王宮の謁見の間という場所は、どうにも落ち着かない。
天井は高いし床は磨き上げられていて、歩くたびに自分の足音がやけに響く。
左右には立派な柱が並んでおり、その向こうには騎士やら役人やらいかにも偉そうな人たちが立っている。
そして何よりも――
「…………」
クレティスは正面をじっと見つめた。
「なんだ? 何か言いたげだな?」
「いやあ……」
もう少し見つめる。
つい最近まで一緒に冒険してた人がまさか――
「本当に王様だったんだね」
「俺もなったばかりだけどな」
ティルが答える。
そういう言葉使いはやはり、いつものティルだ。
だが、座っている場所がいつもと違う。
王座。
そこに座ってるとどう見ても王様だった。
「なんか変な感じ」
「俺もだよ。 つい最近までは好き勝手やっていたのにな」
「それはそれで似合ってないね!」
「帰れ!」
ティルは近くにいる衛兵を呼び出そうとするのであわてた。
「呼んだのティルじゃん!」
謁見の間の端で、何人かが咳払いをした。
ティルが額を押さえる。
「お前な? もうちょっとこういう場所では――」
「クレティス様」
涼やかな声が割って入った。
「あ、メイド長さん」
クレティスが振り返る。
すまし顔のメイド長さんはいつもどおりだった。
王宮の謁見の間だろうと騒ぎの真っ只中だろうがこの人だけは同じ顔をしているんじゃないか。
そんな気がする。
彼女はクレティスの前まで来ると一礼した。
「今回の報奨金です」
「報奨金!」
クレティスの目が輝いて差し出された金額を確認する。
「…………」
もう一度確認する。
「…………」
念のため、もう一度。
「……これ、全部が?」
「はい」
「ボクの?」
「クレティス様のものです」
「返せって言わない?」
「申しません」
「後から間違いでしたとか」
「ございません」
「夢じゃない?」
「必要でしたら頬をつねりましょうか?」
「それはいいよ!!」
クレティスはあわてて報奨金を大事そうに抱えた。
「やったぁぁぁぁぁぁっ!」
謁見の間に声が響き渡った。
「これでまた冒険できる!」
「王宮で叫ぶな!」
「だってお金だよ!」
「見ればわかる!」
「しばらく宿代に困らないし! ご飯も食べられる! 装備も直せるかちょっと良いのが買えるんだ!!」
「お前さぁ、今回の事件を解決した感想がそれでいいのか?」
「なにいってるのさ! お金って大事だよ!?」
「まあ……大事か」
ティルも否定しきれなかった。
少し前まで金がなく宿代にも困っていた女である。
クレティスは報奨金を抱えながらにやにやしていた。
『また旅ができる』
それだけで、もう心は王宮の外へ飛び出しかけている。
「そういえば」
クレティスが顔を上げた。
「みんなは?」
「みんな?」
「ロックとかアマランスさんにループ! フォルテ!」
「ああ」
ティルが王座へ背を預けた。
「アマランスとロックはまた例の事件を追うそうだ」
例の事件というと……
クレティスにもすぐわかった。
アマランスの兄を殺したという人物。
ロックがあの日。
あの隠れ家で話してくれたこと。
また探しに行くのか。
「そっか」
「こっちでも協力するって約束したしな」
「ティルが?」
「ああ、俺が王になった以上今までより動かせるものも増える。 記録を調べるなり、人を使うなりできることはあるからな」
「見つかるといいね」
「そうだな」
クレティスは少しだけ考えてから笑った。
「ロックなら大丈夫だろうしね!」
「ずいぶん信用したな」
「だって友達だもん!」
「本人に言ったら嫌がりそうだな」
「じゃあ今度言ってみる」
「嫌がるとわかってて言うのかよ」
それも面白そうだった。
「ループは?」
「発明を続けるそうだ」
「あー……」
容易に想像できた。
「止めても無駄そう」
「だから止めない」
ティルが笑う。
「約束したからな。 今度はちゃんとした形で、あいつの発明を支援する」
「おお!」
「材料も設備も用意して、好きなだけ作らせてやるさ」
「……大丈夫?」
「何が」
「この国」
「今それ言うか?」
「だってループだよ?」
「…………」
ティルが少し黙った。
「爆発物については管理させるようにしておこう」
「うん……その方がいいよ」
「しかし、なんでお前に心配されなきゃならん」
そこでクレティスが、もう一人を思い出した。
「あ、フォルテは?」
「…………」
ティルの反応が止まった。
「ティル?」
「わからん」
「え?」
「消えた」
「消えた!?」
「事件が終わった後にはもういなかった」
「どこ行ったの?」
「だから、わからん」
「何しにキーリルに来てたの?」
「わからん」
「何探してたの?」
「わからん」
「結局なんだったの、あの人?」
「俺に聞くな」
「ティルって王様なのに?」
「王様をなんだと思ってんだ」
「なんでも知ってる人?」
「……違う」
クレティスは首を傾げた。
フォルテ。
最初に会ったときから、よくわからない男だった。
何かを探していたっぽいが何のためなのか。
何を見つけたかったのか。
結局、最後まで聞けなかった。
「まあ、いっか」
「いいのかよ」
「また会ったら聞くよ」
会えるかどうかもわからない。
それでも、なんとなく。
またどこかで会うような気がした。
「それから大臣は?」
「ああ、あいつか」
ティルの口元がわずかに曲がった。
「ちょっと遠くの鉱山に連れていかれたよ」
「鉱山?」
「今頃、穴掘ってるんじゃね?」
「…………」
「一生な!」
「…………」
クレティスは想像した。
煤だらけになりながらつるはしを振る大臣。
『こんなところで終わらないザンスよ! ミーは必ず再起するザンス!』
なぜか簡単に想像できた。
「元気そうだろうね」
「なんでそう思った?」
「なんとなくの勘だよ」
「まあ、たぶん元気だろ」
それならそれでいい。
悪いことをした分しっかり穴を掘ってもらおう。
「さて」
ティルの声が少し変わった。
「クレティス」
「なに?」
「お前はこれからどうする?」
「え?」
クレティスは抱えている報奨金を見る。
そんなもの決まっている。
「冒険!」
「即答か」
「だってお金も入ったし!」
行きたい場所はいくらでもある。
見たことのない景色も。
知らない町も。
まだ出会っていない人たちも。
どこに何が待っているのかなんて、わからない。
だから冒険は面白い。
「そう言うと思った」
ティルが立ち上がり王座から降りる。
クレティスの前まで歩いてくる。
「でも、その前に一つだけ聞いておく」
「?」
ティルはクレティスを見る。
小さな身体。
ぼさぼさになりやすい緑の髪。
無茶をするし、考えるより先に動くこともある。
金はないし準備も抜けている。
洞窟に照明すら持ってこない。
それでも。
誰かが諦めたとき。
誰もがもう駄目だと思ったとき。
最後まで槍を握って、あの場にいた全員をもう一度奮い立たせた。
「お前には才能がある」
「へ?」
「戦う才能だけじゃない」
ティルは続けた。
「誰も動けなくなったときにお前は動ける奴だ。 誰も勝てると思ってないときにお前だけは勝とうとする」
「…………」
「そういう奴は貴重だ」
クレティスは少し困った。
褒められるのは嫌いじゃない。
むしろ嬉しい。
だが、ティルが妙に真面目なので、なんだかむず痒い。
「だから――俺のところで騎士にならないか?」
「…………」
謁見の間が静かになった。
メイド長も黙っている。
周囲の騎士たちも、クレティスを見る。
新しい王からの誘いで王直属の騎士になれるという事は、きっと名誉なことなのだろう。
生活にも困らないし給料だって出る。
もしかしたら、宿代を気にする必要もなくなる。
クレティスは考えた。
「うーん……」
クレティスが一瞬だけ悩むふりを見せて――
「冒険が待ってるからいやだよ」
「即答じゃねえか」
ティルが吹き出した。
「だって騎士になったらさ、ずっとここにいなきゃいけないんでしょ?」
「まあ、好き勝手旅されると困るな」
「じゃあ無理だね!」
「王様直々の勧誘だぞ?」
「王様よりも冒険だよ!」
「言い切ったなお前」
ティルは肩をすくめる。
「それは残念だ」
けれど、その顔は笑っていた。
クレティスも笑う。
「でも、ピンチになったらいつでも助けに向かうよ」
ティルが一瞬だけ目を丸くした。
「このグランバードが?」
「うん」
「俺は?」
「それも」
「報酬なしでもいいか?」
「…………」
クレティスが止まった。
「おい」
「い、行くよ!」
「今考えただろ」
「行くって! きっと、多分! そのうち」
「目が泳いでるぞ」
「助けに来てもご飯くらいは出してよ!」
「王宮まで来て飯をたかる英雄がいるか!」
「いるよ! ここに!」
ティルが吹き出した。
それから、何かを思いついたようにクレティスを見る。
「分かったよ。 その代わり――」
「?」
「クレティス。 お前には位をやる」
「…………位?」
「そうだ!」
ティルがマントを翻し王として告げる。
「今日からお前は【自由騎士】だ」
「じゆう……きし?」
クレティスが首を傾げた。
「なにそれ?」
「俺が今決めた!」
「今!?」
謁見の間が少しざわついた。
ティルは気にしない。
「普通の騎士みたいに王宮に詰める必要はない。 どこへ行こうが何をしようが、お前の自由だ」
「おお」
「その代わり、キーリルが本当に困ったときには力を貸せ」
「それならいいよ!」
「それと、その位があればいつでも俺に会いに来ていいし。 城にも自由に入れるようにしておく」
「本当!?」
クレティスの目が輝いた。
「さらに――」
ティルがわざと間を置いた。
「城で飯も食っていい」
「やる!」
「そこが決め手かよ!」
「だってお城のご飯だよ!?」
「王にいつでも会えることより飯なのか!?」
「ティルにはもう会ったことあるし!」
「そういう問題じゃねえ!」
クレティスは嬉しそうに笑った。
騎士になって城に縛られるのは嫌だ。
でも、冒険を続けていい。
好きなところへ行っていい。
それでいて困ったときにはここへ帰ってこられる。
何よりも――
「お城のご飯……」
「お前、絶対それ目当てで来るだろ」
「そんなことないよ?」
「こっち見て言え」
クレティスが顔ごと目を逸らした。
ティルは呆れたように息を吐くがすぐに笑う。
「【自由騎士】クレティスよ」
呼ばれて、クレティスが振り返る。
「なに?」
「お前らしい職だ!」
「うん!」
クレティスは満面の笑みで頷いた。
「気に入った!」
王宮に仕える騎士にはならなかった。
だからといって、キーリルで繋がった縁が切れるわけでもない。
必要なときには戻ってくる。
それ以外のときは、好きなだけ世界を歩けばいい。
自由騎士。
なるほど悪くない。
「じゃあ、行ってくる!」
「ああ」
「ご飯食べたくなったら戻ってくるね!」
「ピンチのときに戻って来い!」
「それも!」
「順番が逆だ!」
笑いながら、クレティスは王宮の大きな扉へ向かっていった。
肩には槍。
額にはゴーグル。
そして今日からはもう一つ。
【自由騎士】という、なんとも自分らしい肩書きを持って。
2部から主人公が変わります。