プレアデスストーリー   作:八束祐

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クレティス編 3

 黄金の雄鹿亭を出ると、空はすでに茜色に染まっていた。

 

「盗賊退治かぁ」

 

 肩に担いだ槍を揺らしながら、クレティスは歩き出す。

 

「うん、今度こそ冒険者らしくなってきたね」

 

 これから盗賊団のところへ乗り込み、宝石の手がかりを探して報酬も出る。

 上手くいけば、当面の宿代と食事代を心配する必要もなくなるだろう。

 

「よーし!」

 

 俄然やる気が湧いてきた。

 

 夕方の街はまだ人通りが多い。

 店じまいを始める商人がいる一方で、これから酒場へ向かう者たちもいる。

 家路を急ぐ者、呼び込みの声を上げる者、道端で立ち話をしている者。

 

 そんな人々の間を縫って、クレティスは進んでいく。

 しばらく歩いたところで、大通りを外れた。

 

 その瞬間だった。

 

「動くな」

 

 背中に、硬いものが触れた。

 クレティスの足が止まる。

 

 声は後ろからだった。

 

 ちらりと視線だけを動かす……背後に誰かいる。

 

 フードを深く被った男。

 

 そして背中へ突きつけられているのは――どうやらナイフらしい。

 

「……何のようですか?」

 

「いいから歩け」

 

「どこに?」

 

「そこの路地だ」

 

 声は自分と変わらないくらい若い。

 だが、態度は随分と生意気だった。

 

 クレティスは肩越しに振り返ろうとする。

 背中へ当たるナイフの感触が強くなった。

 

「前向いてろ」

 

「はいはい」

 

「一回で聞けよ」

 

「怒りっぽいなぁ」

 

「うるせえ」

 

 言われるまま、クレティスは裏路地へ入った。

 

 大通りの喧騒が少し遠ざかる。

 

 建物に挟まれた狭い路地には人気がない。

 背後の男は十分に奥まで入ったところで足を止めた。

 

「ここでいい」

 

 クレティスも止まる。

 

「それで?」

 

「さっきの男」

 

「さっきの?」

 

「酒場で話してただろ」

 

 クレティスは少し考えた。

 

「ああ」

 

 ティルのことだ。

 

「アイツと何を話してた?」

 

「何って……」

 

「誤魔化すな。 何を話した」

 

 どうやら強盗ではないらしい。

 

 狙いは自分ではなく、さっきまで酒場で話していたティルのほうらしい。

 

 クレティスは目だけを動かして、背後の気配を探る。ナイフはまだ背中にある。

 下手に動けば刺される距離だ。

 

「答えろ」

 

「そんなに気になるの?」

 

「早くしろ」

 

「仕方ないなぁ」

 

 クレティスはわざと溜めてから、何でもないことのように言った。

 

「男女二人で話すことっていったら、大人の話に決まってるだろ?」

 

「なっ――」

 

 一瞬。 背後の男が明らかに動揺した。

 

 クレティスは、その隙を逃さない。

 

「よっと!」

 

「うおっ!?」

 

 身体を捻り、そのまま足を払う。

 男の身体が宙へ浮き、背中から石畳へ落ちた。

 

「ぐっ!」

 

 ナイフが手を離れる。

 

 クレティスはすぐさま男へ飛びかかると、そのフードを掴んだ。

 

「顔くらい見せなよ!」

 

 一気に引き剥がして顔を拝む。

 夕暮れの光の中へ、白い髪がこぼれた。

 

 赤い瞳が、クレティスを睨む。

 

「…………」

 

「…………」

 

 クレティスは目を瞬かせた。

 

「……君、思ったより若いんだね」

 

「うるせえ!」

 

 白髪の男は跳ねるように起き上がった。

 

「だったら一つだけ覚えとけ」

 

「何?」

 

「この依頼から手を引け」

 

 男の赤い目が、まっすぐクレティスを射抜く。

 

「次は警告じゃ済まさねえぞ」

 

 それだけ言い残すと、男は身を翻した。

 

「あ、ちょっと!」

 

 クレティスが呼び止める。

 

 だが男は振り返らない。

 白い髪を再びフードの下へ隠し、夕暮れの裏路地から姿を消していった。

 

「…………」

 

 一人残されたクレティスは、その方向をしばらく眺める。

 

「依頼から手を引け、か」

 

 腕を組む。

 

『ただ宝石を探すだけ』

 

 ティルから聞いた話では、そういう仕事だった。

 それなのに、いきなり正体不明の男からナイフを突きつけられた。

 

「……やっぱり何か隠してるなぁ」

 

 クレティスは呟いた。

 

 けれど。

 

「まあ、いっか」

 

 考えるのをやめた。

 

 今は盗賊団だ。

 そちらを調べれば、宝石についても何かわかるかもしれない。

 

 クレティスは槍を担ぎ直す。

 

「さて」

 

 今度こそ盗賊団のもとへ向かう。

 

 ただ一つ言えることがある。

 考えても答えが出ないなら、自分の目で確かめればいい。

 

 それに、仕事を引き受けた以上は途中で放り出したくなかった。

 

 何より。

 

「盗賊団のアジトかぁ」

 

 口元が緩む。

 

「ちょっと楽しみなんだよね」

 

 謎の男に脅されたことより、これから始まる冒険への好奇心のほうが勝っていた。

 

 その時点では、クレティスはまだ知らなかった。

 先ほど自分へナイフを突きつけた白髪の男が何者なのか。

 

 何を誤解して自分を脅したのか。

 

 ましてや――この先、彼と肩を並べることになるなど、想像しているはずもなかった。

 

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