きたものとは違う。
もっと近い。
いや? 近いというより――。
「館の中から?」
アマランスが眉を寄せた。
――ドンッ!
今度は、はっきりと何かが壊れる音がした。
「おいおい」
ロックが顔をしかめる。
「何が起きてんだよ」
「わからないよ! でも――」
クレティスが槍を握り直す。
「急ごう」
何かがおかしいと駆けだす。
なおさらあとの二人を早く見つけた方がいいようだ。
四人が走り出した。
「ティルはこっちだよね?」
「ああ!」
角を曲がり階段へ向かう。
その途中――。
「うおっ!?」
ロックが急停止した。
前から誰かが飛び出してきたのだ。
クレティスも反射的に槍を構える。
「ティル!?」
「クレティス!」
走ってきた男も足を止めた。
「……お前ら」
ティルはクレティスを見る。
ロックにアマランス。
一人知らないやつもいるが今はいい。
全員揃っている。
「上手くいったみたいだな」
「こっちの台詞だよ!」
クレティスは槍を下ろした。
「自分で逃げてきたの!?」
「ああ」
「どうやって?」
「鍵開けて出てきた」
「開くの!?」
「開けたからここにいる」
「それはそうだけど!」
クレティスがティルへ駆け寄る。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「見りゃわかるだろ」
「よかったぁ……」
心底安心した声が出た。
だが、ティルは笑わなかった。
「安心するのはまだ早い」
「え?」
「まずいことになった」
その声で、全員の空気が変わった。
アマランスが尋ねる。
「何があったのです?」
「大臣だ」
「大臣が?」
「ああ」
ティルが一度、後ろを振り返る。
「……化け物になった」
「…………」
沈黙。
クレティスが瞬きをする。
「ごめん。 もう一回」
「大臣が化け物になった」
「聞き間違いじゃなかった」
「俺も見た」
「どうやったら大臣が化け物になるんだよ」
ロックがもっともな疑問を口にした。
「宝石だ」
ティルが答える。
その一言に、クレティスの表情が変わった。
他の人たちも同じようだ。
「宝石?」
「俺たちが探してたやつだ」
「どういうこと?」
「詳しいことまではわからない。 ただ――」
ティルは自分が見たものを思い出す。
大臣の額へ埋め込まれた宝石。
崩れていく人間の身体。
膨れ上がる粘体。
「どうもあの宝石は人間の願いを叶えるらしい」
「願いを……?」
アマランスが息を呑んだ。
クレティスもすぐには言葉が出なかった。
「願いって……なんでも?」
「そこまでは知らん」
「じゃあ大臣は何を願ったんだ?」
ロックが聞く。
「この状況をどうにかしたい! ひっくり返す力が欲しいとかそんなところだろ」
「それで化け物に?」
「少なくとも、俺が見たのは結果として化け物になった大臣だ」
クレティスは顔をしかめた。
「……願い、叶ってるのかな? それ」
「本人に聞け」
「聞ける状態?」
「たぶん無理だな」
「じゃあ聞けないじゃん!」
ティルが肩をすくめる。
「だから言ってるだろ? まずいことになったって」
――ズズズン。
また館が揺れた。
今度は先ほどより大きい。
天井からぱらぱらと埃が落ちる。
全員が顔を上げた。
「……アレのせいか?」
フォルテが尋ねる。
「たぶんな」
「大きさは?」
「見たときからデカかった。 しかも周りの物を呑み込んでまだ広がってるはずだ」
「広がる?」
「見た方が早いんだが……いや、できれば見ない方がいい」
「どっちだよ」
ロックが突っ込む。
そこでクレティスが気づいた。
「ティル」
「なんだ」
「ループはどこにいるか知らない?」
「ああ」
ティルはすぐに答えた。
「会ったぞ」
「本当!?」
「この先の部屋にいる」
「無事なの?」
「今のところは」
「じゃあ早く助けに行こう!」
「待て」
ティルが止める。
「本人は残るって言った」
「なんで!?」
「やることがあるんだと」
「こんなときに!?」
「俺もそう言った」
「なんで置いてきたの!」
「言って聞く奴だと思うか?」
「…………」
洞窟で出会ったあの子を思い出す。
「……ちょっと思わない」
「だろ」
「でも!」
クレティスは即座に言った。
「状況が変わった」
さっきまでならともかく、今は館の中で何かが起きている。
大臣が怪物になり、館そのものを壊しながら広がっているという状況。
そんな場所に置いていくわけにはいかない。
「ループのところに行こう」
迷いはなかった。
「俺も行くぞ」
フォルテも頷く。
「案内しろ」
「最初からそのつもりだ」
ティルが先頭へ立ち一行が走り出した。