プレアデスストーリー   作:八束祐

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志岐編 8

 

 街道を外れてしばらく歩いたところで、志岐が足を止めた。

 

「なんかいるぞ」

 

「魔物ですか?」

 

 桃が杖へ手を伸ばす。

 

「いや」

 

 道の先に、小さな露店のようなものが出ていた。

 

「こんパンダ、いらっしゃいませー!」

 

「…………」

 

 三人が止まった。

 

 旅人が休憩できそうな場所に、布を広げて商品を並べている女がいた。

 

 頭には妙な帽子。

 白と黒で、丸い耳がついている。

 

「……なんだあれ」

 

 志岐が言った。

 

「行商人……でしょうか」

 

 沙耶も首を傾げる。

 

「商品が並べられていますね」

 

 桃は見たままを答えた。

 

「いや、そこじゃねえよ」

 

 女は三人に気づくと、大きく手を振った。

 

「そこのおにーさん、おねーさんたちー! 寄っていきませんかー! 旅に必要なものから必要じゃないものまで、なんでも揃ってますよー!」

 

「必要じゃないものまで売るのかよ」

 

「もちろんですよー!」

 

「聞こえてた」

 

 志岐は妙な女に興味を持ったらしい。

 ふらふらと露店へ近づいていく。

 

「兄様」

 

「見るだけ見るだけ」

 

「その言葉を信用できないんですけど」

 

 結局、沙耶と桃も後に続く。

 

「こんパンダー!」

 

 女が両手を広げた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 近くで見ると、やはり頭の帽子が妙だった。

 

 白と黒の動物らしい。

 しかも妙なのは帽子だけではない。

 

 女の隣には、その帽子とよく似た生き物が座っていた。

 

 大きさはぬいぐるみ程度。

 そいつがじっと志岐を見ている。

 

「なんだこいつ」

 

 志岐がしゃがむ。

 

 小さな生き物が一枚の板を持ち上げた。

 

『パンダ』

 

「喋れんの?」

 

 生き物は頭を横に振る。

 

『しゃべれない』

 

「じゃあなんで会話成立してんだよ」

 

 板がひっくり返る。

 

『かみさまだから』

 

「神!?」

 

 沙耶も目を丸くする。

 

「神様なんですか?」

 

『そう』

 

「ちっちゃ」

 

 志岐が言った。

 

 パンダが新しい板を出す。

 

『かむぞ』

 

 ガジガジと噛む動作をする神様。

 

「神様が脅すなよ」

 

「パンダ神様ですよー」

 

 行商人がにこにこしている。

 

「よろしくしてあげてくださいねー」

 

「お前は?」

 

「わたしですかー? わたしはハナですー。 旅する行商人ですよー」

 

「ハナ」

 

「はいー」

 

「その帽子は何?」

 

「かわいいでしょうー?」

 

「まあ目立つな」

 

「かわいいかを聞いたんですよー」

 

「目立つ」

 

「かわいいって言ってくださいよー」

 

「変」

 

「おにーさん、女の子にモテませんよー?」

 

「モテるぞ」

 

 えっへんと胸を張る。

 

「兄様、それを自分で言うのやめません?」

 

「事実だろ」

 

「私に聞かないでください」

 

 ハナがくすくす笑う。

 

「おねーさんも、苦労してますねー」

 

「分かります?」

 

「見れば分かりますよー」

 

「初対面の人にまで……」

 

 沙耶が肩を落とした。

 

 桃は並べられた商品を見ている。

 

 薬に包帯、保存食。

 水筒に縫い物などの小さな道具。

 

 旅に使えそうな品が雑多に並んでいた。

 

「本当に色々ありますね」

 

「でしょうー?」

 

 ハナが胸を張る。

 

「わたしのお店はなんでも揃ってますよー! 絆創香に毒消し、腹痛のお薬、眠気覚まし! 不死の秘薬や夜のお手伝いのお薬に、どんな人の傷も治す万能薬までー!」

 

「後半は絶対嘘だろ?」

 

 志岐が即座に突っ込む。

 

「失礼ですねー」

 

「不死の秘薬なんかをその辺で売っててたまるか!」

 

「ありますよー?」

 

「はいはい」

 

「万能薬もありますよー?」

 

「客寄せのためなら何でも言うんだな、お前」

 

「嘘つき扱いされましたー」

 

 ぷくーっとハナは頬を膨らませる。

 

「沙耶」

 

「なんです?」

 

「万能薬だって」

 

「そんなものが本当にあるのなら、私も見てみたいですけどね」

 

「おねーさん、買いますかー?」

 

「いくらです?」

 

「ひみつですー。 とても高いとだけ言っておきますよー!」

 

「お前やっぱ、売る気ないだろ」

 

「今日は持ってないだけですよー」

 

「やっぱりな」

 

 志岐の中で、完全に客寄せの口上として処理された。

 

「で、普通の傷薬は?」

 

「ありますよー!」

 

「いくら?」

 

「こちらになりますー」

 

「……まあ普通だな」

 

「良心価格ですよー」

 

 志岐は商品を眺める。

 

「保存食とかある?」

 

「ありますー」

 

「これとこれ。 あと包帯」

 

「毎度ありがとうございますー」

 

「水筒……はあるな。 火ぃつけるやつ」

 

「こちらですー」

 

「じゃあそれも」

 

「おにーさん、いっぱい買ってくれますねー!」

 

「どうせ使うからな」

 

「兄様」

 

「なんだよ」

 

「さっきお金がないって言ってませんでした?」

 

「仕事始めたからな!」

 

「まだ報酬もらってませんよ!」

 

「先行投資ってことで?」

 

「そうやって使うからなくなるんです!」

 

「必要なもんしか買ってねえよ」

 

 そう言いながら、志岐は適当に商品を選んでいく。

 

「ハナ、これも」

 

「毎度ありですー!」

 

「売らないでください!」

 

「商売人なのでー」

 

 ハナは満面の笑みだった。

 

 桃が保存食を一つ手に取る。

 

「これはどのくらい日持ちしますか?」

 

「ひと月くらいなら余裕で日持ちしますよー」

 

「では、予備として購入しておくべきかと」

 

「ほら、桃も買うって」

 

「桃さんはちゃんと考えてます!」

 

 なんだかんだで、買うとそれなりの量になった。

 

 桃が購入品を収納する。

 品物が次々と魔術刻印の収納領域へ消えていく。

 

 ハナが目を丸くした。

 

「おねーさん、便利ですねー!」

 

「ありがとうございます」

 

「うちで働きませんー?」

 

「レイド様より現在の仕事を命じられておりますので」

 

「残念ですー」

 

「人の仲間を勧誘すんなよ」

 

「いいじゃないですかー。 聞くだけなら無料ですよー」

 

「ふーん……」

 

 志岐はハナを上から下まで眺めた。

 

「お前、胸ちっちゃいよな」

 

「兄様!?」

 

「いきなり何を言ってるんですか!」

 

「感想」

 

「もっと悪いです!」

 

 ハナの顔が赤くなった。

 

「お、おにーさん、そういうのは女の子に言っちゃ駄目ですよー」

 

「恥ずかしがってんの?」

 

「そりゃ恥ずかしいですよー!」

 

「へえ」

 

 志岐が一歩近づく。

 

 その瞬間、パンダ神が立ち上がった。

 

『まて』

 

「お」

 

 志岐が止まる。

 

「やっぱ駄目だったか?」

 

 パンダ神はハナの前に積まれた代金を見る。

 次に志岐を見て、再び代金を見る。

 

 さらに、桃が収納した大量の商品を見る。

 

「…………」

 

 何やら長い長考に入り、小さな手が新しいプラカードを持ち上げた。

 

『ごうかく!』

 

「何がだよ?」

 

 裏返す。

 

『おとくいさま』

 

「現金な神様だな、お前!」

 

 志岐が笑った。

 

『現金一括購入はありがたい』

 

 パンダ神も満足だったらしい。

 

「で?」

 

 志岐がパンダ神を見る。

 

「お得意様だとなんかあんの?」

 

 パンダ神がハナを見る。

 

 ハナが本気で嫌そうにはしていないことを確かめたらしい。

 

 こくりと頷き、プラカードを掲げる。

 

『すこしなら』

 

「おお」

 

「何が『おお』ですか!」

 

 沙耶が割り込もうとするが、志岐の方が早かった。

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「えっ」

 

 背後に回り、ハナの服の上から小さな胸へ手を伸ばす。

 

「ひゃっ!?」

 

 ハナの肩が跳ねた。

 

「おにーさん、本当にやるんですかー!?」

 

「許可出たしなー! やらないと損だろ」

 

「出したのパンダ神様ですよー!」

 

「お前も本気で嫌ならやめるぞ?」

 

「そ、それは……」

 

 ハナが顔を赤くしたまま視線を逸らす。

 逃げはしない。

 

「しかたありませんねー……お得意様ですからー」

 

「じゃあいいな」

 

「よくありません!」

 

 沙耶の額に青筋が浮かんだ。

 

 だが志岐は、ハナの反応を見て笑っている。

 

「お前、結構恥ずかしがるんだな?」

 

「恥ずかしいものは恥ずかしいですよー!」

 

「うん、そこがいい。 非常に可愛いからな!」

 

「兄様ぁ……!」

 

 沙耶が一歩踏み出した。

 

 その瞬間だった。

 

「いっでええええええ!?」

 

 志岐が飛び上がった。

 

 パンダ神が志岐の頭に噛みついていた。

 

「痛え! 痛えって! 離せ!」

 

 ぱっとパンダ神が離れる。

 

 志岐が頭を押さえた。

 

「何すんだてめえ!」

 

 パンダ神がプラカードを掲げる。

 

『これで終わり!』

 

「終わり!?」

 

 札が裏返る。

 

『サービスタイムしゅうりょう』

 

「時間制だったのかよ!」

 

 パンダ神は満足そうに座った。

 ハナが胸元を押さえながら、顔を赤くしている。

 

「お、お買い上げありがとうございましたー」

 

「今のも買い物扱いなの!?」

 

「兄様」

 

 沙耶が冷たい声を出した。

 

「自業自得です」

 

「いや待て。 見ろよこれ! 血ぃ出てねえ?」

 

「出てますね」

 

「治して」

 

「嫌です」

 

「即答!?」

 

「自分で治してください」

 

「お前、回復役だろ!」

 

「こういう傷を治すために回復魔法を覚えたんじゃありません!」

 

 ぷんぷん怒る沙耶。

 

「傷に種類あんの!?」

 

「あります!」

 

「ねえだろ!」

 

「あります!」

 

「桃!」

 

「はい」

 

「沙耶を説得してくれね?」

 

「沙耶様……志岐様が治療を求めております」

 

「だったら、桃さんが治してあげてください」

 

「私は回復魔法を使用できません」

 

「じゃあ兄様はそのままでいいです」

 

 ふーんだ、とそっぽを向く沙耶。

 

「よくねえよ!」

 

 志岐が頭を押さえる。

 

「くそ……」

 

「あっ、おにーさん」

 

 ハナがにこにこしながら何かを差し出した。

 

「傷にはこちらをどうぞー」

 

「…………」

 

 志岐が見る。

 

 先ほど自分で買った絆創香だった。

 

「これって……」

 

「はいー」

 

「さっき俺が買ったやつだよな?」

 

「そうですよー」

 

「…………」

 

 志岐はパンダ神を見る。

 

 パンダ神が小さく手を振った。

 

「お前が噛んだんだよな?」

 

 こくり。

 

「で、その傷を治すために」

 

「こちらの傷薬をー」

 

「俺が買う」

 

「もうお買い上げ済みですー」

 

「…………」

 

 志岐は絆創香を受け取った。

 

「どう使うんだ?」

 

「蓋を開けて匂いを嗅いでくださいー。 香りに含まれるナニカが身体を活性化して、傷を治してくれますー!」

 

「ナニカってなんだよ」

 

「ナニカはナニカですよー」

 

「一気に不安になったぞ」

 

「いいから嗅いでくださいー」

 

 言われた通り蓋を開け、匂いを嗅ぐ。

 

 しばらくすると、頭の痛みが少しずつ引いていった。

 

「お」

 

「効くでしょうー?」

 

「ちゃんと効くな」

 

「当たり前ですー! ハナちゃん印のおすすめ商品ですよー!」

 

「…………」

 

 志岐は絆創香を見る。

 

 ハナを見る。

 

 いぇい! とピースをしている。

 

 パンダ神を見る。

 

『すごいだろ』

 

 そんなプラカードを掲げている。

 

 もう一度、ハナを見る。

 

「マッチポンプじゃねぇか!」

 

「毎度ありがとうございましたー!」

 

 ハナが満面の笑顔で頭を下げる。

 パンダ神も一緒に頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

 なぜか桃まで頭を下げた。

 

「おねーさん、また来てくださいねー」

 

「はい」

 

「桃! 返事すんな!」

 

「なぜでしょうか」

 

「こいつら絶対また金取るぞ」

 

「商品を購入しなければよいのでは?」

 

「でも、絆創香ちゃんと効いたしな……」

 

「気に入ってるじゃないですか」

 

 沙耶が呆れる。

 

「じゃあな、ハナ」

 

「はいー! おにーさんも、おねーさんたちも、またどうぞー!」

 

 ハナが大きく手を振る。

 

「次はもっと珍しいものを用意しておきますねー!」

 

「万能薬?」

 

「ありますよー!」

 

「はいはい」

 

「本当ですよー!」

 

「客寄せ頑張れよ」

 

「信じてませんねー!?」

 

 ハナの声を背中で聞きながら、三人は再び歩き始めた。

 

 志岐の中では、不死の秘薬も万能薬も――

 全部、胡散臭い行商人の客寄せ文句として片づけられていた。

 

 

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