ギルドでの初仕事を言い渡すため、三人はレイドに呼び出された。
ちなみにバルタザールは今日も仕事をする様子もなく、偉そうにふんぞり返っている。
あれで金がもらえるなら、俺もあの役がいいぞ。
沙耶は、机の上に置かれた宝石を眺めていた。
「これを増やしてこい?」
「正確には、これを見本として複製品を作らせてきてください」
向かいに立つレイドが訂正する。
赤みを帯びた宝石。
大きさは手のひらに収まる程度だ。
志岐には宝石の価値など分からないが、光を受けるたび、その奥で何かが揺れているように見える。
つまみ上げ、窓から差し込む光にかざした。
「高いの?」
「落とさないでくださいね」
「だから高い?」
「あなたがしばらく真面目に働いても買えない程度には」
それを聞いた志岐は、すぐさま沙耶の方を振り返った。
「沙耶~」
「嫌ですよ」
「まだ何も言ってねえだろ」
「兄様が落としたときの弁償を頼もうとしたんでしょう?」
「なんで分かった?」
「分かります!」
沙耶が志岐の手から宝石を取り上げる。
「ほら、桃さんに持ってもらいましょう。 兄様より安心です」
「信用ねえなあ」
「日頃の行いです」
「志岐様」
桃が一歩前へ出た。
「私がお預かりいたします」
「んじゃ、よろしく頼むわ」
「最初からそうしてください!」
沙耶から宝石を受け取った桃が、腰の辺りへ手を伸ばす。
次の瞬間、宝石が消えた。
「お?」
志岐が目を丸くした。
「どこやったんだ?」
「収納いたしました」
「どこに?」
「こちらです」
桃が背を向ける。
衣服から覗く背中には、複雑な模様が刻まれていた。
志岐も以前から気づいてはいた。
ただ、身体に変わった模様がある女の子なんだ、という程度にしか思っていなかった。
だが、沙耶には何なのか分かったらしい。
「それ……魔術刻印ですか?」
「はい」
桃が答える。
「私の身体に刻まれた魔術刻印には、物品を収納する機能があります」
「身体の中に入ってるのか?」
志岐は自国にあるマンガを思い浮かべた。
少年とタヌキのコンビが織りなすドタバタ劇だ。
「厳密には異なります」
「じゃあ、どこ?」
「刻印によって形成された収納領域です」
「へえ」
志岐は興味津々で桃の背中を覗き込んだ。
「兄様」
「見てるだけだろ」
「距離が近いです」
「模様見てんだよ」
「顔が近いんです!」
大真面目な顔で観察を続ける志岐に、桃が振り返った。
「志岐様」
「ん?」
「触れますか?」
「いいの?」
「刻印をご覧になりたいのでしたら」
「桃さん!」
沙耶が慌てて二人の間へ割って入った。
「兄様にそういうことを簡単に許しちゃ駄目ですよ!」
「なぜでしょうか」
「なぜって……それは! 兄様だからです!」
「俺って理由だけで駄目なの?」
「駄目です!」
「ひどくね?」
そのやり取りを眺めていたレイドが、小さく笑う。
「仲がよろしいことで」
「お前、それ言っとけばいいと思ってるだろ」
「気のせいですよ」
桃が再び前を向いた。
「宝石は私が保管いたします」
「頼んだ。 ちなみに他にも入る?」
「大きさと量には限界がありますが、ある程度は」
「食い物」
「可能です」
「着替え」
「可能です」
「金」
「可能です」
「人」
「無理です」
「そっか」
「兄様、何を入れるつもりだったんですか?」
「いや、入るなら俺が入って移動できねえかなって」
「歩いてください!」
沙耶の声が部屋に響く。
桃はそんな兄妹を静かに見ていた。
「それで」
志岐がレイドへ向き直る。
「こいつを持って、どこ行きゃいいんだ?」
「場所はこちらに」
レイドが地図を差し出した。
「そこにいる方々へ宝石を渡してください。話は通してあります」
「で、複製品を受け取って帰ってくれば終わり?」
「ええ、受領証も忘れずにお願いします」
「受領証?」
「仕事を完了した証明です。 この商売、信用が大事ですから」
「面倒くせえな」
「持って帰るだけですよ」
志岐は露骨に嫌そうな顔をする。
そのまま桃を見た。
「桃」
「はい」
「それも頼む」
「承知いたしました」
「兄様、桃さんに全部任せる気じゃないでしょうね?」
「適材適所だ」
「ただ面倒なだけでしょう!」
「俺が一番強いんだから戦闘担当でいいだろ」
「まだ戦闘があるとも言われてません!」
「じゃあ、ない方がいいな」
「もう……!」
沙耶が呆れて肩を落とす。
「では」
レイドが三人を見渡した。
「初仕事、よろしくお願いします」
「おう」
志岐が軽く手を上げる。
「じゃあ行ってくるわ」
「お気をつけて」
レイドはいつもの胡散臭い穏やかな笑顔で送り出した。
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三人でキーリルの街を出た。
それほど遠い場所ではないらしいが、すぐ着く距離でもない。
「初仕事が宝石運びねえ」
志岐は刀を腰に差したまま歩いている。
「運んでいるのは桃さんですけどね」
「俺はその護衛だが?」
「誰から守るんです?」
「宝石を狙う悪い奴!」
「雑です」
「じゃあ何か出てきたら俺が倒すってことで」
「出てこない方がいいですよ!」
「仕事した感じがしねえじゃんか」
「安全なのが一番なんです!」
「志岐様」
少し前を歩いていた桃が振り返った。
「敵との遭遇をご希望でしょうか?」
「いや、別に」
「先ほど、何か出てきたらと」
「出てきたら倒すってだけ」
「承知いたしました」
「桃さん」
沙耶が桃の横へ並ぶ。
「さっきの刻印は、非常に便利ですね」
「はい」
「桃さんの持ち物も全部そこに?」
「多くは収納しております」
「重くないんですか?」
「収納中の重量を、そのまま私が負担するわけではありませんので」
「じゃあ旅にはすごく便利なんですね」
「はい」
沙耶は桃の背中を見る。
「刻印を作るときって、痛かったんですか?」
「痛みはありました」
「……そうなんですか」
沙耶が少しだけ複雑そうな顔になる。
「誰に?」
後ろを歩いていた志岐が口を挟んだ。
「……何がでしょうか?」
「その刻印を作った奴だよ」
「レイド様です」
「またあいつか」
「兄様」
「なんだよ? あいつの名前ばっか出てくるから」
「レイド様は私の師ですので」
桃が答える。
「魔術について多くをご教授いただきました。 この刻印も、その一つです」
「本人が便利って言うんならいいけどな」
「はい、非常に有用です」
「桃さん自身は気に入ってるんですか?」
沙耶が聞いた。
「…………」
桃が少し黙った。
「機能についてでしょうか」
「いえ、その刻印そのものを」
「…………」
また考える。
「便利だと思います」
「そうじゃなくて……」
「沙耶」
志岐が後ろから声をかけた。
「いいだろ」
「でも」
「本人が分かんねえなら」
「……そうですね」
沙耶はそれ以上聞かなかった。
桃だけが、少し不思議そうに二人を見ている。
道中は非常に穏やかだった。