レイドに連れられて入った建物は、想像していた「まともな仕事場」とは少し違っていた。
受付らしいものはある。
壁には依頼書が並び、人の出入りも多い。
一見すれば確かに冒険者ギルドと大差ない。
ただ、集まっている連中の柄が悪い。
顔に傷のある男が昼間から酒を飲み、隅では明らかに堅気には見えない二人組が小声で何かを相談している。
腰に下げている武器も、魔物を狩るためというより人間相手に使い慣れていそうなものばかりだ。
明らかにそういう奴らだ。
沙耶が志岐の袖を引いた。
「兄様ぁ~……ここは、本当に大丈夫なところでしょうか~」
「さあな」
「さあって……」
「給料出なかったら辞めようぜ」
のんきに志岐は答える。
「心配するところは、そこですか?」
志岐としては重要だった。
宿代が払えず、まともな食事にも困る生活からようやく抜け出せるのだ。
多少胡散臭い程度なら、実際に危ない目に遭ってから考えればいい。
レイドはそんな兄妹を気にした様子もなく、奥にある大きな机まで進んだ。
「バルタザール様。連れて参りました」
「おお、レイド! そいつが例の男か!」
机の向こうから、恰幅のいい男が立ち上がる。
腹も声も大きい。
志岐を上から下まで眺め、続いて沙耶を見る。
「ワシがバルタザールだ。 この一帯を取り仕切っている」
「志岐」
「妹の沙耶です。 よろしくお願いいたします」
「兄妹か。 レイドから腕の立つ男を拾ったと聞いたが――君、本当に強いんだろうな?」
「強いぞ」
即答すると、バルタザールが愉快そうに笑った。
「はっはっは! いいな、自信のある奴はワシも嫌いじゃない!」
「先ほど実際に腕を拝見しましたが、問題ないかと」
レイドが横から添える。
「ふむ。 なら仕事は回せそうだな」
バルタザールが志岐と沙耶を見る。
腕を組んで考え始めたところで、レイドが何気なく口を挟んだ。
「二人だけで動かすのでしたら、魔術師を一人加えた方がよろしいかもしれませんね」
「魔術師?」
「ええ……例えば私の『桃』などいかがでしょう?」
「桃か……」
バルタザールが顎を撫でる。
「前衛が志岐、回復役が沙耶。そこに桃を加えれば……なるほど」
数秒後、男は机を叩いた。
「よし、決めた! 君たちは桃と組め!」
「桃?」
志岐と沙耶の脳内には美味しい果実が浮かんだ。
「桃! 桃はいるか!」
バルタザールの声が飛ぶ。
男が一人やってくる。
まさか桃って男なのか?と志岐が考える。
「なに? そうか、例の褒美の時間だったか……それよりもこっちの方が大事だ。 今すぐに連れて来い!」
どうやら先ほどの男は連絡要員だったようで、志岐は胸をなでおろす。
ほどなくして、一人の女がやってきた。
桃色の短い髪に、紫と黒を基調にした衣装。
肌の露出は多いが、立ち姿には隙がない。
綺麗な女だった。
志岐の視線が自然とそちらへ向く。
「お呼びでしょうか、バルタザール様」
「ああ、そのために呼んだ。 お前は今日からこいつらと組むように」
桃は志岐と沙耶を見る。
「承知いたしました」
それだけだった。
驚きも、疑問も、相手を品定めするような様子もない。
志岐が手を上げる。
「俺、志岐!」
「桃と申します。 よろしくお願いいたします、志岐様」
「彼氏いる?」
「兄様?」
「おりません」
「好きな男は?」
「おりません」
「じゃあ俺とかどうよ?」
「兄様!!」
「ご命令でしたら、お相手いたします」
「…………」
志岐の笑みが止まった。
沙耶も思わず桃を見る。
「いや、命令じゃねえよ」
「承知いたしました」
桃は淡々と答えた。
そこで話は終わったらしい。
志岐には少し引っかかったが、初対面の女を問い詰めるほどのことでもない。
「三人でしばらく動いてみてください」
レイドが言った。
「実際に組めば、お互いのことも分かるでしょう?」
「はい師匠」
桃のなんともいえない無機質な声である。
「お前は一緒じゃねえの?」
「私は別の仕事がありますので」
「そうか」
志岐は桃をもう一度見る。
強そうで可愛い。
可愛くて可愛い!
ちょっとHに見える格好というのも最高だ!
悪くない!と志岐は心の中で満足げに笑った。
「兄様?」
沙耶が先ほどから睨んでいるが、まぁ無視しよう!
「桃、ちょっとこちらへ」
なにやらレイドに呼び出される桃。
何を話しているのかはわからないが、その様子をじっと見つめる。
すると、桃がこちらを見たので思わず手を振る。
「私よりもちょっと年上っぽいですね兄様」
沙耶も手を振っている。
兄妹というものは変なところで似るものだ。
「そうだな。 しかしここに決まってあたりでよかったな!」
「また兄様は! そうやって何かあっても知りませんからね」
「あー、わかったわかった。 ところで、飯は?」
近くにいたバルタザールがまた豪快に笑った。
「ガハハハ! 嬢ちゃんの小言より飯か! 気に入ったぞ、志岐!」
「だろ? 腹減ってちゃ反省もできねぇからな」
「反省する気がある人は、そんなこと言いません!」
どうやら飯の前に、もうひとつ説教を食らうことになりそうだった。