街道を外れてしばらく歩いたところで、志岐が足を止めた。
「なんかいるぞ」
「魔物ですか?」
桃が杖へ手を伸ばす。
「いや」
道の先に、小さな露店のようなものが出ていた。
「こんパンダ、いらっしゃいませー!」
「…………」
三人が止まった。
旅人が休憩できそうな場所に、布を広げて商品を並べている女がいた。
頭には妙な帽子。
白と黒で、丸い耳がついている。
「……なんだあれ」
志岐が言った。
「行商人……でしょうか」
沙耶も首を傾げる。
「商品が並べられていますね」
桃は見たままを答えた。
「いや、そこじゃねえよ」
女は三人に気づくと、大きく手を振った。
「そこのおにーさん、おねーさんたちー! 寄っていきませんかー! 旅に必要なものから必要じゃないものまで、なんでも揃ってますよー!」
「必要じゃないものまで売るのかよ」
「もちろんですよー!」
「聞こえてた」
志岐は妙な女に興味を持ったらしい。
ふらふらと露店へ近づいていく。
「兄様」
「見るだけ見るだけ」
「その言葉を信用できないんですけど」
結局、沙耶と桃も後に続く。
「こんパンダー!」
女が両手を広げた。
「いらっしゃいませー!」
近くで見ると、やはり頭の帽子が妙だった。
白と黒の動物らしい。
しかも妙なのは帽子だけではない。
女の隣には、その帽子とよく似た生き物が座っていた。
大きさはぬいぐるみ程度。
そいつがじっと志岐を見ている。
「なんだこいつ」
志岐がしゃがむ。
小さな生き物が一枚の板を持ち上げた。
『パンダ』
「喋れんの?」
生き物は頭を横に振る。
『しゃべれない』
「じゃあなんで会話成立してんだよ」
板がひっくり返る。
『かみさまだから』
「神!?」
沙耶も目を丸くする。
「神様なんですか?」
『そう』
「ちっちゃ」
志岐が言った。
パンダが新しい板を出す。
『かむぞ』
ガジガジと噛む動作をする神様。
「神様が脅すなよ」
「パンダ神様ですよー」
行商人がにこにこしている。
「よろしくしてあげてくださいねー」
「お前は?」
「わたしですかー? わたしはハナですー。 旅する行商人ですよー」
「ハナ」
「はいー」
「その帽子は何?」
「かわいいでしょうー?」
「まあ目立つな」
「かわいいかを聞いたんですよー」
「目立つ」
「かわいいって言ってくださいよー」
「変」
「おにーさん、女の子にモテませんよー?」
「モテるぞ」
えっへんと胸を張る。
「兄様、それを自分で言うのやめません?」
「事実だろ」
「私に聞かないでください」
ハナがくすくす笑う。
「おねーさんも、苦労してますねー」
「分かります?」
「見れば分かりますよー」
「初対面の人にまで……」
沙耶が肩を落とした。
桃は並べられた商品を見ている。
薬に包帯、保存食。
水筒に縫い物などの小さな道具。
旅に使えそうな品が雑多に並んでいた。
「本当に色々ありますね」
「でしょうー?」
ハナが胸を張る。
「わたしのお店はなんでも揃ってますよー! 絆創香に毒消し、腹痛のお薬、眠気覚まし! 不死の秘薬や夜のお手伝いのお薬に、どんな人の傷も治す万能薬までー!」
「後半は絶対嘘だろ?」
志岐が即座に突っ込む。
「失礼ですねー」
「不死の秘薬なんかをその辺で売っててたまるか!」
「ありますよー?」
「はいはい」
「万能薬もありますよー?」
「客寄せのためなら何でも言うんだな、お前」
「嘘つき扱いされましたー」
ぷくーっとハナは頬を膨らませる。
「沙耶」
「なんです?」
「万能薬だって」
「そんなものが本当にあるのなら、私も見てみたいですけどね」
「おねーさん、買いますかー?」
「いくらです?」
「ひみつですー。 とても高いとだけ言っておきますよー!」
「お前やっぱ、売る気ないだろ」
「今日は持ってないだけですよー」
「やっぱりな」
志岐の中で、完全に客寄せの口上として処理された。
「で、普通の傷薬は?」
「ありますよー!」
「いくら?」
「こちらになりますー」
「……まあ普通だな」
「良心価格ですよー」
志岐は商品を眺める。
「保存食とかある?」
「ありますー」
「これとこれ。 あと包帯」
「毎度ありがとうございますー」
「水筒……はあるな。 火ぃつけるやつ」
「こちらですー」
「じゃあそれも」
「おにーさん、いっぱい買ってくれますねー!」
「どうせ使うからな」
「兄様」
「なんだよ」
「さっきお金がないって言ってませんでした?」
「仕事始めたからな!」
「まだ報酬もらってませんよ!」
「先行投資ってことで?」
「そうやって使うからなくなるんです!」
「必要なもんしか買ってねえよ」
そう言いながら、志岐は適当に商品を選んでいく。
「ハナ、これも」
「毎度ありですー!」
「売らないでください!」
「商売人なのでー」
ハナは満面の笑みだった。
桃が保存食を一つ手に取る。
「これはどのくらい日持ちしますか?」
「ひと月くらいなら余裕で日持ちしますよー」
「では、予備として購入しておくべきかと」
「ほら、桃も買うって」
「桃さんはちゃんと考えてます!」
なんだかんだで、買うとそれなりの量になった。
桃が購入品を収納する。
品物が次々と魔術刻印の収納領域へ消えていく。
ハナが目を丸くした。
「おねーさん、便利ですねー!」
「ありがとうございます」
「うちで働きませんー?」
「レイド様より現在の仕事を命じられておりますので」
「残念ですー」
「人の仲間を勧誘すんなよ」
「いいじゃないですかー。 聞くだけなら無料ですよー」
「ふーん……」
志岐はハナを上から下まで眺めた。
「お前、胸ちっちゃいよな」
「兄様!?」
「いきなり何を言ってるんですか!」
「感想」
「もっと悪いです!」
ハナの顔が赤くなった。
「お、おにーさん、そういうのは女の子に言っちゃ駄目ですよー」
「恥ずかしがってんの?」
「そりゃ恥ずかしいですよー!」
「へえ」
志岐が一歩近づく。
その瞬間、パンダ神が立ち上がった。
『まて』
「お」
志岐が止まる。
「やっぱ駄目だったか?」
パンダ神はハナの前に積まれた代金を見る。
次に志岐を見て、再び代金を見る。
さらに、桃が収納した大量の商品を見る。
「…………」
何やら長い長考に入り、小さな手が新しいプラカードを持ち上げた。
『ごうかく!』
「何がだよ?」
裏返す。
『おとくいさま』
「現金な神様だな、お前!」
志岐が笑った。
『現金一括購入はありがたい』
パンダ神も満足だったらしい。
「で?」
志岐がパンダ神を見る。
「お得意様だとなんかあんの?」
パンダ神がハナを見る。
ハナが本気で嫌そうにはしていないことを確かめたらしい。
こくりと頷き、プラカードを掲げる。
『すこしなら』
「おお」
「何が『おお』ですか!」
沙耶が割り込もうとするが、志岐の方が早かった。
「じゃ、遠慮なく」
「えっ」
背後に回り、ハナの服の上から小さな胸へ手を伸ばす。
「ひゃっ!?」
ハナの肩が跳ねた。
「おにーさん、本当にやるんですかー!?」
「許可出たしなー! やらないと損だろ」
「出したのパンダ神様ですよー!」
「お前も本気で嫌ならやめるぞ?」
「そ、それは……」
ハナが顔を赤くしたまま視線を逸らす。
逃げはしない。
「しかたありませんねー……お得意様ですからー」
「じゃあいいな」
「よくありません!」
沙耶の額に青筋が浮かんだ。
だが志岐は、ハナの反応を見て笑っている。
「お前、結構恥ずかしがるんだな?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいですよー!」
「うん、そこがいい。 非常に可愛いからな!」
「兄様ぁ……!」
沙耶が一歩踏み出した。
その瞬間だった。
「いっでええええええ!?」
志岐が飛び上がった。
パンダ神が志岐の頭に噛みついていた。
「痛え! 痛えって! 離せ!」
ぱっとパンダ神が離れる。
志岐が頭を押さえた。
「何すんだてめえ!」
パンダ神がプラカードを掲げる。
『これで終わり!』
「終わり!?」
札が裏返る。
『サービスタイムしゅうりょう』
「時間制だったのかよ!」
パンダ神は満足そうに座った。
ハナが胸元を押さえながら、顔を赤くしている。
「お、お買い上げありがとうございましたー」
「今のも買い物扱いなの!?」
「兄様」
沙耶が冷たい声を出した。
「自業自得です」
「いや待て。 見ろよこれ! 血ぃ出てねえ?」
「出てますね」
「治して」
「嫌です」
「即答!?」
「自分で治してください」
「お前、回復役だろ!」
「こういう傷を治すために回復魔法を覚えたんじゃありません!」
ぷんぷん怒る沙耶。
「傷に種類あんの!?」
「あります!」
「ねえだろ!」
「あります!」
「桃!」
「はい」
「沙耶を説得してくれね?」
「沙耶様……志岐様が治療を求めております」
「だったら、桃さんが治してあげてください」
「私は回復魔法を使用できません」
「じゃあ兄様はそのままでいいです」
ふーんだ、とそっぽを向く沙耶。
「よくねえよ!」
志岐が頭を押さえる。
「くそ……」
「あっ、おにーさん」
ハナがにこにこしながら何かを差し出した。
「傷にはこちらをどうぞー」
「…………」
志岐が見る。
先ほど自分で買った絆創香だった。
「これって……」
「はいー」
「さっき俺が買ったやつだよな?」
「そうですよー」
「…………」
志岐はパンダ神を見る。
パンダ神が小さく手を振った。
「お前が噛んだんだよな?」
こくり。
「で、その傷を治すために」
「こちらの傷薬をー」
「俺が買う」
「もうお買い上げ済みですー」
「…………」
志岐は絆創香を受け取った。
「どう使うんだ?」
「蓋を開けて匂いを嗅いでくださいー。 香りに含まれるナニカが身体を活性化して、傷を治してくれますー!」
「ナニカってなんだよ」
「ナニカはナニカですよー」
「一気に不安になったぞ」
「いいから嗅いでくださいー」
言われた通り蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
しばらくすると、頭の痛みが少しずつ引いていった。
「お」
「効くでしょうー?」
「ちゃんと効くな」
「当たり前ですー! ハナちゃん印のおすすめ商品ですよー!」
「…………」
志岐は絆創香を見る。
ハナを見る。
いぇい! とピースをしている。
パンダ神を見る。
『すごいだろ』
そんなプラカードを掲げている。
もう一度、ハナを見る。
「マッチポンプじゃねぇか!」
「毎度ありがとうございましたー!」
ハナが満面の笑顔で頭を下げる。
パンダ神も一緒に頭を下げた。
「ありがとうございました」
なぜか桃まで頭を下げた。
「おねーさん、また来てくださいねー」
「はい」
「桃! 返事すんな!」
「なぜでしょうか」
「こいつら絶対また金取るぞ」
「商品を購入しなければよいのでは?」
「でも、絆創香ちゃんと効いたしな……」
「気に入ってるじゃないですか」
沙耶が呆れる。
「じゃあな、ハナ」
「はいー! おにーさんも、おねーさんたちも、またどうぞー!」
ハナが大きく手を振る。
「次はもっと珍しいものを用意しておきますねー!」
「万能薬?」
「ありますよー!」
「はいはい」
「本当ですよー!」
「客寄せ頑張れよ」
「信じてませんねー!?」
ハナの声を背中で聞きながら、三人は再び歩き始めた。
志岐の中では、不死の秘薬も万能薬も――
全部、胡散臭い行商人の客寄せ文句として片づけられていた。