プレアデスストーリー   作:八束祐

29 / 37
クレティス編 27

「諦めたら終わりなんだ」

 

 クレティスの声が異様なほど静かな部屋に響いた。

 

 誰も、すぐには答えなかった。

 ずるり、ずるりと大臣だったものだけが動き続けている。

 

 壁を呑み、床を這い、天井を覆う。

 人が立っていられる場所は少しずつ狭くなっていた。

 

「……クレ」

 

 ロックが口を開いた。

 

「お前、状況わかってんのか?」

 

「わかってるよ」

 

「出口は塞がれた」

 

「うん」

 

「攻撃したって止まらねえ」

 

「うん」

 

「このままじゃ――」

 

「死ぬかもしれない」

 

 クレティスが先に言った。

 

 これにはロックも黙る。

 

「ボクだって怖いよ」

 

 握った槍が震えていた。

 

 強がったところで、それは消えてくれない。

 

「死にたくないし。こんなところで終わりたくない」

 

 けれど――

 

 いや、だからこそ――

 

 クレティスは槍を握り直した。

 

「◇冒険者心得・その24 【冒険者とは! 生きるのに意地汚くあるべし!】」

 

 今度の声は大きかった。

 全員がクレティスを見る。

 

「だからボクは最後まであがく!」

 

「…………」

 

「それがどんなにみっともなかろうと――」

 

 一歩。

 クレティスが前へ出る。

 

「最後に自分たちが立ってれば勝ちなんだ!」

 

 勝てるというそんな保証はどこにもない。

 

 何か秘密の策があるわけでもない。

 自分自身がどうすれば勝てるのかなんてわかっていない。

 

 だからこそ、その言葉は綺麗事ではなかった。

 

 足掻く!

 ただそれだけ。

 

「……みっともなくても、か」

 

 ティルが呟いた。

 

 それから小さく笑う。

 

「お前に付き合ってると、本当にろくな目に遭わないな」

 

「今さら?」

 

「否定しろよ」

 

「だって本当でしょ?」

 

「そういうところだぞ? お前」

 

 いつもの調子が、少しだけ戻った。

 

「私は冒険者ではありませんが」

 

 アマランスも前を見る。

 

「ここで死ぬことを受け入れたつもりもありません」

 

「俺も冒険者じゃねえぞ」

 

 ロックが言う。

 

「じゃあ悪あがきする人!」

 

「雑になったな!?」

 

「生き残ればなんでもいいんだよ!」

 

「……まあ」

 

 ロックがナイフを抜いた。

 

「それには同意だ」

 

 フォルテは何も言わなかった。

 

 残った左のガントレットをきつく締め直す。

 その目はもう下を向いていなかった。

 

「ループちゃんもまだ死ぬ予定はないですよ!」

 

 ループが胸を張る。

 

「まだ作りたいものが山ほどあるですよ!」

 

「決まりだな」

 

 ティルが怪物へ目を向けた。

 

「で?」

 

「え?」

 

「悪あがきするんだろ? 何をする?」

 

「…………」

 

 クレティスが大臣を見る。

 

「これから考える!」

 

「そこからかよ!」

 

 ロックが叫んだ。

 

「だって諦めないって決めただけだもん!」

 

「勢いだけで全員立たせやがったなこいつ!」

 

「文句言わない!」

 

「言うわ!」

 

 けれど、そのやり取りの間にも全員の目は動いていた。

 

 探そう!!

 

 何か! たった一つでも!

 この状況をひっくり返せるものを。

 

 ティルが怪物の中心を睨み呟く。

 

「……宝石」

 

「え?」

 

「あれだ!」

 

 赤く透けた粘体のその奥。

 大臣だった男の額で光っている箇所。

 

 あそこが宝石がある個所なのだろう。

 

「大臣がああなったのは、あの宝石が願いを叶えたからだ」

 

「だったら――」

 

 クレティスにもわかった。

 

「壊せば元に戻る?」

 

「知らん」

 

「ええ!?」

 

「言っただろ? 悪あがきだって」

 

 ティルが笑った。

 

「他に試すことがないなら、やってみる価値はある!」

 

「そういうことなら任せて!」

 

 クレティスが槍を構えた。

 

 だが、宝石までの間には分厚い粘体がある。

 触手が何本も蠢き、絶えず大臣を覆っている。

 

 普通に投げたところで届かない。

 

「……俺が道を開ける」

 

 ロックだった。

 

「ロック?」

 

「俺のナイフじゃ、あの宝石は砕けねえ」

 

 手にした刃を見る。

 

 粘体を怯ませることはできる。

 軌道を逸らすこともできる。

 だが、あの奥まで貫き宝石を粉砕するだけの一撃にはならない。

 

「けど、道なら作れる」

 

 ロックがクレティスを見る。

 

「クレ」

 

「うん」

 

「一発で決めろ」

 

 クレティスが笑った。

 

「任せて!」

 

「その自信どっから来るんだよ」

 

「今から出す!」

 

「そうかよ!」

 

 ロックの両手にナイフが並ぶ。

 

「だったら――」

 

 腕を振るった。

 

「お前の道、開けてやるよ!」

 

 無数の銀光が走った。

 どこにそれだけのナイフを仕込んでいたのかはわからないが凄い数である。

 

 ナイフが次々と粘体へ突き刺さる。

 怯ませ押し退けるため右へ左へと。

 

 クレティスが攻撃しやすい。

 ただ一本の射線を作るために。

 

「クレ!」

 

「わかってる!」

 

 クレティスは槍を構えた。

 

 投げるため。

 

 右手で柄を握り身体を沈める。

 宝石だけを見て周りは見ない。

 

 見る必要がない。

 

 ――いや! 見てはいけない。

 

 必要なのはただ一点。

 そこまで槍を届かせる。

 

 それだけ。

 

「……っ」

 

 息を吸う。

 

 深く。

 

 もう一度手の中の槍へ、自分の全部を集めていく。

 

 雑音が遠ざかる。

 足元の揺れや怪物の音も。

 みんなの声さえも。

 

 槍と自分。

 遥か先の一点だけ。

 

 その時化け物の身体が蠢いた。

 

 狙われている。

 

 こちらの行動に気づいたかのように。

 触手が持ち上がる。

 

「クレティスさん!」

 

 アマランスが前へ出て迫る触手を横から逸らす。

 

「集中を!」

 

 ならばと別の一本が来る。

 

「こっちは見んなよ!」

 

 ロックのナイフが突き刺さり軌道がずれる。

 

「お前は前だけ見てろ!」

 

 クレティスは答えない。

 答える余裕もない。

 

 集中する。

 槍へ――

 

 もっと!

 もっと!

 もっと!

 

「左から来るぞ!」

 

 ティルが叫ぶ。

 

 粘体が床を這い、クレティスの足元へ迫る。

 

「させるか!」

 

 ティルが近くに転がっていた椅子を蹴り飛ばした。

 

 粘体にぶつけ、一瞬だけ止まる。

 

「今のうちだ!」

 

 ループも黙ってはいなかった。

 

「そっちですよ!」

 

 荷物から小さな爆弾を取り出す。

 

「どっしぇーい!」

 

「その掛け声で投げる物じゃねえ!」

 

 ロックが叫んだ直後、小さな爆発が粘体を吹き散らした。

 

 完全には消えない。

 それでもいい時間さえ稼げれば。

 

「もっと来ます!」

 

 アマランスの声。

 

 怪物の表面が大きく波打つ。

 狙いは明らかにクレティスだった。

 

 今までとは比べものにならない数の触手が一斉に伸びる。

 

「クレティスの邪魔はさせません!」

 

 アマランスが叫んだ。

 

「同感だ!」

 

 ティルも動く。

 

「ったく、手間かけさせやがって!」

 

 ロックが最後のナイフを抜く。

 ループも爆弾を構える。

 

 そして。

 

 フォルテが前へ出た。

 

 右手では触れられないのなら左だけでいい。

 残されたガントレットで触手を受ける。

 

 真正面から止めず、身体を捻り力の向きを変える。

 

 横へ流すと。

 

「行け」

 

 フォルテが言った。

 

 クレティスには聞こえていた。

 

 みんなの声が。

 

 全部。

 

 聞こえていた。

 

 だから――

 

 前だけを見る。

 

「ロック!」

 

「ああ!」

 

 最後のナイフが放たれ粘体へ突き刺さる。

 

 一つ。

 

 また一つと

 

 宝石を覆っていた粘体が怯む。

 

 ほんの一瞬だけ……

 

 細く――あまりにも細い。

 

 だが確かに。

 クレティスから宝石まで。

 

 一本の道ができた。

 

「クレ!」

 

 クレティスの身体が動いた。

 

 踏み込み腰を捻る。

 肩を引く。

 

 右腕。

 

 槍。

 

 全部をこの一撃に乗せる。

 

「これで――!」

 

 全身を使って投げる。

 

「終わりだぁぁぁぁぁっ!」

 

 手から槍が離れたその瞬間!

 

 クレティスは叫んだ。

 

「――スパイラル・シュート!!」

 

 槍が回った。

 

 凄まじい回転を伴って一直線に飛ぶ。

 

 ロックが開いた道。

 仲間たちが守った道。

 

 クレティスの槍が突き進む。

 

 粘体が本体を守ろうとする。

 

 しかし間に合わない。

 

 槍は潜り込んだ。

 

 赤い核――

 

 大臣のその額!

 

 そして

 

 ――キィン。

 

 一瞬甲高い音がした。

 

「……!」

 

 宝石に亀裂が走る。

 

 一本。

 二本。

 無数に。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 クレティスの叫びとともに宝石が砕けた。

 

 次の瞬間! 閃光がはしり。

 部屋が真っ白に染まる。

 

「やった!?」

 

 ロックが叫ぶ。

 

「クレティス!! 危ない!!」

 

 ティルの声。

 

「え?」

 

 怪物が崩れた。

 

 いや、倒れたのではない。

 大臣を形作っていた膨大な粘体が一斉に形を失ったのだ。

 

 天井を覆っていたもの。

 壁を這っていたもの。

 

 全てが巨大な波となり――

 クレティスへ覆いかぶさろうとしていた。

 

「うそ」

 

 槍はない。

 

 投げた。

 

 避け――

 

 間に合わない。

 

「クレ!」

 

 白い視界。

 

 迫る粘体。

 

 その中へ。

 

 一つの大きな影が飛び込んできた。

 

「――っ!」

 

 身体が浮いた。

 

「え?」

 

 フォルテだった。

 

 クレティスの身体を掴み、そのまま抱きかかえてるフォルテ。

 

「フォルテ!?」

 

「黙ってろ」

 

 クレティスを抱え込むフォルテの視線が、床へ落ちていた荷物へ向いた。

 ループがここまで抱えてきたもの。

 

 中には、彼女が脱出する前に作っていた爆弾が詰め込まれている。

 

「ループ」

 

「――はいですよ!」

 

 呼ばれただけで、ループは察した。

 

 フォルテは荷物を掴む。

 

 そしてクレティスが立っていた場所へ――残っていた爆弾をまとめて置いた。

 

「ちょ、フォルテ!?」

 

「全部使う」

 

「マジですかー!?」

 

 作った本人まで目を剥いた。

 

「それ全部まとめては、ものすっごく危ないのですよ!?」

 

「知ってる」

 

「知っててやるですか!?」

 

「ああ」

 

 粘体が押し寄せてくる。

 

 フォルテはクレティスを抱え直した。

 

「下がるぞ」

 

「待って待って待って!」

 

 返事など待たない。

 

 クレティスを抱えたまま床を蹴り!

 一気に爆弾から距離を取る。

 

「フォルテちゃん、もっと! もっと離れるですよー!」

 

「走れ走れ走れ!」

 

 ロックも叫びながら退く。

 ティルとアマランスも続いた。

 

 背後では、宝石を失った粘体が崩れながら押し寄せていた。

 

 そして――

 

 クレティスがいた場所に積まれた爆弾を――まとめて呑み込むのが見えて。

 

「……あ」

 

 ループの顔が引きつった。

 

「皆さん、伏せるですよぉぉぉぉっ!!」

 

「もっと先に言えぇぇぇ!」

 

 ティルの叫びと同時だった。

 

 最初の一発が炸裂する。

 

 直後に爆炎が隣の爆弾を呑み込んだ。

 

 一発また一発と――

 さらに連続した爆発が一つの巨大な轟音へ変わる。

 

 床が跳ね空気が震えた。

 炎と煙が膨れ上がり、宝石を砕かれて崩れつつあった大臣の巨体を一気に呑み込んでいく。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 フォルテに抱えられたまま、クレティスは叫んだ。

 

 これは一発の爆弾が生んだ火力ではない。

 ループが作り溜めていた爆弾。

 

 その残り全部を使った最後の一撃だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。