プレアデスストーリー   作:八束祐

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志岐編 7

 

 ギルドでの初仕事を言い渡すため、三人はレイドに呼び出された。

 

 ちなみにバルタザールは今日も仕事をする様子もなく、偉そうにふんぞり返っている。

 あれで金がもらえるなら、俺もあの役がいいぞ。

 

 沙耶は、机の上に置かれた宝石を眺めていた。

 

「これを増やしてこい?」

 

「正確には、これを見本として複製品を作らせてきてください」

 

 向かいに立つレイドが訂正する。

 

 赤みを帯びた宝石。

 大きさは手のひらに収まる程度だ。

 

 志岐には宝石の価値など分からないが、光を受けるたび、その奥で何かが揺れているように見える。

 

 つまみ上げ、窓から差し込む光にかざした。

 

「高いの?」

 

「落とさないでくださいね」

 

「だから高い?」

 

「あなたがしばらく真面目に働いても買えない程度には」

 

 それを聞いた志岐は、すぐさま沙耶の方を振り返った。

 

「沙耶~」

 

「嫌ですよ」

 

「まだ何も言ってねえだろ」

 

「兄様が落としたときの弁償を頼もうとしたんでしょう?」

 

「なんで分かった?」

 

「分かります!」

 

 沙耶が志岐の手から宝石を取り上げる。

 

「ほら、桃さんに持ってもらいましょう。 兄様より安心です」

 

「信用ねえなあ」

 

「日頃の行いです」

 

「志岐様」

 

 桃が一歩前へ出た。

 

「私がお預かりいたします」

 

「んじゃ、よろしく頼むわ」

 

「最初からそうしてください!」

 

 沙耶から宝石を受け取った桃が、腰の辺りへ手を伸ばす。

 

 次の瞬間、宝石が消えた。

 

「お?」

 

 志岐が目を丸くした。

 

「どこやったんだ?」

 

「収納いたしました」

 

「どこに?」

 

「こちらです」

 

 桃が背を向ける。

 

 衣服から覗く背中には、複雑な模様が刻まれていた。

 

 志岐も以前から気づいてはいた。

 ただ、身体に変わった模様がある女の子なんだ、という程度にしか思っていなかった。

 

 だが、沙耶には何なのか分かったらしい。

 

「それ……魔術刻印ですか?」

 

「はい」

 

 桃が答える。

 

「私の身体に刻まれた魔術刻印には、物品を収納する機能があります」

 

「身体の中に入ってるのか?」

 

 志岐は自国にあるマンガを思い浮かべた。

 少年とタヌキのコンビが織りなすドタバタ劇だ。

 

「厳密には異なります」

 

「じゃあ、どこ?」

 

「刻印によって形成された収納領域です」

 

「へえ」

 

 志岐は興味津々で桃の背中を覗き込んだ。

 

「兄様」

 

「見てるだけだろ」

 

「距離が近いです」

 

「模様見てんだよ」

 

「顔が近いんです!」

 

 大真面目な顔で観察を続ける志岐に、桃が振り返った。

 

「志岐様」

 

「ん?」

 

「触れますか?」

 

「いいの?」

 

「刻印をご覧になりたいのでしたら」

 

「桃さん!」

 

 沙耶が慌てて二人の間へ割って入った。

 

「兄様にそういうことを簡単に許しちゃ駄目ですよ!」

 

「なぜでしょうか」

 

「なぜって……それは! 兄様だからです!」

 

「俺って理由だけで駄目なの?」

 

「駄目です!」

 

「ひどくね?」

 

 そのやり取りを眺めていたレイドが、小さく笑う。

 

「仲がよろしいことで」

 

「お前、それ言っとけばいいと思ってるだろ」

 

「気のせいですよ」

 

 桃が再び前を向いた。

 

「宝石は私が保管いたします」

 

「頼んだ。 ちなみに他にも入る?」

 

「大きさと量には限界がありますが、ある程度は」

 

「食い物」

 

「可能です」

 

「着替え」

 

「可能です」

 

「金」

 

「可能です」

 

「人」

 

「無理です」

 

「そっか」

 

「兄様、何を入れるつもりだったんですか?」

 

「いや、入るなら俺が入って移動できねえかなって」

 

「歩いてください!」

 

 沙耶の声が部屋に響く。

 

 桃はそんな兄妹を静かに見ていた。

 

「それで」

 

 志岐がレイドへ向き直る。

 

「こいつを持って、どこ行きゃいいんだ?」

 

「場所はこちらに」

 

 レイドが地図を差し出した。

 

「そこにいる方々へ宝石を渡してください。話は通してあります」

 

「で、複製品を受け取って帰ってくれば終わり?」

 

「ええ、受領証も忘れずにお願いします」

 

「受領証?」

 

「仕事を完了した証明です。 この商売、信用が大事ですから」

 

「面倒くせえな」

 

「持って帰るだけですよ」

 

 志岐は露骨に嫌そうな顔をする。

 

 そのまま桃を見た。

 

「桃」

 

「はい」

 

「それも頼む」

 

「承知いたしました」

 

「兄様、桃さんに全部任せる気じゃないでしょうね?」

 

「適材適所だ」

 

「ただ面倒なだけでしょう!」

 

「俺が一番強いんだから戦闘担当でいいだろ」

 

「まだ戦闘があるとも言われてません!」

 

「じゃあ、ない方がいいな」

 

「もう……!」

 

 沙耶が呆れて肩を落とす。

 

「では」

 

 レイドが三人を見渡した。

 

「初仕事、よろしくお願いします」

 

「おう」

 

 志岐が軽く手を上げる。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

「お気をつけて」

 

 レイドはいつもの胡散臭い穏やかな笑顔で送り出した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 三人でキーリルの街を出た。

 それほど遠い場所ではないらしいが、すぐ着く距離でもない。

 

「初仕事が宝石運びねえ」

 

 志岐は刀を腰に差したまま歩いている。

 

「運んでいるのは桃さんですけどね」

 

「俺はその護衛だが?」

 

「誰から守るんです?」

 

「宝石を狙う悪い奴!」

 

「雑です」

 

「じゃあ何か出てきたら俺が倒すってことで」

 

「出てこない方がいいですよ!」

 

「仕事した感じがしねえじゃんか」

 

「安全なのが一番なんです!」

 

「志岐様」

 

 少し前を歩いていた桃が振り返った。

 

「敵との遭遇をご希望でしょうか?」

 

「いや、別に」

 

「先ほど、何か出てきたらと」

 

「出てきたら倒すってだけ」

 

「承知いたしました」

 

「桃さん」

 

 沙耶が桃の横へ並ぶ。

 

「さっきの刻印は、非常に便利ですね」

 

「はい」

 

「桃さんの持ち物も全部そこに?」

 

「多くは収納しております」

 

「重くないんですか?」

 

「収納中の重量を、そのまま私が負担するわけではありませんので」

 

「じゃあ旅にはすごく便利なんですね」

 

「はい」

 

 沙耶は桃の背中を見る。

 

「刻印を作るときって、痛かったんですか?」

 

「痛みはありました」

 

「……そうなんですか」

 

 沙耶が少しだけ複雑そうな顔になる。

 

「誰に?」

 

 後ろを歩いていた志岐が口を挟んだ。

 

「……何がでしょうか?」

 

「その刻印を作った奴だよ」

 

「レイド様です」

 

「またあいつか」

 

「兄様」

 

「なんだよ? あいつの名前ばっか出てくるから」

 

「レイド様は私の師ですので」

 

 桃が答える。

 

「魔術について多くをご教授いただきました。 この刻印も、その一つです」

 

「本人が便利って言うんならいいけどな」

 

「はい、非常に有用です」

 

「桃さん自身は気に入ってるんですか?」

 

 沙耶が聞いた。

 

「…………」

 

 桃が少し黙った。

 

「機能についてでしょうか」

 

「いえ、その刻印そのものを」

 

「…………」

 

 また考える。

 

「便利だと思います」

 

「そうじゃなくて……」

 

「沙耶」

 

 志岐が後ろから声をかけた。

 

「いいだろ」

 

「でも」

 

「本人が分かんねえなら」

 

「……そうですね」

 

 沙耶はそれ以上聞かなかった。

 桃だけが、少し不思議そうに二人を見ている。

 

 道中は非常に穏やかだった。

 

 

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